アラビヤンナイト 四、船乗シンドバッド 菊池寛 Guide 扉 本文 目 次 アラビヤンナイト 四、船乗シンドバッド  バクダッドの町に、ヒンドバッドという、貧乏な荷かつぎがいました。荷かつぎというのは、鉄道の赤帽のように、お金をもらって人の荷物を運ぶ人です。  ある暑い日のお昼から、ずいぶん重い荷物をかついで歩いていましたが、しずかな通りへさしかかった時、大そうりっぱな家が立っているのが、目に入りました。ヒンドバッドは、その門のそばで、少し休むことにしました。  その家は、とてもりっぱでした。ヒンドバッドは、まだこんなにりっぱな家を見たことがありませんでした。家のまわりの敷石の上には、香水がまいてありました。  ヒンドバッドの足は、つかれて、熱くなっていたものですから、その敷石は大へん気持がようございました。  そして、開いてあるまどからも、何ともいえぬいい香りが、におってきていました。  ヒンドバッドは、まあ、こんなりっぱな家には、いったい、どんな人が住んでいるのだろうかと思いました。  それで、玄関に立っている番人に、 「これはいったい、どなたの家ですか。」と、聞いてみました。  この番人は、ずいぶん上等の着物を着ていましたが、ヒンドバッドの言葉を聞いて、目をまるくしました。そして、 「まあ、お前さんは、バクダッドに住んでいながら、私のご主人さまの名を、知らないというのかい。船乗のシンドバッドさまといって、世界じゅうを船で乗りまわして、世界じゅうで一番たくさん、ぼうけんをした方じゃないか。」 と、言ったのでした。  ヒンドバッドも、今までたびたび、このふしぎな人の名前と、その人が大したお金持であるといううわさは、聞いていました。それで、ははあなるほどと思って、もう一度、その御殿のような家を見上げました。それからまた、上等の着物を着ている番人を、じろじろ見ていました。そのうち、だんだん悲しくなってきたし、また、ねたましくもなってきました。 「あああ。」ヒンドバッドは、そう、ため息をついて、荷をかつぎ上げました。そして、天をあおぎながら、ひとりごとを言ったのです。 「まあ、なんて、ここの家の主人と、私とは、ちがうのだろう。まるで、天と地とのちがいだ。ここの家の主人は、毎日々々、お金を使いたいだけ使って、その日その日を楽しく遊ぶよりほかには、何にもすることがないのに、私ときたら、朝から晩まで、せっせと汗を流して働いても、やっと、まずいパンを少しぽっちしか、買うことができないんだ。ああ、ああ、まあどうしてこの人は、そんなに仕合せになれたんだろう。そしてまた、私は、どうしてこう、年がら年じゅう貧乏なんだろう。」と。  そして、三十メートルばかり歩いていると、一人の召使が追っかけて来て、後からヒンドバッドの肩をたたきました。そして、 「家のだんなさまが、お前さんに会いたいから、つれて来いと、おっしゃられた。さあ、ついておいで。」  貧乏な荷かつぎは、びっくりしました。きっと、さっきのひとりごとが、聞えたんだな、と思ったものですから。  けれども、召使は、そんなことにはおかまいなしで、さっさとヒンドバッドを家の中へつれて入り、大広間へ通しました。  大広間には、大勢のお客さまが、テーブルをかこんで腰かけていました。テーブルの上には、おいしそうなごちそうが、いっぱいならべてあります。一ばん上座に、まっ白いひげをはやしたりっぱなおじいさんが、どっしりと腰かけていました。この人がシンドバッドだったのです。  シンドバッドは、びっくりしているヒンドバッドの方を向いて、にこにこしながら、自分のとなりへ来て腰をかけるようにと、手まねきをしました。  そして、ヒンドバッドが腰をかけると、テーブルの上のごちそうを、とってやるようにと、召使に言いつけました。  召使は、ヒンドバッドの前の皿に、ごちそうをたくさんもり上げ、コップには、上等のお酒をなみなみとつぎました。  ヒンドバッドは、これは、ゆめではないかと、思いはじめました。  ごちそうをたべ終ってから、シンドバッドはヒンドバッドの方を向いて、さっき、まどの外で、何を言っていたのか、と聞きました。  ヒンドバッドは、大そうはずかしくなって、思わずうなだれてしまいました。そして、 「だんなさま、ごめんください。あの時は、大へんくたびれていたものですから、つい、ばかげたことを言って、失礼いたしました。どうぞ、お気におかけくださいませんように。」と、言いました。  シンドバッドは、 「いや、なんで私が、お前さんをとがめたりするもんですかね。私は、お前さんを、ほんとうに気の毒だと思っていますよ。けれどもお前さん、私が、しじゅうのんきにくらしているのだと、思っちゃあこまります。それからまた、らくらくとこの財産をつくり上げたと思っても、いけませんよ。これまでになるには、何年も何年も、全く命がけでかせいだからなんです。」と、言いました。  それから、ほかのお客さまの方へ向きなおって、 「そうです、皆さん、私が今までに出あった数々のぼうけんは、どなたにだっておできになることではありません。私がきょうまでにした七へんの航海の話は、まだ一度もお耳に入れたことがありませんでしたが、もしも皆さんが聞きたいとお望みになるのなら、今晩からはじめてもいいと思います。」 と、言いました。  それから召使に、荷かつぎの荷物を、家までとどけてやるように、と言いつけました。  ヒンドバッドは残って、一番はじめの航海の話を聞くことになりました。        一番はじめの航海の話  私の父は、かなりたくさんの財産を残して死にました。その時分、私はまだ若かったものですから、それをむだ使いして、も少しですっかりなくするところまでゆきました。しかし、これはうっかりしていると、貧乏人になってしまうぞと、気がついたものですから、急に大決心を起しました。そして、残っているお金をかぞえてみて、商売をすることにきめました。それから私は貿易商人の仲間へ入り、船に乗りこむことにしました。次から次と、船がつく港で、持って行った品物を売ってお金にしたり、また、あちらの品物ととりかえっこをしようと思ったからです。  まず、私の、一番はじめの航海がはじまりました。  はじめの二三日は、私はだいぶ、船によいました。けれども、やがて、だんだんなれてきて、よわなくなってしまいました。  さて、ある夕方のことでした。風がぴったりとしずまって、船のゆれも、ばったりとまってしまいました。  ちょうどその時、私どもは、青々と草のはえた、平たい小さな島のそばを走っていたのです。その島は、まるで牧場のようで、その向うに青々とした海が見えていました。船長はみんなに、この島へ上って、少し休んでもいいと言いました。  私どもは大よろこびで、さっそく、この緑の牧場に上りました。そして、そこらじゅうを歩きまわったり、寝ころんだりしました。中でも、私たち五六人の者は、たき火をして、晩ごはんをこしらえようとしました。  やっと、たき火がもえついた時分でした。船から、大きな声で、 「早く、帰って来ーい。」 と言う声が、聞えました。  私どもが、島だとばかり思っていたのは、ほんとうは、ねむっていた、くじらの背中だったのです。  みんなは、波打ぎわへつないでおいたボートをめがけて、いちもくさんに走り出しました。けれども、私がまだボートまで行きつかないうちに、早くも、このくじらは、海の中へもぐってしまったのであります。  私は水の中で、ずいぶんもがきました。そして、やっと板きれにとりつきました。それは、たき火をするために、船から持って来たものでした。  ところが船では、何かごたごたがあって、私のことなんか忘れていたらしいのです。船長は、風が吹き出すと、船を出してしまいました。  私は、波にもまれながら、とうとう、おき去りにされてしまったのであります。  それから一晩じゅう、私は水につかっていました。そして、朝になった頃には、もうへとへとにくたびれてしまって、死ぬよりほかには仕方がないと思っていました。  けれども、ちょうどその時、大へん大きな波がやって来ました。そして、私を持ち上げたかと思うと、ある島のがけの下へ打ち上げました。  うれしいことには、そのがけは、よじのぼることができました。この上は、青々と草のはえた原っぱでした。そこで私は、まず何よりも休みました。  すぐに気分がなおりました。けれども、大そうお腹がへっていたので、何かたべる物はないかとさがしに出かけました。  少し行くと、おいしそうな果物の木がありました。そのそばに、きれいな水がふき出している泉もありました。  私はそこで、まず食事をすまして、また何かほかにないかと思って、島の奥の方へ歩いて行きました。  すると、ほどなく牧場に来ました。馬が、あちこちにはなしてあって、みんな草をたべていました。  しばらく、ぼんやり立っていますと、人の話し声が聞えてきました。耳をすましていると、それがどうも、地の下で話しているようなのです。  まもなく、草の間にかくれてあった穴から、ぬうーっと人が一人出て来ました。そして、私を見つけると、お前はだれか、どこから来たのか、とたずねました。  それから、私を穴の中へつれて入りました。穴の中には、仲間らしい人がたくさんいました。そして、自分たちは、この島の王さまの馬がかりで、馬を買いに、この牧場へ来ているのだと言いました。  私に、おいしい食べ物をくれて、 「お前さんは、ほんとうに運がいい人だよ。もし、あした来たんだったら、もう私たちは帰ってしまっていたからね。道を教えてあげることは、できやしなかったんだよ。」 と、言いました。  あくる朝早く、私たちは出立しました。