忠義者のヨハネス
グリム Grimm
矢崎源九郎訳



 むかし、あるところに、年よりの王さまがおりました。王さまは病気びょうきで、もう、この寝床ねどこが、どうやらじぶんの臨終りんじゅうとこになるらしい、と思っていました。

 そこで王さまは、

忠義者ちゅうぎもののヨハネスをよんでまいれ。」

と、おそばのものにいいつけました。

 忠義者のヨハネスというのは、王さまのいちばんお気にいりの家来けらいでした。この男は、一生いっしょうのあいだ、ずっと王さまに忠義をつくしてつかえてきましたので、こんなふうによばれていたのです。

 ヨハネスがまくらもとへきますと、王さまはいいました。

「またとない忠義者ちゅうぎもののヨハネスよ、いよいよわしのさいごのときがちかづいたような気がする。ついては、これといって心配しんぱいになることもないが、ただむすこのことだけが気がかりなのじゃ。あれは、まだ年もゆかないので、どうしてよいかわからぬこともあろう。ひとつ、おまえが親がわりになって、なにかにつけて、あれの知らなければならないことをおしえてやってはくれまいか。さもないと、わしは安心あんしんして目をつぶることができないのじゃ。」

 これをきいて、忠義者ちゅうぎもののヨハネスはこたえました。

「かならず、王子おうじさまを見すてるようなことはいたしませぬ。わたくしのいのちにかけましても、きっと忠義をつくしておつかえもうします。」

 すると、年よりの王さまはいいました。

「それをきいて、わしも安心して、やすらかにんでゆける。」

 それから、さらにことばをつづけて、

「わしが死んだら、王子にしろのなかをすっかり見せてやってくれ。へやも、広間ひろまも、あなぐらも、またそこにあるたからものも、のこらず見せてやってもらいたい。だが、長い廊下ろうかのいちばんおくのへやだけは見せてやってはくれるな。あのなかには、きんのお城の王女おうじょの絵がしまってあるのだ。もしも王子が、その絵姿えすがたをひと目でも見れば、たちまちその王女へのはげしいあいを心に感じて、気をうしなって、たおれてしまうだろう。そしてその王女のために、おそろしい災難さいなんにあうことになろう。だから、そういうことのないように、ようく気をつけてやってもらいたい。」

 そこで、忠義者ちゅうぎもののヨハネスは、もういちど年とった王さまの手をにぎって、かならずそうすると約束やくそくしました。すると、王さまはそれきりものもいわず、頭をまくらにのせて、そのままなくなってしまいました。

 年よりの王さまがおはかにはこばれてしまってから、忠義者ちゅうぎもののヨハネスはわかい王さまにむかって、じぶんがまえの王さまのおなくなりになるときにお約束やくそくしたことを話して、

「お約束は、かならずおまもりいたします。そして、お父上ちちうえさまにたいするのとおなじように、あなたさまにも、いのちをなげだして、忠義ちゅうぎをはげみたいとぞんじます。」

と、もうしました。

 やがて、があけたとき、忠義者のヨハネスはわかい王さまにいいました。

「さて、いよいよ、あなたさまのおうけつぎになった財産ざいさんをごらんになるときがまいりました。お父上ちちうえさまのおしろをご案内あんないいたしましょう。」

 それから、ヨハネスはお城じゅうの階段かいだんをのぼったりおりたりして、わかい王さまを案内してまわりました。そして、たからものも、りっぱなへやも、ひとつのこらず見せました。ただ、あの危険きけん絵姿えすがたのあるへやだけはあけませんでした。

 ところでその絵は、とびらをあけますと、まっすぐまえに見えるような場所ばしょにおいてありました。その絵姿は、まことにみごとにできていて、それこそほんとうに生きているのではなかろうかと、しかも、これいじょうかわいらしい、美しいすがたは世界せかいじゅうさがしてもあるまい、と思われるほどだったのです。

 ところがわかい王さまは、このとびらのところだけは、忠義者ちゅうぎもののヨハネスがいつもすどおりしてしまうのに気がつきました。そして、

「どうしてこのとびらはあけてくれないのかね?」

と、たずねました。

「そのなかには、あなたさまにとっておそろしいものがはいっているからでございます。」

と、ヨハネスはこたえました。

 けれども、王さまはいいました。

「わたしはおしろのなかをのこらず見てしまった。だから、こんどは、このなかにどんなものがあるか、知っておきたい。」

 こういうと、わかい王さまはそのとびらのところへいって、むりやりに扉をあけようとしました。忠義者ちゅうぎもののヨハネスはそれをおしとどめて、もうしました。

「わたくしは、このへやのなかにあるものを、けっしてあなたさまにお見せしないと、お父上ちちうえさまにお約束やくそくしたのでございます。もしこの扉をおあけになりますと、あなたさまにも、わたくしにも、たいへんなわざわいがふりかかってまいりましょう。」

