ルバイヤート RUBA'IYAT オマル・ハイヤーム 'Umar Khaiyam 小川亮作訳 Guide 扉 本文 目 次 ルバイヤート RUBA'IYAT 目次 解き得ぬ謎 1 生きのなやみ 16 太初のさだめ 26 万物流転 35 無常の車 57 ままよ、どうあろうと 74 むなしさよ 101 一瞬をいかせ 108 註    まえがき  ここに訳出した『ルバイヤート』(四行詩)は、十九世紀のイギリス詩人フィツジェラルド Edward FitzGerald の名訳によって、欧米はもちろん、広く全世界にその名を知られるにいたった十一-十二世紀のペルシアの科学者、哲学者また詩人、オマル・ハイヤーム 〔Omar Khayya_m('Umar Khaiya_m)〕の作品である。  フィツジェラルドが、一八五九年にその翻訳を自費出版で初版わずかに二五〇部だけ印刷した時には、若干を友人に分けて、残りはこれを印刷した本屋に一冊五シリングで売らせたのであったが、当時はいっこうに人気がなく、いくら値を下げても買手がつかないので、ついには一冊一ペニイの安値で古本屋の見切り本の箱の中にならべられる運命となった。出版してから三年ばかり後のこと、ラファエル前派の詩人ロゼッテイの二人の友人が、散歩の途次偶然、埃に埋もれたこの珍しい本を発見して、彼にその話をした。ロゼッテイは同志の詩人スウィンバーンと一緒に件の店に出かけて行って、ちょっとその本を覗いただけで直ちにその価値を認め、おのおの数冊ずつ買って帰った。翌日彼らは友人に贈るためになお数冊買うつもりでまたその店へ行ったが、店の者は前には一冊一ペニイだったのを今度は二ペンスだと言った。ロゼッテイは怒りと諧謔をまぜた抗議口調でその男に食ってかかったが、結局二倍の値段で少しばかり買って立ち去った。それから一、二週間後には残りの『ルバイヤート』の値段は一躍一ギニイにも跳ね上ったという。  このように数奇な運命をたどったフィツジェラルドの翻訳は、ラファエル前派の詩人たちの推称によってようやく識者の注目をひくにいたり、初版後九年を経た一八六八年に第二版、それから四年後の七二年に第三版、また七九年には最後の第四版が出版され、フィツジェラルドの死後『ルバイヤート』はますます広く読まれるにいたった。ことに十九世紀末から今世紀の初めにかけてオマル・ハイヤーム熱は一種の流行となって英米を風靡し、その余波は大陸諸国にも及んだ。ロンドンやアメリカには『オマル・ハイヤーム・クラブ』が設立され、またパリでは彼の名が、酒場の看板にまで用いられるほどであった。フィツジェラルドの翻訳はいろいろの体裁で翻刻され、各国語に訳された。さらにまたフィツジェラルドのこの奔放な韻文訳以外にも、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、イタリイ語等への直接ペルシア語からの韻文や散文の訳が数多く試みられた。わが国でも、明治四十一年(一九〇八年)にはじめて蒲原有明がフィツジェラルドの訳書中から六首を選んで重訳紹介して以来、今日までに多くの翻訳書が出た。今ではもうフィツジェラルドの名訳はそれ自身英文学のクラシックに列せられている。オマル・ハイヤームの名はこうして世界的なものとなった。  詩聖ゲーテはその有名な『西東詩集』の中で、人も知るごとく、ペルシア語の原文さえも引用して、古きイランの詩人たちを推称した。彼は言った──「ペルシア人は五世紀間の数多い詩人の中で、特筆に値いする詩人としてわずかに七人の名しか挙げないと言われている。しかし彼らが斥ける残余の詩人の中にさえも、私などよりは遙かに傑れた人々がたくさんいるのにちがいない」と。自負心の強いこの詩人にしてこの言をなした、もって傾倒のほどが知られよう。だが彼の挙げた七人の詩人の中にはわがオマル・ハイヤームの名は含まれていない。ゲーテはオマルをも『ルバイヤート』をも知らなかったものと見える。ハイヤームの詩人としての名は昔も今もペルシアではすこぶる高い。だから田舎の農夫でもその詩の一首や二首は知っている。現代イラン人の書いた文学史にはオマルの名は八大詩人の中に数え上げられている。それにもかかわらず、彼の詩に盛られた思想が、狂信的なイスラム教(回教)と相容れないばかりか、これを冒涜する性質さえ持っていたために、ペルシアにおけるイスラム教勢力が衰えた最近代にいたるまでは、文学史上でハイヤームの詩人的才能を讃えた例はなかったもので、したがってヨーロッパのペルシア学者も、フィツジェラルドや彼にオマルを推称した友人の東洋学者以前には、あまり『ルバイヤート』に注意を払わなかった。そういうわけで、一八三二年に死んだゲーテとしてはフィツジェラルドの翻訳(一八五九年出版)に接する機会はもちろんなかったし、またそれ以前のドイツ語訳によってハイヤームを知るという機会もなかった。彼はまさに「私などよりは遙かに傑れた人々がたくさんいるのにちがいない」と予期したとおり、最も傑れた詩人の一人を逸したわけである。  