そして都につきました。  王さまは私をよろこんで迎えてくださいました。私が出あったさいなんの話をお聞きになり、 「この者に、不自由をさせないように、気をつけてやれ。」 と、家来にお言いつけになりました。  さて、私は、大へん船がすきでしたから、そこにいる間、毎日のように、はとばに出かけて、ボートから荷物をおろすのを、見てくらしました。  ある日のこと、いつものように、あちこちの船につんである、荷物をながめていました時、その中に、私の名を書いたこうりが、たくさんつんであるのを見つけました。それで、すぐに、その船長のところへ行って、そのこうりの持主はだれです、と聞いてみました。  すると船長は、 「ああ、それはね、バクダッドの商人の、シンドバッドという人のです。その人は、航海に出るとまもなく、むごたらしい死に方をなすったのです。ある時、この船に乗っていた人たちが、ねむっていた大きなくじらの背中を、草のはえている島だと思って、その上に上ったのです。そして、たき火をしました。すると、熱いので、くじらが目をさまして、いきなり海へ沈んでしまったのです。それで、たくさん人が死にました。その中にシンドバッドさんもいたのです。そういうわけですからね、私はこの品物をすっかり売って、お金にして、あの方の身内とか、しんるいとかいう人でもあったら、お渡ししたいと思っているのです。」 と、話したのでありました。  それで私は、 「船長、私がそのシンドバッドです。このこうりは、みんな私のです。」と、言いました。  すると、船長は、急におそろしい顔をして、 「まあ、世の中はゆだんもすきもありゃしない。おい、お前さんが何と言ったってね、私は、ちゃあんとこの目で、シンドバッドが海に沈んだところを見たのだぜ。」 と、どなりつけました。  私は、すぐに、あれから後のことを何もかも船長に話しました。ところへちょうど、船に乗っていた商人たちが出て来て、私をほんとうのシンドバッドだと言ってくれました。  船長は、はじめて、大そうよろこびました。そして、 「すぐに、荷物をお引き取りください。」と、言いました。  私はその中から、なるべく見事なものをえらび出して、王さまにさし上げました。それから、あとの品はみな売りはらって、びゃくだんと、にっけいと、しょうがと、はっかと、丁子香とを買い入れました。  それからもう一度、この船長の船に乗って出かけました。  その帰りみち、私はある島で、持って来た香料をみんな、大へん高く売ることができました。それで、いよいよバクダッドへ上る時には、一万円の金貨ができていました。  家の者たちは、私が帰って来たので、大へんよろこびました。  それから私は、少しばかりの土地を買って、小ざっぱりした家を立てました。そして、安楽にくらして、こわい目にあったことは、みんな忘れてしまおうとしました。  ここで、シンドバッドは、一番はじめの航海の話を終りました。そして、音楽をはじめるように、また、もっとごちそうを持って来るように、と言いつけました。  さて、それがすんだ時、シンドバッドは、金貨で百円ほどを、ヒンドバッドにくれました。そして、もしも二度めの航海の話が聞きたかったら、あすの晩の、今時分にまたおいで、と言いました。  ヒンドバッドは、大いそぎで、自分の家へ帰って行きました。  皆さん、その夜、まあどんなにヒンドバッドのおかみさんや、子供たちがよろこんだか、お察しください。  さて次の晩、ヒンドバッドは、一番いい着物を着て、シンドバッドの家へ行きました。  ゆうべと同じように、大そうなごちそうが出ました。そして、それがすんだ時、 「皆さん。今晩は、二度めの航海の話をしようと思います。これは、ゆうべの話よりか、もっともっとふしぎなことがたくさんあります。」と、シンドバッドが申しました。        二度めの航海の話  家へ帰って、しばらくの間は、私も楽しくくらしていました。しかし、まもなく、私は、ぶらぶらとその日その日をおくることが、いやになりました。そして、海の上へ乗り出して、波の上をとぶように走ったり、帆づなをびゅうびゅううならせて吹いてゆく、風の音を聞いたりしたくて、たまらなくなりました。  そこで私は、いそいでいろいろの品物を買いあつめ、もう一度、外国へ商売に出かけることにしました。  それから、つごうのよさそうな船に乗って、大勢の商人たちと一しょに、いよいよ二度めの航海に出かけました。  船は、みちみち、いろんな港につきました。私どもは、そのたんびに、持って来た品物を売って、大そうもうけました。そして、すっかり品物を売りはらってしまってから後のことでした。ある日のこと、私たちは、ある島につきました。  その島は、ほんとうに美しい島でした。エデンの園かと思われるほど、きれいなところでした。たくさんの花が、にじのように咲きみだれて、じゅくした果物が、おいしそうにふさになって、なっていました。  私は、まずこの木の下へどっかりとすわりました。そして、あたりを見まわしました。  そこら一面、見れば見るほど、美しゅうございました。私は、持って来た食べ物をたべたり、お酒を飲んだりしました。それから目をつぶりました。そばを、しずかに流れている、小川の流れの音が、歌のように聞えてきました。そのうちに、ぼーっとしてきて、私はねむってしまいました。  それから、いったい、どれだけ時間がたったのかわかりませんが、ふと目をさますと、一しょに来た人たちは、一人もいなくなっていました。びっくりして、海の方へさがしに行ってみますと、まあ、どうでしょう。船は、とっくに出てしまっているではありませんか。そして、はるか向うまで走って行って、ちょうど白い点を打ったように見えるだけであります。私は、この島におき去りにされてしまったのです。こんなことになるほどなら、どうしてあのまま、家にじっとしていなかったのかと、泣いて残念がりましたけれど、仕方がありませんでした。  私は、どうにかして島から出て行くことはできないものかと思って、高い木にのぼって、方々を見まわしました。  はじめに海の方を見ました。けれども、海には何にもありませんでした。  それで、こんどは、陸の方を見ました。すると、島のまん中ほどに、大きな、白い、円屋根のようなものが見えました。今まで一ぺんも、そんなものを見たことがないので、それが何だか、ちっともわかりませんでした。  私は、ともかく、木からおりました。そして、大いそぎで、その白い円屋根の方へ走って行きました。  しかし、いよいよそばまで行っても、それはかいもく何だかわかりませんでした。ちょうど大きなまりのようで、すべすべしていて、とても、よじのぼることなどできませんでした。また、それかといって、中へ入って行こうにも、戸らしいものや、入口らしいものが、一つもありませんでした。どうにもしようがないので、私はただ、ぐるぐるそのまわりをまわっていました。  すると、にわかに空がくもってきて、見る見る夜のように、まっ暗になってしまいました。  それで、おそるおそる空を見上げますと、大きな鳥がまいおりて来て、そのつばさのかげのために、こんなになったのだということがわかりました。鳥は、またたくまにおりて来て、白い円屋根の上へとまりました。  この時、ふと私は思い出したことがありました。それは、水夫たちに聞いていた、ロックという鳥のことです。それで、すべすべした円いまりは、その鳥の卵にちがいないと思いました。  こう思いつくと、すぐに私は、頭にまいていた布をといて、つなを作りました。そして、それを自分の腰のまわりにまわして、両方のはしを、しっかりとロックの足にむすびつけました。 「しめたぞ。この鳥は、今に、とび上るにちがいない。そして、きっと、私をこの島から、つれ出してくれるにちがいない。」私は、こうひとりごとを言って、よろこびました。  はたして、まもなく、私は地から持ち上げられました。そして、雲にとどくかと思うまで高くのぼってしまいました。それからまた、だんだん下へおりてゆきました。そして、地につきました。私は手早く、ずきんの布をときました。そしてロックからはなれました。  ロックにくらべると、私はお話にならないほど、小さいものでした。それでロックは、まるきり私に気がつかなかったらしいのです。ロックはすぐに、そばに寝ていた大きな黒いものの方へとびかかってゆきました。そして、それを口ばしでくわえて、とび上ってしまいました。  皆さん、それから私が、つくづくと、ほかにもたくさん寝ていた黒いものを見た時、まあ、どんなにおどろいたか、お察しください。それはみんな、黒い大きな蛇だったのです。  なお、よくよくあたりを見ますと、ここは、岩のかさなりあった、深い谷底でした。どちらを向いても、びょうぶのようにけわしい山が、そびえていました。そして、岩の間には、このおそろしい蛇よりほか何にもいませんでした。 「ああ、こんなことなら、いっそあの島にいた方が、ましだった。わざわざ、もっとひどい目にあうために、この島へ来たようなものだ。」と、私は泣き泣き、ひとりごとを言いました。  そして、じっと岩を見つめていますと、何だか、きらきらとよく光る石が、そこら一面にちらばっているではありませんか。ふしぎだなと思って、ずっとよって見ると、それがみんな、大へん大きなダイヤモンドでありました。ちょうど小石くらいの大きさのものです。私は、とび上るほどよろこびました。  しかし、すぐに、おそろしい蛇が、私にかみつこうとして、ねらっているのに気がつきましたから、そのよろこびはどこへやら、背中にぞっとさむけがたちました。  蛇は、どれもこれも、大そう大きなものでした。