「いや、いや。」

と、わかい王さまはこたえていいました。

「もしこのへやへはいることができなければ、おそらく、わたしはだめになってしまうだろう。この目でそれを見ないうちは、夜も昼も心のおちつくことはあるまい。おまえがあけてくれるまで、わたしはこのを一もうごかぬぞ。」

 さすがの忠義者ちゅうぎもののヨハネスも、こうなっては、もうどうにもならないと思いました。そこで、おもおもしい心で、ふかいためいきをつきつき、大きなかぎたばからそのとびらのかぎをさがしだしました。そして扉をあけると、まずじぶんがさきにはいりました。ヨハネスとしては、じぶんがその絵のまえに立って、王さまに見えないようにしようと思ったのです。でも、そんなことがなんになりましょう。王さまはつまさき立って、ヨハネスのかたごしにその絵を見てしまったのです。しかも、きん宝石ほうせきにひかりかがやく、にも美しいおとめの絵姿えすがたを見たとたんに、王さまは気をうしなって、ばったりとそのにたおれてしまったのです。忠義者ちゅうぎもののヨハネスは、あわてて王さまをだきおこして、ベッドにつれていきました。しかし、

(ああ、たいへんなことになってしまった。これから、いったいどうなるのだろう。)

と、思いますと、心配しんぱいで心配でたまりませんでした。

 とにかく、ヨハネスは王さまにブドウしゅをのませて、元気をつけました。すると、王さまはようやくわれにかえりましたが、なによりもさきに、

「ああ、あの美しい絵姿えすがたのひとはだれだ。」

と、たずねました。

「あのかたは、きんのおしろ王女おうじょでございます。」

と、忠義者ちゅうぎもののヨハネスはこたえました。

 すると、王さまはまたいいました。

「あのひとをしたうわたしの気持ちは、かりに木ぎの葉がのこらずしたであっても、とうていいいつくすことができないほどなのだ。わたしは一生いっしょうをかけても、あのひとをじぶんのものにしたい。おまえは忠節ちゅうせつならぶもののないヨハネスだ。かならず、わたしをたすけてくれるだろうね。」

 この忠義ちゅうぎ家来けらいは、いったいこれはどうしたらいいものだろうと、長いこと考えこみました。なぜって、王女おうじょのまえにでることだけでも、とってもむずかしいことなのですから。ヨハネスは、やっとのことである方法ほうほうを思いついて、王さまにもうしました。

「あの王女ののまわりにありますものは、テーブルでも、いすでも、おさらでも、さかずきでも、おわんでも、そのほかすべての家具類かぐるいがぜんぶ、きんでできております。ところで、あなたさまのたからもののなかには、五トンの金がございます。そのなかの一トンを、国じゅうの金細工師きんざいくしにおいいつけになって、いろいろなうつわや、道具どうぐや、またありとあらゆる種類しゅるいの鳥や、けものや、めずらしい動物のかたちにこしらえるようになさいませ。そうすれば、きっと王女のお気にめしましょう。わたくしどもは、それをもって、ふねにのってまいり、うんだめしをすることにいたしましょう。」

 そこで、王さまは金細工師きんざいくしという金細工師を、ひとりのこらずよびあつめさせました。金細工師たちは夜も昼もはたらきつづけて、とうとう、にもみごとなしなじなをつくりあげました。

 その品物をすっかり船につみおえたところで、忠義者ちゅうぎもののヨハネスは商人しょうにんの身なりをしました。王さまも、身分みぶんを知られないようにするため、おなじ身なりをしました。それから、ふたりは海をわたって、長いながいたびをつづけました。そうして、やっとのことできんのおしろ王女おうじょの住んでいるみやこにつきました。

 忠義者ちゅうぎもののヨハネスは、王さまに、

ふねにのこってっていてください。」

と、おねがいしました。そして、

「もしかすると、王女おうじょを船におつれするかもしれません。ですから、なにもかもきれいにかたづけて、きんのうつわをならべさせ、船もりっぱにかざりつけるようにさせておいてくださいませ。」

