冠松次郎氏におくる詩
室生犀星
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劔岳、冠松、ウジ長、熊のアシアト、雪渓、前劔
粉ダイヤと星、凍つた藍の山々、冠松、ヤホー、ヤホー、
廊下を下がる蜘蛛と人間、
冠松は廊下のヒダで自分のシワを作つた。
冠松の皮膚、皮膚に沁みる絶壁のシワ、
冠松の手、手は巌を引ッ掻く。
冠松は考へてゐる電車の中、
黒部峡谷の廊下の壁、
廊下は冠松の耳モトで言ふのだ、
松よ 冠松よ、
冠松は行く、
黒部の上廊下、下廊下、奥廊下、
鐵でつくったカンヂキをはいて、
鐵できたへた友情をかついで、
劔岳、立山、双六谷、黒部、
あんな大きい奴を友だちにしてゐる冠松、
あんな大きい奴がよつてたかつて言ふのだ、
冠松くらゐおれを知つてゐる男はないといふのだ
あんな巨大な奴の懐中で、
粉ダイヤの星の下で、
冠松は鼾をかいて野営するのだ。
底本:「紀行とエッセーで読む 作家の山旅」ヤマケイ文庫、山と溪谷社
2017(平成29)年3月1日初版第1刷発行
底本の親本:「読売新聞」
1930(昭和5)年8月17日
初出:「読売新聞」
1930(昭和5)年8月17日
入力:富田晶子
校正:雪森
2020年1月24日作成
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