こわいことを知りたくて旅にでかけた男の話
グリム Grimm
矢崎源九郎訳



 あるおとうさんが、ふたりのむすこをもっていました。にいさんのほうはりこうで、頭がよくて、なんでもじょうずにやってのけました。ところが、弟のほうときたら、まぬけで、なんにもわからないし、なにひとつおぼえることもできないというありさまでした。ですから、弟の顔を見るたびに、だれもかれもこういうのでした。

「こういうむすこがいたんじゃ、おやじさんはいつまでたってもたいへんだなあ!」

 こんなわけですから、なにかすることのあるときには、いつもきまって、にいさんがやらされました。けれども、ときには、おそくなってからとか、どうかすると夜中よなかなどに、なにかとってきてくれと、おとうさんからいいつかることもあります。そんなとき、墓地ぼちとか、あるいはどこかおそろしい場所ばしょをとおっていかなければならないようなばあいには、にいさんはいつもこうこたえました。

「いやだ、いやだ、おとうさん。そんなところへはいかないよ。ぞっとする。」

 なぜって、にいさんはこわくてたまらなかったのです。また、夜など、ばたでのよだつような話がでますと、きいているものは「うわあ、ぞっとする」と、よくいいます。

 弟はすみっこにすわって、じぶんもその話をきいているのですが、それがなんのことやら、さっぱり見当けんとうがつきません。

「みんな、しょっちゅう、ぞっとする、ぞっとするっていってるが、おれはちっともぞっとなんかしやしねえ。こいつは、きっと、おれにはわからねえことなんだろう。」

 さて、あるときのこと、おとうさんが弟にむかってこんなことをいいました。

「おい、そのすみっこにひっこんでいる小僧こぞう、おまえは、もうそのとおり大きく、がっしりした男になった。おまえもなにかひとつ、ならいおぼえて、じぶんでくっていくようにしなくちゃいかん。みろ、にいさんはいっしょうけんめいやってるのに、おまえときたら、まるではしにもぼうにもかからん。」

「うん、おとうさん、おれもなにかおぼえたいよ。そうだ、もしできたら、ぞっとするってことをおぼえたいな。そいつは、おれにはちっともわからねえもの。」

 にいさんはこれをきいて、わらいだしましたが、心のなかでひそかに思いました。

(ああ、ああ、弟のやつは、なんて大ばかなんだ。あれじゃ、一生いっしょうかかったって、ものになりゃしない。たましい百までっていうからなあ。)

 おとうさんは、ためいきをついていいました。

「ぞっとするか、そいつをおぼえるのもいいだろう。だがそんなことをおぼえたって、それではくっちゃいけないぞ。」

 それからまもなく、おてら役僧やくそうがこのうちへたずねてきました。そこでおとうさんは、じぶんの心配しんぱいを、この役僧に話して、弟むすこはなにをやらせてもだめで、なんにもわからないし、なにひとつ、ならいおぼえることもできないといいました。

「まあ、あなた、考えてもみてください。わたしが、なにをやってくっていくつもりだとききますとね、どうでしょう、ぞっとすることをおぼえたいなんて、とんでもないことをぬかすんですよ。」

「それだけのことなら、わたしのところでおぼえられますよ。」

と、役僧やくそうはこたえていいました。

「まあ、そのむすこさんをわたしのところへよこしてごらんなさい。きっと、しこんであげますよ。」

 おとうさんは、あの小僧こぞうも、ちっとはしこんでもらえるかなと、考えましたので、すぐ役僧にたのむことにしました。

 こういうわけで、役僧はむすこをうちにつれていきました。むすこはそこでかねつきをすることになりました。

 それから二、三日たった、あるばんのことです。ま夜中よなかごろ、とつぜん役僧やくそうがむすこをおこしました。そして、すぐに寝床ねどこからおきて、とうにのぼって、かねをついてこい、といいつけました。

(ぞっとするっていうのがどんなことか、きっとおぼえさせてやる。)

