かわいそうな粉ひきの若いものと小猫
ヤーコップ、ウィルヘルム・グリム Jacob u. Wilhelm Grimm
金田鬼一訳
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ある水車ごや(1)に、粉ひきのおじいさんが住んでいました。おじいさんのとこには、おかみさんもいず、子どももなく、若いものが三人奉公しているだけでした。この三人がここになん年かいてからのこと、ある日、おじいさんが若いものに、
「わたしも、としをとってな、ストーブのうしろへすわりたくなったよ。おまえがた、旅にでなさい。それでな、そのみやげにいちばんいい馬をもってきたものに、この粉ひき所をあげる。そのかわり、この小屋をもろうたものは、わたしを、死ぬまでやしのうてくれるのだぞ」といいました。
ところが、この若い者のうちで三番めのは下っぱのおいまわしで、あとの二人からは、わからずや扱いにされていて、これに粉ひきごやをせしめられるのは、ふたりとも感心しません。もっとも、この男のほうでも、べつに小屋をほしいともおもっていないのです。
とにかく、三人そろって旅に出たものですが、村をではずれると、兄弟子ふたりは、わからずやのハンスに、
「おまえは、ここにいるほうがよかろ。おまえなんざ、一生かかったって、駄馬一つ手にはいりゃしないよ」と言いました。そう言われても、ハンスはくっついて行きました。夜になって、三人は洞穴にたどりついたので、そのなかへはいって、ごろ寝をしました。
ちえのある二人は、ハンスがしょうたいなくねこむのを待って、自分たちだけ上へあがると、ハンスをおいてきぼりにして、どこかへ行ってしまいました。これで、二人はうまくしてやったと思ったのですが、だめ、だめ、そううまくいくわけのものではありません。
お日さまがのぼって、目をさましてみると、ハンスはどこかの深い洞あなの中にころがっていました。ハンスは、そこいらじゅうきょろきょろ見まわして、
「こりゃあ、よわった! どこにいるだあ」
と、大きな声をしました。それから起きあがると、手足をちょこまか動かしながら洞穴をはいあがって、森へはいって考えました、「おれときたら、こんなとこでほんとうの独りぼっち、だれにも相手にされやしない、どうしたら馬が手にはいるのやら」
こう考えこんでとぼとぼ歩いているところへであったのは、小さな三毛猫です。三毛猫は、いかにもわけへだてなく、
「ハンスさん、どこへ行くのよう」と、声をかけました。
「なあんだ! 話したって、おまえさんにゃどうもできやしないや」
「おじさんのおのぞみがどんなことだぐらい、ちゃんとわかってますよ」と、小猫が言いました、「おじさんは、いい馬が一頭ほしいのね。あたしについてらっしゃい、そうして、あたしのめしつかいになって、七年だけ、かげ日なたなく働きなさい、そうしたら、馬を一頭あげることよ、おじさんが、生まれてから一度も見たことのないような、りっぱなのをね」
「はぁてな、きみょうな猫だぞ」と、ハンスが考えました、「だが、ひとつためしてみるかな、こいつの言うことがほんとうだかどうだかね」
相談がまとまって、猫はハンスを魔法のかかってる自分の小さな御殿へつれて行きました。ここにいるのは猫ばかりで、それがみんな三毛猫のごけらいなのです。猫どもは階段を身がるに跳びあがったり跳びおりたり、それはそれは陽気で、いいきげんでした。日が暮れて、みんなが食卓につくと、三びきだけは音楽をやらされました。一ぴきはチェロを弾き、一ぴきはバイオリンをひき、三びきめのは、ラッパを口にあてがって、いっしょうけんめいに頬っぺたをふくらませました。
ごはんがおしまいになると、食卓がかたづけられました。
三毛猫は、
「さあ、おいで! ハンス、あたしのおどり相手におなりよ」と言うのです。
「いやだ!」と、ハンスが返事をしました、「にゃあにゃあのおじょうちゃんと踊るのあ、ごめんだ、そんねえなこと、まんだやったことがねえだでのう」
