聖三稜玻璃
山村暮鳥

太陽は神々の蜜である

天涯は梁木である

空はその梁木にかかる蜂の巣である

輝く空氣はその蜂の卵である。

       Chandogya Upa. Ⅲ Ⅰ. Ⅰ.

こゝは天上で

粉雪がふつてゐる……

生きてゐる陰影

わたしは雪のなかに跪いて

その銀の手をなめてゐる。



囈語


竊盜金魚

強盜喇叭

恐喝胡弓

賭博ねこ

詐欺更紗

涜職天鵞絨びらうど

姦淫林檎

傷害雲雀ひばり

殺人ちゆりつぷ

墮胎陰影

騷擾ゆき

放火まるめろ

誘拐かすてえら。



大宣辭


かみげはりがね

ぷらちなのてをあはせ

ぷらちなのてをばはなれつ

うちけぶるまきたばこ。

たくじやうぎんぎよのめより

をんなのへそをめがけて

ふきいづるふんすゐ

ひとこそしらね

てんにしてひかるはなさき

ぎんぎよのめ

あかきこつぷををどらしめ。



曲線


みなそこの

ひるすぎ

走る自働車

魚をのせ

かつ轢き殺し

麗かな騷擾さわぎをのこし。




みきはしろがね

ちる葉のきん

かなしみの手をのべ

木をゆす

一本のそらの手

にくしんの秋の手。



だんす


あらし

あらし

しだれやなぎに光あれ

あかんぼの

へその芽

水銀歇私的利亞ヒステリア

はるきたり

あしうらぞ

あらしをまろめ

愛のさもわる

烏龍ウウロン茶をかなしましむるか

あらしは

天に蹴上げられ。



圖案


みなそこに壺あり

壺のなかなる蝙蝠は

やみよの紋章

ふね坂をのぼり

朧なる癲癇三角形

くされたる肉にさく薔薇

さてはかすかな愛の痙攣。



妄語


びおろんの胴の空間

孕める牝牛の蹄


眞實なるものには、すべて

或る一種の憂鬱がある。


くちつけのあとのとれもろ

麥の芽の青


またその色は藍で

金石のてざはり


ぶらさがつた女のあし

茶褐で雪の性


土龍もぐらの毛のさみしい銀鼠

黄の眩暈めまひ、ざんげの星


まふゆの空の飛行機

枯れ枝にとまつた眼つかち鴉。



烙印


あをぞらに

銀魚をはなち

にくしんに

薔薇を植ゑ。



愛に就て


は金貨

足あと銀貨

そして霙ふり

はなみづ垂らして

物質の精神の冬はきたつけが

もういつてしまつた。



青空に


青空に

魚ら泳げり。


わがためいきを

しみじみと

魚ら泳げり。


魚の鰭

ひかりを放ち


ここかしこ

さだめなく

あまた泳げり。


青空に

魚ら泳げり。


その魚ら

心をもてり。



À FUTUR


まつてゐるのは誰。土のうへの芽の合奏の進行曲である。もがきくるしみ轉げ廻つてゐる太陽の浮かれもの、心の日向葵の音樂。永遠にうまれない畸形な胎兒のだんす、そのうごめく純白な無數のあしの影、わたしの肉體からだは底のしれない孔だらけ……銀の長柄の投げ鎗で事實がよるの讚美をかい探る。


わたしをまつてゐるのは、誰。


黎明のあしおとが近づく。蒼褪めたともしびがなみだを滴らす。眠れる嵐よ。おお、めぐみが濡らした墓の上はいちめんに紫紺色の罪の靄、神經のきみぢかな花が顫へてゐる。それだのに病める光のない月はくさむらの消えさつた雪の匂ひに何をみつけやうといふのか。嵐よ。わたしの幻想の耳よ。


わたしをめぐる悲しい時計のうれしい針、奇蹟がわたしのやはらかな髮を梳る。誰だ、わたしを呼び還すのは。わたしの腕は、もはや、かなたの空へのびてゐる。青に朱をふくめた夢で言葉を飾るなら、まづ、醉つてる北極星を叩きおとせ。愛と沈默とをびおろんの絃のごとく貫く光。のぞみ。煙。いのち。そして一切。