 役僧はこう考えて、じぶんはむすこよりもひと足さきに、こっそりでかけました。

 むすこがとうにのぼって、くるりとむきなおって、いざかねのつなをにぎろうとしたときです。ふと見ますと、ひびきあなにむかいあった階段かいだんの上に、なにやら白いものが立っているではありませんか。

「そこにいるのはだれだ。」

と、むすこがさけびました。けれども、その白いものはうんともすんともいわず、身動みうごきひとつしません。

「へんじをしろ。」

と、むすこがまたもやどなりました。

「さもなきゃ、きえてうせろ。この夜中に、こんなところに用はないはずだ。」

 けれども役僧やくそうは、若者わかものにおばけだと思いこませようと思って、なおも身動きひとつせず、じっと立っていました。それを見て、若者はまたまたどなりました。

「きさま、ここでなにをしようってんだ。まともな人間なら、口をきけ。さもなきゃ、階段からつきおとすぞ。」

 しかし役僧やくそうは、なあに、口さきだけで、そんなことはできまい、と考えて、あいかわらずだまりこくったまま、まるで石ででもできているように、つっ立っていました。

 若者わかものはもういっぺんどなりつけました。しかし、それでもなんのききめもありません。そこで、こんどはいきおいよくおばけにおどりかかって、おばけを階段かいだんからつきおとしてしまいました。おばけは十段ばかりころがりおちて、すみっこにのびたまま、うごかなくなってしまいました。

 それから、若者はかねをついて、役僧のうちにかえりました。そして、なんにもいわずに、さっさと寝床ねどこにもぐりこんで、またねむってしまいました。

 役僧やくそうのおかみさんは、ご主人しゅじんのかえりを長いことっていましたが、いつまでたっても、ご主人はもどってきません。それで、とうとう心配しんぱいになって、若者をおこして、きいてみました。

「あんた、うちのひとがどこにいるか知らない? あんたよりもさきに、とうにのぼったんだけどね。」

「知りませんねえ。」

と、若者わかものはこたえました。

「だけど、あそこのひびきあなのむかいがわの階段かいだんの上に、だれだか立っていましたよ。おれがいくらよんでもへんじもしないし、おりていこうともしないから、おれはどろぼうかなんかだと思って、つきおとしてやりましたよ。まあ、いってごらんなさい。そうすりゃ、ぼうさんかどうかわかりますからね。もし坊さんだったとすりゃ、気のどくなことをしたなあ。」

 いわれて、おかみさんがとんでいってみますと、やっぱりご主人しゅじんです。役僧やくそうは、すみっこにへたばって、うんうんうなっていました。むりもありません。かたっぽうの足のほねがおれてしまったのですからね。

 おかみさんは役僧をかつぎおろしますと、すぐその足で、若者わかもののおとうさんのところへどなりこみました。

「おまえさんとこのむすこはね。」

と、おかみさんはわめきたてました。

「えらいことをしでかしてくれたよ。うちのひとを階段かいだんからつきおとしてさ、おかげでうちのひとは、かたっぽうの足をおっちまったんだよ。あんなろくでなしは、さっさとうちからつれてっとくれ。」

 おとうさんはびっくりぎょうてんして、すぐさまとんでいって、むすこをしかりとばしました。

「なんてえばちあたりのいたずらをするんだ。おまえは悪魔あくまにでもとっつかれたにちがいない。」

「おとうさん、まあ、きいとくれよ。」

と、むすこがいいました。

「おれはちっともわるかあないんだぜ。ぼうさんたら、まるでわるだくみでもするやつみたいに、ま夜中よなかにそんなところにつっ立ってたんだ。おりゃあ、だれだかわからねえから、三べんも注意ちゅういしてやって、口をきくなり、おりてくなりしろっていったんだもの。」