象でも、一口にのみそうなものばかりです。昼間はロックがこわいので、じっとしていても、夜になると、のたりのたりとはいまわって、食べ物をさがすのでした。  私は、日がくれないうちに、岩の中の穴を見つけて、その中にしゃがんで、ふるえながら夜のあけるのを待ちました。そして朝になってから、もう一度、谷へ出て行きました。  さて、これからいったい、どうしたらいいのだろうと、じっとすわって考えていますと、ちょうど目の前へ、ころころと大きな生の肉のきれが、ころがって落ちてきました。それからまた、同じようなのが落ちてきました。そして、次から次と落ちてきて、見る見るもり上ってしまいました。  この時、私はふと、ある旅行家から聞いた、ダイヤモンド谷の話を思い出しました。それは、毎年わしが卵をかえす時分になると、商人たちが、高い山へのぼって行って、生の肉のきれを、谷底をめがけてころがし落すのでした。すると、谷にちらばっているダイヤモンドが、その肉の中へ、はまりこみます。その肉を、わしがひなにやるために、くわえて帰って来るのです。商人たちは、そこを待ちかまえていて、わしを巣から追い出して、肉の中のダイヤモンドをとるという話であります。  やがて、わしがまいさがって来て、肉のきれをくわえて、とび上ってゆきました。それを見ているうちに、ふとある考えが浮かびました。それで、とてもだめだと思ってしょげていた私は、元気を出しました。  そこで、まずあたりをさがしまわって、なるべく大きそうなダイヤモンドを拾って、ポケットにつめこみました。それからまた、肉の一ばん大きなきれを見つけて、それを、あのずきんで作ったつなで、からだへしっかりと、むすびつけました。わしがまたすぐに、えものを取りにおりて来るだろうと思ったからです。それから、肉のきれの下にもぐって、地面の上へねそべりました。そして、どうなることかと、じっと待っていました。  するとまもなく、わしが、すうーっとおりて来ました。そして、私のからだにむすばれてあった肉をつかんで、さっととび上りました。そして、高い高い山の上の、岩の間の巣の中へ、私を落しこみました。  すると、思った通り、すぐに岩の後から人が出て来て、大きな声でわしを追いたてました。わしは、びっくりして、そのままとび去ってしまいました。  この人は、この巣の番をしている商人で、肉の中のダイヤモンドをさがしに来たのでありましたが、私を見て、びっくりして、後へとびのきました。けれども、すぐに、 「お前さんはここで何をしているんだ。ああわかった。ダイヤモンドをぬすみに来たんだな。」 と、おこりつけました。  しかし、私は、落ちついて、 「まあ、お待ちください。私はけっして、どろぼうではありません。私の話をお聞きになったら、きっと私を、気の毒に思ってくださるでしょう。そして、きっとおとがめにはならないでしょう。それから、お望みのダイヤモンドなら、ここに少し持って来ましたから。」と、言いました。  そこへ、ほかの番をしている商人たちもやって来ました。私はみんなに、今までの、あぶない目にあった話をして聞かせました。商人たちは、私の勇気と、そんなあぶない目からうまくのがれたちえとに、びっくりして、ただただ目を見はっているばかりでした。  それから私は、手にいっぱいダイヤモンドをつかみ出しました。そして、みんなに見せました。みんなは、そんなりっぱなダイヤモンドを見たのは、はじめてのようでした。 「さあ、がっかりなさったかわりに、どれか一つお取りください。」 と、どなりつけた商人に言いました。  すると、その人は 「では、この小さいのを一ついただきましょう。」と、言って、きらきら光っている中から、一ばん小さいのを一つ取り出しました。  私は、もっと大きいのをお取りなさい、とすすめましたが、その人は首をふって、 「これ一つあったら、私がほしいと思った財産をつくることができます。私はもう、こんなあぶない思いをして、ダイヤモンドをさがしには来ますまい。」と、言いました。  それから、みんなで、港をさして出かけました。そして、そこから船に乗って、家へ帰ることにしました。帰りみちでも、いろいろあぶない目にあいました。けれども、ともかく、バクダッドへ帰って来ることができました。  私はダイヤモンドを売って、大へんなお金をもうけました。そして、たくさんのお金を貧乏人にほどこしました。そして前よりも、もっとお金持になって、人からちやほやされるようになりました。  ここで、シンドバッドは話をやめました。そして、また百円、ヒンドバッドにくれました。それからヒンドバッドは家へ帰って行きました。  次の日の晩も、また、お客さまたちはあつまりました。ヒンドバッドも、やっぱりやって来ました。  シンドバッドは、また、あぶない目にあった話をしはじめました。すなわち、三度めの航海の話でありました。        三度めの航海の話  私は、しばらく家にいて、楽しくくらしているうちに、だんだん、苦しかったことや、こわかったことを、忘れてゆきました。そしてまた、新しいぼうけんがしてみたくなりました。それに、まだ私は、家でしずかにして、ぶらぶらくらしている年ではない、と思いました。それでこの前の時のように、品物を買いあつめて、商売の旅に出ました。  商売は、どの港でも、大へんつごうよくゆきました。品物がどんどん売れてゆきました。そして、こんどこそは、ひどい目にもあわないですみそうだと思っているやさき、ある日、大あらしがやって来ました。  船は、すっかり方向がわからなくなってしまって、船長でさえも、風下のある島のかげへ来るまでは、どこをどう進んでいるのか、かいもくわからないというほどでした。  仕方がないので、私どもはともかくも、その島のかげで、あらしをよけるために、いかりをおろしました。  けれども、船長が、この島をつくづくと見た時、急にかみの毛を引きむしって、 「しまった、ここは猿の山にちがいない。」と、さけんだのであります。  それから船長は、この島へ来て、生きて帰った者はないのだ、という話をしました。なぜかというと、この島には、人よりも猿によくにたものがたくさん住んでいて、おまけに大そう、けんかずきだというのです。  船長のこの話が終らないうちに、もう小さなやつが大勢、海岸へ出て来たかと思うと、船をめがけて、ぽちゃぽちゃと泳いで来はじめました。  それが近づいて来た時、よくよく見ると、一寸法師のようで、猿よりもにくらしいのです。そして、からだじゅうに赤い毛が、ぎっしりはえていました。  やがて船に泳ぎつくと、みんなして船を海岸へ引っぱって行きました。そして、私どもを陸に追い上げて、こんどは自分たちばかりが船に乗って、ほかの島をさして、こいで行きました。  私どもは、こわごわ、そこらじゅうを歩いてみました。そして、果物や木の根を見つけて、たべました。  夕方になってから、向うに高い御殿が立っているのが、見つかりました。それで、そこにかくれるところがあるかもしれないと思って、行ってみることにしました。  御殿には、こくたんの大きな戸が閉まっていました。おすと、すぐに開きました。私どもは、中庭へ入って行きました。だれもいないで、ひっそりとしていました。  しかし、しばらく見まわっているうちに、骨を小山のようにつみかさねてあるところへ来ました。そこには、物を焼く時に使うかなぐしが、いっぱいちらばっていました。  わけがわからないものですから、私たちは、だいぶ長い間、じっとそれを見ていました。すると、太い、雷のような音が聞えてきました。みんなが、その方をふり向くと、ちょうど、こくたんの戸がそろそろと開きかかっているところでした。そして、くれないと金をまぜたような夕やけの空の中に、ぬうーっとあらわれたのは、おそろしい大入道でした。  その大入道は、松やにのようにまっ黒な色をしていて、しゅろの木のように背が高いのです。ひたいのまん中に、一つ、まっ赤な目がありました。それはちょうど、石炭がもえている時のように、ぎらぎら光っていました。口は、まっ暗な井戸のようで、くちびるは、らくだのように胸までぶらさがっていました。そして、耳は象のように大きくて、肩のへんまでたれていました。また爪は、わしのようにとがっていました。  私どもは、この大入道を一目見るやいなや、気をうしなって、そのままそこにたおれてしまいました。  やがて、息をふき返してみると、大入道は、私たちを一人ずつ、つまみ上げて、そのまっ赤な目で、ていねいにしらべているところでした。  すぐに私がつまみ上げられました。私は、高いところで、ぶらんぶらんしていました。大入道は、ぐるぐる私をまわしながら、からだの方々をつねってみるのです。太っているかどうか、こうしてしらべるのです。やがて、私が骨と皮ばっかりにやせているのがわかると、下へぽーんと投げました。それから、また、仲間の一人をつまみ上げました。この人も、くるくるまわされたり、つねられたりして、苦しそうでした。その次には船長をつまみ上げました。この人は、みんなの中では、一ばん太っている人です。大入道は、にやりと笑って、船長をかなぐしに、ぷすりとさしこみました。そして焼きはじめました。  それから船長を、夕ごはんにしてたべてしまうと、ぐうぐうねむりはじめました。そのいびきは、一晩じゅう、雷がごろごろ鳴りひびいているようでした。  そして朝になると、私たちには目もくれないで、さっさと出かけて行きました。  すぐに、私どもは、よりあつまって、自分たちの不運を悲しみあいました。そして、どこかほかに、かくれ場をさがそうと思って、御殿を出て行きました。  しかし、島じゅうどこにも、そんなところはありませんでした。  