ふしぎな人
江戸川乱歩
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きむらたけしくんは、しょうがっこうの二ねん生で、とうきょうのひろいおうちにすんでいました。
おとうさんは、あるかいしゃのしゃちょうさんです。
きむらたけしくんのおうちのちかくに、ふしぎなせいようかんがあって、そこにふしぎな人がすんでいました。
二かいだてのふるいせいようかんで、そのまわりは、木のいっぱいはえたにわでかこまれていました。
このふしぎないえのふしぎな人は、林さんという、四十ぐらいのおじさんでした。
おくさんも子どももなく、たったひとりで、そのひろいせいようかんにすんでいるのです。
きんじょの人たちは、このせいようかんをばけものやしきといっていました。また、そこにひとりですんでいる林さんを、まほうつかいとよんでいました。
ところが、きむらたけしくんのおとうさんは、このふしぎな人とだいのなかよしだったので、林さんは、たけしくんのおうちへよくあそびにきました。
おとうさんはたけしくんと、いもうとのしょうがっこう一ねん生のきみ子ちゃんに、よくこんなふうにいってきかせるのでした。
「林さんはかわりものだが、けっしてわるい人じゃない。たいへんちえがあるのだよ。そのちえで、いろいろふしぎなことをやってみせるので、まほうつかいのようにみえるだけなのさ」
たけしくんもきみ子ちゃんも、林さんとなかよしになっていました。
ある日のごご三じごろのことです。たけしくんときみ子ちゃんは、林さんのおうちのにわであそんでいました。たくさんの木にかこまれたひろいしばふにこしをおろして、林さんのおはなしをきいていたのです。
林さんはくろいふくをきて、大きなくろいネクタイをとんぼむすびにしていました。
ふちなしの四かくなめがねをかけ、ぴんとはねた口ひげと、三かくのあごひげがあります。いかにもせいようのまほうつかいみたいなかっこうです。
その林さんが、こんなことをいいだしました。
「きみたちに、おもしろいものをみせてあげようか。びっくりするようなものだよ。わたしは、むこうの木のしげみにかくれるからね。すると、あそこのしいの木のねもとから、小さいものがあらわれるのだ。よくみているんだよ」
そういって、林さんは、しいの木のむこうのしげみの中へはいっていきました。
たけしくんと、きみ子ちゃんは、むねをわくわくさせながら、そのしいの木の下を、じっとみつめていました。
あたりは、しいんとしずまりかえっています。はるのおてんきのよい日で、しばふには、日がてっています。でも、しいの木のへんからむこうは、木のはがしげっているので、すこしうすぐらいのです。
「おじさん、なにをみせてくれるんだろうね」
たけしくんがいいますと、きみ子ちゃんは、にいさんのかおをみつめながら、「あたし、こわいわ」と、いかにもきみわるそうにささやくのでした。
すると、そのときです。あの大きなしいの木のねもとから、なにか小さなものが、ちょこちょことはいだしてきたではありませんか。
むしでしょうか。いや、むしにしては、大きすぎます。
しかも、それは、はっているのではなくて、二本の足であるいているのです。
それは、たかさ二十センチぐらいの、おもちゃのにんげんなのです。
くろいふくをきて、くろいマントをはおり、くろいソフトをかぶっています。
かおは小さくてよくみえませんが、なんだか林さんのかおににているようです。
かわいらしい四かくなめがねがちかちかひかり、三かくのあごひげがはえています。
そのおもちゃのにんげんが、まるでほんとうのにんげんのように、てくてくあるいているのです。
きっと、ぜんまいじかけであるくようになっているのでしょうが、それにしても、なんてじょうずにあるくのでしょう。
その小さなにんげんは、しいの木のとなりの大きな木にかくれてしまいました。
たけしくんときみ子ちゃんは、いまにあの木のうしろをとおりすぎて、またあらわれるだろうとまっていました。
やがてあらわれました。しかし、これはどうでしょう。あのにんぎょうが、たかさ四十センチほどに、大きくなっているではありませんか。
木のうしろをとおるあいだに、せのたかさがばいになってしまったのです。