「ああ、おまえのおかげで、おれはとんでもないめにばかりあっている。おまえはどこかへいっちまってくれ。おまえの顔なんかもう二度と見たくない。」

と、おとうさんがいいました。

「いや、おとうさん、そいつはありがたいよ。だけど、のあけるまでっておくれ。夜があけたら、どこかへでかけていって、ぞっとするってやつをおぼえてくるよ。そうすりゃ、おれもそいつでめしをくってくことができるってもんだ。」

「なんでもおまえのすきなことをならうがいい。」

と、おとうさんはいいました。

「わしにとっちゃ、なんだっておんなじことだ。それ、この五十ターレルをおまえにやる。これをもって、ひろいのなかへでていくがいい。だが、まれ故郷こきょうやおやじの名まえを口にするんじゃないぞ。わしがはじをかくことになるからな。」

「わかったよ、おとうさん、だいじょうぶ、それくらいのことなら、よく気をつけてわすれねえようにするよ。」

 やがて、夜があけますと、若者わかものは五十ターレルをポケットにつっこんで、大通りにでていきました。そして、歩きながら、ひっきりなしに、

「ああ、ぞっとしたいもんだ。ぞっとしたいもんだ。」

と、ひとりごとをいっていました。

 そこへ、ひとりの男がやってきました。男は、若者わかものがひとりでしゃべっていることばを耳にしました。それから、こんどは、ふたりでしばらく歩いていきますと、むこうにくびつりだいが見えてきました。すると、男は若者にいいました。

「おまえさん、ほら、あそこに木があるだろう。あそこで、七人の男が(1)なわのむすめと結婚けっこんしたとこなんだ。やっこさんたち、いまはブランブランととぶけいこをしているのさ。おまえさん、あの下にすわって、夜までっていてみな。きっと、ぞっとするってことがおぼえられるだろうよ。」

「たったそれっくらいのことなら──」

と、若者わかものはこたえました。

「なんでもねえや。だが、ぞっとするってことが、そんなにあっさりとおぼえられるんなら、このおれのもってる五十ターレルはおまえさんにやるよ。まあ、あしたの朝、もういちどおれんとこへきな。」

 そこで若者は、首つり台のところへいき、その下にすわって、夜まで待っていました。からだはこごえそうに寒くてたまりません。そこで、若者はたき火をはじめました。けれども、ま夜中よなかごろには、風がばかにつめたくなってきて、いくら火をたいても、ちっともあたたかくなりませんでした。風にふかれて、首つり台にぶらさがっているがいが、たがいにぶっつかりあっては、ユラリユラリとゆれました。それを見て、若者は、

(おれなんか、このたき火のそばにいても寒いんだ。あんな高いところにいるやつらは、さぞ寒くて、がたがたふるえているだろうなあ。)

と、思いました。

 若者わかものは、もともと思いやりぶかいたちでしたので、さっそくはしごをかけて、のぼっていきました。そして、ひとりずつじゅんじゅんにつなをほどいて、七人の男をみんな下におろしてやりました。それから、火をかきたてては、プウプウふいて、からだがよくあたたまるように、みんなを火のまわりにすわらせてやりました。ところが、みんなはすわったきり、身動みうごきひとつしません。そのうちに、着物きものには火がついてしまいました。それを見て、若者は、

「気をつけろよ。でないと、もういちど上へぶらさげるぞ。」

と、いいました。

 ところが、死人しにんは耳がきこえません。うんともすんともいわず、ぼろ着物はもえほうだいです。若者わかものはぷんぷんはらをたてて、いいました。

「おまえたちがじぶんで気をつける気がないんなら、たすけてやることはできねえよ。おれは、おまえたちのおつきあいでぬのはごめんだぜ。」

 そこで若者は、死人どもを、またもとのようにじゅんじゅんにつるしあげました。それから、たき火のそばにすわって、ぐうぐうねこんでしまいました。

 あくる朝になりますと、きのうの男がやってきて、五十ターレルをもらうつもりで、こういいました。

「どうだい、ぞっとするってのは、どんなことだかわかったかい?」

「とんでもねえ。」

と、若者わかものはこたえていいました。

「いったい、どうしたらそいつがわかるんだろうなあ。あそこにぶらさがってるやつらは、口をききもしねえし、それに、とんでもねえあほうときてやがる。なんしろ、じぶんのきているぼろ着物きものがもえたって、そのままほっとくんだからなあ。」

