業平文治漂流奇談 三遊亭圓朝 鈴木行三校訂編纂 Guide 扉 本文 目 次 業平文治漂流奇談 序 序  むかしおとこありけるという好男子に由縁ありはらの業平文治がお話はいざ言問わんまでもなく鄙にも知られ都鳥の其の名に高く隅田川月雪花の三つに遊ぶ圓朝ぬしが人情かしら有為転変の世の態を穿ち作れる妙案にて喜怒哀楽の其の内に自ずと含む勧懲の深き趣向を寄席へ通いつゞけて始めから終りを全く聞きはつることのいと〳〵稀れなるべければ其の顛末を洩さずに能く知る人はありやなしやと思うがまゝ我儕が日ごろおぼえたるかの八橋の蜘手なす速記法ちょう業をもて圓朝ぬしが口ずから最と滑らかに話しいだせる言の葉をかき集めつゝ幾巻の書にものしてつぎ〳〵に発兌すこととはなしぬ  明治十八年十一月   若林〓(「※」は「おうへん+甘」)藏識   一  此の度お聞きに入れまするは、業平文治漂流奇談と名題を置きました古いお馴染のお話でございますが、何卒相変らず御贔屓を願い上げます。頃は安永年中の事で、本所業平村に浪島文治郎と云う侠客がありました。此の人は以前下谷御成街道の堀丹波守様の御家来で、三百八十石頂戴した浪島文吾と云う人の子で、仔細あって親諸共に浪人して本所業平村に田地を買い、何不足なく有福に暮して居りましたが、父文吾相果てました後、六十に近い母に孝行を尽し、剣術は真影流の極意を究め、力は七人力あったと申します。悪人と見れば忽ち拳を上げて打って懲らすような事もあり、又貧乏人で生活に困ると云えば、どこまでも恵んでやり、弱きを助け強きを挫くという気性なれども、至極情深い人で無闇に人を打つような殺伐の人ではございません。只今の世界にはございませんが、その頃は巡査と云う人民の安寧を護ってくださる職務のものがございませんゆえに、強いもの勝ちで、無理が通れば道理引込むの譬の通り、乱暴を云い掛けられても、弱い者は黙って居りますから文治のような者が出て、お前の方が悪いと意見を云っても、分らん者は仕方がありませんゆえ、七人力の拳骨で打って、向うの胆を挫いでおいて、それから意見を加えて悪事を止めさせ善人に仕立るのが極く好で、一寸聞くと怖いようでございますが、能く〳〵見ると赤子も馴染むような美男ですから、綽名を業平文治と申しましたのか、但しは業平村に居りましたゆえ業平文治と付けたのか、又は浪島を業平と訛って呼びましたのか、安永年間の事でございますから私にもとんと調べが付きませんが、文治は年廿四歳で男の好しいことは役者で申さば左團次と宗十郎を一緒にして、訥升の品があって、可愛らしい処が家橘と小團治で、我童兄弟と福助の愛敬を衣に振り掛けて、気の利いた所が菊五郎で、確りした処が團十郎で、その上芝翫の物覚えのよいときているから実に申分はございません。文治が通りますと近所の娘さんたちがぞろ〳〵付いて参りまして、  娘「きいちゃん、一寸今業平文治さんと云う旦那が入らしったから御覧なはいよ、好い男ですわ、アラ今横町へ曲って行きましたわ、此方のお芋屋の前を抜けて瀬戸物屋の前へ出れば逢えますよ」  と云って娘子供が大騒ぎをするから、お婆さんも煙に巻かれて、  婆「此方へ参れば拝めますかえ」  と遊行様と間違えるくらいな訳であります。これはその筈で、文治は品行正しく、どんな美人が岡惚れをしようとも女の方は見向きもしないで、常に悪人を懲し貧窮ものを助ける事ばかりに心を用いて居ります。その昔は場末の湯屋は皆入込みでございまして、男女一つに湯に入るのは何処かに愛敬のあるもので、これは自然陰陽の道理で、男の方では女の肌へくっついて入湯を致すのが、色気ではござりませんが只何となくいゝ様な心持で、只今では風俗正しく、湯に仕切りが出来まして男女の別が厳しくなりましたが、近頃までは間が竹の打付格子に成って居りまして、向うが見えるようになって居りますから、左の方を見たいと思うと右の頬ばかり洗って居りますゆえ、片面が垢で斑になっているお人があります。其の頃本所中の郷に杉の湯と云うのがありました。家の前に大きな杉の木がありますから綽名して杉の湯〳〵と云いますので、此の湯へ日暮方になって毎日入湯に参りますのは、年のころ廿四五で、髪は達摩返しに結いまして、藍の小弁慶の衣服に八反と黒繻子の腹合の帯を引掛けに締め、吾妻下駄を穿いて参りますのを、男が目を付けますが、此の女はたぎって美人と云う程ではありませんが、どこか人好きのする顔で、鼻は摘みッ鼻で、髪の毛の艶が好くて、小股が切上って居る上等物です。此の婦人に惚れて入湯の跡を追掛けて来て入込みの湯の中で脊中などを押付ける人があります。その人は中の郷の堺屋重兵衞と云う薬種屋の番頭で、四十二になる九兵衞と云う男で、湯に入る度に変な事をするが、女が一通りの奴でないから、此奴は己に岡惚れをしているなと思い、態と男の方へくっついて乙な処置振りをしますから、男の方は尚更増長致します。丁度九月二日の事で、常の如く番頭さんが女の方へ摺寄って来るとき、女の方で番頭の手へ小指を引掛けたから、手を握ろうとすると無くなって仕舞うから、恰で金魚を探すようで、女の脊中を撫でたりお尻を抓ったりします。彼の女は悪党でございますから、突然に番頭の手拭を引奪って先へ上って仕舞いましたゆえ、番頭は彼の手拭を八つに切って一ツはお守へ入れてくれるだろうと思っていると大違いで、女は衣類を着て仕舞い、番台の前へ立ちましたが、女の癖に黥があります。元来此の女は山の浮草と云う茶見世へ出て居りました浮草のお浪という者で、黥再刺で市中お構いになって、島数の五六度もあり、小強請や騙り筒持せをする、まかなの國藏という奴の女房でございますからたまりません、  浪「一寸番頭さん」  番「へい、なんでございます」  浪「あの少し其処ではお話が出来ないから此処へ下りておくれよ、毎晩私に悪戯をする奴があるよ、私の臀を抓ったり脊中を撫でたりするのはいゝが、今日は実に腹が立ってたまらないから、其奴を此処へ引摺り出しておくれ、私も独身じゃアなし、亭主もあるからそんな事をされては亭主に対して済みません、引出しておくれよ」  番「誠にお気の毒様でございますが、込合う湯の中でございますから、あなたがその人の顔を覚えて入らっしゃらないでは、此処へ出ておくんなさいと云っても、誰も出る者はありませんから分りません、へい」  浪「さア証拠のない事は云わないよ、其奴の手拭を引奪って来たから手拭のない奴を出しておくれ」  番「へい、誰方ですか、そんな悪戯をして困りますなア、どうか皆さんの中で手拭のない方はお出なすって下さい」  男「おい番頭さん己は手拭を持ってるよ」  番「宜しゅうございます」  男「己のもあるよ〳〵」  番「宜しゅうございます」  と云って皆な出て仕舞ったが、中に一人九兵衞さんと云う人ばかりは出られませんから、窃と柘榴口を潜って逃げようと思うと、水船の脇で辷って倒れました。  男「おい〳〵番頭さん見てやれ〳〵、長く湯に入っていたものだから眼が眩って顛倒ったのだろう」  番「誰方様ですな」  と云いながら頭からザブリッと水を打掛けましたから、  九「あゝ〳〵有難うございます、余り長く入って居りましたものですから湯気に上りました」  番「何う云う御様子でございます、大丈夫ですか」  九「お前さんは湯屋の番頭さんなら内証で手拭を持って来ておくんなさい、お願いです」  番「へー、それではお前さんは手拭がありませんか」  と番頭はおかしさを堪えながら、  番「それでは今窃と持って来て上げますからお待ちなさいまし」  と云うのをお浪が見てツカ〳〵ッと側へ来て、  浪「おゝ此奴だ、さア此方へ来ねえ」  と云いながらズル〳〵ッと引摺って来て箱の前へ叩きつけました。  九「あゝ申し誠に相済みません、どうぞ御勘弁を願います」  浪「御勘弁じゃアないよ、呆れかえって物が云えないよ、斯様なお多福でも亭主のあるものに彼んな馬鹿な事をされちゃア亭主に済まねえ、お前の家へ行くから一緒に行きねえ」  九「実はあんたによう似たお方があるので、そのお方だと思うて、実に申そうようない事をいたし、申し訳がありまへん、どうぞ御勘弁を」  浪「なんだえ、人違いだえ、巫山戯た事を云っちゃアいけねえぜ、毎日人違えをする奴があるかえ、さア主人のある奴なら主人に掛合うし、主人がなけりゃアお前だって親か兄弟があるだろう、一緒に行きなよ」  と云いながら平ッ手でピシャーリ〳〵と打ちます。寒い時に板の間へ長く坐って慄えて居る処を打たれますから、身体へ手の跡が真赤につきます。表へは黒山のように人が立ちまして、  男「なんです〳〵」  乙「なんだか知りませんが苛い女ですなア」  丙「なんでも盗賊でございましょう、残らず取られて裸体になったようですなア」  甲「何を取られました」  丙「何んでも初めは手拭を取られたんだそうですが、仕舞には残らず取られたと見えて素裸になって、男の方で恐入ってヒイ〳〵云って居ますなア」  甲「へーそれでは取った女が取られた人を打って居るのですか」  丙「そうですなア、成程それにしちゃア妙ですなア、何でも評判の悪人でございましょう、女でこそあれズウ〳〵しい奴でしょう」  丁「なアに、そうじゃアありません、全くはお湯の中へ灰墨を流したのだそうですが、大方恋の遺恨でございましょう、灰墨を手拭へくるんで湯の中へ流して、手拭がないから彼奴に違いないと云っているんでしょう」  戊「なアに、そうじゃありません、小児の屎を流したんだって」  乙「へーそうですか」  癸「なに、そうじゃありません、湯の中でお産をしたんだそうです」  などといろ〳〵評議をしているが、何だか訳が分りません。処へ参ったのは業平文治で、姿は黒出の黄八丈にお納戸献上の帯をしめ蝋色鞘の脇差をさし、晒の手拭を持って、ガラリッと障子を開けますと、  番「へー旦那いらっしゃいまし」  文「はい、何か表へ人立がして居るが間違いでもあったのか」  番「どうかお構いなく、文庫へお脱ぎなさいまし」  文「いや〳〵、人立がすれば往来の者も困りますし、お前も困るだろうが、一体どうした間違いだえ」  番「旦那様、山の浮草に出て居たお浪と云う悪党女と知らない者ですから、堺屋の番頭さんが湯の中で度々冗談を致し、今日も怪しからん事を致したものですから、番頭さんの手拭を引奪って置いて、番頭さんが湯から上るのを待っていて、彼の通り詫るのを聴かないで主人へ掛合うと云うから、主人が五六十両も強借られて、番頭さんも追出されますのでしょう」  文「それは気の毒な事だ、私が中へ入って詫をしてやりましょう」  番「旦那様が中へ入って下されば宜しゅうございますが、若し貴方の御迷惑になるといけませんから、お止しなすった方が宜しゅうございます」  文「いや〳〵入って見ましょう」  と云いながらツカ〳〵とお浪の側へ参り、  文「おい〳〵姉さん何だか悉しい訳は知りませんが、聞いていれば此の人は人違いでお前さんに悪戯をしたのだそうだから、腹も立とうが成り替って私が詫びましょうから、勘弁して此の人を帰して下さい、そうお前さんのように無闇に人を打つものではありません」  浪「どなたか知りませんが手を引いて下さい、私も亭主のある身で、姦通でもしていると思われては困ります、私の亭主も男を売る商売ですから、どんなに怒って私を女郎に売るか何だか知れません、亭主に対して打捨て置けませんから手を引いておくんなさい」  文「そういうことをすりゃア御亭主が無理というもの、湯の中で何程の事が出来るものではない、それを怒って女郎にするのなんのと云えば、それ程大切な女房なら、入込みの湯へ遣さなければいゝというようなものだから、まア〳〵そんな事を云わないで堪忍してやっておくんなさい」  浪「おい、何をいやアがるのだ、湯に遣そうが遣されめえがお前の構った事じゃアねえ、生意気な事を云わねえで引込んでろい」  文「ホイ〳〵堪忍しておくれ、私が粗忽を云いました」  浪「これさ、お前なんだ生若え身で耳抉りを一本差しゃアがって、太神楽見たような態をして生意気な事を云うねえお前ッちゃア青二才だ、鳥なら未だ雛児だ、手前達に指図を受けるものか、青い口喙でヒイ〳〵云うな、引込んでろい」  文「はい〳〵悪い処は重々詫をしますが、大の男が板の間へ手をついて只管詫をすれば御亭主の御立腹も解けましょうから幾重にも当人に成替って」  浪「いけねえよ、愚図々々口をきかねえで引込みなせい」  と云いながらズッと番頭を引立てに掛るから、  文「あゝ待ちなさい〳〵、それでは是程云っても聞き入れませんかえ」  浪「聴かれませんよ」  文「愈聴かれなければ此方にも了簡がある」  浪「聴かなければどうする」  文「聴入れなければ斯様致す」  と云いながら突然お浪の髻を取って引倒し、拳骨を固めて二ツ打ちましたが、七人力ある拳骨ですから二七十四人に打たれるようなもので、痛いの何んのと申して、悪婆のお浪も驚きました。なれども急所を除けて打ちます。  文「これ、汝は不届ものだ、手前の亭主はお構い者で、聞けば商人や豪家へ入り、強請騙りをして衆人を苦しめると云う事は予て聞いて居ったが、此の文治郎が本所に居る中は捨置く訳にはいかん、それに此の文治の事を青二才などと云おうようなき悪口を申したな、手前のような奴を活かして置いては大勢の人の難儀になるから打殺すのであるが、女の事ゆえ助けてやる、早く家へ帰って亭主の國藏という奴に、己は業平橋に居る浪島文治郎と云うものだから、打たれたのを残念と思うならいつでも仕返しに来いと屹と申せよ」  と云いながらトーンと障子を明けて、表へ突き出したから、お浪は倒れて眼が眩みましたが、漸くの事で這うようにして家へ帰って、國藏に此の事を話そうと思うと、其の晩は帰りませんで、翌日の昼時分に帰って来まして、  國「お浪今帰ったよ、寝てえちゃアいけねえ、火も何も消えて居るじゃアねえか」  浪「起きられやしねえよ、頭が割れそうだア」  國「なんだ頭が割れそうだ、頭が痛けりゃア按摩でも呼んで揉んで貰いねえナ」  浪「拳骨で廿ばかり打たれたよ」  國「なに打たれて黙って帰って来るような手前じゃアねえじゃねえか、何奴が打ったのだ」  浪「夕べお前が帰って来たらば直ぐに仕返しに行こうと思っていたが、いつでも杉の湯に来る奴が来たから、お前に教わった通りにして、向うへ強請に往こうと思うと、業平橋にいる文治と云う奴が来て、突然に私を打って、打殺して仕舞んだが助けてやるから家へ帰って亭主の國藏と云う奴に云って、いつでも仕返しに来いと云って、人を蚰蜒見たように摘み出しゃアがったよ、悔しくって〳〵仕様がねえから、仕返しに往っておくれよ」  國「静かにしろい、業平文治と云う奴は黒い羽織を着ている奴だな、結構だ」  浪「何が結構だ」  國「寒さの取付きに立派な人に打たれて仕合せよ、悪い跡はいゝやい」  と云いながら落着き払って出て行きましたが、何処で買ったか膏薬を買って来まして、お浪の身体へベタ〳〵と打たれもしない手や何かへも貼付け、四つ手駕籠を一挺頼んで来て、襤褸の〓(「※」は「「褞」で「ころもへん」のかわりに「いとへん」をあてる」)袍を着たなりで、これにお浪を乗せ業平文治の玄関へ参りまして、  國「お頼み申します〳〵」  男「オヽイ」  と返事をして台所の方から来たのは、本所の番場で森松と云う賭博兇状持で、畳の上では生きていられないのが、文治の意見を聞いて改心して、今では文治の所にいる者です。  森「だれだえ」  國「えゝ浪島文治郎様のお宅はこちらですか」  森「此方だがお前はなんだえ、〳〵」  國「少し旦那にお目に懸ってお話し申したいことがあって来ました」  森「生憎今日は旦那はいねえや、何の用だか知らねえが日暮方にでも来ねえ」  國「旦那がお留守なら御新造さんにでもお目に懸りたいもんです」  森「御新造さんはねえや、お母さんばかりだ」  國「お母さんでも宜しゅうございます、へい、これは病人でございますから、おい〳〵ソーッと出ねえといけねえよ、骨が逆に捻れると不具になって仕舞うよ」  森「おい〳〵己の処は医者様じゃアねえよ、これは浪島文治郎さんと云う人の宅だよ」  國「そりゃア存じて居ります、おい若衆さん帰えってもいゝよ」  と駕籠屋を帰し、お浪の手をとりまして、  國「少し此処へお置なすっておくんなせえ」  森「おい、少し待っていねえ、お母さんに話すから」  と奥へ参り、  森「申しお母さんえ、何だか知れませんが膏薬だらけの女を連れて旦那にお目に懸りてえと云って来ましたから、旦那が留守だと云ったら、お母さんにお目に懸りたいと申しますが、何うしましょう」  母「此方へお通し申せ〳〵」  森「さア兄イ此方へ来ねえ」  國「えゝお初うにお目に懸りました、私は下駄職國藏と申すものでごぜえやすが、お見知り置かれまして此の後とも御別懇に願います」  母「はい、私は文治郎の母でございますが、生憎今日は他出致しましたが、誠に年を取って居りますから悴が余所様でお交際を致しましたお方は一向存じませんから、仰しゃりおいて宜しい事ならどうか仰しゃりおきを願います」  國「些とあなたのお耳へ入れては御心配でございましょうが、彼処に寝て居りますのは私の嚊で、昨晩間違いが出来ましたと云うのは、湯の中で臀を撫でたとかお情所を何うとかしたと云うので、亭主のある身でそんな真似をされちゃア亭主の前へ済まねえと云って、其の男に掛合って居る処へ、此方の旦那が来て私の嚊を拳骨で廿とか三十とか打って、筋が抜けたとか骨が折れたとか、なアにサ、何だかこんな事を申しやすと強請騙りにでも参った様に思召すだろうが、そう云う訳ではありませんが、お恥しい話ですが、其の日〳〵に下駄を削って居ります身分ですから、私が看病をすれば仕事をする事が出来ねえ、仕事をする事が出来なけりゃア食う事が出来ねえが、此方は御身分もありお宅も広うございやすから、どうかお台所の隅へでも女房を置いて重湯でも飲ましておいてくれゝば、私も膏薬の一貼位えは買って来ますから、どうかお預りを願います」  母「はい〳〵、それは誠にお気の毒様な訳で、嘸御立腹な訳でございましょう、仮令どのような事がありましても人様の御家内を打擲するとは怪からん訳でございます、若年の折柄人様に手を掛ける事が度々ありまして意見もしましたが、どうも性分で未だ直りません、どのようにも御看病もしとうございますが、私も寄る年で思うようにも御看病が届きませんと、御病人の癇が起りますものでございますから、お医者も此方からお附け申しましょうし、看病人も附けましょう、又あなたがお仕事をお休みになれば日々どれだけのお手間料が取れますか知りませんが、お手間料だけは私の方から」  國「いえ〳〵飛んでもねえ事を仰しゃる、此方からお手当を戴き嚊を宅へ置いて看病をすると、私も堅気の職人ですから、そんな事が親方の耳へでも入れば、手前は遊んでいて他から銭を貰う、飛んでもねえ奴だ、向後稼業を構うと云われては困ります、何も銭金をお貰い申しに参った訳ではありませんから、当期此方の台所の隅へ置いて下さい、五年掛るか十年掛るか知れませんが、どうか癒るまでおいておくんなせえ」  母「御立腹でもございましょうが、そんな事を仰しゃらないでお手当は十分に致しますからお連れ帰りを願います」  國「いえなに、銭金は入りません、医者も私が頼んで来ます」  母「どうかそう仰しゃらないで」  と只管頼めど悪党の強請騙りをすることをもくさんと申して、安い金では中々云う事を聞きませんから、  森「兄イ兄イ…お母さん黙っておいでなさい…兄イ此処じゃア話が出来ねえから台所へ往って話をしよう、己は番場の森松と云う者で、悪い事は腹一杯やって、今は此方の旦那の家に食客だ、旦那は無闇に弱い女や人を打つような方じゃアねえ、お前の処の姐御が何か悪い事をしたのだろうが、銭を貰っちゃア親方に済まねえと云うが、そんな事を幾ら云っても果てしはつかねえ、サックリ話をするから台所へ来ねえ」  國「何もお前さんに云うのじゃアありませんから手を引いておくんなせえ」  森「手を引くも引かねえもねえや、己も番場の森松だ、お前の帰りはのいゝようにして遣るから云う事を聞きねえな、己も是れ迄そんな事は度々やった事があるんだナ」  國「おい、訝しな事を云いなさるぜ、お前さんはこんな事が度々ありましたか、私ア骨の折れる程嚊を打たれたのは初めだ、お前さんは森松さんか何か知らねえが、お母様に願っているのにお前さんのような事を云われると、私ア了簡が小せえから屈んで仕舞って、ピクーリ〳〵として何も云えないよ」  森「おい、大概にしねえな、そんな事をいつまで云っても果しが付かねえから、おいこう、まア台所へ来ねえって事よ」  母「森松黙っていな」  森「まアお待ちなさい、お前さんは知らないのだから、おい兄イそんな事を云っても仕方がねえ、人間を打殺して下手人になっても人が入れば内済にしねえものでもねえから、お前の方へ連れて往けば話の付くようにするから台所へ来な」  國「おい兄さん、人を擲殺して内済で済みますかえ、そりゃア済ます人もあるか知れませんが、私アいやだ、怖かねえ事を仰しゃるねえ、お母さん、こんな事を云われると私ア臆病ものですからピクーリ〳〵としますよ」  森「台所へ来いよ〳〵」  と森松は懊れこんでいくらいっても動きません。其の筈で森松などから見ると三十段も上手の悪党でござりますから、長手の火鉢の角の所へ坐ったら挺でも動きません。処へ業平文治が帰って来まして、  文「森松此処を片付けろ」  と云うから、森松は次の間の所へ駆出して、  森「あなたは大変な事をやりましたねえ」  文「何を」  森「杉の湯で國藏の嚊を打擲りましたろう」  文「来たか、昨夜打擲った」  森「打擲ったもねえものだ、笑い事じゃごぜえやせん、彼奴は一ト通りの奴じゃアありませんから、襤褸褞袍を女に着せて、膏薬を身体中へ貼り付けて来て、動けねえから此方の家へおいて重湯でも啜らせてくれろと云って、中々手強いことを云ってるから、四五両では帰りませんぜ、四五十の金は取られますぜ」  文「宜しい、心配するな」  森「宜しいじゃありませんやね」  文「お母さんが御心配だろうな」  森「お母さんは無闇に謝まってばかりいますから、猶付込みやアがるのさ」  文「お母さんを此方へお呼び申しな」  と云うから小声で、  森「お母さん〳〵、此方へ〳〵」  と云って親指を出して知らせると、母も承知して次の間へ参りまして、  母「お前飛んだ事をおしだねえ」  文「あなたのお耳へ入れて誠に相済みません」  母「済まないと云って無闇に人を打つと云う法がありますか、先方様は素直に当家へ病人を引取って看病さえしてくれゝば宜しいと云うから、どうも仕方がないわな」  文「彼奴は悪い奴ですから只今私が話をして直に帰します、誠に相済みません、あなたは暫くお居間の方へいらっしゃいまし」  母「おや〳〵あれは悪党かえ」  森「申し、お母さんは知らないのだがね、彼奴は悪党で、私が何か云うといやにせゝら笑やアがるから、小癪にさわるから擲り付けようと思いましたがね、今こゝで彼奴を打つとウーンと云って顛倒えって仕舞うから、私も堪えていたのです。お母さん心配しないで此方へおいでなさい」  と隠居所の方へ連れて往きまして、  森「もし旦那え彼奴を打擲ると顛倒かえるから、そうすると金高が上りますよ」  文「宜しい〳〵」  と云って脇差を左の手へ提げて座敷へ入って参りまして、  文「初めてお目に懸ります、私は浪島文治郎と云う者です、只今母から聞きましたが、昨夜お前の御家内を打擲した処、今日其の御家内を連れて来て、此方で看病をしてくれろとのお頼み、又母が連れ帰ってくだされば金子は何程でも差上げると云うと、お前は親分や友達に済まんと云えば、いつまでもお話は押付かんが、打った処は文治郎が重々悪いから、飽くまで詫びたならばお前も男の事だから勘弁するだろうね、勘弁してくれたら互に懇意になり、懇意ずくなら金を貸してもお前の恥にも私の恥にもならないから、心が解けたら懇意になって懇意ずくでお内儀さんの手当となしに金を五十両やるからそれで帰って下さいな」  國「へゝ、こりゃアどうも、もし旦那え、お前さんのようにサックリと話をされちゃア何も云えない、と申すのは、貴方のような立派な方が私のようなものに謝まると仰しゃれば、宜しいと云わなければなりません、そうなれば懇意ずくで金を貸せば恥になるめえから五十両やると云う、実に何とも申そうようはござえません、実はお母さんのお耳へ入れまいと思ったが、つい貧乏に暮していますから苦しまぎれに申上げたのでございます、それではどうか五十両拝借したいものでございます」  文「五十両でいゝかえ」  國「宜しゅうございます〳〵」  と云うと文治は座を正して大声に、  文「黙れ悪人、其の方は此の文治を欺き五十両強請ろうとして参ったか、其の方は市中お構の身の上で肩書のある悪人でありながら、夫婦連にて此の近傍の堅気の商家へ立入り、強請騙りをして人を悩ます奴、何処ぞで逢ったら懲してくれんと思っていた処、幸い昨夜其の方の女房に出会いしにより打殺そうと思ったが、お浪を助けて帰したは手前を此の家に引出さん為であるぞ、其の罠へ入って能くノメ〳〵と文治郎の宅へ来たな、さア五十両の金を騙り取ろうなどとは申そうようなき大悪人、兎や角申さば立処に拈り潰して仕舞うぞ」  と打って変った文治郎の権幕は、肝に響いて、流石の國藏も恟り致しましたが、  國「もし旦那え、それじゃア、からどうも弱い者いじめじゃアありませんか、私の方で金をくれろと云ったわけじゃアありません、お前さんの方で懇意ずくになって金を貸すと云うから借りようと云うのだが、又亭主に無沙汰で人の女房を打って済みますかえ、其の上私を打殺すと云やア面白い、さアお打ちなせえ、私も國藏だア、打殺すと云うならお殺しなせえ」  文「不届き至極な奴だ」  と云いながら、突然國藏の胸ぐらを取って、奥座敷の小間へ引摺り込みましたが、此の跡はどう相成りましょうか、明晩申し上げます。   二  男達と云うものは寛永年間の頃から貞享元禄あたりまではチラ〳〵ありました。それに町奴とか云いまして幡隨院長兵衞、又は花川戸の戸澤助六、夢の市郎兵衞、唐犬權兵衞などと云う者がありまして、其の町内々々を持って居て、喧嘩があれば直に出て裁判を致し、非常の時には出て人を助けるようなものがございましたが、安永年間には左様なものはございません。引続きお話申します業平文治は町奴親分と云うのではありません、浪人で田地も多く持って居りますから活計に困りませんで、人を助けるのが極く好きです。尤も仁を為せば富まず、富を為せば仁ならずと云って、慈悲も施し身代も善くするというは中々むずかしいことでありますが、文治は身代もよく、人も助け、其の上老母へ孝行を尽します。兎角男達に孝子と云うは稀なもので、成程男達では親孝行は出来ないだろう、自分の身を捨ても人を助けるというのであるから、親に対しては不孝になるだろうと仰しゃった方がありましたが、文治は人に頼まれる時は白刃の中へも飛び込んで双方を和め、黒白を付けて穏便の計いを致しまする勇気のある者ですが、母に心配をさせぬため喧嘩のけの字も申しませず、孝行を尽して優しくする処は娘子の岡惚れをするような美男でございますが、怒ると鬼をも挫ぐという剛勇で、突然まかなの國藏の胸ぐらをとりまして奥の小間に引摺り込み、襖をピッタリと建って國藏の胸ぐらを逆に捻って動かさず、  文「やい國藏、汝は不届な奴である、これ能く承われ、手前も見た処は立派な男で、今盛りの年頃でありながら、心得違いをいたし、人の物を貪り取り、強請騙りをして道に背き、それで良いものと思うか、官の御法を破り兇状を持つ身の上なれば此の土地へ立廻る事はなるまい、然るに此の界隈で悪い事を働き、官の目に留れば重き処刑になる奴だに依って、官の手を待たずして此の文治郎が立所に打殺すが、汝は親兄弟もあるだろうが、これ手前の親達は左様な悪人に産み付けはせまい、どうか良い心掛けにしたい、善人にしたいと丹誠して育てたろうが、汝ア何か親はないかえ、汝は天下の御法を破り、強請騙りを致すのをよも善い事とは心得まいがな、手前のような奴は、何を申し聞かせても馬の耳に念仏同様で益に立たんから、死んで生れ替って今度は善人に成れ、汝は下駄屋職人だそうだが、下駄を削って生計を立てゝも其の日〳〵に困り、どうか旦那食えないから助けて下さいと云って己の処へ来れば米の一俵位は恵んでやる、然るを五十両強請うなどとは虫よりも悪い奴である、汝の親に成代って意見をするから左様心得ろ、人間の形をしている手前だから親が腹を立てゝ打つ事があろう、其の代りに折檻してやる」  と云いながら拳骨を固め急所を除けてコーンと打ちました。  國「あゝ痛た」  文「さア改心しなければ立所に打殺すぞ、どうだ」  國「どうか助けて下さいまし」  文「イヽヤ元より殺そうと思うのだから助けはせん、手前も命を賭けて悪事をするのじゃアないか、畳の上で殺すのは慈悲を以てするのだ」  と云いながら又胸ぐらを締上げたから、  國「ア痛た〳〵、改心致しやすから助けて下せえ、改心します〳〵」  文「弱い奴だなア、改心するなどと申して此の場を逃延びて、又候性懲りもなく悪事をした事が文治郎の耳に入れば助ける奴でない、天命と思って死ね」  國「ア痛た〳〵、そう締めると死んで仕舞います、屹度改心しますから何卒放して下せえ〳〵」  文「屹度改心致すか、改心致せ」  と云って突放された時は身体が痺れて文治の顔を呆気に取られ暫く見て居りましたが、  國「旦那え〳〵お前さんは噂にゃア聞いて居りやしたが、きついお方ですねえ、滅法な力だ、私も旧悪のある國藏で、お奉行がどんな御理解を仰しゃろうと、箒じりで破綻のいるほど打たれても恐れる人間じゃアねえが、お前さんの拳骨で親に代って打つと云う真実な意見の中に、手前は虫よりも悪い奴だ、又堅気の下駄屋で稼いでいて足りねえと云えば米の一俵ぐれえは恵んでやると云う言葉が嘘で云えねえ言葉だ、成程そう云われて見れば虫より悪い事をしやした、旦那え、実ア私ア寒さの取付きで困るから嚊をだしに二三両強請ろうと思って来たんだが、お前さんの拳骨で打たれた時は身体が痺れて口も何も利けなくなったが、妙な所を打つんだねえ、どうも変に痛いねえ、旦那え、屹度これから改心して國藏が畳の上で死なれるようになった時にゃア旦那へ意趣返しのしようはねえが、私が改心した上で鼻の曲った鮭でも持って来たらば、お前さんも些とア胆魂が痛かろうと思うが、其の時は何と仰しゃいますえ」  文「これは面白い事を云う、其の時は無闇に人を打擲して済むものでないから、文治が土間へ手を付いて重々悪かったと云って屹度謝ろうが、善人になってくれるか」  國「そりゃア屹度善人になりやす」  文「大悪のものが改心すれば反って善人になると云うから屹度善人になってくれ、併し手前が善人になると云っても借金があって法が付くまい、爰に廿両あるからこれで借金の目鼻を付けた上で、稼いでも足りぬ時は手前を打った印に生涯でも恵んでやるから、これを持って往って稼げ」  國「旦那それじゃア此の金を私にくれますかえ、豪いなア、どうも驚いた、私を悪んで打ったのだから、大抵の者ならくれた処が五両か七両、それを廿両遣るから善人になれと云うお前さんの気象に惚れた、これから屹度改心して仕事を致します」  文「能く云ってくれた、就いては手前に能く申し聞けて置く事があるが、悪人と云うものは、善人になると口で云って、其の金を持って往って、博奕場へでも引掛り、遣果して元の國藏のように悪事をすれば文治は許さぬぞ、うっかり持って往くな、香奠にやるのだ、手前の命の手付にやるのだからそう心得ろ」  國「怖かねえ、死んでも忘れません、向後悪事はふッつりと」  と横に首をふり、「あゝ痛い〳〵首を振りゃア頭へ響けて痛いねえ、お浪や〳〵こけへ来て旦那様へお礼を申せ」と云ったが、どうしてお浪は國藏の打たれるのを見て、疾くに跣足で逃出して仕舞って居りませんから、國藏は文治に厚く礼を述べて立帰りましたが、此の國藏が文治の云う事を真に感じ、改心致して、後に文治の為に命を惜まず身代りに立つのでございます。これは九月の三日の事で、これから十二月の三日の夜の事でございます。文治が助けた田舎の人が、江戸へ来て文治に馳走をすると云うので浅草辺で馳走になって帰る途中、チラリ〳〵と雪が降出しましたから、傘を借り、番場の森松と云う者が番傘を引担いで供をして来ますと、雪は追々積って来ました。  文「大層降って来たなア」  森「大層降り出して来ましたねえ」  文「一面の銀世界だなア」  森「へい、銀が降って来ましたか」  文「なアに好い景色だと云う事よ」  森「雪が降りますと貧乏人は難渋しますなア」  文「だがのう、雪は豊年の貢と云って、雪の沢山降る年は必ず豊年だそうだ」  森「へー法印様がどうしますとえ」  文「なアに雪が降ると麦作が当るとよ」  森「八朔に荒れがないと米がとれやすとねー、どう云う訳でしょうなア、雨が氷っているのを天でちっとずつ削り落すのかね」  文「馬鹿云え、下り飴じゃアあるまいし、これは天地積陰温かなる時は雨ふり寒なる時は雪と成る、陰陽凝て雪となるものだわ、それに草木の花は五片雪の花は六片だから六の花というわさ」  森「なんだかむずかしくって分らねえが、今日の客は気の利かねえ奴だ、帰る時に大きい物でグーッと飲ませればいゝに、小さいもので飲ませたから直ぐ醒めて仕舞って仕様がありゃアしねえ、あれだから田舎者は嫌いだ」  文「これ、人の御馳走になっていながら悪口を云ってはいかんよ」  森「成程こいつアわるかった、時々失策りますなア」  と話をしながら天神の所まで来ますと、手拭を被って女が往ったり来たりしているから、  文「森松や、彼処に女が居るようだなア」  森「へー雪女郎じゃアありませんかえ」  文「なアに雪女郎は深山の雪中で、稀に女の貌をあらわすは雪の精なるよしだが、あれは天神様へお百度でも上げているのだろう」  森「それじゃア大方縁遠いのでしょう」  文「何故え」  森「寝小便か何かして縁付く事が出来ないから、それでお百度を上げているんでしょう」  と云う中にプーッと垣際へ一と吹雪吹き付けますると、彼の娘は凍えたと見えまして、差込んで来る癪に、ウーンと云って胸を押えて、天神様の塀の所へ倒れましたから、  文「あれ〳〵女が倒れたな」  森「うっかり側へ往って尻尾でも出すといけませんぜ」  文「おゝ是は冷えたと見えて、可愛そうに、何所ぞへ往って温ためてやればいゝだろう、手前の傘をつぼめて己の傘を差掛けろ、彼の女を抱いて往ってやろう」  森「お止しなさい、掛合いにでもなるといけませんぜ」  文「なアに捨置く訳にはいかん」  と云って力は七人力あるから軽々と其の娘を抱いて立花屋と云う小料理屋へ来ました。  文「森松や、起して呉れ」  と云うからトン〳〵トン〳〵と戸を叩き、  森「おい立花屋さん起きねえか〳〵オイ〳〵」  文「これ〳〵そんなに粗末に云うなよ」  森「粗末たって起すんでさア、オイ〳〵火事だ〳〵」  料「はい〳〵〳〵」  と計云って居ります。  森「恰ど馬を追っているようだ」  料「何方か知りませんがねえ、此の雪でお肴がありませんから、どうか明日になすって下さい」  文「私だよ、業平橋の文治郎だア」  亭「はい〳〵明けますよ、これ婆さん、旦那様だよ、これサ寝惚けちゃアいけねえぜ、行燈を提げてぐる〳〵廻っちゃアいけねえって事よ」  と云いながら戸を開けて、  亭「おー大層降りましたなア」  文「余程積った」  と云うのを見ると女を抱いて来ましたが、平常堅い文治の事だから変だと思ったが、  亭「へゝゝゝゝ御心配はありませんから、奥の六畳は伊勢屋の蔵の側で彼処は誰にも知れませんから彼処にしましょう」  森「フム何を云うのだ、いま女が雪の中へ顛倒っていたのを、旦那が可愛そうだと云って連れて来たのだ、出合いじゃアねえぜ」  亭「左様ですか、それじゃアさア〳〵此方へ〳〵」  と間の悪そうな顔をして座敷へ案内を致しまして、これから娘の介抱致すと、元より凍えたのですから我に返って目を開き、側を見ると燈火が点いて、見馴れぬ人計りいるから、恟りしてキョト〳〵して居りますのを文治が見ると、年齢十六七で、目元に愛敬のある色の白い別嬪ですが、髪などは先々月の六日に結った儘で、それも髪結さんが結ったのではない、自分で保のよいように結ったのへ埃が付いた上をコテ〳〵と油を付け、撫付けたのが又毀れましたから鬢の毛が顔にかゝり、湯にも入らぬと見えて襟垢だらけで、素袷一つに結っ玉の幾つもある細帯に、焼穴だらけの前掛を締めて、穢ないとも何とも云いようのない姿だが、生れ付の品と愛敬があって見惚れるような女です。  