いさましい ちびの仕立屋さん
グリム Grimm
矢崎源九郎訳



 ある夏の朝のことです。ちびの仕立屋したてやさんがまどぎわの仕立台したてだいにむかって、いいごきげんで、いっしょうけんめい、ぬいものをしていました。

 すると、ひとりのお百姓ひゃくしょうさんのおかみさんが通りをやってきて、

「じょうとうのジャムはどうかね、じょうとうのジャムはどうかね。」

と、よばわりました。

 この声が、ちびの仕立屋したてやさんの耳に、いかにも気持ちよくひびいたのです。それで、仕立屋さんは小さな頭をまどからつきだして、よびとめました。

「ここへあがってきてくれよ、おかみさん、そのがからになるぜ。」

 おかみさんはおもいかごをかかえて、階段かいだんを三つあがって、仕立屋さんのところへきました。そして、いわれるままに、ジャムのつぼをのこらずあけてみせました。仕立屋さんはそのつぼをみんなしらべて、いちいちもちあげては、はなをくっつけてみました。そのあげくのはてに、こういいました。

「よさそうなジャムだね、おかみさん。四ロート(一ポンドの約三十分の一)ばかりはかっておくれ。なに、四分の一ポンドぐらいあったってかまやしないよ。」

 たくさん買ってもらえるとばかり思っていたおかみさんは、仕立屋したてやさんのくれというだけをはかってわたしましたが、ぷんぷんおこって、ぶつぶついいながらいってしまいました。

「このジャムは、かみさまがおれにめぐんでくださったんだ。」

と、仕立屋さんは大きな声でいいました。

「これで強い力をさずけてくださるんだ。」

 仕立屋さんは戸だなからパンをだしてきて、大きなパンのかたまりからひときれ切りとって、その上にジャムをぬりつけました。

「こいつはにがくはないだろう。だが、食べるまえに、このジャケツをしあげちまおう。」

と、仕立屋さんはいいました。

 そこで、仕立屋したてやさんはパンをじぶんのわきにおいて、またぬいはじめました。けれども、うれしいものですから、つい、ぬいかたがだんだんあらくなってきました。

 そのうちに、ジャムのあまいにおいが、ハエのたくさんとまっているかべをつたっていきました。ハエはにおいにさそわれて、パンの上にいっぱいあつまってきました。

「やい、やい、だれがきさまたちにきてくれっていった。」

 仕立屋さんはこういって、よびもしないのにやってきたおきゃくさんたちをっぱらいました。けれども、ハエたちには、ドイツなんかわかりません。ですから、いはらわれるどころか、だんだんになかまの数をふやしては、なんどもなんどももどってくるのでした。

 こうしているうちに、とうとう、仕立屋したてやさんのかんしゃくだま爆発ばくはつしました。仕立屋さんは仕立台したてだいあなからぬのきれをつかみだして、

ってろ、こいつをくれてやる。」

と、さけぶがはやいか、そのきれで思いきってハエをたたきました。

 仕立屋さんがきれをとってかぞえてみますと、ちょうど七ひきのハエが目のまえにんで、手足をのばしています。

「なんて弱虫よわむしなんだ。」

と、仕立屋さんはいって、じぶんのいさましいのに、われながら感心してしまいました。

「こいつは、町じゅうに知らせてやろう。」

 そこで、仕立屋したてやさんはおおいそぎで、おびを一本って、ぬいあげました。そしてそれに、大きな字で、「ひとちで七つ」と、ししゅうをしました。

 ところが、仕立屋さんは、

「ふん、町なんかなんだい。世界せかいじゅうに知らせてやるんだ。」

と、いいました。

 仕立屋さんの心臓しんぞうは、うれしすぎて、まるで小ヒツジのしっぽみたいに、ぴくぴくうごいていました。

 仕立屋したてやさんはそのおびをこしにまきつけました。これから、のなかへでていこうというのです。だって、こんなしごとなんか、じぶんのいさましさにくらべれば、あんまり小さすぎますもの。