 相手あいての男も、このようすでは、とてもきょうは五十ターレルをもらえそうもないとみてとって、そのままいってしまいました。けれども、

「あんなやつには、まだあったことがない。」

と、いいました。

 若者わかものもふたたび歩きだしましたが、またまた、

「ああ、なんとかしてぞっとしたいもんだなあ。ああ、ぞっとしたいもんだ。」

と、ひとりごとをいいはじめました。これを、若者のうしろから荷馬車にばしゃをひっぱってきた運送屋うんそうやが耳にはさみました。そして、

「おめえさんはだれだい。」

と、たずねました。

「知らねえよ。」

と、若者わかものはこたえました。

「おめえさん、生まれはどこだい。」

と、運送屋うんそうやがなおもたずねました。

「知らねえよ。」

「おやじさんは、なんてんだ。」

「そいつあいえねえよ。」

「おめえさん、なにをしょっちゅうぶつぶついってんだ。」

「うん、そいつなんだ。」

と、若者わかものはこたえていいました。

「おれは、ぞっとするってことをおぼえてみてえんだが、だれもおしえてくれねえんだ。」

「ばかなことをぬかすなよ。」

と、運送屋うんそうやがいいました。

「さあ、おれといっしょにきな。どっか、いいとこへ世話せわしてやるぜ。」

 そこで、若者は運送屋といっしょに歩いていきました。日がくれてから、ふたりはとある宿屋やどやにつきました。ふたりはここにとまることにしました。若者は、へやへはいろうとして、またもや大声で、

「ああ、ぞっとしたいもんだ。ぞっとしたいもんだ。」

と、いいました。

 宿屋やどや主人しゅじんはそれをきいて、わらいながらいいました。

「そんなことがおのぞみなら、ここにゃおあつらえむきのことがありますよ。」

「まあ、だまっといでよ。」

と、そばから宿屋のおかみさんが口をだしました。

「いままでだって、ものずきな人たちがずいぶんおおぜい、いのちをうしなってしまったんじゃないか。こんなきれいな目が、二度と日のめをおがめないようにでもなったら、それこそかわいそうだよ。」

 ところが、若者わかものはいいました。

「どんなにむずかしいことでも、おれはおぼえてみたいんだ。そのために、こうしてたびにでかけてきたんだから。」

 若者はなおも主人に、話してくれとせがみました。それで、とうとう主人は、ここからあまり遠くないところに魔法まほうにかけられているおしろがあって、そこで三日三晩みっかみばんずのばんをすれば、ぞっとするというのがどんなことだかわかるでしょう、といいました。そして、さらに話をつづけて、寝ずの番をするだけの勇気ゆうきのあるものには、王さまがごじぶんのおひめさまをおよめにくださるというのです。ところが、そのお姫さまというのが、おてんとさまのてらすこの世界せかいで、いちばん美しいかたなのです。それから、おしろのなかにはたくさんのたからものもあって、それを悪魔あくまどもが番をしています。けれども、うまくずのばんをやりとおせば、そのたからものも手にはいって、貧乏人びんぼうにんでもたちまち大金持おおがねもちになれるのです。いままでにもずいぶんおおぜいの人たちがおしろにはいっていきましたが、まだひとりとしてかえってきたものはありません、と話してきかせました。