蝙蝠と霜と物の種子たねとはわたしの自由。わたしの信仰は眞赤なくちびるの上にある。いづれの海の手に落ちるのか、靈魂たましひそなたは秋の日の蜻蛉とんぼのやうに慌ててゐる。汝は書籍を舐る蠧魚と小さく甦る。靈魂よ、汝の輪廓に這ひよる脆い華奢おしやれな獸の哲理を知れ。翼ある聲。眞實の放逸。再び汝はほろぶる形象かたちに祝福を乞はねばならぬ。


靡爛せる淫慾の本質に湧く智慧。溺れて、自らの胡弓をわすれよ。わたしの祕密は蕊の中から宇宙を抱いてよろめき伸びあがる、かんばしく。


わたしのさみしさを樹木は知り、壺は傾くのである。そして肩のうしろより低語ささやき、なげきは見えざる玩具おもちやを愛す。猫の瞳孔ひとみがわたしの映畫フヰルムの外で直立し。朦朧なる水晶のよろこび。天をさして螺旋に攀ぢのぼる汚れない妖魔の肌の香。


いたづらな蠱惑が理性の前で額づいた……


何といふ痛める風景だ。何時いつうまれた。どこから來た。粘土のと金屬の色とのいづれのかなしき樣式にでも舟の如く泛ぶわたしの神聖な泥溝どぶのなかなる火の祈祷。盲目の翫賞家。自己禮拜。わたしのぴあのは裂け、時雨はとほり過ぎてしまつたけれど執着の果實はまだまだ青い。


はるかに燃ゆる直覺。欺むかれて沈む鐘。棺が行く。殺された自我がはじめて自我をうむのだ。棺が行く。音もなく行く。水すましの意識がまはる。


黎明のにほひがする。落葉だ。落葉。惱むいちねん。咽びまつはる欲望に、かつて、祕めた緑の印象をやきすてるのだ。人形も考へろ。掌の平安もおよぎ出せ。かくれたる暗がりに泌み滲み、いのちの凧のうなりがする。歡樂は刹那。蛇は無限。しろがねの弦を斷ち、幸福の矢を折挫いてしくしくきゆぴとが現代的に泣いてゐる。それはさて、わたしは憂愁のはてなき逕をたどり急がう。


おづおづとそのをみひらくわたしの死んだ騾馬、わたしを乘せた騾馬──記憶。世界を失ふことだ。それが高貴で淫卑なさろめが接吻のシインとなる。そぷらので。すべてそぷらので。殘忍なる蟋蟀は孕み、蝶は衰弱し、水仙はなぐさめなく、歸らぬ鳩は眩ゆきおもひをのみ殘し。


おお、欠伸あくびするのはせらぴむか。黎明が頬に觸れる。わたしのろくでもない計畫の意匠、その周圍をさ迷ふ美のざんげ。微睡の信仰個條クリイド。むかしに離れた黒い蛆蟲。鼻から口から眼から臍から這込むきりすと。藝術の假面。そこで黄金色きんいろに偶像が塗りかへられる。


まつてゐるのは誰。そしてわたしを呼びかへすのは。眼瞼まぶたのほとりを匍ふ幽靈のもの言はぬ狂亂。鉤をめぐる人魚の唄。色彩のとどめを刺すべく古風な顫律リヅムはふかい所にめざめてゐる。靈と肉との表裏ある淡紅色ときいろの窓のがらすにあるかなきかの疵を發見みつけた。(重い頭腦あたまの上の水甕をいたはらねばならない)