「そんなら、この人をおとこへつれといで!」
と、三毛が小猫どもにいいつけました。そうすると、一ぴきが燈火をもってハンスを寝間へつれて行く、一ぴきが靴をぬがせる、一ぴきが靴下をぬがせる、そしていちばんおしまいに、一ぴきが燈火を吹きけしました。
あくる朝になると、また、小猫どもがやってきて、ハンスがおとこから出るのを手つだいました。一ぴきは、ハンスにくつしたをはかせる、一ぴきは、くつ下どめを結んでやる。一ぴきは、靴をもってくる、一ぴきが顔を洗ってやれば、一ぴきは、濡れている顔を、じぶんの尻尾でふいてやりました。
「こりゃあ、ほんとに肌ざわりがええぞ」と、ハンスが言ったものです。
こんなにしてもらいましたが、自分はまた三毛猫につかえて、毎日薪を小割りにしなければなりませんでした。この仕事をするのに、ハンスは銀の斧をうけとりました。銀のくさびと銀ののこぎりをうけとりました。それから、槌は銅でした。ハンスはこうやって薪をこなしたり、家の中にいればおいしい物を食べたり、おいしい物を飲んだりしているのですが、顔をあわせるものは、三毛猫と三毛のめしつかいばかりです。
あるとき、三毛はハンスに、
「外へでて、あたしの牧場を刈ってね、刈りとった草をほしておくれ」と言って、銀のものでは、(立っていて使う)大きな草刈鎌を、黄金のものでは砥石を一つわたして、これはのこらずちゃんと返しておくのだよといいつけました。ハンスは外へ出て、いいつけられたとおりのことをしました。仕事をしてしまうと、ハンスは鎌と砥石と乾し草をうちへもちかえって、まだお礼をもらうわけにいかないかと、きいてみました。
「だめ!」と、三毛がいいました、「そのまえに、もう一つやってもらうことがあるの。あすこに、銀の材木があります、それから手斧でも、さしがねでも、いりようのものはなんでもみんな銀でそろってるから、あれで、まず小さな家を一軒たてとくれ」
そこで、ハンスは小さい家を一けん建ててしまってから、することはもうみんなしてしまったのに、馬だけはまだもらわずにいるが、と言いました。このときはちょうど七年たっていたのですが、それが半年ぐらいにしか思われませんでした。
あたしの馬が見たいの? と、猫がたずねました。
「見てえだよ」と、ハンスが言いました。すると、三毛は小さな家をあけました。戸をあけると、馬が十二頭ずらりとならんでいます、いやもう、おどろいたのなんの、あたまを高くあげてるようすのそのりっぱなこと、毛づやはまるで鏡のように、ぴかぴかしているその美しさに、ハンスの心の臓は、かげながら、にこにこがおです。
三毛猫はハンスに飲み食いをさせてから、
「うちへおかえり! 馬は、つけてあげない。三日たったら、あたしが、自分でおまえのとこへとどけてあげるよ」と言いました。
こんなわけで、ハンスは旅だちました。三毛は、粉ひきごやへかえるみちを教えてやりましたが、新しい着物をこしらえてやらず、はじめから着ていた古いぼろぼろの上っぱり一枚でとおしたので、これも、七年たつうちに、あっちもこっちもつんつるてんになっていました。
ハンスがうちへかえったときには、あと二人の若いものも戻っていました。二人とも、馬をつれて来たには来たのですが、一人のは盲で、もう一人のは跛でした。ふたりは、
「ハンス、おまえの馬はどこにいる?」とたずねました。
「三日たつと、あとからやってくるだ」
これをきくと、二人ともわらいだしました、
「どうだい、ハンスは、ハンスだなあ、おまえ、馬をどこからつれてくるつもりだい? さぞりっぱなやつだろうて」
ハンスはお部屋へはいりました。すると、粉ひきの親方が、おまえは食卓についてはいけない、きものがぼろぼろだからな、だれか他人が来でもしたら、とんだ恥をかかなくちゃならないと言いました。それで、ハンスの食べる物は、ちっとばかり外へだしてやりました。それから、晩になって寝にいきましたら、あとの二人はなんといってもハンスに寝どこをやらないので、ハンスは、しかたなしに、とうとう鵞鳥のこやへもぐりこんで、ほんのすこしばかりある堅いわらの上にころがりました。
