ホレおばあさん
グリム Grimm
矢崎源九郎訳
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ある後家さんに、ふたりのむすめがありました。そのうちのひとりははたらきもので、美しい子でしたが、もうひとりはみにくいうえに、たいへんななまけものでした。
けれども、後家さんはこのみにくいなまけもののほうの子をずっとかわいがっていました。だって、この子はじぶんのほんとうのむすめなんですからね。もうひとりの女の子のほうは、うちじゅうのしごとをなにからなにまでやって、年がら年じゅう、灰だらけになっていなければなりませんでした。
かわいそうな女の子は、まい日大通りへでて、泉のそばにこしをおろして、指から血がでてくるほど、たくさんの糸をつむがなければなりませんでした。
さて、あるときのことでした。糸巻きが血だらけになりましたので、女の子は泉にかがみこんで、糸巻きをきれいにあらおうとしました。ところが、糸巻きは女の子の手からするっとすべって、泉のなかにおちてしまいました。
女の子は泣きながら、まま母のところへかけていって、とんでもない失敗をしたことを話しました。ところが、まま母は女の子をひどくしかりつけました。しかも、女の子をすこしもかわいそうだなどとは思わないで、こういいました。
「糸巻きはおまえがおとしたんだから、じぶんでひろっといで。」
こういわれて、女の子はすごすごと泉のところへひきかえしました。けれども、どうしていいのかわかりません。とうとう、思いあまって、女の子は糸巻きをとるために、泉のなかへとびこみました。と、女の子は気をうしなってしまいました。
やがて、ふと気がついて、われにかえったときには、どうでしょう、女の子は美しい草原にいるではありませんか。お日さまはきらきらとかがやいて、あたりには何千という花がさきみだれているのです。
女の子がこの草原を歩いていきますと、やがてパン焼きかまどのあるところへきました。かまどのなかには、パンがいっぱいはいっていました。ところが、そのパンが大きな声でよびかけました。
「ああ、ぼくをひっぱりだしてくださあい。ひっぱりだしてくださあい。でないと、ぼくは焼け死んでしまいます。もうとっくに焼けあがっているんですもの。」
それをきいて、女の子はそのそばへいって、パン焼きにつかう小さなシャベルで、パンをひとつのこらずじゅんじゅんにだしてやりました。
それからまた、女の子はずんずん歩いていきました。やがて、リンゴがすずなりになっている一本の木のところへきました。すると、そのリンゴが声をはりあげて、よびかけました。
「ああ、わたしをゆすってください。わたしをゆすってください。わたしたちリンゴは、もうみんなじゅくしきっているんです。」
そこで、女の子が木をゆすってやりますと、リンゴはまるで雨のように、ばらばらとふってきました。女の子は、こうして木にリンゴがひとつもなくなるまで、ゆすっておとしてから、それをひと山につみあげました。そうしておいて、女の子はまたさきへ歩いていきました。
さんざん歩いたすえ、女の子はようやく一軒の小さな家のまえにきました。家のなかからは、ひとりのおばあさんがのぞいていました。ところが、そのおばあさんの歯があんまり大きいものですから、女の子はすっかりこわくなって、にげだそうとしました。すると、おばあさんがうしろから大きな声でよびかけました。
「なにがこわいの、おまえ。わたしのとこにおいで。おまえが、うちのしごとをなんでもちゃんとしてくれるつもりなら、きっとおまえをしあわせにしてやるよ。おまえはね、(1)わたしの寝床をきちんとして、それをよくふるって、羽根がとぶようによく気をつけてくれればいいんだよ。そうすれば、人間の世界に雪がふるのさ。わたしはホレおばあさんなんだよ。」
おばあさんは、いかにもしんせつにいってくれます。そこで、女の子は思いきっておばあさんのいうことをきいて、このうちに奉公することにしました。
女の子は、なんでもおばあさんの気にいるように、よく気をつけました。寝床もいつも力いっぱいふるいましたから、羽根が雪のひらのように、あたりにとびちりました。おかげで、女の子はおばあさんからこごとひとついわれることもなく、まい日まい日、煮たり焼いたりしたごちそうを食べて、たのしくくらしていました。
こうして、女の子はしばらくのあいだホレおばあさんのところにいましたが、そのうちに、なんとなくかなしくなってきました。はじめのうちは、どういうわけなのかじぶんでもわかりませんでしたが、とうとう、生まれたうちがこいしくなってきたのだということに気がつきました。ここにいるほうが、うちなんかにいるよりも何千ばいしあわせかわからないのですが、それでもやっぱり、うちへかえりたくなったのです。それで、とうとう、女の子はおばあさんにじぶんの気持ちを話しました。
「あたしはうちへかえりたくってしかたがないんです。地面の下のここにいるほうがしあわせでしょうけども、もうどうにもがまんができないんです。どうしても、地面の上のうちの人たちのところへいかずにはいられません。」
