ふしぎな池 豊島与志雄 Guide 扉 本文 目 次 ふしぎな池 一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 一  朝早くから、子供たちは、みんな、政雄の所に集りました。 「早く行かうよ。」  待ちくたびれてゐる所へ、政雄が出て来ました。 「さあ、行かう。」  政雄をまん中にして、一かたまりになつて出かけました。  政雄は、白ぬりの舟をかついでゐます。おもちやの舟です。おもちやですけれども、長さが三メートルもある大きな物で、ぜんまいじかけのきかいがついてゐて、ねぢをまいて水に浮かべると、ひとりでに動き出すのです。東京のをぢさんから送つて来た物です。  今日は、みんなで、その舟の進水式をしようといふのです。進水式ですから、きれいな場所を選ばなければなりません。  ちやうどよい所があります。村はづれの岡のふもとの、八幡様のわきの池で、片がはは木がこんもりとしげり、もう片一方は、草の生えた土手です。その池には、ひとりでにわき出る水が、いつも、きれいにすんでゐます。  政雄たちは、舟をかついで、そこへやつて行きました。  ところが、びつくりしました。  池の水がにごつてゐるのです。いつもは、きれいにすんで、底まですつかり見通され、ふなや、はやが、泳いでゐるのもよく見えてゐました。それが、今日は、一面ににごつて、きたなくなつてゐるのです。  どうしたのでせう。池の中に、何か、へんなものがゐるのでせうか。これでは、まつ白い舟の進水式は出来ません。 「どうしよう。」  みんなは、さうだんしました。 「僕は、ほかで進水式をするのはいやだ。」 と、政雄はいひました。  それで、池の水がすみきるまで待つことにしました。  でも、早く進水式をやりたいのです。夕方来て見ると、大方すんでゐたので、明日は大ぢやうぶのやうです。  翌朝、みんなは、また、元気を出してやつて来ました。  ところが、また、にごつてゐるではありませんか。 「へんだなあ。」 「どうしたのだらう。」 「水鳥かしら。」 「かはうそかな。」  よくしらべて見ると、土手の草が、あちらこちら水にぬれてゐます。 「きつと、何か、あやしい物がゐるのだよ。」 「さうだ、つかまへてやらうよ。」  舟の進水式は二三日のばして、そのあやしい物をつかまへることにしました。  元気な子供たちです。  三四人づゝかたまつて、うすぐらい夕方や、ぼうつとした夜あけ方、見まはりましたが、見つかりません。 「きつと、夜中に出るのだよ。」  ところが、夜中は、ちよつとこはいのです。どうしたらよいかと、みんな考へました。 二  池の水がにごつてゐて、白ぬりの舟の進水式が出来ないので、政雄たちは、その日も困つてゐました。  その時、そこへ、しらがのごいんきよが通りかゝりました。村の人たちから、うやまはれてゐる老人で、頭の毛が白く美しいので、しらがのごいんきよと呼ばれてゐるのです。  子供たちは、みんなおじぎをしました。 「みんなで、何をしてゐるのかね。」 と、ごいんきよは尋ねました。  子供たちは、みんな、困つてゐるわけを話しました。  ごいんきよは、池を眺めながら、しばらく考へてゐました。そして、静かにいひました。 「池の水がにごるのは、底にどろがあるからだよ。だから、水のすむのを待つてゐるより、みんなで池をさらつて、どろをかき出してきれいにしてみないかね。」 「けれども、それは、八幡様の池です。そんなことをしてよいものでせうか。」 「よいとも、きれいにするのだからね。」 と、ごいんきよはいひました。 「昔も、この池をさらつたことがあつたよ。子供たちだけでは、むりだらうから、大人にも手つだつてもらふのだな。わしが、せわをして上げよう。」  それを聞いて、みんな、 「わつ。」 と声をあげました。  面白いことになりました。大へんなことになりました。