 若者わかものは、あくる朝、さっそく王さまのまえにいって、

「もしおゆるしくださいますなら、わたくしはその魔法まほうのかけられているお城で、三日三晩みっかみばんずのばんをいたしとうございます。」

と、もうしました。

 王さまは若者をじっと見つめていましたが、若者が気にいりましたので、こういいました。

「おまえは、なんなりと三つのものをねがいでるがよい。それらのものをしろのなかにもちこむことをゆるす。だが、生きものであってはならぬぞ。」

 いわれて、若者わかものはこたえました。

「それでは、火と、旋盤せんばんと、それから小刀こがたなのついた細工台さいくだいをおねがいいたします。」

 王さまは、昼まのうちに、それらのものをのこらずお城のなかにはこびこませておきました。さて、日のくれかかったころ、若者はお城にでかけていきました。そして、なかのひとにはいりこんで、火をかんかんおこし、小刀こがたなのついた細工台さいくだいをそばにおいて、じぶんは旋盤せんばんの上にこしをおろしました。

「ああ、ぞっとしたいもんだなあ。だが、ここでもやっぱりだめだろう。」

と、若者わかものはいいました。

 ま夜中よなかごろ、若者はもういちど火をかきたてようと思いました。そして、火をプウプウふいていますと、だしぬけにすみっこのほうから、

「ウウ、ニャオ。おれたちゃ寒くてたまらん。」

と、さけんだものがありました。

「ばかだな、おまえたちは。」

と、若者がどなりました。

「なにをいってんだ。寒かったら、ここへでてきて、火にあたって、あったまったらいいじゃねえか。」

 若者わかものがこういいおわったとたん、大きな黒ネコが、ものすごいいきおいで、とびだしてきました。そして、若者の両わきにすわったかと思うと、火のような目玉をぎらぎらさせて、若者の顔をぎゅっとにらみつけました。

 しばらくして、からだがあたたまってきますと、そのネコどもが、

「おい、きょうだい、トランプをやらないか。」

と、さそいかけました。

「やらなくってどうする。」

と、若者わかものがこたえました。

「しかし、そのまえに、ちょいとおまえの足を見せてくれよ。」

 こういわれて、ネコどもは足のつめをのばして見せました。

「いよう、なんて長いつめをしているんだ。ちょいとちなよ。まず、こいつを切ってからにしなくっちゃ。」

 若者はこういいながら、ネコのくびったまをつかんで、細工台さいくだいの上にのせると、四つ足をぐっとねじでしめつけてしまいました。

「おまえらの指を見たら、トランプをする気がなくなった。」

 若者はこういうがはやいか、ネコどもをたたきころして、おもての水のなかへほうりこんでしまいました。

 こうして、若者わかものが二ひきのネコをかたづけて、ふたたびたき火のそばにもどって、すわろうとしたときです。とつぜん、あっちのすみからも、こっちのすみからも、もえる火のくさりにつながれた黒ネコや黒犬が、とびだしてきました。しかも、その数はあとからあとからふえるばかりです。とうとうしまいには、若者が身動みうごきひとつすることができないほどになってしまいました。そして、そいつらはにもおそろしいうなり声をあげて、若者のたき火をふみつけ、ふみにじって、その火をけそうとするのです。

 そのようすを若者はしばらくのあいだじっとながめていましたが、あんまりはらがたちましたので、いきなり細工刀さいくがたなを手にとって、

「とっととうせやがれ、こんちくしょうめら。」

と、さけびながら、そいつらめがけて切ってかかりました。なかにはにげてしまったのもありましたが、のこったやつらはうちころして、おもての池のなかにほうりこみました。

 それから、若者わかものはたき火のそばにもどってくると、かすかにのこっている火種ひだねから火をふきおこして、あたたまりました。こうして、すわっているうちに、たまらないほどねむくなってきて、もうどうにも目をあいていることができなくなりました。そこで、あたりを見まわしますと、かたすみに大きなベッドがありました。

「こいつはちょうどいいや。」

 若者はこういいながら、そのベッドのなかにもぐりこみました。ところが、目をつぶろうとしたとたん、ベッドがひとりでにうごきだして、おしろじゅうをぐるぐるまわりはじめました。