文「美い女だのう」  森「なぜ此の位な顔を持っていて、穢ない姿をしているでしょう、二月しばり位で妾にでも出たらば好さそうなものですなア」  文「姉さん心配しちゃアいけません、此処は立花屋と云う料理屋で、私はつい此の近辺の者で浪島文治郎と云う者だが、お前が天神様の前に雪に悩んで倒れている所へ通り掛って、お助け申して来て、介抱した効があって漸々気がついて私も悦ばしゅうございますが、決して心配をなさいますなよ」  森「おい姉さん、本当に旦那が介抱してやったのだから、有難いと云って礼を云いな」  文「なぜそんな事を云うのだ、恩にかけるものじゃないわサ、もしお前さんは何処のお方だえ」  と問われて娘は「はい」と羞かしそうに顔を上げて、  娘「私は本所松倉町二丁目に居ります者でございます」  文「お前さんは此の雪の中を何の願掛に行くのだえ、よく〳〵の事だろうね」  森「姉さんなんで願掛をするんだえ、縁遠いのかえ」  文「黙っていろよ……してどう云う訳か知らないが夜中に娘一人で斯う云う所へ来るのは宜しくないよ」  娘「はい、親父が長々の眼病で居りまして、お医者様にも診て貰いましたが、迚も療治は届かないと申されましたから、切めて片方だけでも見えるように致したいと思って御無理な願いを天神様へ致しました、それ故に寒三十日の間、毎晩お百度に参りますのでございます」  文「へー感心な事だねえ、嘸御心配だろうね……それ見ろ森松、お父さんがお眼が悪いのだって、感心じゃアないか」  森「眼の悪いのなら多田の薬師が宜かろうに、天神様が眼に利きますかえ」  文「姉さん、お前さんが斯うしてお百度に出なさる間お父さんの看病は誰がしますか、お母さんでもありますかえ」  娘「いゝえ親一人子一人でございます、長い間の病気で薬代や何かの為に何もかも売り尽しまして、只今では雇人も置かれません故、親父を寝しつけておいて一人で参ります」  文「それじゃ一人のお父さんを寝かしてお前一人で此処へ来るのかえ、そりゃア孝行が却って不孝になる、お前の留守にどんな非常の事があるまいものでもない、若し其の裏から火事でも出たらどうするえ、中々お前が余所から駈付けても間にあうまい、其の時お長屋の方が我荷物は捨置き、お前のお父さんを助け出す人はなかろう、混雑の中だからどんな怪我がないものでもない、さすれば却って不孝になりますよ、神仏と云うものは家にいて拝んでも利益のあるものだから、夜中に来てお百度を踏むのは止したほうがよろしい、未だそればかりじゃアない、お前さんのような容貌よい女中が、深夜にあんな所に居て、悪者に辱かしめられたらどうするえ、又先刻のように雪に悩んで倒れていて誰も人が来なかったらどうするえ、それ故どうかお百度に出るだけは止して下さい、信心ばかりで親父さんの眼は治らん、名医にかけて薬を服ませなければならんから、薬を服まして信心をするが宜しい、何処のお医者に診て貰ったえ」  娘「はい、荒井町の秋田穗庵さんと云うお医者様に診て戴きましたが、真珠の入る薬を付ければ治るけれども、それは高いお薬で貧乏人には前金でなければ遣られないと仰しゃいましたけれど、四十金もなければなりませんそうでございます」  文「フム、それでは四十金で必ず治ると医者が受合いましたかえ、それじゃア爰に四十金持合せがありますから、これをお前さんに上げましょう」  森「旦那、何をするのです、およしなせえ、おまえさんは知らないが斯う云うものには贋物が多い、貧乏人の子供が表に泣いていて、親父もお母もいない、腹がへっていけねえと云ってワーッと泣くから、可愛そうだと思って百もやると材木の間に親爺が隠れていて、此方へ来い〳〵と云って、又人が来ればワーッと泣き出す奴があります、又躄だと思った乞食が雨が降って来ると下駄を持って駈出しやす、世間にはいくらもある手だから、これも矢張り其の伝でしょう、お止しなせえ〳〵」  文「まア宜しい、黙っていろ、姉さん爰に四十金あるからこれをお前に上げましょう、其の代りお百度に出る事はお止め申すよ」  娘「はい、どう致しまして、見ず知らずの方に四十金と云う大金を戴く事は出来ません」  亭「折角だから戴いて行きな、これは業平橋にお住居なさる文治様と云う旦那だよ」  娘「有り難うございますが、親父が物堅うございますから、仮令手拭一筋でも人様から謂れなく物を戴いて参ると直に持って往って返えせと申しますくらいでございますから、金子などを持って往けば立腹致して私を手打にすると申すかも知れません、戴きたい事は山々でございますが、私が持って帰っては迚も受けませんから、お慈悲序でに恐れ入りますが、貴方が持って往って直に親父にお渡し下されば親子の者が助かります、眼さえ治れば直にお返し申しますから何卒そう為すって下さいまし」  文「はい〳〵これはお前さんに遣るのは悪るかった」  森「これは真物ですなア、贋物なら直に持って往くのだが、こりゃア真物だ」  文「姉さんお前は何処だえ」  娘「はい、松倉町二丁目でございます」  文「それは聞いたがお前の家は松倉町の何の辺だえ」  娘「はい、葛西屋と云う蝋燭屋の裏でございます」  森「フム、けちな蝋燭屋だ」  文「お父さんは何をしておいでだえ」  娘「筆耕書でございます」  森「なんだとシッポコかきだとえ」  文「なアに版下を書くんだ、お父さんの御尊名は何と仰しゃいますえ」  娘「はい小野庄左衞門と申します」  文「何処の御藩中ですか」  娘「中川山城守の藩中でございます」  文「士気質ではうっかりお受取なさいますまいから、明日私が持って往って上げましょう、気を付けてお帰んなさいよ」  娘「有難うございます、左様なら」  文「此処にお茶受に出たお菓子があるから持っておいで、あれさ、食物は宜しい」  と紙へ沢山包んで、  文「さアお持ちなさい」  と出された時は孝行な娘だから親に旨い物を食べさせたいが、窮して居りますから何一つ買って食べさせられないから、  娘「有難うございます」  と云って手に取って貰う時に、始めて文治の顔を見ますと、美男の聞えある業平文治でござります、殊に見ず知らずの者に四十金恵んで下さるとは何たる慈悲深い人だろうと、我を忘れて惚れ〴〵と見惚て居りまして、思わず知らず菓子の包みをバタリッと下に落しました。  森「姐さん落しちゃアいけねえぜ、折角お呉れなすッたのだから」  娘「はい」  と云って羞かしいから真赤になって立上るを、  文「姉さん、帰るんならどうせ通道だから送って上げよう、大きに御厄介になりました、明日来て奉公人や何かへ詫をしましょう」  亭「どう致しまして、明日またお母様へお肴を上げますから」  文、森「左様なら」  と娘と連れ立って松倉町の角まで来ました。  娘「有難うございます」  文「それでは明日往きますよ」  娘「有り難うございます〳〵」  と云って幾度も跡を振り返って見ますのは、礼が云いたいばかりではない、文治の顔が見たいからでございます。  娘「有り難うございます〳〵」  と云いながら曲り角などはグル〳〵廻りながら礼を云いますから、  森「旦那美い女ですなア」  文「貴様は女の美いのばかり賞めているが、顔色容貌ばかりではない、親に孝行をすると云う心掛が善いなア」  森「そうですなア、心がけがいゝねえ」  文「どうも屋敷育ちは違うなア」  森「屋敷育ちは違いますなア」  文「金も受けない所がえらい」  森「金を受けないところがえらい」  文「感心だ」  森「感心だ」  文「同じ事ばかり云うな」  と話をしながら橋を渡って来ると、向うから前橋竪町の商人が江戸へ商用で出て来て、其の晩亀戸の巴屋で友達と一緒に一杯飲んで、折を下げていたが酔っているから振り落して仕舞って、九五縄ばかり提げ、相合傘で踉けながら雪道の踏堅めた所ばかり歩いて来ますが、ヒョロリ〳〵として彼方へ寄ったり此方へ寄ったり、ちょうど橋詰まで来ると、此方から参ったのは剣術遣いのお弟子と見えて奴蛇の目の傘をさして来ましたが、其の頃町人と見ると苛い目に合わせます者で、  士「さア除け〳〵素町人除け」  と云うから見ると士だから慌てゝ除けようと思うと、除ける機にヒョロ〳〵と顛ります途端に、下駄の歯で雪と泥を蹴上げますと、前の剣術遣いの襟の中へ雪の塊が飛込みましたから、  士「あゝ冷たい、なんたる奴だ、あゝ冷たい〳〵、これ町人倒れたぎりで詫を致さんな、無礼至極な奴だ、何と心得る、返答致せ」  と云われ漸く頭を挙げて向うを見てもドロンケンだから分りません。  商「誠に大変酔いまして、エー何とも重々恐れ入りやした、田舎者で始めて江戸へ参りやして、亀井戸へ参詣して巴屋で一杯傾けやした処が、料理が佳いので飲過ぎて大酩酊を致し、足元の定らぬ処から無礼を致しやして申し訳がありやせん、どうか御勘弁を願いやす」  士「なんだ言訳に事を欠いて巴屋でやり過ぎたとはなんだ」  商「些とやり過ぎやした、どうも巴屋はなか〳〵旨く食わせやすなア」  士「言訳をするのに巴屋はなか〳〵旨く食わせるなどとは不埓な申分、やい其処に転がっているのは供か連れかなんだ」  商「ヒエイ」  と頭は上げましたが舌が少しも廻りません。  商「エーイ主人がね此方へ除えようとすう、て前も此方へ除けようとする時に転がりまして、主人の頭と私の頭と打かりました処が、石頭で痛かった事、アハア冷てえや」  士「こんな奴は性のつくように打切った方が宜しい、雪へ紅葉を散してやりましょう」  士「それが宜しい、遣って仕舞いましょう」  と云う声を聞いて両人とも真青になって、雪の中へ頭を摺り付け、  商「何卒御勘弁なすって下さいまし〳〵」  士「勘弁はならん、切って仕舞う」  と云うのを文治が塀のところで見て居りましたが、  文「森松悪い奴だのう」  森「何です、雪の中へ紅葉とは何の事です」  文「彼の二人を切ると云うから己が鳥渡詫びてやろう」  森「お止しなさい〳〵」  文「どうも見れば捨置く訳にはいかんから」  と織色の頭巾を猶お深く被って目ばかり出して士の中へ入り、  文「えー御両所、此の者どもは二人共酔って居りますから、どうか免してやって下さい、そんなに人を無闇に切るものでは有りません」  士「貴公はなんだ、捨ておけ、武士に向って不礼至極、手打に致すは当然だわ、それとも貴公は此の町人の連か」  文「いゝえ通り掛りの者ですが、此の者どもを切るのは人参や大根を切るより易いではござらぬか、夜中帯刀して此の市中を歩いて、無闇に刀を抜いて人を切るなどと云う事を仰しゃれば、先生のお名前にも係りましょうから、サッサとお宅へお帰んなさい」  士「無礼至極、不届至極な事を云う奴だ」  文「何が不届です、斯様な弱い奴を切るのは犬を切るのも同じ事でござる、士と云う者は弱い者を助けるのが真の武士、お前さん方は犬でも切って歩きそうな顔付だ」  士「最前から聞いて居れば手前は余程付け上って居るな、此の町人は謂れなく切るのではない、余り無礼だに依って向後の戒の為切捨るのだ、然るに手前は仲人のくせに頭巾を被って居るとは失礼な奴だ、頭巾を取れ」  文「お前さんが頭巾を取って宜しかろう、仲人が来らば先ず其方から頭巾を取って斯様々々な訳で有るからと話をすれば、仲人も頭巾を取るが、喧嘩の当人の方で被っているから仲人の方でも被っているのは当然だ」  士「不届至極な奴だ、素町人を切るより此奴を切ろう」  士「それが宜しい」  文「これは面白い、私を代りに切って此の両人を助けて呉れゝば切られましょう、さア〳〵田舎のお方、早く行きなさい〳〵」  と云うと生酔も酔が覚め、腰が抜けて迯げる事が出来ませんで、這いながら板塀の側に慄えておりますと、剣術遣いはジリ〳〵ッと詰寄って参ったから、文治は油断をしませんでプツリッと長脇差の鯉口を切って、  文「さア代りに切られますが、今の両人と違って切るのは些とお骨が折れましょう、手が二本足が二本あって動きますから気を付けて切らんと貴方の方の首が落ちましょう」  士「やア此奴悪々しい奴だ、此方で切ろうとも云わないに切られようとする馬鹿な奴だなア」  文「さア切れる腕があるなら切って見ろ」  士「さア切るぞ」  と彼の士が大刀の〓(「※」は「てへん+丙」)へ手を掛けて詰め寄りますから、文治は半身下って身構えを致しましたが、一寸一と息吐きまして直に後を申し上げます。   三  浪島文治が本所業平橋に居りましたゆえに人綽名して業平文治と申しましたとも云い、又男が好いから業平文治と申したとも仰しゃる方があります。尤も業平朝臣と云うお方は美男と見えまして、男の好いのは業平のようだといい女で器量の好いのを小町のようだと申しますが、業平朝臣は東国へお下りあって、暫く本所業平村に居りまして、業平橋の名もそれゆえに起りましたそうでございますが、都へお帰りの時船が覆って溺死されましたにより、里人愍れと思って業平村に塚を建てゝ祭りました、それゆえに前には船の形を致しました石塚でありましたそうで、其の頃は毎月廿五日は御縁日で大分賑いました由にございます。其の天神前で文治は計らずも助けました娘は、親父が眼病ゆえ毎夜親の寝付くを待って家を抜け出して来て、天神様へ心願を掛けましたと云う事を聞いて、文治が不憫と思って四十両の金を遣りましたけれども、娘は堅いからとんと受けませんで、親父に手渡しにしてくれと云うから、文治も感心し、介抱して松倉町の角まで送って来ると、前申しました剣術遣いの内弟子でございましょう、荒々しい士が無法にも商人を斬ろうとする所ですから、文治が中へ入って和らかに詫をすると、付けあがり、容赦はしない、打ち斬って仕舞うと云いながら長柄へ手を掛けたから、文治もプツリッと親指で鯉口を切り、一方の手には蛇の目の傘を持ち、高足駄を穿いた儘両人の中へ割込むと、  士「此奴中々出来そうな奴だ」  と云いながら刀を抜うとする処を、文治が蛇の目の傘を以て一人の膝を打ちますと、前へドーンと倒れるのを見て、一人の士は真向上段に一刀を振りかざして、今打ちおろそうとする奴を突然傘の轆轤で眼と鼻の間へ突きをいれまして、倒れる処を其の者の抜きました長物で刀背打に二ツ三ツ打ちましたが、七人力ある人に打れたのですから堪りません、  士「まえった、御免を蒙る、酩酊て怪しからん訳でござる、お詫を致す、お免し下さい」  文「お前さん方は長い物をさして、人を劫かすのは宜しくありません、お師匠様の御名儀にも係ります、以後たしなまっしゃい」  士「恐れ入ります」  と云いながら刀を拾って逃出しましたから、  文「そんな鈍刀では人は斬れません」  と笑いながら文治は跡を見送って、  文「只今のお方は何処においでなさるな」  商「へーこれに居ります、貴方の御尊名は何と仰しゃいますか、手前は上州前橋竪町松屋新兵衞と申しますが、貴方の今の働きは鎮守様かと思いやした」  文「いや〳〵名なんどを名告るような者ではありません、無禄無官の浪人で業平橋に居る波島文治郎と申すものでございます」  商「明日早速お礼に参りますから」  文「いゝえ宅へ来てはいけません、私が喧嘩の中へ入ったなどと云う事を母が聞きますと心配致しますから、お出は御無用です、貴方の御旅宿は何処でございますえ」  商「はい、山の宿の山形屋に泊って居ります」  文「左様なら明日序があれば私の方からお尋ね申します」  と云い棄てゝ文治は森松を連れて帰りましたが、母には喧嘩のけの字も申しません。翌日は雪の明日で暖かな日ですから、昨夜の女に四十金恵もうと、本所松倉町の裏家住居小野庄左衞門の宅へ尋ねて参りました。此の庄左衞門は元と中川山城守の家来で、二百石取りましたものでございますが、仔細あって浪人致し、眼病を煩い、一人の娘が看病をして居りますが、娘は孝行で、寒いのに素袷一枚で、寒さも厭わず拭き掃除をして居りますと、杖を曳いて小野庄左衞門が門口から、  庄「今帰って来たよ」  町「おやお父様、お帰り遊ばせ」  庄「雪の翌日で大きに凌ぎ宜いのう」  町「はい、今日はお外でもお暖かでございましょう」  庄「あゝ医者が外へ出るのは能くないと云うから家にいてお茶でも入れようかな」  町「あの、生憎お茶が切れました」  庄「茶を買ったら宜かろう」  町「はい、生憎お鳥目が切れました」  庄「いやそれは困りました、屑屋でも来たら何か払っておいたら宜かろう」  町「さア払う物もございません、それにお天気都合が悪いので二三日参りませんから、先のお鳥目が切れましたから、お茶を買いますお鳥目がございません」  庄「紙屑買などが来ないと貧乏人は困るなア、己も細字は書けないが大字なら書けるから少しでも見えるようになればよいのう」  町「お父さまは少しお見え遊ばすと直きお外出をなすっていけませんから、寧そお見え遊ばさない方が宜しゅうございます」  庄「何故え」  町「先達ても少しお見え遊ばすと云って、つい其処までおいでなさると仰しゃいますから、私が窃とお跡を尾けて参りますと、知れない横町からお頭巾をお被り遊ばし、袂から笛をお出し遊ばして、導引揉療治と仰しゃってお歩き遊ばしましたから、私は恟りして宅へ帰り、お父さまが人の足腰を揉んでも私に苦労をさせないように遊ばして下さる其の御膳を戴いて食べるのは実に勿体ない事だと思って、あの時は御膳が刺のように咽へたって戴けませんでした、私が男ならお父様にあんな真似はさせませんが、悔しい事には女でございますから、お父様のお手助けも出来ず、誠に不孝でございますと思って泣いてばっかり居りました」  庄「あゝもう〳〵そんなことを云うな、中々私の方がお前に気の毒だ、用がないからそんな真似をするのだから悪く思って呉れるな、私も屋敷に居れば手前にも不自由はさせず、好きな簪を買ってやられるが、私が重役と中の悪い処から此の様に浪人致し、お前は何も知らない身分で、住み馴れぬ裏家住居、私に内証で肌着までも売ったようだが、腹の空った顔も見せず、孝行を尽して呉れるに、なんたる因果のことか、此の貧乏の中へ眼病とは実に神仏にも見放されたことかと、唯私の困る事よりお前に気の毒でならない」  町「あゝお父様勿体ないことを仰しゃって下さいますな」  庄「まア〳〵そんなことを云うな、清貧と云って清らかな貧乏は宜しいが、汚れた金を以て金持と云われても詰らん、あゝ清貧と云えば昨夜天神の前でお前が癪の起った時、御介抱なすって下すった御仁は御親切な方だなア」  町「お父様、其のお方は実に御親切な方でございます、業平橋に在らっしゃる文治郎様と仰しゃいます方だそうですが、私がお父様の御眼病の事をお話し申しました処が、そういう訳ならこれを持って行けと仰しゃってお金をお出し遊ばしまして」  庄「そうだってのう、見ず知らずの者に四十金を恵むと云うのは感心な方だのう」  町「其の方は屹度今日家へ入っしゃいますよ」  庄「来られちゃア困るなア、そんな方が入らしっては実に赤面だ」  町「それでも屹度来ますよ」  庄「困るなアお茶でも入れて上げな」  町「お茶はございませんよ」  庄「それではお菓子でも」  町「お菓子は昨夜戴いたのを貴方が三つあがって、あとは仏様に上げてありますから、あれを上げましょうか」  庄「それでも戴いたものを又上げるのは変だのう」  町「あれ入っしゃいましたよ」  庄「文治郎様が入っしゃいましたと」  町「なアにそうじゃアございませんでした、秋田穗庵さまが入しったのでした」  庄「まア此方へお上りなさい」  秋「はい今日は番町辺に病人があって参り、帰りがけですが貴方のお眼は何うでございますな」  庄「些っとも癒りません、少しも顕が見えません、どうもいけませんから、これじゃア薬も止めようかと思って居ります」  秋「それがナ貴君のお眼は外障眼と違い内障眼と云って治し難い症ですから真珠、麝香、竜脳、真砂右四味を細末にして、これを蜂蜜で練って付ける、これが宜しいが、真珠は高金だから僕のような貧乏医者は買って上げる訳にいかん、それに就いて兼て申上げました此方のお娘子がお美しいと云うことを、北割下水の大伴と云う剣客へ話した処が、是非世話をしたいから話しをして呉れと云うから、先日貴方へ申上げた事がありますが、お堅いからお聞済がないが、時世で仕方がないから、諦めて貴方が諾と云えば僕が先方へ参って話をすれば、お目薬料ぐらいは直に出ますからそうなさいな」  庄「いゝえ、そんな話は止めて呉れ、お前が来るとそんな事ばかり云うが、私には一人の娘を妾手掛に遣るくらいなら裏家住居はしません、そんな話をされると耳が汚れるから止して呉れ」  秋「貴君はお堅いがね小野氏、僕もいろ〳〵丹誠して癒らんければ名にも係るから、お厭でもお娘子をお遣わしになれば、目薬料が出て御全快になって、而して後のことでございます」  庄「いや眼は盲れても宜しい、お前さんの薬はもう呑まないよ」  秋「それじゃア無理には申さんから宜しいが、お嬢さま、お父様はあの通りお聞入れはないが、私の帰った後で能くお父様と御相談なさいよ、お父様がいやと仰しゃっても貴女がおいでなさると云えば、お父様のお眼も癒るから、いやでも承知しなければなりません、何れ又出ますよ、左様なら」  庄「いやな奴だ、来ると彼奴あんなことばかり云っている、医者が下手だから桂庵をしているのだろう」  と云っている処へ参りましたのは、藍の衣服に茶献上の帯をしめ、年齢は廿五歳で、実に美しい男で、門へ立ちまして、  文「御免なさい」  町「お父様入っしゃいましたよ」  庄「誰方かえ」  町「文治郎様が」  庄「さア何卒これへお上り遊ばしませ」  文「昨夜はどうも、これはお礼で恐れ入ります、貴女が御無事でお帰りかと後で大きにお案じ申しました、あれから直ぐにお帰りでしたか、へー此方がお父様でございますか、初めてお目に懸りました、手前は業平橋に居ります浪島文治郎と申す武骨ものでございます、お見知りおかれて以後御別懇に願います」  庄「へー、手前は小野庄左衞門と申す武骨の浪人御別懇に懸います、扨昨夜は娘町が計らず御介抱を戴き、殊にお菓子まで頂戴致し、帰って参ってこれ〳〵と申しますから、有難く存じ、只今も貴方のお噂をして居りました……これ町やお茶を、あイヤお茶は無かったッけ、お湯をあげな、まアこれへお進み下さい」  文「始めてお目に懸って誠に御無礼なことを申して、お気に障るか知れませんが、昨夜お嬢様に段々御様子を伺った処が、御運悪くお屋敷をお出になって御浪人遊ばした処が、御眼病をお煩いのよし、それを嬢様が御心配遊ばして、お感心に寒三十日の間跣足参りをなさる、手前も五十八歳になる母が一人ございますが、少し風を引いて頭痛がすると云われても、若しものことがありはしないかと思って心配するのは、子の親を思う情合ですから、嬢様のお心もお察し申して段々お尋ね申した処、秋田穗庵とか云う医者が真珠の入った薬なれば癒るが、それをあげるには四十金前金によこせと申したそうで、就ては誠に失礼でございますが、持合せている四十金を差上げますから、これでその真珠とやらを購い整え、御全快になれば手前に於ても悦ばしく存じ、又お嬢様に於ても御孝行が届きますから、誠に失礼でございますが、此の金は明いて居る金でございます、お遣い遊ばして下さいまし」  庄「へい〳〵忝のうございます」  と片手を突いて見えない眼で文治を見まわして、  庄「あゝ貴方様は判然は見えませんから分りませんが、お若いお立派な方で、殊に御発明で御孝心の深いことはお辞の上に見えすくようで、私も五十八になる母があるが、少し加減が悪いと恟りすると仰しゃるのは御孝心な事で感心でござる、それに見ず知らずのものに四十金恵んで下さるのは誠に有難うございます、お志ばかり頂戴いたしますが、金はお返し申しますから、どうかお持ち帰りを願います」  文「それでは困ります、折角持って参った金ですからどうかお受け下さいまし」  庄「いや〳〵受けません、見ず知らずのお方に四十金戴く訳がございません」  文「見ず知らずでございますが、昨夜お嬢様にお目に懸ったのが御縁でございます、躓く石も縁の端とやら、貴方の御難儀を承っては其の儘にはおけません、どうかお受け下さいまし」  庄「どう致して、とても受けられません」  文「左様なら此の金を上げると云っては失礼でございますが、兎に角明いて居る金でございますからお遣い下さい」  庄「いや〳〵借ても今の身の上では返えせる目途がありませんからお借り申すことは出来ません」  文「それではお嬢様に」  庄「いや〳〵娘も戴く縁がありません」  文「さア貴方はお堅いが、能くお考えなすって御覧なさい、貴方がいつまでもお眼が悪いと唯た一人のお嬢様が夜中に出て神詣りをなさるのは宜しいが、深夜に間違いでもあれば、これ程お堅い結構な方に瑾を付けたら何うなさる、私が金を上げると申したら御立腹でござろうが、子の心を休めるのも親の役でございます、文治郎が失礼の段は板の間へ手を突いてお詫をします、他人と思召さずにお受を願います」  庄「あゝこれ〳〵お手をお上げ下さい、貴方は何たるお方かなア、大金を人に恵むに板の間へ手を突いて、失礼の段は詫ると云う、誠に千万忝けのうござる、只今の身の上では一両の金でも貸人のない尾羽打枯した庄左衞門に、四十金恵んで下さるは、屋敷に居りました時千石加増したより忝けのうござるがナ、手前強情我慢で、これまでは涙一滴溢さんが、今日只今嬉し涙と云うことを始めて覚えました、なれども此の金は受けられませんから、どうかお持帰りを願います、それを貴方がいつまでも手を突いて仰ゃれば致し方がないから切腹致します」  文「あゝそれは困ります、成程お堅いから仕方がないが、然らば金で持って参ったから受けて下さるまいが、薬なら受けて下さるだろうな」  庄「薬も廿四銅か三十銅の品なら受けますが高金の品では受取れません」  文「左様なら致し方がないが、どうかお気に障えられて下さるな」  庄「どう致しまして、これお茶を、お茶も上げられません、貴方に戴いたお菓子が二ツ残って居ります、彼れをお上げ申せ」  文「どう致しまして、左様ならお暇申します」  町「親父は頑固ものですから、お気に障りましたろうが、どうか悪く思召さないで下さいまし、御機嫌宜しゅう」  と板の間まで出て見送ります。文治もどうかして金を遣りたいが、所詮金では受けないから薬にして持って往って遣ろうかと、いろ〳〵に工夫をしながらうか〳〵と路地を出に掛りますと、入って来たのはまかなの國藏と云う奴で、九月の四日に文治に拳骨で擲り倒されまして、目が覚めたようになって頻りに稼いで、此の長家へ越して来たと見えて、夜具縞の褞袍を着て、刷毛を下げまして帰って来まして、文治と顔を見合せて恟りしました。  國「おや旦那」  文「おう國藏か、どうした」  國「こりゃア不思議だ、貴方は何うして此処へ」  文「少し知己があって来たが、此の節は辛抱するか」  國「えい漸く辛抱するようになって、私が仕事をするようになって、先の家では狭いから此処へ越して来たが、家のお浪はお前さんを有難がって、お目に懸りたいと云っても、貴方の処へは最う上れねえが、幸い今日は店振舞で障子が破れていて仕様がねえから刷毛を借りて来て張る処だ、鳥渡宅へ往って蕎麦のお初うを食ってやっておくんなせえ、お浪〳〵業平橋の旦那にお目に懸ったからお連れ申したよ」  浪「おやまア不思議じゃアないか、此方の心が届いて旦那にお目に懸られるのだねえ、さア〳〵此方へ〳〵」  國「さア此方へ上って下せえ」  文「好い家だの」  國「えゝ先の家より広いのは長家を二軒借りたから広くなりやした、なアに家なんざア何うでもいゝが、私も畳の上で死なれるようになったのは旦那のお蔭です、忘れもしねえ九月の四日、私が嚊を連れて旦那の処へ強請りに往った処が私の襟首を掴めえての御意見が身に染みて、お奉行様の御理解でも聾程も聞かねえ國藏が改心して、これから真人間になって稼ごうと思ったけれども、借金があって真面目になることが出来ねえと思っていると、お前さんが金を下すったから、それで借金の目鼻を付け、四ツ目の親分の所へ往って、これから仕事をすると云った処が、親分も大層悦んで仕事をよこしてくれやしたが、先の家じゃア狭くって仕事が出来ねえから、今日此処へ移転して来て、蕎麦を配るからどうか旦那にお初うを上げたいと思っていたが、丁度いゝ処でのうお浪」  浪「本当ですよ、旦那様にお目に懸ってお礼を申し上げたいと思っても、着て行くものがありませんから損料でも借りて着て行こうと思って」  國「黙ってろ、おい〳〵お浪、何方の蕎麦屋へでも早く往って大蒸籠か何かそう云って来な、駈け出して往って来い、コヽ跣足で往け、へい申し旦那、お浪の云う通り損料を借りて紗綾羽二重を着て往ってもお悦びなさる旦那じゃねえ、損料を着て往けば立派だが、その時限りのことで、家へ帰って来れば直ぐなくなって仕舞うから、それよりゃアその金を借金方へ填めて精出し、働らいて儲けた銭で買った着物を着て往かなけりゃアならねえと思って居りやす、旦那え不思議なことにゃアお浪が此の頃神信心を始めやした、彼奴は男を七人殺しやした奴ですぜ、それが手で殺すのじゃアねえのさ、皆口で欺して殺すというのは、欺された男が身を投げたり首を縊ったりしやしたのさ、そう云う奴が観音様を拝むようになったから、観音様を拝んでも御利益があるものか、それよりも首を継いでもらった旦那を拝めってなアお浪、あ、今彼奴は蕎麦屋へ行ったっけ」  文「そりゃア悦ばしいのう、己の云うことを聞いて手前が改心すれば、彼の時打擲したことは文治郎が詫るぞ」  國「勿体ねえことをお云いなさる、此間親父の墓場へ往って石塔へ向って、業平橋の旦那のお蔭でお前の下へ入れるようになったよと云ったが、親父も草葉の蔭で安心しましたろうと思いますのさ」  文「これは誠に少しばかりだが、家見舞だから取って置いてくれ」  國「旦那こんなことをなすッちゃアいけねえやね」  文「手前の身祝いだから取って置いてくれ」  國「あれサ、これを戴くと身を苦しめねえで貰った銭だから、折角戴いても軍鶏鍋でも食って寝て仕舞ったり何かして為にならねえから止しておくんなせえ」  文「それはそうだろうが、これは己の志だから受けてくれ、また炭薪や何か入用ならいつでも取りに来るがいゝよ」  國「有難うございます」  と云われ文治も嬉しく思って居りますと、その内蕎麦が参りましたから馳走になって、四方山の話をして居りますと、一軒置いて隣りの小野庄左衞門の所へ秋田穗庵が剣術遣いを連れて来て、  秋「さアこれへ〳〵」  町「お父様又穗庵様が入っしゃいましたよ」  庄「よく来るな、蒼蠅いなア」  秋「先刻は誠に失敬を申して相済みません、あれから帰りがけに割下水の先生の所へ寄りますと、大呵られ、貴様の云いようが悪いから出来る縁談も破談になる、只った一人の御息女を妾手掛に欲いと云うから御立腹なすったのだ、此方では御新造に貰い受けたいのだ、御縁組を願いたいのだ、手前では分らんから此の方を御同道いたすようにと云って、これにお代稽古をなさる和田原八十兵衞先生をお連れ申しました、さア先生これへ〳〵」  八十「手前は和田原八十兵衞と申すもので、先程穗庵が参って御様子を伺うと、先生が殊の外御立腹で、早速手前に参って申し開きをして参れと云い付けられて参ったが、先程穗庵が妾に貰い受けたいと申したのは全くの間違で、実は御新造にお貰い申したいと云うので、媒妁もお気に入らんければどのようにも致しますが、先生は最う御息女をお貰い申したように心得て居って、貴方を御舅公のように心得て、御眼病がお癒りにならんければ困るからと云って、これへお目薬料として五十金持って参ったが、これではお少ないと思し召すかも知れませんが、暮のことでござれば春の百両とも思し召されて」  庄「お黙んなさい、なんだ五十両では少いが春の百両とも思ってとはなんの事だ、穗庵私の娘をいつ此の先生の所へ遣りたいと申しました、遣るとも遣らんとも定らん内に金を持って来るとはなんだ、お前は媒妁口を利いて宜い加減のことを云ったのか、小野庄左衞門が貧乏して居るから金にふるえ付くかと思って金を持って来たか」  秋「これサ御立腹では恐入ります、実は」  庄「黙んなさい、嫁に貰いようを知らんものがあるかえ、仮令浪人者でも、一人の娘を妾にはせん、婚礼の式は正しゅうしなければならん、お前の先生は嫁の貰いようを御存じないか、見合いも致さず、結納も取交さず、媒妁も入れなければ婚姻にはならん、汚らわしい金なんぞは持って帰らっしゃれ」  と膝の所へ金を打付けました。  八十「これはしたり、何も金を持って来る訳ではござらんが、師匠が申したから持って参ったので」  庄「師匠が金を持って往けと云ったら何故止めん、金を持って往けば先方で立腹するだろうとか何とか云って、止めなければならんのが弟子の道であるに、師匠が申付けだと云って、それをいゝ事と心得、何故持って参った、師匠が馬鹿なら弟子まで馬鹿だ、馬鹿士とは汝のことだわい」  八十「此奴なんだ、怪しからん、無礼至極」  と云いながら長柄へ手をかけて抜こうとすると、小野は丸で見えんのではないから持って居った煙管で臂を突きますと、八十兵衞は立上ろうとする途端にひょろ〳〵として尻餅を突くと、家が狭いから上流しへ落ちに掛りますと、上流しが腐って居りますから、ドーンと下流しへ落ちました、丸で馬陸を見たようです。八十兵衞は愈々立腹致し、刀を振上げて斬ろうとするから、穗庵もぴかりっと抜きましたがこれはぴかりっとは参りません、錆びて居りますから赤い粉がバラ〳〵と出て、ガチ〳〵〳〵と鉈のようなものを抜いて今斬ろうとする。庄左衞門は破れた戸棚からたしなみの刀を出してさア来いと云う。娘は慄えながら両手をついて、  町「何卒お願いでございます、親父は眼病でございますから御勘弁なすって下さいまし」  と云って泣いている騒ぎを、長屋の者が聞付け、一同心配していると、國藏も引越した計り故驚きましたが、此の騒ぎを見て帰って来て、  國「お浪、旦那をお帰し申して、怪我をなすっちゃアいけねえからお帰し申しな」  文「何んだ」  國「今隣りの婆さんに聞くと、隣の娘を剣術遣いが妾にしてえ、銭も遣るから云う事を聞いてくれと云うと、その浪人者が飛んでもねえことを云うな、金に目をくれて娘を遣る奴があるものか、見損なやアがったか間抜野郎と云うと、剣術遣いが、おや此ん畜生なんだ此の唐偏木め、貧乏をしているから助けて遣ろうというのだ、生意気な事をぬかしゃアがるなと云うので打合いが始まる、剣術遣いがその親父を斬ろうとする、娘が泣き出す、親父は眼こそ見えねえが中々聞かねえで、斬るなら斬れと云う喧嘩の最中だから旦那出ちゃアいけませんぜ」  文「なに、一軒隔いて隣は小野氏の家に相違ないが、小野に怪我があっては相成らんゆえ、私が往って取鎮めて遣ろう」  國「旦那が怪我をしちゃアなりませんからお止しなせえ」  文「捨置く訳にはいかん、そこを放せ」 と云いながら日和下駄を穿いたなりで駈出し、突然喧嘩の中へ飛込みますると云うお話に相成りますのでございますが、一寸一服致します。   四  偖本所松倉町なる小野庄左衞門の浪宅へ、大伴蟠龍軒と申しまする一刀流の剣術遣いの門弟和田原八十兵衞と、秋田穗庵という医者が参り、娘お町をくれろとの掛合になりましたが、庄左衞門は堅いから向うで金を出したのを立腹して、一言二言の争より遂にぴかつくものを引抜き、狭い路地の中で白昼に白刃を閃かし、斬合うという騒ぎに相成りましたから、裏長屋の者は恟り致し、跣足で逃げ出す者もあり、洗濯婆さんは腰を抜かし、文字焼の爺さんは溝へ転げ落るなどという騒ぎでございます。文治郎は短かいのを一本差し日和下駄を穿き、樺茶色の無地の頭巾を眉深に被って面部を隠し、和田原八十兵衞の利腕を後からむずと押え、片手に秋田穗庵が鉈のような恰好で真赤に錆びたる刀を振り上げた右の手を押えながら、  文「暫く〳〵何卒暫くお待ちください、何事かは存じませんが、まア〳〵お話は後で分りまする事ですから、手前へお免じください、暫くお待ちください、まア〳〵」  と後から押しまする。和田原八十兵衞は長いのを振上げたなり、  八十「邪魔致すな其処放せ」  と云いながらこちらを振り向うとすると、ギュッと手を逆に捻る、七人力も有ります人に苛く利き処を押えられ、痛くて向く事が出来ませんから、又左方へ向うとすると、右へ捻りまするから八十兵衞は右と左へぐる〳〵して居ります。文治郎は、  文「暫く〳〵」  といいながら狭い路地を押し出して、表へ連れて参りました。後には娘お町が有難いお人だと悦んで居りました。國藏は又頻りに心配して、ぐる〳〵駈廻って居りまする処へ文治郎が立帰って参り、  文「先ずお怪我がなくてお目出とうございました」  町「おや、あなたは先程の文治郎さま、未だお帰りにはなりませんでしたか」  文「御同長家の内に懇意な者が居りますので、おゝこれ此処に居ります此の國藏の宅に今まで居りました処、此の騒ぎ、怪しからん奴でございましたなア」  町「お父様、先程の文治郎様が今の人達を連れ出してくださいましたとの事、お礼を仰しゃいまし」  庄「誠に種々御厄介に相成りました、余り不法を申しますから残念に心得、一言二言云うと貴方、白刃を振廻わし、此の狭い路地を荒す無法の奴でございます」  國「もし旦那、彼奴等を何処へ連れてお往でなさいやしたえ」  文「ウン、表の割下水の溝の中へ投り込んで来た」  國「えゝ溝の中へ投り込んで来たとえ、苛い事をお行りなすったねえ、今に上ってきやアしませんか」  文「上っても腕は利かん、逆に捻って胴を下駄で強く蹴て、手足を挫いて置いたから這い上って帰るだろう」  國「へえ苛い事をなさるねえ、私は又何処かの待合茶屋へでも連れてって、扨如何の次第でございますか、兎に角任せて下さいと云って、お前さんが仲人に入って、茶か何か呑ませているんだろうと思って居りました」  文「茶などを呑ませてたまるものか、彼奴等は溝の水で沢山だ」  國「だがねえ旦那え、それは好いが、お前さん藪を突いて蛇を出してはいけませんぜ、是りゃアとんでもない喧嘩になりますぜ」  文「なぜ」  國「何故ったってお前さん、溝の中へ投り込まれて黙っている奴はねえ、殊に相手は剣術遣い、兄弟弟子も沢山有りましょう、構ア事はねえ押込んで往けと二十人も遣って来られた日にゃ大騒ぎですぜ」  文「それは来る気遣はない、心あるものなら師匠が止める、私は顔を隠して置いたから相手は知れない、そこで溝へ投り込んだのは私だか何だか訳が分らないから、心ある師匠なら一時止まれと言って止めるなア」  國「師匠に心が有るか無いか知りませんけれども、お前さん喧嘩に往くのに断って出るものが有りますか、私達が湯屋で間違をして拳骨の一ツも喰って来て、友達が之を聞いて外聞が悪いから押して往けと言う時に、親方へ一寸喧嘩に往って来ますと断って出る者は有りますめえ、密々と抜け出して出し抜にわッと云って、大勢が長いのを振舞わして此処へ遣って来られた日にゃ大変じゃありませんか」  文「もしや来たらお浪を遣して私に知らせろ、そうして私の来る間手前は路地口の処へ出て掛合っていろ、手前は此の長屋の行事でございますが、何ういう訳で左様に長い物を振って町家をお荒しなさいまする、その次第を一応手前にお告げ下さいと云って出ろ」  國「そりゃ否だね、行事だ詰らねえ事を云う、面倒臭いと斬られてしまいましょう、否やだアねえ」  文「若し来たら知らせれば宜い、左様なら」  と足を早めて往きますから、  國「もし旦那、もし、あれだもの仕様がない、あれ旦那」  と云うを耳にも止めず文治郎は平気て帰って往きます。國藏は頻りに心配して大家さんへ届けたり、自身番を頼んだりぐる〳〵騒いで居りますると、文治郎の鑑識に違わず、それっ切り仕返しにも来ませんでしたが、後に小野庄左衞門は蟠龍軒から怨を受け、遂に復讎の根と相成りまするが、お話変ってこれは十二月二十三日の事で、両国吉川町にお村と云う芸者がございましたが、その頃柳橋に芸者が七人ありまする中で、重立った者が四人、葮町の方では二人、後の八人は皆な能い芸者では無かったと申します。丁度深川の盛んな折でございます、その頃佐野川市松という役者が一と小間置に染め分けた衣裳へ工夫致しましてその縞を市松と名けて女方の狂言を致しました時に、帯を紫と白の市松縞にして、着物を藍の市松にしたのが派手で、とんだ配合が好いと柳橋の芸者が七人とも之を着ましたが中にも一際目立って此のお村には似合いました処から、人之を綽名して市松のお村と申しました。年は十九歳で親孝行で、器量はたぎって好いと云うのではありませんが、何処か男惚れのする顔で、愛敬靨が深く二ツいりますが、尺を突込んで見たら二分五厘あるといいますが、誰か尺を入れたと見えます。其の上しとやかで物数を云わず、偶々口をきくと愛敬があってお客の心を損ねず、芸は固より宜し、何一つ点を打つ処はありませんが、朝は早く起きて御膳焚同様にお飯を炊き、拭掃除を致しますから、手足は皹が絶えません、朝働いて仕まってからお座敷へ出るような事ですから、世間の評が高うございます、此の母親はお崎婆と申しまして慾張の骨頂でございます、慾の国から慾を弘めに参り、慾の新発明をしたと云う、慾で塊って肥って居りまする。慾肥りと云うのはこれから始まりました。娘お村に稼がせて自分は朝から酒ばかりぐび〳〵飲んで居りますると、矢張り此の頃の老妓で、年は二十七歳に相成りまする、お月と申します脊はすっきりとして芸が好く、お座敷でお客と話などをして居ります間に取持が上手と評判の芸者でありました。