自ら挙げた七人のペルシア詩人中の一人で、十四世紀に生きていたハーフェズのペシミズム溢れる抒情詩から、ゲーテは多大の影響を受けたと言われている。もしも彼にしてハーフェズの創作上の先師であったオマル・ハイヤームを知っていたならば、この東方に深く憧れた詩人の『西東詩集』には、さらに色濃いオマル的な懐疑の色調が加えられたかも知れない。  本書に収めた一四三首はペルシア語の原典から直接訳したもので、テクストにはオマルの原作として定評のあるものだけを厳選し、また最近のイランにおける新しい配列の仕方に従って、「解き得ぬ謎」、「生きのなやみ」、「太初のさだめ」、「万物流転」、「無常の車」、「ままよ、どうあろうと」、「むなしさよ」、「一瞬をいかせ」の八部に分類した。もちろんハイヤームが最初の写本を友人に示した当時にはこのような配列順序にはよらなかったであろう。しかも彼自身の配列方法は今では不明であるし、普通の写本のようにイロハ順で漫然と並べるよりも、内容の類似点を捉えたこの配列の方が遙かに合理的だと考える。各四行詩に附した番号はこの分類にはかかわりなく、全体に通ずる通し番号である。オマルのものかどうかなお多少疑いの余地あるものは冒頭の番号を( )で包んだ。で包んだ。他はすべて彼の作として異論がない。  はじめ、フィツジェラルドの英訳をテクストとした森亮氏の傑れた訳業に啓発されて、全部有明調の文語体で翻訳したが(解説二、「ルバイヤートについて」の項参照)、その後佐藤春夫氏のすすめにより口語体に改めた。同氏の御親切に対して深謝するものである。なお挿絵は小林孔氏に負うところ大である。    昭和二十二年八月二十日 松戸にて   訳者   目次  まえがき 解き得ぬ謎( 1-15 )生きのなやみ( 16-25 )太初のさだめ( 26-34 )万物流転( 35-56 )無常の車( 57-73 )ままよ、どうあろうと( 74-100 )むなしさよ( 101-107 )一瞬をいかせ( 108-143 )  註    解き得ぬ謎   1 チューリップのおもて、糸杉のあで姿よ、 わが面影のいかばかり麗しかろうと、 なんのためにこうしてわれを久遠の絵師は 土のうてなになんか飾ったものだろう?   2 もともと無理やりつれ出された世界なんだ、 生きてなやみのほか得るところ何があったか? 今は、何のために来り住みそして去るのやら わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ!   3 自分が来て宇宙になんの益があったか? また行けばとて格別変化があったか? いったい何のためにこうして来り去るのか、 この耳に説きあかしてくれた人があったか?   4 魂よ、謎を解くことはお前には出来ない。 さかしい知者*の立場になることは出来ない。 せめては酒と盃でこの世に楽土をひらこう。 あの世でお前が楽土に行けるときまってはいない。   5 生きてこの世の理を知りつくした魂なら、 死してあの世の謎も解けたであろうか。 今おのが身にいて何もわからないお前に、 あした身をはなれて何がわかろうか?   (6) いつまで水の上に瓦を積んで*おれようや! 仏教徒や拝火教徒の説にはもう飽きはてた。 またの世に地獄があるなどと言うのは誰か? 誰か地獄から帰って来たとでも言うのか?   7 創世の神秘は君もわれも知らない。 その謎は君やわれには解けない。 何を言い合おうと幕の外のこと、 その幕がおりたらわれらは形もない。   8 この万象の海ほど不思議なものはない、 誰ひとりそのみなもとをつきとめた人はない。 あてずっぽうにめいめい勝手なことは言ったが、 真相を明らかにすることは誰にも出来ない。   9 このたかどのを宿とするかの天体の群 こそは博士らの心になやみのたね だが、心して見ればそれほどの天体でさえ 揺られてはしきりに頭を振る身の上。   10 われらが来たり行ったりするこの世の中、 それはおしまいもなし、はじめもなかった。 答えようとて誰にはっきり答えられよう──  われらはどこから来てどこへ行くやら?   11 造物主が万物の形をつくり出したそのとき、 なぜとじこめたのであろう、滅亡と不足の中に? せっかく美しい形をこわすのがわからない、 もしまた美しくなかったらそれは誰の罪?   12 苦心して学徳をつみかさねた人たちは 「世の燈明*」と仰がれて光りかがやきながら、 闇の夜にぼそぼそお伽ばなしをしたばかりで、 夜も明けやらぬに早や燃えつきてしまった。   (13) この道を歩んで行った人たちは、ねえ酒姫*、 もうあの誇らしい地のふところに臥したよ。 酒をのんで、おれの言うことをききたまえ──  あの人たちの言ったことはただの風だよ。   (14) 愚かしい者ども知恵の結晶をもとめては 大空のめぐる中でくさぐさの論を立てた。 だが、ついに宇宙の謎には達せず、 しばしたわごとしてやがてねむりこけた!   