「うまいぞ、うまいぞ、もっと走れ、もっと走れ。」

と、若者わかものがいいました。

 するとベッドは、まるで六とうの馬にでもひかれているように、敷居しきいをこえ、階段かいだんをのぼったりおりたりして、ごろごろとうごきつづけました。そのうちとつぜん、ベッドがくるっとひっくりかえったかと思うと、いきなり若者の上に山のようにのしかかってきました。けれども、若者もまけてはいません、ふとんやまくらをはねとばして、その下からぬけだしました。そうして、

「もう、だれがのるもんか。」

と、いいすてて、こんどはたき火のそばにねころぶと、のあけるまでねむりこんでしまいました。

 あくる朝、王さまがやってきました。王さまは、若者わかものゆかの上にねているのを見ますと、おばけのためにころされてしまったのだろうと思いました。それで、王さまは、

「りっぱな男なのに、おしいことをしたものだ。」

と、いいました。

 若者はこれをききますと、むっくりおきあがって、

「まだやられちゃおりませんよ。」

と、もうしました。

 王さまはびっくりしましたが、でも心のそこからよろこんで、いったいどんなめにあったのだ、とたずねました。

「うまくいきましたよ。」

と、若者わかものはこたえていいました。

「これで、まずひとばんはすんだわけですが、あとのふた晩もなんとかなるでしょう。」

 若者が宿屋やどや主人しゅじんのところへかえってきますと、主人もびっくりして目をまんまるくしました。

「わたしゃ、あんたの生きた顔を二度と見ようとは思いませんでした。」

と、主人しゅじんはいいました。

「どうです、ぞっとするってことが、どんなことだかわかりましたかね。」

「だめさ。なにもかもむだだ。ああ、だれかおしえてくれる人はないかなあ。」

 二日めのばんも、若者わかものはその古いおしろにでかけていきました。そして、たき火のそばにすわって、またいつものように、

「ああ、ぞっとしたいもんだ。」

と、口ぐせになっていることばをいいはじめました。

 ま夜中よなかちかくになりますと、ガタガタ、ドンドンというもの音がしだしました。さいしょのうちはおだやかでしたが、それがだんだんはげしくなるのです。そのうちに、ちょっとしずかになりましたが、さいごにはものすごいさけび声とともに、人間のからだが半分はんぶん、えんとつをつきぬけて、若者の目のまえにおちてきました。

「おい。」

と、若者がどなりました。

「もう半分いるぞ。これじゃたりないじゃないか。」

 すると、またもやあたりがさわがしくなって、ドタバタ、ギャアギャアやったあげく、あとの半分もおちてきました。

「ちょっとってろよ、もうすこし火をおこしてやるからな。」

と、若者わかものがいいました。

 若者が火をふきおこして、ふりかえってみますと、どうでしょう。さっきの半分はんぶんずつのからだが、いつのまにかつながって、おそろしい男が若者のせきにがんばっているではありませんか。

「おい、じょうだんはよせ。そのこしかけはおれのだぞ。」

と、若者はいいました。

 すると、その男は若者をつきのけようとしましたが、若者もだまってはいません。しゃにむにその男をおしのけて、またもとの席にすわりました。と、こんどは、あとからあとから、たくさんの人間がおちてきました。そいつらは死人しにんほねを九つと、されこうべをふたつもってきて、かねをかけて、九柱戯きゅうちゅうぎ(ボーリングににたあそび)をはじめました。若者もやってみたくなって、

「どうだね、おれもいれてくれないかい。」

と、たずねました。

「いいとも、金があるんならな。」

「金ならうんともってるぜ。だが、そのたまはまんまるくないな。」

と、若者はこたえました。

 そうして、若者はされこうべをとって、旋盤せんばんにかけ、まるくけずりました。

「さあ、こんどは、ずっとよくころがるぜ。そうれ、うまくいく。」

と、若者はいいました。

 それから、若者わかものはその男たちといっしょに九柱戯きゅうちゅうぎをやって、かねをすこしそんしました。ところが、十二時のかねがなったとたん、なにもかもが目のまえからきえてなくなってしまいました。そこで若者は、ねころんで、ぐっすりとねむりました。