此の頃の老妓は中々見識のあったもので、只今湯に出かけまする姿ゆえ、平常着の上へ黒縮緬の羽織を引ッかけ、糠袋に手拭を持ってお村の宅の門口へ立ちまして、  つき「お村はん在宅かえ」  さき「おやおつき姉さん、まアお入りよ、あれさお入りよ、湯かえ、いゝじゃないか、種々お前さんにお礼の云いたい事もあるから一寸お入りよ」  月「寒いじゃないか、お母さん、御無沙汰をしました」  さ「お寒くなりました、段々押詰って来るから何だか寒さがめっきり身に染みますよ、今一杯始めた処サ」  月「朝からお酒で大層景気が好い事ねえ」  さ「一つお上りなはいな」  月「昨宵ね少し飲過ぎてお客のお帰んなすったのも知らないくらいに酔い潰れたが、例のきまりだから仕方がない」  さ「失礼だが一杯お上りよ、私がお酌をするよ、本当に姉さんはお村を彼此云ってくださるから有難い事だって、平常そう云っているのだよ、何でも姉さんの云う事を肯かなけりゃいけねえって、そう云っているのだから、何事も差図をしてお貰い申す積りさ、何てっても未だ年がいかねえから、時々跣足でお座敷から駈け出して帰って来たりするから、何とかお思いかと心配してるのサ」  月「お母さんは何時も壮健だねえ」  さ「えゝ私ア是まで寸白を知りませんよ、それに此間は又結構なお香物をくだすって有難うございました、あれさ、お重ねよう」  月「お母さん、あのお村はんは居るかえ」  さ「あゝ今二階で化粧して居りますの、どうせ閑暇だが又何時口が掛るかも知れないから、湯に遣って化粧をさせて置くのサ……二階に居りますが何か用が有るのかえ」  月「そうかえ、少しお村はんの事に就いて話があるんだが、あの三浦屋から十二三度呼びによこした本所割下水の剣術の先生の御舎弟さんだというから、御舎さん〳〵という人は、取巻が能くって金が有るので、一寸様子が好いから、浮気な芸者は岡惚れをするくらいだが、彼の人がお村はんに大変惚れてゝ、私にお月取持ってくれ〳〵と種々云うから、私があの妓は堅くて無駄だからお止し、いけないと云っても中々肯かないで逆上切ってるのサ、芸者を引きたければ華かにして箱屋には総羽織を出し、赤飯を蒸してやる、又芸者をしていたいのならば出の着物から着替から帯から頭物まで悉皆拵えて、お金は沢山は出来ねえが、三百両や四百両ぐらいは纒めて遣ると斯ういう旨い口だ、私などは願っても出来やしない、余り宜い口だから、否でもあろうが諾とさえ云えば大した事に成るのだから話をして見るんです」  さ「おや〳〵それは誠に有難い事ねえ、本当に私は夢のような心持がします、今時そんな方が出て来るものではないのだが、全く姉さんのお取做が宜いからで、乙なもので何でも太鼓の叩き次第だからねえ、早速お村に申しましょう、お村や〳〵一寸降りて来なよ」  村「あい」  と優しい声で返辞をして、しとやかに二階から降りて参り、長手の火鉢の角の処へ坐り、首ばかり極彩色が出来上り、これから十二一重を着るばかりで、お月の顔を見てにこりと笑いながら、ジロリと見る顔色は遠山の眉翠を増し、桃李の唇匂やかなる、実に嬋妍と艶やかにして沈魚落雁羞月閉花という姿に、女ながらもお月は手を突いてお村の顔に見惚れる程でございます。  村「姉さんお出なはい」  月「お村はん、今お母はんに三浦屋の御舎さんの事を話したのだが、諾とさえ云えば大した事になるのだよ、嘸此間からお前に種々な事を云うだろうね」  村「あゝ、来るたんびに変な事を云って困るよ」  月「私にも種々云ってしょうがないから、騙かして云い延べて置いたが、責られてしょうがないよ」  さ「お村や、諾とお云いよ、有難い事だ、姉さんが何とか、日光御社参とかいうお方が妾になれと仰しゃるのは有り難い事だから、諾とお云いよ」  村「姉はん、それは男も醜くはなし綺麗なような人だが、何だか私は虫が好かない、彼の人の傍に坐ると厭な心持になりますよ、そうして反身かえって煙管を手の先で振廻し、落してお皿を欠いたり、鼻屎をほじくっては丸薬にしたりして何だか厭だよ」  月「そうサ、変な処があるよ、気には入るまいが持物になって仕舞えば又好きな事も出来るわねえ」  さ「有難いことだから諾とお云いよ、おい諾と云わないかよ」  村「厭な事、私は死んでも厭だよ」  さ「馬鹿な事をお云いでない、お前が諾と云えば私までが楽になるのだから親孝行だよ、それにお前は春の出の姿に気を揉んで居て一から十まで新しい物にしたがり、彼の縮緬のお前さんが知ってる紋付さ、あれを色揚げをして置けば結構だと言えば、紋が黒くなると言うから、そうしたら薄い昇平を掛ければ知れやしないと云うのに、何でも新しい姿ばかりしたがる癖にさ、私などの若い時分と違って好い姿計りしたがったり、芝居へも往き、したいこともしたければ、諾と云って其の人を取らないと肯かないよ」  村「でも柳橋の芸者が旦那取りをしたと云っては第一姉さん達の恥になり、私も外聞が悪いから、能くは出来ないが私だけは芸一方で売る心持でいますから、どうかそんな色めえた事を云うお客はぴったり断って下さいまし」  月「お村はんが否だと云うならどうもしようがない」  さ「おい本当にいけない餓鬼だよ、サ諾と云いな、否か、どうあっても否か、下を向いて返辞をしないのは否なのか、否だなどと云えば唯は置かねえよ」  と云いながら手に持った長羅宇を振上げさま結たての嶋田髷を打擲致しましたから櫛は折れて飛びまする。  月「あゝ危いよ、あれさ怪我でもさしたらどうする積りだよ」  さ「お止めなさるな、止めると癖になります、太い阿魔でございます、これ何だと、芸一方で売りたいと、それはお月姉さんのような立派なお方の云う事だ、お前なんぞは今日此の頃芸者になり、一人前になったのは誰のお蔭だ、お前が七歳の時、親兄弟もない餓鬼を他人の私が七両の金を出して貰い切り世話をしたのだが、其の時は青膨れだったが、私の丹誠で段々とお前さん胎毒降しばかりも何の位飲ましたか知れやしません、芸を仕込めば物覚えが悪く、其の上感所が悪いもんだから、撥のせい尻で私は幾つ打ったか知れません、踊を習わせれば棒を呑んだ化物を見たように突立てゝしょうが無かったのを、漸々此の位に仕上げたから、これから私が楽をしようと思ってるに、否も応もあるものか、親の言葉を背く餓鬼ならば女郎にでも叩き売って仕舞います、利いた風な、芸一方で売るって私は知らねえ振りをしていれば、手前の好いた男なら上流くんだりまで往って寝泊りをして来やアがるだろう、私は知るめえと思ってようが、芝口の袋物屋の番頭に血道を揚げて騒いでいやアがる癖に」  月「まア静におしよ、世間へ聞えると見ともない、お村はんは私が篤くり意見をして得心させるから私にお任せよ」  と泣いて居りまするお村の手を取って二階へ連れて上り、  月「お村はん勘忍しておくれよ、本当に邪慳なお母さんだ、太い煙管でお前の顔を無茶苦茶に打って怪我でもしたら何うする積りなんだろう、怖いお母さんだねえ、今までお前はまア能くあのお母さんの機嫌を取ってお出たねえ」  村「姉さん、誠にお前さんの云う事を肯かないで済みませんが、私も七歳から育てられ、お母さんの気性も知っていますが、彼様邪慳な人は世に余まり有りません、此の頃のように寒い時分に夜遅く帰って来れば、寝衣を炬燵に掛けて置いて寒かろうからまア一ト口飲めと、義理にも云うのが当然だのに、私が更けて帰ると、お母さんは寝酒に旨い物を喰べてグウ〳〵大鼾で寝て仕舞い、火が一つ熾ってないから、冷たい寝衣を着て寝てしまい、夜が更けるからつい朝寝をすると、起ろ〳〵と足で蹴起して、お飯を炊けと云って御膳を炊くやらお菜拵えをして仕舞うと、起きて来て朝から晩まで小言三昧、ヤレ彼の旦那を取れ、此の旦那の妾になれと今まで云われた事は何度あるか知れやしないが、漸々云抜けては置いたが、辛くって〳〵今日は駈出そうか、明日は迯げようかと思った事もあったけれど、外に身寄親類もないから駈出しても往き処がない私ゆえ堪えてはいましたが、今日という今日は真に辛いから私は駈出して、身を投げて死にますよ」  月「馬鹿な事をお云いでないよ、私が悪かった、お母さんの前で直に彼の事を云わなければ宜かった、私は蔭でチラリと聞いたのだが、お前は友之助さんとは深い中で、それがため義理の悪い借金も出来ているから、結局二人で駈落などいう軽卒な事でもしやしないか、困ったものだと云う事が私の耳に入っているが、私も兄弟は無し、心細いから平常親切にしておくれのお前と、末々まで姉妹分になりたいと思う心から案じているのだが、それは厭に違いはないが、友さんの為なら厭な旦那もお取りかと私は考えてるが、友之助さんの為だと諦めて舎弟の云う事を聞けば、纒まったお金を幾らか私が貰って上げるから、それで内証の借金を払い、二百両か三百両の金を友さんにも遣り、借金の方を附け、可なり身形を拵え、時々は私が騙かして拠ないお座敷で帰りが遅くなると云って上げるから、厭でもあろうが只た一度、舎弟と枕を並べて寝て遣れば、どんなに悦ぶか知れない、それは厭だろうが、其の時は私が密と友さんを他に呼んで置いてお前に逢わせ、口直しを拵えて置くからねえ、私も責められて困るからよ」  村「はい〳〵姉さん私も友之助さんに対して旦那を取っては済まず、又私が身を斬られるほど辛いけれども、姉さんの折角のお頼みと云い、お母さんの様子では女郎にも売り兼ねやアしまいから、死んだ心になって旦那を取りましょうよ」  月「おや本当に、どうもまア好く諦らめておくれだ、本当に可愛そうだけれども、じゃア其の積りだよ」  と云いながら慌てゝ音のするように梯子を降りて参り、おさきに向い、  月「私が段々話をした処が、済まなかった、随分宜い人だと思っていたが、まさかにお母さんの前で旦那が取りたい惚れているとも云いにくいから、しぶ〳〵していて、打たれるだけが損だったと云っているから、お前も機嫌を直して可愛相だから優しく云ってお遣りよ」  さ「おや〳〵そうかえ、まア誠に有難いこと、姉さんの云う事は肯き、私の云う事は肯かないのだもの、それも姉さんのお蔭さ、お前はいつも若いよ、お月さん幾つ」  月「十三七ツが聞いて呆れる」  さ「お湯に往くなら私も一緒に往こう」  と嬉し紛れにおさきはお月と諸共に出て往く。後にお村は硯箱を引寄せまして、筆を取り上げ、細々と文を認め、旦那を取らなければ母が私を女郎にしてしまうと云うから、仕方なしに私は吾妻橋から身を投げて死にますから、其の前に一目逢いたいから、お店を首尾して廿五日の昼過に、知らない船宿から船に乗り、代地の川長さんの先の桐屋河岸へ来て待っていてくれろという手紙を認めて出しましたから、友之助は大きに驚き、主人の家を首尾して抜け出し、廿五日の昼頃船を仕立てゝ桐屋河岸に待って居りました。   五  引続きまする業平文治のお話は些と流行遅れでございまして、只今とは何かと模様が違います。当今は鉄道汽車が出来、人力車があり、馬車があり、又近頃は大川筋へ川蒸気が出来て何もかも至極便利でありますが、前には左様なものがありませんから、急ぐ時は陸では駕籠に乗り川では船に乗ることでありましたが、お安くないから大抵の者は皆歩きました。只意気な人は多く船で往来致しましたから、舟が盛んに行われました。扨友之助は乗りつけの船宿から乗っては人に知られると思うから、知らない船宿から船に乗って来て桐屋河岸に着けて船首の方を明けて、今に来るかと思って煙草を呑みながら時々亀の子のように首を出して待ちあぐんでいると、お村は固より死ぬ覚悟でございますから、鳥渡お参りの姿で桐屋河岸へ来て、船があるかと覗いて見ると、一艘繋いであって、船首の方が明いていて、友之助が手招ぎをするから、お村はヤレ嬉しと桟橋から船首の方へズーッと這入ると、直に船頭さん上流へ遣っておくれと云うので河岸を突いて船がズーッと右舷を取って中流へ出ます。そうするとお村は何も言わずに友之助の膝に取付き、声を揚げて泣きますから、友之助は一向何事とも分らぬから、兎も角も早く様子が聞きたいと云うので、向島の牛屋の雁木から上り、船を帰して、是から二人で其の頃流行りました武藏屋と云う家がありました、其の家は麦斗と云って麦飯に蜆汁で一猪口出来ます。其の頃馴染でございますから人に知れないように一番奥の六畳の小間を借りまして、様子を聞こうと思うと、お村は云う事もあとやさきで只泣く計りでございますから、  友「どうも何だか唯泣いてばかりいては訳が分らないじゃアないか、冗談じゃない、又お母と喧嘩でもしたのだろう、お前のお母のあの通りの気性は幼い時分から知ってるじゃアないか、能く考えて御覧、都合の好い時分に何か買って行って、これをおたべ、これをお着と云って菓子の折か反物の一反も持って行けばニコ〳〵笑顔をするけれども、少し鼻薬が廻らなければ、脹面をして寄せ付けねえと云う不人情なお母だから、どうせお前は喰物になるので可愛そうな身の上だが、これも仕様がないが、まアどう云う喧嘩をしたのだか、手紙に死ぬと書いてあったが、死ぬなどゝ云うのは容易な事じゃアないが、一体どう云う訳だえ」  村「此の間話したが、アノーお客の御舎さんと云う人が手を廻して、お月姉さんから色々私の方へ云ってくれたが、お月姉さんが其の事を直にお母に云って仕舞ったから、お母は何でもお客に取れと云うけれども、私は厭だから厭だと云ったら怖ろしく腹を立って、私の結いたての頭髪を無茶苦茶に打って、其の上こんな傷をつけて、お客を取らなければ女郎に売って仕舞うと云うのだが、随分売り兼ない気性だから、若し勤めに入れば、もう逢える気遣いはなし、義理のわるい借金もあり、私もお前さんと一緒にならなければ外の芸者衆にも外聞がわるいから、寧そ死んで仕舞おうと覚悟をしたが、一目逢って死にたいと思うばッかりに忙がしいお前さんにお気の毒をかけましたが、今日は能く来ておくんなさいました、私の死ぬのは私の心がらで仕方がないのだが、私の亡い後にはお前さんは情婦も出来ようし、良いお内儀さんも持ちましょうけれども、私はどんな事をしたって思いを残す訳じゃアないが、余所は仕方がないが、どうか柳橋では浮気をしておくれでない、若し柳橋で浮気をなさると、友さん私は死んでも浮ばれませんよ」  友「詰らない事を云うぜ、お前ほんとうに死なゝけりゃア行立たないかえ」  村「あゝ私ゃ本当に死のうと思い詰めたから云いますが、こんな事が嘘に云われますか」  友「そうか、そんなら話すが実は己も死のうと思っている、という訳は、旦那の金を二百六十両を遣い込んで、払い月だがまだ下りませぬ〳〵と云って、今まで主人を云い瞞めたが、もう十二月の末で、大晦日迄には是非とも二百六十両の金を並べなければ済まねえから、種々考えたが、此の晦日前では好い工夫もつかず、主人に対して面目ないし、自分の楽みをして主人の金を遣い果たして、高恩を無にするような事をして実に済まねえ、どうも仕方がないから死のうと覚悟はしても、死にきれねえと云うのは、お前を残して行くのはいやだ、と思って七所借りをしても、鉄の草鞋を穿いて歩いても、押詰った晦日前、出来ないのは暮の金だ、おめえ本当に覚悟を極めたら己と一緒に死んでくれないか」  村「えー本当、どうも嬉しいじゃアないか、私も実は一緒に死にたいと思っても、お前さんに云うのが気の毒で遠慮していたが、お前さんと一緒なら私ゃ本当に死花が咲きます、友さん本当に死んで下さるか」  友「静かにしねえ、死ぬ〳〵と云って人に知れるといけないから、斯う云う事なら金でも借りて来て総花でもして華々しくして死ぬものを、たんとは無いが有りッたけ遣って仕舞おうじゃないか、お前も遣ってお仕舞い」  村「死ぬには何にも入らないから笄も半纒も皆な遣って仕舞います」  友「それでは其の積りで」  村「本当かえ、嬉しいねえ」  と迷の道は妙なもので、死ぬのが嬉しくなって、お村は友之助の膝に片手を突いて友之助の顔を見詰めて居りましては又ホロリ〳〵と泣きます。其の時に廊下でパタ〳〵と音がするから、人が来たなと思い、それと気を付ける時、襖を明けて女中が見えました。  女「お銚子がお熱くなりました、誠に大層お静かでございます…お酌を致しましょう」  友「はい願いましょう、毎度御厄介を掛け、世話をやかしてお気の毒さま、もう私もこれぎり来られまい、遠方へ行きますから、姉さんの顔も是が見納めでしょう」  女「まア厭でございますねえ、そんな事を仰しゃると心細うございますよ、此の間も久しいお馴染になったお客様がお役で御遠方へお出になるゆえ、お送り申して胸が一ぱいになりました、いけませんねえ、お村姉さんは度々お客様をお連れ下すって、柳橋にはお村さんより外に好い芸者衆は無いと宅のお内儀も云って居りました、お村さんいけませんねえ」  村「私も一緒に行くような事になりました」  女「羨ましい事ねえ、結句どんな所でも思う人と行っていれば辛いと思うものでございませんよ」  友「これはほんの心ばかりだが、どうぞ親方とお内儀に上げて下さい、これは女中衆八人へ、これは男衆へ、たしか出前持とも六人でしたねえ」  女「毎度どうも、御心配なすってはいけません、誠に恐入りますねえ、只今親方もお内儀もお礼に出ますからお村さん宜しく」  友「此の羽織はいらない羽織で、だいなしになって居りますが、毎度板前さんにねえ我儘を云いますから、何卒上げて下さい」  女「誠にどうも有難うございます」  友「此の烟草入はくだらないが毎も頼む使の方に」  村「此の羽織はいけないのですがあのお金どんに、此の笄は詰らないのですがお前さんに上げるから私の形見と思って指して下さい」  女「形見だなんぞと仰しゃると心細うございますねえ、本当に嘘でしょう、本当、まアどうも恟りしますねえ、珊瑚樹の薄色で結構でございますねえ、私などはとても指す事は出来ませんねえ、これを頭へ指そうと思うと頭を見て笄が駈出してしまいますよ、笄には足がありますから、おやこれも、恐れ入りますねえ、少し横におなりなさいまし」  と屏風を立廻し、枕元に烟草盆を置いて、床を取って、  女「お休みなさいまし」  と云って襖を締めて行きましたが、二人は今夜死のうというのですから寝ても寝られません。種々に思返して見たが、死神に取付かれたと見えまして、思い止ることが出来ません。其の内に夜も段々更けて世間が寂として来ましたから、時刻はよしと二人はそっと出まして、牛屋の雁木へ参りますと、暮の事でございますから吾妻橋の橋の上には提灯がチラリ〳〵見えます。  村「友さん」  友「えゝ」  村「まだ吾妻橋を提灯が通るよ」  友「余程更けた積りだが、そうでもなかったか」  村「これから二人で行くのだが、私も今日昼過から家を出たから屹度お母が捜しているに違いない、若し人目に懸って引戻されるともう逢う事は出来ないから、迂濶とは行かれないから、此の牛屋の雁木からでいゝから飛込んでおくれな」  友「此処はねえ浪除杭が打ってあって、杭の内は浅いから外へ飛込まなければならんが飛べるかえ」  村「飛べますよ、一生懸命に飛込みますから」  友「浪除杭の外は極深い所だ」  村「じゃア、さア此処から飛込みましょう、お前さん一生懸命に私の腰をトーンと突いて下さいよ」  友「さア」  村「さア是で別れ〳〵にならないように帯の所へ縛り付けて下さい」  と緋の絹縮の扱帯を渡すから帯に巻付けまして、互に顔と顔を見合せると胸が一杯になり、  友「あゝ去年の二月参会の崩れから始めて逢ってお前と斯う云う訳になろうとは思わなかったなア」  村「私のようなものと死ぬのは外聞がわるかろうけれども、友さん定る約束と諦めて、どうぞ死んで彼世とかへ行っても、どうぞ見捨てないで女房と思っておくんなさいよ」  友「あいよ〳〵主人の金を遣い果たして死ぬのは、十一の時から育てられた旦那様に済まねえけれど、どうか御勘弁なすって下さい、己もお前も親はなし、親族も少い体で斯うなるのは全く宿世の約束だなア」  村「あい、さア、友さん早く私を突飛しておくんなさい」  と二人共に掌を合せて南無阿弥陀仏〳〵と唱えながら、友之助がトーンと力に任せてお村の腰を突飛すと、お村はもんどりを打って浪除杭の外へドボーンと飛込んだから、続いて友之助も飛びましたが、お村を突飛ばして力が抜けましたか、浪除杭の内へ飛込んだから死ねません、丁度深さは腰切しかありませんから、横になって水をがば〳〵飲みましたが、苦しいから杭に縋って這上りますと、扱帯は解けて杭に纒み、どう云う機みかお村の死骸が見えませんで、扱帯のみ残ったから、  友「おいお村〳〵、おいお村もう死骸が見えなくなったか、勘忍してくんな、己だけ死におくれたが、迚も此処じゃア死ねえから吾妻橋から飛込むから、今は退潮か上汐か知らないが、潮に逆らっても吾妻橋まで来て待ってくんな、勘忍してくんな、死におくれたから」  と愚痴を云いながら漸く堤を上りましたが、頭髪は素より散ばらになって居り、月代を摺りこわしたなりでひょろ〳〵しながら吾妻橋まで来たが、昼ならどのくらい人が驚くか知れません。其の時まだチラ〳〵提灯が見えて人通りがあるから、人目に懸ってはならんと云うので吾妻橋を渡り切ると、海老屋という船宿があります。其処へ来てトン〳〵〳〵〳〵、  友「親方々々私だ明けておくんなさい〳〵、親方私だよ」  親方「何方です」  友「私だよ」  親「何方です」  友「芝口の紀伊國屋の友之助ですよ」  親「友さんお上りなさい、誠にお珍しゅうございます、おやどうなすった」  友「もうねえ、余所のねえ、知らない船宿から乗って上ろうとして船を退かしたものだから川の中へ陥こって、ビショ濡れで漸く此の桟橋から上りました」  親「まア怪しからねえ奴だねえ、無闇とお客を落すなどゝは苛い奴です、嘸お腹が立ちましたろう、何しろ着物を貸して上げましょう、風を引くといけません、何です紅い扱帯が垂下っていますねえ」  友「船頭がこんな物を垂下げやがって、仕様のねえ奴です…親方、何でも宜しゅうございますが気の付くように飲まない口だが一杯出してお呉んなさい」  親「宜しゅうございます、おい己の〓(「※」は「「褞」で「ころもへん」のかわりに「いとへん」をあてる」)袍を持って来な」  と着物を着替え、友之助は二階の小間に入って、今に死のう、人が途断れたら出ようと思って考えているから酒も喉へ通らず、只お村は流れたかと考えて居りますと、広間の方で今上って来たか、前からいたのかそれは知りませんが、がや〳〵と人声がするから、能く聞いてみると、どうもお村の声のようだから、はてなと抜足をして廊下伝いに来て襖に耳を寄せると、中にはかん〳〵燈火が点きまして大勢人が居ります。  文治「姉さん、お前能く考えて御覧なさい、お前さんは義理を立って又飛込うと云うのは誠に心得違いと云うものだ、と云うはお前さんの寿命が尽きないので、私共の船の船首へ突当って引揚げたのは全く命数の尽きざる所、其の友さんとかは寿命が尽きたから流れて仕舞ったのだに、それをお前さんが義理を立って又飛込うと云うのは誠に心得違いだ、それよりは友さんも親族のない人なら其の人の為には香花でも手向けた方が宜しい、またお母さんもお前さんを女郎に売るとか旦那を取れとか、お前さんの厭な事をしろと云う訳はないから、それは私がどうか話を付けて上げよう、左様ではございませんか」  田舎客「左様でがんすとも死のうと云うは甚だ心得違い、若い身そらと云うは差迫りますと川などへ飛込んでおっ死んで仕舞うが、そんな駄目な事はがんせん、能く心を落付けてお頼み申すが宜い」  森松「本当です、お前は芸者じゃアないか、お前は芸者だから先が惚れたんだ、いゝかえ、己が勝手に主人の金を遣やアがって言い訳がないから死ぬのだが、それに附合って死ぬやつがあるものか、死んだ奴は自業自得だ、お前は身の上を旦那に頼んで極りを付けて仕舞って、跡へ残って死んだ人の為に線香の一本も上げねえ、ウンと云って仕舞いねえ、旦那に任せねえ」  村「はい、有難う存じます、どうぞお母の方さえ宜い様にして下されば、折角の御親切でございますから、私の身の上は貴所方にお任せ申します」  と云うのが耳に入ると、友之助は怒ったの怒らないのじゃアない、借着の〓(「※」は「「褞」で「ころもへん」のかわりに「いとへん」をあてる」)袍の姿で突然唐紙を明けて座敷へ飛込みまして物をも云わせずお村の髷を取って二つ三つ打擲致しましたから、一座の者は驚いて、  森「何だ〳〵〳〵何だ〳〵何処の人だか此処へ入ってはいけません」  友「はい〳〵此のお村に誑されまして、今晩牛屋の雁木で心中致しました自業自得の斃り損いでございます」  文「それじゃアお前さんがお村さんと約束をして飛込んだ友之助さんと云う人かえ」  友「へいそうです…これお村、能く聞け、手前のような不実な奴が世の中にあるか、手前の方で一人で死ぬと云って愚痴を云い、己も死のうと云うと一緒なら死花が咲くと云ったじゃないか、己は死後れて死切れないから漸く堤へ上って、吾妻橋から飛込もうと思って来た処が、まだ人通りがあって飛こむ事もならねえから、此の海老屋へ来て僣んでいたから手前が助かって来た事を知ったのだ、若し知らずに己が吾妻橋から飛こんで仕舞ったら手前は跡で此の方に身を任せて、線香一本で義理を立る了簡だろう、そんな不人情と知らずに多くの金を遣い果たして実に面目ない」  文「まア〳〵待ちなさい、暫く待っておくんなさい、どうか待って下さい、腹を立ってはいかない、お村さんはお前さんが死んで仕舞ったと思って義理がわるいから是非死のうと云うのを、私が種々と云って止めたからで、決して心が変ったと云う訳ではないから落付いて話が出来ます」  友「宜しゅうございます、そう云う腹の腐った女でございますなら思いきりますから、女房にでも情婦にでも貴方の御勝手になさい、左程執心のあるお村なら長熨斗をつけて上げましょう」  文「私はお村さんとやらに初めてお目に懸ったので、此の上州前橋の松屋新兵衞さんと云うお方と一緒に、今日上流で一杯飲んで帰る時、船首にぶつかった死骸を引揚げて見ると、直に気が付いたから、好い塩梅だと思って段々様子を聞くと、これ〳〵だと云って又飛込もうとするから、一旦助けたものを、そんなら死になさいとは云われないから、種々異見をして死ぬ事を止めたのだが、お前さんが助かって来ればこんな目出たいことはない、元々二人とも夫婦になれば宜いのでしょう、私が惚れてゞもいると思われちゃア困りますが、家の一軒も持たせる工夫をして上げましょう、そうしたらお前さんの疑りも晴れましょう」  友「へー、それはどうも有がとうございます、此の方は本所の剣術の先生かえ」  村「いゝえ何処の方か初めての方が、実に親切に介抱をして下すったから、お礼を云うのを彼様悪たいをついて済まないじゃないか、謝まっておくんなさい」  友「誠に私があやまった、誠にどうも相済みません、私は取上せていて貴所方はお村の身請をするお客と存じまして、とんでもない事を申しましたが、どうか御勘弁を願います、貴方は何方の方でございます」  文「私も取紛れてお近付きになりませんが、私は浪島文治と云う浪人でございます、不思議な御縁で今晩お目に懸りました、どうか幾久しゅう」  友「お村と私を本当に媒人になって夫婦にして下さいますか、どうぞ願います、拝みますから」  文「無闇に拝んでも行けませんが、どうすれば夫婦になれるか、其の様子を伺いたい」  友「別にむずかしい事はございません、私は主人の金を二百六十両余遣い果たして居りますから、これはどうしても大晦日までに返さんければ主人の前が立ちません、其の外にもありますが、先ず二百六十両なければどうしても生きてはいられない義理になって居りますから此の世で添えないくらいなら死ぬ方がましと覚悟を致しました、お村も義理のわるい借財があって、旦那を取らんければどうしても女郎に売られるから死んで仕舞うと覚悟を致した処から、終に心中する事になりました、どうか大晦日までに二百六十両を貴方御才覚下すって、返して下さいまして、其の外に百両程ありますから其の借を返して下さいまして、お村のお母は慾張った奴でございますから、貰い切にするには三百両とも申しましょう、それをお母に遣って下さいまして、店の一軒も持たせて下さるように願います」  文「莫大に金が入る、それは困ります、中々私は無禄の浪人で金の生る木を持たんから六七百両の金はない。殊に押詰った年の暮でしようがないが、金をよしにしてどうか助ける工夫はありませんか」  友「それがいけない故に死ぬ了簡にもなったのでございますから、若し金が出来なければどうでもこうでも死にまする覚悟でございます」  文「そんな事とは知りませんから、うっかりお助け申そう夫婦にして上げようと云ったのは過りだ、飛んだ事をしましたねえ、併し一旦助けようと云って、そんなら金が出来ん手を引くから死になさいと云うのも男が立たず、新兵衞さん当惑致しましたねえ」  新「文治郎様それは御心配なさいますな、松屋新兵衞が附いて居ります、二人には何も縁はねいが、貴方には何でアノ業平橋で侍に切られる処を助かった大恩があるから、お礼をしていと思っても受けないから、何ぞと思っていた処、好い幸いだから金ずくで貴方の男が立つなら金を千両出しましょう、えー出しやす」  文「いゝや」  新「いや出します」  文「でも」  新「金は千両位出します、足りなければ三千両出しやす」  文「お前さん方は仕合せだ、此の方がねえ金を出して下さると云うから命の親と思うが宜しい、こんな目出たい事はない」  友「有難うございます、松屋さまどうぞ決して御損はかけません、稼ぎますればどうかしてお返し申しますから、只今の処一時お助けを願います」  村「有がたい事、斯う遣って二人で助かる訳なら笄なども遣って仕舞わなければよかった」  とこれから松屋新兵衞は山の宿の宿屋へ帰り、お村と友之助は海老屋へ預けまして、翌日紀伊國屋の主人からお村のお母へ掛合に参りますのが一つの間違いになると云うお話になります。   六  文治が友之助を助けた翌日、お村の母親の所へ掛合に参りまして、帰り掛に大喧嘩の出来る、一人の相手は神田豊島町の左官の亥太郎と申す者でございます。其の頃婀娜は深川、勇みは神田と端歌の文句にも唄いまして、婀娜は深川と云うのは、其の頃深川は繁昌で芸妓が沢山居りました。夏向座敷へ出ます姿は絽でも縮緬でも繻袢なしの素肌へ着まして、汗でビショ濡になりますと、直ぐに脱ぎ、一度切りで後は着ないのが見えでございましたと申しますが、婀娜な姿をして白粉気なしで、潰しの島田に新藁か丈長を掛けて、笄などは昔風の巾八分長さ一尺もあり、狭い路地は頭を横にしなければ通れないくらいで、立派を尽しましたものでございます。又勇みは神田にありまして皆腕力があります、ワン力と云うから犬の力かと存じますとそうではない、腕に力のあるものだそうでございます。腕を突張り己は強いと云う者が、開けない野蛮の世の中には流行ましたもので、神田の十二人の勇は皆十二支を其の名前に付けて十二支の刺青をいたしました。大工の卯太郎が兎の刺青を刺れば牛右衞門は牛を刺り、寅右衞門は虎を刺り、皆紅差しの錦絵のような刺青を刺り、亥太郎は猪の刺青を刺りましたが、此の亥太郎は十二人の中でも一番強く、今考えて見れば馬鹿々々しい訳ですが、実に強い男で「これは亥太郎には出来まい」と云うと腹を立て、「何でも出来なくって」と云い、人が蛇や虫を出して、「これが食えるか」と云うと「食えなくって」と云って直ぐに食い、「亥太郎幾ら強くってもこれは食えめえ」と云うと「食えなくって」と云いながら小室焼の茶碗や皿などをぱり〳〵〳〵と食って仕舞い、気違いのようです。或時亥太郎が門跡様の家根を修復していると、仲間の者が「亥太郎何程強くっても此の門跡の家根から転がり堕ることは出来めえ」と云うと「出来なくって」と云って彼の家根からコロ〳〵〳〵と堕ちたから、友達は減ず口を利いて飛んだ事をしたと思って冷々して見ていると、ひらりっと体をかわして堕際で止ったから助かりましたが危い事でした。門跡様では驚いて、これから屋根へ金網を張りました。あれは鴻の鳥が巣をくう為かと思いました処が、そうではない亥太郎から初まった事だそうでございます。此の亥太郎が大喧嘩をいたしますのは後のお話にいたしまして、さて文治はお村を助けました翌日、友之助の主人芝口三丁目の紀伊國屋善右衞門の所へ参り、友之助は柳橋の芸者お村と云うものに馴染み、主人の金を遣い込み、申訳がないから切羽詰って、牛屋の雁木からお村と心中するところを、計らずも私が通り掛って助けたが、何処までもお前さんが喧ましく云えば、水の出花の若い両人、復た駈出して身を投げるかも計られないから、何うか私に面じて勘弁してくれまいか、そうすれば思い合った二人が仲へ私が入り、媒妁となって夫婦にして末永く添遂げさせてやりたいから、と事を分けて話しました処が、紀の善も有難うございます、左様仰ゃって下さるなら遣い込の金子は、当人が見世を出し繁昌の後少々宛追々に入金すれば宜しい、併し暖簾はやる事は出来ないが、貴方が仰しゃるなら此の紀伊國屋の暖簾も上げましょう、代物も貸してやりますが、当人の出入は外の奉公人に対して出来ませんから止める。と事を分けての話に文治も大に悦んで、帰り掛けに柳橋の同朋町に居るお村の母親お崎婆の所へ参りました。  文「森松、己は斯う云う所へ来たことはないから手前が先へ往け、此処じゃアないか」  森「此処です……御免ない、お村さんの宅は此方かえ」  文「なんだ愚図々々分らんことを云って、丁寧に云えよ」  森「丁寧に云い付けねえから出来ねえ……お村さんの処は此方かね」  さき「はい、誰だえ、お入りよ、栄どんかえ」  森「箱屋と間違えていやアがらア」  と云いながら、栂の面取格子を開けると、一間の叩きに小さい靴脱がありまして、二枚の障子が立っているから、それを開けて文治が入りました。其の姿は藍微塵の糸織の着物に黒の羽織、絽色鞘に茶柄の長脇差を差して、年廿四歳、眼元のクッキリした、眉毛の濃い、人品骨柄賤しからざる人物がズーッと入りましたから、婆はお客様でも来たのかと思って驚き、  婆「さア此方へ、何うも穢い処へ能く入っしゃいました」  文「御免なさい、始めてお目に懸りました、お前さんがお村さんのお母さんですか」  さ「はい、お村の母でございますよ、毎度御贔屓さまになりまして有難うございます、宅にばかり居りますから、お座敷先は分りませんで、お母さん斯う云う袂落しを戴いたの、ヤレ斯う云う指環を戴いたのと云いましても、私にはお顔を存じませんから一向お客様の事は存じませんが、彼の通りの奴で何時までも子供のようですから、冗談でもおっしゃる方がありますと駈け出して仕舞う位で、お客様に戴いた物でも持栄がございません、指環を嵌めてお湯などへ往ってはげるといけないと云うと、はげやアしない真から金だものなどと申して誠に私も心配致します、オホヽヽヽヽ、貴方様は番町の殿様で」  文「いや手前は本所業平橋に居る浪島文治郎と申す至って武骨者、以後幾久しくお心安く」  さ「はい、業平橋と云う所は妙見様へ往く時通りましたが、あゝ云う処へお住いなすっては長生をいたしますよ、彼処がお下屋敷で」  文「いえ〳〵、私は屋敷などを持つ身の上ではありません、無禄の浪人です、お母さん実はお村さんのことに就いて話があって来ましたが、お村さんは私の処へ泊めて置きましたが、お知らせ申すのが遅くなりましたから、嘸お案じでございましょうと存じまして」  さ「おや、お村があなたの所に、そんなら案じやしませんが、朝参りに平常の姿で出ました切り帰りませんから、方々探しても知れませんでしたが、貴方様の所へ往っていると知れゝば着替えでも届けるものを、何時までもお置きなすって下さいまし、安心して居りますから」  文「いやそう云う訳ではない、お母さんが聞いたら嘸お腹立でしょうが、実は芝口の紀の善の番頭友之助がお村さんと昨年来深くなり、其の友之助もお村さんゆえ多くの金を遣い果し、お村さんも借財が出来、互いに若い同士で心得違いをやって、実は昨夜牛屋の雁木で心中する所を、計らず私が助けたから、直ぐにお村さんばかり連れて来ようとも存じましたが、若い者が何か両人でこそ〳〵話をしているのを、無理に生木を裂くのも気の毒だから、昨夜は私の家へ両人を泊めて置いて、相談に参った訳です」  さ「あらまア呆れますよ、心中するなんて親不孝な餓鬼ですねえ、まアなんてえ奴でしょう、そうとも存じませんで方々探して居りました、何卒直ぐにお村を帰して下さい」  文「それは帰すことは帰すが、そこが相談です、それ程までに思い合った二人だから、夫婦にしないと又二人とも駈出して身を投げるかも知れないから、私が中へ入って二人共末長く夫婦にしてやりたい心得だから、何うか唯た一人のお娘子だが、友之助にやっては下さらんか、私が媒妁になります、紀の善でも得心して私が様な者でもお前さんに任せると云って、見世を出し、代物まで紀の善から送ってくれるから、商売を始めれば当人も出世が出来、お前さんがお村さんをやってくれゝば、事穏かに治りますから何うか遣って下さいな」  さ「いえ〳〵、飛んでもない事を云う、お気の毒だが遣れません、唯た一人の娘です、それを遣っては食うことに困ります」  文「それは遣り切りではない、嫁にやるのだからお前さんは何処までも姑だによって引取っても宜しいのだが、お前さんも斯う云う処に粋な商売をしている人だから、矢張り隠居役に芸者屋をして抱えでもして楽にお暮しなさい、其の手当として友之助の方からは一銭も出来ませんが、私の懐から金子五十両出して上げますから、それで抱えでもして気楽にお在でなさる方が宜しかろうと考える、又毎月の小遣も多分は上げられないが、友之助に話して月々五両宛送らせるようにするから何うか得心して下さい」  さ「お気の毒だが出来ません、能く考えて下さい、何だとえお前さんなんぞは斯う云う掛合を御存じないのだねえ、お前さんは生若いお方だから、斯う云う中へ入ったことがないから知らないのだろうが、お村はこれから私が楽をする大事の金箱娘です、それを他所へ遣って代りを置けなんて、流行るか流行らないか知れもしない者に芸を仕込んだり、いゝ着物を着せておかれるものか、それで僅か五両ばかりの小遣を貰って私が暮されると思いますかえ、お前さんは柳橋の相場を御存じがありませんからサ、朝戸を開ければ会の手拭の五六本も投げ込れて交際の張る事は知らないのだろう、お前さんじゃア分らないから、分る者をおよこしなさい、お村は直ぐに帰しておくれ」  文「だがお母さん、五両と極めても当人が店を出して繁昌すれば、十両でも廿両でも多く上げられるようになるのが友之助の仕合せと申すもの、無理に二人の中を裂いて、又駈出して身でも投げると、却ってお前さんの心配にもなるから、昨夜牛屋の雁木で心中したと思って諦めて下さい」  さ「死んで見れば諦めるかもしれねえが、あのおむらが生きている中は上げられません、七歳のときに金を出して貰い、芸を仕込んで今になってポーンと取られて堪るものかね、出来ません、お帰しなすって下さい、いけ太い餓鬼だ、私を棄てゝ心中するなんて、そんな奴なら了簡があります、愚図々々すれば女郎にでも打き売って金にして埋合せをするのだ」  文「それじゃア私の顔に障るからどうか私に面じて」  さ「出来ませんよ、お前さんなんざア掛合をしらねえ小僧子だア、青二才だ、もっと年を取った者をお遣し、何だ青二才の癖に、何だ私の目から見りゃアお前なんざア雛鳥だア、卵の殻が尻に付いてらア、直ぐに帰してくんな、帰しようが遅いと了簡があるよ、親に無沙汰で何故娘を一晩でも泊めた、その廉で勾引にするからそう思え」  森「旦那黙っておいでなせえ、此の婆こん畜生、今聞いていりゃア勾引だ、誰の事を勾引と云やアがるんだ、娘の命を助けて話を付けてやるに勾引たア何だ」 さ「ぐず〳〵云わずに黙って引込んでいろ、兵六玉屁子助め」  森「おや此の畜生屁子助たアなんだ」  文「これさ黙っていろ、それでは何うあっても聞入れんか」  さ「肯かれなけりゃアどうするのだ」  文「肯かれんければ斯うする」  と云いながら、婆の胸ぐらを取ってギューッと締めましたから、  婆「あ痛た〳〵どうするのだ」  文「何うもしない、手前のような強慾非道な者を生かして置くと、生先長き両人の為にならん、手前一人を縊り殺して両人を助ける方が利方だからナ、此の文治郎が縊り殺すから左様心得ろ」  さ「あ痛た〳〵恐れ入りました、上げますよ〳〵、上げますから堪忍して下さい、娘の貰引に咽を締る奴がありますか、軍鶏じゃアあるまいし、上げますよ」  文「屹度くれるか、これ〳〵森松、此の婆の云う事はグル〳〵変るから店受か大屋を呼んで来い」  と云うから森松は急いで大屋を呼んで来ました。  