八月三日の夢
中谷宇吉郎



 この頃反故を整理していたら、報告の下書の束が出て来た。終戦直後に、研究室の机の上にあったそういう種類の紙類を、一括して戸棚の奥に放り込んでおいたものである。

 戦争中は、一日一日を追いかけられるような気持で、いろいろな問題を乱雑にやり散らして来た。今少し落着いた気持で、その頃書いた報告の草稿を出してみると、悪夢にうなされていたような当時の切羽つまった気持が、草稿の字の崩れや文章の末々の乱れなどに見られて、今さらのように感慨深いものがあった。

 埃を払いながら、うず堆く積み上げられたそれ等の草稿を片付けているうちに、珍しいものが出て来た。それはフルスカップの余白に「八月三日朝の夢」と記した走り書である。なるほど確かにそういう夢を見たことがあった。僅か六カ月前のことであるが、何だか遠い昔の夢のような気がする。輪郭がすっかり薄れて、色あせた絵のような姿として思い出されるのも、あわただしかったこの半年の国の動きのせいであろう。


オランダの旧い大学

日本ではあまり知らない

磁場の変化で光を出す

生体磁気発光現象

薄暗い階段教室


 という書き出しで、細々こまごまと夢の筋が書いてある。今思い出しても、近年にない珍しい夢で、しかも相当長い筋の込んだ夢であった。

 八月三日といえば、アメリカ側では、サイパンで人類最初の原子爆弾の試用準備に熱中していた時であろう。北海道にも、頻々たる空襲があって、私は大半研究室のベッドの上で、北国の短い夜を過していた頃のことである。


 薄暗い階段教室で、大勢の学生が講義をきいている。教授プロフェッサーか学生か、誰かわからないが、針金の先に太いところがありその端が尖っている、それをくるくる廻している。一廻りする間に、二回ずつそれが光る。暗い教室の中で、それがピカリピカリと光るのが印象的である。なるほど南北を向くたびに、地球磁気を感ずるのだなと、一人で合点する。

 次ぎ次ぎとそれを手渡して来る。学生は皆若い青年の顔で、どれも外国人である。少し旧い型で、中世向きの顔である。大写しの横顔が、レンブラントの絵のように、暗い中に鼻筋の通ったプロフィルだけが、薄明るく浮き上がっている。同じような顔が二つ重なっている。

 教授の姿は見えない。しかし大きい黒板があって、数式が小さい字でいっぱい書いてある。黒板は綺麗に拭われて、真黒である。その上にチョークで書いた字が真白にいっぱいつまっている。それを消して、新しく数式を全部「いろは」でやる。

 直角三角形の各辺を「を」「え」「と」と決めて、一辺の二乗を他の辺の二乗の和に等しいと置く。黒板の上に


ええ おお にに はは とと ……

おお ええ はは ……


というような式が書かれる。それを全部消すと、アーク燈で照らして磁場の変化にあてると、光を出すという結果になる。

 これが磁場の変化で光を出すという動物磁気による発光の理論的証明である。初めはどの光で照らしていいかわからない。アーク燈という名前は知らない。特殊の未知の放射線で照らすとしておく。そして数式の計算をすると「アーク」という字が残る。

 大変美事な証明であるが、そんなことがあるはずがない。「アークという言葉が初めから何処かに入っていたのでしょう。それだけでは、三角形がアークという言葉を知っていたことになりましょう」と質問する。「なるほどね」と教授が言う。ガウンを着ている。真白な髪がくしゃくしゃに伸びた教授である。「意地の悪い質問をした」と後悔する。そんな質問は頭のよいところを一寸見せようとするだけで、下等なことなんだ。

 随分広い講堂である。奥は薄暗くて、円天井に太い梁が入っている。その梁が白く目立っている。なるほどあれが南北に通っているのだなと思う。椅子がいっぱい並んでいて、学生がぎっしりつまっている。真中に広い通路が一本だけまっすぐに通っている。白い太いゴシック風な柱が沢山並んでいて、通路がその中を抜けてずっと奥まで続いている。女学生が何人か一列に並んで、その通路を静かにゆっくりゆっくり進んで行く。先頭の女学生が、試験管にその薬を入れたものを捧げ持っている。

 白髪の教授が太い柱の向うにいて、説明をしているが、よく聞きとれない。女学生は皆真白いドレスを着ている。その白衣のスカートを床の上に長くひきながら、試験管をもって一列に並んで、しずしずと歩いて行く。ひどくゆっくりした音楽のステップである。