15 綺羅星の空高くいる牛──金牛星、 地の底にはまた大地を担う牛*もいるし、 さあ、理性の目を開き二頭の牛の 上下にいる驢馬の一群を見るがよい。    生きのなやみ   16 今日こそわが青春はめぐって来た! 酒をのもうよ、それがこの身の幸だ。 たとえ苦くても、君、とがめるな。 苦いのが道理、それが自分の命だ。   17 思いどおりになったなら来はしなかった。 思いどおりになるものなら誰が行くものか? この荒家に来ず、行かず、住まずだったら、 ああ、それこそどんなによかったろうか!   18 来ては行くだけでなんの甲斐があろう? この玉の緒の切れ目はいったいどこであろう? 罪もなく輪廻の環の中につながれ、 身を燃やして灰となる煙はどこであろう?   19 ああ、空しくも齢をかさねたものよ、 いまに大空の利鎌が首を掻くよ。 いたましや、助けてくれ、この命を、 のぞみ一つかなわずに消えてしまうよ!   (20) よい人と一生安らかにいたとて、 一生この世の栄耀をつくしたとて、 所詮は旅出する身の上だもの、 すべて一場の夢さ、一生に何を見たとて。   21 歓楽もやがて思い出と消えようもの、 古き好をつなぐに足るのは生の酒のみだよ。 酒の器にかけた手をしっかりと離すまい、 お前が消えたって盃だけは残るよ!   22 ああ、全く、休み場所でもあったらいいに、 この長旅に終点があったらいいに。 千万年をへたときに土の中から 草のように芽をふくのぞみがあったらいいに!   23 二つ戸口のこの宿にいることの効果は 心の痛みと命へのあきらめのみだ。 生の息吹きを知らない者が羨ましい。 母から生まれなかった者こそ幸福だ!   (24) 地を固め天のめぐりをはじめたお前は なんという痛恨を哀れな胸にあたえたのか? 紅玉の唇や蘭麝の黒髪をどれだけ 地の底の小筥に入れたのか?   25 神のように宇宙が自由に出来たらよかったろうに、 そうしたらこんな宇宙は砕きすてたろうに。 何でも心のままになる自由な宇宙を 別に新しくつくり出したろうに。    太初のさだめ   26 あることはみんな天の書に記されて、 人の所業を書き入れる筆もくたびれて*、 さだめは太初からすっかりさだまっているのに、 何になるかよ、悲しんだとてつとめたとて!   27 まかせぬものは昼と命の短さ、 まかせぬものに心よせるな。 われも君も、人の掌の中の蝋に似て、 思いのままに弄ばれるばかりだ。   28 嘆きのほかに何もない宇宙! お前は、 追い立てるのになぜ連れて来たのか? まだ来ぬ旅人も酌む酒の苦さを知ったら、 誰がこんな宿へなど来るものか!   29 おお、七と四*の結果にすぎない者が、 七と四の中に始終もだえているのか? 千度ならず言うように酒をのむがいい、 一度行ったら二度と帰らぬ旅路だ。   (30) 土を型に入れてつくられた身なのだ、 あらましの罪けがれは土から来たのだ。 これ以上よくなれとて出来ない相談だ、 自分をこんな風につくった主が悪いのだ。   (31) 礼堂*のともしび、火殿*のけむりがなんだ。 天国の報い、地獄の責めがなんだ。 見よ、天の書を、創世の主は あることはみんな初発の日に書いたんだ。   (32) 宇宙の真理は不可知なのに、なあ、 そんなに心を労してなんの甲斐があるか? 身を天命にまかして心の悩みはすてよ、 ふりかかった筆のはこび*はどうせ避けられないや。   33 天に声してわが耳もとに囁くよう──  ひためぐるこのさだめを誰が知っていよう?  このめぐりが自由になるものなら、  われさきにその目まぐるしさを逃れたろう。   34 善悪は人に生まれついた天性、 苦楽は各自あたえられた天命。 しかし天輪を恨むな、理性の目に見れば、 かれもまたわれらとあわれは同じ。    万物流転   35 若き日の絵巻は早も閉じてしまった、 命の春はいつのまにか暮れてしまった。 青春という命の季節は、いつ来て いつ去るともなしに、過ぎてしまった。   36 ああ、掌中の珠も砕けて散ったか。 血まみれの肺腑は落ちた、死魔の足下。 あの世から帰った人はなし、きく由もない──  世の旅人はどこへ行ったか、どうなったか?   37 幼い頃には師について学んだもの、 長じては自ら学識を誇ったもの。 だが今にして胸に宿る辞世の言葉は──  水のごとくも来たり、風のごとくも去る身よ!   38 同心の友はみな別れて去った、 死の枕べにつぎつぎ倒れていった。 命の宴に酒盛りをしていたが、 ひと足さきに酔魔のとりことなった。   39 天輪よ、滅亡はお前の憎しみ、 無情はお前日頃のつとめ。 地軸よ、地軸よ、お前のふところの中にこそは かぎりなくも秘められている尊い宝*!   40 日のめぐりは博士の思いどおりにならない、 天宮など七つとも八つとも数えるがいい。 どうせ死ぬ命だし、一切の望みは失せる、 塚蟻にでも野の狼にでも食われるがいい。   