 でかけるまえに、仕立屋さんは、なにかもっていけるものはないだろうかと、うちのなかをさがしてみました。けれども、古いチーズがひとかけらしか見つかりませんでした。それで、そのチーズを、仕立屋さんはポケットにつっこみました。

 町はずれの門のところで、一の鳥がやぶのなかにはいって、でられなくなっているのを見つけました。これもチーズといっしょに、ポケットにつっこみました。

 それから、仕立屋さんは、いさましく、大またに歩いていきました。がかるくて、すばしこいので、ちっともつかれませんでした。

 そのうちに、道は山へさしかかりました。てっぺんについてみますと、そこには雲つくような大男がすわっていて、いかにものんびりとあたりをながめていました。仕立屋さんは勇気ゆうきをだして、その大男のほうへ歩いていって、よびかけました。

「やあ、どうだね、きょうだい。おまえさんはそこにすわりこんで、ひろい世間せけんをながめているってわけかい。おれもちょうどそのひろい世のなかへでていこうってとこさ。うんだめしでもしようと思ってね。おまえさん、いっしょにいく気はないかい。」

 大男は、ばかにしたように、仕立屋さんをじろっとながめて、

「きさま、どこの馬のほねだ。みっともない野郎やろうだな。」

と、いいました。

「なんだと。」

 仕立屋したてやさんはこういって、上着うわぎのボタンをはずして、大男にあのおびを見せました。

「こいつを読めば、おれがどんな男か、わからあ。」

 大男は「ひとちで七つ」と書いてあるのを読んで、仕立屋さんがうちころしたのは、てっきり人間だと思いました。それで、このちびすけをちっとはうやまう気持ちになりましたが、でもまあ、とにかくためしてやれ、とはらのなかで思いました。そこで、大男は石をひとつ手にとって、ぎゅうっとにぎりしめました。すると、その石からしずくがぽたぽたとおちました。

「きさまに力があるんなら、このまねをしてみろ。」

と、大男がいいました。

「なんだ、たったそれっきりかい。おれにとっちゃ、そんなこたあ、おちゃだ。」

 仕立屋したてやさんはこういって、ポケットに手をつっこんで、あのやわらかいチーズをとりだしました。そして、それをぐいとにぎりしめましたので、しるがだらだらとながれだしました。

「どうだい、ちと、おれのほうがうわてだろう。」

と、仕立屋さんはいいました。

 大男は、なんとこたえていいのか、わかりません。このちびすけに、こんなことができようとは、どうしても信じることができません。そこで、こんどは、石をひとつひろって、目ではほとんど見えないくらい高いところまでほうりあげました。

「さあ、ひよっこ野郎やろう、おれのまねをしてみな。」

「うまくほうったな。」

と、仕立屋したてやさんがいいました。

「だが、あの石は地面じめんへおっこってきたじゃあないか。おれがいまほうってみせるのはな、二度ともどってこやしないんだぞ。」

 仕立屋さんはポケットに手をつっこんで、あの鳥をつかむと、いきなりそいつを空へほうりあげました。

 鳥は自由じゆうになったのをよろこんで、空へのぼっていきました。そして、どこともなくとびさって、二度ともどってはきませんでした。

「おい、きょうだい、こんなことでいいのかい。」

と、仕立屋したてやさんがたずねました。

「ちょいとばかしなげるなあ、きさまも。」

と、大男がいいました。

「だが、こんどは、きさまにまともなものがかつげるかどうか、ためしてみようじゃないか。」

 大男は仕立屋さんを、大きなカシの木がべたにたおれているところへつれていきました。そして、

「きさまにほんとうに力があるんなら、おれに手をかして、この木を森のそとまではこびだしてくれ。」

と、さそいかけました。

「いいとも。」

と、ちびさんはこたえました。

「それじゃあ、おまえはみきのところをかつぎな。おれは大枝おおえだを小枝ごとかつぐからな。なんてったって、こいつがいちばんほねのおれるしごとさ。」

 こういわれて、大男は幹をかつぎあげました。ところが仕立屋したてやさんは、すましたもので、大枝の上にこしかけました。大男はうしろをふりむくことができませんから、大きな木をまるごと、おまけに仕立屋さんまでもいっしょにかついでいかなければなりませんでした。