と、いいました。

 それからヨハネスは、まえかけのなかに金で細工さいくしたいろいろの品物しなものをつつんで、りくにあがりました。そして、まっすぐ王女のおしろへむかっていきました。ヨハネスがお城のにわにはいりますと、井戸いどのそばにひとりの美しいむすめが立っていました。むすめは手にふたつの金の手おけをもって、それで水をくんでいました。むすめはきらきらひかる水をはこんでいこうとして、なにげなくうしろをふりむきました。と、そこに知らない男が立っていましたので、

「どなたですか。」

と、たずねました。

 すると、ヨハネスは、

「わたくしは商人しょうにんでございます。」

と、こたえながら、まえかけをひろげて、なかを見せました。

 とたんに、むすめは思わず大きな声をあげて、

「まあ、なんてきれいな金細工品きんざいくひんでしょう。」

と、いいました。そして、手おけを下において、ひとつひとつのしなを、あなのあくほど見つめました。それから、

「これはぜひ王女おうじょさまにおめにかけましょう。王女さまは金細工品がとってもおすきですから、きっと、みんな買いあげてくださいますよ。」

 むすめはこういって、ヨハネスの手をとり、おしろのなかへ案内あんないしていきました。このむすめは、王女のおつきの侍女じじょだったのです。

 王女おうじょ品物しなものを見ますと、それはそれはよろこんで、

「とてもきれいにできていますこと。みんな買いとってあげましょう。」

と、もうしました。

 けれども、忠義者ちゅうぎもののヨハネスはいいました。

「じつは、わたくしは、ある金持かねもちの商人しょうにん番頭ばんとうにすぎないのでございます。わたくしがここにもってまいりましたものなどは、主人しゅじんふねにおいてありますものにくらべますと、まったくとるにたらないものばかりでございます。ふねにありますものは、金細工品きんざいくひんといたしましては、もっともじょうずにできておりまして、またと手にいれることのできない、りっぱなものばかりでございます。」

 王女はその金細工品をみんなもってくるようにとのぞみましたが、ヨハネスは、

「そういたしますには、ずいぶん日にちがかかります。それに、たいへんな品数しなかずでございますから、ならべるだけでもたくさんのおへやがいりまして、こちらさまのおしろではとてもそれだけの場所ばしょはございません。」

と、もうしました。

 この話で、王女のめずらしいものを見たい、それを手にいれたいと思う気持ちは、ますますあおりたてられました。そしてとうとう、王女はこういいました。

「では、あたしを船まで案内あんないしておくれ。じぶんでいって、おまえの主人のたからものを見せてもらうことにしましょう。」

 そこで、忠義者ちゅうぎもののヨハネスは王女おうじょふね案内あんないして、たいへんよろこんでいました。王さまは王女を見ますと、あの絵にかかれているすがたよりもはるかに美しいかたなので、いまにもむねがはりさけそうな思いでした。

 さて、王女が船にのりこみますと、王さまがなかへ案内しました。いっぽう、忠義者のヨハネスは舵取かじとりのところにのこっていて、船をりくからはなすようにいいつけました。

という帆をみんなはって、空とぶ鳥のように走らせるのだ。」

 船のなかでは、王さまがきん道具どうぐをひとつひとつ、王女に見せていました。おさらだの、さかずきだの、おわんだの、さては、鳥や、けものや、ふしぎな動物などを。王女がそれらをひとつのこらず見ているあいだに、何時間も何時間もたってしまいました。けれども、ながめるのにむちゅうになっていた王女は、船が走っているのにはすこしも気がつかなかったのです。いよいよ、いちばんおしまいのしなを見おわったとき、王女は商人しょうにんにおれいをいって、かえろうとしました。ところが、ふなべりへでてみますと、なんということでしょう。船は陸地りくちを遠くはなれて、ひろいひろい海のまっただなかを、をいっぱいにふくらませて走っているではありませんか。

「ああ!」

と、王女はびっくりしてさけびました。

「あたしはだまされたのだ。あたしはさらわれて、商人の手におちてしまったのだ。これなら、いっそんでしまったほうがいい。」

 けれども、王さまは王女おうじょの手をとって、いいました。

「わたしは商人しょうにんではなく、じつは、王なのです。あなたにおとらぬ生まれのものです。あなたを、はかりごとでつれだしたのも、あなたをおしたいするあまりにやったことなのです。あなたの絵姿えすがたをはじめて見ましたとき、わたしは気をうしなってたおれたほどなのです。」

