はつゆめ 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 はつゆめ  正ちゃんは まだ ふとい バットを ふれなかったので、きょねんは おうえんだんちょうに なりました。正ちゃんは はやく せんしゅに なりたかったのです。  きょうは ことしの はつしあいでした。正ちゃんは ほけつで きて いると、あいての 西校の せんしゅたちは、ほんとうに よく うちました。いくら こちらが、がんばっても、なかなか おいつきません。この まま すすめば 二てんの さで、こちらの まけと なります。九かいの うら、やっと 二死まんるいに こぎつけました。ここで ヒットが 一つ でれば、どうてんと なるのです。 「だれを だそうか。」 と、東校の せんしゅたちは そうだんを しました。 「正ちゃん、きみは あてると、いい たまを だすから、やって ごらん。」 と いいました。  正ちゃんは この ときと おもいました。ふとい バットを もって でました。みて いる ものが、みんな あせを にぎりました。 「正ちゃん、しっかり おやりなさい。」 と いったのは、とめ子さんです。  正ちゃんは、かおを まっかに して、力いっぱい バットを ふりました。カンと 音が すると、すごい あたりでした。 「ヒット、ヒット。」 と、いう こえが おこりました。つづいて、 「ホームラン、ホームラン。」 と、いう こえが おこりました。たまは ぐんぐん のびて、はらっぱの くさむらの 中に おちたのです。 「正ちゃん、えらいなあ。」  東校は、ついに 一てん かちこして、西校を やぶりました。 「えらいね、正ちゃん。」 と、とめ子さんが よろこんで くれました。 「正ちゃん、きみは こんどから、三るいしゅに なりたまえ。」 と、きまりました。みんなは きょうの しゅくんしゃ 正ちゃんを いわって、手を パチパチと たたきました。 「正ちゃん、たこをかいに いっしょに いかない。」 と、武ちゃんが いったので、町へ いっしょに いくと、初荷の 車が やって きました。こめだわらの 上に、だいこくさまを かざって、青や 赤の ふうせんだまが いくつも ついて いました。とおりすぎる ときに、車の 上に たって いる 人が、 「ばんざい。」 と、手を あげました。  正ちゃんも 武ちゃんも、 「ばんざい。」 と いって、手を あげました。  ばんに、武ちゃんの おうちへ、かるたを とりに いく おやくそくを して わかれました。  くると、とめ子さんが 目に なみだを ためて いました。 「どう したんだい。」 と、正ちゃんは ききました。 「おはじき して、みんな とられて しまったの。」 と、とめ子さんが いいました。 「だれに とられたの。」 と、正ちゃんは ききました。 「しげ子さんや、あっちの しらない 子に。」 「どこに いる。」 「おみやの まえに あそんで いるよ。」 と、とめ子さんが いいました。 「ぼくが、かたきを うって あげる。」 「だめよ、正ちゃん、とても あっちの 子は つよいんだから。」 と、とめ子さんが いいました。  正ちゃんは、おうちへ かけて いって、じぶんの おはじきの ふくろを もって きました。  おみやの まえへ いくと、お正月なもので、みんな きれいな きものを きて いました。しげ子さんは、おしろいを ぬって、赤い げたを はいて いました。あっちの しらない 子は、白い 毛の えりまきを して いました。ほかにも 男の 子や 女の 子が おおぜい いました。 「おはじき しようか。」 と、正ちゃんが いうと、しげ子さんが、 「おほほ。」 と わらいました。 「ええ、しましょうよ。」 と、しらない 女の 子が いいました。 「正ちゃん、とられても おこりっこ なしよ。」 と、しげ子さんが いいました。 「いいよ。」 「とめ子さんみたいに、ないて しまっては いやよ。」 「だれが、なくもんか。」 「おほほ。」 「なにが おかしいんだい。」 「おほほ。」 と、あっちの 子も わらいました。  正ちゃんは、あまいぬ こまいぬの 石の 上で、おはじきを しました。おばあさんに ぬって もらった、おはじきの はいった ふくろを こまいぬの くびに かけて、ふとい 人さしゆびを うごかしました。 「正ちゃん、小ゆびを おつかいなさい。」 と、とめ子さんが いいました。 「ぼく、小ゆびが つかえないのだよ。」 「おほほ。」 と、みんなが わらいました。 「いちじゅく、にんじん、ごぼうで、しいたけ、ほい。」 と、正ちゃんは いいながら、パチパチと あてました。  しげ子さんや しらない 子は だんだん まけて、正ちゃんに みんな おはじきを とられて しまいました。 「ああ、くやしい。」 「また あとで。」  しげ子さんと しらない 子は、あちらへ にげて いきました。 「とめ子さん、ぼく、かったのを みんな あげるよ。」  とめ子さんは よろこびました。 「どうして 正ちゃんは こんなに つよく なったの。」 と、とめ子さんが ききました。 「ぼく、こころの 中で、かみさまを おがんだのだ。」 「わたしも おがむわ。」 と、とめ子さんは 手を あわせて おがみました。そうして、あまいぬ、こまいぬにも あたまを さげました。  この とき、ドンコ、ドンコと あさの おみやの たいこの 音が して、正ちゃんは ゆめから さめたので あります。 底本:「定本小川未明童話全集 16」講談社    1978(昭和53)年2月10日第1刷発行    1982(昭和57)年9月10日第5刷発行 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:Juki 2012年7月16日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。