大「道々御家来様から承りますれば、お村を助けて下すった其の御恩人の貴方様へ此の婆が何か分らんことを申すそうで、此奴は苛い婆です、貴方様の御立腹は御尤もの次第です」  と此の家主が中へ入りまして五十両の金子を渡しまして、娘を確かに友之助に嫁に遣ったと云う証文を取り、懐中へ入れて文治はお村の宅を出まして、  文「森松何うだ、苛い婆だなア」  森「苛い奴です、咽を締めたから死ぬかと思って婆が驚きやアがった」  文「なアにあれは威したのサ、あゝ云う奴は懲さなければいかん、併し大分空腹になった」  森「くうふくてえなア何んで」  文「腹が減ったから飯を喰おうと云う事よ、何処か近い処にないか」  森「馬喰町三丁目の田川へ往きましょう」  と二人連れで馬喰町四丁目へ掛ると、其の頃吉川と申す居酒屋がありました。其の前へ来ると黒山のように人立がしているのは、彼の左官の亥太郎ですが、此の亥太郎は変った男で冬は柿色の〓(「※」は「「褞」で)袍を着、夏は柿素の単物を着ていると云う妙な姿で、何処で飲んでも「おい左官の亥太郎だよ、銭は今度持って来るよ」と云うと、棟梁さん宜しゅうございますと云って何処でも一文なしで酒を飲ませる。其の代りには堅いから十四日晦日に作料を取れば直ぐにチャンと払いまして、今度又借りて飲むよと云うから、何時でも棟梁さん宜しいと云われ、随分売れた人でした。それが吉川では番頭が代って亥太郎の顔を知らなかったのが間違いの出来る原で、  亥「番頭さん相変らず銭がないから今度払いを取った時だぜ」  番「誠に困りやす、代を戴かなくちゃア困りますなア」  亥「困るって左官の亥太郎だからいゝじゃアねえか」  番「亥太郎さんと仰ゃるか知れませんが銭がなくっては困ります」  亥「左官の亥太郎だよ」  番「誰様かは存じませんが、飲んで仕舞ってから払いをしなければ食逃げだ」  亥「ナニ食逃げとは何をぬかす」  と云いながら職人で癇癖に障ったから握り拳を以て番頭を撲りましたが、右の腕に十人力、左の手に十二人力あります、何うして左の手に余計力があるかと云うに、これは左官のせいで、左官と云う者は刺取棒で土を出すのを左の手の小手板で受けるのは何貫目あるか知れません、それゆえに亥太郎の左手が力が多いので、その大力無双の腕で撲られたから息の根が止るばかりです。  亥「これ、能く己の顔を見て覚えて置け、豊島町の亥太郎だぞ」  と云う騒ぎに亭主が奥から駈出して来て、  主人「申し棟梁さん、腹を立たないでおくんなさい、これは一昨日来た番頭でお前さんの顔を知らないのですから」  亥「己は弱い者いじめは嫌えだが食逃げとはなんでえ」  主「棟梁さん勘忍しておくんなさい」  と頻りに詫をしている。只今なれば直きに棒を持って来てこれ〳〵と人を払って、詰らぬものを見ていて時間を費すより早く往ったが好かろうと保護して下さるが、其の頃は巡査がありませんから追々人立がして往来が止るようになりました。文治は斯う云う事を見ると捨てゝ置かれん気性でございますから心配して、  文「大分人立がしているが何だえ」  森「生酔が銭がねえと云うのを、番頭が困るって云ったら番頭を撲りやアがって」  文「可愛そうに、商売の障りになるから其の者が銭がなければ払ってやって早く表へ引出してやれ」  森「え、御免ねえ〳〵、おい兄い々々爰でそんな事を云っちゃア商売の障りにならア表へ人が黒山のように立つから此方へ来ねえ〳〵」  と引出して、今ではありませんが浅草見附の石垣の処へ連れて来て、  森「兄い々々腹ア立っちゃアいけねえ、彼処でごた〳〵しちゃア外聞が悪いやア」  亥「おいよ、有難え、己は弱い者いじめは嫌いだが食逃と云ったから撲ったのだ、商売の妨げをして済まねえが後で訳を付ける積りだ、お前誰だっけ」  森「己は本所の番場の森松よ」  亥「そうか、本所の人か、己ア又豊島町の若い衆かと思った、見ず知らずの人に厄介になっちゃア済まねえ」  森「これサ、銭があるのねえのと外聞が悪いじゃアねえか、銭がなけりゃア己が払ってやるから後に構わず往って仕舞いねえ」  亥「なに、銭がなけりゃア払って置くと、何んだこれ、知りもしねえ奴に銭を払って貰うような亥太郎と思ってやアがるか」  森「おや生意気な事を云うな、銭がねえってから己が払ってやろうってんだ、何でえ」  亥「なに此の野郎め」  と力に任せてポーンと森松の横面を打ちましたから、森松はひょろ〳〵石垣の所へ転がりました。文治は見兼てツカ〳〵とそれへ参り、  文「これ〳〵何だ、何も此の者を打擲する事はない、これは己の子分だ、少しの云い損いがあったればとて、手前が喧嘩をしている処へ仲人に入った者を無闇に打擲すると云うのは無法ではないか、今日の処は許すが以後は気を注けろ、さっさと行け」  亥「なに手前なんだ、これ己の名前目を聞いて肝っ玉を天上へ飛ばせるな、神田豊島町の左官の亥太郎だ、己を知らねえかい」  亥「そんな奴は知らん、己は業平橋の文治郎を知らんか」  亥「なにそんな奴は知らねえ、此の野郎」  と文治郎の胸ぐらを取って浅草見附の処へとつゝゝゝゝと押して行きました。廿人力ある奴が力を入れて押したから流石の文治も踉めきながら石垣の処へ押付けられましたが、そこは文治郎柔術を心得て居りますから少しも騒がず、懐中から取出した銀の延煙管を以て胸ぐらを取っている亥太郎の手の上へ当てゝ、ヤッと声を掛けて逆に捻ると、力を入れる程腕の折れるようになるのが柔術の妙でありますから、亥太郎は脆くもばらりっと手を放すや否や、何ういう機か其処へドーンと投げられました。力があるだけに尚お強く投げられましたが、柔術で投げられたから起ることが出来ません。流石の亥太郎も息が止ったと見えましたが、暫くすると、  亥「此の野郎、己を投げやアがったな、覚えていろ」  と云いながら立上ってばら〳〵〳〵と駈出しましたから、彼奴逃げるかと思って見て居りますと、亥太郎は浅草見附へ駈込みました。只今見附はございませんが、其の頃は立派なもので、見張所には幕を張り、鉄砲が十挺、鎗が十本ぐらい立て並べてありまして、此処は市ヶ谷長円寺谷の中根大隅守様御出役になり、袴を付けた役人がずーっと並んでいる所へ駈込んで、  亥「御免なせえ、今喧嘩をしたが、空手で打つ物がねえから此処にある鉄砲を貸しておくんねえ」  役人「何だ、手前狂人か」  亥「狂人も何もねえ、貸しておくんねえ」  と云いながら突然鉄砲を提げ飛ぶが如くに駈出しましたが、無鉄砲と云うのはこれから始まったのだそうでございます。文治郎はこれを見て驚きました。今迄随分乱暴人も見たが、見付の鉄砲を持出すとは怪しからぬ奴だが、鉄砲に恐れて逃げる訳には往かず、拠ろないから刀の柄前へ手を掛け、亥太郎の下りて来るのを待って居りました。これが其の頃評判の見附前の大喧嘩でございますが、これより如何相成りましょうか、次回に申し上げます。   七  偖前回に演べました文治郎と亥太郎の見附前の大喧嘩は嘘らしい話ですが、神田川の近江屋と云う道具屋の家に見附前の喧嘩の詫証文と、鉄拵えの脇差と、柿色の単物が預けてあります。これは現に私が見たことがございますので、左官の棟梁亥太郎の書いたものであります。幾ら乱暴でも公儀のお道具を持出すと云うのはひどい奴で、此の乱暴には文治郎も驚きましたが、鉄砲を持って来られては何分逃げる訳にもゆかんから、關兼元の無名擦りあげの銘剣の柄へ手を掛け、居合腰になって待って居りましたが、これは何うしても喧嘩にはなりません。見付の役人が捨ておきません。馬鹿だか気違いだか盗賊だか分りませんが、飾ってある徳川政府のお道具を持出しては容易ならんから、見附に詰め合せたる役人が、突棒刺股〓(「※」は「かねへん+「戻」で中に「大」のかわりに「犬」をあてる」)などを持って追掛けて来て、折り重り、亥太郎を俯伏に倒して縄を掛け、直に見附へ連れて来て調べると、亥太郎の云うには、  亥「私が黙って持って往ったら泥坊でしょうが、喧嘩をするのに棒がねえから貸しておくんねえって断って持って往ったから縛られるこたアねえ、天下の道具だから貸しても宜いだろう、私も天下の町人だ」  と云って訳が分らないが、天下の町人と云う廉で見附から町奉行へ引渡しになって、別に科はないが、天下の飾り道具を持出した廉で吟味中入牢を申し付けると云うので、暮の廿六日に牢行になりました。此の事を聞いて文治郎は気の毒に思い、段々様子を聞くに、亥太郎には七十に近い親父があると云う事が分り、義のある男ですから何うか親父を助けてやりたい、稼人が牢へ往き老体の身で殊に病気だと云うから嘸困るだろう、見舞に往ってやろうと懐中へ十両入れて出掛けました。其の頃の十両は大した金です。森松を供に連れて神田豊島町二丁目へ参り、大坂屋と云う粉屋の裏へ入り、  文「森松こゝらかな」  森「へえこゝでしょう、腰障子に菱左に「い」の字が小さく角の方に書いてあるから」  文「こゝに違いない、手前先へ入れ」  森「御免なさい」  と腰障子を開けると漸と畳は五畳ばかり敷いてあって、一間の戸棚があって、壁と竈は余り漆喰で繕って、商売手だけに綺麗に磨いてあります。此処に寝ているのが亥太郎の親父長藏と申して年六十七になり、頭は悉皆禿げて、白髪の丁髷で、頭痛がすると見え手拭で鉢巻をしているが、時々脱け出すのを手ではめるから桶のたがを見たようです。  森「御免なせえ」  長「へえお出なせえ、何です長屋なら一番奥の方が一軒明いている、彼所は借手がねえようだが、それから四軒目の家が明いているが、些とばかり造作があるよ」  森「なんだ、長屋を借りに来たのだと思ってらア、旦那お上んねえ」  文「初めてお目に懸りました、貴方が亥太郎さんの御尊父さまですか」  長「へえお出なさい、誠に有難う、御苦労様です、なに大したことはありませんが、何うもお寒くなると腰が突張ていけません、奥の金さんが私の懇意のお医者様があるから診て貰ったら宜かろうと云ったから、なアにお医者を頼む程じゃアねえと云っておいたが、それで来ておくんなすったのだろう、早速ながら脈を診ておくんなさい」  森「何を云ってるんでえ」  文「医者ではない、お前さんは亥太郎さんの親父さんかえ」  長「へえ、私は亥太郎の親父です」  文「私は本所の業平橋にいる浪島文治郎と云う至って粗忽者、此の後とも御別懇に願います」  長「なに、そう云う訳ですか、生憎亥太郎が居りませんが、もう蔵は冬塗る方が保がいゝが、今からじゃア遅い、土が凍りましょう」  森「何を云うのだ、聾だな…そうじゃアねえ、お前さんは左官の亥太郎さんの親父さんかと聞くのだ、此方は本所の旦那で浪島文治郎と云うお方だ」  長「なに、江島の天神さまがどうしたと」  森「分らねえ爺っさんだ、旦那が声が小せいから尚お分らねえのだ、最と大きな声でお話なせえ」  文「私は本所業平橋の浪島文治郎と申すものです」  長「はア、本所業平橋の浪島文治郎と仰ゃるのか、亥太郎の親父長藏と申します、お心易く」  文「此の度は誠にお前さんにお気の毒で」  長「なアに此の度ばかりじゃアない、これは時々起るので、腰が差込んでいけません」  森「そうじゃアねえ、旦那がお前に近付に来たのだよ」  文「亥太郎さんと私と見附前で喧嘩を致しましてねえ」  長「へえ五時前に癲癇が起りましたえ」  森「そうじゃアねえ、亥太郎兄と此の旦那と見附前で喧嘩をして、牢行になったから気の毒だって、爺さんお前の所へ此の旦那が見舞に来たのだ」  長「はあお前さん、何うも貴方の様に人柄の優しい人と喧嘩をするとは馬鹿な野郎で、大方食え酔て居たのでございましょう、子供の時分から喧嘩早うございまして、番毎人に疵を付け、自分も疵だらけになって苦労ばかりさせるが、貴方は能くまア腹立もなく見舞に来て下すって、誠に有難うございます、亥太郎が牢から出れば是非お詫事に連れて出ますから、何うか私に免じて勘弁しておくんなさい」  文「何う致しまして、これは心計りですが、亥太郎さんも御気性だから健かで速に御出牢になりましょうが、それまでの助けにもなるまいが、真の土産のしるしに上げますから、何か温い物でも買って喫って下さい」  長「これはなんです」  森「これは亥太郎さんが牢へ行っているから、旦那が見舞に下すったのだ、金が十両あるのだ」  文「そんなことは云わんでも宜しい」  森「聾的で分らねえな、お前に土産にやるんだよ」  長「なに十両私に下さるとは何たる慈悲深いお方ですかねえ、亥太郎は交際が広いから牢へ差入れ物をしてくれる人は幾らもありますが、老耄している親爺の所へ見舞に来て下さる方はありません、本当に貴方はお若いに似合ない親切な方です、暮に差掛って忰はいず、何う為ようかと思っている処へ、十両と纒まった金を下さるとは有難いことで、御恩の程は忘れません、旦那様何卒御勘弁なすって下さい」  文「なに誠に聊かですよ」  長「赤坂へお出なさるとえ」  森「聾だからしょうがねえ、行きましょう〳〵」  文「さア帰ろう」  と森松を連れて宅へ帰りまして、其の年の内にお村と友之助に世帯を持たせなければならんから、諸方を探すと、浅草駒形に小さい家だが明家がありましたから之れを借受け、造作をして袋物屋の見世を出しました。袋物屋と云うものは店が小さくても金目の物が置けますから好い商売でございます。友之助は荷を脊負出して出入先を歩く、宅にはお村が留守居ながら商売が出来ます。お村が十九で友之助が二十六ですから飯事暮しをするようでございます。其の年も暮れ、翌年になり、安永九年二月の中旬に、文治郎の母が成田山へ参詣に参りますに就き、おかやと云う実の姪と清助と云う近所の使早間をする者を供に連れて出立しました。跡には文治郎と森松の両人切りで、男世帯に蛆がわくという譬の通り台所なども手廻りませんで、お飯を炊くと柔かくってお粥のようなのが出来たり、硬くって焦げたのなどが出来たりします。友之助はお村に云い付けて、斯う云う時に御恩を返さなければならん、お前お菜を拵えるのが面倒なら、料理屋から買てゞもいゝから毎日何か旦那の所へ持っていってお上げ。と云うので毎日昼頃になると、お村が三組の葢物に色々な物を入れて持って参ります。文治は「お前がそうやって毎日長い橋を渡って持って来るのは気の毒だから来てくれないように」と断っても此方は友之助に云い付けられたから、毎日々々雨が降っても風が吹いても吾妻橋を渡って参ります。或日の事文治郎は森松を使に出して独りで居りますと、空はどんよりとして、梅も最う散り掛って暖かい陽気になって来ました。お村の姿は南部の藍の乱竪縞の座敷着を平常着に下した小袖に、翁格子と紺繻子の腹合せの帯をしめ、髪は達摩返しに結い、散斑の櫛に珊瑚珠五分玉のついた銀笄を挿し、前垂がけで、  村「旦那、今日は遅くなりまして」  文「また来たか、誠に心にかけて毎度旨い物を持って来てくれて気の毒だ、商売をしていれば嘸忙しかろうから態々持って来てくれなくもいゝのに」  村「おいしくなくっても私が手拵えにして持って参りますが、其の代りには甘ったるい物が出来たり塩っ辛い物が出来たりしますが、旦那に上げたい一心で持って参りますのですから召上って下さいまし」  文「お前の手拵えとは辱ない、日々の事で誠に気の毒だ、今日は丁度森松を使にやったから、今自分で膳立をして酒をつけようと思っていた処で、丁度いゝから膳を拵えて燗をつけておくれ、手前と一杯やろう」  と云うので、お村は立って戸棚から徳利を出して、利休形の鉄瓶へ入れて燗をつけ、膳立をして文治が一杯飲んではお村に献し、お村が一杯飲んで又文治に酬し、さしつ押えつ遣取をする内、互いにほんのり桜色になりました。色の白い者がほんのりするのは誠にいゝ色で、色の黒い人が赤くなると栗皮茶のようになります。  文「お村や、手前は柳橋でも評判の芸者であったが、私は無意気もので芸者を買ったことはないが、手前に恩にかける訳ではないが、牛屋の雁木で心中する処を助けて、海老屋へ連れて来て顔を見たのが初めてゞ、あゝ美しい芸者だと思った其の時の姿は今に忘れねえが、彼の時の乱れた姿は好かったなア」  村「おや様子のいゝ事を仰しゃること、家にいると私のような無意気者はないと姉さんに云われましたのを、美くしいなどと仰っては間がわるくって気がつまりますよ」  文「いや真に美くしい女だ、手前が毎日路地を入って来ると、文治郎の家には母が留守だから隠し女でも引入れるのではないかと、長屋で噂をするものがあるから、それで手前に来てくれるなと云うのだ、友之助も母の留守へ度々来るのは快くあるまいから、もう今日切り来てくれるなよ」  村「あら、参りませんと叱られますから来ない訳には参りません、旦那様は大恩人ですから斯う云う時に御恩返しをして上げろと申し、私も来たいから甘くなくっても何か拵えてお邪魔に上ります」  文「手前が来てくれゝば己は有難いが、心中する程思い込んだ同士が夫婦になり、女房が無闇に一人で出歩けば亭主の心持は余りよくあるまい、己は独り者でいる所へ手前が毎日来て、ひょっと悋気でも起しはしないかと思って、それが心配だ」  村「彼様なことを仰ゃる、悋気などはございません、何時でも往って来い、彼様やって心中する処を旦那のお蔭で助かったのだから、浪島の旦那がお前を妾に遣せと仰ゃれば直ぐに上げると云って居ります」  と一寸云う口も商売柄だけに愛敬に色気を含んで居ります。まさか友之助がお村を妾にやるとも申しますまいが、自然と云いように色気があるので、何んなものでも酒を飲むと少しは気が狂って来るものと見え、文治もお村を美い女だと思った心が失せないか、  文「手前と斯うやって酒を飲むのが一番いゝ心持だが、若し己が冗談を云いかけた時は手前は何うする」  村「おや旦那旨いことばかり仰ゃって私などに冗談を仰ゃる気遣いはありませんが、本当に旦那様の仰ゃることなら私は死んでも宜しい、有難いことだと思って居ります」  文「それだから手前は世辞を云ってはいかんと云うことよ」  村「お世辞でも何でもありません、有難いことゝ思っても仕方がないが、旦那様のような凛々しくって優しいお方はありませんよ」  文「それそう云うことを云うから男が迷うのだ、罪作りな女だのう」  と常にない文治郎は微酔機嫌で、お村の膝へ手をつきますから、お村は胸がどき〳〵して、平常からお村は文治郎に惚れて居りましたが、何時でも文治はきりりっとしているから云い寄る術もなくっていたのが、常に変って色めきました文治郎の様子に、  村「旦那、本当に左様なら私は死んでも宜うございますよ」  と云いながら窃っと文治郎の手を下へ置いて立上り、外を覘いて見てぴったり入□□□□□□□、□□□□□□□□、□□□□□□閉て、薄暗くなった時、文治の側へぴったり坐って、  村「旦那、貴方は本当に私の様なものをそう云って下されば、私は友之助に棄てられても本望でございますが、其の時は貴方私のような者でも置いて下さいますか」  と文治郎の□□□□□□□□□□□が、こんな美しい女に手を取られて凭れ掛られては何んな者でもでれすけになりますが、文治郎はにやりと笑い、お村の手を払って立上り、九尺四枚の襖を開け、小窓の障子を開け、表の障子も残らず開け払って元の席へ坐り、  文「お村もう己の所へ来てくれるな、能く考えて見ろ、去年の暮友之助と牛屋の雁木から心中する所を計らずも助けて、両人の主人と親に掛合い、世帯を持たせ、己が媒妁になって夫婦にした処、友之助も手前も働き、店が繁昌すると云うから目出たいと思い、蔭ながら悦んでいた処、母が留守になり、毎日旨い物を持って来てくれるから、友之助の云い付けもあろうが斯うやって一人でいる文治郎の所へ若い女が毎日来ては、世間に悪評を立てられるかも知れんし、友之助にも済まんと云うのを肯かずに毎日来るが、今手前の云った言葉は何うしたのだ、命を助けられた文治郎の云うことだから否と云うことが出来ず、世辞に云ったか知らんが、仮令世辞にもそれは宜しくない、手前がそう云う心得違いでは友之助に言訳が立つまい、今日のは手前が世辞で云ったのであろうけれども宜しくないことだ、此の程も噂に聞けば、友之助の留守には芸者や幇間が遊びに来るのをよいことゝし、酒を飲んで三味線などを弾いて遊んでいると云うことだが、それは廃せよ、商人の女房になって其様なことをしては宜しくない、今までの芸者屋とは違うぞ、世間の評も宜くないから、友之助の留守には何んな男が来ても留守だから上げることは出来んと云って速に帰せよ、必ず浮いた心を出すな、手前は今のような世辞を云うのが持前であるが、若し誰か手前に惚れて今のように凭れ掛り、手前のような挨拶をすれば、それは男だから何んな間違いが出来るか知れん、其の時は友之助に対して操を破らなければなるまい、己が冗談を云ったら己の手を払い除け、旦那貴方は宜くないお方だ、私共両人を助けて夫婦にして下すった恩人でありながら、苟めにも宜くない、此の後は貴方の所へは参りませんときっぱり云ってくれるくらいな心があれば、己も嬉しく思う、今日の処は冗談にするが以後はならんぞ、さ一杯飲んで帰えれ〳〵」  と云われてお村は間が悪いから真赤になって、猫が紙袋を被ったように逡巡にして、こそ〳〵と台所から抜出して仕舞いましたが、さアもう文治郎の所へ行くことは出来ません。友之助はそんなことは少しも知りませんから、  友「お村、此の頃は旦那の所へ往かないが何うしたのだえ」  村「旦那は機嫌かいで、機嫌のいゝ時と悪い時とは大変違いますよ、そうして幾ら堅いと云っても若いから、時々厭なことを云うから余り近く往かない方がいゝよ、何処か離れた所へ越そうじゃないか」  と云われ、友之助は素より気のいゝ人だから、  友「そうか、そんなことがあるのか、それなら他へ越そう」  と女房の云いなり次第になり、遂に文治郎に無沙汰で銀座三丁目へ引越しましたが、後に文治郎が無名国へ漂流するのもお村の悪い為でありますから、女と云う者は恐るべきものでございます。さてお話二つに岐れまして、彼の喧嘩の裁判は亥太郎が入牢を仰せ付けられ、翌年の二月二十六日に出牢致しましたが、別に科はないから牢舎の表門で一百の重打きと云うので、莚を敷き、腹這に寝かして箒尻で脊中を打つのです。其の打人は打き役小市と云う人が上手です。此の人の打つのは痛くって身体に障らんように打ちますが、刺青のある者は何うしても強そうに見えるから苛く打ちまして、弱そうな者は柔かに打ちます。亥太郎は少しも恐れないで「早く打ってお呉んねえ」などと云い、脊中に猪の刺青が刺ってあり、悪々しいからぴしーり〳〵と打ちます。大概の者なら一百打つとうーんと云って死んで仕舞うから五十打つと気付けを飲まして、又後を五十打つが、亥太郎は少しも痛がらんから、  獄吏「気付けを戴くか」  亥「気付なんざア入らねえ、さっさとやって仕舞ってくんねえ」  と云うから尚お強く打つが、少しも疲りませんで、打って仕舞うとずーっと立って衣服をぽん〳〵とはたいて、  亥「小市さん誠にお蔭様で肩の凝が癒りました」  と云ったが、脊中の刺青が腫れまして猪が滅茶になりましたから、直ぐ帰りに刺青師へ寄って熊に刺かえて貰い、これから猪の熊の亥太郎と云われました。其の後小市さんの所へ酒を二升持って礼に参り「あなたのお蔭で脊中の刺青が熊になった」と云われた時は流石の小市も驚いたと云う程強い男ですから、牢から出ると、喧嘩の相手の文治郎のどてっ腹を抉らなければならんと云うので胴金造りの脇差を差して直ぐに往こうと思ったが、そんな乱暴の男でも親の事が気に掛ると見えまして、家へ帰って見ると、親父はすや〳〵と能く寝て居りますから、  亥「爺能く寝ているな、勘忍してくんねえ、己ア復た牢へ往くかも知れねえ、業平橋の文治を殺して亥太郎の面を磨くから、己が牢へ往って不自由だろうが勘忍して呉んねえ」  と云われ長藏は目を覚し、  長「手前は牢から出て来ても家に一日も落付いていず、やれ相談だの、やれ何だのと云ってひょこ〳〵出歩きやアがって、何だ権幕を変えて脇差なんどを提げて、また喧嘩に往くのだろうが、喧嘩に往くと今度は助かりゃアしねえぞ、喧嘩に往くのなら己ア見るのが辛えから、手前今度出たら再び生きて帰るな」  亥「爺、己ア了簡があって業平橋の文治郎のどてっ腹を抉って腹癒せをして来るのだ」  長「何だ、腹が痛えと」  亥「そうじゃアねえ、業平橋の文治郎を打っ斬って仕舞うのだ」  長「此の野郎とんでもねえ奴だ、業平橋の文治郎様の所へは己がやらねえ、死んでもやらねえ、業平文治郎さまと云うのは見附前の喧嘩の相手だろう、其の方を斬りに往くんなら己を殺して往け」  亥「なんだって文治郎を殺すのにお前を殺して往くのだ」  長「何もあるものか、手前は知るめえが、去年の暮の廿六日に手前が牢へ往って其の留守に、忘れもしねえ廿八日、業平橋の文治郎様が来て金を十両見舞に持って来てくれた、手前が牢へ往って己が煩っていて気の毒だ、勘忍してくれと云って十両の金をくれた、其の金があったればこそ己が今まで斯うやって露命を繋いで来た、其の大恩ある文治郎様に刃物を向けて済もうと思うか、さア往くなら己の首を斬って往け、殺して往け、恩を仇で返すのは済まねえから殺して往け、さア殺せ」  亥「待ちねえ爺、何か全く文治郎さんがお前の所へ金を持って来てくれたに違えねえか、爺」  長「暮になって何うも仕様のねえ所へ十両の金をくれて、それで己が今まで食っていたのだよ」  亥「そうとは知らずにどてっ腹をえぐろうと思っていた」  長「なに小塚原へ往くと、己やらねえ」  亥「そうじゃアねえ、己が知らねえからよ」  長「なに不知火関を頼むと」  亥「全く金を十両くれたかよ」  長「そうよ」  亥「あゝ後悔した」  長「なにそんな事を云っても己アやらねえ」  亥「本所から度々名の知れねえ差入物が来ると云ったが、それじゃア文治郎が送ってくれたか、又己の留守に金を十両持って見舞に来てくれたとは己は済まねえ」  長「何をぐず〳〵云っている、己出さねえ、やらねえ」  亥「爺、知らねえと云って済まねえなア」  長「うん済まねえ」  亥「知らねえからよ」  長「牢から出たら手前を連れて詫に往こうと思っていた」  亥「直ぐに詫に往くよ」  長「嘘をつけ、そんなことを云ってまた喧嘩に往くんだろう、己やらねえ」  亥「大丈夫だよ、案じねえように脇差をお前に預けるから」  長「何処でこんな物を買って来やがった、詫に往かなければ己を殺せ」  亥「何か土産を持って往きてえが何がいゝだろう、本所は酒がよくねえから鎌倉河岸の豐島屋で酒を半駄買って往こう」  長「なんだ、年増と酒を飲みに往く、そんなことはしねえでもいゝ」  亥「そうじゃアねえ、済まねえから詫に行くのだ、安心して寝ていねえ」  長「己も往きてえが腰が立たねえからとそう云ってくれ」  亥「それじゃア往って来るよ」  と正直の男だから鎌倉川岸の豐島屋へ往って銘酒を一樽買って、力があるから人に持たせずに自分で担いで本所業平橋の文治の宅へ参り、玄関口から、  亥「御免なせえ〳〵」  森「おゝ、こりゃアお出なせえ」  亥「いやなんとか云ったっけ、森松さんか、誠に面目ねえ」  森「己の所の旦那が阿兄のことを彼ア云う気性だから大丈夫だと安心していたがねえ、まア出牢で目出度や」  亥「去年の暮お前を手込にして済まなかった、面目次第もねえ、勘忍してくんねえ、己ア知らねえで旦那のどてっ腹をえぐりに来ようと思ったら、己の所の爺さんの所へ旦那が見舞をくれたと云うことを聞いて面目次第もねえ、旦那にそう云ってくんねえ、土産を持って来るのだが、本所には碌な酒はあるめえと思って」  森「酷い事を云うぜ」  亥「豐島屋の酒を持って来た、旦那に一杯上げて盃を貰えてえってそう云ってくんねえ」  森「少し待っていねえ、お母様に喧嘩の事なんぞを云うと善くねえから、旦那に内証で話して来るから」  と森松は奥へ往きますと、文治は母親に孝行を尽して居りますから、森松はそっと、  森「旦那え〳〵」  文「何だ」  森「見附前の鉄砲が来ましたよ」  文「亥太郎が来たか」  森「来ました、驚きましたねえ、酒を一樽荷いで来て旦那に上げてくれって来ました」  文「逢いたいが、お母様の前で彼な荒々しい奴が話をしては、お驚きなさるといけないから、角の立花屋へ連って往って、酒肴を出して待遇してくれ、己が後からお暇を戴いて往くから」  森「へー」  と云って森松は亥太郎を連れて立花屋へ参り、酒肴を誂え待っている所へ文治郎が参りまして、  文「さア此方へ〳〵」  亥「誠にどうも旦那面目次第もございません、去年の暮は喰え酔って夢中になったものだから、お前さんに理不尽なことを云いかけて嘸お腹立でござえやしょう、御勘弁なすって下せえ」  文「どう致して、先ず目出度御出牢で御祝し申す、どうしても気性だけあって達者でお目出たい」  亥「へーどうも」  文「先刻は又お土産を有難うございます」  亥「いや最う何うも、誠につまらねえ品でござえやすが、本所にはいゝ酒がねえと思って豐島屋のを一本持って来て、旦那に詫をして盃を貰えてえと思って来ました」  文「私も衆人と附合うが、お前のような強い人に出会ったことはない、どうも強いねえ」  亥「私も旦那のような強い人に出会ったことはねえ、初めてだ」  文「見張所の鉄砲を持ち出したのはえらい」  亥「どうも面目もございません、旦那は喧嘩の相手を憎いとも思わず、私の爺の所へ金を十両持って来てくれたそうで、随分牢へは差入物をよこす人もあるが、爺の所へ見舞に来て下すったはお前さんばかりで、私のような乱暴な人間でも恩を忘れたことはねえから、旦那え、これから出入の左官と思って末長く目をかけておくんなせえ、お前さんに金を貰ったから有難いのじゃアねえ、お前さんの志に感じたからどうか末長く願います」  と云うので、文治郎が盃を取って亥太郎に献して、主家来同様の固めの盃を致しましたが、人は助けておきたいもので、後に此の亥太郎が文治の見替りに立ってお奉行と論をすると云うお話でありますが、次回にたっぷり演べましょう。   八  業平文治が安永の頃小笠原島へ漂流致します其の訳は、文治が人殺しの科で斬罪になりまする処を、松平右京様が御老中の時分、其の御家来藤原喜代之助と云う者を文治が助けました処から、其の藤原に助けられまするので、実に情は人の為ならでと云う通り、人に情はかけたいものでございます。男達などは智慧もあり又身代も少しは好くなければなりませんし無論弱くては出来ませぬが、文治の住居は本所業平村の只今植木屋の居ります所であったと云うことでございます。文治の居ります裏に四五軒の長屋があります、此処へ越て来ましたのは前申上げました右京様の御家来藤原喜代之助で、若気の至りに品川のあけびしのおあさと云う女郎に溺り、御主人のお手許金を遣い込み、屋敷を放逐致され、浪人して暫く六間堀辺に居りました其の中は、蓄えもあったから何うやら其の日を送って居りましたが、行き詰って文治の裏長屋へ引越し、毎日弁当をさげては浅草の田原町へ内職に参ります。留守は七十六歳になる喜代之助の老母とおあさと云う別嬪、年は廿六ですが一寸見ると廿二三としか見えない、うすでの質で色が白く、笑うと靨がいります。此の靨と云うものは愛敬のあるもので私などもやって見たいと思って時々やって見ましたが、顔が皺くちゃだらけになります。おあさは小股の切り上った、お尻の小さい、横骨の引込んだ上等物で愛くるしいことは、赤児も馴染むようですが、腹の中は良くない女でございますけれど、器量のよいのに人が迷います。所で森松が岡惚をしましてちょく〳〵家の前を通りまして、  森「えー今日は」  などと辞をかけたり水を汲んでやったり致しますが、妙なもので若い女が手桶を持って行くと「姉さん汲んで上げましょう」と云いますが、これがお婆さんが行って「一つ汲んでおくんなさい」と云うと、井戸を覗いて見て「好い塩梅に水があればいゝが」と云うくらいなことで。森松がちょく〳〵水を汲んでくれたり、買物や何かして遣りますから、おあさは手拭の一筋もやったりなどして居りますと、或日のことおあさが云うに、  あさ「お母さんが煩っていてじゞ穢くって仕様がないよ、何かする側で御膳を喫べるのは厭だから、森さんお前さんの知っている所でお飯を喫べよう」  と云われた時は森松は嬉しくって、  森「参りやすとも、角の立花屋へ往って待っておいでなせえ」  と約束して、これから森松は借物の羽織で小瀟洒した姿をして出掛けて往き、立花屋の門口から、  森「親方今日あ」  立「いや森さんかえ」  森「二階に(こゆびを見せる)こりゃアいやアしませんか」  立「なんだい小指を出して、お前さんのお連かえ、先刻から来ているよ」  と云われ、森松はニコ〳〵しながらとん〳〵〳〵と二階へ上ると、種々な酒肴を取っておあさが待って居りまして、  あ「ちょいと遅いことねえ、お前はんが来ないから私は極りが悪くって仕様がないよ」  森「宅を胡麻化して来ようと思ってつい遅くなりやした」  あ「あら髪なんぞを結って来るんだものを」  森「なアに家を出る時髪を結って来ると云って出ねえと極りが悪いから」  あ「気にも入るまいが色か何かの積りで緩くり飲んでおくれな」  森「大層お肴がありやすねえ」  あ「さアお喫りよ」  森「戴きやす、御新造のお酌で酒を飲むなんて勿体ねえことです、えーどうも旨いねえ」  あ「ちょいと種々森さんのお世話になり、買物をするにも勝手が知れないから聞くと、私が買って上げようと云ってお世話になるから、何か買って上げようと思ったが、宅へ知れると年寄に訝しく思われるから思うようにいけないが、これは少しだがお前さんに上げるから」  森「こんな事をなすっちゃアいけませんよ」  あ「ちょいと私が、お前さんに袷の表を上げたいと思って持って来たよ、じゃがらっぽいがねえ銘仙だよ、ぼつ〳〵して穢らしいけれども着ておくれでないか」  森「戴く物は夏もお小袖と云うから結構でござえやす」  あ「斯うしよう、お前の着物の寸法を書いておよこし、良人の留守の時縫って上げよう」  森「こりゃア有難い、これはどうもお前さんのような御気性な人はねえや、ちょくで人を逸さないようにして…あなたの所の旦那はお堅うござえやすねえ」  あ「屋敷者だもの、だから不意気だよ」  森「朝ね、黒い羽織を着て出る時、何時も路地で逢うから、旦那お早うと云うと、好い天気でござるなんかんて云うが、あんな堅い方はありません、一杯戴きやしょう、好い酒だ、私アね何時でも宅を出る時、極りが悪いからちょっと往って来やすよと云うと、旦那ア知ってるから森やア酔わねえように飲めよと云われるが、宅じゃア気が詰って飲めねえし、どうも酔えねえようには出来ねえが、宅の旦那は妙ですねえ…どうも有難うござえやす」  あ「私アあねえ気が合わないから宅の藤原と別れ話にして、独り暮しになるからちょく〳〵遊びに来ておくれよ」  森「へー往くくらいじゃア有りやせん、へえ別れるねえ」  あ「別れると宅のも屋敷へ帰るし、私もいゝから別れようと思うのさ」  森「成程気が合わねえ、へえ成程、へえお前さんが独りになればポカ〳〵遊びに往きますよ」  あ「こんな事を云って、私が一生懸命の事を云うが、お前叶えておくれか」  森「何の事ですか、あなたの云う事なら聴きますともさ」  あ「女の口からこんな事を云って聴かないと恥をかくからさ」  森「聴きますよ、えゝ聴きますとも」  あ「蔑んじゃアいけないよ」  森「蔑すむ処か上げ濁しますよ」  あ「本当に無理な事を云って蔑んではいけないよ」  森「それとも…私のような者に惚れる訳はないもの」  あ「あれさお前じゃアないよ」  森「私じゃアねえ、然うだろうと思った」  あ「お前の処の文治さんにさ」  森「こりゃア呆れたねえ、こりゃア惚れらア、男でも惚れやすねえ」  あ「男振ばかりじゃアないよ、世間の様子を聞くと、お前の所の旦那は下の者へ目をかけ、親に孝行を尽すと云うことだから私アつく〴〵惚れたよ、何うせ届かないが森さん、私が一人で暮すようになれば旦那を連れて来ておくれ、お酒の一杯も上げたいから」  森「こりゃア惚れますねえ、宅の旦那には女ばかりじゃアねえ男が惚れやすが、堅いからねえ、何うとかして連れて往きましょう、私が旦那を連れて新道を通る時、お前さんが森さんお寄んないと云うと、私が旦那こゝは先に宅の裏にいた藤原の御新造の家だから鳥渡寄りましょうと云うので連れ込むから」  あ「私ア素人っぽい事をするようだが、手紙を一本書いておいたから、旦那の機嫌の好い時届けておくれ」  森「大形になりやしたなア、こりゃアお前さんが書いたのかね」  あ「艶書が人に頼まれるものかね」  森「それじゃア機嫌の好い時に届けやしょう」  と云って互いに別れて宅へ帰って、森松は文治に云おうかと思ったが、正しい人ゆえ、家にいても品格を正しくしているから口をきく事が出来ません。或日の事母が留守で、文治が縁側へ出て庭を眺めて居りますから、  森「旦那え」  文「何だの」  森「今日は誠に結構なお天気で」  文「何だ家の内で常にない更まってそんな事を云うものがあるものか」  森「何時でも御隠居さんが、文治に好い女房を持たせて初孫の顔を見てえなんて云うが、あんたは御新造をお持ちなせえな」  文「御新造を持てと云っても己のような者には女房になってくれ人がないや」  森「えゝ、旦那が道楽の店でも出せば娘っ子がぶつかって来ますが、旦那は未だに女の味を知らねえのだから仕方がねえや、何なのが宜うごぜえやすえ、長いのが宜うがすかえ、丸いのが宜うがすかえ」  文「それは長いのが宜いと思っても丸いのを女房にするか皆縁ずくだなア」  森「裏へ越して来た藤原の御新造は何うです」  文「左様々々、彼は美人だの」  森「なアに、そうじゃアありやせん、彼は何うです」  文「大層世辞がいゝの」  森「彼は何うです、彼になせえな」  文「彼になさいと云っても彼は藤原の女房だ」  森「女房じゃアありません、来月別れ話になって、これから孀婦暮しにでもなったら、旦那を連れて来てくれってんです」  文「嘘をいうな」  森「嘘じゃアねえ私を立花屋へ連れて往って御馳走をして、金を二分くれて、旦那を斯うと云うのです」  文「嘘を吐け」  森「嘘じゃアありやせん、この文を出して、何うか返事を下さいってんでさア、返事が面倒なら発句とか何んとか云うものでもおやんなせえ」  文「これは彼の女の自筆か」  森「痔疾なんざアありやせんや、瘡毒に就て仕舞っているから」  文「そうじゃアない彼の女の書いたのか」  森「先にゃア人に頼んだろうが、今じゃア人には頼めやせんや」  文「何だってこれを持って来た」  森「何だってって旦那に返事を書いて貰ってくれと云うから」  文「痴漢め」  森「あゝ痛い、何をするんで」  文「苟にも主ある人の妻から艶書を持って来て返事をやるような文治と心得て居るか、何の為に文治の所へ来て居る、汝ア畳の上じゃア死ねえから、これから真人間になって曲った心を直すからと云うので、己の所へ来ているのじゃアないか、人の女房から艶書を貰うような不義の文治郎の所に居ては貴様の為にもならん、さア大事は小事より起るの譬で、片時も置くことは出来ん、出て往け」  森「何うか御勘弁を」  文「ならん、二言は返さん、只今出て往け」  森「大失策をやった、大違えをやったなア、考えて見りゃア成程何うも主ある女の処から艶書なんぞを持って来ちゃア済まねえ、旦那には御恩になっても居りますし、人中へ出て森兄いと云われるのも旦那のお蔭でござえやすから何うか人間になりてえと思って、旦那の側に居りやすが、御恩送りは出来ねえから身体のきくだけは稼いで御恩返しをしようと思って、親爺の葬式まで出してくだすった旦那の側を離れたくねえから、若し知らねえ御新造が来て、森松なんぞのような働きのねえものを置いちゃアいけねえと云われて、逐出されでもするかと思うから、何うかいゝ御新造をお持たせ申してえと思っている処へ、話があったからうっかりやったんで、今逐出されると往き処がねえから、仕方なく又悪い事を始めて元の森松になるとしょうがねえから、堪忍して置いておくんなせえ、これから気を注けやすから」  文「往き処のない者を無理に出て往けとは云わんが、能く考えて見ろ、藤原の女房を私が家内にして為になると心得て居るか、それが分らんと云うのだ、藤原が右京の屋敷を出たのも彼の女の為に多くの金を遣い果し今は困窮して旦に出て夕に帰る稼ぎも、女房や母を糊したいからだ、其の夫の稼いだ金銭を窃ねて置けばこそ、手前に酒を飲ませたりすると云う事が分らんかえ、痴漢め」  森「分らねえから泡アくって仕舞ったので、その文を返しましょうか」  文「これは己が心あるから取り置く」  と文治の用箪笥の引出へ仕舞い置きましたのは親切なのでございます。