 きんのおしろの王女は、これをきいて、ようやく安心あんしんしました。そして、王さまがすきになり、おきさきさまになることをよろこんで承知しょうちしました。

 さて、ふねの人たちが大海の上をすすんでいるときのことでした。忠義者ちゅうぎもののヨハネスが船のへさきにすわって、音楽をかなでていますと、三の鳥が空をとんでくるのが見えました。そこで、ヨハネスはひく手をやすめて、鳥たちの話に耳をかたむけました。だって、ヨハネスには鳥たちのことばがわかるのですからね。

 一の鳥がさけびました。

「やあ、あいつ、金のおしろの王女さまをつれてかえるぜ。」

「そうだな。」

と、二ばんめのがこたえました。

「だが、王女さまは、まだあいつのものじゃないさ。」

 すると、三ばんめのがいいました。

「だって、あいつのものじゃないか。ふねのなかに、ふたりでならんですわっているもの。」

 すると、さいしょの鳥がまた口をだして、さけびたてました。

「そんなことは、なんにもなりゃあしない。いいか、あいつらがりくにつくとだ、キツネ色の馬が一ぴきとんでくる。すると、王さまはそれにとびのろうとする。ところが、のろうもんなら、馬のやつは王さまをのっけたまま走りだして、空中にかけのぼるのさ。で、王さまは二度とふたたびあのむすめにはあえないってわけよ。」

「たすかる方法ほうほうはないのかい?」

と、二ばんめのがいいました。

「あるとも。だれかほかのものがすばやくその馬にとびのるんだ。そして、くらのわきについている鉄砲てっぽうをとって、そいつで馬をうちころせば、わかい王さまはたすかるのさ。だけど、そんなことは、だれも知りゃあしない。それに、知っていたって、それを王さまにいおうものなら、そいつはひざこぞうから足のつまさきまで石になっちまうんだ。」

 そのとき、二ばんめの鳥がいいだしました。

「おれはもっと知ってるぞ。たとえその馬がころされたって、わかい王さまは花よめをひきとめておくわけにゃいかないんだ。あのふたりがそろっておしろにつくと、仕立したてあがった婚礼用こんれいようのシャツがはちのなかにおいてある。そいつは、ちょっと見たところでは、きんぎんとでってあるみたいだが、ほんとうはイオウとチャン(コールタールなどを精製せいせいしたときのこるこっかっしょくのかす)とでできているんだ。もしも王さまがそれをきようものなら、王さまのからだはほねずいまでけただれちまうのさ。」

「で、たすかる方法ほうほうはないのかい?」

と、三ばんめの鳥がいいました。

「そりゃあ、あるさ。」

と、二ばんめのはこたえました。

「だれかが手ぶくろでそのシャツをつかむんだ。そして、火のなかにほうりこんで、もやしちまえば、わかい王さまはたすかるんだ。しかし、どうにもなりゃあしないさ。それを知っていたって、王さまにいやあ、その男は心臓しんぞうからひざこぞうまで、からだの半分はんぶんが石になっちまうんだからな。」

 そのとき、三ばんめの鳥がいいだしました。

「おれなんか、もっと知ってるぞ。たとえその婚礼用こんれいようのシャツがかれたとしたって、まだまだあのわかい王さまは花よめをじぶんのものにしたとはいえないんだ。結婚式けっこんしきのあとでおどりがはじまって、わかいおきさきがおどりだすと、きゅうにお妃はまっさおになって、んだようにぶったおれる。そのとき、だれかがお妃をだきおこして、右の乳房ちぶさからのしずくを三てきすいとって、それをはきださなけりゃ、お妃は死んでしまうんだ。しかし、だれかがこのことを知っていて、つげ口でもすれば、その男は頭のてっぺんから足のつまさきまで、からだぜんたいが石になっちまうんだ。」

 鳥たちはこんなことを話しあいながら、とびさっていきました。忠義者ちゅうぎもののヨハネスには、この話がすっかりわかりました。ですから、このときからというものは、ヨハネスは口もきかなくなって、かなしそうにしていました。むりもありません。じぶんのきいたことを主人しゅじんにだまっていれば、主人がふしあわせになりますし、もしそれをうちあければ、じぶんのいのちをうしなわなければならないのですもの。でも、とうとうヨハネスは、