八幡様の池を水をほしてさらふのです。中には、どんな物がゐるでせうか。  しらがのごいんきよが、すべてのさしづをしてくれます。  水がしぜんにわき出る池ですから、一日のうちにしてしまはなければなりません。前の日から用意が大へんです。  水がちよろちよろ流れ出してゐる所を、大きくふかく掘開いて、池の水を出来るだけ落してしまふのです。  それから後は、水車を二つ並べて、水を汲出してしまふのです。  そして、魚を取つたり、どろをすくひ出したりするのです。  桶やバケツがたくさんいるのです。取つた魚を生かしておく大きい桶も、いくつかいるわけです。みんな、いろ〳〵話し合ひました。 「それから、かはうそなんかゐたら、どうしよう。」 「みんな生けどつてしまはう。」  だが、何で生けどつたらいゝでせう。あみなんかは、食ひやぶられるかも知れません。  みんな家へかへりましたが、いろ〳〵なことが考へられて、ゆつくり眠れませんでした。かはうそや、なまづや、鯉や、ふななどのゆめを見ました。  翌朝、みんな暗いうちに飛起きました。 三  いよ〳〵池ざらひが始りました。もう池の水は、土手を掘開いた所から、大てい流れ落ちました。後は、水車を二つしかけ、大人たちがそれをふんで、どし〳〵水を汲出してゐます。  しらがのごいんきよは、にこ〳〵して眺めてゐます。子供たちは、ほかの大人たちと一しよに、待ちかまへてゐます。  水は、ずん〳〵へつて行きます。池の底があらはれて来ます。何が出て来るでせうか。へんな物が、のつそりはひ出すかも知れません。  だが、どうしたのでせう。へんな物は何にも出て来ません。  鯉が三四匹、ふなや、はやが少し、なまづの小さいのが少し、それだけです。 「さつぱりしたものだなあ。」 と、大人たちがいひました。 「つまんないなあ。」 と、子供たちがいひました。  でも、まだ、どろの中に何がゐるかわかりません。  みんなは、どろをすくひ出しにかゝりました。これが大へんです。掘起したどろを、桶や、ざるですくつて、池の外にはこび出すのです。  みんな、どろだらけになつてはたらきました。うなぎや、どぢやうが少し出て来ただけです。  そして、たうとう池ざらひが出来ました。岡の方の木の並んでゐる下から、水がわき出てゐるので、さらふのにかへつてつがふがよいのでした。  どろを取りのけると、あとは、きれいな砂ばかりになり、そこへ、水が、ちよろちよろ流れて来るので、洗つたやうになりました。一日のうちに、すつかりすみました。  土手の掘開いた所を、また、土でうめて、ふみかため、石をしいて、水の落口をつくりました。  そして、水がたまつたので、取つた魚をみなはなしてやりました。  子供たちは、おしまひまで、土手の所に残つてゐました。 「あゝ、くたびれた。」 「つまんないなあ、何にもゐないのだもの。」  しらがのごいんきよは、いひました。 「その代り、すつかりさらへたから、もう、にごることはないよ。明日から気持よく遊べるよ。」  さうです。もう気持の悪い池ではなくなりました。底まですつかりきれいになつた、自分たちの池です。  白ぬりの舟の進水式もやらなければなりません。  わき出る水が、だん〳〵たまつて行きます。  翌日になると、池は、いつもの通り、水が一ぱいになつてゐました。  そして、まあ、何といふきれいなことでせう。  水がすつかりすみきつて、底まで、はつきり見え、魚の泳いでゐるのまでがよく見えます。 「きれいだなあ。」 「すぐに、進水式をやらうよ。」 「うん、今度は大ぢやうぶだ。」  空は、きれいに晴渡つてゐます。  みんな、政雄の家に集つて、白ぬりの舟を持出しました。三メートルもあるりつぱな物です。  舟に日の丸の旗をかざり、みんなは、それをかついで、池へやつて来ました。 四  きれいにさらつた池で、きれいな白ぬりの舟の進水式です。  