夜になって、仕方なく、また御殿へ帰って来ました。  すると、まもなく大入道も、外から帰って来て、また仲間の一人をつかまえて、きのうの船長と同じようにして、たべてしまいました。  次の朝、大入道が出かけて行った後、私どももやっぱり、出かけました。こんどは、もう一度この御殿へ、たべられに帰って来るくらいなら、いっそ海へ身を投げて、死ぬ決心でした。  それから、方々さがしても、やっぱりどこにも、かくれ場はありませんでした。そして、出るともなく海岸へ出てしまいました。すると、仲間の一人が、 「私たちは、もう神さまに見はなされてしまったのです。あんなにして、一人々々殺されてゆくよりも、いっそ、みんな一しょに死んでしまおうじゃありませんか。」 と、言いました。 「なるほど、それももっともです。しかしまあ皆さん、私の考えも、ひとつお聞きください。」 と、私はそれに答えてから、口をきりました。それから、 「このあたりに流れついている流木を拾って、いかだを作りましょう。そして、もしもあの大入道を殺すことができなかったら、それに乗って、にげたらよいじゃありませんか。いかがです。」 と、相談してみました。  すると、みんなこの話に、さんせいしてくれました。そして、夕方までにいかだを作り上げて、海岸につないでおきました。  さて、それから、帰りたくもない御殿へ、いやいやながら帰って行きました。きっと今晩も、だれかが殺されて、たべられてしまうにきまっていましたが。  大入道は、また一人を、いつものように夕ごはんにしてたべると、大いびきで寝てしまいました。そこで私どもは、しずかに、大きなかなぐしを二つ、取り上げました。そして、かっかっと石炭がもえている中へ、つっこみました。そして、それがまっ赤になるのを待って、こっそりと大入道の寝ているそばへ、近よって行きました。それから、みんなで力をあわせて、そのかなぐしを、大入道の目の中へつきさしました。  大入道は、おそろしいうなり声を立てて、痛いのと、腹が立つのとで、とび起きました。そして、うでをのばして、私どもをつかまえようとしました。けれども、もうめくらになっているものですから、私どもはうまくにげまわって、すみの方にうつぶしになっていました。それで、とうとう一人も、つかまえられませんでした。  大入道は、わあわあ泣きながら、やっと、こくたんの戸のところまで行きました。そして、手さぐりで戸をあけて、まっ暗なやみの中へ消えていってしまいました。その泣き声が、いつまでもいつまでも、夜の空にごーごーと鳴りひびいていました。  私どもはすぐに、いかだをつないであった海岸をさして、走って行きました。そして、そこで、大入道が死んでしまったのか、まだ生きているのかわかるまで、待つことにしました。  けれども、やっぱり、私たちは運が悪かったのです。夜があけてゆくにしたがって、雷のような足音が聞えてきはじめました。それは、おこったあの大入道が、仲間を二人つれて来る足音でした。二人とも、さっきの大入道にまけずおとらずの、おそろしく背の高いやつでした。  私どもは、それを見るやいなや、大いそぎでいかだに乗りました。そして、沖へ向ってこぎ出しました。  すると、大入道たちは、岩を拾っては、いかだをめがけて、投げはじめました。そのため、私のいかだよりほかのいかだは、みんな海に沈んでしまいました。  私のいかだには、ほかに二人の仲間が乗っていましたが、三人とも、どうしてもここからにげたいと思いました。それで、あるかぎりの力を出して、こぎました。それで、まもなく、ほかの島へつくことができたのです。  この島には、大そうおいしい果物がありました。私どもは、たべたり、休んだりして、しばらくつかれをなおしていました。  するとにわかに、ざーざーと、おそろしいひびきが聞えてきました。そして私どもは、何だか急に気分が悪くなってしまいました。仕方がないので、じっとしていますと、とても大きな蛇が、ぬうーっとはいよって来ました。そして、あっというまに、仲間の一人をのんでしまいました。 「ああ、やっと一つのがれたと思えば、こんどは前よりも、もっと悪いことがやってくる。ほんとうに、どうしたらここからにげて行くことができるのだろう。」 と言って、私たちはなげきました。  それでも、助かった二人は、走りつづけて、やっと高い木の下まで来ました。そして、大いそぎで、その木へのぼりました。  その木には、運よくも、果物がなっていました。そこで二人は、まずお腹をこしらえました。  その夜、私は、一ばん高い枝にのぼっていましたが、また蛇のざーざーいう音で目をさましました。すると、どうでしょう、蛇は、木にぐるぐるとまきついて、今にも、たった一人の私の仲間を、のもうとしているのです。そして、あっというまもなく、また大きな口をあけて、ぺろりとのみこんでしまいました。 「ああ、こうなっちゃ、もうどうしたってだめだ。晩にのまれるのを、じっと待っているよりも、いっそ、がけの上から、海へとびこんで死んでしまおう。」  こう、私はひとりごとを言いました。  けれども、海べまで来てみますと、そんなことをするのは、あんまりいくじがなさすぎると考えたのであります。  そこでまた、引き返してきて、木の枝だの、あしだの、いばらだのを、できるかぎりあつめました。そして、それをたばにして、しっかりとゆわえ、それでもって、木の下に円い小屋のようなものを立てました。そして、そのてっぺんを、かたくかたくむすびあわせて、どこにも蛇が入って来るすきまがないように、ていねいに作り上げました。  さて、その晩も、おそろしいざーざーいう音が聞えてきました。けれども、蛇はただ、小屋のまわりを、ぐるぐるとすべりまわっているだけでした。私は、おそろしさのあまり、死んだ人のようになって、ふるえながら夜をあかしました。  こうしてまた、私は助かりました。そして、海べへ出て行きました。こんどこそは、もう身を投げて死のうと、きめて行ったのです。あんなおそろしい目にあうのは、とてもがまんができないと思ったものですから。  しかし、ありがたいことには、海べに立って、沖の方をながめていますと、一そうの白帆の、こちらへ近づいて来るのが見えました。  私はずきんをとって、むちゅうになってふりまわしました。するとまあ、なんてうれしいことでしょう、その船からはボートをおろしました。私を助けに来るのです。  まもなく、私はその船に乗ることができました。そして、いっさいの話をしました。だれもかれも、私をかわいそうに思って、大そうしんせつにしてくれました。そして、新しい着物を出してきて、 「そのぼろぼろになった着物と、お着かえなさい。」と、言ってくれる人もありました。そのほか、いろんなことをして、私をなぐさめてくれました。  そんなにして、航海をつづけているうちに、びゃくだんの木が、いっぱいはえている島へつきました。そこで、いかりをおろして、商人たちは島の人たちと取引をするために、陸へ上ってゆきました。  そのあとで、船長が私を呼んで言うには、 「じつは、少しお願いしたいことがあるのですが、聞いてくださいませんでしょうか。ほかでもありません。まあ、このたくさんの荷物を見てください。これはみんな、この船に乗っていたバクダッドの商人のものなのですが、気の毒なことには、その人を、ある島へ、おき去りにしてしまったのです。それで私は、この荷物をみんな売りはらって、そのお金を、その商人の家の人にあげたいと思っているのですが、あなた、これを陸へ持って上って、売ってくださいませんでしょうか。もちろん、分け前はさし上げるつもりなんですが。」とのことなのです。  そこで、私は、 「それは、けっこうなお考えです。だが、その商人の名前は、何というのでしたか。」  と、聞いてみました。すると、船長は、 「シンドバッドというのです。」と、答えたではありませんか。  私は、こうりについている、私の名前をしらべてみました。それから、船長に、 「その人は、ほんとうに死んだのですか。」と、聞きました。  船長は、 「それが気の毒なんです。とてもあの島では、助かっている見こみはありません。」 と、答えました。そこで、私は船長の手をとって、 「船長、私の顔をよーっくごらんください。あなたはこの顔に、おぼえはありませんか。私こそそのシンドバッドです。あのロックの島にとり残された、シンドバッドです。」 と、言いました。そして船長に、いろいろこわい目にあった話をして聞かせました。そのうちにだんだん、私がシンドバッドだということが、わかってきました。そして、大よろこびで品物をみんなと、今までにほかの島で私の品物を売ってもうけたお金とを、私に渡してくれました。  それからまもなく、私たちはバクダッドにつきました。私は、こんどの商売では、とてもかぞえきれないほど、お金をもうけていました。それで、もっと土地を買って、またたくさんのお金を貧民どもにほどこしました。そしてまもなく、あぶなかったことや、苦しかったことを、みんな忘れてしまいました。  そこで、三度めの航海の話は終りました。  シンドバッドは、また、ヒンドバッドに百円やるようにと、召使に言いつけました。  それからまた、ヒンドバッドは、第四航海の話を聞きに来ました。        四度めの航海の話  三度めの航海の後は、私は大へんゆたかに、仕合せにくらしていました。しかし、皆さん、あきれてはいけません。また私は、ただお金持で、ぼんやり家にいるのでは、どうも満足ができなくなりました。旅をして、いろいろのぼうけんをしたいと思う心が、おさえても、おさえても、どうしてもやみませんでした。  私は、また、商品を買いあつめました。