 うしろにのった仕立屋さんは、まことにごきげんで、陽気ようきなものでした。木をかつぐのなんか、まるで子どものあそびだとでもいうように、

お馬にのった仕立屋したてやさん

三人そろって町からでていった

と、小唄こうた口笛くちぶえでふいていました。

 大男はかなりのあいだおもい荷物にもつをひきずっていきましたが、もうどうにもそれいじょうすすめなくなりましたので、

「おい、木をおとすぞ。」

と、どなりました。

 仕立屋したてやさんはひらりととびおりて、両腕りょううでで木をかかえました。こうして、いままでずっとかかえていたような顔をして、大男にむかって、

「おまえさんは大きなずうたいをしているくせに、こんな木ひとつ、かつげないのかい。」

と、いいました。

 ふたりは、それからまた、いっしょに歩いていきました。やがて、一本のサクラの木のそばをとおりかかりました。すると、大男はじゅくしきったサクランボのなっている木のてっぺんを、ひょいとつかんで、ひきおろしました。そしてそれを仕立屋したてやさんの手にもたせて、サクランボを食べるようにいいました。でも、ちびの仕立屋さんでは、とてもその木をおさえているだけの力がありません。ですから、大男が手をはなしますと、とたんに木ははねかえって、それといっしょに、仕立屋さんも空へはねとばされてしまいました。

 それでも、仕立屋さんがけがひとつしないで、おちてきますと、大男はいいました。

「なんだ、きさまには、こんなほそいえだをおさえているだけの力もないのか。」

「力がないんじゃない。」

と、仕立屋さんがいいました。

「おまえさん、ひとちで七つもやっつけた男に、こんなことがものの数にはいるとでも思ってるのかい。おれはな、下で猟師りょうしがやぶんなかへ鉄砲てっぽうをうってるから、ちょいと木をとびこえただけなのさ。おまえさん、できるなら、おれのまねをしてとんでみな。」

 大男はやってみましたが、木をとびこすことができないで、えだのあいだにひっかかってしまいました。こんなわけで、こんどもまた仕立屋したてやさんのちになりました。

 大男はいいました。

「おまえがそれほどいさましい男だというんなら、いっしょにおれたちの岩屋いわやへきて、とまってみろ。」

 仕立屋さんは、ってましたとばかりに、大男のあとについていきました。

 岩屋についてみますと、そこには、ほかの大男たちが火のそばにすわりこんで、めいめい丸焼まるやきにしたヒツジを一ぴきずつ手にもって、むしゃむしゃ食べていました。

 仕立屋さんはあたりを見まわして、

(こりゃ、おれのしごとよりずっとひろいや。)

と、思いました。

 さっきの大男は、仕立屋さんに寝床ねどこをひとつきめてやって、

「それにもぐりこんで、ゆっくりねろ。」

と、いいました。

 でも、ちびの仕立屋したてやさんには、その寝床ねどこは大きすぎました。ですから、仕立屋さんはなかへはもぐりこまずに、ほんのすみっこにはいこんでいました。

 ま夜中よなかごろ、大男は、仕立屋さんがもうぐっすりねこんでいるものと思いました。そこで、大男はそっとおきあがって、大きなてつぼうをひっつかみ、それで仕立屋さんのねている寝床をひとつ、ガンとなぐりつけました。そして、これで、あのバッタみたいなちびすけのいきをとめたつもりでいました。

 朝はやく、大男たちは森へでかけましたが、仕立屋したてやさんのことなんか、もうすっかりわすれていました。ところがそこへ、ひょっこり、仕立屋さんがいかにもゆかいそうに、へいきな顔をしてやってきましたので、大男たちはびっくりぎょうてんしました。そして、仕立屋さんがじぶんたちみんなをなぐりころすのではないかと思うと、こわくなって、おおあわてでにげていきました。