41 一滴の水だったものは海に注ぐ。 一握の塵だったものは土にかえる。 この世に来てまた立ち去るお前の姿は 一匹の蠅──風とともに来て風とともに去る。   (42) この幻の影が何であるかと言ったっても、 真相をそう簡単にはつくされぬ。 水面に現われた泡沫のような形相は、 やがてまた水底へ行方も知れず没する。   43 知は酒盃をほめたたえてやまず、 愛は百度もその額に口づける。 だのに無情の陶器師は自らの手で焼いた 妙なる器を再び地上に投げつける。   44 せっかく立派な形に出来た酒盃なら、 毀すのをどこの酒のみが承知するものか? 形よい掌をつくってはまた毀すのは 誰のご機嫌とりで誰への嫉妬やら?   45 時はお前のため花の装いをこらしているのに、 道学者などの言うことなどに耳を傾けるものでない。 この野辺を人はかぎりなく通って行く、 摘むべき花は早く摘むがよい、身を摘まれぬうちに。   46 この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、 帰って来て謎をあかしてくれる人はない。 気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、 出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない。   47 酒をのめ、土の下には友もなく、またつれもない、 眠るばかりで、そこに一滴の酒もない。 気をつけて、気をつけて、この秘密 人には言うな──  チューリップひとたび萎めば開かない。   (48) われは酒屋に一人の翁を見た。 先客の噂をたずねたら彼は言った──  酒をのめ、みんな行ったきりで、  一人として帰っては来なかった。   49 幾山川を越えて来たこの旅路であった、 どこの地平のはてまでもめぐりめぐった。 だが、向うから誰一人来るのに会わず、 道はただ行く道、帰る旅人を見なかった。   50 われらは人形で人形使いは天さ。 それは比喩ではなくて現実なんだ。 この席で一くさり演技をすませば、 一つずつ無の手筥に入れられるのさ。   51 われらの後にも世は永遠につづくよ、ああ! われらは影も形もなく消えるよ、ああ! 来なかったとてなんの不足があろう? 行くからとてなんの変りもないよ、ああ!   52 土の褥の上に横わっている者、 大地の底にかくれて見えない者。 虚無の荒野をそぞろ見わたせば、 そこにはまだ来ない者と行った者だけだよ。   53 人呼んで世界と言う古びた宿場は、 昼と夜との二色の休み場所だ。 ジャムシード*らの後裔はうたげに興じ、 バㇵラーム*らはまた墓に眠るのだ。   54 バㇵラームが酒盃を手にした宮居は 狐の巣、鹿のすみかとなりはてた。 命のかぎり野驢を射たバㇵラームも、 野驢に踏みしだかれる身とはてた。   55 廃墟と化した城壁に烏がとまり、 爪の間にケイカーウス*の頭をはさみ、 ああ、ああと、声ひとしきり上げてなく──  鈴の音*も、太鼓のひびきも、今はどこに?   56 天に聳えて宮殿は立っていた。 ああ、そのむかし帝王が出御の玉座、 名残りの円蓋で数珠かけ鳩が、 何処、何処とばかり啼いていた。    無常の車   57 君も、われも、やがて身と魂が分れよう。 塚の上には一基ずつの瓦が立とう。 そしてまたわれらの骨が朽ちたころ、 その土で新しい塚の瓦が焼かれよう。   (58) 地の表にある一塊の土だっても、 かつては輝く日の面、星の額であったろう。 袖の上の埃を払うにも静かにしよう、 それとても花の乙女の変え姿よ。   59 人情知る老人よ、早く行って、 土ふるいの小童の手を戒めてやれ、 パルヴィーズ*の目やケイコバード*の頭を なぜああ手あらにふるうのかえ!   60 朝風に薔薇の蕾はほころび、 鶯も花の色香に酔い心地。 お前もしばしその下蔭で憩えよ。 そら、花は土から咲いて土に散る。   61 雲は垂れて草の葉末に涙ふる、 花の酒がなくてどうして生きておれる? 今日わが目をなぐさめるあの若草が 明日はまたわが身に生えて誰が見る?   62 新春* 雲はチューリップの面に涙、 さあ、早く盃に酒をついでのまぬか。 いま君の目をたのします青草が 明日はまた君のなきがらからも生えるさ。   63 川の岸べに生え出でたあの草の葉は 美女の唇から芽を吹いた溜め息か。 一茎の草でも蔑んで踏んではならぬ、 そのかみの乙女の身から咲いた花。   64 酒のもう、天日はわれらを滅ぼす、 君やわれの魂を奪う。 草の上に坐って耀う酒をのもう、 どうせ土になったらあまたの草が生える!   (65) ありし日の宮居の場所で或る男が、 土を両足で踏みつけた。 土は声なき声上げて男に言った──  待てよ、お前も踏まれるのさ!   66 よき人よ、盃と酒壺を持って来い、 水のほとりの青草の茂みのあたり。 そら、めぐる車*は月の面、花の姿を くりかえし盃にしたり、また壺にしたり。   