〔小林秀雄氏への公開状〕 牧野信一 Guide 扉 本文 目 次 〔小林秀雄氏への公開状〕  この手紙を書くべく考へはぢめて、もう十日あまりも経つのであるが、手紙といふても稍かたちの違ふものであるから、起きあがつてからと思つてゐるうちに、中々風邪が治らず、もう間に合ひさうもなくなつたから、寝たまゝ弁解風のことを書く。  この間、風邪をひいて寝たはぢめに、いつかの君の小篇小説「からくり」を読み直して、仲々面白かつた。これに就いての、愉快な読後感を書きおくらうと思つた。  いつぞや、レインボーのサロンで、君の眼前でこれを読み、君に読後感を叩かれた時は、内心今度と同じ面白さを感じてゐたにも関はらず、つい、それをそのまゝ云ひ損つてしまつた。一言か二言何か云つただけに終つてしまつたのだつた。 「この次には、こんなのではない、もつと別なのを書く、書いたら見せるぞ。」  と君は、あの時云つた。 「見せて呉れ。」  僕は即坐に答へた。  その時、それに就いての話は、それだけで終つてしまつた。  あれは、たしか夏のはぢめの頃ではなかつたか。──そして、あれきり、別の作を君は未だに示さない。僕は待つてゐる。先月だつたか、さいそくの手紙を出したと思ふが。「別なの──」は、未だ知らぬが、僕は、あの短篇のやうなものでも、面白い──僕は、未知の作者のものとして、不意にあれを発見したならば、その時直ちに、その作家に手紙を書いたに違ひない。  斯う書いて来ると、次第に亢奮を覚へて来て、今日の風邪状態では、書つゞけるのが困難になるから──次の機にゆづる。  次の機会といふのは、君に依つて第二作を示された時と、約しておく。手紙を出すであらう。  とう〳〵僕も此方の定つた住人となつた。下宿生活の疲労が発し加けに風引きでもう半月になるが、一度そつちに出かけたきり、毎日寝続けた。──僕は、この間田舎から携へて来た一枚の石版画──ピエル・フオンの古城の図を額ぶちに入れて、壁に掛け、城内に残存してゐるといはるる、円卓子の騎士達やシヤルル・マーニユの兵士等のアパートや食堂を忍びながら、余もこの病ひの恢復を待つて、この新居で、最も盛大なる Round table の夜会を催さう──と計画してゐる。 底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房    2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行 底本の親本:「作品 第一巻第六号(十月号)」作品社    1930(昭和5)年10月1日発行 初出:「作品 第一巻第六号(十月号)」作品社    1930(昭和5)年10月1日発行 ※題名の〔〕は、底本編集時に与えられたものです。 ※「小林秀雄氏への公開状」と題した企画への、回答です。 入力:宮元淳一 校正:門田裕志 2011年8月1日作成 2016年5月9日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。