 仕立屋さんは、じぶんのとんがったはなのむくほうへ、ずんずん歩いていきました。長いあいだ歩いたのち、とある王さまのおしろにわにはいりこみました。仕立屋さんは、ひどくくたびれていましたので、草のなかにねころんで、そのままねむりこんでしまいました。

 こうしてねているあいだに、お城の人たちがやってきて、四方八方しほうはっぽうから仕立屋さんをながめまわしました。そして、おびに「ひとちで七つ」と書いてあるのを読みました。

「はてと、こんな平和へいわなときに、この大力だいりき豪傑ごうけつはここでなにをしようというのだろう。」

と、みんなは口ぐちにいいました。

「これはきっと、えらいさむらいにちがいない。」

 みんなは王さまのところへいって、このことを話しました。そして、

「もし戦争せんそうでもはじまりますと、これは、きっとたいせつな、やくにたつ人になると思います。ですから、どんなことをしても、よそへおやりにならぬほうがよろしゅうございます。」

と、意見いけんをもうしあげました。

 王さまも、この忠告ちゅうこくをきいて、もっともなことだと思いましたので、仕立屋したてやさんのところへおつきのものをひとりやりました。その男は、仕立屋さんが目をさましたら、さむらいになって、王さまにつかえるようにすすめろ、といいつかったのです。

 使つかいのものは、ねむっている仕立屋さんのそばに立って、っていました。やがて、ようやくのことで、仕立屋さんが、うんとひとつのびをして、目をあけました。そこで、使いのものは、王さまからいいつかってきたことをもうしでました。

「いや、そのためにこそ、わたしはこの国へまいったのです。いつでもよろこんで、王さまにおつかえいたします。」

と、仕立屋さんはこたえました。

 こうして、仕立屋さんはうやうやしくむかえられました。そして、とくべつの住まいをひとついただきました。

 ところが、ほかのさむらいたちにとっては、仕立屋さんがじゃまでなりません。みんなは、こんなちびすけはどこか千マイルも遠くへいっちまえばいいのに、とひそかに思っていました。

「いったい、どうなるんだ。」

と、みんなはいいあいました。

「おれたちがあいつとけんかをはじめるとする。あいつが切りかかる。すると、ひとちで七人やられてしまう。それじゃ、とてもかなわん。」

 そこで、みんなはかくごをきめて、そろって王さまのまえにでて、おいとまごいをしました。

「わたくしどもは、ひと打ちで七人もうちたおすような男とは、とてもいっしょにはおられません。」

と、みんなはもうしました。

 王さまは、たったひとりのために、忠義ちゅうぎ家来けらいをのこらずうしなってしまうのをかなしく思いました。そして、

(いっそのこと、こんな男が目にとまらなければよかったのだ。できることなら、ひまをやりたいものだ。)

と、考えました。

 でも、王さまには、思いきってひまをやるだけの勇気ゆうきもありませんでした。なぜって、もしそんなことをしようものなら、この男が家来けらいもろとも王さまをうちころして、かわりに王さまのくらいにつきはしないかと、それが心配しんぱいでならなかったのです。

 王さまは、長いこと、ああでもない、こうでもないと考えぬいたすえ、ようやくうまいくふうを思いつきました。そこで、仕立屋したてやさんのところへ使つかいをやって、こういわせました。

「あなたがにもすぐれた豪傑ごうけつであるのを見こんで、ぜひたのみたいことがある。じつは、この国のある森のなかに、大男がふたり住んでいて、ものはぬすむし、人はころすし、火はつけるし、とにかくひどい悪事あくじばかりはたらいているのだ。この男たちに近づくと、どんなものでもいのちがあぶない。もしこのふたりの大男をやっつけて、殺してくれれば、王さまのひとりむすめをつまにあげるし、国の半分はんぶん持参金じさんきんとしてあげよう。なお、馬にのったさむらいを百人あなたにつけてやって、すけだちさせる。」