舟のまん中に、一本の棒が立つてゐますし、先の方と後の方にも短い棒が立つてゐます。その三本の棒をひもでつないで、ひもには、たくさん日の丸の旗をつけてかざりました。  それをみんなで、四方からかゝへて、池の中にそつとおしやりました。  舟は、すうつと動いて行きます。日の丸の旗が風にひら〳〵して、水にうつります。 「わあつ。」 「ばんざあい。」  みんな、ぱち〳〵拍手をしました。それで進水式がすみました。  それから、みんな、はだかになつて池に飛びこみ、舟を引つぱりまはしたり、泳いだりして遊びました。きれいな池です。その代り、つめたくて長くはいつてゐられません。  三メートルもある舟ですが、土手の上から見ると、小さくてほんたうのおもちやです。 「ボートが、ほしいなあ。」 と、一郎がいひ出しました。 「たゞの舟でもいゝよ。」 と、太郎がいひました。  乗つて遊べる舟がほしいのです。 「いかだをこしらへようか。いかだなら、僕たちにだつて出来るよ。」 と、英吉がいひました。  みんな、それにさんせいしました。  そこで、政雄のおもちやの舟は、八幡丸といふ名をつけて、池のそばの八幡様のお社にあづけておき、別に八幡様の庭で、大きないかだをつくることにしました。  さあ、いそがしくなりました。  子供たちは、あちらこちらに飛んで歩き、まるたん棒や、広い板や、竹ざをなどを、さがして来なければなりません。  そして、それをゆはへるのには、水につけてもぢやうぶな、あさなはや、しゆろなはを、用意しなければなりません。  乗つて遊べるやうな、大きないかだをつくるのです。  めい〳〵、家に行つて、木や、竹や、なはをもらつて来ました。よその家からも、もらつたりして、出来るだけたくさん集めました。  そして、いく日かかゝつて、たうとう大きないかだを、つくり上げました。  それを、みんなでかついで、池に浮かべました。すてきです。  二三人ぐらゐ、ゆつくり乗れます。  八幡丸を池のまん中に浮かべ、そのまはりをこぎまはるのです。  遊ぶだけではありません。いかだは、じつさい役に立ちます。木の枯葉がちつて、池に浮いてゐますと、いかだに乗つて、それを取去つて、いつも、池をきれいにしておけます。  いつも、池をきれいにしておきたいのです。でも、困つたことには、いかだが水にぬれると、とても重くて、子供たちの力では、岡に持上げられませんでした。 「いゝや、このまゝにしておかうよ。」  そのまゝ、つなでつないで、池に浮かべたまゝにしておきました。  ところが、あくる日、大へんです。  いかだに、何か、乗つかつてゐます。 五  いかだの上にゐるのは何でせう。子供たちは、土手の上につゝ立つて、息をつめて見つめました。  朝日がさしてゐて、池の面は鏡のやうに光り、向かうの木の下につないであるいかだは、静かに浮いてゐて、そのいかだの上に、黒つぽい大きな物が、石うすのやうな物が、じつと、うずくまつてゐるのです。  やがて、その出ばつた所が動きました。ゆるやかに、また、動きました。  どうも、頭のやうです。はんたいの方に、しつぽのやうな物があります。 「あ、亀だ、亀だ。」 と、政雄がいひました。  なるほど、亀です。まだ、見たこともない大きな石亀です。  石亀が、いかだの上で、かふらをほしてゐるのです。 「どうしたら、いゝだらう。」 と、太郎がいひました。 「しらがのごいんきよを、呼んで来ようよ。」 と、一郎がいひました。  そして、二人は、すぐ、しらがのごいんきよの所へ、かけだして行きました。  ほかの者は、土手のかげにかくれて、やうすを見てゐます。  ごいんきよが、つゑをついて、息を切らしてやつて来ました。 「ほゝう、これは、大きな亀だ。」  ごいんきよも、びつくりしました。 「やはり、池のどこかにかくれてゐたのだな。少し寒くなつて来たから、日なたぼつこに出て来たのだよ。大きな亀だ。めでたい亀だ。