そして、仲間の商人と一しょに船に乗って、外国の港をさして、出かけました。  船は、いろいろの港につきました。私どもは、それぞれお金もうけをしました。  ところがある日、大あらしがやって来たのです。そして、船長でさえも、船をどうすることもできなくなってしまいました。  帆は風のためにぼろぼろにちぎられて、まるでリボンのようになってしまいました。波は、何べんも何べんも、かんぱんの上をあらって、そのうちに船は、とうとう沈みはじめました。  乗組員と、お客さまの大部分は、おぼれてしまいました。しかし、私ども二三人は、やっと板きれに、とりつくことができたのです。そして、一晩じゅう、おそろしい思いをしながら、波にただよっているうちに、ある島へ流れつきました。 「生きているより、死んだ方がましだった。」  そう思いながら、夜があけるまで、海岸にたおれていました。  やがて、朝になってから、何かたべるものがほしくなったので、島の奥の方へ歩いて行きました。大して歩きもしないうちに、まっ黒な、やばん人のむれに行きあいました。  このやばん人どもは、すぐに私たちをとりまいて、自分らの小屋の方へ、引っぱって行きました。そして、まずはじめに、食べ物をくれました。私の仲間は、それをがつがついってたべました。けれども私は、もともと用心ぶかいたちですから、たべるふうだけしておきました。なぜかと言いますと、どうもこのやばん人どもは、人間の肉をたべているらしく思われたからです。  でも、ほんとうに、たべないでよかったのです。私の仲間は、食べ物をのみこむと、まもなく気をうしなってしまいました。そして、やがて気がついた時は、もうすっかり気ちがいになっていました。  これはどう見ても、やばん人どもが、何かたくらんでいるのにちがいないと思いました。  その次にまた、ごはんの上にやしの油をどっさりかけて、持って来ました。この時は、 「はーあ、こうして、みんなを太らせておいてから、たべるんだな。」と、わかりました。  それとともに、私は大そうこわくなりました。それからは、いよいよ何にもたべませんでした。それで、大へんやせてしまいました。だれだって、殺してたべようとは思わないほどに、なってしまいました。  さて、ある日、年とったやばん人が、ただ一人、番をしているきりで、みんな出て行ってしまったことがありました。それで、私はやすやすとぬけ出すことができました。  私は、できるかぎり大いそぎで、森の中へ走って行きました。そしてそこで、七日ほどすごしました。  しかし、やがてまた走り出て、とうとう島のはんたいのかわへ行きつきました。  そこには、西洋人たちが、こしょうを取りに来ていました。そして私を見て、大へんびっくりしました。それから私の話を聞いて、なおなお、おどろいてしまいました。 「あのやばん人どもは、だれだって見つかりしだい、殺してたべてしまうのです。無事ににげ出して来たのは、きっとあなた一人でしょう。」と、言いました。  それから私を、自分たちの船に乗せて、その国へつれて行きました。そして、王さまのお目通りへ、つれて出ました。  それから、みんなは、なかなかしんせつにしてくれました。  王さまも、とくべつにお取立てくださって、高い位につけてくださいました。  さて、その島は、大へんお金のたくさんある島でした。そして、都では、さかんに商売が行われていました。私も、すぐに仕合せになって、満足していました。  しかし、この島で、おどろいたことには、だれもかれも、馬によく乗るのですけれど、くらやあぶみや、たづなを使う者がないのです。それで、ある日、私は王さまに、 「陛下、なぜ、この国では、くらをつける人がないのでございますか。」 と、うかがってみました。  すると王さまは、ふしぎそうな顔をなすって、 「何を言ってるのかね。わしはまだ、そんな言葉を聞いたことがないよ。」 と、おっしゃったのです。  そこで私は、なめし皮を作る職人の中から、りこうそうなのを一人つれて来て、りっぱなくらを作ることを教えました。そして、私もまた、あぶみだの、はくしゃだの、たづなだのを作りました。そして、これらがみんな出来上ってから、そろえて王さまにさし上げました。そして、どういうふうに使うということもお教えしました。  すると、すぐに王さまは、それをお使いになって、大そうおよろこびになりました。  また、それを見て、身分の高い人たちは、だれもかれもほしがりました。それで、私はまた、みんなに作ってやりました。  さて、そのうちに、私は、この島でも指おりの金持になってゆきました。  王さまは、とうとう私に、この島の美しい娘と結婚をして、この島の人間になってしまうように、とおっしゃいました。  私は、その美しい娘というのを見ました。すると、王さまのご命令通りにしたくなりました。それから二人は、一しょに仲よくくらしてゆきました。私は、そろそろバクダッドのことを忘れはじめました。  しかし、ある日のことでした。大へんなことが起ってしまいました。というのは、私がふだん仲よくしていた、近所のおかみさんが死んだのです。大へん気の毒に思ったものですから、すぐおくやみに行きました。そして、 「あんまりくよくよなさらないように。おかみさんはああして、早くおなくなりなすっても、そのかわりにあなたが、長生きがおできになりましょうよ。」と、言いました。  その人は、うつむいたまま、じっと私の言うのを聞いていましたが、やがて、 「よしてください。どうして、あなたは、私がこれから長生きができるなんて、おっしゃるのです。私はもう二三時間したら、家内と一しょに、うずめられてしまう身じゃありませんか。……ああ、あなたはまだ、この国のおきてをご存じなかったのですね。ここでは、妻が死んだら、夫はそれと一しょにうずめられるのです。そしてもし、夫の方が先に死ねば、妻がそれと一しょにうずめられるのです。」 と、言うではありませんか。 「まあ、なんておそろしいことだろう。そんなことは、とてもほんとうとは思われない。」  私は、それを聞いて、こうさけびました。  それから、王さまに、このことをうかがいました。すると王さまは、ただそれは、この国のおきてなんだから、そうされるのだ、とおっしゃったきりでした。  それから、だれに聞いても、これをふしぎに思っている人はありませんでした。  まあなんてこわいことだろう、なんていやなことだろう、と思っているうちに、とうとうそれが、私の身の上にふりかかってきました。ある日のこと、私の妻が、病気になったのです。そして、わずかのわずらいの後、とうとう死んでしまったのです。  すると、町の人がやって来て、妻に一番いい着物を着せました。そして、髪には宝石をかざりました。それから、高い山の上へ運んで行きました。  山の上には、石が一つおいてありました。その石を持ち上げると、下は深い深い穴になっていました。そしてその中へ、私の妻は落されてしまいました。  私は、どうか助けてくださいと、ずいぶんたのみました。しかし、だれも、私が何を言っているのか、聞こうともしませんでした。せっせと、小さいパンを七つと、水さしにいっぱいの水とを用意していました。そして、それを私に持たせて、穴の中へつき落し、石のふたをしてしまいました。  私はたった一人、暗い穴の中に、とじこめられてしまったのです。しばらくの間は、泣くにも泣かれませんでした。  それから七日の間は、ともかくも、少しながらもパンと水がありましたから、生きていることができました。しかし、それもとうとうなくなってしまった時、私は、いよいよ死ぬのだなと思いました。  その時、急に、ほら穴の向うがわに、何か生きた物がとびこんで来たのが、目に入りました。そして、その小さな、ねずみ色をしたものが、私の前をぴょんととんで行きました。  私は、はっと立ち上りました。そして、そのあとを追いました。すると、まもなくそれが、岩のわれ目の中へ入って行きました。私もまた、思いきって、その中へとびこみました。中は大へん、きゅうくつでした。おしつぶされるような思いをしながら、なおもそのあとをつけて行きました。そして、これは、ずいぶん来たもんだな、と思った時でした。気持のいい海の風が、熱くなっていた私のほおに、さっと吹いてきたのです。まもなく私は、ほら穴からぬけ出すことができました。そこは、青々とした空の下の海べでした。  私がついて来た、小さなけものは、きっと、この道から入ったのでしょう。それで、出る時、私に道案内をしてくれたようなものでした。  それからまた、私は勇気を起して、もと来た道へ引き返しました。そして、ほら穴の中にちらばっていた、宝石を拾いあつめ、それを、こうりにつめて、また海べへ出て来ました。そして船が来るのを待つことにしました。  一日じゅう私は、じっと沖を見つめていました。  やっと次の朝になって、うれしや、とうとう一そうの船を見つめることができました。私は、さっそく、ずきんをといてふりました。それから、大きな声で呼びました。すると、まもなく、ボートがおろされて、私の方へこいで来ました。 「どうして、こんなところへ、いらっしゃったのです。私たちはまだ、ここの海岸に人がいたのを、見たことがありませんよ。」 と、ボートの水夫たちが言いました。  その時、私はどうしても、墓穴から出て来たのだとは、言うことができませんでした。もしも、もとのところへつれ返されたら、大へんだと思ったものですから。……それで、 「二三日前、難船して、やっと、このこうりだけ持って上ったのです。」と、言っておきました。  つごうのいいことには、水夫たちは、もう何にも問いませんでした。