 梁の下に近づくと、試験管の中が紫色に光り出す。梁の中には鉄骨がはいっている。そこで磁場が強くなっているはずである。なるほどそうか、巧い指示実験デモンストレーションだ。しかしどうも話が巧すぎる。夢かもしれない。夢は色が無いはずだが、確かにあの光は紫色に光っているから、夢ではないのだろう。試験管を大写しにしてよく見ると、ゼラチンのようなものがはいっていて、その中に網目のように光るところがある。その光の筋がだんだん拡がって、濃くなって行く。そしてゼラチン全体が紫色に光る。試験管を持った女学生が、しずかに梁の下を通り抜けて行くと、光がだんだん薄くなって行く。そしてふっと消えると、講堂の中は真暗になる。

 こういう全く新しい現象が、今まで知られていなかったというのが、不思議である。比較的簡単な実験で、こんなにはっきりしたことがわかるじゃないか。もっとも猫の生体の特殊作用だから、今まで誰も気がつかなかったのだ。生体を使う実験を、もっと沢山やらないといけない。生体の動物磁気というのは、全く新しい分野だ。日本へ帰ったら、この方面を一つ大いに開拓してみよう。

 猫を抱いて頬ずりをしながら、寄宿舎の石の階段を昇って行く。柔らかい細い毛で、可愛いい猫だ。頬にふれる猫の毛が銀狐か何かの毛のように柔らかである。こういう黄色なペルシャ猫でないといけないとしたら、日本では少し無理かもしれない。とにかく自分の部屋へ帰ってよく考えよう。猫の生体を直接使わないで、感光液を抽出して実験することが出来れば、きっと面白いだろう。極微量にきまっているから、とてもむつかしいにちがいない。高峰先生がアドレナリンを取り出したことを思えばそれくらいは何でも無い。アメリカで一人でやった仕事だもの、日本でやれば便利だから、それに人手もあるし、大丈夫だろう。

 日本では、みんな英独の学問しかやらないから、こんな変った現象のあることを誰も知らないのだ。外国だってこういう中世風な学問はやはり注意をあまり惹かないのだろう。此処のユトレヒトの大学のことなどは誰もあまり知らないようだ。


 今から考えてみても、随分妙な夢を見たものである。夢の中で無闇と自分で意見を出して一人で合点しているところなど、一寸滑稽である。柄になく絵画的な場面も二、三あるが、変に理窟っぽい本性をあっさりさらけ出している点、夢は争えないものである。

 眼をさましてみたら、もう外は大分明るくなっていた。北海道の夏は夜の明け方が早い。東の空はもう三時頃から光を帯びてくる。東と南のあいているこの研究室には、もういっぱいに薄水色の光がはいっていた。窓をあけると、綺麗な朝の空気が流れ込んで来る。広い校庭のかなたにある林の蔭には、まだ夜の名残りの藍色が残っているが、澄んだ空は一面に薄青磁色に晴れ上がっている。北国の夏の夜明けは静かである。人のいない研究所は透明な空気の中に沈んでいる。音も無く、動きも無い、この夏の夜明けの一時は、すべての物が水底に沈んだように、薄水色の光を帯びている。

 机に向うと、書きかけのフルスカップにもその光がある。六月以来、北海道にも頻々と空襲があって、今日なども、もう二時間もすると、また第一回の警戒警報が鳴ることであろう。冬はニセコ、夏は苫小牧と、野外の仕事に追われていると、札幌の研究室での比較的静かな生活は、自分にとっては大切な時である。春以来事情の許す限り、この研究室で泊ることにしていたので、大分こういう生活にも馴れた。しかし今朝のような妙な夢を見たのは、初めてである。もう足かけ二年つづいている戦時研究の連続した緊張に、自分の頭も大分疲れたのであろう。

 フルスカップの余白に細々と書き込まれた夢の抜書を読みながら、当時の切迫した気持を思い返してみると、それも夏の夜の夢であったような気がする。マッカーサー司令部への報告を書くために、調べ直している当時の実験報告の片隅に、この夢の覚書があったことも、やがては一場の夢として思い返される日もあるであろう。

 それにしても、どうしてこういう妙な夢を見たものか、今になって落着いて考えてみても、心当りがないのが不思議である。動物磁気発光というような現象は、勿論全然無い。自分としては考えてみたことも無かったことが、夢の中にありありと出て来たのである。全く荒唐無稽こうとうむけいなことならば、この夢はかなり上等な夢であるかもしれない。しかし生体に何か特殊の物質があって、それが磁場で発光するという現象がもしあったとしたら、その後の筋書はいやに理窟に合っているのである。どうも夢までこう理窟に合うようでは、いくら勉強しても大した物理学者にはなれそうもない。

 この夢の中で、一寸面白いのは、三角形の計算を文字でやるところである。もっともピタゴラスの定理が出て来るあたりは、中学程度の幾何の頭ということを暴露しているわけであるが、計算によってアーク燈という発見をするのは、かなり皮肉なことなのである。