左様なことは知らんから、おあさの方では返事が来るかと思って何をするにも手に付かず、母に薬もやらず、お飯も碌々食べさせないから饑じくなって、私にお飯を食べさせておくれと云うと皿小鉢を叩き付ける。藤原が帰って来て其の事を母が話すと、  あ「いゝえお母さんは今日は五度御膳を食って、終いにはお鉢の中へ手を突込んで食って、仕損ないを三度してお襁褓を洗った」  などと云うと、元より誑かされているから、  藤「お母さん、そんな事をなすっては宜しくありません、えゝ」  と云って少しも構いませんから、隣近所から恵んでくれる食物で漸く命を繋いで居ります。或日の事、おあさが留守だから隣にいる納豆売の彦六が握飯を拵えて老母の枕許へ持って来て、  彦「御隠居さま、長らく御不快で嘸お困りでしょう、今お飯を炊いた処が、焦が出来たから塩握飯にして来ましたからお食んなさい」  母「有難うございます、あなた様、彼が私を〓(「※」は「しょくへん+曷」)殺そうと思って邪慳な奴でございます、藤原も彼んな奴ではございませんでしたが、此の頃は馴合いまして私を責め折檻致します、余り残念でございますから駈け出して身でも投げたいと思っても足腰が利かず、匕首を取出して自害をしようと思いましても、私の匕首までも質に入れてございません、舌を食い切って死のうと思っても歯はございませんし、こんな地獄の責はございませんから私は喫べずに死にます」  彦「そんなことを云ってはいけません、さアお食んなさい」  と云われ元は二百六十石も取りました藤原の母ががつ〳〵して塩握飯を食べて居ります処へ、帰って来たのはおあさで、  あ「お出なさい」  彦「いやこれは」  あ「お母さん又お鉢の中へ手を突込んで仕損いをすると私が困りますから」  彦「あゝ御新造さんこれは私が持って来たので、お母さんがお鉢から食べたのではありません」  あ「へえお前さんは能く持って来て下さるが、仕損いをするとしょうがないから上げないのに、何故持って来て食わせるんだえ、私共は浪人しても武士だよ、納豆売風情で握飯を母へくれるとは失礼な人だ」  彦「これは失礼しました、斯うやって同じ長屋にいれば、節句銭でも何でも同じにして居ります、お前さんの所が浪人様でも、引越して来た時は蕎麦は七つは配りゃアしない、矢張り二つしか配りはしないじゃないか、お母さんは仕損いも何もなさりはしないのに、旦那が知らないと思って、種々な事を云って旦那を困らして、お前さんはお顔に似合わない方です」  あ「顔に似合うが似合うまいが大きにお世話だ、さっさと持ってお帰り」  と云いながら、握飯をポカーリッと投り付けました。  彦「何をするんです、勿体ねえや、ムニャ〳〵〳〵持って来たってなんでえ」  あ「お母様、あなたは納豆売風情に握飯を貰って食りとうございますか、それ程食りたければ皿ごと食れ」  と云いながら入物ごと投り付けましたが、此の皿は度々焼継屋の御厄介になったのですから、お母の禿頭に打付って毀れて血がだら〳〵出ます。口惜くって堪らないからおあさの足へかじり付きますと、ポーンと蹴られたから仰向に顛倒ると、頬片を二つ三つ打ちました。  彦「あゝ驚いた、こんな奴を見たことはない、鬼だ〳〵」  と云いながら彦六は迯帰って此の事を長屋中へ話して歩きまして、長屋中で騒いでいるのが文治の耳へ入ると、聞捨てになりませんから、日の暮々に藤原の所へ来て、  文「はい御免なさい」  と云われおあさは惚れている人が来たから、母を折檻した事を取隠そうと思って、急に優しくなって、  あ「お母さん浪島の旦那様が入っしゃいましたよ、能く入っしゃいました、能くどうも、さア此方へ」  と云うおあさの方を見返りも致さんで、老母の枕許へ来て、  文「御老母様、手前は浪島文治でございます、あなたは鬼のような女に苛い目に遇って、嘸御残念でございましょう、只今私が敵を討って上げます」  と云っておあさの方を向き、  文「姦婦これへ出ろ」  と云う文治の権幕を見ると、平常極柔和の顔が、怒満面にあらわれて身の毛のよだつ程怖い顔になりました。  文「姦婦助けは置かん」  と云いながらツカ〳〵と立って表の戸を締めたから、  あ「アレー」  と云って逃げようとするおあさの髻を取って、二畳の座敷へ引摺り込み、隔の襖を閉てましたが、これから如何なりましょうか、次回に述べます。   九  文治は突然おあさの髻を取って二畳の座敷へ引摺り込み、此の口で不孝を哮いたか、と云いながら口を引裂き肋骨を打折り酷い事をしました。暫くすると障子を開け、顔色を変えて出て参り、老母の前に手をついて、  文「お母さま、あなたの禍は文治郎が只今断ちました、喜代之助殿お帰りがあったら、文治郎が参って御家内を手込みに殺しましたと左様お仰ゃって下さい、嘸貴方は御残念でございましたろう、早く御全快になって些とお遊びに入っしゃい、左様なら」  と云って帰ったから、母親は驚いている処へ藤原喜代之助が帰って参り、右の次第を聞き、怒ったの怒らないのと云うのではありません。予て文治と云う奴は、腕を突張て喧嘩の中や白刃の中へ飛込むと云う事は聞いて居ったが、仮令何のような儀があっても人の女房を手ごめに殺すとは捨置きにならん、拙者も元は右京の家来、二百六十石を取った藤原喜代之助、此の儘捨置きにはならん、と云って大小を取出し、黒ペラの怪しい羽織を着、顔色変えて文治郎方の玄関へ係り、  喜「頼む〳〵」  森「お出でなせい、何でげす」  と藤原の顔を見ると様子が違っているから、少し薄気味が悪くなり、後に下って、  森「あの〳〵生憎旦那はお留守でござえやすが、何の御用ですか」  喜「御不在とあらば止むを得ん、御老母様にお目に懸りたい、藤原喜代之助でござる、御免を蒙る」  と云いながら提げ刀でズーッと通りましたから、森松は文の取次をした事が露顕したか、立花屋で御馳走になって二分貰った事が顕われやしないかと思って気を揉んでいると、喜代之助は老母の前へピタリッと坐ったが、老母には様子が分りませんから、  母「おや〳〵これは好くいらっしゃいました、生憎文治郎は不在でございますが、何御用でございますか、私迄御用向を仰しゃり聞けを願います、お母様も御不快の御様子でございまして、一寸伺いたく思いましたが、私も寄る年で出無性になりまして、つい〳〵伺いませんがお加減は如何でございます」  喜「はい、御老母様のお耳に入れるのも些とお気の毒だが、今日手前家内あさが母に対して不孝を致したでござる、然るところ文治郎殿がおいでになって、不孝な奴だと云って口を引裂き、肋骨を打折り、打殺してお帰りになったが怪しからぬ訳じゃアございませんか」  母「はい、それはまア飛んだ訳で、何とも申そう様がございません」  喜「手前も驚きました、なにそれは殺しても宜しい、はい殺しても宜しい訳があればこそ殺したろう、文治郎殿も気狂いでないから主意があって殺したろうから、主意が立てば宜しいが、主意が立たんければ手前も武士でござる、文治郎殿の首を申受ける心得で参った、はい」  母「誠に何とも申そう様もございません、嘸御立腹でございましょう、彼の通りの者で、やゝも致しますると人様に手出しを致す事がございまして、若年の折柄確と意見を致したことはございましたが、此の度の事には実に呆れ果てまして何ともお詫のしようがございません、彼の様な乱暴な子を持った母は嘸心配であろうと私の心を御不愍に思召して、御内聞のお話にして下されば多分の貯えもございませんが、所持して居ります金子は何程でもあなた様へ」  喜「いえ〳〵お黙りなさい、お前さんも武士の家にお生れなすった方ではないか、金を貰って内済に出来ますか、只主意が立てば宜しい、はい主意が立たんければ家内あさの命と文治郎殿の命と取換るばかりで、はい」 などと顔色を変えている処へ文治郎が帰って参りました。  森「旦那、うっかり入っちゃアいけませんよ」  文「何を」  森「お前さんは大変な事をやって、驚きましたねえ、私アまご〳〵しているんだ、お前さんは藤原のお内儀さんの口を引裂いて殺しましたかえ」  文「うん、先程殺した」  森「そんな手軽く云っちゃア困りやすねえ、藤原さんが顔色を変えて来て、どう云う訳で殺した、お前も武士、己も武士だ、己の女房を殺されて此の儘じゃア帰られねえ、男が立たねえから文治郎の命と取換えるぶんだ、仕事は早いのがいゝって奥へ坐り込んで動かねえから、お母さんが金を出して内済にしようというと、士に内済はねえって、取っても付けねえ処だから、今お前さんが顔を出すと直に斬り掛けるに違えねえ、斬り掛られ黙って引込んでる人じゃアねえからちゃん〳〵斬合を初めるでしょう、そうしてお母さんの身体へ疵でも付けると大変だから、お前さんは二三日身を隠して下せえ」  文「身を隠す訳にはいかん」  森「そうして気の落著いた時分、どうせ仕舞は内済だから人を頼んで訳を付けやしょう」  文「そんな事は出来ん、お母さんをこれへお呼び申せ」  森「お母さん〳〵」  文「もっと大きな声をして」  森「お母さん〳〵これが帰りました」  と親指を出して招くから、母は文治郎が帰ったなと思ってそれへまいり、  母「能くのめ〳〵と私の前へ来た、只今帰ったと云います」  文「飛んだ事がお耳に入って文治郎も申し訳がございません、藤原親子の為を思いまして、お母さまには不孝でございますが、文治郎命を捨てゝ悪婦の命を断ちました、決して逃げ隠れは致しません、一言藤原に申し聞けたい事があります、あなたがこれにお在になると御心配になりますから、おかやを連れて婆やの所へでもおいでなすって」  母「いや参りません、人を殺して云訳が立ちますか、なぜ悪い事があれば喜代之助殿に届けて事をせん、それでは云訳は立ちません、はい先方様が捨て置かんで、私も武士だと云って抜いて斬り付ければお前も引抜いて立合うだろう、お前が斬り殺されるのは自業自得だが、又先方様を殺せば二人の人殺しだから手前の命はあるまい、手前は匹夫の勇を奮って命を亡くしても仕方がないが、跡はどうする」  文「重々相済みません、一応申聞けた上で存分になる心得でございます、御立腹ではございましょうが少々の間彼方へ、森松やお母様をお連れ申せ」  森「お母さん、旦那だって馬鹿でも気狂いでもねえから無闇に人を殺す気遣いはねえ、何か云訳があるんでしょうから鳥渡此方へおいでなせえ」  と無理無体に森松とおかやが手を把って次の間へ連れて参ります。文治は左の手にあった小脇差を右の手に持替えて奥座敷へ入りますから、  森「旦那え〳〵」  文「なんだ、騒々しい」  森「癇癪を起しちゃアいけませんよ、彼奴が抜いたらホカと逃げてお仕舞いなせえ、何でも逃げるが勝だ、然うして向の気が落著いた処で人を以て話をすりゃア、とゞの詰りは金だ〳〵」  文「宜しい、黙っていろ」  と少しも騒がず藤原の前へ出まして、  文「嘸お待兼ね、只今逐一母から承りました処、重々の御立腹、なれども人様の御家内を手込みに殺すには段々の訳があっての事、貴方に於ても左様思召すでござろうが、たった一人の御老母とあなたの為に文治郎命を捨てゝ致しました、あなたは毎日田原町へお内職においでになって御存じあるまいが、あなたのお留守中に御家内が御老母を打ち打擲するのみならず、此の程は食を上げないことを御承知はあるまいがな」  喜「黙れ、仮令何様なる事があろうとお前方の指図は受けん、悪い事があれば私の家内だから私が手打に致そうと捻り首にしようと私がする、何で私に断らんでなすった」  文「まア〳〵、それは至極御尤もの話で、文治郎も気狂いでないから貴方に断らんでする訳はないが、此の程は御老母にとんと食を与えぬので、御老母は餓死なさるより外に仕方がない、貴方がお宅へ帰って見れば御老母が食べ過ぎて困ると云って親子の間中を裂くようにするから、御老母は堪えかねて、喜代之助はそれ程ではないが、倶に私を酷く扱い折檻するゆえ、此の上は死ぬより外はないと仰しゃるのを聞いて、長家中の者がお気の毒に思い、折々食物を進ぜました、今日も納豆売の彦六爺が握飯を御老母に上げて居る処へ、おあさ殿が帰って来て、其の握飯を御老母に投付け、彦六爺に悪口を云い、遂に御老母に皿を投付け、おつむりに疵が出来ました、未だそれにても飽き足らず御老母を足蹴に致すのを文治郎見ました故に、あゝ怪しからん不孝非道な女と赫と致して飛込み、殺す気はなかったが、怒りに乗じ思わず殺す気になったのは私が殺したのではなく全く天が彼の悪婦の行いを赦さず、文治郎の手を借りて殺させたので、天の然らしむる事かと存じます」  喜「黙れ、天が殺したとは何だ、左様な云いわけで済むか、若し左様な事があったら何ゆえ私に其の事を忠告致さん、私も浪人しても大小は挟んで居る、お前の手は借らん」  文「いや〳〵あなたには殺せない、何故殺せんと云うに、あなたが殺すなれば三年連添って居るから疾に殺さなければならんに、貴方は欺されて居るから、私が其の事を忠告して家へ帰れば、おあさどのが又毎もの口前で、それは斯う云う訳で彼れは斯う云う訳で文治郎が聞違えたのだ、私はお母さまに孝行を尽していると旨く云いくるめると、あなたは毎もの如くあゝ左様かと又欺されて殺すことは出来ない、そうすると御老母は餓死致され、仮令手を下さなくも貴方が御老母を殺したと同じことになるから、右京様のお屋敷に聞えても能くない、浪人者の文治郎が身を捨てゝも藤原母子を助けたいと思って斯様に致しました、元より人を殺せば命のないのは承知して居ります、就ては老体の母を遺して死にますから何卒不愍と思召して目を掛けて下さい、おあさどのゝ悪い事は未だそればかりではない、私に附け文をした事は貴方は知りますまい、いやさ艶書を送った事は知りますまいがな」  喜「何と仰しゃる」  文「森松、此の間の文を持って来い」  森「はい、お前さんの所の御新造を悪く云うのじゃアねえが、私に手拭や何かくれて此の間立花屋へ連れて行って、お前さんと別れて寡婦暮しになったら文治郎さんを連れて来てくれと云って文を頼まれたから、旦那の所へ持って来るとポカ〳〵と二つ殴られました」  文「喋るな…此の文は開封致さずに置きましたから御覧下さい」  と云われ藤原は手に取って見ると、文治郎さま参るあさより、とずう〳〵しく名宛が書いてあり、以前は勤めをしたあけびしのおあさですから手は能はありませんが、書馴れて居りますから色気があって綺麗に書いてあります。其の文に此方へ越して来た時からお前さんを見染めて忘れる暇はないゆえ、藤原と別れて独りものになりましたらば、切めてお盃の一つも戴きたい、亭主のある身の上で斯様な事を申すのは浮気な女と思召しもありましょうが、喜代之助は真実の亭主ではない、只今まで藤原母子の者は私から貢いで居りました、藤原の不実はこれ〳〵お母の心の悪い事はこれ〳〵で、一体喜代之助が屋敷を逐出されたのは私故ではなく、全体了簡がけちんぼで、意地が悪くって、野呂間だからとか何とか悉く書いてあるから、藤原は文を読下して膝へついた手がぶる〳〵と慄えて居りました。   十  藤原喜代之助は女房おあさより文治に送った文を見詰めて居りましたが、真に口惜しかったと見えます。  文「何と書いてありますかな」  喜「何ともかとも重々面目次第もない、斯様なる不埓な奴とも心得ず、三年以来連れ添って居る手前へ対し、斯様などうも何とも申そうようござらぬ不人情な奴でござる、母へ食を与えず、打ち打擲致したに相違ござらぬ、手前は兎角貧乏にかまけ留守がちゆえ、其の不孝も存じませんでした、手前の殺せん処を見抜いて天が殺したとは能く仰ゃって下すった、成程これは天が捨て置きません、私に殺せませんから貴方様が天になり代り、一命を捨てゝも喜代之助を助けて下さると云う其の御親切は驚き入りました、あなたは天下の英雄だ、人の女房を手込めに殺すなどと云うことは他人には出来る訳のものでない、善く殺して下すった、忝ない、宜しい手前是れから女房おあさが母に食を与えず、面部へ傷を付けたる廉を以て捨置き難く手打に致したと、手前引受けて訴え出で、あなたのお名前はこればかりも出しません、誠に善く殺して下さいました、忝けない」  と女房を殺した人に礼を云って居りますから、母は気の毒に思い、五十両の金を内済として贈ると、喜代之助はどうしても受けませんで、  喜「どうして私の為に命を掛けて助けて下すったに、金子を戴く訳はありません、実に文治郎殿の気性には手前感服致した、此の様なる方と御懇意にしたら此方の曲った心も直ろうと思いますから、以後御別懇に願いたい、就ては母も老体で私が内職に行くことが出来ませんから、文治郎殿の鑑識に適った女房を世話をして下さい、成るべくお親戚なれば尚更忝けない」  との頼みに文治郎も捨置かれませんから、母の姪のおかやと云う年二十六になる、器量は余り宜しくないが屋敷育ちで人柄な心掛のよい女を嫁にやろうと云うと、喜代之助は大きに喜びまして、何しろおあさを殺したことを届けようと云うので届出ますと、岡ッ引御用聞などが段々探索になりましたなれども、彼の女は元より母親に食物を与えず、不孝邪慳の女で悪い者だということが明白になったから、何事もなく相済み、おあさの死骸は野辺の送りを済ませた上で、文治郎の母は内済金五十両をおかやの持参金として贈りましたから、以前と違っておかやは母親を大切に致しますから、喜代之助は喜び、夫婦中睦しく、倶に文治郎の宅へ出入りをするようになりました。すると何う云う訳か文治郎の母がお飯を食べなくなりましたから、文治もこれには驚きまして、  文「これ森松」  森「へい」  文「お母様は御膳を食らんではないか」  森「へー喰いませんよ」  文「喰いませんよではない、昨日も食べないではないか」  森「一昨日も喰いません」  文「何故三日も食らんのに私に知らせん」  森「それでも喰いたくねえって」  文「馬鹿を云え、三日も食らずに居られるものか、お加減が悪いのだから医者を呼ばなければならん、医者を呼んで来い」  森「何だか腹が充いって」  文「三日も召上らんでは困ります…御免下さい」  と障子を開ると母親は座蒲団の上に行儀正しく坐っているのを見て、  文「此の程はお食が頓とおすゝみにならぬそうで、文治郎も驚き入りました、三日も食らんと云うことはさっぱり存じませんでした、お加減が悪ければそれ〴〵医者を呼びますものを、大層お窶れの御様子、何か御意に入らんことがござれば、これ〳〵と仰ゃり聞けまするように願います」  母「はい、私は喰べません、餓死致します、お前の様な匹夫の勇を奮って浪島の家名を汚す者の顔を見るのが厭だから私は餓死致します、親父さまは早く此の世をお逝り遊ばし、母親が甘う育てたからお前が左様なる身持になり、親分とか勇肌の人と交際をして喧嘩の中へ入り、男達とか何とか実にどうも怪しからん致方、不埓者め、手前も天下の禄を食んだ浪島の子ではないか、左様なる不孝不義の子の顔を見るのは厭でございますから喫べずに死にますが、私が死ぬのは私が勝手に餓死致すのではなく、手前が乱暴を働くのを見て居るのが辛いから食を止めて死ぬのじゃによって、仮令手を下さずとも其方が親を乾し殺すも同じじゃによって左様心得ろ」  文「へえ、それは重々恐れ入りました、お母様真平御免遊ばして下さいまし、是れまで余儀ない人に頼まれ、喧嘩の中へ入りましたのは宜しくないとは心得ながら、止むを得ず人の為に身を擲って事を致しましたことが再度ございましたが、お母様の只今の御一言で文治郎実に何ともかともお詫の致し様がございません、只今のお小言に懲りまして決して他へ出ません、お母様のお側を離れません、喧嘩のけの字も申しませんゆえ何卒お許し遊ばして、御飯を喰って下さいまし、手を下さずとも親を乾し殺すも同様であるとの御一言は、文治郎身を斬られるより辛うございます」  母「喰べんと云ったら喰べん、文五右衞門殿の亡い後は私が親父様の代りでございます、武士に二言はない、決して勧めるときかんぞ」  文「へえ〳〵〳〵〳〵」  森「お母さん食べておくんなせい、お願いだ、旦那も心配していらア、旦那だって喧嘩はしたくはねえが拠なく頼まれて人を助けるのだから、まア堪忍して食っておくんねえ」  母「なんの、手前まで喧嘩があると悦んで飛出す癖に、其方へ行け」  森「お母さん、じれちゃアいけませんよ」  母「手前の知ったことではない」  と叱られて、文治郎と一緒に次の間へ来まして、  森「どうしたのでござえますね」  文「はて私を仕置のため御膳をあがらんのだわ」  森「へえ変ですねえ、仕置にお飯を喰わせねえというのは聞きやしたが、自分の方で喰わねえのは妙だねえ」  文「お母さまは茶椀蒸がお好だが、いつでも、料理屋で拵えたのよりは、文治郎の拵えたのが宜しいと仰ゃって喰るから、蒸を拵えましょう…蒲焼の小串の柔かいのと蒲鉾の宜しいのを取ってこい、御膳は私がといで炊くから」  とこれから文治郎自分で料理をして膳を持って障子を開け、  文「お母様、先程の御一言は文治郎の心魂に銘じました、御一命を捨てゝの御意見何とも申そう様ござらぬ、此の後は慎みますから何卒御勘弁遊ばして召上って下さいまし、三日も召上らんから大分お窶れも見えまして誠に心配致します、文治郎手づから茶椀蒸を拵え、御飯も自分で炊きましたから、何卒召上って下さいまし、お母さま、これからは決してお側を離れません、何卒御勘弁を」  と文治郎涙を浮べ茶椀蒸の蓋を取って恐る〳〵母の前へ窃っと差出しました。  母「喰べんと云うのに何故面前へ膳を突附けたのじゃ、手前は母へ逆らうか、喰べんと云ったら喰べやアしません、其方へ持って行け」  と云いながらポーンと膳を片手で突きましたから、膳は転覆る、茶椀蒸は溢れる。  文「これ〳〵森松や雑巾を持ってこい」  森「へえこれは大変々々、お母さん堪忍して食っておくんなせい、旦那がお前さんに喰べさせていと云って拵えたのだ、食わなければ食わないで宜しいじゃアねえか、私が食いやす、斯うやって旦那が詫るのだから好加減に勘忍しておくんねえ、親孝行だって相手が悪くっちゃア仕様がねえなア」  文「これ何を云う、其方へ行け、なぜお母さまの前でそんな事を云うのだ」  森「それだってあんまりだア、旦那自暴を起しちゃアいけねえ、お前さんの様な親孝行な人はねえ、旦那が自分でお飯を炊いてお菜までこせえて食わせようと云うに…そんな人がある訳のものじゃアねえ、私なんぞが道楽をする時分にゃア、お母が飯を炊いてお菜をこせえて、さア森やお飯が出来たから起ろよ、と云われて膳に向い、お菜が気に入らねえと膳を足で蹴ったものだ、それを一軒の立派な旦那がお飯を炊いて食わせるのは一と通りの訳じゃアねえ、怒らねえでも宜いじゃアねえか」  文「これ〳〵手前の知ったことではない、此のお詫ごとは藤原喜代之助に限るな」  森「へえ〳〵」  文「藤原の女房を殺したことが今出て来たのだな」  森「へえ〳〵成程、藤原の先の女房は彼の婆さんに飯を食わせずにいて殺されたから、それでお母さんが食わなくなったのだ」  文「そうじゃアないわ、喜代之助でなければ」  と文治郎は直に藤原の宅へ参り。  文「はい御免」  喜「おや〳〵さア此方へお上り、おかやや文治郎殿がお出なすった、鳥渡お茶を入れて」  か「はい」  喜「鳥渡上ろうと存じて居りましたが、今日は内職を休んで家にいた処で、丁度宜しい、まア此方へ」  文「少々お願があって参りました、母が立腹を致して三日程食事をしません、種々詫を致しても肯きません、手前が喧嘩の中へ入り、匹夫の勇を奮い、不孝の子を見るのが厭だから餓死して意見をすると申して肯きません、此の詫ことは貴方より外にない、どうか貴方お詫ことを願います」  喜「いやそれは、お母様が御膳が進まんと云う事はきゝましたが全くですか、昨日お見舞に出た時、お食は如何ですと申した処が、なに御飯は三椀も喫べられて旨いと仰ゃったが、それでは嘘ですか、命を捨てゝも浪島の苗字が大切と思召し、御老体の身の上で我子を思う処から、餓死しても貴方の身を立てさせたいと思召す、それに貴方が御孝心ゆえ左様に御心配なさるのでしょう、宜しい、お詫に出ましょう、かやがお母様の御意に叶って居りますから、かやも同道致してお詫に上りましょう」  と直ぐに羽織を引掛け、一刀帯して女房おかやを連れ、文治郎の台所口から、  喜「はい御免なさい」  森「藤原さんですか、お母さんが膳を転覆して旦那もお困りですが、お母さんは〓(「※」は「箍」で「てへん」のかわりに「きへん」をあてる)がゆるんだのだ」  喜「これ大きな声をしてはいけません」  と母親の居間へ通り、  喜「お母様御機嫌宜しゅう」  母「おやお揃いで」  喜「只今承わりましたが、文治郎殿がお失策で中々お聞入れがないから、手前に代ってお詫をしてくれと、何事にも恐れぬ文治郎殿が驚かれ、顔色変えて涙を浮べ頼みに参ったから直様出ましたが、どうか御了簡遊ばして、御飯を召上るように願います」  母「決して詫などをして下さるな」  か「お母様、そんなことを御意遊さずに御免下さい、彼の文治郎さまの御気性でお驚き遊ばしたのはよく〳〵のことでございますから、何卒お許し遊ばして、御飯を召上って下さいまし」  母「いや喫べんと云ったら二言とは申しません」  喜「宜しい、あなたの御気性で、食を止め餓死しても文治郎殿の為に遊ばすと云うのは、子が可愛いからでしょうが、何うか文治郎殿に代ってお詫を申上げます、お赦し下さい」  母「いゝえ、お置き下さい」  か「どうか私に免じて御飯を食って下さいまし」  母「なりません、侑めると肯きません」  喜「それではどうも致し方がない、死を極めておいでなすって見れば仕方がないによって、手前此の場で割腹致しお先供を致す」  か「私も供にお先供致します」  と云いながら鞘を払って已に斯うと覚悟致しますから、  母「まアお待ちなさい」  喜「いゝえ待ちません」  母「これかや、まア待ちな……命を捨てゝ詫ことをして下さる、赦し難い奴なれども、お前方両人に免じて一とたびは赦しますから、文治郎をこれへお呼び下さい」  喜「なに、御勘弁下さると、それは有難い、文治郎殿、お詫ごとが叶いましたから此方へ入っしゃい」 文「はい、能う御勘弁下され文治郎誠に有難く心得ます」 母「赦し難いやつなれども御両人に免じて赦すから此方へ来なさい、仕置を申付けるから」  文「どの様なるお仕置でも遊ばして下さいまし、文治郎聊かもお怨みとは心得ません」  母「手を出しなさい、二の腕を出しな」  文「へい」  と腕をまくって出すと母は文治郎の腕を確かり押え、  母「かやや、其処に硯があるから朱墨を濃く磨って下さい、そうして木綿針の太いのを三十本ばかり持って来な」  喜「お母様何をなさる」  母「仕置を致す」  と云いながら文治郎の二の腕へ筆太に「母」と云う字を書きまして、針でズブ〳〵突き、刺青を初めましたが、素人彫りで無闇に突きますから痛いの痛くないのって、  母「さア、これで宜しい、私が父親なれば疾に手打にして命はないのだから、手前の命は亡いものと心得ろ。これからは母の身体だによって、若し私の意見に背き、喧嘩をして身体へ傷を付ければ母の身体へ傷を付けたも同じだから、左様心得て以後はたしなめ」  文「はゝ畏りました」  喜「成程、お母様の御意見感服致した、文治郎殿、以後は気をお付けなさい、万一湯に行って転んで傷を付けても、お母様の身体へ傷を拵えたのも同じになるから気を付けないといけません、さア、それではお母様御飯を上るように願います」  と云われ、そこは親子の情でございますから、喜代之助夫婦と四人で一と口飲んで食事も済ませ、藤原夫婦も嬉しく思って帰りましたが、これより後は文治郎は親の慈悲を反故にしてはならんと云うので、頓と他へ出ません。母の側に附き限りで居りまして、母の機嫌を取るばかりでなく、足腰を撫擦り、又は枕元に本を持って参りまして、読んで聞かせたりして、外出を致しませんから、また母も心配して、  母「文治郎、此の頃は久しく外出をしないのう」  文「左様でございます、お母様も私をお案じなすってお外出をなさいませんが、偶には御遊歩遊ばした方がお身体の為にも宜しゅうございます」  母「左様さ、今日は幸い天気も好いからお父様のお墓詣りに行きましょう」  文「へえお供いたしましょう」  と其の日は墓詣りに行き、今日は観音、明日は何処と遊歩にまいり、帰りにお汁粉でも食べて帰る位でございます。廿五六の壮年のものがお母さんの手を曳いて歩き、帰りに達摩汁粉を食って帰って来る者は世間にはありませんが、文治郎は母の云うなり次第になって、五月までは決して一人で外出を致しませんでしたが、安永九年に本所五目の羅漢堂建立で栄螺堂が出来ました。只今では本所の割下水へ引けましたが、其の頃は大した立派な堂でございました。文治郎母子も五百羅漢寺へ参詣して帰って参りました。丁度日の暮方、北割下水へ通り掛りますと、向うの岸が黒山のような人立で、剣客者の内弟子らしい、袴をたくしあげ稽古着を着て、泡雪の杓子を見た様な頭をした者が、大勢で弱い町人を捕えて打ち打擲致し、割下水の中へ打込んで、踏んだり蹴たりします。彼の町人は口惜しいから、  町「殺せ、さア殺して仕舞えあゝ口惜しい」  と泣声も絶え〴〵になりましたが、遠くに立って居ります者も、相手が侍で屋敷の前でございますから、逡巡りをして唯騒いでいるのみでございます。  「何でございます」  「何ですか分りませんが、向うは大伴蟠龍軒と云う剣客者だそうでございます、其の内弟子が町人体の者を捕まえて打ち打擲しますが、余程悪いことをしたのでしょう」  「もし彼は何でございます」  「泥坊で縁の下に隠れていたのだそうです」  「縁の下から刀と槍が出たそうです」  「へー剣術遣いの家へ泥坊が入ったのですか」  「そうじゃアない、火を放けたのだそうです、火を放けて燃え上ろうとする処を揉消したんだそうです」  「火を放けたんですか、物にならなくってお互に好い塩梅でした」  「なアに妾を盗んだそうです、剣術遣いの妾を町人が盗んだのだと云うことです」  「なアに借のある奴がしらばっくれて表を通る処を捕えたのだそうです」  「なアに、そうじゃアない、出入の町人の女房を取られたのだとね、金を取られた上にあんな目に逢うのだとね」  「そうじゃアない巾着切りだと」 などと少しも分りません。処へ文治郎が通り掛りますと、向うから知って居る者が参りまして、  「旦那今日は」  文「これは暫く」  「今日は何方へ」  文「母と羅漢寺へ参詣に参りました…向うに人立ちのして居るのは何です」  「彼はたしか旦那様御存じでございましょう、もと駒形にいて今は銀座に店を出している袋物屋だそうです、彼処へ出入中に金の抵当に女房を取られ、金を返しに行ったところが、金を取られ、女房は返えさず打ち打擲したそうです、口惜しいから悪態を云うと門弟が引出して、彼の通り打ったり溝の中へ突込んだりして、丸で豚を見たようです、太い奴ですなア」  文「何ですか、あの紀伊國屋の友之助ですか」  「私は知りませんが隣り屋敷の家来が塀へ上って見たら彼の男だと云う話ですが、非道い奴ですなア」  文「女房を取られ、彼の倒になっているのは友之助ですか、ふゝん」  と怒りに堪えず二歩三歩行きに掛りますと、  母「あゝ文治郎お前はまア見相を変えて何処へ行くのだえ」  文「へー〳〵……鳥渡手水を致そうと存じまして」  母「フーム、少し余熱が冷ると直に持った病が出ます、二の腕の刺青を忘れるな」  文「はい」  と母と一緒だからどうにも出来ません、仕方がないから其の儘見捨てゝ母と共に宅へ帰りました。これから母の教えが守り切れず、大伴の道場へ切込む達引のお話、一寸一と息つきまして申し上げます。   十一  さて友之助が斯様な酷い目に逢うのは何う云う訳かと云うと、友之助はおむらに勧められて文治郎の近所にいるのは気詰りだから、他へ越せ〳〵と云うので、銀座三丁目へ引越したのは二月の二十一日でございます。店開きを致して僅か十日ばかり経つ中に、友之助は店に坐って商いをして居ります。袋物店でございまして、間口は狭くも良い代物があります。おむらは台所廻り炊事の業などをいたして居ります。ふと通り掛った武士、黒羅紗の山岡頭巾を目深に冠り、どっしりとしたお羽織を着、金造りの大小で、紺足袋に雪駄を穿き、今一人は黒の羽織に小袖を着て、お納戸献上の帯をしめて、余り性は宜しくないと見えて、何か懐中へ物を入れて居ると帯が皺くちゃになって、掛は頂垂れて、雪駄穿と云うと体は良いが、日勤草履で金が取れ、鼠の小倉の鼻緒が切れて、雪駄の間から経木などが出るのを、踵でしめながら歩くという剣呑な雪駄です。微酔機嫌で赤い顔をして友之助の店先へ立ち、  士「こう阿部氏、大分この袋物屋には良い品がある様だ」  阿「左様でげすか、貴方は今迄のお出入がありながらお好だから良い店へ立寄ると買い度なりますと見えますね」  士「妙なもので丁度婦人が小間物屋の店へ立った様なものだ」  阿「良い物がありますかね」  士「これ〳〵亭主、其の袂持の莨入を見せろ」  友「まアお掛け遊ばせ、好いお天気様で、エー新店の事で、エー働きますが御贔屓を願います」  士「あゝ、草臥たから少し腰を掛けさせてくれ…其の金襴の莨入を遣物にしたいと思うが見せろ」  友「へい〳〵〳〵御進物にはこれは飛んだお見附も宜しく、出した処も宜しゅうございます、この方は二段口になって、これは更紗形で、表は印伝になって居りますから」  士「大分良い物がある……阿部氏何んぞ買わぬか」  阿「どうもいけません……手前煙草がいけませんから欲しくございません……御亭主大層良い品があるね」  友「どうも品物が揃いませんで……これお茶を上げなよ」  むら「はい」  と奥から出ましたお村は袋物屋の女房には婀娜過ぎるが、達摩返しに金の簪、南部の藍の子持縞に唐繻子に翁格子を腹合せにした帯をしめ、小さな茶盆の上へ上方焼の茶碗を二つ載せ、真鍮象眼の茶托がありまして、鳥渡しまった銀瓶と七兵衞の急須を載せて、  むら「お茶を召し上れ」  士「はい」  と彼の士は茶碗を取りながらお村の顔を見て、顔を少し横にそむける。阿部は酔っているから心付きません。  阿「いよ、これはどうも有り難いが、願わくは手前は大きいもので水を一杯戴きたいもので」  士「御亭主」  友「へい〳〵」  士「貴公は本所辺で出入の処がありはせんか」  友「へい二三軒様お出入があります」  士「本所の宅へ来て貰いたいのだが何うだね、多分の物は買わぬが、序に来て貰いたい」  友「へい〳〵、どういたしまして新店のことで、何方様へでも参ります、何う云う物が御入用様でげすか、えー宅にありませんでも取寄せて御覧に入れます」  士「提物が欲しいと思うが胴乱の様な物はないか」  友「左様でげす、丁度良い塩梅のは仕上げになって居りませんが、これは高麗青皮と申しまして余り沢山ないもので、高麗国の亀の皮だと申しますが、珍しいもので、蘂が立って此の様に性質の良いのは少ないもので、へえ、これはお提物には丁度好いと思います」 士「成程、大きさも飛んだ良いが、何か金物があるか」  友「左様で、お金物はこれは目貫物で飛んだ面白いもので、作は宗乘と申しますが、銘はございませんが宗乘と云うことでございます、これは良い彫でげす」  士「成程これは良く彫った、趙雲の円金物図が好いな、緒締の良いのはありませんか」  友「へゝお珊瑚にいたして、へえ〳〵却って大きいと斯う云うお提物にはいけませんから、六分半ぐらいにいたして、へい只今宅にございませんが、お出入先へ参って居りますから持参致します、これは古渡りの無疵で斑紋のない上玉で、これを差上げ様と存じます……お根付、へい左様で、鏡葢で、へい矢張り青磁か何か時代のがございます、琥珀の様なもの、へえ畏りました、取寄せて持参致しますが何方様で」  士「えー名札を失念したが硯箱を」  友「へえ〳〵畏りました」  …すら〳〵と書いて、  士「本所だよ」  友「成程、本所北割下水大伴様、へえ明後日ではお遅うございましょうか」  士「宜しい、朝来ては困るから願くは夕景から来れば他へ出ずに待っているよ」  友「へえ〳〵畏りました」  士「此の莨入を二つ買うが如何程だえ、左様か、釣は宜しい、宅へ来た時序に持って来てくれ」  友「有難うございます、恐入ます、お茶も碌々差上げませんで、明後日は相違なく夕方までに持参いたします、へえ〳〵有難うございます、左様ならお帰り遊ばせ」  阿「御舎弟」  士「えー」  阿「あなたは本所にも浅草にもお出入があるに、態々銀座に、お出入を拵えるには及びますまい」  士「そこに少し訳ありさ」  阿「訳ありとは」  士「彼処で茶を酌んで出した婦人を見たかえ」  阿「いゝえ見ませんよ、婦人には少しも気が付きませんでしたが、あの袋物屋に種々見て居りました中に、家内が茶を酌んで出した様でしたな」  士「予て貴公に話した柳橋の芸者のお村の為には、手前は兄にも叱られる程散財して、手に入れようと思ったが、袋物屋に色男があって其の者の方へ縁付いたと聞いたが、先刻茶を酌んで出したのは柳橋のお村だよ」  阿「えーあれが、左様ですか、残念のことを致しました、手前見たいと思っていたが柳橋へお浮れの折には生憎お伴致しませんで、其の美人を拝見致しませんが、見たかった、残念なことをした、女房と思って気が付かんで居りました、あゝ見たかった」  士「往来で大きな声をしてはいかぬよ、まア道々話しながら」  と連の阿部と云う男と話しながら帰りました。友之助は左様なことゝは存じません、翌々日は整然と結構な品物ばかり取揃えて風呂敷に包み、大伴蟠龍軒の名前を聞いて居るから、本所割下水へ行くと、結構な誂え物をした上に始めての交際だと云うので、多分の目録をくれ、馳走をして帰しました。大分調子が好いから友之助はちょい〳〵行くと、帰りに夜に入った時は、大儀だろう駕籠に乗って帰るが宜いと云って、駕籠へ乗せて帰す。友之助は結構な出入先が出来たと喜んで足を近く行って見ると、何時も能く来たと云って大伴蟠龍軒も蟠作も兄弟揃って友之助をヤレコレと云う。友之助は一体善い人でございますから、二なき出入が出来たと心得て、屡参ります。其の中四月十一日の丁度只今なれば午後二時少々廻った時分で、日長の折から門弟衆は遊びに出て仕舞って、お中口はひっそりと致して居ります。  