まあ、いかだは、亀にくれてやるのだな。」  でも、せつかくいかだをくれてやつても、しばつておかないと、どこかに逃げて行くかも知れません。心配です。 「なあに、逃げるものかね。この池にすんでゐるのだよ。」 と、ごいんきよはいひました。 「それに、わしが、もつと仲間を連れて来てやらう。」  そして、町のお寺の池にゐる、石亀をもらふことにしました。ごいんきよの家の下男が自転車で、ごいんきよの手紙を持つて行つて、お寺からいくつもの石亀をもらつて来ました。  いかだの上の亀は、いかだから下りると、どこかへかくれてしまひました。  子供たちは、いかだに、大きな石を、いかりの代りにつけて、池の中ほどに、つなぎました。  そして、その上に、もらつて来た亀をはなしました。  亀にたべさせるために、たくさんの魚を入れてやることにしました。  ふなや、はやや、どぢやうを、川からすくつて来て、池に入れてやりました。  それからは、ふしぎなことに、あの大きな亀は、町のお寺からもらつて来た亀たちと一しよに、池の中を泳ぎまはり、人が行つてもこはがらなくなり、時々、いかだの上に上つて、きよとんとしてゐます。  子供たちは、うれしくてたまりません。きれいな池に、いろ〳〵な魚や、たくさんの亀や、おもちやの舟や、大きないかだなど、まるで、公園のやうです。 「さうだ、ほんたうの公園のやうにしようや。」  誰がいひ出すともなく、さう気がそろつて、みんな、その仕事にかゝることになりました。 六  大へんな仕事です。けれども、みんな、学校の勉強もしなければなりませんので、日曜日だけ、その仕事にかゝることにしました。  土手の下手の野原に、池からすくひ上げたどろが、高くつんでありました。  そのどろをたひらにならして、きくを植ゑました。  ところが、次の日、ひどい大風がありました。  行つて見ると、きくはすつかりたふれて、どろまみれになつてゐました。 「草花は、だめだ。木にしようよ。」  そこで、みんなは、桜や、梅や、かへでなどの木を植ゑることにしました。 「くだものも、いゝよ。」 と、政雄がいひました。  みんな、目をかゞやかしました。 「さうだ。それがいゝ。」  そして、そんな木を、山から取つて来たり、よそからもらつて来たりして、植ゑました。  けれども、日曜日だけなので、なか〳〵はかどりません。それに、だんだん寒くなつて、木の葉が落ちて、池がよごれるので、それも、すくひ取らねばなりません。  亀は、もうどこかへ引つこんでしまひましたが、池は、やはり、きれいにしておきたいのです。  池の上手の林の中には、枯枝がたくさん目につきます。それも折取らなければいけません。  いろ〳〵の仕事のうちに、日がたつて、冬の休になりました。  あまり寒い日は、枯枝を集めて、焚火をします。  さつまいもを持つて来ては、その火でやいて、ぽつぽとゆげの立つのを、おいしくたべます。  雪の降つた日は、どうにもなりません。その日は仕事を止めて、竹馬に乗つたり、雪がつせんなどをして遊びます。  さうした雪の後のある朝、みんな、さそひ合つて、野原に植ゑておいた木を、見まはりに出かけました。  どこも、かしこも、雪でまつ白です。それにぱつと朝日がさして、とてもきれいです。池の上には、うすくゆげが立つてゐます。  池の水は、わき出してゐる水ですから、冬は、空気よりいくらか暖いので、ゆげが立つのです。 「おや、何だらう。」 「何だらう。」  池の中の、あのいかだの上に、まつ白な物がゐます。まつ白な物が、すつとつゝ立つてゐます。  みんなは、土手の所までしのび寄つて行きました。  とたんに、白い物が、ぱつと飛上りました。白さぎです。大きな白いつばさをひろげ、長いあしを後にのばして飛上り、山の方へ飛んで行つてしまひました。  とてもきれいです。さつ〳〵と、つばさで風をきる音が、みんなのゐる所まで聞えます。  