67 昨夜酔うての仕業だったが、 石の面に素焼の壺を投げつけた。 壺は無言の言葉で行った──  お前もそんなにされるのだ!   68 なんでけがれ*がある、この酒甕に? 盃にうつしてのんで、おれにもよこせ、 さあ、若人よ、この旅路のはてで われわれが酒甕とならないうちに。   (69) 昨日壺をつくる所へ立ちよったら、 壺つくりは土をこねてしきりに腕をふるっていた。 盲の人は気もつかなかったろう、しかし その手の中におれは亡き人の土を見た。   (70) 壺つくりよ、心あるならその手を休めよ、 尊い土に無礼なことはやめよ! ファレイドゥーン*の指やケイホスロウ*の掌を ろくろに取ってどうしようてんだよ?   71 壺つくりの仕事場へ来て見れば、 壺つくり朗らかにろくろをまわしては、 みかどの首もこじきの足もごっちゃに、 手に取ってつくるは壺の首と足だ。   72 この壺も、おれと同じ、人を恋う嘆きの姿、 黒髪に身を捕われの境涯か。 この壺に手がある、これこそはいつの日か よき人の肩にかかった腕なのだ。   73 壺つくりの仕事場に昨日よって見ると、 千も二千もの土器がならべてあったよ。 そのおのおのが声なき言葉でおれにきくよう──  壺つくり、売り手、買い手は誰なのかと。    ままよ、どうあろうと   74 マギイ*の酒に酔うたとならば、正にそうさ。 異端邪教の徒というならば、正にそうさ。 しかしわがふるまいを人がどんなにけなしたとて、 われはどうなりもしない、相変らずのものさ。   75 わが宗旨はうんと酒のんでたのしむこと、 わが信条は正信と邪教の争いをはなれること。 久遠の花嫁*に欲しい形見は何かときいたら、 答えて言ったよ──君が心のよろこびをと。   76 身の内に酒がなくては生きておれぬ、 葡萄酒なくては身の重さにも堪えられぬ。 酒姫がもう一杯と差し出す瞬間の われは奴隷だ、それが忘れられぬ。   77 今宵またあの酒壺を取り出してのう、 そこばくの酒に心を富ましめよう。 信仰や理知の束縛を解き放ってのう、 葡萄樹の娘*を一夜の妻としよう。   (78) 死んだらおれの屍は野辺にすてて、 美酒を墓場の土にふりそそいで。 白骨が土と化したらその土から 瓦を焼いて、あの酒甕の蓋にして。   (79) 死んだら湯灌は酒でしてくれ、 野の送りにもかけて欲しい美酒。 もし復活の日ともなり会いたい人は、 酒場の戸口にやって来ておれを待て。   (80) 墓の中から酒の香が立ちのぼるほど、 そして墓場へやって来る酒のみがあっても その香に酔い痴れて倒れるほど、 ああ、そんなにも酒をのみたいもの!   81 尊い命の芽を摘みとられる日、 身体の各部がちりぢりに分れる日、 その土でもし壺を焼いたら、さっそく 酒をついでよ、息を吹きかえすに。   (82) 命の幹が根を掘られて、 死の足もとにうなじをたれよう日、 身の土だけは必ず酒の器に焼いてくれ、 しばらくは息をつこう、酒の香に。   (83) 愛しい友よ、いつかまた相会うことがあってくれ、 酌み交わす酒にはおれを偲んでくれ。 おれのいた座にもし盃がめぐって来たら、 地に傾けてその酒をおれに注いでくれ。   (84) あのしかつめらしい分別のとりことなった 人たちは、あるなしの嘆きの中にむなしく去った。 気をつけて早く、はやく葡萄の古酒を酌め、 愚か者らはまだ熟れぬまに房を摘まれた。   (85) 法官よ、マギイの酒にこれほど酔っても おれの心はなおたしかだよ、君よりも。 君は人の血、おれは葡萄の血汐を吸う、 吸血の罪はどちらか、裁けよ。   (86) 或る淫れ女に教長*の言葉──気でも触れたか、  いつもそう違った人となぜ交わるか? 答えに──教長よ、わたしはお言葉のとおりでも、  あなたの口と行いは同じでしょうか?   (87) 恋する者と酒のみは地獄に行くと言う、 根も葉もない囈言にしかすぎぬ。 恋する者や酒のみが地獄に落ちたら、 天国は人影もなくさびれよう!   88 天国にはそんなに美しい天女がいるのか? 酒の泉や蜜の池があふれてるというのか? この世の恋と美酒を選んだわれらに、 天国もやっぱりそんなものにすぎないのか?   (89) 天女のいるコーサル河*のほとりには、 蜜、香乳と、酒があふれているそうな。 だが、おれは今ある酒の一杯を手に選ぶ、 現物はよろずの約にまさるから。   (90) エデンの園が天女の顔でたのしいなら、 おれの心は葡萄の液でたのしいのだ。 現物をとれ、あの世の約束に手を出すな、 遠くきく太鼓はすべて音がよいのだ。   91 なにびとも楽土や煉獄を見ていない、 あの世から帰ってきたという人はない。 われらのねがいやおそれもそれではなく、 ただこの命──消えて名前しかとどめない!   (92) おれは天国の住人なのか、それとも 地獄に落ちる身なのか、わからぬ。 草の上の盃と花の乙女と長琴さえあれば、 この現物と引き替えに天国は君にやるよ。   