「わぁ、ふしぎだ。おじさんは、やっぱりまほうつかいだねえ。おじさん……、おじさん……」
たけしくんは、そういって、しげみのうしろにいる林さんによびかけましたが、林さんは、どこかへいってしまったのか、しいんとしずまりかえって、なんのこたえもないのです。
すると、ばいの大きさになったにんぎょうは、二メートルほどあるいて、そのつぎの木のみきのむこうがわにかくれました。
まもなく、そこをとおりすぎてあらわれたにんぎょうをみますと、こんどは、一メートルもあるような大きさにかわっていました。
きみ子ちゃんとそんなにちがわないぐらいの大きさです。
たけしくんときみ子ちゃんは、びっくりしてかおをみあわせました。いよいよきみがわるくなってきたからです。
一メートルになったにんぎょうは、くろいマントをこうもりのようにひらひらさせて、木のみきをぐるっとまわり、もとのほうへもどってきました。
そして、さいしょのしいの木のみきにかくれたかとおもうと、つぎにそこからあらわれたのは、なんとおとなの大きさのにんぎょうだったではありませんか。
いや、にんぎょうではなくて、ほんとうのにんげんだったのです。
「わははははは……。どうだ、おどろいたかい。わしだよ。おじさんだよ。
おじさんはね。二十センチぐらいの小人にもなれるんだよ。
そして、いまのように、みるまに大きくなって、もとのすがたにもどれるのだよ」
ああ、なんというふしぎでしょう。それでは、さっきの小さなすがたも、にんぎょうではなくて、林さんだったのでしょうか。
きむらたけしくんは、いもうとのきみ子ちゃんとふたりで、ちかくにあるふしぎなせいようかんへあそびに行きました。
そこには、林さんという、ふしぎな人がすんでいました。きんじょの人は、林さんをまほうつかいとよんでいたのです。
でも、たけしくんのおとうさんと、その林さんとは、お友だちなので、こわくはありません。
そのばけものやしきには、ひろいしばふのにわがあるのです。
まほうつかいの林さんは、そのにわで、たけしくんときみ子ちゃんに、ふしぎなことをやってみせました。
虫のように小さな林さんがあらわれ、それがだんだん大きくなって、ほんとうの林さんのすがたにもどったのです。
たけしくんときみ子ちゃんは、びっくりしてしまって、ものもいえないでいました。
「わははは……。おどろいたかい。これぐらいのことにおどろいてはだめだよ。
いまにもっとびっくりするようなことがおこるからね。
せけんの人は、わしをまほうつかいだといっているが、それはほんとうかもしれないよ。
いいかい、こんどはどんなことがおこるか、よくみているんだよ」
くろいマントをきた林さんは、そういったかとおもうと、にわの中で、いちばん大きな木の下へ行って、そのふといみきを、するするとのぼりはじめたではありませんか。
くろいマントがひらひらして、大きな鳥がのぼっていくようです。
みるみるみきをのぼりきって、はのしげったえだの中へかくれてしまいました。
下のえだがガサガサとうごき、その上のえだがうごき、また、その上のえだがうごき、すがたはみえませんが、林さんがだんだん上のほうへのぼっていくのがわかります。そして、とうとうてっぺんまでたどりついたようです。
たけしくんたちはかおをそらにむけて、その大きな木のてっぺんをじっとみつめていました。
しばらくすると、ブルンブルンブルンブルン……と、みょうなおとがきこえてきたではありませんか。
木のてっぺんが大風にふかれているように、ザーッとゆれています。
そのとき、そのてっぺんから、大きなくろい鳥のようなものがそらへまいあがりました。
「あらっ、おじさんだわ。おじさんがとんでいくわ」
きみ子ちゃんが、たけしくんのかたに、すがりついてさけびました。
たけしくんは、びっくりしてしまって、ものもいえません。
大きなこうもりのようです。林さんは、くろいマントをひらひらさせながら、たのしそうにとんでいきます。
「あっ、プロペラだ。きみ子ちゃん、あれ、プロペラだよ。
ほら、林さんのせなかの上で、きらきらひかってまわってるだろう。ヘリコプターとおんなじだ。プロペラのちからでとんでいるんだよ」
たけしくんは、そういって、目をまんまるにしてそらをみつめました。