みんな、ぽかんと見とれてゐましたが、それから急いで、しらがのごいんきよに、さうだんに行きました。  白さぎが、また、いかだにきつと来るでせう。どうかしてつかまへたいものです。 七  みんなは、また、白さぎが来るだらうと考へ、何とかしてつかまへたいものだと、しらがのごいんきよにさうだんしました。ごいんきよはみんなの話を聞くと、かういひました。 「それは、いかんよ。白さぎは、亀とちがつて、かつておくのに大へんだ。そんなに白さぎがほしいなら、何か、代りの物を、わしが見つけて上げてもよい。何がいゝかね。」 「つるは、どうでせう。」 と、政雄がいひました。 「つるかね。なほ大へんだ。」 「がてうは。」 と、一郎がいひました。 「やかましくて、いかんよ。」 「あひるは。」 と、英吉がいひました。 「きたなくて、いかんよ。」  子供たちは、困りました。ごいんきよは、いひました。 「君たちは、池のことばかり考へるからいかんよ。それより、八幡様に鳩をかつたらどうだい。鳩小屋をこしらへて、たくさん鳩をふやしてみないかね。」  なるほど、鳩ならすてきです。みんな、 「それがいゝ。」 と、さんせいしました。ごいんきよは、いひました。 「けれども、まだ寒いから、春まで待つのだね。そのうち、わしが、鳩小屋をこしらへて上げるよ。」  でも、子供たちは、待遠しくてたまりません。それで、寒い間、この池で何か、面白い遊びが出来ないものかと、さうだんしました。 「よいことを教へてやらうか。」 と、ごいんきよが、へんなことをいひ出しました。池の水を、そとのたひらな野原にまいておけ、といふのです。 「そんなことをしたら、水たまりになつてしまひますよ。」 「まあ、やつてごらん。面白いことになるから。」  みんなは、よくわかりませんでしたが、とにかく、ごいんきよのいふ通りにしました。  翌日、行つて見ると、あたり一面しめつてゐました。  その翌日、また、行つて見ました。ことに寒い日でした。すると、そこら一面、まあ、どうでせう、きら〳〵光つてゐて、氷の原つぱになつてゐます。  みんなは、その上をすべり出しました。なだらかな野原です。その上に、あつく氷がはりつめてゐるのです。よくすべります。  それから毎日、スケートをはいたり、ざうりをはいたりして、すべつて遊びました。 「舟に乗つて、すべつてみようか。」 と、政雄がいひ出しました。  そこで、みんな、八幡様のお社の中にしまつてある、白ぬりの八幡丸を取りに行きました。そして、「あつ。」とおどろきました。 八  八幡様のおくから、八幡丸を引出さうとすると、何か、白い物が動いてゐます。小さな、かはいゝはつかねずみです。  舟の中に、枯草や、わらくづで、すをつくつてゐるのです。どこからやつて来たのでせうか。いつの間に、こんなにたくさんふえたのでせうか。 「かはいゝなあ。そつとしておかうよ。」 「大きな金あみをこしらへてやらう。」  針金を買つて来て、それで、金あみをこしらへるのです。けれど、学校も始りました。今度は、上の学年に進むのですから、しつかり勉強しなければなりません。  もう、春の休もぢきです。「早く、春の休が来ればいゝ。」と、みんなは思ひました。今度の春の休は、うれしいことばかりです。  池は、きれいになつてゐます。金魚や、そのほかの魚が、たくさん泳いでゐます。亀も、もう、時々、水の上に出てゐます。  野原に植ゑた木は、元気に芽を出しかけてゐます。梅は、もう、つぼみを持つてゐます。桜も美しい花を咲かすでせう。桃や、栗や、柿や、みかんなど、そのうちには、一年中くだものがたえないやうになるでせう。  原つぱは、もう、スケートが出来ませんから、水をたやしてしまひました。  八幡様の屋根には、鳩小屋がたくさん出来ました。しらがのごいんきよが、鳩を入れて下さるはずです。  八幡丸の中には、まつ白いはつかねずみが元気です。