小鳥の如き我は
宮本百合子
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枯草のひしめき合うこの高原に次第次第に落ちかかる大火輪のとどろきはまことにおかすべからざるみ力と威厳をもって居る。
燃えにもえ輝きに輝いた大火輪はその威と美とに世のすべてのものをおおいながらしずしずと凱歌を奏しながらこの高原の絶端に向って下る。
山も──川も──野も──、そうして私まで、
世は黄金で包まれた。
雲は紫に赤にみどりにその帳をかかげて乾坤の間に高笑いする大火輪を見守った。
天もやがてはその火輪に下って来られる也土も皆驚異の目を見はって大きく生れて小さく育ち大きくなっていずこにかもり行く輝きのたまを見た。
金の衣を着、黄金の沓をはいて私はその中をたどった。
私の髪は聖者の様に純白に光り目は澄んで居る。
手には小笛を握って居る。
「偉大なる汝大火輪
笑いつつ嘲笑いつつ我に黙せよと汝は叫ぶ
黙さんか我、──我は黙さんか──
偉大なる大火輪は叫ぶ
我に黙せよと、──
我に霊あり 偉大なり崇厳なり穏かなり
我に生ありてその日その日を燃えつつ暮す
何ぞ黙せん、──何ぞ黙せん
偉大なる大火輪!
汝の如く我に霊あり希望あり而して汝の如く燃ゆ
汝の如く、我は偉大なり! 偉大ならんとす
汝の如く自然物なり! 自然物ならんとす、
何ぞ黙せん! 叫ばんうたわん汝と共に
けんこんの間に幽冥の間に!
汝偉大なる大火輪よ! 共にうたわん
思いあがった大火輪の自らの歌に声を合わす私に
「愚かなるものよ──黙せ──ひざまずき我を拝せ──愚なるものよ──」
と云うのを感じて斯う私は歌いつづけた。
ふみとどまり手を組んで眠りに入ろうとする大火輪を守る。
雲の色は一色になった灰色である。
四辺に満ちる声は一つになった歎いである。
私に守られつつ大火輪はしずかに眠りに入った。
草の葉は溜息をつき森の梢は身ぶるって夜の迫るのを待つ。
四辺には灰色と歎いと怨がみちて居る──
けれ共私は──
ひややかにがんこな夜はせまって宇宙は涙ぐむ──けれ共私は──
感謝すべき幸福と力をもつ私は小おどりして歌をうたう事が出来る。
「しじまにもだせる、──しおらしきものらよ、
夜は──けんこんの悪を包まんがために下る、
よろこびうたわん夜のために──くすしき夜のために──
夢をはらみ──夢の如せまり来る夜に我はひたらん
よろこびつつ──たのしみつつ──ゆめみて、
しじまにもだせるしおらしきものらよ!
安らかに眠れ! おだやかに眠れ──
あけん日までしおらしきものらよ──。我もねむらん
あけん日まで──しおらしきものらよ──さらば──」
私は見返りながら魂の住家に□どる。
底本:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社
1981(昭和56)年12月25日初版
1986(昭和61)年3月20日第5刷
初出:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社
1981(昭和56)年12月25日初版
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年9月25日作成
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