友「お頼み申します〳〵〳〵何方様も入っしゃいませんか、御免を蒙ります」  と次の間へ荷を置きまして、  友「御免下さい」  蟠龍軒「誰だ」  友「へー紀伊國屋で」  蟠「能く来た、お前が三日も来ぬと一月も来ぬ様な心持で合縁奇縁で妙なものだ、どうも懐かしいな」  友「恐入ります、先日は又多分の頂戴物をいたして、殊に御馳走になり酩酊いたして有難いことで、何時も酔って帰りまして家内に叱られます」  蟠「どうも可愛い男だ、今阿部忠五郎と舎弟と碁を遣り初めたが、私は一杯遣ってるが誠に陰気でいかぬ、どうも好だから彼の通りだ」  友「へー大層夢中になって入っしゃいます……御舎弟様、御機嫌宜しゅう…阿部様御機嫌宜しゅう…少しもお耳に這入りませんな」  蟠「これ蟠作、紀伊國屋が来た」  蟠作「いや、これはどうも久しく逢わぬが、余り来ないと云って兄と案じていた、今阿部と初めた処だが碁に掛ると他に念なしで夢中になるから」  阿「さア六ケしくなって来ました、此処の隅だけは取られた塩梅だ」  友「阿部様、少しお悪い様で」  阿「これはどうも、誠に先日はお互いに酔って御無礼を致しました、御舎弟には中々敵わぬ、今一生懸命の処で御挨拶は出来ません……置いては悪いと云う、紀伊國屋が来ればと行く……成程これは悪い、あッと切れて居ることを知りませんでした、これはどうも大ごと二十五目と云う仕事、これは弱りましたな……斯う遣ると向うへ登ると、えゝ紀伊國と斯うやる、紀伊國屋と突くと向うが紀伊國と跳上げられる、弱るね、紀伊國屋と斯う突くと向うが紀伊國とやる」  友「はゝゝゝどうも紀伊國屋尽しの碁は初めて見ました」  蟠「紀伊國屋は碁は好だそうだな」  友「へえ私は碁で十六度失錯ました」  蟠「大層失錯りましたね」  友「御膳より好で、目の先へ斯う始終碁が並んでいる様で、商の邪魔になりますからピッタリ止めました」  蟠「どうだ、阿部は下手の横好きで舎弟に七目負けたが、どうだ阿部と一石やりなさい」  蟠作「紀伊國屋遣りなさい、自分の身代になれば碁に勝っても宜いじゃアないか、よう遣りなさい」  友「じゃアお相手致しましょうか」  と素より好きだから紀伊國屋は心嬉しく、  阿「あれさ黒はいかぬ、白を持ちな」  友「どう致しまして」  阿「手前は白を持ったことはない、お前は上手らしいから私は黒が宜い」  友「じゃア参りましょう」  とパチリ〳〵と根が好だから夢中になって二番ばかり打ちますと、阿部はばた〳〵と負けた。  蟠「どうしたの」  阿「へえ何うも紀伊國屋強うございます」  蟠「勝たか」  友「阿部様はほんの飴でしょう」  阿「なか〳〵飴でない」  蟠「どうして阿部はとてもいかぬ、へぼだ、へぼで飴を食わせることは出来ぬ」  阿「じゃア斯うしましょう、張合になりませんから負けたら大きいもので一杯グーッと飲んではどうでしょう」  蟠「狡い事を考えるな、阿部は自分が酒が飲みたいものだから」  阿「そうでない、さア遣りましょう」  蟠「これ〳〵友之助、阿部はむかっ腹を立てゝ面白いから一両ばかり賭けて遣りなさい、慾張って居るから取られると額へ筋を出して面白いから、阿部、紀伊國屋と一両賭けて賭碁は何うだ」  阿「どうも勝って来たものだから直に附込んで来る、どうも敵に後を見せる訳にもいかぬから遣りましょう」  とそれからパチリ〳〵と遣りますと紀伊國屋が勝ちます。  阿「此度は倍賭けで二両で」  と出ると又紀伊國屋が勝つ。又四両八両と云うので段々大きくなり十両が二十両となり幾度遣っても阿部が負ける。  友「もういけませんよ」  阿「ウーン紀伊國屋、まア其処へ置きな、遣らぬではない、遣るが残念だから一時に思い切って五十両賭と為よう」  蟠「阿部大層大形になったな、そう腹を立ってはいかぬ」  阿「いや余り残念だから、紀伊國屋逃げてはいかぬ」  友「逃げやアしませんが、お気の毒様です、阿部様の五十両を唯頂戴致しますと恐入ますからな」  阿「唯なんてそう云うことを云うから残念だと云うので」  と又遣ると今度はたった二目の違いで紀伊國屋が負けました。  友「さア遣られました」  蟠「どうした負けたか」  友「負ける碁ではないが二目の違いで負けました、残念です」  蟠「紀伊國屋は先に勝ったから宜しい、今度は負ずにやれ」  友「残念です、今度は百両賭で遣りましょう」  阿「百両賭、面白い、遣りましょう」  友「旦那様恐入りますが百金拝借致したいもので」  蟠「百金私の手もとにはないが…どうだえ貸すかのう」  蟠作「左様です、紀伊國屋だから兄上が証人なれば貸しましょう」  蟠「じゃア貸して遣ろう」  友「負ける碁ではないのですから百金として先のを皆取返して、阿部さんの鼻から汗を出させます」  阿「怪しからぬ、さア参りましょう」  蟠「紀伊國屋百両と纒まった金だ、貴様は堅い商人だから間違はあるまいが、鳥渡証文を書かぬと私が証人になって困るから」  友「宜しい、印形を持参しましたから書きます」  蟠「なに荷を書入れる、馬鹿な、そんなことをしなくっても宜いのう蟠作」  蟠作「なに兄上、紀伊國屋は土蔵よりなにより大事なものは女房のお村だと云って度々惚けを言いますが、若し此の三十日までに金が出来んで返金の出来ぬときは女房お村を貴殿方へ召使に差上げましょうと云う証文はどうです」  蟠「それは至極面白い、酒の座敷ではそう云う洒落た証文は面白い、それじゃア紀伊國屋、若し金が返せぬときは女房を貴殿方へ召使に差上るという証文はどうだ」  友「成程それはどうも」  蟠「面白かろう」  友「飛んだお面白い洒落で」  友之助は根が善人ですから、よもやと思って得心しますと、  阿「私が書きましょう」  と阿部忠五郎がすら〳〵と書きましたのを知らずにピタ〳〵印形を捺して向うへ渡しました。阿部忠五郎と云う男は元より碁に負ける様な者ではない、碁は三段から打ちまして田舎廻りの賭碁で食っている。忠五郎企みも企んだ証文を書いて百両賭で遣ると、忽にパタリと紀伊國屋が取られました。  蟠「どうした」  友「取られました、残念でございます、これは負切りにはしません」  蟠「まア〳〵そう焦るな、心配すると面白くない、互いに熱くなって筋を出しては面白くない、金はどうでも宜い、まア〳〵一杯飲んで機嫌好く帰れ」  とこれからお酒になって紀伊國屋を機嫌能く帰しましたが、友之助は正直な男だから気に掛りますが、四月三十日に金子を返す訳に往かぬから言訳に参りますと、  蟠「馬鹿ア言え、貴様に貸す金を取ろうとは思わぬ、又是れから買う品物で段々差引くから宜しい」  と云うからそうと心得て居りますと、五月十五日にお客があるから女房のお村を働きに貸してくれとの頼みです。以前芸妓だそうで定めて座の取廻わしも好かろう、当家には三味線がないから持参で夫婦揃って来て、客の待遇を頼むと云うから、友之助は余儀なく女房自慢でお村を立派に着飾らせ、自分も共々行ってお客の待遇を為し、其の晩は夜も更けましたから今夜は一泊するが宜いと云うので、夫婦諸共に一泊いたし、翌朝になりますと友之助は商いに行き、お村は跡に片附ものもあるから、もう一日貸せと云うので、友之助は商いを仕舞って迎いに来ようと思ったが、そこは外見で女房の跡を追掛けるようでいかぬから、銀座へ泊って翌日行くと種々跡に取込があり、親類の客があるし、お村の清元を聴かせたいから、もう少しと云うので、又お村を引上げられ、又二晩置いて行くと、もう向うの様子が違って、企の罠に掛りました。此方はそんなことは知りませんから、  友「御機嫌よう」  蟠「いや紀伊國屋か、能く来たね」  友「御無沙汰いたしました」  蟠「大分暑くなった」  友「誠に長々お村を有がとうございます、もう御用済になりましたら、私も商いに参りますに、家は錠を下して出ますのも誠に不都合でございますから、今日はお村を連れて帰りとう存じます」  蟠「誰を」  友「お村を」  蟠「お村を連れて帰るとはどう云う訳で」  友「へいお村を連れてまいるので」  蟠「何を言うのだ、お村は舎弟の蟠作に貴様は妾に遣わしたではないか」  友「へい何で、何を仰しゃる」  蟠「手前忘れてはいかぬ、先月阿部と賭碁をして、金がないから私に百両貸せと云うから、手許にないに依って弟の手から貸して、私が請人になって、証文の表には返金の出来ぬ時は女房お村を貴殿方へ召使に差上げると云うことが書いてあって、首と釣換えの印形を捺したではないか、えゝ、それ故蟠作がもう妾に致した心得で毎晩抱いて寝ますよ」  友「怪しからぬ乱暴なことを云って、御冗談を仰しゃるが、手前跡月三十日に少々金子に差支があると申したら、何時でも宜いと仰しゃるから宜いと心得て居りましたが、そう云うことなら返金致すので、人の女房をそんなどうもお愚弄いなすっちゃアいけません、驚きますよ」  蟠「何を云う、なんぼ兄弟の中でも金銭は他人と云う喩え通りだ、なぜ金を返さぬ、貴様は正直な商人だからよもや倒しゃせまいと思い、催促しなければ好い気になってこれまで返金に及ばぬから此方で弟が抱いて寝るは当然ではないか」  友「先生それは貴方本当に仰しゃるのですか」  蟠「武士たる者が嘘を云うか」  友「これは呆れた、呆れましたねえ、先生、貴方は立派な門弟衆も沢山ある大先生のお身の上で、何と弱い町人を貴方瞞す様なことをなさらんでも宜しいじゃございませんか、彼の時は真の酒の場で洒落だと仰しゃるから印形を捺しましたが、そうでなければ女房を書入の証文に印形を突きは致しません」  蟠「黙れ、手前洒落に首と釣換えの印形を捺すか、誰が洒落に金を貸す奴があるか、出入の町人に天下の通用金百両と云う大金を貸すは忝ないと思え、洒落に貸す奴があるか、痴漢め、お村が欲しければ金を返せ、己が間へ介まって迷惑に及ぶぞ、痴漢め」  友「これは驚きましたな、どうも余りと云えば呆れ果てた仰しゃり分でげす、宜しい、私も紀伊國屋です何も金を返せなら返せで催促を遊ばして、女房を取上げんでも宜い、お村を鳥渡貸せと仰しゃるから上げたので何もそれを抱いて寝る事はありません、お村も亦抱かれて寝ることはありません、金を持って参ります」  蟠「当然で」  友「金を拵えて持って参ります」  と真青な顔をして涙を浮べ唇の色も変えて友之助飛出したが、只今と違い其の頃百金と云うは容易に人が貸しません。正直な者でも明後日来いとか明日来いとか云う人ばかりでございます。翌日になり漸く七所借をして百両纒めて、日の暮々に大伴蟠龍軒の中の口から案内もなしで通りましたが、前と違い門弟衆も待遇が違う。  門弟「これ〳〵紀伊國屋、無沙汰で中の口から通る奴があるか」  友「へえ先生にお目に懸りたい」  門弟「取次いで遣るから其処に居れ、何の用だ」  友「いゝえ、来いと仰ゃるから参ったので、金を持って来たのです」  蟠「誰か来たか……なに紀伊國屋が来た、余り小言を云わぬが宜い、さア這入れ、宜しいから此処へ来い」  友「先生、金子百両慥にお返し申しますから証文とお村を引換にどうぞお返しなすって下さい」  蟠「何と、そんなに顔色を変えて泣面をするな、これは百金だな」  友「左様で、百両借りたから百両持って参ったのです」  蟠「痴漢、手前は三百両借りたのではないか」  友「何を仰しゃる、私は百金しか借りた覚えはありません」  蟠「黙れ、手前は上せて居るな」  友「お前さんが上せている町人を欺してそんな」  蟠「これ〳〵何を大きな声をする……これ此の通り「金三百両但通用金也」どうだ、これを見ろ」  友「へえ……おや〳〵」  と友之助は証文を見ると阿部忠五郎が金の字と百の字の間を少し離して書いて、其の間へ無理に三の字を平ったく篏込んで入字をした百両の証文が三百両だから、  友「これは〳〵三百両」  蟠「ソーレ見ろ、三百両どうだ、手前得心で印形を捺したではないか、痴漢め……蟠作これへ出ろよ、百金を持って来たからお村を返せと云うが返して遣るか」  蟠作「怪しからぬことでげす」  と云いながらスラリッと襖を開けると蟠作に続いて出ましたのがお村、只今で云う権妻です。お妾姿で髪は三つ髷に結い、帯をお太鼓にしめてお妾然として坐りました。続いて柳橋のお村の母お崎婆が隠居らしく小紋の衣物で前帯にしめて、前へのこ〳〵出て来た。  友「おやお村、お母も」  お崎「誠に貴方方には相済みませんが私も友之助には云うだけの事は申しますから、はい……己が云うことを能く聞け」  とお村の前へ進み出まして、友之助を捕まえ悪口を云う、これが大間違いになります初めでございます。   十二  慾深き人の心と降る雪は積るにつけて道を遺るゝと云う、慾の世の中、慾の為には夫婦の間中も道を違えます人心で、其の中にも亦強慾と云うのがございます。大慾は無慾に似たりと云って余り慾張り過ぎまして身を果す様なる事が間々ございます。お村のお母などは強慾に輪をかけましたので、実に慾の国から慾を弘めに来たと云う、慾の学校でも出来ますれば教師にも成ろうと云う強慾張で、筋と肉の間へ慾がからんで慾で肥る慾肥りと云うのは間々あります。頭の真中が河童の臀のように禿げて居ります、若い中ちと泥水を飲んだと見えて、大伴蟠龍軒の襟に附きまして友之助の前へ憎々しく出て来まして、  崎「おい友之助、お前は本当に酷い人だのう、私の只た一人の娘を強てくれと云うので、お前は業平橋の文治郎と云う奴を頼んで掛合いに来た其の時、私は遣ることは出来ねえと云ったら、文治郎と云う奴は友之助の所へお村を遣らなければ縊殺すと云って理不尽に咽喉を締めて、苦しくって仕方がねえから、はいと云ったが、其の時の掛合にのう、お母には月々五両ずつ小遣を贈ろうと云ったが、毎月々々送ったことがあるか、やれ家を越したの、やれ品物を仕入れるの、店を造作するのと云って丁度金を送ったことはありゃアしねえ、大事な一人娘を何故親に無沙汰で、此方様へ来て博奕同様な賭碁に書入れた、三百両と云う大金でお前は碁を打って楽しんだろうが、親に無沙汰で書入れて仕舞って、此方様だから宜い、お母ぐるみ引取るから心配するなと仰しゃるが、若し悪い者の手に掛れば女郎に売られるか知れやしねえ、太い奴だ、縁切で遣った娘ではねえ、嫁に遣れば姑だよ、己に一応の話もしねえで、沙汰なしに金の抵当に書入れられて溜るものか、手前のような奴に何と言ったって再び娘は遣りゃアしねえからそう思いなよ」  友「お母それはねお前が腹を立つのは尤もだけれども、是には種々な深い訳のあることで、私も此方様へ二月からお出入して、初めはやれこれ云って有難い花主と思って、此様に人を欺すようなことをなさろうとは思わなかったが、後月来たら碁を打て〳〵と先生が勧めるから、お相手の積りで碁を打って、初めは私に飴を食わせ、勝たして置いて賭碁をしろと仰しゃり、向うの企みとは知らず、洒落と思ってうっかり証文を書いたのが私の過りだ、過りだけれども金は百両しか借りはしない、だが三百両でなければお村は返さないと仰しゃるから、どんなにも才覚してお村を取返しに来ようし、後でお前に話をするからお村だけは何卒私の方へ返して下さい」  母「誰が手前に返す奴があるものか……これお村、手前もこんな不人情な奴にくっついていたって仕様がねえ、諦めの着くように判然と云って仕舞いなよう、愚図々々するから此奴がこけの未練で思い切れねえから、思い切って云って仕舞えったら云って仕舞いなよ、こんな意気地なしの腰抜にくっついていたって仕様がねえ、食えなくならア、判然と云いなよ、縁を切って仕舞いなよ」  村「あの友さん、私はね今度と云う今度はお母の云う通り呆れたよ、お前も新店のことだから是だけ代物を仕入れなければならない、土蔵も建てなければならぬとか、店の造作するに金が入るとかの為に少しの間女郎になれとか、抵当に書入れるとか云うなれば、夫婦相談で出来まいものでもないけれども、私は本当に呆れたよ、私に話もしないで此方様へ書入れにして金を借るとは余りではないか、お前のような不人情な人に附いていても、どんな目に逢うか知れないから、何卒夫婦の縁は是れ切りにしておくんなさい、私ばかりが女じゃアない、世界には幾らも女があるから、賭博をする時書入れられても宜いと云う様な、お前に惚れている人を女房にお持ち、私はお前に愛想が尽きて嫌だから、これから夫婦の縁はお母のいる前で切っておくれ」  母「能く云った〳〵、諦らめなよ、お村の腹が変っては役に立たねえ、さア〳〵帰れ、遣らぬと云ったら遣りませんよ」 と云う中友之助の眼は血走って、唇の色は紫色になり、  友「お村、余り愛想尽しを云うじゃアないか、決してお前を書入にしたのではない、書入は真の洒落だと云うから、うっかり書いたは過まりだが、今になって金の有る大伴蟠作の襟に附いて己を振り付けては、去年の暮、牛屋の雁木で助けられた文治郎様へ済むめえ」  蟠「これ〳〵お村とはなんだ、今までは手前の女房だろうが、もう当家へ来ては妾だ、お村様と云え」  友「何を云うのだ、お村様も何もない、私の女房に違いございません、此方へ出ろ、此の畜生め、どうも口惜しいたって、こんな証文などを拵えて、お前さん立派な剣術の先生で、弟子子もあり、大小を挿す身の上で、入字をして証文を拵えるとは、これじゃア騙りだ」  蟠「これ〳〵、騙りとはなんだ、苟めにも一刀流の表札を出す蟠龍軒だ」  友「騙りだ〳〵」  と夢中になって友之助身を震わして騙り〳〵と金切声で言うと、ばら〳〵と内弟子が三四人来て、不埓至極な奴、先生を騙りなどと悪口雑言をしては捨置かれぬ、出ろと襟髪を取って腕を捕まえて門前へ引摺り出し、打擲して、前に申し上げた通り割下水の溝へ倒さまに突込んで、踏んだり蹴たり、半死半生息も絶え〴〵になりましたが、口惜しいから、  友「さア殺せ、さア殺して仕舞え〳〵」  と云う声、実に悲鳴を放って苦しんでいるのでございます。処へ文治郎通り掛ったが、母が同道でございますから、何分にも問うことも出来ません。宅へ帰って森松に耳こすりして、全く友之助が蟠龍軒の為に酷い目に遇っているなら、助けないで彼のまゝにして置けば必ず死ぬから、早く見て来いと云うから、森松は飛出して割下水へ来て見ると、四辺はひっそりとしていたけれども、其の者は溝から這上って這うようにして彼方へ行った此方へ行ったと人の話を聞いて、だん〳〵跡を追って吾妻橋へ掛りますと、ポツリ〳〵大粒の雨が顔に当ります。ピュウ〳〵と筑波下しが吹き、往来はすこし止りましたが、友之助はびしょ濡の泥だらけ、元結ははじけて散乱髪、面部は耳の脇から血が流れ、ズル〳〵した姿で橋の欄干に取付き、  友「口惜しい、畜生め、町人と思って打ち打擲して、人を半死半生に殺しゃアがったな、あゝ己は口惜しい、己は此の橋から飛込んで三日経ぬ中に皆取殺すからそう思え、エー口惜しい」  と狂気致したようになって欄干に手を掛けると、バタ〳〵跡から来たは森松、  森「友さん〳〵おい仕様がねえ、友さん確かりしねえ」  友「止めてはいけません、何卒離しておくんなさい、生甲斐のない身体、殺しておくんなさい」  森「何を云うのだ、お前能く考え違えをしてはいかねえ、お前狼狽えちゃアいけねえ、旦那が心配しているんだ、旦那は此の節外へ出られねえから己に行って見ろというから来たのだ」  友「三日経ぬ中に取殺します」  森「そんなことを云ったって仕様がねえ、能く訳を云いねえ、えゝおい、如何云う訳だ」  友「どう云う訳だってお村はスッパリ大伴の襟に附て、百両が三百両になった」  森「百両が三百両になれば殖えたのだから結構じゃアねえか」  友「いゝえ私は半分死んで居ります」  森「訳が分らねえ……人が立っていけねえよ、己に話して聞かせねえ、待ちねえよ、向の都鳥と云う茶店へ行きねえ……何を見やアがる、狂気でも何んでもねえ」  と漸く都鳥の店へ来て、  森「表は人が立つといけねえ、連れて来た人は少し怪我人の様な病人の様な変な者だが、薄縁か何か敷いてくんねえ……おい友さん腰を掛けねえ」  友「へえ〳〵」  森「確りしねえ」  友「確りたって私は半分死んで居ります」  森「そんな事を云ったって分らねえ、どうしたのだ」  友「百両が三百両になりました」  森「それは結構じゃアねえか、殖えたのだ」  友「初めは私が勝ったので、二度目が負けたので、企んだのだ、お村様と云えと云います」  森「何を云うのか分らねえ、困るな、水を一杯飲みねえ」  友「どうせ川へ這入れば水は沢山飲めますから入りません」  森「しょうがねえな、どう云う訳だ、お前も本所の旦那の子分、己も子分だ、旦那が表へ出られなくっているのに子分が本所へ来て恥辱を食って、身を投げるとはどういう訳だ、旦那は子分が喧嘩で負を取っては見てはいられねえ、お前の敵は己が取るから相手を云いねえ」  友「相手は剣術遣い」  森「なに、それじゃア己にはいけねえが、誰だ」  友「それはお村に惚れているので、前々から私を欺して百両を三百両にしてお村を取上げ、私は半分死んで居ります」  森「分らねえな、……爺さん、旦那を喚んで来るから鳥渡此の人を此処へ置いてくんねえ」  爺「貴方がお出なすっては困ります、彼の人が駈出すと困りますよ」  森「少しは駈出すかも知れねえが、直だから」  と云い捨てゝ、森松が業平橋へ来て文治郎に云うと、文治郎も心配しても外に仕方がないから、お母様には上州前橋の松屋新兵衞が来て逢いたいから吾妻橋の海老屋で待っているとお母様に言ってくれと、こしらえ事ではありますが、人の為と思い、母に話しますると、外の者では遣らぬが、松屋さんなら逢ってくるが宜いと云うので、森松と同道で都鳥と云う茶店へ来て、  森「爺さんいるかえ」  爺「居ります、時々縁台から下りまして川を覗いて居ります」  森「心配はねえ、旦那が来たから」  爺「御苦労様、お医者様ですか」  森「お医者様じゃねえ……旦那此方へ」  文「友さん、大分面部へ疵を受けたねえ、どうした、確かりしなくてはいかぬ、身を投げて死ぬなどとそんな小さい根性を出してはいかぬ、どう云う訳か、心を落付けて話しなさい」  森「旦那が来たよ、話しねえ」  友「へゝ有難う、誰が来ても私は半分死んで居ります」  森「あんなことを先刻から云うので分りません、確りしねえ、旦那だよ」  文「私だが分るかえ」  友「へー、お村様と云いますから、お村のお母まで向うに附いているので、へー」  森「これは仕様がねえな、旦那が分らねえか」  文「友さん、私が分りませんか、業平橋の文治郎だが分りませんか」  友「へー〳〵旦那で、有難い〳〵能く来て下さいました、旦那様口惜うございます、何うか讎を討って下さい、私は半分死んで居ります」  文「まア気を落付けなさい、嘸残念であろうが、何う云う訳でお前は酷い目に遇ったか仔細を云いなさい」  友「へい、私はね旦那様あなたより外に讎を取って戴く方はございません、貴方の処へ参りたいと思いましても、此の二月貴方に一言のお話もしませんで銀座三丁目へ越し、つい敷居が高くなり御無沙汰になりましたが、是れも皆お村の畜生が悪いからで、何卒御勘弁なすって下さい」  文「まア無沙汰の詫事はどうでも宜いが、お村はどうした」  友「へい、お村は向うへ取られ、金も百両取られました上で打たれました」  文「女房と金を取られて打擲されるとはお前に何か悪い事があるだろう、自分の悪いことを隠してはいかぬ、讎を取って貰いたければ私に話しなさい、又趣意に依って話をつけてお前の顔の立つ様にもしよう、そうじゃないか」  友「へー有難い〳〵、森松さんお出でなさい」  森「今漸く私の顔が分ったのか、しょうがねえ、おい水を飲みなせえ」  文「どう云う訳かえ」  友「へー、この二月月末、本所北割下水大伴蟠龍軒と云う剣術遣いの先生の舎弟の蟠作と云うものが店へ来て、誂え物があるから宅へ来いと云われるから、度々参りますと、結構な品々を買ってくれ、御馳走をして祝儀をくれ、有難い得意が出来たと思い、足を近く参りました、そうすると向うでも、度々参りますから私の好き嫌いも知るようになりました、後月十一日に私が参りますと、阿部忠五郎と云う人が舎弟の蟠作と碁を打って居りまして、私の碁の好きなのを知って、碁を打て〳〵と云いますから、私も相手になって一二番打つと、遂に賭碁にしろと云い、初めは私が勝ちましたが、段々仕舞に負けまして、大伴蟠龍軒から金を借りましたので、すると百両と纒まった金だから証文にしろ、若し金が滞ったらば抵当に女房お村を召使に上げるということを証文表に書き、それもほんの洒落だからと申しますから、冗談の心持で阿部忠五郎と云う奴に証文を書いて貰って、うっかり印形を捺したのです」  文「それはまア飛んだ目に遇った、企んでいたのだな」  友「企んだって企まないってそれ程とは存じません、門弟衆にはお旗下もあり、お歴々もあるから、よもやそんな真似はしようとは思いませんが、前々からお村に惚れていた故欺したのです」  文「それからどうした」  友「それで百両負けて仕舞って、晦日に言訳に行くと、宜しい、返さなくっても宜しいと申し、客があるから一両日お村を貸せと云うから働きに連れて行くと、昨日まで返しません、余り返しませんから、お村を迎いに行くと、金を返さぬからお村を蟠作の妾にして毎晩抱いて寝て、手前の方へは返さぬから金を持って来いと云うから、私はどうも恟り致しました、余りでございますから七所借をして金を持って参り、突き付けまして、お村を返せと云うと、旦那様、お崎婆も大伴へ参って居ります、其の上お村がお前のような意気地なしの女房になるのは厭だと云い、婆は手前には娘を遣らぬと申し、皆向うへ附いて口惜しゅうございますから、お村に文治郎様に義理が済むまいと申しますと、お村とはなんだ、お村様と云え、様を附けろと云うから、糞でも喰え、それじゃア騙りだと云うと、私の頭を鉄扇で打ち、門弟が髻を取って引摺り出し、打ち打擲するのみならず、割下水へ倒さまに突込まれて私は半分死んで居ります」  文「憎い奴だなア」  友「憎いって憎くねえって、森松さん可愛そうと思って下さい」  森「酷い奴で、彼奴は悪党でげすな、旦那」  文「ふーん、それで百両返しにいって其の百両はどうなった」  友「百両借りた証文が三百両となりました、百と云う字と金の字の間へ三の字を平ったく書いたのですから、騙りと云うのは当然でげしょう」  文「其の金はどうした」  友「其の金は其処へ置いて掛合ったので」  文「持って帰ったか」  友「掛合中に突然に引摺り出されたから目の前にあっても取る事は出来ません」  文「成程、至極尤もだ、友さん如何にもお前は善人だ、金と女房を取られた上に打たれて気の毒千万だ、私は母に誡められて喧嘩の中へ這入ることは出来ません、素より人の掛合に頼まれることはせぬ積りだが、どう云う訳か去年の暮から別懇になったからして如何にも気の毒だから、私が往って百両の金だけは取返して上げまいものでもないが、女房お村の取返しは御免だ、其の位企みをして妾にしようとするお村を取返さんとすれば面倒になり、どのようなる理不尽なことをするか知れぬ、其の時は引くに退かれぬ場合になる故に、お村を取返すことは私は頼まれぬ、お村は諦めな、あれはいかぬ、お前の為にならぬ女だ、あれが了簡の不実なのは見抜いて知っている」  友「旦那様、そう仰しゃいますが、私はあれは諦らめられません、私は彼奴故主人を失策り、友達には笑われ、去年牛屋の雁木で心中する処を助けられ、漸く夫婦になった者を、取られた上に打ち打擲されて、これもお村故でございます、仮令一晩でも取返して女房にした上、表へ逐出そうとも、彼奴が鬢の毛を一本々々引抜いて鼻でも切って疵だらけにしなければ腹が癒えませんから」  文「其様ことをしたって詰らぬから、私の言うことを聞いて、あれは諦めな、負けたのはお前の過りだから、百両の金で不実な女房を売ったと思って、諦めた方が宜しい」  友「私は諦められません、私が取かえして半年でも女房にして逐出します」  文「出したり入れたりしては詰らぬから、それよりはお村よりも優った立派な女房を文治郎が世話をしようから、あれは諦めな、為にならぬから」  友「為にはならぬが、あの畜生、お村様と云えと云いました」  文「諦めなよ」  友「あきらめられません、三日でも宜しい、三日夫婦になって、彼奴の顔を疵だらけにして逐出します」  文「そんな奴があるものか、お村に未練があるなればお断りだ」  森「しょうがねえ、友さん、旦那があきらめろと云うから諦めねえよ」  文「諦めるなれば百両は取返して遣ろう、だがそれ程企んで取った百両だから、返すかどうか知れぬ、元より取返そうとすれば喧嘩になり、退くに退かれなければ世間を騒がせなければならぬ、お前に気の毒だから、若し向うで百両を返さぬとなれば百金は私が償ってお前に上げる心得だ、お前の為に百両は損をする気で中へ這入るのだから、其の志を無にしないで、お村を諦めなさいよ」  友「へー〳〵私はあきらめましょうが口惜うございます、私は実に残念でございます」  文「嘸残念であろうが、其の代り後は幸福になる」  友「彼奴を諦めます代りには彼奴唯は置きません、走り大黒様へ針を打ちます」  文「そんな詰らぬことを云ってはいかぬ、何処か近所に医者があるだろう」  と茶店の亭主に医者を尋ねさせ、外科医者が来て頭の疵に膏薬を付け、駕籠に乗せて友之助を帰し、翌日夕景から、母の前は松新が迎いに来た体にして、文治郎は大伴蟠龍軒の玄関先へかゝり、  文「頼む〳〵」  大伴の表へは水を打って掃除も届き、奥には稽古を仕舞って大伴蟠龍軒兄弟が酒宴をしている。姑くして「玄関に取次があるよ、安兵衞」  安「へー」  つか〳〵と和田安兵衞が取次に出ました。と見ると文治郎水色に御定紋染の帷子、献上博多の帯をしめ、蝋色鞘の脇差、其の頃流行った柾の下駄、晒の手拭を持って、腰には金革の胴乱を提げ、玄関に立った姿は誰が見ても千石以上取る旗下の次男、品と云い愛敬と云い、気高いから取次の安兵衞は驚いて頭を下げ、  安「何方様から」  文「手前は業平村に居ります浪島文治郎と申しますえー粗忽の浪士でござるが、先生にお目通りを願いたく態々出ました」  安「少々お控え下さい」  とつか〳〵奥へ行くと、頻りに酒を飲んでいる。  安「先生、浪島文治郎という業平村に居ります者が先生にお目通り願いたいと申します」  蟠「どんな奴だ」  安「へー、誠に好い男で、どうも色の白いことは役者にもありません、眼の黒い眉の濃い綺麗な男で、水色の帷子を着て旗下の次三男と云う品でげす」  蟠「そんな事はどうでも宜い…蟠作、浪島とはなんだ」  蟠作「兄上、予て聞きましたが浪島文治郎と云うは浪人者で、何か侠客とか云う、町人を威し、友之助のことに世話をする奴で、友之助の事に就いて掛合に参ったのでございましょう」  蟠「あゝそうか」  崎「先生、それでございますよ、参ったら油断してはいけません、怖い奴です、見た処は虫も殺さぬような、しと〳〵ものを言うが、一つ反対返ると鬼を見たような奴です、お村を取還しに来たって貴方はいと云っては親子のものが困りますから、どうかして下さいよ、お村逃げな〳〵」  蟠「はアそれは面白い、酒の肴に嬲ってやろう、呼べ〳〵」  と悪い所へ参りました。文治郎は案内に連れられまして奥へ通りますと、道場の次の座敷の彼れこれ十畳もあります所へ、大いなる盃盤を置きまして、皆な稽古着に袴を着けまして酒宴をして居ります。大伴蟠龍軒の次に蟠作が坐り、其の次にお村が坐りまして、其の次にお崎婆が猫脊になって坐って居る、外に門弟が四五人居ります。襖を隔って文治郎が両手を突いて叮嚀に挨拶を致します。  蟠「さア、どうぞこれへ這入って下さい、其処じゃア御挨拶が出来ぬ故何卒此方へ這入って下さい、此の通り今稽古を仕舞って一杯初めた処で、甚だ鄙陋な体裁で居るが、どうぞ無礼の処はお許し下すって、これへお這入り下さい」  文「へー初めまして、えー業平村に居ります浪島文治郎と申す至って粗忽の浪士、お見知り置かれて此の後とも幾久しく御別懇に願います」  蟠「御叮嚀の御挨拶、手前は大伴蟠龍軒と申す武骨者、此の後とも御別懇に願う……これは手前の舎弟でござる、蟠作と申す者、どうぞお心安く願います」  蟠作「初めまして、手前は蟠作と申す者、予て雷名轟く文治郎殿、どうか折があらばお目に懸りたいと思っていたが、縁なくして御面会しなかったが、能うこそ御尊来で、予てお噂に聞きましたが、大分どうも何だね、お噂よりは美くしいね」  怪しからぬことを言う奴と思ったが文治郎は、  文「えー、今日お目通りを願いたい心得で罷り出ましたが、御不在であるかお逢いはあるまいかと実は心配致して参りましたが、お逢い下すって誠に此の上も無う大悦に存じます、少々仔細あって申し上げたい儀がございまして罷り出ましたが、大分お客来の御様子、折角の御酒宴のお興を醒しては恐入りますが、御別席を拝借致して先生に申し上げたいことがありまして」  蟠「いゝえ、なに別席には及ばぬ、これは門弟だから心配には及びません、直ぐにこれで逢う方が却って宜い、何なりと遠慮のう直ぐにお話し下すって」  文「左様なれば申し上げますが、他の儀ではございませんが、紀伊國屋友之助の儀に付いて罷り出ました」  蟠「成程、何しろ席が遠くて話が出来ぬ、遠慮してはいかぬ、此方へ這入って下さい、剣術遣いでも野暮に遠慮は入りません、丁度相手欲しやで居りました、どうかこれへ」  文「御免下さい」  と這入ろうとしたが、關兼元の脇差は次の間へ置いて這入らなければなりませんが、若し向うが多勢で乱暴を仕掛けられた時は、止むを得ず腰の物を取らんければならぬ、其の時離れていては都合が悪い、それゆえ襖の蔭へ置きまして、余程柄前が此方へ見えるようにして、若し向うで愈々斬掛けるようなる事があると、坐ったなりでずうっと下り、一刀を取って抜こうと云う真影流の坐り試合、油断をしませんで襖の所へ置いて掛合うという危険な掛合でございます。  文「只今申上げました紀伊國屋友之助は図らずも御当家へお出入になりましたことは此度始めて承わりましたが、不思議の縁で昨年来よりして手前店請になって駒形へ店を出させました廉もございましたが、久しく音信もございません、銀座へ越します時も頓と無沙汰で越しました、然る処、昨夜吾妻橋を通り掛りますると、友之助が吾妻橋の中央より身を投げようと致す様子、狂気の如く相成って居ります故、引留めて仔細を聞くと、御当家様へお出入になり、長らく御贔屓を戴き先月御当家様で金子百両借用致して、其の証文表に金子滞る時は女房お村を妾に差上げると云うことが書いてあり、金子の返金滞ったによって女房お村をお取上になってお返しがない、それ故に驚き、金子才覚して持って参りました所が、金子もお村もお取上で、お返しならぬ上御打擲になり、剰え御門弟衆が髻を取って門外へ引出し、打ち打擲して割下水へ倒さまに投入れられ、半死半生にされても此方は町人、相手は剣術の先生で手向いは出来ず、如何にも残念だから入水してお村を取殺すなどと狂気じみたことを申し……それはまア怪しからぬこと、音に聞えたる大伴の先生故、町人を打ち打擲などをすることはない筈、又女房を金の抵当に取るなどと端ないことはなさる筈がない、そんなことは下々ですること、先生はよもや御得心のことではあるまい、何か頓と分りませんから、一応先生に承わって当人へ篤と意見を申し聞かせまする了簡で罷り出ました、えい友之助の悪い廉は私当人になり代りましてお詫を致しますが、どのような仔細あってでございますか一応仰しゃり聞けられますれば有難い事で」  蟠「成程、片聞ではお分りもございますまいが、これは斯う云う訳で、これに蟠作も聞いて居るが、此の二月から出入させます紀伊國屋友之助は至って正道らしく、深く贔屓にして、蟠作も袋物が好で、私も好だから詰らぬ物を買い、遂に馴染になり、心安だてが過ぎ、手前方へ来る阿部忠五郎と申す者が碁を打つと友之助は飯より好と云うので、酒の場で碁を打ってな陰気だから止せ〳〵と云うのも肯かず遂に勝負に時を移し、賭となり金を賭けた処友之助が負けたから、金を貸せ〳〵と云い、纒まった大金だからどうも貸し悪い、間違いもあるまいが証文を入れろと云ったら、別に書入れる物はござらぬから、手前命より大切なものは女房のお村でございますから、お村を書入れましょうと云い、馬鹿々々しい訳だけれども、まさか金を返さぬ気遣いもあるまいが、蟠作に話しをし、証文は取るに足らぬが、人間は心と心を見ぬいた上金を遣り取りすべきであるから、どうでも宜しいと云うと、当人が阿部忠五郎に証文を書いて貰い、印形を捺して証文を置放しにして帰ったが、金は返さず、当人も間が悪いと心得たか、十五日に女房お村を連れて来て、置放しに帰った切り、頓と参りません、どうしたかと思って居ると、昨日突然参ってお村を返せと云うから、お村は返さぬでもないが金を返せと云うと、いゝえ金は返されません、お村を返せと云うから、お村を返すには金を取らぬければ、なんぼ兄弟の中でも私が請人だから金を出せと云う争いから、狂気見たように猛り立って、私を騙りだ悪党だと大声を発して悪口を言うので、門弟どもが聞入れ、師匠を騙りだの悪党だのと云っては捨置れぬと、髻を取って引出し打擲したと聞いたから、後でまア弱い町人を其様にせぬでも宜いと小言を云い聞かせて置きました、何も仔細はない、怪しからぬことで」  文「どうも御贔屓になりましたる先生のことを騙りなどと悪口するとは不埓至極な奴、大方友之助は食酔って前後も打忘れ、左様なる悪口を申したに相違ございません、友之助の不埓は文治郎なり代りましてお詫申しますが、元々お出入のことでございますから、友之助の妻お村は友之助へお返し下さるようになりましょうか」  蟠「あゝ返しますとも、外ならぬ文治郎殿がお出になったことだから、あいと二つ返事で返さなければならぬ、速かにお返し申します」  さき「誠にどうも貴方困りますね、貴方方が左様仰しゃって下さると、私とお村が困ります、迷惑致します……えー文治郎さん、お前はなんぞと云うと友之助のことにひょこ〳〵出て来るが、どう云う縁か知りませんが、去年の暮お村を友之助に遣れというから、私は一人娘で困ると云ったら、私の胸倉を取って咽喉をしめて、遣らぬと締め殺すと云ったが、何処の国に娘の貰い引に咽喉を締める奴がありますか、私も命が欲しいからはいと云って遣ったら、五両ずつ月々小遣を送ると嘘ばかり吐いて、何にも送りはしません、其の上友之助は大事の娘を何故此方様へ金の抵当に置いた、今私が遣るの遣らぬのと云えばお前は咽喉を締めもするだろう、弱い婆ばかりなれば締めるだろうが、此処では締められまい、さア締めるなれば締めて見ろ、遣らぬと云ったら遣らぬ、締めるとも殺すともどうでもしなせえ」  文「それはお母、遣る遣らぬは後の話、お前に相談するのではない、先生との話だからそれは後の話にして下さい」  蟠「控えて居れ、遣る遣らぬは当人同士の話にするが宜い、私は私で文治郎殿と話をする、のう文治郎殿、さアお返し申すと云ったら一時も待たぬ、速かに返す、其の代り友之助の借りた金は掛合人のお前が償って返すだろうね」  文「昨日友之助が百金返金になって居ります筈で」  蟠「百両ではありません三百両です、これ証文箱を出せ……これに書いてある此の証文を御覧じろ、此の通り書いたものが物を云う、三百両と書いてありましょう」  文「少々拝見致します」  と文治郎は手に取って見ると、成程友之助の云う通り金の字と百の字との間に無理に押込んだ三の字が平ったくなっている、不届至極の奴と文治郎ぐっと癇癪が高ぶりましたなれども顔を和らめて  文「成程、これは三百両、能くまア三百両という大金を友之助風情へ御用立下さいました、先生、これは三百両となりましては友之助にはとても返済にはなりませんが、万一返済の出来ぬ時はお村をお取上で、それで御勘弁に相成りますので」  蟠「左様さ、金を返さぬければお村を上げると当人が云ったから抵当に取上げます」  文「とても友之助には返済は出来ません、手前も償う力もありません、お村をお取上で御勘弁になりますか、御舎弟様に一応お聞きを願います」  蟠作「当然のことだ、手前は掛合に来るに何故金を持って来ない、片々聞では事柄は分らぬ、金を返さぬでお村を返せと云って誰が返す、お村を取返すなれば金を拵えて持って来て云え、煙草一吹喫む間後れゝばお村は返さぬから、左様心得ろ」  文「へい、それでは三百金の抵当にお村をお取上で何処までも御勘弁に相成るので」  蟠「知れたことだ、どんなことがあっても返さぬぞ、何ぜ言葉を返す、武士に二言はないわ」  文「へい、どうも恐入りましたことで、金が返せぬから女房お村を取上げて返さぬ、武士に二言はないと速かなお辞、当人に篤と申し聞けます、併しながらお村をお取上げの上は三百両の証文は私がお預かり申します」  と文治郎証文を懐中へ入れました。