早く金あみに入れてやりませう。  考へてみると、すばらしいことになりました。池を中心にして、ほんたうに公園です。  はじめは、政雄さんのおもちやの舟からです。そして、ことに、あの池からです。 「ふしぎな池だなあ。」  さういつて、子供たちはとくいです。うれしくてたまらないのです。まだ寒い中にも、少し春めいて来た、お天気のいゝ日曜日でした。  政雄、一郎、太郎、英吉、花子、そのほか大ぜい、しらがのごいんきよをまん中に、うちそろつて、八幡様におまゐりしました。それから、池の土手に腰を下しました。  広い〳〵野原には、麦が青々と風にゆれてゐます。 「さうだ、畠もほしいなあ。」 と、政雄がいひました。 「さうだ、いゝなあ。」 「ごいんきよさん、この原つぱに、畠が出来るでせうか。」  みんな、わい〳〵いひました。 「出来るとも、りつぱに出来るよ。」  みんな目を見合はせました。四月になつたら、うんどう場のすみの方に、畠もこしらへませう。  また〳〵、うれしい仕事が一つふえました。 九  暖い春になりました。学校は春休です。子供たちは毎日、八幡様の池のほとりに行つて、遊んだり、はたらいたりしました。そのへんは、もう公園のやうです。思つた通りのことが、すつかり出来上りましたけれど、まだ、大へんな仕事が残つてゐます。鳩にやる豆や、はつかねずみにやるさつまいもを、自分たちで作りたいのです。池のわきの野原を、もつとたがやして、そこを畠にしなければなりません。  子供たちはめい〳〵、くはや、すきを持出して来て、野原をたがやしました。  そのうちに、あやしいことが起つて来ました。  ある時、はつかねずみの金あみがなくなりました。ねずみも大ぶなくなつたやうです。  誰かゞ、ぬすんだのでせうか。  子供たちはふんがいして、しらがのごいんきよにうつたへました。  ごいんきよは、しばらく考へてから、いひました。 「まあ、いゝさ。ねずみも、金あみなんかかぶせられて、きゆうくつだつたらう。もう、金あみは、やめるのだな。」 「さうだ、さうだ。僕たちだつて、金あみなんかかぶせられたら、いやだなあ。」 と、子供たちもいひました。  ところで、はつかねずみのすになつた八幡丸を、どこにすゑたらよいでせうか。 「舟だから、池のそばがよからう。」 といふことになりました。また、仕事がふえました。  池のそばの、木がこんもりしげつてゐる所に、小さな小屋をこしらへるのです。小さいけれど、風や、雨にも、たへるやうな、ぢやうぶな物でなければいけません。  それを、子供たちは自分で、大人の手をかりずに、作り上げました。  その小屋の中に、そつと、八幡丸をすゑました。はつかねずみは、広広とした所に出されて、一そう元気になりました。 「うまく行つたなあ。」  子供たちは、何度も、白いはつかねずみをのぞきに行きました。  ところが、今度は、鳩のす箱が、三つばかりなくなりました。  また、誰かゞ、ぬすんだのでせうか。  それを聞いて、ごいんきよはいひました。 「まあ、いゝさ。あんな箱では、鳩もきゆうくつだらう。大きなのをこしらへるのだな。」  だけど、そればかりは、子供には出来ません。ごいんきよが、大工さんをたのんでくれて、八幡様のお堂ののきに、細長い大きなす箱をこしらへました。  鳩は、みんな仲よく、一しよに、箱から出たりはいつたりしてゐます。 「これなら、鳩がいくらふえても、大ぢやうぶだな。」  子供たちは、うれしさうに鳩を見上げました。  それでも、あやしいことがまだつゞきました。  池のそばの草の上に、度々、どろや、ごみが捨ててあつて、そのへんが水にぬれてゐます。きれいにさらつた池ですが、なほ底には、いくらか、どろや、ごみが残つてゐました。草の上のは、その、どろや、ごみにちがひありません。  誰かゞ、池に、いたづらをしてゐるらしいのです。  心配になつて来ました。  