林さんは、あのプロペラをまわすきかいをせなかにくくりつけてとんでいるのでしょうか。そんなべんりなきかいがあるなんて、きいたこともありません。
林さんはえらいはつめいかなのでしょうか。
だれもしらないふしぎなきかいをはつめいするので、まほうつかいのようにみえるのでしょうか。
「あらあら、もうあんなに小さくなったわ」
「ほんとだ。もうからすぐらいの大きさだね。いまに、すずめぐらいになって、そして、みえなくなってしまうよ」
まっくろなふしぎな鳥は、たかくたかく、そらにまいあがって、たけしくんがいったとおり、すずめぐらいの大きさになり、それから、ちょうちょうぐらいになり、はえぐらいになり、そして、とうとうみえなくなってしまいました。
「どこへ行ったんでしょう。てんにのぼってしまって、もうかえってこないのじゃないかしら」
きみ子ちゃんは、かなしそうなかおになって、なみだぐんでいました。
「あっ、あれをごらん」
たけしくんが、きみ子ちゃんのかたをゆさぶりました。
「まあ……」
きみ子ちゃんも、そのほうをみると、あっとおどろいたまま、ものもいえなくなりました。
さっきの大きな木の下に、林さんがにこにこわらってたっていたのです。
いつのまにそらからもどってきたのでしょう。ほんとうに、こんなふしぎなことってあるものでしょうか。
「あはははは……。またびっくりしたね。そうじゃないよ。ぼくは林さんじゃないんだよ」
四かくなめがねをかけ、ぴんとはねた口ひげと、三かくのあごひげをはやし、くろいマントをきた、林さんとそっくりな人が、林さんじゃないというのです。
「よくみてごらん。ほら、ぼくはこんなに小さいじゃないか。きみたちとおんなじ小学校の三ねん生なんだよ。でも、林さんによくにてるだろう。そっくりだろう」
なるほど、よくみると、せが小さいのです。こえも子どもです。
「あははは……、まだわからないかい。これがさっきの林さんのまほうのたねなんだよ。こっちへ来てごらん。すっかりたねあかしをしてやるから」
たけしくんもきみ子ちゃんもさっきからつぎつぎとおこるふしぎに、ゆめでもみているようなきもちでした。
とてもおもしろいどうわの本でもよんでいるようなきもちでした。
林さんと、そっくりなしょうねんが、こっちへ来てごらんというので、ふたりは、おずおずとそのほうへちかよっていきました。
「ほらね、これがまほうのたねだよ」
しょうねんは、そういって、木のみきのうしろをゆびさしました。
「これが、さいしょにあらわれたにんぎょうだよ。ぜんまいじかけであるくのさ。二十センチぐらいしかないだろう。
それから、あっちにもう一つある。やっぱりぜんまいじかけなんだよ。これは四十センチぐらいあるだろう。二つともあるかせてみようか」
しょうねんは、そういって、二つのにんぎょうをもってきました。
「いいかい、みててごらん」
二つのにんぎょうをたてて、せなかのねじをまきますと、二十センチと四十センチの小さい林さんが、足なみをそろえて、とことことあるきだしたではありませんか。
四かくなめがねをひからせ、口ひげをぴんとはねて、くろいマントをひらひらさせながら。
「こうして木のみきにかくれるたびに、だんだん大きいのといれかわっていったんだよ。
そして、三ばんめにあらわれたのが、このぼくだったのさ。
それから、ぼくがこの木のみきにかくれると、そこにまちかまえていた林さんが、すがたをあらわしたというわけだよ。わかったかい、これがまほうのたねなんだよ」
きいてみるとすっかりわけがわかりました。
「ねえ、さっき林さんがそらへのぼっていったのは、プロペラのしかけでしょう。でも、どこへ行ったのかしら。てんにのぼったまま、かえってこないのかしら」
たけしくんが、しんぱいそうにいいますと、しょうねんは、さもおかしそうにわらいだしました。
きむらたけしくんと、いもうとのきみ子ちゃんは、まほうつかいといわれる林さんのうちへあそびに行って、いろいろふしぎなことをみました。
おしまいには、林さんは、たかい木のてっぺんから、こうもりのように、そらへとんでいってしまいました。林さんは、にんげんひとりだけをはこぶプロペラをはつめいしていたのです。