其処は抜りのない男です。  文「然らばそれで御承知の上からは友之助が昨日持参致した百金は速かにお返しがありましょうな」  蟠「なに百金請取った覚えはない」  文「いゝえ、昨日友之助が百金と心得て持参した処、三百金と云い、掛合中門弟衆が引出して、眼前にあっても取る間もございません、又門外で打擲になりました彼の始末、お得心の上からはお隠しなく友之助が憫然と思召してお返し下さるよう願います」  蟠「黙れ、それでは何か、大伴が弱い町人を欺いて百金取上げて返さぬと云うのか」  文「いゝえ、左様ではございません、貴方は御存じがないかは知りませんが、又お働きの女中か御家来の衆がお座敷のお掃除の時、ひょっとして引出へでもお取仕舞になって居ろうかと心得申すので、どうか彼の様に弱い奴でございますから、不憫と思召して百両返して下さらぬでは友之助は立行きませんから」  蟠「黙れ、苟めにも一刀流の表札を掛けたる大伴蟠龍軒、町人風情の金を欺いて取ったと云うは無礼な奴、不埓至極」  と側にあった一合入りの盃を執りました。前には能くお屋敷で陶器の薄出の盃が出ました。上が娘の姿、中は芸妓の姿、一番仕舞が娼妓の姿などが画いてあり、周囲は桜の花などが細かに描いてあります。其の一番下の一合入の盃をとってポーンと投付けると文治郎も身をかわして除けたが、投げる者も大伴蟠龍軒、狙い違わず文治郎の月代際へ当ると、今とは違い毛がないから額の処へ斯う三日月なりに瀬戸物の打疵が出来ました。するとポタ〳〵と血が流れ、水色染の帷子へぽたり〳〵と血が流れるを見て文治郎はっと額を押え、掌を見ると真赤に血が染みましたから、此奴不埓至極な奴、文治郎の面部へ疵を付けるのみならず、重々の悪口雑言、斯る悪人を助けおかば旗下の次三男をして共に大伴の悪事に染みて、非道の行いを見習わせれば実に天下の御為にならぬ、捨置きがたき奴、此の兄弟は文治郎此処に於てずた〳〵に斬り殺し、悪人の臓腑を引出して遣ろうと、虎も引裂く気性の文治郎、耐え兼て次の間にあります一刀に目を付けるという、これからが喧嘩になります。   十三  申続きましたる浪島文治郎は、大伴蟠龍軒と掛合になり、只管柔かに下から縋って掛合ますると、向うは元より文治郎が来たらば嬲って恥辱を与えて返そうと企んで居る処でございますから、悪口のみならず盃を取って文治郎の額に投付けましたから、眉間へ三日月形の傷が出来、ポタリ〳〵と染め帷子へ血の落ちるのを見ますると、真赤になり、常は虎も引裂く程の剛敵なる気性の文治郎ゆえ、捨置き難き奴、彼を助けて置かば、此の道場へ稽古に来る近所の旗下の次男三男も此の悪事に染り、何の様なる悪事を仕出すか知れぬ此の大伴蟠龍軒を助けて置く時は天下の為にならぬから、彼を討って天下の為衆人の為に後の害を除こうと、癇癖に障りましたから兼元の刀へ手を掛けようと身を動かすと、水色の帷子に映りましたのは前月母が戒めました「母」という字の刺青を見て、あゝ悪い処へ掛合に来た、母が食を止めて餓死するというまでの強意見、向後喧嘩口論を致し、或は抜身の中へ割って這入り、傷を受けることがあらば母の身体へ傷を付けたるも同じである、以後慎め、短慮功を為さずと此の二の腕へ母が刺青を為したは、私が為を思召しての訳、其の母の慈悲を忘れ、義によって斯様なる処へ掛合に来て、父母の遺体へ傷を付けるのは済まぬ事である、母へ対して済まぬから此処は此の儘帰って、母を見送ったる後は彼等兄弟は助けては置かれぬと、癇癖をこう無理に押え付けて耐えまするは切ないことでございます。尚更此方は高ぶりまして、  蟠「やい〳〵此処を何処と心得て居る、大伴蟠龍軒の道場へ来て、手前達が腕を突張り、弱い町人や老人を威かして侠客の男達のと云う訳にはいかぬ、苟めにも旗下の次男三男の指南をする大伴蟠龍軒を何と心得る、帰れ〳〵」  門弟がつか〳〵と来て、「さア帰らっしゃい、強情を張ると却って先生の癇癖に障るから帰れ〳〵」  さき「誠に有難うございます、あなた方の前では此の通りでございます、小さくなって碌に口もきけませんが、私のような弱い婆の前では、咽喉をしめるの何のと云って脅しました、先生の前では何とも云えまい、咽喉をしめるなら締めて見ろ」  和田原安兵衞というのが「帰れ〳〵」と云いながら文治郎の手を取って引こうとすると、七人力あるから中々動きません。  安「何だ、帰らぬかえ」  文「先生、文治郎が能く事柄も弁えませずに斯るお席へ参り、不行届の儀を申上げて、却ってお腹立の増すことに相成重々恐入ってござる、此のお詫言には重ねて参りますから左様御承知下され」  とずっと後へ下って、兼元の脇差を左の手に提げたなりで玄関から下りようとすると、文治郎の柾の駒下駄が外に投り出して、犬の糞などが付けてあります。尚々癇癖に障りますが、跣足で其処を出で、近辺で履物を借り、宅へ帰ったのは只今の七時頃でございます、母は心配して待って居ります。文治郎は中の口から上りますると、森松も案じて、  森「余り帰りが遅いから様子を聞きに行こうと思って居りました、お母さんの前は仕方がねえから、前橋の新兵衞さんが来て海老屋で一猪口始まって居りやすと云って置きやした、蟠龍軒は驚いて直ぐに極りが付きやしたろう」  文「心配せんでも宜しい、お母さまに鳥渡お目に懸ろう」  母「文治が帰ったようではないか」  森「お帰りでございます」  母「さア此方へお這入り」  文「御免下さい、大きに遅なわりました、松屋新兵衞も御機嫌を伺います筈でございますが、繁多でございまして、存じながら御無沙汰になりました、宜しく申上げてくれるようにと申し、大きに馳走になりました」  母「大分遅いから案じて居ったが、あの人は堅いからお前に助けられた恩を忘れず、江戸へ出さえすれば再度訪ねてくれます、殊に毎度手紙を贈ってくれて、あゝ云う人と遊んで居ると心配はありません、直ぐにお帰りかえ」  文「直ぐに宿屋まで帰りました」  母「それは宜かった、お前の帰りが遅いと案じて居る……文治郎お前の額は」  文「エ……」  母「余程の疵だ、又喧嘩をしたのう」  文「いえ喧嘩ではございません、つい曲り角でそげ竹を担いで居る者に出逢い、突掛りました、無礼な奴と申し叱りました処が、詫を致しますから捨置きました」  母「いえ〳〵竹の疵ではない、お前の帰りが遅いから心配していた、つい先月お前の二の腕に刺青をしてお父様に代って私が意見をしたのを忘れておしまいか、お前は性来で人と喧嘩をするが、短慮功を為さずと云うお父様の御遺言を忘れたか、母の誡めも忘れて、額へ疵を拵えて来るような乱暴の者では致し方がない」  文「いえ〳〵中々喧嘩口論などは彼の後は懲りて他へも出ませんくらいでございますから決して致しません」  母「いゝえなりません、男親なら手討にする処私も武士の家に生れ、浪島の家へ嫁きましたが、親父様のない後は私がなり代って仕置をしなければならぬ、何のことだか血の流るゝ程面部へ傷を付けて来るとは怪しからぬ、其の方の身体ではあるまい、母の身体であるぞ、其の母の身体へ傷を拵えて来るのは其の方が手を下さずとも母の身体へ其の方が傷を付けたのも同じこと、又先方の者を手前が斬って来た様子」  文「どう致しまして、なか〳〵人を害すようなことは先頃から致しません」  母「いゝえ成りません、顔の色が青ざめて唇の色まで変って居る、先方の人を殺さなければ、これから斬込むという様子、若し未だ殺さなければ母の身体に傷を付けた者を何ぜ斬らぬ、母の敵と云って直ぐ斬ったろう」  文「へー……」  文治郎は癇癖に障った処へ聞取を違いまするのは、成程自分の身体は母の身体である、あゝ母の身体へ傷を付けた大伴兄弟を捨置いて其の儘帰ったのは自分の過りである、よし〳〵今晩大伴蟠龍軒の道場へ斬込んで、皆殺しにしてやろうと云う念が起りました。これは聞き様の悪いので、母親は其の心持ではない、文治郎を戒める為にうっかり云いましたことを、此方は怒っているから聞違えたのでございます。母は立腹致しまして、  母「次の間へいって慎んで居れ」  文「へー」  と文治郎は次の間へ来て慎んで居りましたが、腹の中では今晩大伴の道場へ踏込んで兄弟を殺し、あゝ云う悪人の臓腑はどういうものか臓腑を引摺り出してやろうと考えて居る。母は文治郎が人を斬って来た様子もないが、今夜抜け出されては困ると思って、  母「文治、少し気分が悪いから枕もとにいて下さい」  文「へー、お脊中でも擦りましょうか」  母「はい、来て脊中を擦って下さい、そうして読掛けた本を枕もとで読んで下さい」  仕方がないから本を読んで居りますと、母はすや〳〵寝るようでございますから抜け出そうとすると、  母「文治、何処へ行きます」  文「鳥渡お湯を飲みとうございますから次の間へ参ります」  母「私もお湯を飲みたいから此処へ持って来て下さい」  と云う。又少したって寝たようだから抜けようとすると文治々々と呼びます。夜徹し起します。昼は文治郎を出さぬように付いて居りますから、仕方なく七日八日過します。母も其の中には文治郎の気が折れて来るだろうと思って居りました。お話し二つに分れまして、蟠龍軒はお村を欺き取って弟の妾にして、御新造とも云われず妾ともつかず母諸共に此に引取られて居ります。兄蟠龍軒は別間に居りましたが、夕方になりましたから庭へ水を打って、涼んで居ります処へ来たのは阿部忠五郎という男でございます。七つ過ぎの黒の羽織にお納戸献上の帯を締め耳抉りを差して居ります。  忠「誠に存外御無沙汰を致しました、どうも酷しいことでございます」  蟠「これは能く来た、誠に暑いことで、先頃は色々お世話になりました」  忠「先頃は度々お心遣いを頂戴致して相済まぬことで、あゝ首尾好く行こうとは心得ません、お村さんは御舎弟さまの御新造さまとお取極りになったのでございますか」  蟠「何処からも臀も宮も来ず、友之助は三百両持って取りに来ようという気遣いもない、先ず私も一と安心した」  忠「御舎弟様の奥様が極って、お兄様の奥様は何か極ったものはありませんか」  蟠「どうも小意気なものは剣術遣いの女房になる者はない」  忠「昨年の暮浪人者の娘を掛合に往った処が、御門弟を辱しめて帰したことがございましたが、彼の儘でございますか」  蟠「あれは彼の儘だ」  忠「御門弟の方に聞きました処が、脇から妙な者が出て来て、先生のことを馬鹿士とか申したと云って御門弟が残念がって居りました」  蟠「丁度好い幸いだ、貴公が来たのは妙だ、貴公の姿の拵えなら至極妙だ、少し折入って頼みたいことがある、今に秋田穗庵が来るから穗庵から細かいことを聞いて、彼の浪人者の処へ往ってくれまいか」  忠「何処でございます」  蟠「松倉町二丁目の葛西屋という蝋燭屋の裏に小野庄左衞門という者がある、其の娘を貰おうとした処が、私のことを馬鹿士とか何とか云ったが其の儘になって居る」  忠「能く御辛抱でございましたねえ」  蟠「そこで仕返しをすると他の人がやっても私のせいになるから、そんな小さい処へ取合わんで、時たってからと思って居った処が、去年の五月から今まで経ったから丁度宜しい」  忠「へー、あの時お腹立になれば仮令他でやっても貴方がしたと思いますが、それを今までお捨置は恐入りますねえ、どう云う事になります」  蟠「貴公が医者の積りで往ってくれんではいかぬ」  忠「何処へ」  蟠「浪人者が眼が悪い、三年越しの眼病で居るから、秋田穗庵が薬をやって居る、そこへ貴公が往って向うが内職に筆耕を書くから、親から譲られた書物を版本にしたいから筆耕を書いてくれというと、向は目が悪いから、折角の頼みだが目が悪いから書けないという、私は医者だ、眼病には家法で妙な薬を知って居るが、何処の医者に掛って居るかというと向うで秋田穗庵に掛ったという時蔑すのだ、彼は藪医者でいかぬ、私の家伝に妙な薬があるからやる、礼はいらぬたゞやると云う、たゞは貰えぬと云うから、そんなら癒ったら書物を書いて貰いたいという、そこで目を治させるという情の処でやるのだ」  忠「成程、恐入りましたねえ、仇のある者に仇を復えさず、仇を恩で復えして置いて、娘を己の処へ嫁にくれぬかというと、向うで感心して、手付かず貰えますな」  蟠「そうではない、向うでも中々学問のある奴だから答が出来んではならぬ、それは穗庵に聞いて薬もあるが、早稲田に鴨川壽仙という針医がある、其の医者が一本の針を眼の側へ打つと、其処から膿が出て直ぐ治る、丁度今日行けば施しにたゞ打ってくれる、目は一時を争うから直ぐ行くが宜しい、私が手紙を書いても宜しいが、施しだからお出なさいというと、勧めによってひょこ〳〵出て行くだろう、処が鴨川壽仙は浅草山の宿へ越したから、それを知らずに早稲田まで行くと空しくなる、これから貴公が往って勧めて早稲田まで行くと夜遅くなり、お茶の水辺りへ来ると、九ツになる、其処へ私が待合せて真二つにするという趣向はどうだ」  忠「是は御免を蒙りましょう、先生は御遺恨があるか知れませんが、私は遺恨はございませんから、一刀の下に斬って捨るのを心得て呼出すのは難儀でございます」  蟠「貴公が殺すのではない、私が殺すのだ」  忠「殺すのではございませんが、蛇が出た時あゝ蛇が出たと云うと、殺した奴より教えた奴に取付くと云いますから止しましょう」  蟠「そんなら廃せ、首尾好く行けば、先達て貴公が欲しいと云った脊割羽織と金を廿両やる積りだ」  忠「誠に有難うございます、頂戴致したいは山々でございますが、これはなんですなア」  蟠「貴公だって真面目な人間ではない、先達て友之助を賭碁で欺いたときも同意して、貴公も礼を受けていようではないか、蟠作から礼を受ければ悪人の同類だ、悪事が露顕すれば素首のない人間だ、毒を喰わば皿までというから貴公も飽までやりな」  忠「やりましょう、やりましょうが、医者のことを心得ませんから」  蟠「それは教われば宜しい」  と話をしている処へ穗庵がつか〳〵と這入って参りました。  穗「へー今日は」  蟠「さア此方へ」  穗「先刻お人でございましたが、余儀ない用事で遅くなりました…いやこれは阿部氏」  忠「これは久し振りでお目に懸りました、一昨日から飲過ぎて暑さに中り、寝ていて、今日漸く出て参りました、今先生に聞いたが医者のことを聞かせてくれなくってはいかぬ」  穗「阿部氏は得心しましたか」  蟠「得心したから教えてくれぬではいかぬ」  穗「宜しい、眼病には内障眼と外障眼と二つあるが、小野庄左衞門のは外障眼でない、内障眼という治し難い眼病だ、僕も再度薬を盛りましたが治りません、真珠麝香辰砂竜脳を蜂蜜に練って付ければ宜しいが、それは金が掛るから、娘を先生の妾にくれゝば金を出してやると云うて掛合った処が、頑固な爺で、馬鹿呼わりをして先生もお腹立であったが、今まで耐えて居った、貴公が行けば阿部忠庵とでも云えば宜しい、向うは学者で医学の書物を読んで居るから答えが出来ぬでは困るからね」  忠「此方は些とも知らぬから書いて呉れぬといけない」  穗「宜しい、書きましょう」  硯箱を取って細かに書きまして、  穗「さアこれで宜しい、此の薬を服めば必ず全快致す、服薬の法もあります」  忠「医者の字は読めぬね、何ですえ、明かの樓の英の」  穗「そんな読みようはない、明の樓英の著わした医学綱目という書物がある、その中の蘆膾丸というのが宜しい」  忠「成程、蘆膾丸か、幾つも名がありますねえ」  穗「それは薬の名だ」  忠「成程、棒が二本書いてある」  穗「蘆膾丸だから棒が二本あるのだ」  忠「成程、それからウシのキモ」  穗「ウシのキモでは素人臭い、牛胆」  忠「それからカシワゴ」  穗「カシワゴではない柏子仁」  忠「えー、アマクサ」  穗「アマクサではない、甘草」  忠「成程甘草」  穗「羚羊角、人参、細辛と此の七味を丸薬にして、これを茶で服ませるのだ」  忠「成程」  穗「鴨川壽仙は針の名人だ、昼間傘を差し掛けて其の下へ寝かして置いて、白目の処へ針を打つと、其の日に全快する」  忠「えらいものだね、真珠に麝香に真砂に竜脳の四味を細末にして、これを蜂蜜で練って付ける時は眼病全快する、成程、宜しい、これを持って行きましょう」  穗「それを出して読むようではいかぬから暗誦して」  忠「宜しい、先生恐入りましたが羽織がこれではいけませんから、無地のお羽織を願います」  蟠「これをやろう」  とこれから無地の羽織を着て阿部忠五郎が小野庄左衞門の宅へ参りました。庄左衞門の宅では、神ならぬ身のそんな事とは知りませんから、娘が親父の側に居りまして内職を致して居ります。  忠「御免下さい」  ま「何方から入っしゃいました」  忠「小野庄左衞門殿のお宅は此方かな」  ま「お父様、何方か入っしゃいました」  庄「此方へお通り下さい……初めまして手前小野庄左衞門と申す武骨者、えー何方様でございますか」  忠「手前は医者で阿部忠いえなに忠庵という者で、親父から譲られた書物がござるが、虫が付きますから版本にしたいと思いまして、就ては貴方は筆耕の御名人と承わり筆耕をして戴きたいと思います」  庄「それは折角のお頼みではございますが、手前眼病でな、誠にお気の毒ではございますが」  忠「それはいけません、誰か医者に診て貰いましたか」  庄「はい、新井町の秋田穗庵という医者に診て貰いました」  忠「彼はいけません、あんな医者に掛ると目をだいなしにして仕舞います」  庄「私の目は外障眼でありませんで内障眼でございます」  忠「治らぬと申しましたか」  庄「種々やりましたが全快覚束ないということでございます」  忠「それでは私の家法の薬がありますから唯差上げましょう、其の代りに全快の上は筆耕を書いて戴きたい」  庄「有難いことで、唯薬を戴けば全快次第書いて上げるのは無論でございますが、どうか頂戴したいものでございます」  忠「これは家伝の薬で功能は立処にある」  庄「どういう薬法でございますか」  忠「薬法、なんでございますな…」  どうも教わりたてゞございますから能く分りません、向うは盲人だから書いた物を出して見ても宜しいが、娘が居りますから、  忠「姐さん、お気の毒でございますが水が飲みとうございますから、冷たいお冷水を一杯戴きたいもので」  庄「これ水を上げるが宜しい」  娘が水を汲みに出て行きましたから、扇へ書いたのをそっと出して見まして、  忠「家法の薬は蘆膾丸と申しまして」  庄「ハー蘆膾丸と申しますか、どういうお書物に在りましたか」  忠「其の書物は明かの樓いえなに明の樓英の著わした医学綱目という書物がある」  庄「医学綱目、成程一二度見たことがありました、はゝアどういうお薬でございますか」  忠「それはその七味あります、これは蘆膾丸というのです」  庄「お薬品は」  忠「薬はウーン……ギュウ〳〵牛胆……それからカシワコではない柏子仁、それからあゝアマ甘草」  庄「へー甘草」  忠「それからえー羚羊角、人参、細辛、右七味丸じまして茶で服薬すれば一週りも服むと全快いたします」  庄「有難いことで、それを戴きたいもので」  忠「家伝でございますから上げましょう」  ま「誠に有難うございます、お父さまのお目の治る吉瑞でございましょう、秋田という医者も良くないようでございます」  忠「彼は良くございません、それに就いて鴨川壽仙という医学ではない医者がございますね」  庄「何処に居ります」  忠「京の鴨川から来た人で、只今早稲田に居ります、早稲田の高田の馬場の下辺りで施しに針を打ちます、鍼治の名人で、一本の針で躄の腰が立ったり内障の目が開きます」  庄「成程、針医の壽仙というのは名高いえらい人で、なか〳〵頼みましても打ってくれますまい」  忠「施しにしてくれます、医者も目が悪いと其処へ行きます…二七あゝ今日は丁度宜しい、今日行くと施し日だからたゞやってくれます、昼間傘を差掛け其の下へ寝かして、目の脇へ針を打つと膿が出て直ぐ治ります」  庄「左様ですか、併し今日これから行くと遅くなりましょう」  忠「遅くも往って御覧なさい、目は一時を争います、あなたが針を打った処へ蘆膾丸を上げる」  庄「どうか其のお薬を頂戴したいもので」  忠「直ぐに今日入っしゃい、後れてはいけません、手前お暇申す、後れてはいけませんよ、一時を争うから」 庄「誠に有難うございます」  と上りはなまで送って参りました。阿部忠五郎はまんまと首尾よく往ったと思って振り返り〳〵行く。此方では、  ま「お父様、おいでなすったら宜しゅうございましょう、私がお附き申しましょうか」  庄「いや〳〵仔細ない、微かに見えるから心配には及ばぬ」  と出掛けましたが、衣類は見苦しゅうございます、帯は真が出て居りますが、たしなみの一本を差しまして、深編笠を冠って早稲田へ尋ねて行くと、鴨川壽仙は山の宿へ越したと云われてがっかり致しましたが、早稲田は遠路のことであるが、これから山の宿へ頼みに行くのは造作もない、此の次は来月二日であるかと云いながら、神楽坂まで来ると、車軸を流すようにざア〳〵と降出して雨の止む気色がございませんから、蕎麦屋へ這入って蕎麦を一つ食べて凌いで居ります。夏の雨でございますから其の中晴れた様子、代を払って出て行きます。先へ探偵に廻ったのは篠崎竹次郎という門弟でございます。此の竹次郎がお茶の水の二番河岸へ参りますと、其の頃お茶の水はピッタリ人が通りません。  竹「先生々々」  「おー」と答えて二番河岸から上って来たのは大伴蟠龍軒、暑いのに頭巾を冠り、紺足袋雪駄穿きでございます。  蟠「竹、どうした、目腐れ親父はどうした」  竹「只今これへ参ります、今牛込の蕎麦屋から出ましたのを見届けました、水戸殿の前を通って参ります」  蟠「もう程のう参るか」  竹「参ります」  蟠「手前先へ帰れ」  竹「宜しゅうございますか」  蟠「却って大勢居ると目立って能くない」  竹「はい〳〵」  と竹次郎は帰って行きました。蟠龍軒は高い処へ上って向うから来るかと見下す、処が人の来る様子がございませんから、神田の方から人が来て認められては適わぬと思いまして、二番河岸の根笹の処へ蹲んで居りますと、左官の亥太郎が来ました。これは強い人で、力が廿人力あって、不死身で無鉄砲で。其の頃は腕力家の多い世の中でございます。亥太郎は牛込辺へ仕事に参りまして、今日は仕舞仕事で御馳走が出まして、どっちり酔って、風呂敷の中は鏝手を沢山入れて、首っ玉へ巻付けまして、此の人は年中柿色の衣服ばかり着て居ります。今日も柿色の帷子を着てひょろり〳〵と歩いて参り、雨がポツリ〳〵顔に当るのが好い心持と見える、二番河岸の処へ来ますと丁度河岸の処に昼間は茶店が出て居ります、其処へどしりと臀を掛けて、  亥「あゝいゝ心持だ、なんだ金太の野郎が酒が強いから兄いもう一杯やんねえと云った、いゝなア拳では負けねえが酒では負けるな、もう一杯大きいので、もう一杯という、悔しいや彼ん畜生敵わねえ、滅法やった、いゝ心持だ」  とぐず〳〵独語を云う中に居眠りが長じて鼾になりました。スヤリ〳〵と寝付いている。その前を小野庄左衞門笠を冠り杖で拾い道をして来るが、感が悪いゆえに勝手が少々もわからぬ。二番河岸から蟠龍軒が上って、新刀を抜放し、やり過した小野庄左衞門の後からプツーリッと剣客先生が斬りますと、右の肩から胴の処まで斬り込み、臀餅をついたが、小野庄左衞門、残念と思いまして脇差に手を掛けたばかり、ウーンと云う処へ、プツーリッと復た一と刀あびせ、胸元へ留めを差して、庄左衞門の着物で血を拭って鞘へ納め、小野庄左衞門の懐へ手を入れて見ましたが何もございません、夜陰でございますが金目貫が光りますから抜いて見ると、彦四郎貞宗。  蟠「なか〳〵良さそうだ」  と云いながらそれを差しまして後へ下る時、鼻の先でプツーリッと云う音がして、面部を包んだ士が人を殺して物を取るのが見えるから、亥太郎は心の裡で此奴泥坊に相違ない、こういう奴が出るから茶飯餡かけ豆腐や夜鷹蕎麦が閑になる、一つ張り飛してやろうと、廿人力の拳骨を固めて後へ下ろうとする蟠龍軒の横面をポカーリッと殴ると、痛いの痛くないの、ひょろ〳〵と蹌けました。これから蟠龍軒と亥太郎と暗仕合に相成ります。   十四  亥太郎が拳骨を固めて大伴を打ちました時、流石の大伴蟠龍軒もひょろ〳〵として蹌めきましたが、此方も剣術の先生で、スーッと抜きました。亥太郎が逃げるかと思うと少しも逃げぬ、泥坊士と云いながら、斬付けようとする大伴の腰へ組付こうとして胴乱へ左の手を掛け、ウーンと力を入れる時、えいと斬付けましたが、亥太郎は運の良い男で、首っ玉に鏝と鏝板を脊負て居りました。それへ帽子先が当りましたから疵を受けませんでコロ〳〵と下へ落ちました、其の儘上りそうもないものが、此の野郎斬りやアがったな、と又上って来ました。亥太郎が二度目に上った時は、蟠龍軒は風を喰って逃げた跡で、手に遺ったのは胴乱。  亥「盗人が提げていた恰好の悪い煙草入、これは打き売って酒でも食え」  と腹掛へ突込んで帰りましたが、悪い事は出来ないもので、これが紀伊國屋へ誂えた胴乱でございます、それが為に後に蟠龍軒が庄左衞門を殺害したことが知れます。これは後のことで。さて庄左衞門の娘町は、何時まで待っても親父が帰って来ません、これは大方お医者様に留められて療治をしているのではないかと心配して居ります。夜が明けると斯様な者が殺害されている、心当りの者は引取りに来いという貼札が出る。家主も驚きまして引取りに参り、御検視お立会になると、これは手の勝れて居る者が斬ったのであるゆえ、物取りではあるまい意趣斬りだろうという。なれども貞宗の刀が紛失している。八方へ手を廻して探しましたが分りません。娘は泣く〳〵野辺の送りをするも貧の中、家主や長家の者が親切に世話をしてくれます。お町は思い出しては泣いてばかり居ります。ふと考え付いたのは流石は武士の娘でございます、お父様を殺したのは意趣遺恨か知れないが、何しろ女の腕では讎を討つことが出来ない、自分も二百四十石取った士の娘、切めては怨みを晴したいが兄弟もなし、別に親類もない、実に情ない身の上であるが、業平橋の文治郎さまという方は情深いお方、去年の暮もお父様が眼病でお困りであろうと、見ず知らずの者に恵んで下さり、結構な薬まで恵んで下さる、真の侠客じゃとお父様がお賞め遊ばした、彼の家に奉公し、辛抱して親の仇が知れた時、お助太刀をねがうと云ったら、文治郎さまが助太刀をして下さるだろうと考えて居ります。その一軒置いて隣にまかなの國藏という者、今は堅気の下駄屋をして居ります。一つ長家で親切でございますから、此の事を國藏に頼むと、國藏も根が悪党で、悪抜けたのでございますから親切がございますから、  國「感心なお心掛けでございます、旦那も未だ御新造がないから貴嬢が往って下されば私も安心だ、何しろ森松をよんで話して見ましょう」  とこれから女房が往って森松を呼んで来ると、直ぐやって来ました。  森「御無沙汰しました、丁度来ようと思っていた処だが、旦那をお母さんが出さねえ、旦那が出なけりゃア此方も出られねえ、お母さんは旦那が好きで喧嘩でもすると思っているから困らア」  國「私も御無沙汰したよ」  森「馬鹿に暑いねえ、団扇か何か貸してくんねえ……何だい今日呼びに来た用は」  國「少し相談がある、お前も番場の森松、己もまかなの國藏、お互いに悪事を重ねて畳の上で死ねねえと思ったのを、旦那のお蔭で世間なみの人間になったのは有難いわけじゃねえか」  森「実に有難いよ、旦那のお蔭で森さんとか何とか云われていらア」  國「主人だね」  森「主人だ」  國「旦那に良い御新造の世話をしたい、お母さんも初孫の顔を見てえだろう」  森「違えねえ、己もそう思っている、だがね旦那と揃う娘がねえ、器量は揃っても旦那と了簡の出会せる女がねえ」  國「処がこれならばというお嬢さんがあるのだ」  森「どこに〳〵どこだえ」  國「ボヤ〳〵でも尋ねるようだ、此処においでなさるお嬢さんよ、此のお嬢さんを知ってるか」  森「知ってる、これは思掛けねえ、知ってるとも、お前さんの処のお父さんが目が悪くって、お前さんが天神様でお百度をふみ、雪に悩んで倒れている処へ家の旦那が通り掛り、薬を服ませて立花屋で薬をやった時、旦那がお前さんは感心だ、裙捌きが違うと云って大変褒めた、そうして金をやった時、あなたは受けねえと云うと、旦那が満腹だと云った」  國「満腹は腹のくちくなった時のことだ」  森「何とか云ったねえ」  國「感服だろう」  森「感服だ、感服だと褒めた、旦那が女を褒めたことはねえが、この嬢ちゃんばかりは褒めた、お父さんはどうしましたえ」  國「お亡れになった」  森「お亡れになってどうしたね」  國「死んだのだ」  森「死んだえ、死んだ時は何とか云うのだね」  國「御愁傷さまか」  森「御愁傷さまだろう」  國「お父様が亡くなって外に親類はなし、行き処のない心細い身の上、旦那様は情深い方だから不憫だと思って逐出しもしめえから、旦那様の処へ御膳炊きに願いてえと云うのだが、御膳炊きには惜しいじゃねえか、旦那と並べれば好い一対の御夫婦が出来らア」  森「勿体ねえ〳〵、旦那の褒めたのはお前さんばかりだ、これはしようじゃアねえか」  國「しようったってお前と己としようと云う訳にゃいけねえ、お母さんに話をしてくれ」  森「己はいけねえ、己がお母さんに話しても取上げねえ、森松の云うことは取留らねえと云って取上げねえからいけねえや」  國「誰も話のしてがねえから」  森「お前行きねえな」  國「己は去年の暮強請りに往ったからいけねえ」  森「そんなら藤原喜代之助さんという浪人者がある、此の人はお母さんの気に合っている、それにおかやさんという娘子を嫁にやったから、旦那より藤原さんを可愛がらア、此の人に話して貰おう」  國「違えねえ、それが良いや」  森「お前往きねえな」  國「往ってきよう。それじゃア往って来ますから」  町「國藏さん、嫁の何のと仰しゃらないで御膳炊きの方を願います」  女房「貴方そんなに御心配なさいますな、向うで嫁に欲しいと云ったら嫁においでなさいな、卑下しておいでなさるからいけません、國藏にお任せなさいよ」  これから両人で参りますと、藤原喜代之助という右京の太夫の家来でございますが、了簡違いから浪人して居りますが、今ではおかやという女房を持って不足なく暮して居ります。  森「御免なせい〳〵」  藤「森松か、上れ」  森「旦那にお目に懸りたいと云う者が参ったのですが、兄い此方へ上れ」  藤「此方へお上り」  森「旦那、これは國藏と云うまかなの國、今は下駄屋ですが元は悪党で」  國「何を云うのだ……私は國藏という者で、表の旦那のお世話で今は堅気の職人になりました、旦那様を神とも仏とも思って居ります、旦那の処と御縁組になりました此方へは未だ一度もまいりません、此の後とも幾久しく願います」  藤「成程、予て文治郎殿から聞きました、性善なるもので必ず心から悪人という者はない、却って大悪なる者が、改心致す処が早いと云って居りました、能くお尋ね下すって……かやや、お茶を上げな」  國「貴方から文治郎さまのお母さまへお話を願いたいので出ました、旦那の方では何とも思わないでも、私の方では主人のように思って居りまして、良い御新造をと心掛けて居りましたがありません、処がこれならばお母さんの御意にも入り、恥かしくない者があるんでございますが、私がお母さんに話悪いから其の当人を御覧になっては如何でございます」  藤「成程、それは御親切な、千万辱けない、私も心掛けて居るが、大概の婦人が来ても気に入らぬ、能く心掛けてくれました、どういう女で」  國「私の一つ長家にいる娘で、先達て親が死んで、親類もなく、何処へ往っても置いてくれまい、旦那には御鴻恩になってお慈悲深いから、旦那の処へ御膳炊きに来たいと云います、処が惜しいのです、本所中一番という娘です、処で親孝行娘というものですが如何でございます」  藤「成程、そんなら文治郎殿から聞いた、孝心の娘があって雪中に凍えて居るのを救って、金をやったが受けぬ、今の世の中には珍らしいと云って賞めた娘だろう、それは幸いだ」  國「親里を拵えれば大家でも頼むのでございますが、旦那が親になって上げてはいかゞです」  藤「宜うございます、叔母に話をしましょう」  と、これから文治郎の母に話すと、かねて文治郎から聞いているから、何しろ一と目見たいと云いますから、そんならばと云うので娘に話し、損料を借りて来る、湯に往って化粧をする、漸く出来上った。  浪「ちょいと〳〵お嬢さんの支度が出来たのを御覧よ、こんな美くしいお嬢さんを竈の前に燻ぶらして置いたと思うと勿体ない」  國「どう〳〵、これはどうも、こんな美くしい嬢さんを、どうもお屋敷様だア、紋付が能く似合う、頭の簪は山田屋か、損料は高えが良い物を持っているなア、これじゃアお母様の気に入らア、これから直に行きましょう」  浪「あゝ貴嬢そんな卑下したことを云わないで、嫁にすると云ったら嫁におなんなさいよ」  國「手前一緒に行きない」  浪「わたしは衣服も何もないもの、嫌だよ」  國「手前はめかすには及ばねえ、行け〳〵」  これから連れて参りますと、森松は路地の処に待って居ります。  森「兄い々々どうした、お嬢様はどうした」  國「お嬢さまは此へ連れて来た」  森「これか、こりゃアお母様に気に入らア」  國「気に入るだろう」  森「気に入らなければ殴る……旦那、藤原さんえ、来ましたよ」  藤「何が」  森「どうもその頭が」  藤「頭が腫れたか」  森「腫れたのではありません嫁ッ御が来ましたよ」  藤「これは〳〵」  國「漸く支度が出来ました」  藤「叔母も先程から楽みにして待って居ります、さア此方へ」  浪「お初うにお目に懸りました、どうか國藏同様御贔屓を願います」  藤「成程、これがお嫁さんで」  國「なアに、これは私の嚊です、引込んでいな」  藤「このお嬢様、さア〳〵これへ〳〵」  しとやかに手を突いて、  町「お初うにお目に懸りました」  と漸と手を突いて挨拶をする物の云いよう裾捌き、この娘を飯炊きにと云っても自から頭が下る。  藤「ハ……お初にお目に懸りました、不思議の御縁で、どうか此の事が届けば手前に於ても満足致す、今文治の母が参られます、此の後とも御別懇に……國藏、これだけの御器量があって御膳炊きにしてくれと身を卑下した処に感服しますねえ」  國「実にこんなお嬢さまはない、親孝行で、お父さんのお達者の時分には八ツ九ツまで肩を擦ったり足を揉んだりして、実に感心致します」  藤「おかやや叔母に早く来るように話しな」  か「叔母さんがお出になりました」  文治郎の母が参りまして娘に会いますと、  町「不束のもので何処へ参っても御意に入らず逐出されたとき宿がございません、どうかお見捨なく御膳炊きにお置き遊ばして下さい」  と只管縋るのを見て母は気に入り、  母「心配おしでない、逐出しゃしない、文治郎が気に入らないでも私が貰う」  と云ったからこれは安心なもので。母は宅へ取って返し、  母「文治郎、此処へ来な」  文「お帰り遊ばせ、何か藤原で御馳走でも出ましたか」  母「思掛なくお前の嫁が見付かりましたから婚礼をなさい」  文「三十にして娶り、廿にして嫁すということがございます、況して他人が這入りますとお母さまに不孝なことでも致すと、浪島の名を汚しますから、お母様のお見送りを致しましてから嫁を貰うことに願います」  母「早く嫁を貰って安心させるのが孝行だよ、唯の嫁ではない、あんな嫁を持ちたいと云っても持てない」  文「何者でございます」  母「お前も知っている去年金子をやった小野の娘」  文「へー庄左衞門の娘、彼は一人娘で他へ縁付けることは出来ますまい」  母「いえ庄左衞門が亡くなられたそうだ」  文「へー亡くなられましたか、町は嘸嘆いて居りましょう」  母「可愛そうに、親類も身寄もない、他人へ奉公に往って逐出されても行く処がない、家へ御膳炊きに置いてくれというが、御膳炊きどころでない、どこへ出しても立派なお嬢さまだから貰いなさい」  文「嫁はいけません、行く処がなければお側へ置いてお使い遊ばせ、御膳炊きにでもお使い遊ばせ」  母「御膳炊きなどにはいけませんよ、お前がいやならお前を逐出しても貰いますよ」  文「大層御意に入りましたな、暫くお待ち下さい」  と暫く考えて居りましたが、母が気をゆるさぬから大伴の道場へ斬込むことが出来ぬ、嫁を貰って母が安心して外へ出せば、彼等両人を殺害して仕舞う、婚礼の晩に大伴の道場へ斬込んで血の雨を降らせようという色気のない話で、嫁は親の仇を討ちたい一心で、此の家に嫁に来るという似た者夫婦でございます。遂に六月廿八日の晩に婚礼を致しますというお話、鳥渡一服息を吐きまして申上げます。   十五  扨文治郎とお町の婚礼は別に媒妁も親もない。藤原喜代之助が親里なり媒妁なり致して、ほんの内輪だけでございまして、國藏夫婦が連なり、森松も末席に坐り、目出度三三九度の盃も済み、藤原が「四海浪しずかに」と謡い、媒妁は霄の中と帰りました。母も悦び、大いに酒を過して寝ます。夏のことでございますから八畳の間へ一杯に蚊帳を釣りまして夫婦の寝る処がちゃんと極って居ります。娘お町は思掛ないことで、飯炊きの奉公に来ようと云ったのが嫁となり、世に類いなき文治郎のような夫を持つのは冥加に余ったことと嬉しいが一杯で、側へも寄ることが出来ず、行燈の側に蚊に食われるのも知らず小さくなって居ります。文治郎は蚊帳の中に風呂敷包を持って来ました。  文「お町〳〵」  町「はい」  文「此処へおいでなさい、其処にいると蚊がさしていかない、なか〳〵蚊の多い処だから蚊を能く逐うて這入んなさい、少しお前に話す事がある」  お町は嬉しゅうございますから飛立つ程に思いましたが、しとやかに扇いで、ずっと横に這入らぬと蚊が這入ります。これが行儀の悪いものはそうは行きません。ばた〳〵と扇いで立ってひょいと蚊帳をまくって這入りますから蚊が飛込んでいけません。蚊帳の中に這入りましても蒲団の上に乗りませんで蚊帳の側にぴったり坐って居ります。  