93 この世に永久にとどまるわれらじゃないぞ、 愛しい人や美酒をとり上げるとは罪だぞ。 いつまで旧慣にとらわれているのか、賢者よ? 自分が去ってからの世に何の旧慣があろうぞ!   94 はじめから自由意志でここへ来たのでない。 あてどなく立ち去るのも自分の心でない。 酒姫よ、さあ、早く起きて仕度をなさい、 この世の憂いを生の酒で洗いなさい。   95 バグダード*でも、バルク*でも、命はつきる。 酒が甘かろうと、苦かろうと、盃は満ちる。 たのしむがいい、おれと君と立ち去ってからも、 月は無限に朔望をかけめぐる!   (96) 選ぶならば、酒場の舞い男*の道がよい。 酒と楽の音と恋人と、そのほかには何もない! 手には酒盃、肩には瓶子ひとすじに 酒をのめ、君、つまらぬことを言わぬがよい。   (97) 酒姫よ、寄る年の憂いの波にさらわれてしまった、 おれの酔いは程度を越してしまった。 だがつもる齢の盃になお君の酒をよろこぶのは、 頭に霜をいただいても心に春の風が吹くから。   (98) 一壺の紅の酒、一巻の歌さえあれば、 それにただ命をつなぐ糧さえあれば、 君とともにたとえ荒屋に住まおうとも、 心は王侯の栄華にまさるたのしさ!   99 おれは有と無の現象を知った。 またかぎりない変転の本質を知った。 しかもそのさかしさのすべてをさげすむ、 酔いの彼方にはそれ以上の境地があった。   100 酒姫の心づくしでとりとめたおれの命、 今はむなしく創世の論議も解けず、 昨夜の酒も余すところわずかに一杯、 さてあとはいつまでつづく? おれの命!    むなしさよ   101 九重の空のひろがりは虚無だ! 地の上の形もすべて虚無だ! たのしもうよ、生滅の宿にいる身だ、 ああ、一瞬のこの命とて虚無だ!   102 時の中で何を見ようと、何を聞こうと、 また何を言おうと、みんな無駄なこと。 野に出でて地平のきわみを駈けめぐろうと、 家にいて想いにふけろうと無駄なこと。   103 世の中が思いのままに動いたとてなんになろう? 命の書を読みつくしたとてなんになろう? 心のままに百年を生きていたとて、 更に百年を生きていたとてなんになろう?   (104) 地の青馬にうち跨っている酔漢を見たか? 邪宗も、イスラム*も、まして信仰や戒律どころか、 神も、真理も、世の中も眼中にないありさま、 二つの世にかけてこれ以上の勇者があったか?   105 戸惑うわれらをのせてめぐる宇宙は、 たとえてみれば幻の走馬燈だ。 日の燈火を中にしてめぐるは空の輪台、 われらはその上を走りすぎる影絵だ。   106 ないものにも掌の中の風があり、 あるものには崩壊と不足しかない。 ないかと思えば、すべてのものがあり、 あるかと見れば、すべてのものがない。   107 世に生れて来た効果に何があるか? 生きた生命の結果として何が残るか? 饗宴の燭となってもやがて消えはて、 ジャムの酒盃*となってもやがては砕ける。    一瞬をいかせ   108 迷いの門から正信までは、ただの一瞬、 懐疑の中から悟りに入るまでもただの一瞬。 かくも尊い一瞬をたのしくしよう、 命の実効はわずかにこの一瞬。   109 たのしくすごせ、ただひとときの命を。 一片の土塊もケイコバードやジャムだよ。 世の現象も、人の命も、けっきょく つかのまの夢よ、錯覚よ、幻よ!   110 大空に月と日が姿を現わしてこのかた 紅の美酒にまさるものはなかった。 腑に落ちないのは酒を売る人々のこと、 このよきものを売って何に替えようとか?   111 月の光に夜は衣の裾をからげた。 酒をのむにまさるたのしい瞬間があろうか? たのしもう! 何をくよくよ? いつの日か月の光は 墓場の石を一つずつ照らすだろうさ。   112 あすの日が誰にいったい保証出来よう? 哀れな胸を今この時こそたのしくしよう。 月の君*よ、さあ、月の下で酒をのもう、 われらは行くし、月はかぎりなくめぐって来よう!   113 あわれ、人の世の旅隊は過ぎて行くよ。 この一瞬をわがものとしてたのしもうよ。 あしたのことなんか何を心配するのか? 酒姫よ! さあ、早く酒盃を持て、今宵も過ぎて行くよ!   114 東の空の白むとき何故雞が 声を上げて騒ぐかを知っているか? 朝の鏡に夜の命のうしろ姿が 映っても知らない君に告げようとさ。   115 夜は明けた、起きようよ、ねえ酒姫 酒をのみ、琴を弾け、静かに、しずかに! 相宿の客は一人も目がさめぬよう、 立ち去った客もかえって来ぬように!   116 わが心の偶像よ、さあ、朝だ、 酒を持て、琴をつまびき、うたえ歌。 千万のジャムシードやケイホスロウら 夏が来て冬が行くまに土の中!   117 朝の一瞬を紅の酒にすごそう、 恥や外聞の醜い殻を石に打とう。 甲斐のないそらだのみからさっさと手を引き、 丈なす髪と琴の上にその手を置こう。   118 こころよい日和、寒くなく、暑くない。 