そのあとで、林さんとそっくりのすがたをしたしょうねんが、木のうしろからあらわれて、いままでのふしぎなことをいろいろとせつめいしてくれましたが、たけしくんが、
「林さんは、てんにのぼったまま、かえってこないのかしら」
といいますと、しょうねんは、さもおかしそうにわらいだしました。
「林さんは、もうとっくにうちへかえっているよ。
むこうのはらっぱにおりて、そこのひみつのいり口から、うちへかえったのさ。ぼくたちもはいってみよう。
うちの中にもふしぎなものがたくさんあるんだよ」
しょうねんがそういってさそいますので、たけしくんときみ子ちゃんは、しょうねんのあとについて、せいようかんの中へはいっていきました。
おもいドアをあけて、うすぐらいげんかんにはいり、ひろいろうかをおくのほうへすすんでいきました。
すると、むこうのドアをひらいて、そこからみょうな人がでてきました。
ぴったりみについた、むらさきいろのビロードのふくをきています。そのかたやむねに、ぴかぴかひかるきんいろのかざりがついています。
あたまにはむらさきビロードの三かくぼうしをかぶっています。サーカスのきょくげいしのようなかっこうです。
よくみると、それは林さんでした。めがねも口ひげもなくなっています。あれはつけひげだったのでしょう。
「たけしくん、きみ子ちゃん、こっちへおはいり。おもしろいものをみせてあげるよ」
しょうねんといっしょに、ふたりがそのへやにはいりますと、林さんは、たんすのひきだしから、きいろの中に、くろいてんてんのあるけがわを二つとりだしました。
「これはひょうのけがわだよ。たけしくんもきみ子ちゃんも、もうじゅうのひょうになってみたいとはおもわないかね。このけがわをきれば、すぐにひょうになれるんだよ。
目のところにはガラスがはめてあるから、そとがよくみえるし、口の中には、ふえがついていて、それをふくと、ひょうとそっくりのうなりごえがでるんだよ」
それをきくと、たけしくんもきみ子ちゃんも、一どひょうになってみたくなりました。林さんはふたりのかおいろをみて、手ばやくひょうのかわをきせてくれるのでした。
けがわはぴったりとみについて、たいへんきもちがいいのです。
たけしくんは、へやの中をのそのそとはいまわってみました。
そしてけがわの口の中にあるふえをふきますと、
「ウォーッ、ウォーッ」
という、おそろしいうなりごえがでるのです。
きみ子ちゃんもかわいいめすのひょうになってたのしそうにあるいています。そして、ときどき、ふえをふいているらしく、
「ウォーッ、ウォーッ」
というこえがきこえてきます。
にんげんの足と、ひょうのあと足とは、まがりかたがちがっているのですが、けがわになにかしかけがしてあるらしく、ちょっとみたのでは、それがわかりません。
うつくしいきょくげいしのふくをきた林さんは、どこからかながいむちをとりだして、
「ピシッ、ピシッ」
と、それをならしました。
「おい、たけしひょうにきみ子ひょう。どうだね、もうじゅうになって、たのしいかね」
そうきかれたので、ふたりは、ふえをふいてこたえました。
「ウォーッ、ウォーッ」
「ウォーッ、ウォーッ」
林さんはわらいだしました。
「わははは……。うまいうまい。すっかりひょうになってしまったね。ところで、わしはもうじゅうつかいだから、きみたちにげいをさせなければならない。さあ、ふたりとも、あと足でたちあがって……。
あと足でたちあがって、ちんちんをするのだ」
そして、ピシーッとむちがなりました。
たけしくんもきみ子ちゃんも、あと足でたち、まえ足をもがもが、やっています。
「よろしい。こんどはすこしむずかしいよ。このわの中をとびこえるんだ」
林さんは、どこからかはりがねのわをもちだしてきました。
「ほんとうは、このわにわたをまいて、アルコールをしませて火をつけるんだ。その火のわの中をとびこえるんだよ。
いまはれんしゅうだから、火はついていない。
いいかい。むこうからはしってきたいきおいで、この中をとびこすんだ。さあ、しっかり」
そして、むちがくうちゅうで、ピシーッ、ピシーッとなるのでした。
ふたりともいくどかやりそこないましたが、たけしくんは、とうとうわの中をとびぬけることができました。
きみ子ちゃんは、どうしてもできないので、あきらめて、そこへうずくまってしまいました。