「ご主君しゅくんをおすくいしよう。たとえ、そのために、この命をうしなっても。」

と、ひとりごとをいいました。

 いよいよ、一同いちどうのものがりくにあがりますと、鳥のいったとおりのことがおこりました。キツネ色のりっぱな馬が一とう、まっしぐらにとんできました。

「ようし、あれにしろまでのせていってもらおう。」

 王さまはこういって、馬にとびのろうとしました。ところが、そのときいちはやく、忠義者ちゅうぎもののヨハネスは、ひらりと馬にとびのるがはやいか、くらのわきから鉄砲てっぽうをとって、いきなりその馬をうちころしてしまいました。しかし、まえから忠義者のヨハネスのことをよく思っていなかったほかの家来けらいたちが、口ぐちにさわぎたてました。

「王さまをおしろまでおのせするはずの、あんなりっぱな馬を殺すとは、ふとどきしごくのやつだ。」

 けれども、王さまはいいました。

「だまって、あの男のやるとおりにさせておけ。忠義ちゅうぎこのうえもないヨハネスのことだ。それに、これがまた、なんのやくにたつかもしれぬ。」

 やがて、みんながおしろのなかにはいりますと、広間ひろまはちがおいてあって、そのなかに仕立したてあがった婚礼用こんれいようのシャツがはいっていました。ちょっと見たところでは、どうしてもきんぎんとでってあるとしか見えません。

 わかい王さまは、つかつかとそのそばにあゆみよって、それを手にとろうとしました。ところが、忠義者のヨハネスは王さまをおしのけて、手ぶくろでそれをひっつかみ、すばやく火のなかへほうりこんで、もやしてしまいました。

 それを見て、ほかの家来けらいたちがまたぶつぶつもんくをいいはじめました。

「みろよ、あいつ、こんどは、王さまの婚礼用こんれいようのシャツまでもやしているぞ。」

 けれども、わかい王さまはいいました。

「これがまた、なんのやくにたつかわからないのだ。あの男のするとおりにさせておけ。忠義ちゅうぎこのうえもないヨハネスのことだ。」

 まもなく、ご婚礼こんれいのおいわいがありました。おどりがはじまって、花よめもそのなかにはいりました。忠義者ちゅうぎもののヨハネスはじっと気をつけて、花よめの顔ばかり見まもっていました。と、とつぜん、花よめはまっさおになって、んだように、ゆかにうちたおれました。とみるや、ヨハネスはいそいでかけよって、花よめをだきおこし、ひとつのへやにはこびいれました。そして、花よめをそこにねかしますと、じぶんはかたわらにひざまずいて、花よめの右の乳房ちぶさから三てきのをすいとって、はきだしました。すると、たちまち、花よめはいきをふきかえして、元気をとりもどしました。

 わかい王さまは、そばからこのありさまを見ていました。けれども、忠義者ちゅうぎもののヨハネスがどうしてこんなことをするのか、わけがわからないものですから、すっかりはらをたてて、

「あの男をろうにいれてしまえ。」

と、どなりました。

 そのあくる朝、忠義者ちゅうぎもののヨハネスはつみをいいわたされて、くびつりだいにひきだされました。そして、高いところにあがって、いよいよおしおきをうけることになりました。そのとき、ヨハネスはいいました。

ぬときまりましたものは、だれでも死ぬまえに、ひとことだけいうことがゆるされております。わたくしにもそれをゆるしていただけましょうか?」

「よろしい、ゆるしてつかわす。」

と、王さまはこたえました。

 そこで、忠義者ちゅうぎもののヨハネスはいいました。

「わたくしは、におぼえのないつみをいいわたされたのでございます。わたくしは、いつなんどきも、忠義をつくしてまいりました。」

 そしてヨハネスは、海の上で鳥たちの話をきいたこと、王さまをすくうために、ああしたことをどうしてもしなければならなかったこと、などをものがたりました。

 それをきいて、王さまはさけびました。

「おお、忠節ちゅうせつならぶもののないヨハネスよ、ゆるすぞ。ゆるすぞ。あのものを下へおろせ。」

 ところが、忠義者ちゅうぎもののヨハネスは、さいごのことばをいいおわるといっしょに、いきがたえて、ころがりおちました。ヨハネスは、もう石になっていたのです。

 王さまとおきさきさまは、たいそうこれをかなしみました。王さまは、

「ああ、このようなりっぱな忠節ちゅうせつにたいして、わたしはまた、なんというむくいかたをしたものだ。」

と、いいました。それから、そのぞうをひきおこさせ、じぶんの寝室しんしつのベッドのそばに立てさせました。そして、それを見るたびに、王さまはなみだをながしていいました。