(こいつは、おれのような男にとって、やりがいのあるしごとだぞ。)

と、仕立屋さんは心に思いました。

(美しいおひめさまと国を半分か、そうざらにあるしごとじゃあないな。)

 そこで、仕立屋さんはへんじをしました。

「いいですとも。大男どもは、かならずわたしがやっつけておめにかけます。百人のさむらいはいりません。ひとちで七つをやっつける男には、ふたりぐらい、ものの数ではありません。」

 ちびの仕立屋さんは、のこのこでかけていきました。百人のさむらいたちは、馬にのって、あとからついていきました。森のはずれまできますと、仕立屋さんはおともの人たちにいいました。

「いいから、ここでっていてくれ。おれひとりで、かならず大男どもをかたづけてみせるから。」

 それから、仕立屋したてやさんは森のなかにとびこんで、右や左を見まわしました。しばらくたったとき、ふたりの大男のすがたが目にとまりました。大男どもは、とある木の下にねころんで、ねむっています。ところが、そのものすごいいびきのために、木のえだが上下にゆれています。

 それを見て、仕立屋したてやさんは、すばやく両方のポケットに石をいっぱいつめこんで、その木によじのぼりました。木のなかほどまでのぼりますと、するすると一本の大枝おおえだをつたって、ちょうどねむっている大男たちのま上のところまできて、そこにこしをおろしました。そして、かたいっぽうの大男のむねの上に、石をつぎつぎとおとしはじめました。

 その大男は長いこと気がつきませんでしたが、それでもとうとう目をさまして、なかまをつっついて、いいました。

「なんでおれをなぐるんだ。」

「おまえ、ゆめでも見たんだろう。おれはなぐりゃあしねえもの。」

と、相手あいての男はこたえました。

 それから、ふたりはまたぐうぐうねこんでしまいました。仕立屋さんは、こんどは、もういっぽうの大男をめがけて、石をひとつおとしました。

「なにをしやがる。」

と、その大男がどなりました。

「なんでおれに石をぶっつけるんだ。」

「おれはなんにもぶっつけやしねえよ。」

と、さいしょの大男がこたえて、なにかぶつぶついいました。

 ふたりはちょっとのあいだ口げんかをしていましたが、つかれきっていましたので、まもなくなかなおりをして、またまたねこんでしまいました。

 そこで、仕立屋したてやさんはまたもやいたずらをはじめました。こんどは、いちばん大きい石をえらびだして、そいつをさいしょの大男のむねをめがけて、力いっぱいぶっつけました。

「なんてえひでえことをするんだ。」

 大男はこうわめきざま、気がくるったようにとびおきて、なかまの大男をどんと木のほうへつきとばしました。そのとたん、木はぐらぐらっとゆれうごきました。

 相手あいてもおなじようにしかえしをしました。それから、ふたりはいかりくるって、木をひっこぬいて、なぐりあいをはじめました。こうして、あばれまわったあげく、とうとう、ふたりともいちどきにべたにぶったおれて、んでしまいました。

 さてそこで、ちびの仕立屋したてやさんは地べたにとびおりました。

「こいつらが、おれののっかってた木をひっこぬかなかったのは、いやはや、もっけのさいわいというもんだ。」

と、仕立屋さんはいいました。

「さもなきゃ、リスみたいに、ほかの木へとびうつらなきゃあならないとこよ。もっとも、おれみたいなやつは、がかるいからなあ。」

 仕立屋したてやさんはかたなをぬいて、ふたりの大男のむねに二度、三度、ずぶりずぶりとつきさしました。それから、馬にのったさむらいたちのところへでていって、いいました。

「しごとはすんだぞ。ふたりとも、おれがいきをとめてきた。だが、ちょいとほねがおれたぞ。やつらは、くるしまぎれに木をひっこぬいて、むかってきたからな。だが、おれみたいに、ひとちで七つもやっつけるものにむかっちゃ、もたたん。」