そして、すぐにボートをこぎ出して、私を本船へつれて行ってくれました。  こんなふうにして、また無事に帰って来ました。もちろん、前よりも一そう金持になりました。そして、あんなおそろしい目にあっても、助かったとは、まあなんてありがたいことだろう、と思ったのであります。  ここで、シンドバッドはやめました。そして、ヒンドバッドは、また百円もらい、またあすの晩も来るように、その時は五度めの航海の話をするから、と言われました。        五度めの航海の話  さあ、これから、五度めの航海の話をはじめようと思います。(あくる晩、みんながテーブルのまわりに腰をかけた時、シンドバッドは、こう口をきりました。)  ご存じのように、今まで、ずいぶんひどい目にあっていながら、私のぼうけんずきは、やっぱりやみませんでした。家の中にじっとしていることがじれったくて、またまた、海へ行きたくてたまらなくなりました。  そして、こんどは、ひとの船に乗らないで、自分の船を作りました。そうすれば、どこへだって、行きたいと思うところへ行けますし、したがって、したいと思うことをやって、商売ができるわけです。  さてこの船は、かなり大きゅうございましたので、ほかに五六人の商人も乗りこんでもらいました。そしてまた、海へ乗り出しました。  それから、五つ六つの港へつきました。商売は、とんとんびょうしにはこびました。  するうち、ある日のこと、ふしぎな白い円屋根のある、沙漠のような島へ来ました。私はすぐに、ははあ、ロックの卵だなと思いました。しかし、ほかの人は、まだ、だれも見たことがないというのです。そして、ぜひ見てゆきたいから、上らせてくれというのです。仕方がないので、ゆるしました。  その人たちは、近づいて行って、ふしぎそうに見ていました。ちょうどその時は、ロックのひなが今にもかえりそうになっていた時で、少し口ばしで、からを破ろうとしておりました。  すると商人たちは、私がとめるのも聞かないで、この卵をこわしてしまいました。そして、ひなのロックを引き出して、りょうりをしはじめました。私は、そんなことをすると、きっとあとでこわい目にあうにちがいないから、およしなさい、およしなさい、と言ってとめました。しかし商人たちは、かまわずどんどん、いろんなごちそうに作っていました。  すると、それからすぐでした。急に空がまっ暗になって、あのロックの大きな黒いつばさが、私どもの頭の上へおおいかぶさってきました。  私たちは命からがら船へ帰りました。船長は、さっそく船を出しました。親鳥が大へんおこっているということが、わかりましたから。  おそろしい大きな鳥は、すぐに海の上へ追っかけて来ました。空は見る見るまっ暗になってしまいました。見上げると、大きなつばさがぴゅーんぴゅーんと風をきっています。とがった爪の間には、大きな石を、いくつもいくつも持っていました。それは石というよりも、岩と言いたいくらい大きなものです。  船のま上へ来た時、持っていた石を一つ落しました。石はびゅーっとうなりを立てて落ちて来ました。さいわい、それは船にはあたりませんでした。すぐ近くの海がまっ二つにさけて、船のまわりには、海の底の砂のまじった波が、まるでかべのように立ち上りました。  やれうれしやと思って、上を見上げると、まあどうしましょう、もう一羽、ロックがやって来ているのです。そして、しっかりとねらいを定めて、今にも石を落そうとしているのです。  ああ、とうとう船はだめでした。みじんにくだかれてしまいました。つぶされて死ななかったものは、海の中へほうり出されて、波のまにまに沈んでゆきました。  しかし、運のいいことには、私は、浮いていた板にとりつくことができました。そして、足をぶらぶらさせているうち、ある島へつきました。  ほんとうに全く、この島にこそは、私はおどろいてしまいました。きっと、世界で一ばん美しい島だろうと思います。  今まで、たべたこともないような、おいしい果物や、それはそれは美しい花が、そこら一面にあって、きれいな小川が、さらさらと流れていました。  私は、これまでのおそろしさも、つかれも忘れてしまって、凉しい木かげに休みました。  あくる朝、散歩かたがた、果物を取りに出かけました。そして、何だかあわれに見えるおじいさんが、小川のつつみに、じっとすわっているのに会いました。その人は、大そう年をとっているらしいのです。そして、さもさも弱っているようでした。私は大へんかわいそうになってしまいました。それで、 「もしもし、ここで何をしていらっしゃるのですか。難船でもなすったのですか。」 と、聞いてみました。  けれども、そのおじいさんは、悲しそうに首をふっただけでした。そして、この小川を渡らせてくれと、手まねでたのみました。  私は、きげんよく、よろしいと言って、しゃがんで、その人を肩ぐるまにのせました。おじいさんは、思ったよりも重うございました。  私は小川を渡りました。それから、その人をおろそうとしました。するとどうでしょう、おじいさんは、おりようとはしないで、両方の足でますます私の首を強くしめていくのです。私は息ができなくなりました。そしてとうとう、あっと言ったきり気をうしなってしまいました。  それからしばらくして、気がつきましたけれど、やっぱりおじいさんは、私の肩にまたがっていました。そして、やせてとがったそのひざで、私をうんうんつきはじめました。それがとても痛いのです。私はたまらなくなって、起きて、また歩きはじめました。そして、その人が行けという方へ行くよりほか、どうにもしようがありませんでした。  それよりは、毎日々々、口では言えないほどの苦しみをしました。一分間も、へんなおじいさんは、私の肩からおりようとしないのです。私が寝ている時でも、そうなのです。そして、はじめのように、とがったひざで、うんうん私をついては、おっ立ててゆくのです。そして、自分はしょっちゅう、果物を取ってたべているのです。私も、もとより取ってたべました。そうしなければ、お腹がすいて、死んでしまいそうですからね。  さて、ある日のこと、私どもは、大へんたくさんひょうたんがなっているところへ来ました。そして、そのうちにたった一つ、中がからになって、ひぼしになっているひょうたんがありました。私はそれをとって、その中へ、ぶどうの汁をしぼりこみました。そして、日のよくあたりそうなところへ、ぶらさげておきました。  それからまた、あちらこちらと歩きまわって、四五日たってから、ひょうたんのところへ行ってみますと、どうでしょう、おいしいおいしい、ぶどう酒ができているではありませんか。  私は、大よろこびで、ぎゅうぎゅう飲みました。すると、急に元気が出てきて、何だかうれしくなりました。そして、思わず歌をうたったり、おどったりしました。  肩にいたおじいさんは、びっくりしてしまいました。そして、手まねで、自分にも飲ませてくれ、と言いました。私は仕方がないので、ひょうたんを渡しました。  そのひょうたんは、大へん大きなものでした。それで、お酒もずいぶん入っていたわけです。おじいさんは、それを一しずくも残さないまで、飲んでしまいました。それから、へんな声で、何かしゃべりはじめました。そして、しだいに、足をゆるめてゆきました。  私は、この時とばかり、うんと力をこめて、おじいさんを、地面の上へほうり出しました。おじいさんは、投げ出されたまんま、起き上ろうともしませんでした。  私は、やっと重荷をおろして、せいせいしました。そして、にこにこしながら、海べの方へ歩いて行きました。  ちょうど海べには、五六人の水夫が、たるを持って、水をくみに上って来たところでした。私を見て目をまるくしながら、 「お前さん、こんな島へ、何をしに来たんだね。」こうたずねました。  私は、船がこわれてからの、いちぶしじゅうを話しました。すると、その人たちは、ますますおどろいてしまいました。そして、 「そんなあぶない目にあっても、助かったなんて、まあ、なんてお前さんは、運のいい人なんだろう。だが、その肩にのっかってたというおじいさんはね、海じじいと言って、そいつにつかまったが最後、助かりっこはないんだよ。」 と、言いました。それから、私を船へつれて行きました。  そのうち、船は大きな港につきました。その港の町の家は、みんな石で作ってありました。  そこで、今まで大へんしんせつにしてくれた一人の商人が、私に、みんなと一しょに、やしの実を取りに行かないか、とすすめました。そして、 「これをお持ちなさい。」と言って、大きな袋を渡しました。それから、 「けっして、みんなにはぐれて、かってなところへ行っちゃいけませんよ。みんながするようにするんですよ。」と、言いました。  さて、それから私たちは、ずいぶん遠い、やしの木の森へ行きました。  やしの木は、大そう背が高くて、まっすぐで、おまけに幹がすべすべしていました。私は、これでは、とてものぼれないだろうと思いました。そして、いったいどうして、実をとるのだろうかと、待っていました。  それから、みんなは、うんとやしの木のそばへ近づきました。その時、私は、木の枝に、猿がたくさんのぼっているのに、気がつきました。そして、その猿は、私たちを見つけるが早いか、ぐんぐん上の方へのぼってゆきました。すると、みんなは一せいに、この猿に向って、石を拾っては投げ、拾っては投げはじめました。  私は、ずいぶんひどいことをすると思いました。それで、 「どうして、そんなことをするんです。猿は何にも、悪いことなんか、しやしないじゃありませんか。」と、聞きました。  しかし、すぐに、そのわけがわかりました。