子供に化けた狐 野口雨情 Guide 扉 本文 目 次 子供に化けた狐  子供に化けて、大人をだます悪い狐がをりました。  三五郎と云ふ百姓が、馬を曳いて帰つて来ますと、道の端に七八つ位の一人の子供が泣いてゐました。  三五郎は、狐が化けてゐるのだと気づきましたから、わざと知らない振りをして通りすぎようとしました。子供は三五郎の方を見い見い余計に泣きました。  どこまでも知らない振りをして三五郎が通つて来ますと、子供は大声をあげて泣き泣き馬の後をついて来ました。  さうするうちに、急に日が暮れて来て、あたりが薄暗くなつてしまひました。まだ日の暮れる筈のないのに、不思議だとは思ひましたが、空にはお星さまさへチラチラ出て、遠くの森で梟の啼く声さへ聞えました。  後から泣き泣きついて来た筈の子供は、こんどは、いつの間にか三五郎の前に立つて泣き泣き歩いてゐました。 『己はちやんと判りきつてゐるのに、知らずにだまさうとする馬鹿な狐だ』と三五郎は心の中で可笑くなりましたが、なにしろ斯う日が暮れて来ては、急いで家へ帰らうと馬に乗りました。さうすると、泣き泣き歩いてゐた子供は、馬の口元をとつて別の方の細い道へ馬を曳き込まうとしました。  三五郎は馬の上で、 『コラコラ道が違ふ。こつちだこつちだ』 と怒鳴りつけましたが、子供は聞えない振りをして、ずんずん細い別な方の道へ曳いて行きました。  三五郎は、もう我慢が出来なくなつて 『この狐め』 と馬からとび下りますと、そこはどぶどぶした泥田の中で、どこまでもどこまでも身体が泥の中へもぐつて行きました。  これは大変だ、どうかしてあがらうと、あせればあせるほどだんだんもぐつてしまひました。やうやく足が届いたと思ふと、そこは、広い広い河原の中でありました。  河原は、まだ日が暮れずに、西の方が夕焼で赤くなつてゐましたが、空の色も、石の色も草も、木も、みんな灰色をした、この世とは、まるつきり違つた国でした。 『一体ここは、なんといふ国だらう、なんといふ広い河原だらう』と三五郎は、あつけにとられてゐますと、向ふの方で大勢の子供が、 父さん恋し 母さん恋し 河原の石は 数限りない チヨン チヨン チヨン チヨン と、童謡を唄ひながら、石を運んでは積み、運んでは積み、一生懸命に石を積んでゐました。三五郎は子供達のそばへ行つて。 『モシモシここはなんといふ国だか教へておくれ』 とたづねますと、子供達は口々に、 『小父さん、ここは三途の河原よ』 と云ひました。  三途の河原と聞いて三五郎はびつくりしてしまひました。 『己は、たうとう死んでしまつた、なんといふ情ないことになつただらう。道理で今までの世の中とはまるつきり違つてゐる、どうしたらいいだらう』 と悲しくなつて考へてゐますと、子供達は、 『小父さん赤鬼が来るよ。目つかつてごらん、ひどい目に逢ふから。早くどつかへ隠れておいで』 と親切に云つてくれました。三五郎は隠れようとしても、広い河原のことで、隠れ場所がありませんでした。  うろうろしてゐるうちに、もう赤鬼は大な鉄の棒をついて向ふからやつて来ました。赤鬼は、それはそれは大きな声で、 『コラコラ逃げても駄目だぞツ』 と怒鳴りながら駈けて来て、ギユツと、襟頸を捉んで、 『お前は、泣いてゐた子供をいたはらずに、馬へ乗つて逃ようとしたな』 と力一杯にグーウンと三五郎を抛り投げました。  三五郎は毬でも投げるやうに投げられてしまひました。  ややしばらくすると、ドシーンと地べたへ落ちましたが、そのまま気絶をしてしまひました。 三途の川は 地獄の一丁目 赤鬼さんに 投げられました 三五郎さんは 三途の川の 赤鬼さんに 投げられました このこと話そ このこと聞かそ 三五郎さんは 投げられました と、どつかで童謡を唄つてゐる声が微に耳にはいつて来ました。はつと目をあいて見ますとあたりはもう真暗で、遠くの方には、チラチラ灯も見えてゐました。 『ここは地獄のどこか知ら』 と無性に悲しくなつて来ました。すると、こんどは、 大馬鹿 小馬鹿 大馬鹿三五郎 お馬の上で 何の夢見てる トツチン トツチン トツチンチン 大馬鹿 小馬鹿 大馬鹿三五郎 トツチン トツチン トツチンチン と、狐の声で童謡を唄ひながら囃立てゐるのが聞えました。  初めて気がついてみますと、三五郎は馬に乗つたままで元の所にゐたのでした。  三五郎は、やつぱり狐にだまされてしまつたのでした。 底本:「定本 野口雨情 第六巻」未來社    1986(昭和61)年9月25日第1版第1刷発行 底本の親本:「小学男生」    1922(大正11)年8月 初出:「小学男生」    1922(大正11)年8月 入力:林 幸雄 校正:今井忠夫 2003年11月24日作成 2016年2月7日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。