心の飛沫 宮本百合子 Guide 扉 本文 目 次 心の飛沫   胡坐  ああ 草原に出で  ゆっくりと楡の木蔭  我が初夏の胡坐を組もう。  空は水色の襦子を張ったよう  白雲が 湧いては消え 湧いては消え  飽きない自然の模様を描く。  遠くに泉でもあるか  清らかな風のふくこと!  私は、蟻の這い廻る老いた幹に頭を靠せ  牧人のように  外気に眼を瞑って 光を吸う。  耀や熱に 魂がとけ  軽々と情景に翔ぶ この思い。   カーテン  若き夫と妻。  明るい六月の電燈の下で  チラチラと鋏を輝かせ  針を運び  繊細なレースをいじる。──  「どう?……これでよろしいの?  長くはなくって?」  妻は薄紫のきものの膝から  雪のようなきれをつまみあげた。  「いいだろう。寸法を計ったのだもの」  夫は 二足で 傍らの小窓に近づいた  六月 窓外の樹々は繁り  かすかな虫の声もする 夜。  朝 彼等の小窓に  泡立つレースのカーテンが  御殿のように風に戦いで 膨らんだ。 〔一九二四年六月〕 底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社    1981(昭和56)年3月20日初版発行    1986(昭和61)年3月20日第4刷発行 初出:「婦人世界」    1924(大正13)年6月号 入力:柴田卓治 校正:磐余彦 2003年9月15日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。