だが、しらがのごいんきよは、のんきさうにいひました。 「池が、まだ、すつかりきれいになつてゐないから、誰かゞ、池の底をさうぢしてくれてゐるのだらう。」 「それなら、自分たちでしようや。」  子供たちは、さういつて、まだ、池の水はつめたいのに、はだかで飛びこんで、底のどろや、ごみをすくひ上げました。  池は、すつかりきれいになりました。  それまでは、よかつたのですが、ある時、池の大亀がゐなくなつたのに、子供たちは気がつきました。珍しい亀で、まだ見たことも、聞いたこともないほど大きな物です。池のぬしみたいな亀です。それがゐなくなつたとは大へんです。これには、しらがのごいんきよも顔をしかめました。  亀は、誰かにぬすまれたのでせうか。どこかへ行つたのでせうか。  子供たちは、あちこちさがしまはりました。池の中はもとより、林の中を見まはつたり、やぶの中をかき分けたり、川の中をつゝいたりしましたが、どこにもゐません。 「亀さんよう、亀さんようい。」  いくら呼んでも、何のへんじもありません。  さあ、いよ〳〵心配です。 「どうしよう。」 「どうしよう。」  どうしようたつて、どうにもしかたがありません。くやしいやら、悲しいやら、泣出したいやうな気持です。  今になつてみると、あの大亀が、一ばん大事な物だつたやうです。あれがゐないとなると、もう、何も、かも、いやになつてしまひました。 「もう少し待つてみなさい。かへつて来るかも知れないよ。」  ごいんきよは、さういひましたが、心細さうなやうすです。  子供たちは、なほ心細くなりました。 十  八幡様の池の大亀がゐなくなつて、子供たちは、しをれかへり、しらがのごいんきよも気をもんでゐますと、ふいに、村はづれにゐる太十が、大きなざるをかついで、ごいんきよを尋ねて来ました。  太十は、びんばふな一人者で、その上、なまけ者です。  その太十が、今、ごいんきよの前に頭を下げて、何か恐しさうにふるへながら、一さいのことを話しました。      ○  太十は、ふと、悪い心を起したのです。  八幡様にある、はつかねずみの金あみをぬすんで、はつかねずみもいくつか入れて、それを町に売りに行きました。 「大きな金あみと、まつ白なはつかねずみです。安くまけておきます。買ひませんか。」  町の人たちは、笑ひました。 「そんな物は、いらないよ。」 「大きな金あみと、まつ白なはつかねずみですが。」 「いらないよ。」  どこでも、ことわられました。  太十は、あちこち歩きまはり、しまひに、くたびれて、金あみと、はつかねずみを、よそののき下に捨ててしまひました。  それでも、太十は、あきらめませんでした。  今度は、鳩のす箱を、鳩がはいつてゐるまゝぬすんで、それを町に売りに行きました。 「りつぱなす箱と、美しい鳩です。安くまけておきます。買ひませんか。」  町の人たちは、笑ひました。 「そんな物は、いらないよ。」 「りつぱなす箱と、美しい鳩ですが。」 「いらないよ。」  どこでも、ことわられました。  太十は、あちこち歩きまはり、しまひに、くたびれてしまつて、す箱と、鳩を、また、よそののき下にすててしまひました。  太十も、今度は考へました。  八幡様の池には、いろ〳〵の魚の中に、大きな鯉もゐます。鯉なら売れさうです。  太十は、あみを持つて、鯉を取りに出かけました。ところが、どうしたものか、いつかう鯉が取れません。鯉どころか、ふなや、はやさへ一匹も取れません。  するうちに、太十は、よいことを聞きこみました。「町の、ある金持の人が、珍しい亀の子を、しきりに集めてゐる。」といふのです。  八幡様の池には、亀がたくさんゐます。その中でも、珍しい大亀がゐます。亀の子どころか、よそで見られないやうな大きな亀です。 「あれなら、きつと売れる。」 と、太十は、つぶやきました。  その大亀をねらつたところが、思ひのほかたやすく、つかまへることが出来ました。  