文「此方へ来なさい、縁あってお前は私の処に嫁に来ようというは実におもいきや、今日三々九度の盃をすれば生涯死水を取合う深い縁、お前は来たばかりであるが少し申し聞けることがある、浪島の家風がある、家風は背きはしまい」  町「恐入りますことを御意遊ばす、私は元より嫁に参りたいと願いました訳ではございません、御膳炊きに参りましたのでございます、親一人子一人の其の父が亡くなりまして、別に頼るべき親族もございませず、何処へか奉公に参りましょうと思いましても、不束もの逐出されても行き処がございません、心細う思うて居りました、旦那様へ御奉公に参ればお情深い旦那さま、見捨ては下さるまい、御膳炊きにでもと思うて居りましたに、思い掛なくお盃を下さいまして冥加に余りましたことでございます、何ごともお辞は背きませんが、一々斯うしろ彼ア致せと御意遊ばせば、届かぬながらも心に掛けて何ごとでも致し、お母様にも御孝行を尽します、どうか身寄り頼りのない不憫の者と思召して、旦那さまお情を掛けて下さるようお見捨なさらぬように」  とポロリと溢す一と雫、文治郎はこれを見て、あゝ嫁に来た晩に荒々しい身なりをして出て行くのを見れば驚くであろうと思いましたけれども、癇癖が高ぶって居りますから気を取直して、  文「夫婦は其の初見に在りと、初見参の折に確と申し聞ける事は、私より母の機嫌を取り能く勤めてくれんではならぬ、又人間は老少不定ということがある、明日にも親に先立ち私が死ぬまい者でもない、其の折は私になり代って母に孝行を尽してくれられるだろう、亭主が死んで姑の機嫌を取るのがいやだと云って此の家を出る志はあるまい、念のため夫婦の道じゃに依って教え置きます」  町「それは御意遊ばすまでもございません、貴方はそんなことはございますまいが、お母さまの御機嫌を取り、御介抱を致しますのは私の役でございまするで、決して粗略には致しません」  文「はい、私は性質癇癖持ちで、詰らぬことに怒りを生じて打ち打擲することがある、弱い女や子供を打擲することは嫌いだが、意に逆らうと癇癖に障ります、決して逆らってくれまい」  町「どう致しまして、お辞は背きません」  文「それは辱けない、それでは申し聞けるが、文治郎今晩これから直ぐに出て行きます、今晩はお前が嫁に来たばかりだから留りたいが、出て行かなければならぬ、私が出て往った後で、お母様がお目が覚めて文治郎はとお問い遊ばした時、文治郎は能く眠り付いて居ります、御用なれば私へ仰せ聞けられて下さいと云って、お前が引受けてくれぬでは困る」  町「何処へお出になります、何時お帰りになります」  文「帰りは明方でございます、若し是非ない訳で帰れんければ四五十年は帰れぬ、たった一人の大切のお母様、私になり代って孝行を尽してくれぬでは困る」  町「はい四五十年お帰り遊ばされぬというのは其りゃどういう訳でございますか」  文「深く問われては困る、義に依って行かなければならぬ処がある、辞返しをすることはなりませんよ」  町「はい」  とおど〳〵して見て居りますと、風呂敷包のなかから南蛮鍜えの鎖帷子に筋金の入りたる鉢巻をして、藤四郎吉光の一刀に關の兼元の無銘摺り上げの差添を差し、合口を一本呑んで、まるで讐討か戦争にでも出るようだから恟りいたしまして、  町「旦那さま、どういう御立腹のことがございますか存じませんが、お母さまも取る年、あなたのお身にひょんなようなことでもございますれば、お母様はどのくらいお嘆きなさるか知れません、どうか私に面じてお許し下さいまし」  文「あーれ、それだから困る、それだから辞を返すことはならぬと申し聞けたではないか」  町「お辞は返しません」  文「そんなら宜しい」  と庭へ下りて、無地の手拭を取って面部を包み、跣足で出て行きますからお町はおど〳〵しながら袖に縋り、  町「申し、旦那さま、御機嫌よう」  文「うん頼むぞ」  三尺の開きを開けて出て行きました。跡を閉てゝお町はあゝ情ないことだと耐え兼て覚えず声が出ます。泣声がお母さまに知れてはならぬと袂を噛みしめて蚊帳の外に泣倒れます。彼れ此れ明七つ頃に庭の開きをかち〳〵と静かに敲きます。  文「お町〳〵」  町「はい、お帰り遊ばしたか」  と其の儘飛石伝いに下りて行きます。其の晩は大伴を斬り損ないまして癇癖に障ってなりません。これから風呂敷を解いて衣服を着替え、元のように風呂敷包を仕舞って寝ようと思いましたが、これまで思い付いた宿志を遂げないから、目は倒さまに釣し上り、手足は顫え、バターリッと仰向さまに寝て仕舞いました。仰向に寝たが寝られませんから、又此方を向くと、それでも寝られませんから又起上って見たりいろ〳〵して居ります。お町はハラ〳〵して其の儘寝る事もなりませず居る中に、カア〳〵と黎明告る烏と共に文治郎は早く起きて来まして、  文「お母さまお早う、好い天気になりました、お町やお母さまのお床を上げて手水盥へ水を汲むのだよ」  と云って少しも平生と変りはありませんから、夕べは玉つばきの八千代までと深く契ったようだと思い、お母さんも安心して居ります。唯気遣いなのは嫁でございます。婚礼の晩に早くお床にはいらぬと縁が薄いという其の夫が夜中に出て行って荒々しくして居ります。其の日も暮れ、お母様もお静まりになると、又風呂敷包を持って来まして、  文「町、昨夜云った通りお母さまのことは頼むぞ」  町「はい、何時頃お帰りになりましょう」  文「多分明方までに帰る、若し明方までに帰らぬと頼むぞよ」  と間違えば斬死するつもりでございます。大伴の道場には弟子子もあります、飛道具もあります、危いから若し夫婦の交りをすれば、此の女は生涯操を立って後家で通さなければならぬから、情を掛けて一つ寝をしないのでございます。お町は夫にお怪我がなければ良いと案じて居りますと、今度は直ぐに帰って来ました。  文「明けろ」  前のように鎖帷子を取って風呂敷に包んで寝ました。其の晩も大伴の道場へ斬込むことが出来ぬと見えてバターリッと仰向になって、又起上り、又寝て見たり、癇癖に障って寝られません。斯くすること五日ばかり続けました。其の中にお町の心配は一と通りでございません、五日目の朝でございます。  文「お母さま御機嫌宜しゅう、お町〳〵」  と云って居ります。藤原喜代之助も朝飯を食べて文治郎の家へ参り、お町の様子を文治郎に聞くと、心掛も良し、女も良し、結構だと云うから、昼飯を食べて暑うございますから涼しい処へでも参ろうと云う処へ、森松が駈込んで参りまして、  森「旦那、大変でございます」  藤「どうした」  森「だって大騒ぎでございます」  藤「何だあわたゞしい」  森「表へ馬に乗った士が参りました」  藤「どんな姿をして来た」  森「抜身の槍で鎧を着て藤原喜代之助の宅は此の裏かと云いました」  藤「どういう訳で…其の者はどうした」  森「今来ますよ」  藤「槍は鞘を払ってあるか」  森「抜身ではありません、鞘を取ると抜身になります」  藤「誰が来たのだ」  と覗いて見ると、行儀霰の麻上下を着て居ります、中原岡右衞門と云う物頭役を勤めた藤原と従弟同士でございます、別当も付きまして立派な士がつか〳〵と来ました。  中「藤原殿、思い掛けない訳でございます」  藤「どうして、これは」  中「存外御無沙汰今日は思いも掛けない吉事で、早く知らせようと思って、重野の叔父も殊の外悦んで居りました」  藤「どう云う訳で……森、彼は親族の者だ……此の通り見苦しい訳でお許し下さい」  中「宜しい、番内は路地に待って居れ」  藤「それへお上げ下さい」  中「いや彼方へやります、馬の手当を致せ」  藤「御家来を此方へ」  余り狭くて親類の家というのは間が悪いから遠ざけまして、  中「誠に暫く、御壮健のことは下屋敷に於て聞いて居りましたが、お尋ね申すは上へ憚りがありますからお尋ね申しません、いやお懐かしゅうございました」  藤「いや面目次第もございません、一時の心得違いから屋敷を出まして、尾羽打ち枯らした身の上、斯る処へ中原氏が参ろうとは存じません、面目次第もございません」  中「御先妻のあさという婦人がお母さまに不孝を致し、彼の婦人の為に屋敷を出る位であったが、其の妻なる者が歿して二度目の妻は此の近辺に居る浪島とか云う者の妹が参ったとか、それが叔母さまを大事にするという説が屋敷へも聞え、それこれお悦び申す」  藤「面目次第もございません」  中「お母さまも御壮健でございますか」  藤「はい、お母さま〳〵……年を取りまして……中原岡右衞門が参られました」  母「おや〳〵誠に暫く、もうどうも年を取りまして身体もきかず、又目も悪くなり、お前の顔もはっきり分りません、お変りもなくまア〳〵立派なお身なりにお成りで、お前は若い時分から誠に気性が違い、正しい人だと云って褒めて居りましたが、相変らずお勤めで、お母さまも御機嫌善いかね」  中「母も無事でございます、あなたも御不自由でございましょうが、好いお嫁が参って大切にすると云うことで、中原悦んで居りましたよ」  母「誠に有難うございます、久し振りで遇いましてこんな嬉しいことはありません、久し振りで上下を見ましたよ、此の近所には股引や腹掛をかけた者計り居るから……かやや〳〵……これは嫁でございます」  中「左様でございますか、中原岡右衞門と申す者、以後御別懇にねがいます…時に藤原氏、此の度は貴殿をお召し返しになります」  藤「へー手前がお召し返しになりますか」  中「はい、親族だけに手前へ此の役を仰せ付けられました、上から仰せ付けでございますから、仰せ付けられ書を一と通り読上げた上で緩りお話し致しましょう」  藤「お召し返し〳〵お母さまお召し返しになります」  母「おや〳〵、それは有難いことでございます、もう一度お屋敷を見て死にたいと思って居りましたが、それは有難いことで」  中原は上座へ直りまして、 一其方儀先達て長の暇差遣わし候処以後心掛も宜しく依て此度新地二百石に召し返され馬廻り役被仰付候旨被仰出候事   重  役 判  藤「はア」  と藤原は恐入って、思わずポロリと男泣に泣きました。  藤「あゝ此の上もない有難いことでございます」  中「誠に御恐悦、これは役だから先ず役だけ済んだ、これから緩り話しましょう……時にお差支もあるまいが此の中には五十両あります、故郷へは錦を飾れという事でございますから、飾りは立派にして帰れば親族の手前も鼻が高い、茲にあいて居る金が五十金あるから使って下さい」  藤「はゝゝゝ誠に千万辱のうござる、親類なればこそ五十金という金を心掛けて御持参下さる、此の恩は忘却致しません」  中「直ぐお暇致します」  藤「先ず〳〵宜しゅうございます」  中「役目でござるから、家老に此の事を申さなければならぬ」  と云って中原岡右衞門は屋敷へ帰ります。文治郎も悦びまして、母からはこれは先代浪島文吾左衞門が差された大小でござる、これは中原岡右衞門という人の手前もあるから遣ったら宜かろうという。又文治郎の方でも持合せた金がこれだけあるからやる。衣服をお母さまの古いのをおかやにやるが宜かろうと衣類を沢山に長持に詰めてやりまして、藤原喜代之助は廿八日に松岡右京太夫の屋敷へ帰りました。文治郎は藤原が屋敷へ帰れば、我が斬死をして母一人になっても母の身の上は安心。大伴の家へ人を廻して様子を聞くに、今夜は兄弟酒を酌んで楽しむ様子だから、今夜こそ斬入って血の雨を降らせ、衆人の難儀を断とうという、文治郎斬込のお話に相成ります。   十六  大伴蟠龍軒の家に連なる者、或は朋輩などは目の寄る処へ玉と云って悪い奴ばかり寄ります。其の中に阿部忠五郎という奴は、見掛けは弱々しい奴で、腹の中は良くない奴で、大伴に諛いまして金でも貰おうという事ばかり考えて居ります。丁度七つ下りになりまして大伴の処へ参りますと、幸い蟠作も居りません、蟠龍軒独りで小野庄左衞門を殺して取った刀へ打粉を振って楽しんで居ります。  蟠「誰だえ」  忠「阿部でございます、只今お玄関へ参った処が誰も居りません、中の口へ参っても御門弟も居りませんから通りました、何です、お磨きですか」  蟠「さア此方へ来な、誰も居らぬが、これは先達てお茶の水で小野を殺害致して計らず手に入った脇差だが、彦四郎貞宗だ、極く性が宜しい」  忠「はア、彼の時の……又先達ては多分の頂戴物をいたしまして有難うございます」  蟠「縁頭は赤銅七子に金で千鳥が三羽出ている、目貫にも千鳥が三羽出ている、後藤宗乘の作だ」  忠「大した物ですなア」  蟠「柄糸も悪くもない、鍔は金家だ」  忠「あの伏見の金家、結構でございますな」  蟠「鞘は蝋色で別に見る処もないが、小柄はない、貧乏して小柄を売ったと見える」  忠「思い掛けない物がお手に這入るもので」  蟠「久しく来ないからどうしたかと思った」  忠「時に先生、申し兼ましたが、市ヶ谷の親類の者に子供が両人あって、亭主が暫らく煩うて、別に便る者もない、義理ある親類で嘆いて参って、助けてくれぬかと、拠なく金子を貸してやらなければなりません、手前も貧乏でございますから貸すどころではございません、誠に申上げ兼ますが、先生五十金拝借を願います」  蟠「フーン、つい此の間廿金やった上に、又三十金というのでお前の云う通り五十両からやってある」  忠「それは存じて居ります、再度お手数を掛けて、こんなことを申し上げるのではございません、拠ない訳で一時のことで、九月……遅くも十月までには御返金致します、これは別に御返済致します」  蟠「フン〳〵、今手許に金がない、お前にも穗庵にもやってある」  忠「お貸し下さらぬか」  蟠「はい」  忠「宜しゅうございます、無理に拝借致そうという訳ではございませんが、先生拝借を願います、足元を見て申上げるように思召すか知りませんが、左様な訳ではありません、此の度は困るからでございますが、手前共のような者でお役には立ちますまいが、手前にこうしてくれぬかという時は先生に御懇命を蒙って居りますから嫌とは申しません、はいと申します、事露顕致せば命にも係わることでもいやとは申しません、義理というものは仕方がございません、手前も義理だから先方に貸してやらなければならぬ、出来なければ仕方はございませんが、彼の時命懸けの事をして、其の上ならず貞宗の刀がお手に入れば二百金ぐらいのものがあります、お金が出来なければ其の刀を拝借して質に入れましょう」  蟠「無礼な事を云ってはならぬ、人の腰の物を借りて質に置くというのは無礼至極だろう」  忠「そうですか、貴方の刀ではございますまい、小野庄左衞門の」  蟠「これ〳〵大きな声をしてはならぬ」  忠「お貸し下さらんければ宜しゅうございます、一旦金などを貸して下さいと云って貸して下さらぬというと来悪くなりますから、御無沙汰になります、手前も一杯飲みますから、うっかり飲んで、口が多うございますから、打敲きをされゝばお茶の水の事や何か喋れば貴方の御迷惑になろうと思います」  蟠「フン、だが此の刀を持って質に入れられては困る、他から預って居る金を融通しよう、いろ〳〵それに付いて貴公に頼む事がある、貴公も私の悪事に左袒して、それを喋って意趣返しをしようということもあるまい、お互いに綺麗な身体にはならないから、もう一と稼ぎしようじゃないか」  忠「どういうことでございます」  蟠「家じゃア話が出来ないから、今に舎弟が帰るから亀井戸の巴屋で一杯やって吉原へ行こう」  忠「取り急ぎますから金子を拝借します」  蟠「押上の金座の役人に元手前が剣術を教えたことがある、其処へ行けばどうにかなるから一緒に行こう」  忠「金さえ出来れば参りましょう」  とこれから巴屋へ往って酒を飲みます。元より好きだから忠五郎どっさり飲みました。  忠「もう酔いまして、帰りましょう、金子を拝借したい」  蟠「これは五十金、私が金座役人の所へ往って此の金は明日までに届けなければならぬ金だが、吉原へ行けば才覚が出来る、池田金太夫という人を知っているだろう」  忠「河内守の公用人の」  蟠「そうよ、内証で遊びに往っている金太夫に遇うまで貴公は他へ往って、赤い切れを掛けた女を抱いて寝て居れば百金は才覚する」  忠「久しく遊びに参りませんよ、妻が歿して二年越し独身で居ります……参りたいな、金子を戴いて待っている間、赤い切れと寝ているなどは有難い」  蟠「金を早く持って帰らんでは市ヶ谷の親類の方はどうする」  忠「金を持って行けば明日でも宜しゅうございます」  蟠「現金な男だ、駕籠というのも何だからぶら〳〵歩こう」  と貸提灯を提げて雪駄穿きで、チャラリ〳〵と又兵衛橋を渡って押上橋の処へ来ると、入樋の処へ一杯水が這入って居ります。向うの所は請地の田甫でチラリ〳〵と農家の燈火が見えます、真の闇夜。  蟠「阿部」  忠「へえ」  蟠「便をしたいが、少し向うから人が来るようだから」  忠「宜しゅうございます、私も出たいからお附合をしたい」  蟠「左様か、そんなら私が提灯を持ってやろう」  と元より貸提灯でございますから、  蟠「ア、燈火りが消えるようだ」  忠「消えましたか、困りましたな、一本道だから宜しいが燈火がなくては困りますな」  蟠「うっかりしていた、困ったなア、何処かへ往って借りよう、通り道に家があるだろう、構わず便をしなよ」  忠「左様でございますか、宜しゅうございます」  とうっかり向うを向いて便を達そうとする処をシュウと抜討ちに胴腹を掛けて斬り、又咽元を斬りましたから首が半分落るばかりになったのを、足下に掛けてドブーンと溜り水の中に落して仕舞いました。懐中から小菊を取出して鮮血を拭い、鞘に納め、折や提灯を投げて、エーイと鞍馬の謡いをうたいながら悠々と割下水へ帰った。其の翌日文治郎が様子を見て大伴の道場へ斬込もうと致しますと、只今なれば丁度午後二時半頃、文治郎の宅の玄関の前を往ったり来たりして居るのは左官の亥太郎。  森「どうしたえ」  亥「森松か大御無沙汰をした」  森「旦那がどうしたって心配をしていらア、家を間違えたのか、往ったり来たりしている、どうも豊島町の棟梁のようだが、どうしたのかと思っていた」  亥「家を間違えるような訳で、大御無沙汰」  森「己の家に嫁が来た、良い女だよ」  亥「冗談じゃアねえ知らしてくれゝば嗅え鰹節の一本か酢ぺい酒の一杯でも持って、旦那お芽出度うござえやすと云って来たものを」  森「未だ本当の祝儀をしねえから何処へも知らせねえのだ、大丈夫だ、心配しなくもよろしい、祝いものは何処からも来やしねえ、表向に婚礼をすりゃアお前の所へも知らせらア」  亥「旦那に云ってくんねえ、これは詰らねえ物だがって上げてくんねえ」  森「旦那、亥太郎が来ました」  文「そうか、此方へお通し申せ……お母さま、亥太郎が参りました」  母「そうかえ、まア〳〵此方へ」  亥「御無沙汰致しまして、お変りもございませんで」  母「お前さんも達者で、つい此の間も噂をして居りました、さア此方へ」  文「亥太郎さん、文治郎は大きに御無沙汰をした、少し取込んだことがあって」  亥「今、森に聞けばお嫁さんが来たって、知らねえものだから、知らせておくんなされば詰らねえ祝物でも持って来なければならねえ身の上で、お祝いにも来ねえで、何ぜ知らせて下さらねえ」  文「いや〳〵未だ内輪だけのことで」  母「只今文治の云う通り内輪だけのことで、改まって婚礼をするときは貴君方にも知らせる積りでございます」  亥「だって私は内輪でございやす、なアにこれは詰らねえものでございやす、お嫁さんにお目に懸りてい」  母「町や……年が行きませんから」  亥「へえ、こりゃアどうも〳〵そんなに長くお辞儀をなすっちゃアいけねえ、私どもは二つずつお辞儀をしなければならねえ、こんな良いお嫁さんはございませんねえ、お姫様のようだ、私はぞんぜえ者でございやす、幾久しく願いやす」  文「御尊父様は御壮健でございますか」  亥「へえ何でごぜえやすか」  文「御尊父様は御壮健でございますか」  亥「私の近所の医者でごぜえやすか」  文「いえ貴君の親御さまは」  亥「私の親父ですか、些とも知らねえ……お芽出たい処へ来て、こんな事を云っては何ですが、親父は此の二月お芽出度なりました」  文「おや、さっぱり存ぜんで、お悔みにも参りません、何ぜ知らせて下さらぬ」  亥「私共のような半纒着の処へお前さんが黒い羽織で来ちゃア気が詰って困るからお知らせ申さねえ」  文「やれ〳〵御愁傷さま」  母「お前さまのような薩張りした御気性だから口へはお出しなさらないが、腹の中では嘸御愁傷でございましょう」  亥「此方の旦那のように親孝行をして死んだのでございません、餓鬼の中から喧嘩早くって私故に心配して、あんな病身になって死にました、達者な中に好な物でも食わせて死んだのなれば、良いがと思って、死んで仕舞ってから気がついても仕方がねえ、私が今度泣くと友達が笑って亥太郎は鬼の目に涙だってねえ」 文「嘸々御愁傷のことで、お見送りもしなかったのは残念だ、頼母しくない」  亥「今のお嫁入りとえんだりにしましょう、私共は交際が広いものだから裏店の葬えでありながら、強飯が八百人前というので」  文「成程、嘸御立派でございましたろう」  亥「それで豊島町の八右衞門さんが一人の親だから立派にしろというので、組合の者が皆供に立って、富士講の先達だの木魚講だのが出るという騒ぎで、寺を借りて坊主が十二人出るような訳で」  文「立派なことでございましたなア」  亥「それも宜いが、蝋燭だの線香だの香奠だのと云って家の中へ一杯に積んで山のようになりました、金でも持って来れば宜いに、食えもしねえ蝋燭なんぞを持って来て、其の返しに茶の角袋でも附けなければならねえ、これが小千軒あるような訳で」  文「成程、併しながら亥太郎さん、一人のお父さんのことだから立派になさい」  亥「へえ…何だって豊島町の富士講の先達だの法印が法螺の貝を吹くやら坊主が十二人」  文「成程」  亥「それも宜いが、蝋燭だの線香だの食えもしねえ物を貰って返しをしなければならねえ」  文「成程、御孝行の仕納めだから立派になすった方が宜しい」  亥「身に余った葬えで仮寺を五軒ばかりしなければ追付かねえ、酒が三樽開いて仕舞う、河岸や何かから魚を貰って法印が法螺の貝を吹く騒ぎ」  文「成程」  亥「それも仕方がねえが山のように線香だの何だの、質にも置けねえ物を貰って、それも宜いが返しに菓子と茶を附けなければならねえ」  文「成程、立派にしてお上げなさい」  亥「坊主を十二人頼むというので棺台などを二間にして、無垢も良いのを懸けろというので、富士講に木魚講、法印が法螺の貝を吹く」  文「成程立派なことで」  亥「それも宜いけれども食えもしねえ線香や蝋燭などを山のように積んで、菓子や茶の袋を配るのが千軒もある」  文「成程、亥太郎さん、貴方のことだからお差支もあるまいが、余程のお物いりだね」  亥「へえ、仕様がねえ」  文「外の事とも違うから、御不足はあるまいが御入用なれば文治郎これだけ入ると、打明けて云うて下さるのが友達の信義だから、多分のことは出来まいが、少々ぐらいのことなら御遠慮なくお云いなさい」  亥「へえ〳〵……からビッショリ汗をかいて仕舞った……実は金を借りに参ったので」  文「道理でおかしいと思った、一つ言ばっかり仰ゃるから、お正直です」  亥「今まで身上が悪いから菓子屋も茶屋も貸さねえ、仕方がねえから旦那の所へ来たが、玄関の所へ来て這入り切れねえ……旦那済みませんが貸して下せい」  文「道理で……宜しい〳〵あなたが道楽に遣うのでない立派なことです、何程御入用……それで済みますか五十金……お母さまお貸し申しましょうか」  母「御用達申しなともさ」  亥「有難うごぜえやす……私は証文を書くにも書けませんが、こういう詰らねえ物を持って居りやすが、百両の抵当に編笠ということもございやすから、これを預って下せえ」  と出したのは高麗青皮に趙雲の円金物、後藤宗乘の作でございます。  文「立派な胴乱だ」  亥「胴乱でごぜいますか」  文「これは高麗国の亀の甲だというが、類い稀なる物……これは名作だ、結構な物、どうしてこれを御所持でございます」  亥「それはなに、妙な、なに泥ぼっけになっていたのを拾ったのです」  文「これはお前さんの手に在っても入るまい」  亥「入りませんとも」  文「抵当も何も入らぬが、これは預って置きましょう」  文治郎の手にこれが這入るのは蟠龍軒の天運の尽きで、これが友之助の手に這入って、遂に小野庄左衞門の讎が分るというお話、鳥渡一吹致しまして申し上げます。   十七  文治は予て大伴の道場に斬入るは義によっての事でございまして、身を棄て、義を採ります。命を棄てゝも信を全くする其の志がどう云う所から起りましたか、文治郎は何か学問が横へ這入り過ぎた処があるのではないかと或る物識が仰しゃったことがございます、余り人の為の情と云うものが深くなると、人を害することがあります「心ひく方ばかりにてなべて世の人に情のある人ぞなき」と云う歌の通り「情を介んで害を為す」と云う古語がございます。大伴を討って衆人を助け、殊には友之助を欺いて女房を奪い、百両の金も取上げて仕舞い、彼を割下水の溝の中へ打込み、半殺しにしたは実に大逆非道な奴で、捨置かれぬと云う其の癇癖を耐え〳〵て六月の晦日まで待ちました。昼の程から様子を聞くと、今日は大伴兄弟も他へ用達に行くことなし、晦日のことで用もあるから払方を済ませ、家で一杯飲むということを聞きましたから、今宵こそ彼を討たんと、昼の中から徐々身支度を致します。お町は其の様子を知って居りますから、暮方になると段々胸が塞りまして、はら〳〵致し、文治郎の側に附いて居りました。四つを打つと只今の十時でございますから、何所でも退けます。母にもお酒を飲ませ、安心させるよう寝かし付け、彼是九つと思う時刻になると、読みかけた本を投げ棄て、風呂敷包みを持出しましたから、お町はあゝ又風呂敷包みが出たかと思うと、包を解いて前申し上げた通り南蛮鍛えの鎖帷子、筋金の入ったる鉢巻を致しまして、無地の眼立たぬ単衣に献上の帯をしめて、其の上から上締を固く致して端折を高く取りまして、藤四郎吉光の一刀に兼元の差添をさし、國俊の合口を懐に呑み、覗き手拭で面部を深く包みまして、ぴったりと床の上へ坐りまして、  文「お町やこれへお出で」  町「はい、お呼び遊ばしましたか」  文「毎夜云う通り今晩は愈々行かんければならぬことになりました、多分今宵は本意を遂げて立帰る心得、明け方までには帰るから、どうか頼むぞよ、若し帰らぬことがあったらば文治郎亡き者と思い、私に成り代って一人のお母様へ孝行を頼みますぞよ」  町「はい、旦那様、私が此方へ縁付いて参りましてから、毎夜々々荒々しいお身姿でお出向になりますが、どうしてのことか、余程深い御遺恨でもありますことか、果し合とやら云うようなお身姿でございますが、お出遊ばすかと思えば又直ぐお早くお帰りのこともあり、誠に私には少しも理由が分りません、元より此方へ嫁に参りたいと願いました訳でもございませず、どうか便り少い者ゆえ貴方様へ御飯炊奉公に参って居りますれば、不調法を致しましても、お情深い旦那様、行き所もない者と無理に出て行けとお暇も出まいと思い、旦那様をお力に親の亡い後には唯だ此方様ばかりを命の綱と取縋って、御無理を願いましたことで、思い掛けなくお母様が嫁にと御意遊ばして、冥加に余ったことなれど、実は旦那様は嘸お嫌であろうと存じて居りました処が、御孝心深いあなた様、お母様の云うことをお背き遊ばさずに、親が云うからと不束な私を嫁にと仰しゃって下さりまして、私は実に心が切のうございます、何卒女房と思し召さず御飯炊の奉公人と思召してお置き遊ばして下さるよう願いとう存じます」  文「それはお前分らぬことを云う、いやならいやと男だから云います、又気に入らぬ女房は持っている訳にはいかぬもの、一旦婚姻を致したからには決して飯炊奉公人とは思いません、文治郎何処までも女房と心得ればこそ母の身の上を頼むではないか、何ぜ左様なことを云う」  町「ひょっと旦那様は他にお母様に御内々でお約束遊ばした御婦人でもございまして、お母様の前をお出遊ばすにお間が悪いから、私のようなものでも嫁と定めれば、まさか打明けて斯うだとお話も出来ないから、其の御婦人の方へお逢い遊ばしに夜分お出向になる事ではないかと、私は悋気ではございませんけれども、貴方のお身をお案じ申しますから、思い違えを致すこともございます、何卒そう云う事でございますならばお母様に知れませぬように、どのようにも私が執り繕いますから、其の女中をお部屋までお呼び遊ばすようになすって下されば、お母様に知れないよう計います、実は斯うと打明けて御意遊ばして下さる方が却って私は有難いと存じます」  文「つまらぬことを云うね、妾や手掛の所へ行くに鎖帷子を着て行く者はありません、併しお前が来てから盃をしたばかりで一度も添寝をせぬから、それで嫌うのだと思いなさるだろうが、なか〳〵左様な女狂いなどをして家を明けるような人間ではございません、言うに云われぬ深い理由があって、どうも棄て置かれぬ、お前が左様に疑ぐるから話すが、私は義に依って夜な〳〵忍び込んで、若し其の悪人を討てば、幾千人の人助けになる、天下のお為になる事もあろう、それ故に母に心配を掛けないよう隠して斯うやって参る、文治郎元より一命を抛っても人の為だ、私がお前と一度でも添臥すればお前はもう他へ縁付くことは出来ぬ、十七八の若い者、生先永き身の上で後家を立てるようなことがあっては如何にも気の毒、私が死んでお母様がお前に養子なさると云えば、一旦文治郎の女房になったと他人は思おうとも、お前の身に私と添臥をせぬと云う心に力があるから、どのような養子も出来る、添寝をせぬのは実は文治郎がお前を思う故に、情の心からだ、又首尾能く為終した上では、縁あって来た者故添い遂げらるゝこともあろうかと考える、何事も右京太夫の家来の藤原と相談してお母様を頼む、何卒情ない男と思いなさるな、天下のため命を棄てるかも知れぬから」  町「はい能く打明けて仰しゃって下すった」  と袖を噛んだなりで泣き倒れましたが、暫くあって漸々顔を上げまして、  町「旦那様、そう云うことなら決してお止め申しませんが、何卒私の申しますこともお聞き遊ばして下さいまし」  文「何でも聞きます、どう云うこと」  町「はい、私が此方へ参りましてから、貴方はお癇癖が起って居る御様子、寛々お話も出来ませんが、貴方にお恵みを受けました親父庄左衞門は桜の馬場で何者とも知れず斬殺されましたことは御存じございますまい」  文「えー……それは知らねど……どうも思い掛けない、何時のことで……フーン後月二十七日の夜に桜の馬場に於て何者に」  町「はい、何者とも知れません、お検死の仰しゃるには余程手者が斬ったのであろうと、それに親父がたしなみの脇差を佩して出ましたが、其の脇差は貞宗でございますから、それを盗取りました者を探ねましたら讐の様子も分ろうかと存じますが、仮令讐が知れましてもかぼそい私が親の讐を討つことは出来ませんから、旦那様へ御奉公に上って居りましたら、讐の知れた時はお助太刀も願われようかと存じ、御飯炊の御奉公に願いましたことでございます、貴方のお身の上に若しもの事がありますれば、親の讐を討ちます望も遂げられまいかと存じます……そればっかりが残念でございます」  文「フーン、能く親の讐を討ちたいと云った、流石は武士の娘だ、あゝそれでこそ文治郎の女房だ、宜しい、私が附いていて、探し当て屹度討たせます、仮令今晩為終せて来ようとも、窃かに立帰ってお前の親の讐を討ったる上で名告って出ても宜い……併し直ぐと手掛りもなかろう、彦四郎の刀を取られたのを手掛りとしても、それさえ他に類のあるものでもあり、脇差の拵えや何かも女のことだから知るまい」  町「いゝえ、親父が自慢に人様が来ると常々見せましたが、縁頭は赤銅七子に金の三羽千鳥が附きまして、目貫も金の三羽千鳥、これは後藤宗乘の作で出来の好いのだそうで、鰐はチャンパン、柄糸は濃茶でございます、鍔は伏見の金家の作で山水に釣をして居る人物が出て居ります、鞘は蝋色でございまして、小柄は浪人中困りまして払いましたが、中身は彦四郎貞宗でございます」  文「能く覚えて居る、それが手掛りになりますから心配せぬが宜しい、屹度敵を討たせましょうが……今夜はどうしても私は行かなければならぬ、お母様に何卒知れぬようにして下さい、決して心配するな、直き往って来るから」  町「はい、お止め申しませぬ……御機嫌宜しゅうお帰り遊ばして」  と縁側まで送り出し、御機嫌宜しゅうと袖に縋って文治郎の顔を見上げる。文治郎は情深い者でございますから、あゝ可愛そうに、己は帰れるやら帰れぬやら知れぬに、気の毒なことゝ思うが、仕方がないから袖を払って三尺の開きをあけて、庭から出まして、これから北割下水へ掛って来ますると、夜は森々と致して鼻を抓まれるのも知れません。大伴蟠龍軒の門前まで来ると、締りは厳重で中へ這入る事は出来ません、文治郎は細竹を以てズーッと突きさえすれば、ヒラリと高い屋根へ飛上る妙術のある人でございますから、何ぞ竹はないかと四辺を見ると、蚊を取ります袋の付きました竹の棒がある「本所に蚊が無くなれば師走かな」と云う川柳の通り、長柄に袋を付けて蚊を取りますが、仲間衆が忘れでもしたか、そこに置いてありましたから、其の袋を取ってぱっと投げますると、風が這入って袋の拈が戻ったから、中からブウンと蚊が飛び出しました。文治郎は情深い人で、蚊まで助けましたから、今でもブウン〳〵と云って忘れずに文治郎の名を呼んで飛んで居ります。竹を突いて身軽に門番の家根へ飛上り、又竹を突いてさっと身軽に庭へ下りて、音のせぬように潜み、勝手を知った庭続き、檜の植込みの所から伝わって随竜垣の脇に身を潜めて様子を窺うと、長四畳で、次は一寸広間のようの所がありまして、此方に道場が一杯に見えます。酒を飲んでグダ〳〵に酔って弟の蟠作が、和田原安兵衞と云う内弟子と二人で話をして居りますが、話をする了簡だけれども、食い酔って舌が廻りませんから些とも分りません、酒の相手は仕倦きて妾のお村が浴衣の姿で片手に団扇を持って庭の飛石へ縁台を置き、お母と二人で涼んで居ります。  崎「さアお休みなさいよう、お村が早く寝たいと云いますよう……御舎弟様大概に遊ばせよう、お村が怒って居りますよ」  村「若旦那お休みなさいよう」  蟠「そんなことを云って、まア鬼のいない中の洗濯じゃアないか……なア安兵衞、兄貴は分らぬてえものだ、此のどうも脇差を弟に内証で時々ズーッと鞘を払い、打粉を振って磨き、又納め、袋へ入れて楽しんでいるからひどい、今日は留守だから引摺り出したが、私に見せぬで隠して居るのはひどい」  安「何時の間にお手に入れたか、これは大先生より貴方のお持ち遊ばした方が宜しい」  蟠「兄貴は分らぬ、隠して置くはどうも訝しい、それに何ぜ此の位の良い脇差に…小柄がないね」  安「これは何れ取りあわせて拵えるのでしょう」  村「早くお休みなさいよ、お願いでございますよ、お母も眠がって居りますから旦那」  と云うのが庭へ響きます女の声、はア此処にいるのはお村母子だが、此奴を逃してはならぬと藤四郎吉光の鞘を払って物をも云わずつか〳〵と来て、誰かと眼を着けるとお村ですから「友之助ならば斯の如く」とポーンと足を斬りました。  村「あゝ人殺し」  と言いながら前へ倒れる。其の刀でえいと斬るとバラリッとお母の首が落ちました。随竜垣に手を掛けて土庇の上へ飛上って、文治郎鍔元へ垂れる血を振いながら下をこう見ると、腕が良いのに切物が良いから、すぱり、きゃっと云うばかりで何の事か奥では酒を飲んでいて分りません。  蟠「何だ〳〵」  村「人殺し〳〵」  安「それは飛んだこと」  とひょろ〳〵よろけながら和田原安兵衞が来て、  安「どう遊ばした、お母様も怪しからぬ……何者でござる、確り遊ばして」  と言いながらお村を抱き起そうとする時、後から飛下りながら文治郎がプツリッと拝み討ちに斬りますと、脳をかすり耳を斬落し、肩へ深く斬り込みましたから、あっと仰様に安兵衞が倒れました。蟠作は賊ありと知って討とうと思いましたが、慌てる時は往かぬもので、剣術の代稽古をもする位だから、刀を持って出れば宜いに、慌てゝ居りますから心得のない槍の鞘を払って「賊め」と突き掛る処を、はっと手元へ繰込み、一足踏込んでプツリと斬りましたが、殺しは致しませんで、蟠作の髻とお村の髻とを結び、庭の花崗岩の飛石の上へ押据えて、  文「やい蟠作、能くも汝は大小を差す身の上でありながら、町人風情の友之助を賭碁に事寄せ金を奪い、お村まで貪り取ったな、大悪非道な奴である…お村、汝は友之助と心中致す処を此の文治郎が助け、駒形へ世帯を持たせて遣ったに、汝友之助に意地をつけ、文治郎に無沙汰で銀座三丁目へ引越し、剰え蟠龍軒の襟元に付き心中までしようと思った友之助を袖にして、斯様な非道なことをしたな、汝は文治郎が掛合に参った時悪口を吐き、能くも面体へ疵を付けたな、汝れ」  と七人力の力で庭の飛石へ摩り付け、友之助が居ればこうであろうと、和田原安兵衞の差していた脇差を取って蟠作の顔を十文字に斬り、汝は此の口で友之助を騙したか、此の色目で男を悩したかとお村をズタ〳〵に斬り、汝は此の口で文治郎に悪口を吐いたかと嬲殺しにして、其の儘脇差を投り出し、藤四郎吉光の一刀を提げて「蟠龍軒は何処に居るか、隠れずに出ろ、友之助になり代って己が斬るから此処へ出ろ」と云いながら何処を探してもいないから、台所へ来て男部屋を開けますると、紙帳の中へゴソ〳〵と潜って、頭の上へ手を上げて一生懸命に拝んで、  男「何卒お助け下さい、何も心得ません、命計りはお助けなすって、御入用なれば何でも差上げます」  文「己は賊ではない、汝は奉公人か、当家の家来か」  男「へえ先月奉公に這入った何も心得ませんもので」  文「蟠龍軒は何処に隠れて居るかそれを教えろ、蟠龍軒は何処に隠れて居るかそれを言え」  男「何処だか存じませんが、今朝程築地のお屋敷へ往って浮田金太夫様の処へ、竹次郎というお弟子と今一人を連れて参りました」  文「嘘を云え、何処に隠れているか云え」  男「嘘ではございません、主人の煙草盆に手紙が挿してあります、浮田金太夫様からのお手紙が参って居ります」  文「じゃア全く居らぬか……残念な事を致したな、大伴兄弟が居ると思ったに蟠龍軒だけ築地の屋敷へ参ったか……あゝ残念な事をした」  と云いながらプツーリと癇癪紛れに下男の首を討落しました。奉公人はいゝ面の皮で、悪い所へ奉公をすると此様な目に遇います。文治郎は刀をさげ、隠れて居るかと戸棚を開けたり、押入を引開けて見たが、居りません。座敷の真中に投り出してありますは結構な脇差で、只見ると赤銅七子に金の三羽千鳥の縁頭、はてなと取上げて見ると、鍔は金家の作、目貫は三羽千鳥、是は彼のお茶の水で失ったる彦四郎貞宗ではないか、中身はと抜いて見ると紛う方なき貞宗だから、あゝ残念な事をした庄左衞門を殺害したのは彼等兄弟の所業に相違ないが、是を己が持って帰れば盗賊に陥り、言訳が付かぬ、却って刀は此所に置く方が調べの手懸りにもなろうと思い、此の事を早くお町にも話したいと血を拭って鞘に納め、塀を乗越えて立帰りましたが、これから災難で此の罪が友之助に係りまして、忽ちにお役所へ引かれますのを見て、文治郎自から名告って出て、徒罪を仰付けられ、遂に小笠原島へ漂着致し、七ヶ年の間、無人島に居りまして、後帰国の上、お町を連れて大伴蟠龍軒を討ち、舅の無念を晴すと云う、文治郎漂流奇談のお話も楽でございます。     (拠若林〓(「※」は「おうへん+甘」)藏、酒井昇造速記) 底本:「圓朝全集 巻の四」近代文芸・資料複刻叢書、世界文庫    1963(昭和38)年9月10日発行 底本の親本:「圓朝全集 巻の四」春陽堂    1927(昭和2)年6月28日発行 ※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。 ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。 また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。 底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」は、それぞれ「其の」と「此の」に統一しました。 また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。 ※誤記等の確認に、「三遊亭円朝全集 第三巻」(角川書店、1975(昭和50)年7月31日発行)を参照しました。 ※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。 入力:小林 繁雄 校正:かとうかおり 2000年1月18日公開 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。