「よし。きょうは、れんしゅうはこれまでにしておこう。そして、きみたちをなかまにひきあわせてやるよ」
林さんは、みょうなことをいって、ピシーッとむちをならしました。
「さあ、あるくんだ。わしについてくるのだ」
そういって、さきにたって、ドアのそとにでると、うすぐらいろうかを、もっとおくのほうへはいっていきます。
たけしひょうときみ子ひょうは、のそのそとそのあとからついていきました。
ろうかのおくに、とくべつにがんじょうなドアがありました。林さんは、それをひらいて中にはいり、まるでいぬでもよぶように、チョッ、チョッと、したをならしながら、ふたりを手まねきしました。
ふたりは、なんのきもつかず、そこへはいっていきましたが、あっというまに、へんなものの中へおいこまれてしまいました。
てつぼうのはまったろうやのようなものでした。
林さんは、ふたりをそこへおいこむと、いり口のとびらにガチャンとかぎをかけました。
それは、もうじゅうをいれるおりだったのです。みると、そのひろいへやには、たくさんのおりがならんでいました。
そして、それらのおりの中には、ライオンやとらやくまやひょうや、いろいろなもうじゅうが、べつべつにいれてあるのです。まるでどうぶつえんのようでした。
ひょうになったたけしくんときみ子ちゃんは、そのどうぶつえんのおりの中へいれられてしまったのです。
ふとみると、じぶんたちのいれられたおりのすみに、なにか大きなものが、うずくまっていました。
ピシーッ。おりのそとで、林さんのむちがなりました。
すると、うずくまっていたやつが、ぬくっとたちあがったではありませんか。
とらです。大きなとらです。とらは、「ウォーッ」とうなって、らんらんとかがやく目で、たけしひょうときみ子ひょうをじろっとにらみつけました。
ああ、たけしくんときみ子ちゃんは、大きなとらのいるおりの中へいれられたのです。
ほんとうのひょうなら、とらにまけないかもしれませんがこちらはにんげんの子どもです。とらにかなうわけがありません。
ああ、どうしたらいいのでしょう。
ふたりは、いまにもとらにくいころされてしまうのではないでしょうか。
たけしくんときみ子ちゃんは、ふしぎな人の、ふしぎなせいようかんの中で、もうじゅうのひょうのけがわをきせられて、ふたりとも、ひょうになってしまいました。
そして、せいようかんのおくのほうのひろいへやへつれていかれましたが、そこには、たくさんのどうぶつのおりがならんでいました。
そのおりの中には、ライオンやとらやくまや、そのほか、いろいろなもうじゅうが、あるきまわったりねそべったりしていました。
たけしくんときみ子ちゃんの二ひきのひょうも、一つのおりの中へいれられましたが、ふときがつくと、そのおりのすみに、一ぴきの大きなとらがねそべっていました。
その大きなとらは、二ひきのひょうがおりの中へいれられたのをみると、とてもこわい目で、こちらをにらみつけていましたが、まもなく、のっそりとたちあがって、たけしくんときみ子ちゃんのばけているひょうのほうへちかづいてきました。たけしくんもきみ子ちゃんも、あまりのこわさに、きがとおくなりそうでした。
ふたりは、だんだんうしろへさがって、おりのすみにぴったりとからだをくっつけましたが、もうそれいじょうはにげられません。
とらは、のっしのっしとちかよってきます。
そして、らんらんとかがやく目で、ふたりをにらみつけ、きばのある、まっかな口をがっとひらきました。
「ウォーッ……」
おりがびりびりふるえるような、おそろしいうなりごえでした。
そして、とらのまっかな口が、ふたりのあたまの上から、ぐうっとちかづいてきました。ああ、もうだめです。ふたりは、いまにもとらにくわれてしまうのではないでしょうか。
「たすけてくれえっ……」
たけしくんは、しにものぐるいのこえでさけびましたが、けがわをかぶっているので、そのこえが、どこまでとどいたかわかりません。きょろきょろそのへんをみまわしても、きょくげいしのふくをきた、ふしぎな人は、どこへ行ったのか、すがたがみえません。
だれも、たすけには来てくれないのです。
とらの口は、たけしくんのかぶっている、ひょうのあたまの耳のそばにちかづき、あついいきが、耳のあなから、たけしくんのかおにふきつけられました。
