「ニールスのふしぎな旅 下」まえがき
矢崎源九郎



「ニールスのふしぎなたび」の上巻じょうかんを、お読みにならなかったかたのために、作者のラーゲルレーヴさんのことと、このお話に出てくる人や鳥たちのことを、かんたんに説明しておきましょう。

 セルマ・ラーゲルレーヴさんは、一八五八年、スウェーデンのヴェルムランドという地方にまれました。足がすこし不自由だったせいもあって、小さいときから本を読むことが大すきでした。二十三さいのころ女子高等師範学校じょしこうとうしはんがっこうにはいり、そこを卒業してからは、しばらく女学校の先生をしていました。そのころ、故郷こきょう伝説でんせつをもとにして「イェスタ・ベルリング物語」という作品を書き、これによってラーゲルレーヴさんは一躍いちやく有名になりました。

 一九〇二年には、スウェーデンの教育会から、子どもに読ませるための本をたのまれました。そこで、ラーゲルレーヴさんは、三年のあいだ鳥やケモノの生活をくわしくしらべました。こうして苦心したあげく、ようやく書きあげたのが、この「ニールスのふしぎな旅」です。

 ラーゲルレーヴさんは、このほかにも、たくさんの作品を発表しています。こうした文学上の活躍かつやくみとめられて、一九〇九年には女の人としてはじめての名誉めいよであるノーベル文学賞を受けました。

 そのうちに第二次大戦がはじまり、ラーゲルレーヴさんは、この戦争せんそうがだんだん大きくなっていくのを心配しながら、一九四〇年にいきをひきとりました。

 さて、この「ニールスのふしぎな旅」は、ニールス・ホルゲルッソンというお百姓ひゃくしょうの男の子のお話です。いたずら小僧こぞうのニールスは、おとうさんやおかあさんの留守るすのまに、小人こびとをからかったため、小人の姿すがたに変えられてしまいました。ちょうどその時、ニールスの家の上を通りかかったガンのむれが、ニールスの家の白ガチョウを空の旅にさそおうとしたので、ニールスはあわててめようとして、かえって、じぶんもガチョウのせなかにのったまま、空の旅に出ることになってしまいました。

 それから、小さいニールスは、家も食べ物も何もない、野のき物たちと生活をともにして、小さな生き物たちのくるしみやかなしみをつぶさに知ります。また、この旅のあいだに、スウェーデン各地の伝説でんせつや、おもしろい風俗ふうぞくや、ためになることをたくさんまなびます。

 今まで生き物さえ見れば、いじめたり、からかったりばかりしていたニールスのことを、野の鳥やケモノたちのほうでも、よく思っていませんでした。けれども、ニールスが、リスの親子のいのちを助けたり、キツネのズルスケからガンのむれを守ってやったおかげで、だんだんにガンの仲間なかまや、いろいろなケモノたちと仲よしになることができました。

 わるもののキツネのズルスケは、下巻げかんのほうのお話にも出てきています。なんとかしてガンのむれをいちらし、ニールスをころしてしまおうと、つけねらっているのです。

 ガンのむれの隊長たいちょうアッカは、年をとった、ちえのあるりっぱな女のガンです。はじめは人間の子のニールスをきらっていましたが、のちにはニールスのちえ親切しんせつに感心して、「オヤユビ太郎」とか「オヤユビくん」と呼んで大事だいじにしています。

 このお話の中で、もうひとり大事な役をしているのは、ニールスの家にわれていた白いガチョウのモルテンです。モルテンは、ガンのむれにさそわれて、空の旅に出ましたが、人に飼われていた鳥なので、いろいろと苦労をかさねます。空の旅のあいだじゅう、ニールスをせなかにのせてんでいくのがこの鳥です。

 これで、上巻に出てきたおもな人や鳥たちのことはおわかりになったと思います。では、ニールスやガンのむれといっしょに、スウェーデンの空の旅の後半こうはんを、おつづけください。


矢崎源九郎

底本:「ニールスのふしぎな旅 下」岩波少年文庫、岩波書店

   1954(昭和29)年120日第1刷発行

   1980(昭和55)年510日第8刷発行

※底本における表題「まえがき」に、底本名を補い、作品名を「「ニールスのふしぎな旅 下」まえがき」としました。

入力:sogo

校正:チエコ

2019年1028日作成

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