無題(故海野十三氏追悼諸家文集) 野村胡堂 Guide 扉 本文 目 次 無題(故海野十三氏追悼諸家文集) 「海野さんのものを全部読まして下さい」と言って来た、若い電気学生があった。それは私の知人の次男坊で、私の書いたものなどは、鼻であしらって、一向感服した顔もしてくれないお点の辛い青年であったが、海野君の作品にひどく傾倒して、私の持っている海野十三氏著の幾十冊を悉く読破して、まだもの欲しそうな顔をしているのであった。  その青年は今はもう立派な弱電気の学者になり、さる学校で教鞭を執っているが、今でもなお海野君の愛読者たるに変りはなく、海野君に満腔の好意を持っていることを私は知っている。  海野君の強さは、斯んなところにあったと思う。あの作品に通じている特色は、海野君の聡明さと、あの魂の美しさだ。  海野君の死は惜んでも惜み足りない。私も若くて親切な友人を喪った悲しみに打ひしがれているが、それよりも海野君を喪った、幾十万の読者の悲みと失望は容易ならぬことだろうと思う。  これは決して形容詞や誇張ではない。私と海野君の交りは極めて淡いものであったが、今となって、もう少し繁々と往来して、海野君の良さに接して居るべきであったという、大きな悔に悩んでいる。 底本:「野村胡堂探偵小説全集」作品社    2007(平成19)年4月15日第1刷発行 底本の親本:「探偵作家クラブ会報 二五号」    1949(昭和24)年6月 初出:「探偵作家クラブ会報 二五号」    1949(昭和24)年6月 入力:ばっちゃん 校正:阿部哲也 2014年1月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。