「ああ、おまえをもういちど生かしてやりたいものだ。忠節ちゅうせつならぶもののないヨハネスよ。」

 それから、時はたって、やがておきさきさまはふた子を生みました。ふた子は、どちらも王子おうじでした。すくすくと大きくなって、いまでは、王さま、お妃さまのよろこびのたねとなりました。

 ある日、お妃さまが教会きょうかいへでかけてしまって、ふたりの子どもがおとうさまのそばであそんでいたときのことでした。王さまは、またいつものようにかなしい思いで石のぞうをながめながら、ためいきをついて、思わず大きな声でこういってしまいました。

「ああ、おまえを生きかえらせることができたらなあ。忠節ちゅうせつこのうえもないヨハネスよ。」

 と、どうでしょう、その石が口をききはじめて、

「はい、あなたさまのいちばんだいじなものを犠牲ぎせいにしてくださいますなら、わたくしはもういちど生きかえることができます。」

と、いうではありませんか。

 これをきいて、王さまはさけびました。

「わたしがこのにもっているものなら、なんなりとおまえのためにささげるぞ。」

 すると、石はなおもことばをつづけて、

「もしもあなたさまが、ごじぶんの手でふたりのお子さまのくびをはねて、そのをわたくしにぬってくださいますなら、わたくしはいのちをとりもどします。」

 王さまは、じぶんのいちばんだいじな子どもをじぶんの手でころさなければならないときいたとき、思わずはっとしました。けれども、すぐに、ヨハネスのあのりっぱな忠義ちゅうぎを思い、しかもそのヨハネスはじぶんのためにんだことを考えますと、つるぎをぬきはなって、じぶんの手でふたりの子どものくびをはねました。そして、そのを石にぬりつけました。すると、たちまち、ヨハネスはいのちをとりもどして、あの忠義者ちゅうぎもののヨハネスが、むかしどおりの元気な、いきいきとしたすがたで、王さまのまえにあらわれました。

 ヨハネスは、王さまにいいました。

「あなたさまのこのまごころは、むくいられぬはずはございません。」

 こういうと、ヨハネスは子どもたちの首をとって、どうの上にのせ、傷口きずぐちに血をぬりつけました。と、みるみるうちに、子どもたちは生きかえりました。そして、まるでなにごともなかったように、元気にはねまわって、あそびつづけました。

 王さまの心は、よろこびでいっぱいになりました。やがて、おきさきさまがこちらへくるのを見ますと、王さまは忠義者ちゅうぎもののヨハネスとふたりの子どもを大きな戸だなのなかにかくしました。

 お妃さまがへやのなかにはいってきますと、王さまは、

教会きょうかいでおいのりをしたのかね?」

と、たずねました。

「はい。」

と、おきさきさまはこたえました。

「でもあたしは、あの忠義者ちゅうぎもののヨハネスが、あたしたちのためにこんなふしあわせになったことばかり、ずっと考えておりましたの。」

 それをきいて、王さまがいいました。

きさきよ、わたしたちは、ヨハネスをもういちど生きかえらせてやることができるのだよ。しかし、それにはふたりの子どもが必要ひつようなのだ。わたしたちは、あのふたりを犠牲ぎせいにしなければならないのだ。」

 お妃さまはまっさおになりました。心のなかでふかくおどろいたのです。けれども、

「あのりっぱな忠義ちゅうぎのことを思えば、それもいたしかたございません。」

と、もうしました。

 これをきいて、王さまは、おきさきさまもじぶんとおなじ考えであることを知って、心からよろこびました。そこで戸だなのところへつかつかとあゆみよって、戸だなをひきあけました。そして、子どもたちとヨハネスをつれだしてきて、こういいました。

「ありがたいことだ。ヨハネスはすくわれたぞ。子どもたちも、もとのままだ。」

 そこで、王さまは、お妃さまにいままでのことをのこらず話してきかせました。

 こうして、この人たちは、このをさるまで、みんなでいっしょに、しあわせにくらしました。

底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年649

※表題は底本では、「忠義者ちゅうぎもののヨハネス」となっています。

入力:sogo

校正:チエコ

2019年1124日作成

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