 あくる朝、王さまがやってきて、ようすをきこうとしました。

「こんどは、どんなぐあいだったな。」

と、王さまがたずねました。

九柱戯きゅうちゅうぎをやって、銅貨どうかを二つ三つそんしました。」

と、若者わかものはこたえました。

「では、ぞっとしなかったのかね。」

「とんでもない、すっかりゆかいにあそんでしまいましたよ。ぞっとするってのが、どんなことだか知りたいんですがねえ。」

と、若者がいいました。

 三日めのばんも、若者はまた旋盤せんばんにこしかけて、いかにもはらだたしそうに、

「ああ、なんとかしてぞっとしてみたいもんだ。」

と、いいました。

 がふけたころ、六人の大男がかんおけをひとつかつぎこんできました。すると、若者は、

「ははあ、これは、きっと二、三日まえにんだおれのいとこだな。」

と、いいながら、指であいずして、よびかけました。

「おい、こっちへこいよ、こっちへこいよ。」

 大男たちはかんゆかにおろしました。若者わかものはそのそばへいって、ふたをとってみました。すると、なかにはひとりの死人しにんがねていました。顔にさわってみますと、まるでこおりのようにつめたいのです。

ってなよ、いまちょっとあっためてやるぜ。」

 若者わかものはこういうと、火のそばへいって、じぶんの手をあたためてから、その手を死人の顔の上にのせてやりました。けれども、死人はあいかわらずつめたくて、ちっともあたたかくはなりません。そこで、若者は死人をかんからだして、火のそばへつれていきました。そして、じぶんがそこにすわって、そのひざに死人をのせました。そうして、がめぐりだすように、死人の両腕りょううでをこすってやりました。しかし、それでも、なんのききめもなさそうです。そのとき、ふと、

「ふたりでいっしょに寝床ねどこにねれば、おたがいにあったまるもんだ。」

と、思いつきましたので、死人をベッドのなかにねかして、ふとんをかけてやりました。それから、じぶんもいっしょにならんでベッドのなかにはいりました。

 しばらくすると、死人もあたたまってきて、うごきだしました。

「そうれ、みろよ、あっためてやってよかったろう。」

と、若者はいいました。

 ところが、その死人しにんがむっくりとおきあがって、

「やい、こんどは、きさまをしめころしてやるぞ。」

と、どなりました。

「なにっ、それがおまえのおんがえしか。さっさとかんおけのなかにもどりゃあがれ。」

 若者わかものはこういうといっしょに、死人をもちあげて、棺のなかにほうりこみ、ふたをしてしまいました。すると、さっきの六人の男がでてきて、またその棺をどこかへはこんでいきました。

「ぞっとしそうもないなあ。」

と、若者はいいました。

「ここにいたんじゃ、一生いっしょうかかったって、おぼえられやしない。」

 そのとき、またひとりの男がはいってきました。その男はほかのだれよりも大きくて、みるからにおそろしい顔つきをしています。もう年をとっていて、白い長いひげをはやしています。

「おい、小僧こぞう、ぞっとするってのがどんなことか、いますぐおれがおしえてやる。きさまのいのちはもらったからな。」

と、その男が大声にいいました。

「そうあっさりとやられてたまるか。おれだってだまっちゃいねえぞ。」

と、若者がいいました。

「よし、ふんづかまえてくれるぞ。」

と、その怪物かいぶつがいいました。

「おっと、あわてなさんな。そんな大きな口をきくんじゃねえよ。おれにだって、おまえぐらいの力はあるんだぜ。いや、もっと強いかもしれねえ。」

「そのお手なみを見せてもらいたいもんだ。」

と、じいさんがいいました。

「もし、きさまがわしよりも強かったら、きさまをゆるしてやる。さあ、こっちへこい、力くらべだ。」

 じいさんはくらい廊下ろうかをいくつもとおって、かじの火のそばへ若者わかものをつれていきました。そして、そこにあったおのをにぎって、たったひとちでかなしき地面じめんのなかにめりこませてしまいました。