空に雲 花の面の埃を流し、 薔薇に浮かれた鶯はパㇵラヴイ語*で、 酒のめと声ふりしぼることしきり。   119 花のころ、水のほとりの草の上で、 おれの手をとるこの世の天女二、三人。 世の煩いも天国ののぞみもよそに、 盃にさても満たそう、朝の酒!   120 はなびらに新春の風はたのしく、 草原の花の乙女の顔もたのしく、 過ぎ去ったことを思うのはたのしくない。 過去をすて、今日この日だけすごせ、たのしく。   121 草は生え、花も開いた、酒姫よ 七、八日地にしくまでにたのしめよ。 酒をのみ、花を手折れよ、遠慮せば 花も散り、草も枯れよう、早くせよ。   122 新春にはチューリップの盃上げて、 チューリップの乙女の酒に酔え。 どうせいつかは天の車が 土に踏み敷く身と思え。   123 菫は衣を色にそめ、薔薇の袂に そよかぜが妙なる楽を奏でるとき、 もし心ある人ならば、玉の乙女と酒をくみ、 その盃を破るだろうよ、石の面に。   124 さあ、起きて、嘆くなよ、君、行く世の悲しみを。 たのしみのうちにすごそう、一瞬を。 世にたとえ信義というものがあろうとも、 君の番が来るのはいつか判らぬぞ。   125 大空の極はどこにあるのか見えない。 酒をのめ、天のめぐりは心につらい。 嘆くなよ、お前の番がめぐって来ても、 星の下誰にも一度はめぐるその盃。   126 学問のことはすっかりあきらめ、 ひたすらに愛する者の捲毛にすがれ。 日のめぐりがお前の血汐を流さぬまに お前は盃に葡萄の血汐を流せ。   127 人生はその日その夜を嘆きのうちに すごすような人にはもったいない。 君の器が砕けて土に散らぬまえに、 君は器の酒のめよ、琴のしらべに!   (128) 春が来て、冬がすぎては、いつのまにか 人生の絵巻はむなしくとじてしまった。 酒をのみ、悲しむな。悲しみは心の毒、 それを解く薬は酒と、古人も説いた。   129 お前の名がこの世から消えないうちに 酒をのめ、酒が胸に入れば悲しみは去る。 女神の鬢の束また束を解きほぐせ、 お前の身が節々解けて散らないうちに。   (130) さあ、一緒にあすの日の悲しみを忘れよう、 ただ一瞬のこの人生をとらえよう。 あしたこの古びた修道院を出て行ったら、 七千年前の旅人と道伴れになろう。   (131) 胸をたたけ、ああ、よるべない大空の下、 酒をのめ、ああ、はかない世の中。 土から生れて土に入るのか、いっそのこと、 土の上でなくて中にあるものと思おう。   132 心はたぎる、早くこの手に酒をくれ! 命、いのち、銀露のようにたばしる! とらえないと青春の火も水となる。 さあ、早く物にくらんだ目をさませ!   133 酒をのめ、それこそ永遠の生命だ、 また青春の唯一の効果だ。 花と酒、君も浮かれる春の季節に、 たのしめ一瞬を、それこそ真の人生だ!   134 酒をのめ、マㇵムード*の栄華はこれ。 琴をきけ、ダヴィデ*の歌のしらべはこれ。 さきのこと、過ぎたことは、みな忘れよう 今さえたのしければよい──人生の目的はそれ。   135 あしたのことは誰にだってわからない、 あしたのことを考えるのは憂鬱なだけ。 気がたしかならこの一瞬を無駄にするな、 二度とかえらぬ命、だがもうのこりは少い。   (136) 時のめぐりも酒や酒姫がなくては無だ、 イラク*の笛も節がなくては無だ。 つくずく世のありさまをながめると、 生れた得はたのしみだけ、そのほかは無だ!   137 いつまで有る無しのわずらいになやんでおれよう? 短い命をたのしむに何をためらう? 酒盃に酒をつげ、この胸に吸い込む息が 出て来るものかどうか、誰に判ろう?   138 仰向けにねて胸に両手を合わさぬうち*、 はこぶなよ、たのしみの足を悲しみへ。 夜のあけぬまに起きてこの世の息を吸え、 夜はくりかえしあけても、息はつづくまい。   139 永遠の命ほしさにむさぼるごとく 冷い土器に唇触れてみる。 土器は唇かえし、謎の言葉で──  酒をのめ、二度とかえらぬ世の中だと。   140 さあ、ハイヤームよ、酒に酔って、 チューリップのような美女によろこべ。 世の終局は虚無に帰する。 よろこべ、ない筈のものがあると思って。   141 もうわずらわしい学問はすてよう、 白髪の身のなぐさめに酒をのもう。 つみ重ねて来た七十の齢の盃を 今この瞬間でなくいつの日にたのしみ得よう?   142 めぐる宇宙は廃物となったわれらの体躯、 ジェイホンの流れ*は人々の涙の跡、 地獄というのは甲斐もない悩みの火で、 極楽はこころよく過ごした一瞬。   143 いつまで一生をうぬぼれておれよう、 有る無しの論議になどふけっておれよう? 酒をのめ、こう悲しみの多い人生は 眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!      註 番号 4 知者──全智の神。 6 水の上に瓦を積む──意味のない妄想にふけること。 