猿が、やしの実をもいで、どんどん、こちらへ投げはじめましたから。  私たちは、大いそぎで、そのやしの実を拾って、袋へ入れました。それから、またまた石を投げました。すると、猿も、ますます、やしの実を投げてよこしました。  みんなの袋がいっぱいになってから、町へ帰りました。そして商人に売りました。  私は、それからまもなく、バクダッドへ帰って来ました。帰りみち、方々の島へよって、はっかだの、きゃらの木だの、真珠だのを買いあつめました。  そして、家へ帰ってから、それらの品々を売りました。すると、どうして使っていいかわからないほど、たくさんのお金が、手に入りました。  ここで、シンドバッドは、ごちそうを持って来るようにと、言いつけました。そして、ヒンドバッドが家へ帰る前に、また百円やるようにとも言いました。召使はその通りにしました。  次の夜、たくさんのお客さまと、荷かつぎのヒンドバッドとが、いつものところへ腰をかけた時、シンドバッドは、六度めの航海の話をはじめました。        六度めの航海の話  こんどは、まる一年家にいました。その間、また航海に出るしたくをしていました。友達や、しんるいの者たちは、行かせまいとして、いろんなことを言って、引きとめにかかりましたが、私はどうしても、しょうちしませんでした。  まもなく、こんどは、うんと長い航海をするつもりで、出かけました。  けれども、この航海は、はじめから、つごうよくゆきませんでした。すぐに、ひどい大あらしにあって、風のまにまに、あちらこちらと流されたあげく、とうとう、船長も、水先案内も、どこをどう走っているのか、だんだん、たよりなくなってゆくばかりでした。  すると、ある時のこと、にわかに船長が、ずきんをぬぎ捨てたかと思うと、ぐんぐんかみの毛を引きむしって、気ちがいのようになってしまいました。  みんなは、びっくりして、ばらばらっと、船長のそばへかけよって行きました。 「どうしたんです、どうしたんです。気をしっかり持ってください。」と、てんでに言いました。  すると船長は、 「もうだめです、もうだめです。船は、あぶない潮の流れの中へ入ってしまいました。もう二三分したら、何もかも、みじんにくだけてしまうでしょう。」と、言ったのでした。  全くでした。船長の言葉が終るか終らないうちに、船は、きみわるく、すうーっと走り出したかと思うと、見る見る、けわしい山のすその、岩の折れかさなった海岸へ、どんとつきあたってしまいました。そして、粉みじんになってしまいました。  けれども、みんな、ふしぎに助かりまして、つんでいた荷物と、少しばかりの食べ物と一しょに、岩の上へ打ち上げられたのです。  海岸には、難破船のかけらと、まっ白になった骨とが、たくさんちらばっていました。  船長は悲しげに、 「さあ、皆さん。死ぬ用意をしましょう。今までに、この海岸に打ち上げられて、助かった人はないのです。ごらんの通り、後はとてものぼることのできない山ですし、また、助け船が来ることのできるところでもありませんから。」と、言いました。  しかし、そうは言っても、食べ物をみんなに分けてくれました。ともかくも、生きていられるかぎりは、生きていた方がいいと思ったからでした。  さて、この島で私がおどろいたことは、大へんきれいな川が、山から流れ出ているのですが、それが、海へ流れ入らないで、海岸にそって少し流れてから、また、山すその岩でできている、ほら穴の中へ流れこんでいることでありました。そして、そのほら穴の中をのぞいてみますと、その入口の岩は、宝石がはめこんであるように、たくさんきらきら光っています。川底にもダイヤモンドだの、宝石だのが、ちらばっていました。それから、海岸の、どんなすみっこのようなところにも、難破船から打ち上げられた荷物が、ころがっていました。  さて、私の仲間は、食べ物がなくなるにしたがって、一人々々と死んでゆきました。それを私は、次から次とうずめてやりました。  そして、とうとう、私一人になってしまいました。私はもともと、何でも、ほんの少ししかたべないたちでしたから、それで私の食べ物が、一番おしまいまで残っていたのであります。 「ああ、悲しいことだ。私が死んだら、だれがうずめてくれるのか。ああ、どうしてももう、自分の国へ帰ることはできないのか。」  ある日のこと、そんなことを思いながら、川のふちを歩いていました。そして、岩穴の中へ流れこんでゆく水を、じっと見つめていました。そのうち、ふと、ある考えが浮かびました。  それは、この川は、一たんは山の中へ流れこんでいるけれど、きっと、またどこかへ流れ出ているにちがいない。そして、この川を下ってみたら、ひょっとしたら、助かることができるかもしれない、ということでした。  それから、急に元気が出てきて、海岸にちらばっている、木や板を拾って来て、丈夫ないかだを組みました。そして、たくさんのダイヤモンドだの、ルビーだの、難破船の荷物だのを、つみました。それから、忘れないで、少し残っていた食べ物もつみました。  そして、よくよく気をつけて、いかだを岸からはなしました。  すると、すうーっと気持よく走り出して、すぐに、まっ暗なほら穴の中へ入りました。どんどんどんどん、私はそのまっ暗な中を流れてゆきました。川幅は、だんだんせまくなって、天じょうも、しだいしだいに低くなってゆきました。そして、頭をごつんごつんと打って、だんだん苦しくなりました。それで私は、いかだの上へぺちゃんこに、腹ばってしまいました。  やがて食べ物も、とうとうみんなたべてしまいました。こんどこそ、いよいよ死ぬのだ、と私はあきらめました。そして、いつのまにか、ねむってしまいました。  何時間も何時間も、そのままでいたらしいのです。何だか、がやがやいう声がするように思って、私はふと、目を開きました。  ああ、その時、どんなによろこんでとび起きたか、お察しください。私の目に、青々とした大空が入ったのです。川はしずかに、広々とした、たんぼの中を流れていました。  へんな声だと思ったのは、黒んぼが大勢よってたかって、私のいかだを、土手の方へ引っぱっていこうとしていたのでした。  私には、黒んぼの言っていることが、ちっともわかりませんでした。しかし、その中にたった一人、アラビヤの言葉を話せる男がいました。それが、こう言うのです。 「まあ、しずかにしていらっしゃい。……あなたはいったい、だれですか。どこからいらっしったのですか。私どもはこの国の者です。たんぼへ出て働いていますと、いかだが流れて来て、その上にあなたがねむっていらっしゃるので、お助けしたのです。さあ、どうか、ここまでいらっしゃったわけを話してください。」 「ありがとう、いや、どうもありがとう。お話ししましょう。ですけれども、その前に、何かたべる物をくださいませんか。お腹がへって、声が出そうもないのです。」  黒んぼたちは、すぐに、食べ物を持って来てくれました。それで、私はやっと力がついて、気分もよくなりましたので、何もかも、くわしく話してやりました。  すると、みんなは、 「この人を、王さまのお目通りへ、つれて出よう。」と、口をそろえて言いました。  それから、私に、王さまはセレンジブさまというお名前で、世界じゅうで一番えらくて、一番の金持だと、話して聞かせました。  私は、よろこんで、ついて行くことにしました。もちろん、宝石などの入れてある、こうりも持って行きました。  セレンジブ王の御殿は、大へんりっぱなものでした。私は、まだ生れて一度も、あんなりっぱな御殿を見たことがありません。  王さまは、大そう私をいたわってくださいました。そして、私の申し上げる話を、大へんおもしろそうにお聞きになりました。  そして、私が、どうぞ自分の国へ帰らせてくださいませ、とお願いしますと、すぐに、船を出すようにと、家来にお命じになりました。それから、ご自身で、バクダッドの王さまへあてて手紙をお書きになって、私には、りっぱなみやげ物をくださいました。  こんなにして私は、バクダッドへ帰って来ることができたのであります。  そしてすぐに、カリフさまの御殿へ行って、手紙と、セレンジブ王からいただいたみやげ物とを、さし上げました。 「まあ、このコップは、たった一つのルビーをくりぬいて、こしらえたものじゃないか。おやおや中には、まあ、りっぱな宝石で、もようがかいてあるんだな。おや、これはまた、象でものみそうな、大きな蛇の皮じゃないか。ああ、背中の紋がまるで、金のように光ってるな。これさえあれば、どんな病気だってなおせる。」  こんなふうに、カリフさまは、手紙と、みやげ物を持って、大よろこびなさいました。それから、 「さあ、シンドバットや、セレンジブ王が、どんなにお金持で、どんなにりっぱであるか、話してごらん。」と、おっしゃいました。  私は、 「陛下、それは、とても私のつたない言葉では、申し上げることができないかと存じます。セレンジブ王は、いつも大きな象に乗っておいでになりますが、おそばには、金色の着物を着た千人の騎兵が、つかえているのでございます。そして、王さまの金のほこには、エメラルドでかざりがついております。まあ、申してみれば、ソロモン王のような、くらしをあそばしていらっしゃるとでも申しましょうか。」 と、お答えしました。  王さまは、熱心にお聞きになりました。そして、私に、ごほうびをくださいました。  私は、家の者や、友達が待っているだろうと思って、大いそぎで家へ帰りました。それから、持って帰った宝物を売って、貧乏人にほどこしをしました。  その後は、しずかに、楽しい日をおくりましたので、今までの、おそろしかったことや、つらかったことは、遠い昔のゆめではないかとさえ、思うようになりました。  