すると、ホレおばあさんはいいました。
「おまえがうちへかえりたくなったとは、うれしいことだね。おまえはほんとうによくはたらいてくれたから、わたしがおまえを上までつれていってあげよう。」
こういって、おばあさんは女の子の手をとって、大きな門のまえへつれていきました。
門がひらかれて、女の子がちょうどそのま下に立ちますと、金の雨がはげしくふってきました。そして、その金がみんな女の子のからだにくっつきましたので、女の子はからだじゅう金だらけになりました。
「それはおまえにあげるよ。ほんとうによくはたらいてくれたからね。」
と、ホレおばあさんはいいました。
それから、おばあさんは、女の子の手から泉のなかへすべりおちた糸巻きもかえしてくれました。そのとき、門がしまりました。と、いつのまにか、女の子は、地面の上の人間の世界に、それもおかあさんの家からあまり遠くないところにあがっていたのです。
女の子が家の庭のなかへはいりますと、井戸の上にいたオンドリがなきさけびました。
コケッコッコー
金のじょうさまのおかえりだあ
女の子はうちのなかへはいって、おかあさんのところへいきました。ところが、こんどは、女の子がからだじゅうに金をつけているものですから、おかあさんも妹もさかんにちやほやしてくれました。
女の子はいままでのことをのこらず話しました。おかあさんは、この子がどうしてこんな大金持ちになったかを、ききますと、もうひとりのみにくいなまけものの子にも、おなじしあわせをさずからせてやりたいと思いました。
こうして、もうひとりの女の子は、おかあさんのいいつけで、泉のそばにすわって、糸をつむぐことになりました。
女の子は糸巻きを血だらけにするために、じぶんの指をつきさして、手をイバラの垣のなかにつっこみました。それから、糸巻きを泉のなかへほうりこんで、すぐそのあとからじぶんもとびこみました。
この女の子も、まえの子とおなじように、いつのまにか美しい草原にきていました。そして、おなじ小道を歩いていきました。女の子が、あのパン焼きかまどのところまできますと、またまたパンがさけびました。
「ああ、ぼくをひっぱりだしてくださあい。ぼくをひっぱりだしてくださあい。でないと、ぼくは焼け死んでしまいます。もうとっくに焼けあがっているんですもの。」
ところが、それをきいた女の子は、
「あたし、じぶんのからだをよごすのはいやよ。」
と、いいすてて、さっさといってしまいました。
それからまもなく、あのリンゴの木のところへきました。すると、リンゴが大声でよびかけました。
「ああ、わたしをゆすってください。わたしをゆすってください。わたしたちリンゴは、もうみんなじゅくしきっているんです。」
ところが、女の子はこたえていいました。
「なにいってんのよ。そんなことをすれば、あたしの頭におっこちるかもしれないじゃないの。」
こういって、女の子はずんずん歩いていきました。やがて、ホレおばあさんの家のまえまできました。女の子は、おばあさんの歯がとっても大きいことは、もうまえからきいていましたので、ちっともこわがりませんでした。そして、すぐにおばあさんのところに奉公することにしました。
女の子は、はじめの日は、むりにせいをだして、おばあさんのいうとおり、いっしょうけんめいはたらきました。だって、こうすれば、おばあさんがお金をたくさんくれるだろうと思ったからです。
けれども、二日めになると、もうなまけだしました。そして三日めには、もっとなまけて、朝になっても、どうしてもおきようとはしませんでした。
ホレおばあさんの寝床をきちんとなおすことは、この女の子の役めになっていたのですが、それもしませんでしたし、羽根がまいあがるほど、その寝床をふるいもしませんでした。
ですから、たちまち、ホレおばあさんのほうでまいってしまって、もうはたらいてくれるのはけっこうだ、と女の子にことわりました。
それをきいて、なまけものの女の子はすっかりよろこびました。きっと、いまにも金の雨がふってくるだろうと思ったのです。
ホレおばあさんは、この子もじぶんで門のところへつれていってやりました。ところが、女の子が門の下に立ちますと、こんどは金のかわりに、大がまにいっぱいはいったチャンを、ざあっとあびせかけられました。
「これが、おまえのしてくれたしごとのほうびだよ。」
ホレおばあさんはこういうと、門をしめてしまいました。
こうして、なまけものの女の子はうちへかえってきましたが、からだじゅう、チャンだらけになっていました。井戸の上にいたオンドリがそれを見て、なきさけびました。
コケッコッコー
きたないじょうさまのおかえりだあ
このチャンは女の子のからだにこびりついてしまって、一生のあいだどうしてもとれませんでした。
(1)ですから、この話のでどころのヘッセン地方では、雪がふるとき、ホレおばあさんが寝床をなおしている、といいます。
底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2020年1月24日作成
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