わたしの騾馬は後方うしろの丘の十字架に繋がれてゐる。そしてものうくこの日長を所在なさに糧も惜まず鳴いてゐる。



樂園


寂光さんさん

泥まみれ豚

ここにかしこに

蛇からみ

秋冴えて

わがの噴水

いちねん

山羊の角とがり。



發作


なにかながれる

めをとぢてみよ

おともなくながれるものを

わがふねもともにながれる。



曼陀羅


このみ

きにうれ


ひねもす

へびにねらはる。


このみ

きんきらり。


いのちのき

かなし。



かなしさに


かなしさに

なみだかき垂れ

一盞の濁酒ささげん。

秋の日の水晶薫り

餓ゑて知る道のとほきを

おん手の葦

おん足の泥まみれなる。




岬の光り

岬のしたにむらがる魚ら

岬にみち盡き

そら澄み

岬に立てる一本の指。



十月


銀魚はつらつ

ゆびさきの刺うづ

眞實

ひとりなり

山あざやかに

雪近し。



印象


むぎのはたけのおそろしさ……

むぎのはたけのおそろしさ

にほひはうれゆくゐんらく

ひつそりとかぜもなし

きけ、ふるびたるまひるのといきを

おもひなやみてびはしたたり

せつがいされたるきんのたいやう

あいはむぎほのひとつびとつに

さみしきかげをとりかこめり。



持戒


草木を

信念すれば

雪ふり

百足むかでちぎれば

ゆび光り。




かみのけに

ぞつくり麥穗

滴る額

からだ青空

ひとみに

ひばりの巣を發見みつけ。



氣稟


鴉は

木に眠り


豆は

莢の中


秋の日の

眞實


丘の畑

きんいろ。



模樣


かくぜん

めぢの外

秋澄み

方角

すでに定まり

大藍色天

電線うなる

電線目をつらぬき。



銘に


廢園の

一木一草

肉心

磁器

晶玉

天つひかりの手

せんまんの手

その手を

おびえし水に浸し

目あざやか。



くれがた


くれがたのおそろしさ

くりやのすみの玉葱

ほのぐらきかをりに浸りて

青き芽をあげ

ものなべての罪は

ひき窓の針金をつたはる。



さりゆてゑしよん


純銀霜月の

光にびしよ濡れ

いちねん

智慧の玉乘り

頭蓋あたまがないぞ、おい、

玉は陰影かげを引き

みちばたの草にかくれた。



鑿心抄


秋ふかみ

さみしらに

栗鼠鳴き

を永遠につらならせ。


   *


立てる十字架

立てるは胸の上

ひねもす

にくしんの蟲を刺し。


   *


しろがねの

ほんねんのかねは

こずゑに

しづかなり。

わがそら

わがてのうへに

ゆれゆれて

したたる。


   *


やまにはやまのしんねん

ひとにはひとのりんくわく。




癩病める冬の夜天

聖靈のとんねる

ふおくは悲しめ斷末魔

純銀食堂車

卓上に接吻あり

卓上永生はかなしめ。




としよりのゐねむり

ゐねむりは

ぎんのはりをのむ

たまのりむすめ

ふゆのひのみもだえ

そのはなさきに

ぶらさがりたるあをぞら。



汝に


大空

純銀

船孕み

水脈

一念

腹に

臍あり。



燐素


指を切る

飛行機

麥の芽青み

さみしさに

さみしさに

を削げ

空にぷらちなの脚

胴體紫紺

冬は臍にこもり

ひるひなか

ひとすぢのけむりを立て。



午後


さめかけたきいろい花かんざしを

それでもだいじさうに

髮に插してゐるのは土藏の屋根の

無名草

ところどころの腐つた晩春……

壁ぎはに轉がる古いからつぽの甕

一つは大きく他は小さい

そしてなにか祕密におそろしいことを計畫たくらんでゐる

その影のさみしい壁の上

どんよりした午後のひかりで膝まで浸し

瞳の中では微風の纖毛の動搖。


風景

   純銀もざいく


いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

かすかなるむぎぶえ

いちめんのなのはな


いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

ひばりのおしやべり

いちめんのなのはな


いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

やめるはひるのつき

いちめんのなのはな。



誘惑


ほのかなる月の觸手

薔薇の陰影かげじふてりあ

みなそこでなくした瞳

それらが壺にみちあふれる。

榲桲のふくらみ

空間のたるみ

そして愛の重み

蟲めがねの中なる悲哀。




ふところに電流を仕掛け

眞珠頸飾りのいりゆじよん

ひかりまばゆし

ぬつとつき出せ

餓ゑた水晶のその手を……

おお酒杯

何といふ間抜けな雪だ

何と……凝視みつむるゆびさきの噴水。



いのり


つりばりぞそらよりたれつ

まぼろしのこがねのうをら

さみしさに

さみしさに

そのはりをのみ。

底本:「山村暮鳥全集第一巻」筑摩書房

   1989(平成元)年69日初版第1刷発行

底本の親本:「聖三稜玻璃 特製」人魚詩社

   1915(大正4)年1210日発行

入力:泉井小太郎

校正:泉井小太郎、富田倫生

2000年131日公開

2013年414日修正

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