これで、シンドバッドは、第六航海の話を終りました。そして、お客さまたちに、あしたの晩もまた来てください、と言いました。  あくる晩、また、お客さまが、みんなテーブルについて、ごちそうがすんだ時、シンドバッドは、いよいよ一番おしまいの航海の話をはじめました。        一番おしまいの航海の話  さて、六度めの航海の後は、私はもう、けっしてどこへも行くまいと、心にきめていました。もう、ぼうけんがしたいとも思いませんでした。  しかし、ある日、友達を呼びあつめて、ごちそうをしています時、召使の一人が入って来て、 「ただ今、カリフさまのお使がお見えになって、だんなさまにお目にかかりたい、とおっしゃいますが。」と、言うのです。  私は、お使を通させて、さて、 「どういうご用でございましょうか。」と、聞きました。  するとお使は、 「カリフさまが、お召しでございます。すぐにおいでください。」と、言いました。  仕方がないので、私はすぐに御殿へ出かけました。そして、王さまの前に出ました。 「シンドバッドや、ひとつお前にたのみたいことがあるのだがね。それは、ほかでもない。わしは、セレンジブ王に、手紙と、おくり物とを、さし上げたいと思うのだが、お前、持って行ってくれまいか。」 と、王さまがおっしゃいました。  私は、はっと首をうなだれました。私の顔は、きっと、死んだ人のように、まっ青になっていたことでしょう。 「陛下、せっかく陛下のおたのみではございますが、私は、もうけっして、旅へは出まいと、神さまにお約束しましたので。」  やっと、こうお答えしました。それから、ぽつりぽつりと、今まで六ぺんの航海で出あった、いろいろさまざまなぼうけんのお話をしました。  王さまは、びっくりなさいました。けれども、どうしても、この使にだけは行ってくれ、とおっしゃるのです。  おことわりがしきれなくなって、私は「しょうちしました。」と申し上げてしまいました。  カリフさまのお使の船は、バクダッドを出立しました。  それから、おだやかな航海をつづけた後、セレンジブの島へつきました。  町の人たちは、大よろこびで、迎えに来てくれました。  私は、さっそく御殿へうかがって、役人に、私の来たわけを話しました。  役人は、私を御殿の中へつれて行きました。やがて私は、王さまの前に出ました。  王さまは、 「おお、シンドバッド、よく来てくれたね。わしは、あれからも時々お前のことを思い出して、もう一度会いたいと、思っていたんだよ。」 と、おっしゃいました。  私は、カリフさまのお手紙と、見事なおくり物とを、さし上げました。  王さまは大へんおよろこびになりました。  二三日いた後、私は帰ることにしました。そして、自分の国をさして、船をいそがせました。けれども、またまた、帰りの船で、悪いことに出あってしまったのです。  ほかでもありません、私たちは海賊にあったのです。そして、船はとられるし、殺されなかった者は、みんなどれいに売られてしまいました。  私もまた、ある金持の商人のところへ、どれいに売られてしまいました。  商人は、私を買って帰ってから、 「お前は、職人かね。」と、聞きました。 「いいえ、商人です。」と、私は答えました。すると、 「では、矢を射ることができるかね。」と、聞きました。  それで私は、できます、と言いますと、商人は、私に弓と矢を渡して、大きな森へつれて行きました。それから、木へのぼれと言いました。そして、 「そこで、じっと番をしていて、象がやって来たら、射るのだよ。もし、うまくあたったら、すぐに知らせにおいで。」と言って、帰って行きました。  一晩じゅう、私は見はっていました。けれども、とうとう来ませんでした。  しかし、夜があけてから、とてもたくさんの象が、ぞろぞろとやって来ました。  そこで私は、矢つぎばやに、五六本、射てみました。  すると、大きな象が一ぴき、ごろりと地の上へたおれました。ほかの象はおどろいて、みんなにげて行きました。  私は、木からおりて、主人の商人のところへ、知らせに行きました。  それから、また主人のつれ立って帰って来て、大きな象を地にうずめ、そこにしるしをつけておきました。こうしておいて、あとで、きばを取りに来るのです。  その後、ずっと私は、この仕事ばかりさせられました。そのうち、またこわい目にあうことになりました。  ある晩のこと、象が、にげて行くと思いのほか、私ののぼっている木のまわりを、とりかこんで、大きな声でうなりながら、足ぶみをしはじめたのでした。それはまるで、大じしんのようでした。そして、とうとう木の根を、引きちぎってしまいました。  木は、めりめりと大きな音を立てて、たおれてゆきました。私は、あまりのおそろしさに、気をうしなってしまいました。  しかし、すぐに気がつきましたが、その時、象は、その鼻で私をぐるっとまいて、高く持ち上げ、ぴょんと背中にのせました。私は一生けんめいに、背中にかじりつきました。  すると象は、私をのせたまま、歩き出しました。  やがて、森をぬけて、小山のふもとにつきました。この小山には、私はおどろいてしまいました。白くさらされた象の骨と、きばとで、うずまっているのです。  象は、しずかに、私を地の上へおろすと、どこかへ行ってしまいました。  私は、びっくりして、この象げの山を、しばらく見つめていました。そして、象がこんなにかしこいちえを持っているのに、感心したのでした。  象は、私をここへつれて来て、自分たちを殺さないでも、こんなにたくさんの象げが取れるということを、教えるつもりだったのに、ちがいありません。  私は、ここはきっと、象の墓地なのだろうと思いました。  私はさっそく、きばを二三本拾って、町へいそいで帰りました。主人に、このことを話して聞かせたいと、思ったものですから。  主人は、私の顔を見ると、走って出て来ました。そして、 「まあ、シンドバッドや。私は、あの木の根が掘り返されていたもんだからね、お前は、死んだものだと、思いこんでいたのだよ。もうもう、お前には会われないとばっかり、思っていたのだよ。」と言って、うれし涙を流しました。  私は、さっそく、象げの小山の話をしました。  主人は、それを聞くと、よろこんで、とび上りました。  それから二人で、一しょに小山へ行きました。私の言った通りだったものですから、主人はますます目をぱちくりさせて、しばらくは物さえ言いませんでした。  やがて、 「シンドバッド、もうお前を、どれいでなくしよう。これからは、お前のすきなようにおし。それから、この象げを、お前も取ったらどうだね。うんと取って、お金をもうけたらいいだろう。……ああ、今まで、私のどれいが何人も何人も、この象がりのために命を捨てたけれど、もうもうこれからは、そんなことをしなくても、よくなったんだねえ。まあ、これだけの象げがあったら、今に島じゅうが大金持になってしまう。」 と、言ったのでした。  それで私は、もうどれいではなくなりました。そして、大へんていねいにしてもらいました。  やがて、象げ船が入って来る時分になって、私は、この島にさようならをしました。そして、象げと、ほかの宝物を船にいっぱいつんで、ふるさとをさして帰って来ました。  バクダッドにつくと、私はすぐその足で、カリフさまの御殿へまいりました。  カリフさまは、私を見て、大へんおよろこびになりました。そして、 「シンドバッドや、わしは、ずいぶん心配していたよ。何かまた、へんなことが起ったのではないかと思ってね。」と、おっしゃいました。  それで私は、海賊の話と、象の話とを、お聞かせしました。  カリフさまは、びっくりなさいました。そして、私の七へんめの航海の話を、すっかり、金の字で書きしるして、カリフさまのお宝物として、だいじにしまっておくようにと、家来にお言いつけになりました。  それから私は、家へ帰って来ました。そして、それからは、ずっと、のどかに、家にくらしています。  これで、シンドバッドの航海の話は終りました。それから、ヒンドバッドの方へ向いて、 「さて、ヒンドバッドさん。これで、どうして私が、こんな金持になったかが、おわかりになったでしょう。もう、私が、こうして、のんきにくらしているのを、不つごうだとは、お思いにならないでしょうな。」 と、言いました。  すると、ヒンドバッドは、シンドバッドの前へ出て、ていねいにおじぎをして、その手にキッスしました。 「だんなさま、あなたさまは、そんなつらい目におあいになっても、よくがまんをなすったからこそ、こんなお金持におなりになったのでございます。あなたさまのなすった苦労にくらべますと、私の苦労なんか、足もとへもよれないほどでございます。あなたは、きっと、行末ながく、お仕合せにおくらしになるでございましょう。」 と、言いました。  シンドバッドは、この答えを聞いて、大へんよろこびました。そして、ヒンドバッドに、これから毎晩、ごちそうをするから、たべに来るように、と言いました。そしてまた、金貨を百円やりました。  それで、その後、ヒンドバッドは、とうとうシンドバッドのぼうけんの話を、残らずおぼえてしまいましたとさ。 底本:「アラビヤンナイト」主婦之友社    1948(昭和23)年7月10日初版発行 ※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。 入力:大久保ゆう 校正:京都大学点訳サークル 2004年11月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。