 いわゆる高等数学の難計算を長々とやることを、大研究と思う傾向が、わが国ではかなり濃厚である。原子爆弾の原理であるところの、物質と勢力エネルギーとの間の変換などについても、はっきりした概念を書いたものは、あまり無いようである。mグラムの物質が宇宙から消えると、mc2エルグの勢力が現出するというのが、その原理である。cが三百億という膨大な数字でその二乗がかかっているために、ウラニウムの分裂の際に、極く少量の物質が消えても、途方もない量の勢力エネルギーが現出するのである。

 このmグラムの物質とmc2エルグの勢力との変換は、普通は相対性理論を展開する時の計算の結果として得られたものと思われている。むつかしい理論の計算をすると、mとmc2とが対応するという結果が出て来るのである。しかしよく考えてみると、物質は飽くまで物であるが、勢力は力であって物では無い。物と物でないものとが等しいということが、若し理論的計算から出たのならば、数字と数学の記号とが、自然の内奥に秘められた事実を知っていたことになる。人間の作った記号が、人間の知らないことを知っているはずが無い。

 数学は人間の作ったものであるから、それから出て来る結果は、人間の知っていることだけである。初めに仮定または公理として入れたものが数学の計算によって、誰にもわかり易い形となって出て来るのである。時には全く人間の知らない新しい現象が、理論的計算によって得られることもある。しかしそれは、全人類が気の付かなかったことが出て来たので、全然知らないことが出て来たのでは無い。そしてそのことが数学の価値の偉大さを示すことなのである。

 物質と勢力との変換というような、宗教の世界の概念が、数式から出て来るはずはない。調べてみると、やはりこの考えは初めに仮定として導入してあるのである。それはローレンツの電子論という、今ではもう古典的と思われている理論のところで、既にはいっている。それは電磁場という勢力の場が物質と同じく運動量をもっているという仮定の形ではいっているので、こういう種が無くては、木の生えようが無い。恐ろしいことは、こういう仮定が現実化して来ることで、これが現代の科学の一番強いところなのである。

 何かの因縁かもしれないが、丁度原子爆弾の出現の直前に、こういう話を学生の人たちにしたことがある。それが多分夢の中での意地悪い質問となって出て来たのであろう。三角形がアークという言葉を知っていたというふうな論文が、わが国と限らず、欧米の物理の論文の中にも時々はあるようである。そしてそういう論文をひどく勿体ぶって講義するようなことも皆無ではない。

 三角形の計算を「いろは」でやるというところなどは、一寸変った夢らしくもみえるが、こういうふうに分析してみると、やはり平凡な一科学者の理窟っぽい夢に過ぎないようである。同じく北国の夏の夜明けの夢をみるのならば、もう少し縹渺ひょうびょうとした夢か、桁のはずれた夢を見たいものであるが、もって生れた本性は致し方ないようである。

「蛸壺やはかなき夢を夏の月」という芭蕉の句は、私の一番好きな句の一つである。芭蕉は恐らく、縹渺とした夢を見ることのできた人であろう。芭蕉の夢の中では、すべての物が皆薄青色の淡い光を放っていたにちがいない。螢光燈の光のように、輪郭がほのかにぼかされて、時々あるか無きかの程度に、その光が増減していたことであろう。螢光燈のまたたきのような美しい幻をみることは、自分などには到底許されないことである。

 同じく天才といっても、ドストエフスキーの夢には、物恐ろしいところがある。何で読んだか忘れたが、ドストエフスキーは、或る時広い野原をテーブルが長靴をはいて歩いて行く夢をみたそうである。奇怪の話や化物の話は随分ききもし、読んだことも沢山あるが、この夢のような恐ろしい場面は、まだ知らない。それは多分シベリアの荒野であろう。雪の時期ではないように自分には思われる。それは痩せた土地である。背の低い草が一面に生えていて、一望千里の平らな原野げんやである。光は弱く、空も草原も鼠色の一色に塗り潰された世界である。その中を、四角な卓が、四脚にぶかぶかの長靴をはいて、代り代りに四つの脚をもち上げて、コトリコトリと歩いて行くのである。

 こういう桁のはずれた物凄じい夢をみることの出来る人は、極めて数が少ないであろう。考えてみれば、蛸壺の句にあるような先験的トランセンデンタールの光芒を帯びた夢や、卓が一人で歩いて行くような恐ろしい夢は見ない方が仕合わせなのかもしれない。そういう夢をみた人は、随分淋しかったことであろう。一寸聞くと物珍しいようであるが、少し分析をすれば大部分説明のつくような理窟っぽい夢を時たまみるくらいで、あとは十年一日のような講義でもしながら、安穏に暮して行く程度が一番仕合わせなことなのであろう。

(昭和二十一年二月)

底本:「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」朝日新聞社

   1966(昭和41)年820日第1刷発行

   1966(昭和41)年930日第2刷発行

底本の親本:「春艸雑記」生活社

   1947(昭和22)年130

入力:砂場清隆

校正:岡村和彦

2019年730日作成

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