お月さまいくつ 北原白秋 Guide 扉 本文 目 次 お月さまいくつ お月さまいくつ。 十三七つ。 まだ年や若いな。 あの子を産んで、 この子を産んで、 だアれに抱かしよ。 お万に抱かしよ。 お万は何処へ往た。 油買ひに茶買ひに。 油屋の縁で、 氷が張つて、 油一升こぼした。 その油どうした。 太郎どんの犬と 次郎どんの犬と、 みんな嘗めてしまつた。 その犬どうした。 太鼓に張つて、 あつちの方でもどんどんどん。 こつちの方でもどんどんどん。(東京)  この「お月さまいくつ」の謡は、みなさんがよく御存じです。私たちも子供の時は、よく紅い円いお月様を拝みに出ては、いつも手拍子をうつては歌つたものでした。この童謡は国国で色色と歌ひくづされてゐます。然し、みんなあの紅い円いつやつやしたお月様を、若い綺麗な小母さまだと思つてゐます。まつたくさう思へますものね。 お月さんぽつち。 あなたはいくつ。 十三七つ。 そりやまだ若いに。 紅鉄漿つけて、 お嫁入りなされ。(伊勢)    • ののさまどつち。 いばらのかげで、 ねんねを抱いて、 花つんでござれ。(越後)    • あとさんいくつ。 十三一つ。 まだ年若いの。 今度京へ上つて、 藁の袴織つて着しよ。(紀伊)    • お月さんいくつ。 十三七つ。 まだ年は若い。 七折着せて、 おんどきよへのぼしよ。 おんどきよの道で、 尾のない鳥と、 尾のある鳥と、 けいつちいや、あら、 きいようようと鳴いたとさ。(伊勢)   「おんどきよへ」とは、「今度京へ」といふのがなまつたのです。    • お月さまいくつ。 十三七つ。 そりやちと若いに。 お御堂の水を、 どうどと汲もに。(美濃)    • お月さま。お年はいくつ。 十三七つ。 お若いことや。 お馬に乗つて、 ジヤンコジヤンコとおいで。(尾張)  かういふ風に、「そりやまだ若いに。」と、みんな歌つてゐるから面白いのです。京へ上つたり、紅かねつけたり、お嫁入りしたり、赤ん坊を生んだりしてゐます。お馬のジヤンコジヤンコもおもしろいでせう。それにまた、「そりやまだ若い。若船に乗つて、唐まで渡れ。」(紀伊)といふのもあります。それから少し変つてゐるのに、一寸西洋の童謡見たやうなのがあります。それは珍らしいものです。 お月様いくつ。 十三七つ。 まだ年は若いど。 お月様の後へ、 小いちやつけ和尚が、 滑橋をかけて、 お月様拝むとて、 ずるずるすべつた。(下総)  これは、空のけしきが其のままに歌はれてゐます。小さい和尚さんは白い星か薄い霧のやうな星の雲かでせう。滑橋もさうした雲のながれでせう。天の川のやうな。ずるずる滑るところがをかしいではありませんか。  それから、その綺麗な若いお月様の小母さまに、みんながお飯を見せびらかしたり、またいろんなものをせびつたりします。やはり子供の小母さまですから。 お月様。 観音堂下りて、 飯上がれ。 飯はいやいや。 あんもなら三つくりよ。(信濃)    • お月様。お月様。 赤い飯いやいや。 白い飯いやいや。 銭形金形ついた お守りくんさんしよ。(岩代)    • あとさん。なんまいだ。 ぜぜ一文おくれ。 油買つて進じよ。(肥前)    • どうでやさん。どうでやさん。 赤い衣服下んせ。 白い衣服下んせ。(陸中)  そのお月様は、紅いのに桃色だと云つたとて、プリプリ怒つたのもあります。 お月様桃色。 誰が云つた。 海女が云うた。 海女の口ひきさけ。(尾張)  それから、 大事なお月さま、 雲めがかくす。 とても隠すなら、 金屏風でかくせ。(東京)  といふのがありませう。ほんとに金屏風でなくては、あの若い小母さまには似合はないでせうね。いかにも昔のお江戸の子供が謡つたやうでせう。気象が大きくておほまかで、張があつて、派出で。 「兎うさぎ」といふのも御存じでせうね。 兎。うさぎ。 何見て跳ねる。 十五夜お月さま 見て跳ねる。ピヨン〳〵。  ほんとに、お月夜の兎のよろこびと云つたらありません。両耳を立てて、草の香の深い中から、ピヨン〳〵と跳ねて飛んで出る、あの白い綿のやうな兎さんもかはいいものです。それにしても、あのまアるいお月さまの中には、いつも兎が杵をもつて餅を搗いてゐる筈でしたね。 底本:「日本の名随筆58 月」作品社    1987(昭和62)年8月25日第1刷発行 底本の親本:「北原白秋全集 第一六巻」岩波書店    1985(昭和60)年6月 入力:土屋隆 校正:門田裕志 2006年9月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。