それでも、つかまへて見ると、あまり大きい亀で、太十も少し、きみが悪いので、二三日、なはでしばつて、家におきました。  それから、たうとうけつしんをして、ざるに入れて、町に売りに出かけました。  ところが、とちゆう、ふかい川のふちを通りかゝると、川の中から声がしました。 「八幡池の大亀さん、どこへ行くかね。」  その声に、ざるの中から答へました。 「町まで、さんぽに行くのだよ。」  太十は、びつくりしました。  それでも、なほやつて行きますと、今度は、大きなぬまのほとりを通りかゝつた時、ぬまの中から声がしました。 「八幡池の大亀さん、どこへ行くかね。」  それに答へて、ざるの中からいひました。 「悪者に連れられて、町まで行くのだよ。」  太十は、ぞつとしました。  ざるをそこに下して、考へてみました。 「これは、とてもいけない、とんでもないことをしたやうだ。」 と思ふと、ます〳〵恐しくなりました。  太十は、ざるをかついで、もう、町へは行かずに、すご〳〵引返しました。  ぬまの所へ来ると、また、声がしました。 「八幡池の大亀さん、もう、かへるのかね。」  ざるの中から答へました。 「かへつた方が、よいさうだよ。」  川のふちまで来ると、また、声がしました。 「八幡池の大亀さん、もう、かへるのかね。」  ざるの中から答へました。 「きゆうくつな目にあつたから、かへつて、ゆつくり休むのだよ。」  太十は、もう、びつくりするどころか、すつかりおびえてしまつて、走つて村へかへりました。  それでも、まだ、心が休まりません。しらがのごいんきよにわけを話して、子供たちにもおわびをいひ、これからは、悪い心をあらためると、けつしんしたのです。      ○  太十の話を聞いて、しらがのごいんきよはいひました。 「そして、その大亀が口をきくといふのは、ほんたうかね。」 「ほんたうですとも。わたくしが、はつきり、その声を聞きました。」 「なるほど、それも面白い話だ。お前の良心が口をきいたか、大亀が口をきいたか、まあ、どちらでもよからう。」  それは、とにかく、大事な大亀が、もどつて来たのです。太十は、ごいんきよに、さしづされて、村の子供たちを呼集めて来ました。  子供たちは、をどり上つて喜びました。うれしさのあまり、太十をとがめる気持も起りませんでした。  ざるから大亀を出してやりました。そして、それをかついで、政雄や、一郎や、太郎や、英吉や、花子や、そのほかみんなで、八幡様の池に来ました。  大亀は、池にはなされると、ちよつと水にもぐつて、また、水面に浮いて、それから、ゆつくり泳いで、いかだの所まで行き、いかだの上にのぼつて、きよとんとしてゐます。 「八幡池の大亀、ばんざあい。」  みんなで、思はず声を合はせて、さう叫びました。  太十も、この時、一しよに、ばんざいを叫んで、それから、 「ひまのあるかぎり、子供たちの手つだひをして、野原を畠にする仕事に加りたい。」 といひ出しました。  ごいんきよも、それに、さんせいしました。太十は、子供たちの仲間に加りました。  子供たちのこの仕事は、だん〳〵はつてんして行くでせう。  学校で勉強をしながら、また、いろ〳〵なことをしでかして行くのも、楽しいではありませんか。 底本:「日本児童文学大系 第十六巻」ほるぷ出版    1977(昭和52)年11月20日初刷発行 底本の親本:「ふしぎな池」新潮社    1940(昭和15)年12月 初出:「セウガク二年生」小学館    1938(昭和13)年8月~1939(昭和14)年3月    「せうがく三年生」小学館    1939(昭和14)年4月~5月 ※初出時の表題は「ふしぎなお池」です。 入力:菅野朋子 校正:門田裕志 2013年1月31日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。