とらは、耳たぶにくいついたのかもしれません。
そうして、一ふりされたら、ひょうのあたまがすっとんで、たけしくんのかおがでてしまいます。
ひょうのけがわの中から、にんげんの子どもがとびだしたら、とらは、いっそうおどろいて、たけしくんのかおにくいつくにきまっています。
ああ、もうだめです。いよいよたべころされてしまうのです。
そうおもって、たけしくんがきをうしないそうになっていたときです。
「おい、しんぱいしないでもいいよ」
どこからか、へんなこえがきこえてきました。
びっくりしてみまわしても、どこにもにんげんなんていないのです。
とらが、にんげんのことばをしゃべったとしかおもわれません。そんなばかなことがあるでしょうか。
たけしくんはじぶんのあたまがへんになったのではないかとおもいました。きがちがったのではないかと、ぞっとしました。
すると、そのとき。また、耳のそばで、にんげんのこえがきこえました。
「わしもにんげんだよ。にんげんが、とらのけがわをかぶってばけているんだよ。きみたちとおんなじことさ」
やっぱり、とらがしゃべっていたのです。
いや、とらのけがわの中にいるにんげんがしゃべっていたのです。
「なあんだ、ほんとうのとらじゃなかったのか」
たけしくんは、あまりのことにがっくりして、そこへたおれてしまいました。
はりつめていたきもちが、一ぺんにゆるんだのです。
とらは、きみ子ちゃんの耳にも、おなじことをささやきました。
きみ子ちゃんは、それをきくと、わっとなきだしてしまいました。
いままでは、なくこともできないほどこわかったのです。
そのときです。
ピシッ、ピシッと、ちゅうをきるむちのおとがひびきました。
いつのまにか、きょくげいしのすがたをした、ふしぎな人が、おりのまえにたっていました。
「びっくりさせてすまなかったね。これが、まほうの国のどうぶつえんなのだよ。
さあ、みんなおりからだしてやるよ。
そして、みんなで、もうじゅうのきょくげいをやるんだ」
そういって、むらさきビロードのふくをきた、ふしぎな人は、ライオンやとらやくまのおりをつぎつぎとまわって、そのとびらをひらくのでした。
ライオンやとらやくまが、おりからとびだして、へやの中をのそのそとあるきはじめました。たけしくんやきみ子ちゃんも、おりのそとにでました。
「だいじょうぶだよ。みんな、もうじゅうのけがわの中ににんげんがはいっているんだからね」
とらが、たけしくんたちの耳にささやきました。
でも、むこうからやって来るライオンをみると、たけしくんたちは、おもわずからだがふるえるのでした。
ライオンの大きなかおが、すぐそばへちかよりました。そして、がっと口をひらいて、ウォーッ……とうなってから、やさしいにんげんのこえで、
「あんしんおし。ぼくもにんげんだよ。きみたち二ひきは、かわいいぼうやとじょうちゃんだってな。なかよくしようね」
ライオンは、そういって、えへへ……とわらいました。
ピシッ、ピシッ……。
むちのおとがなりひびいて、ふしぎな人が、ひろいへやのまん中にたちました。
すると、ライオンもとらもくまも、みんなたちどまって、ふしぎな人のほうをじっとみるのでした。
「さあ、いつものきょくげいだ。ライオンの上にくま、とらの上にひょうがのるんだ」
ライオンのせなかにくまがよじのぼって、あと足でたちました。
一ぴきのとらのせなかにたけしくんのひょうが、もう一ぴきのとらのせなかにきみ子ちゃんのひょうが、あぶなっかしくあと足でたちました。
ピシッ……と、むちがなります。
すると、くまをのせたライオン、ひょうをのせたとらたちは、ふしぎな人のまわりをぐるぐるまわってはしりはじめるのでした。
どこからか、おんがくがきこえてきました。きっと、でんちくがなっているのでしょう。そのおんがくにあわせて、ライオンととらは、とっととっととはしるのです。たけしくんたちは、だんだんおもしろくなってきました。
それから、いろいろなきょくげいがつづきました。
ああ、まほうの国のどうぶつえんのおもしろさ。たけしくんもきみ子ちゃんも、ゆめでもみているようなおもいでした。
しかし、ふしぎな人のせいようかんには、まだまだもっとふしぎなものがありました。たけしくんたちは、このつぎには、いったいなにをみせられるのでしょうか。
