朝の公園 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 朝の公園  それは、さむいさむい朝のことでした。女中のおはるは、赤いマントをきた、小さいお嬢さんをつれて、近くの公園へあそびにきました。そこはもう、朝日があたたかくてっていたからです。公園には、ぶらんこがあり、すべりだいがありました。もう子供たちがあつまって、笑ったりかけたりしていました。  小さなお嬢さんは、ひとりであそんでいました。おはるはベンチに腰をかけて、もってきた少女雑誌を読んでいました。いなかにいるときから、本を読むのがすきでありましたので、こちらへきてからも毎月のお小づかいの中から雑誌を買って、おしごとのおわったあととか、ひまのときにはとり出して、読むのをたのしみにしていたのであります。  いま、おはるは、その雑誌にのっている、少女小説をむちゅうになって読んでいました。あわれな家があって、感心な少女が病気の母親と弟をたすけてはたらく話が、かいてありました。しばらく、雑誌に目をおとしてかんがえこんでいると、ふいになきさけぶお嬢さんの声がきこえました。おはるは、はっとして立ちあがりました。見ると、お嬢さんはすべりだいからどうしておちたものか、泣いているのです。 「まあ、どうなすったのですか?」と、おどろいてとんでいきました。  が、おはるがとんでいくよりも先に、みすぼらしいはんてん着の男がかけよって、お嬢さんをだきおこしてくれたのでした。 「おお、いい子、いい子。」といって、その男はなだめていました。 「ありがとうございました。」と、おはるはお礼をいって、 「お嬢さん、ころんだのですか、どこか痛くって?」とききますと、ちょっとおどろいたばかりとみえて、べつにけがはなかったようすです。  おはるは、安心しました。そして、さっきの男の人をみると、むこうのベンチにもどって、ゆうべからこうしてじっとしているらしく、両腕をくんでうつむいているのでした。 「きっと、とまるところがなかったんだわ。」  おはるは、このごろ、宿がなくて公園で夜をあかすあわれな人のあることをきいていました。それで、その人もそうであろうと思ったのです。  おはるはお嬢さんをだいて、むこうがわのベンチに腰をおろしました。そして思いだしたように、ときどき、そのあわれな男のようすを見ていました。男はそんなことに気のつくはずもなく、いつまでもじっとしてうなだれていました。 「しごとがないのだろうか? それとも、年をとっていて、しごとができないのだろうか?」  いろいろのことを考えながら見まもっているうちに、いつか自分の父親のすがたが、目にうかんできました。気のせいか、あの男のすがたのどこかにお父さんと似たところがあるようです。 「きょうだいもない、子供もない、ひとりものなのかしら?」  そう考えているうちにおはるは、故郷ではたらく両親のすがたが、まざまざと目に見えるような気がして、この暮れにはなにかお父さんやお母さんのすきそうなものをおくってあげようと思ったのでした。 「さあ、おうちへかえりましょう。そしてまたあとであそびにまいりましょう。」といって、おはるはお嬢さんの手をひいて、おうちへかえりかけました。  公園の花壇は霜枯れがしていて、いまは赤く咲いている花もありませんでした。けれど、黒いやわらかな土からは、来年さく草花の芽が、もうぷつぷつとみどり色に頭を見せていたのです。公園を出るとき、おはるはもういちどふりむいて、あのルンペンのような男を見ました。男は、やはり動かない置きもののように下をむいて、じっとしていました。  ちょうどその日の、昼ごろのことです。おはるがおつかいに出ると、公園のそばで子供たちが、いまルンペンらしい男が、たおれていたのを巡査さんがつれていったと話していたので、おはるは、もしやさっきお嬢さんをだきおこしてくれたしんせつな男ではないかと思ったので、 「あんた、その人を見たの?」と、子供の一人にききました。 「見たよ。はんてん着でみじかいズボンをはいて、黒いぼうしをかぶっていたよ。」と、その子供はいいました。 「まあ! その男は死んでしまっていたの?」  おはるは、たしかにさっきの男であるとわかると、きゅうに頭の中が、かわいそうな気もちでいっぱいになりました。 「さむいのになにもたべないので、おなかがすいてたおれたんだって、巡査さんがいっていたよ。だから、死にはしないだろう。」と、その子供はこたえました。 「どこへつれていかれたの?」 「さあ、どこだか。」  子供たちはすぐにそんなことはわすれてしまったように、たこをあげたり鬼ごっこをしたりしていました。  おはるは、用事をすまして、おうちへかえると、自分がしまっておいたお給金の中から、五十銭銀貨を一枚とりだしました。そして、紙につつんで交番の巡査さんのところへもっていきました。 「どうかこれを、公園でたおれたきのどくな人にあげてください。」といって、さしだしました。  巡査さんはふしぎそうにおはるの顔を見ていましたが、おはるが今朝からの話をしてきのどくでならないからといいますと、巡査さんもうなずきながら、 「感心なお志です。たしかにとどけてあげます。どんなに喜ぶかしれませんよ。」といって、こころよくひきうけてくださいました。 底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社    1977(昭和52)年8月10日第1刷    1983(昭和58)年1月19日第6刷 初出:「台湾日日新報」    1935(昭和10)年12月28日 ※表題は底本では、「朝の公園」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2015年5月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。