12 「世の燈明」──神学者に奉られた尊号。 13 酒姫──酒の酌をする侍者。それは普通は女でなくて紅顔の美少年で、よく同性愛の対象とされた。 15 大地を担う牛──イラン人は地球は円いものではなく、大海の中の大魚の上に跨る大牛の背中にのっているものと考えていた。そして太陽は地球の周囲を廻転するものと考えられていた。 26 人の所業を書き入れる筆もくたびれて──イスラム教徒の信仰によると、創世の日に神の筆がすべての天命を神の書に記入し、また日ごろ人間の善業悪業をもいちいち記入して裁きの日に備えるといわれている。 29 七と四──七天と四元素。 31 礼堂──イスラム教徒の礼拝の場所。 〃 火殿──拝火教の聖火奉安所。 32 筆のはこび──宿命。 39 尊い宝──宝石とそして尊い人の骨と。 53 ジャムシード──詩人フェルドゥシイの集成したイランの国民史詩『シャーナーメ』に伝わる帝王の名。「ジャムシード」は「日の王」を意味する。 〃 バㇵラーム──ササン王朝(二二六-六四二年)のバㇵラーム五世のこと。在位は四二〇-四三八年。夫人を伴って野驢を狩りしたことで有名。バㇵラーム・グールと綽名された。 55 ケイカーウス──神話時代のイランの第二王朝であるケイアニイ朝第二世の帝王で、太祖ケイコバードの子。 〃 鈴の音──古代イランでは、帝王の出御するときに鈴を振り、太鼓を鳴らす習慣があった。 59 パルヴィーズ──ササン王朝の帝王ホスロウ・パルヴィーズ(五九〇-六二八年)。 〃 ケイコバード──神話時代のイランの第二王朝ケイアニイ朝を開いた。 62 新春──イランには古くから一種の太陽暦が行われ、春分の日、すなわち春の彼岸が一年のはじめとなっている。この日は新年としてまた春の祭として祝われる。 66 めぐる車──天体の運行を陶器師のろくろにたとえたもの。 68 けがれ──イスラム教は酒をけがれあるものとして禁じている。 70 ファレイドゥーン──かつてのピシダーデイ王朝の末裔としてイランを再興したと伝えられる勇士。 〃 ケイホスロウ──ケイアニイ王朝中興の英主。 74 マギイ──拝火教の司祭。イスラム教以前のイランの宗教は拝火教であった。しかしそれはイスラム教徒にイランが征服されてから後は邪教として擯斥された。 75 久遠の花嫁──自然、人生。 77 葡萄樹の娘──葡萄の実からとった酒。 86 教長──学識経験のすぐれたイスラム教徒の指導的な人物。 89 コーサル河──イスラム教徒の死後の天国にあるといわれる川の名。 95 バグダード──アッバス朝時代(七四九-一二五八年)のカリフの首都、当時イスラム文化の中心地であった。のちイラクの首府。 〃 バルク──現在は北アフガニスタンの小都であるが、古代にはバクトリアの都として、また中世にはブハラやネイシャプールと並ぶ東ペルシアの中心地の一つとして文化の栄えた所。 96 舞い男──イスラム教の教団の一つに歓喜して踊り狂うことによって神との合一の三昧境を現出しようとするのがあるが、この教団に属する修道者がカランダールである。 104 イスラム──回教とも言う。マホメットのはじめた宗教。唯一神アッラーを信じ、日に五回の礼拝を行い、斎戒をし、喜捨を寄せ、メッカへの巡礼をするイスラム教徒は、イスラムを唯一の正信と信じ、その他の宗教をすべて邪信と見ている。 107 ジャムの酒盃──ジャムシード王の七輪の杯。七天、七星、七海などに象った七つの輪を有し、世の中の出来事はことごとくこれに映して見ることができたといわれる。 112 月の君──愛人を月になぞらえて呼んだ愛称。 118 パㇵラヴイ語──中世ペルシア語。イランがアラビア人に征服される以前、三世紀から七世紀にかけてササン王朝時代に用いられていた言葉で、その後上層階級には忘れ去られ、わずかに下層の国民大衆の間に語りつがれていた。 134 マㇵムード──ガズニ王朝(九七七-一一八六年)の英主スルタン・マㇵムード(九九八-一〇三〇年)。インドを侵略して数多の財宝を掠取した。 〃 ダヴィデ──聖書に見えるイスラエルの王で『詩篇』の作者。イスラム教徒は彼を美声の歌手の典型と考えている。 136 イラク──メソポタミアとイランの一部を含む地方。 138 胸に両手を合わす──永眠すること。 142 ジェイホンの流れ──オクサス河。アムダリアとも言う。 底本:「ルバイヤート」岩波文庫、岩波書店    1949(昭和24)年1月15日第1刷発行    1979(昭和54)年9月17日第23刷改版発行    1997(平成9)年7月7日第52刷発行 ※註の見出しは、底本ではページですが、このファイルでは詩の通し番号としました。 ※「*」は注釈記号です。底本では、直前の文字の右横に、ルビのように付いています。 入力:土屋隆 校正:高柳典子 2006年7月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。