「それであなたは、おけがもなさらなかったんですか。」

と、さむらいたちはたずねました。

「うん、うまいぐあいにいったんだ。」

と、仕立屋したてやさんはこたえました。

「あいつらに、おれのかみ一本おらせやしなかったさ。」

 さむらいたちは、どうしてもそれをしんじようとはしませんでした。そこで、みんなは森のなかに馬をのりいれました。すると、たしかに、仕立屋さんのいったとおり、大男どもが、じぶんたちのながしたのなかにひたっています。しかも、あたりには、ひっこぬかれた木がごろごろしているではありませんか。

 ちびの仕立屋さんは、王さまから約束やくそくのごほうびをいただこうとしました。ところが、王さまは、まえにした約束のことを後悔こうかいして、どうしたらこの豪傑ごうけついはらえるだろうかと、またまた考えていたところでした。

「おまえは、わしのむすめと国を半分はんぶんもらうまえに、もうひとつ、いさましい手なみを見せてくれねばならぬ。」

と、王さまは仕立屋したてやさんにいいました。

「じつは、森のなかを(1)一角獣いっかくじゅうがかけまわっておって、ひどいがいばかりしておる。まず、こいつを生けどりにしてもらいたい。」

一角獣いっかくじゅうの一ぴきぐらい、大男ふたりにくらべれば、なんでもありません。なにしろ、ひとちで七つというのが、わたしの手なみなんですからね。」

 こういって、仕立屋さんはなわを一本と、おのを一ちょうもって、森にでかけていきました。そして、こんどもまた、おともの人たちには、そとでっているようにいいつけました。

 長いことさがすまでもなく、まもなく、その一角獣いっかくじゅうがあらわれました。まるで、そのつので仕立屋さんをあっさりつきさしてくれようとでもいうように、仕立屋さんめがけて、まっしぐらにおどりかかってきました。

「しずかに、しずかに。」

と、仕立屋さんはいいました。

「そうあっさりとはいかんぞ。」

 仕立屋さんはそこにじっと立って、っていました。けものがすぐ近くまできたとたん、ひらりとをかわして、木のうしろへまわりこみました。

 一角獣いっかくじゅうは、力いっぱい木につっかかっていったものですから、そのつのをぐさっと木のみきにつきさしてしまいました。そして、もういちどそれをひきぬく力もなく、そのまま生けどりにされてしまったのです。

「それ、小鳥ことりをつかまえたぞ。」

 仕立屋したてやさんはこういって、木のうしろからでてきました。そして、まず一角獣いっかくじゅうくびになわをかけ、それからおのでもってつのみきからひきはなしました。こうして、すっかりしまつがついたところで、そのけものをひっぱって、王さまのところへつれていきました。

 王さまは、こうなってもまだ約束やくそくのほうびをやるつもりはありません。いよいよ、三つめの注文ちゅうもんをだしました。仕立屋さんは、婚礼こんれいのまえに、森のなかでものすごくわるいことばかりしているイノシシをつかまえなければならない、もっとも、それには狩人かりゅうどたちに手つだわせるが、というのでした。

「けっこうですとも。」

と、仕立屋さんはこたえました。

「そんなことは、子どもだましみたいなものですよ。」

 仕立屋さんは、森のなかまで狩人かりゅうどたちをつれていきはしませんでした。もっとも、狩人たちにしてみれば、そのほうが、ありがたかったわけです。なぜって、狩人たちはこのイノシシのためにはもうなんどもひどいめにあっていましたから、イノシシをいかけるなんてことは、ごめんだったのです。

 イノシシは仕立屋したてやさんのすがたをひと目見るなり、口からあわをふき、きばをといで、仕立屋さんめがけてとびかかってきました。仕立屋さんをべたにつきたおそうというのです。

 けれどもそれよりはやく、このすばしっこい豪傑ごうけつは、そばにあった礼拝堂れいはいどうにとびこんで、すぐまた上のまどからピョンとひととびでそとへとびだしました。

 イノシシのほうは、仕立屋さんのあとをって、なかにとびこみました。ところが、仕立屋さんはそとがわをピョンピョンとびまわって、イノシシのうしろからとびらをピシャンとしめてしまったのです。