「そんなことなら、おれのほうがもっとうめえ。」

 若者はこういって、べつのかなしきのところへいきました。じいさんは見物けんぶつするつもりで、若者のそばにならんで立っていました。白いひげは長くたれていました。そのとき、若者はおのをにぎって、ただひと打ちにかなしきをうちわり、じいさんのひげもそのわれめにいっしょにはさみこんでしまいました。

「さあ、どうだ、ぬのはおまえだぞ。」

と、若者はいいました。

 それから、若者わかものてつぼうをつかんで、めちゃめちゃにじいさんをうちのめしました。さすがのじいさんも、とうとうきだして、どうかうつのはもうやめてください、そのかわりおかねをたくさんさしあげますから、としきりにたのみました。そこで若者はおのをひきぬいて、じいさんをはなしてやりました、すると、じいさんは若者をつれて、またもとのおしろにもどり、地下室ちかしつにはいって、金貨きんかのぎっしりつまった三つのはこを見せました。そして、

「このうちのひとつは貧乏人びんぼうにんに、もうひとつは王さまにあげますが、あとのひとつはあなたのものです。」

と、いいました。

 そうこうしているうちに、十二時のかねがなりました。と、そのとたんに、ばけもののすがたがきえうせてしまい、若者わかものはまっくらやみのなかに、ただひとりとりのこされました。

「なんとかぬけだせそうだぞ。」

 若者はこういって、手さぐりしはじめました。そのうちに、ようやく道を見つけだしました。それから、もとのへやにもどって、またたき火のそばでねむりこんでしまいました。

 つぎの朝になりますと、王さまがやってきて、

「ぞっとするというのがどんなことか、こんどはおぼえたろうな。」

と、いいました。

「いいえ、とんでもございません。」

と、若者わかものはこたえていいました。

んだわたしのいとこがまいりました。それから、長いひげをはやした男もまいりました。そいつは、地下室ちかしつでたくさんのかねを見せてくれました。でも、ぞっとするというのがどんなことかは、だれもおしえてはくれませんでした。」

 それをきいて、王さまはいいました。

「おまえはこのしろ魔法まほうをといてくれた。わしのむすめを、つまとしておまえにやるとしよう。」

「それはまことにありがたいことですが。」

と、若者わかものはこたえました。

「しかし、ぞっとするというのがどんなことか、わたしにはいまもってわかりません。」

 こうして、金貨きんか地下室ちかしつからはこびだされて、ご婚礼こんれいの式があげられました。

 わかい王さまは、おきさきさまをたいそうかわいがり、心から満足まんぞくしていました。けれども、あいもかわらず、

「ああ、ぞっとしたいものだ。ぞっとしたいものだ。」

と、口ぐせのようにいっていました。しまいには、お妃さまは、これをきくのが、いやでいやでたまらなくなりました。

 ところが、お妃づきの侍女じじょが、

「いいことがございます。あたくしが、ぞっとするということを、王さまにおしえてさしあげましょう。」

と、もうしました。

 侍女じじょは、おしろにわをながれている小川のところへでていきました。そして、おけにドジョウをいっぱいとってこさせました。夜になって、わかい王さまがねむっていますと、おきさきさまは侍女にいわれたとおり、王さまのかけぶとんをそっとはいで、ドジョウのはいっているおけいっぱいのつめたい水を、王さまの頭からザアッとかけました。とたんに、たくさんのドジョウが王さまのからだのまわりをピチャピチャはねまわりました。すると、王さまは目をさまして、さけびました。

「うわあ、ぞっとするわい。ぞっとするわい。これではじめてわかったよ、ぞっとするということが。」


(1)なわのむすめと結婚けっこんしたというのは、くびつりのばつをうけたことです。

底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年649

※表題は底本では、「こわいことを知りたくて
      たびにでかけた男の話」となっています。

入力:sogo

校正:チエコ

2019年1124日作成

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