片すみにかがむ死の影
宮本百合子


うす暗き片すみにかがむ死の影は

夜の気の定まると共に

その衣のひだをまし

光をまし 毒気をまして

人間の心の臓をうかがいて迫る。

黒き衣の陰に

大鎌は閃きて世を嘲り

見すかしたる様にうち笑む

死の影は長き衣を引きて足音はなし

只あやしき空気の震動は

重苦しく迫りて

塵は働きを止めかたずのみて

        其の成り行きを見守る。

大鎌の奇怪なる角度より発散する

三角形の光りの細胞は

舞上り舞下りて

闇黒の中に無形の譜を作りて

死を讚美し祝し──

     おどり狂う──

大鎌をうちふりうちふりて

なぎたおされんものをあさりつつ

死は音もなく歩み

頭蓋の縫目より呪文をとなえ

底なき瞳は世のすべてをすかし見て

生あるもの

やがては我手に落ち来るを知りて

      嘲笑う──

重き夜の

深き眠りややさめて

青白き暁光の

宇宙の一端に生るれば

死はいずこかの片すみにかがまりて

ひややかに見にくき姿をかくす

死のひそむ宇宙の一隅は

永劫にもだしあざ笑い

大鎌の偉大なる閃きは

夜々毎に生れ返り生き変りて

地熱のとどろきと

創造の力とには向いて戦う

底本:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社

   1981(昭和56)年1225日初版

   1986(昭和61)年320日第5

初出:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社

   1981(昭和56)年1225日初版

入力:柴田卓治

校正:土屋隆

2009年129日作成

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