 なかでは、イノシシがさかんにあばれまわりましたが、からだがおもすぎるうえに、無器用ぶきようなものですから、まどからとびだすこともできず、とうとう生けどりにされてしまいました。

 ちびの仕立屋したてやさんは狩人かりゅうどたちをよびよせて、このえものをよく見せてやりました。それから、この豪傑ごうけつは王さまのところへもどっていきました。こうなっては、さすがの王さまも、まえにした約束やくそくを、いやでもおうでもまもらないわけにはいきません。そこで、仕立屋さんにじぶんのむすめと国の半分はんぶんをやりました。

 もしも王さまが、じぶんのまえに立っている男は、豪傑ごうけつどころか、ただの仕立屋にすぎないことを知ったなら、きっと、もっとくやしがったことでしょうよ。

 そこで、婚礼こんれいはたいそうりっぱに、といっても、みんなからは、あまりよろこばれもせずに、とりおこなわれました。こうして、仕立屋したてやさんからひとりの王さまができあがったのです。

 しばらくたってから、わかいおきさきさまは、夜中よなかおっとゆめを見て、こんなねごとをいっているのをききました。

小僧こぞう、ジャケツをこしらえろ。それから、ズボンをつくろえ、やらないと、ものさしで横っつらをひっぱたくぞ。」

 これをきいて、お妃さまには、わかい王さまがどんな横町よこちょうの生まれのひとか、よくわかりました。そこで、あくる朝、おとうさまにこのなやみを話して、

「あのひとは仕立屋したてやにちがいありません。どうかおとうさまの力で、あのひとからあたしをすくってくださいませ。」

と、おねがいしました。

 王さまはおきさきさまをなぐさめて、いいました。

「今夜はおまえの寝室しんしつとびらをあけておきなさい。わしは家来けらいたちをそとに立たせておく。あの男がねこんだら、ふみこんでいって、しばってしまい、ふねにのせて、遠くへつれていかせよう。」

 お妃さまは、これで満足まんぞくしました。ところが、王さまの刀持かたなもちがそばでこの話をのこらずきいていたのですが、この男はわかい王さまがすきでしたので、このたくらみをわかい王さまにすっかり知らせてしまったのです。

「よし、そんならじゃましてやれ。」

と、ちびの仕立屋したてやさんはいいました。

 夜になりますと、仕立屋さんはいつもの時間に、おきさきさまといっしょにベッドにはいりました。

 お妃さまは、仕立屋したてやさんがぐっすりねこんだころを見はからって、そっとおきあがりました。そして、へやのとびらをあけてきて、またもとのようにベッドに横になりました。

 ちびの仕立屋さんは、ねむっているようなふりをしていただけだったのですから、ふいに、はっきりした声でどなりだしました。

小僧こぞう、ジャケツをこしらえろ。それから、ズボンをつくろえ。やらないと、ものさしで横っつらをひっぱたくぞ。おれさまはな、ひとちで七つをやっつけ、大男をふたりもころしたんだ。そればかりか、一角獣いっかくじゅうをひっぱってきたこともあるし、イノシシを生けどったこともあるんだ。そのおれさまが、なんでそとにいるやつらをこわがるものか。」

 仕立屋さんがこういうのをききますと、みんなはすっかりこわくなって、まるで魔王まおう軍勢ぐんぜいわれてでもいるように、われさきにとにげだしました。そしてそれからは、もうだれひとり、仕立屋さんに手むかおうというものはありませんでした。

 こうして、ちびの仕立屋さんは、一生いっしょうのあいだ、ずうっと王さまでいました。


(1)一角獣いっかくじゅうというのは、馬のかたちをした、ひたいにつのが一本ある、伝説上でんせつじょうの動物のこと。

底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年649

※表題は底本では、「いさましい ちびの仕立屋したてやさん」となっています。

入力:sogo

校正:チエコ

2019年1228日作成

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