朝になって目がさめたら、もう三日という日がたっていて、六頭だちの馬車がやってきました。まあ、その馬のかがやく毛づや、これこそほんとうに見物するねうちがある、見ごと、みごとというわけです。それに、ごけらいが一人、別に七頭めの馬をひいていました。これは、このかわいそうな粉ひきの若いもののもらう馬なのです。馬車からは、きらびやかな王女がおりたって、粉ひきごやへはいりました。この王女というのは、例の小さい三毛猫で、ハンスは、かわいそうに、この猫に七年のあいだつかわれていたのです。
王女は粉ひきに、粉ひきの下ばたらきだという若い者はどこにいますか、とたずねました。おやかたは、
「あれは、このこやへ入れるわけにいきましねえ、なにぶんおんぼろでござんしてな。がちょうごやにねそべっておりやす」と言いました。すると、王女は、たった今すぐにその者をつれてきてもらいたい、と言いました。それで、みんなしてハンスをつれだしてきましたが、当人は、よんどころなくちんちくりんな上っぱりの前をかきあわせて、はだか身をかくしました。それと見て、かかりのごけらいは、ながもちのとめがねをはずして、りっぱなきものをとりだし、無理むたいに若いものに行水をつかわせて、それを着せました。で、こうしてしたくがすっかりできあがってみると、その美しいこと、どこの王さまもかなうまいと思われるほどでした。
それから、王女は、ほかの粉ひきの若いもののつれてきた馬を見せてもらいたいと言いました。そこへでてきたのは、一頭は盲で、一頭はびっこでした。王女は、ごけらいにいいつけて、七頭めの馬をつれてこさせました。粉ひきはこれを見て、こんなすばらしいのは、これまでにここへきたことがない、と言いました。
「おまけにこれが、三番めの若いしゅうにあげる馬なのだよ」と、王女が言いました。
「では、あれがこのこやの持ちぬしになるのでござんす」と、粉ひきが言いました。王女は、約束の馬はここにいる、水車ごやも、そのままおじさんのものにしておくがよい、と言いすてて、じぶんは、かげ日向なく働いてくれたハンスを馬車に乗せ、相乗で行ってしまいました。
ふたりは、いちばんさきに、ハンスが銀の道具をつかって建てた小さな家のほうへ馬車をはしらせました。行ってみると、その家は大きな御殿で、なかにある物は、なにもかも銀と黄金ばかりです。ここで、王女はハンスと御婚礼をしました。ハンスはお金もちでした。生涯こまることのないくらいのお金もちでした。それですからね、わからずやは碌なものになれっこないなんて、決して、そんなことをいうものではありませんよ。
(1)この粉ひきごやでは、水車でなくて風車を使っているのかも知れませんが、原文にその区別をあらわす言葉や表現が見られないので、わかりやすく、水車小屋としておきます。
底本:「完訳 グリム童話集(三)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店
1979(昭和54)年9月17日改版第1刷発行
1989(平成元)年5月16日第13刷発行
※「若いもの」と「若い者」、「いいました」と「言いました」、「で」と「出」、「洞穴」と「洞あな」、「弾き」と「ひき」、「靴下」と「くつした」と「くつ下」、「見ごと」と「みごと」、「鵞鳥」と「がちょう」、「跛」と「びっこ」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「一二〇 かわいそうな粉ひきの若いものと小猫(KHM 106)」となっています。
入力:かな とよみ
校正:noriko saito
2019年10月28日作成
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