こま 小川未明 Guide 扉 本文 目 次 こま  赤地の原っぱで、三ちゃんや、徳ちゃんや、勇ちゃんたちが、輪になって、べいごまをまわしていました。  赤々とした、秋の日が、草木を照らしています。風が吹くと、草の葉先が光って、止まっているキチキチばったが驚いて、飛行機のように、飛び立ち、こちらのくさむらから、あちらのくさむらへと姿を隠したのでした。  けれど、一同は、そんなことに気を止めるものもありません。熱心に、こまのうなりに、瞳をすえていました。  この時刻に、学校の先生が、この原っぱを通ることがあります。みんなは遊びながらも、なんとなく、気にかかるのでありました。見つかれば、しかられやしないかと思うのであるが、また、こんなことをしたっていいという考えが、みんなの頭にもあったのであります。  三人が、夢中になっているところへ、 「おれも入れてくれないか?」と、ふいにそばから、声をかけたものがあったので、びっくりして顔を上げると、それは、黒眼鏡をかけた紙芝居のおじさんでした。 「おれも仲間に入れてくれよ。」と、おじさんは、遠慮しながら、いいました。 「おじさんも、べいをやるのかい。べいを持っているの。」と、勇ちゃんが、ききました。 「ほら。」といって、おじさんは、ズボンのかくしから、光ったべいを出して見せました。 「角のケットンだね。」と、徳ちゃんも、三ちゃんも、たまげたように、おじさんのべいに目を光らせました。 「おら、子供の時分から、こまをまわすのが、大好きなのさ。」  おじさんは、三人の間へ割って入るとかがみました。そして、むしろの上を見ていたが、 「だれのだい、あのダイガンは?」 「あのベタガンは、三ちゃんのだよ。」 「おれは、あいつがほしいものだなあ。」と、黒眼鏡のおじさんは、子供のように、三ちゃんの大きなべいに見とれています。 「おかしいなあ、大きななりをして、べいをするなんて……。」と、徳ちゃんは、おじさんの顔を見て、げらげら笑い出しました。 「なにが、おかしいんだい。おら、子供の時分から、こまは好きなんだよ。それは、こんなのでなくて、木のこまに、鉄の胴をはめたんだ。その鉄の厚みが広いのほどいいとしたもんだ。あの、三ちゃんのダイガンを見ると、おれの持っていた、鉄胴のこまを思い出すよ。」と、おじさんは、いいました。 「その鉄の胴をはめた、こまをどうしたの?」と、勇ちゃんが、聞きました。 「こっちへくるときに、友だちにやってしまった……。なにしろ、十五の暮れに出てきたんだものな。あれから十年も故郷へ帰らないのだ。」 「それで、おじさんは、こっちへきても、べいをしていたのかい。」 「じょうだんな、そんな暇があるかい。小僧をしたり、職工になったり、いろいろのことをしたのさ。この商売をするようになって、昔、こまをまわしたことを思い出して、ときどきべいをするが、おもしろいなあ。」と、おじさんは、子供といっしょに遊ぶのが、なにより楽しみだといわぬばかりに、にこにこしていました。 「さあ、やろうよ。」 「よしきた! しんけんべい。」と、おじさんが、叫びました。  カチンと、みんなが、手から繰り出した、鉄砲だまのようなべいは、たがいにはじき合って、火花を散らしました。おじさんのべいは、なかなか強く、輪を描いては、うなりながら、三人のべいをはね飛ばしてしまいました。 「おじさんの角は、すげえな。」と、三ちゃんは、白目を、くるりとさせました。 「そうさ。お宮の石垣や、コンクリートの道で、みがいたんだものな。このべいには、だれにも負けないという信念が入っているのだ。天下無敵というやつさ。」  黒眼鏡のおじさんは、三ちゃんのダイガンを負かすと、てのひらでなでまわして、喜びました。 「みんな、あすこの草の上へいって、寝転ぼうよ、あめをやるから。」  おじさんは、そういって、自転車についている箱から、あめを取り出してきて、みんなに分けてくれました。  仰向けになって、高らかな空を見上げると、しみじみと秋になったという感じがしました。小羊のような、白い雲が、飛んでいくのを見送りながら、三人は、思い思いに、おじさんの話を聞いていました。 「村に女の子で、お時といって、おれとおなじ年の子があって、こまもまわせば木登りも上手だった。隠れんぼをすると、お時は、ぞうりをふところに入れて、家の前にあった大きなしいの木に登ったものだ。風があって、枝が、ゆらゆら揺れているのに、てっぺんまで上るのだから、だれも見つけたものがなかったのだ。男の子とけんかをしても、泣いたことのない勝ち気な子だったが、どうしたろうか。」  子供たちは、もうおじさんの話を聞いていませんでした。 「おじさん、また明日おいでよ。こんどは、僕が敵討ちをして、おじさんの角を負かしてしまうから。」と、三ちゃんが、いいました。 「ああ、いいとも。みんな待っていな。」と、黒眼鏡のおじさんは、帰っていきました。その夜、月は、みがきたての鏡のように明るかったのです。昼間子供たちの遊んだ、赤地の原には、虫の声が、いっぱいでありました。 底本:「定本小川未明童話全集 12」講談社    1977(昭和52)年10月10日第1刷発行    1982(昭和57)年9月10日第5刷発行 底本の親本:「日本の子供」文昭社    1938(昭和13)年12月 初出:「小学四年生」    1937(昭和12)年10月 ※初出時の表題は「独楽」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年12月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。