さんざんあそんだあとで、林さんは、どうぶつにばけている人たちに、かわをぬいで、じぶんのへやへ行ってやすむようにいいつけました。
それから、たけしくんときみ子ちゃんに、ひょうのかわをぬがせ、べつのへやへつれていって、「ちょっと、ここでまっているのだよ」といって、どこかへでていってしまいました。
しばらくすると、ドアがあいて、きみのわるい人がはいってきました。
ぴったりからだにくっついたくろいシャツと、くろいズボンをつけ、手ぶくろもくつも、あたまにかぶったベレーぼうも、みんなくろずくめです。
よくみると、それは林さんでした。いつのまにか、すっかりちがったすがたになって、もどってきたのです。
「しんぱいしなくてもいい。わたしだよ。ただ、ちょっとふくをきかえただけさ。さあ、これからもっとおもしろいものをみせてあげようね」
林さんは、そういって、にこにこわらいました。
すると、そのとき、あけたままになっていたドアから、一ぴきのさるが、ぴょんぴょんととびこんできました。
そのさるは、林さんのからだにとびついて、耳に口をちかづけ、なにかぼそぼそとささやきました。
それは、さっき、サーカスごっこをしたどうぶつたちの中にいたさるでした。ですから、ほんとうのさるではなくて、さるのかわをきたにんげんです。
それも、あまり大きなさるではありませんから、中にはいっているのは、小さい子どもにちがいありません。
さるがなにをささやいたのか、たけしくんたちにはすこしもきこえませんでしたが、それをきくと、林さんはこわいかおになりました。
そして、
「なにっ、あけちたんていと小林しょうねんがやって来たって。そして、けいかんたいが、このうちをとりかこんだというのか。それはほんとうかっ」
とどなりました。
「ほんとうです。はやくにげないと、いまにもここへやって来ますよ」
さるが、こんどはかんだかいこえでいいました。やっぱり子どものこえです。
「よしっ。それじゃ、さいごのおくの手だ。あとはたのんだぞ。やつらが来たら、わしはどこへ行ったかわからないというのだ。このふたりの子どもは、わしがつれていく。だいじな人じちだからな」
くろいすがたをした林さんは、たけしくんときみ子ちゃんの手をひっぱって、へやのそとへとびだしました。
たけしくんたちは、さるのいったことをきいて、たいへんだとおもいましたが、あい手はちからのつよいおとなですから、どうすることもできません。ないても、わめいても、だれも、たすけに来てくれるものはないのです。
林さんは、ふたりの手をひっぱって、ろうかをはしっていきましたが、じきにろうかの行きどまりまで来てしまいました。
そこには、かべがあって、もうむこうへ行けませんから、あともどりするのかとおもっていますと、林さんは、足で、かべの下のほうをぐっとおしました。
そこに、ひみつのボタンがあったのです。
そのボタンをおすと、でんきじかけで、かべがすうっとひらくようになっていたのです。そして、まえのかべに、ぽっかりとくらいあながあきました。
林さんは、たけしくんたちの手をにぎったまま、そのまっくらなあなの中にはいっていきます。
三人が中にはいると、かべは、もとのようにぴったりとしまってしまいました。
「しんぱいしなくてもいいよ。きみたちをどうもしないからね。さあ、おじさんがだいてやるよ。くらくて、足もとがあぶないからね」
林さんは、そういって、たけしくんときみ子ちゃんを、りょうわきにかかえるようにしてだきあげたかとおもうと、まっくらなかいだんのようなところをことこととおりはじめました。
いままでいたへやは一かいですから、そこからかいだんをおりれば、ちのそこへはいっていくのです。ちかしつでしょうか。
まっくらで、なにがなんだかわかりませんが、林さんは、かいだんをおりたところで、たけしくんたちをおろしました。そして、なにかごそごそやっていましたが、きゅうに下のほうから、ぱっとひかりがさしてきました。
足の下に、さしわたし五十センチほどの、まるいあながあいて、その下から、あかるいひかりがさしているのです。
「さあ、ここをおりるんだ。このあなの中に、てつのはしごがかかっているから、それをおりなさい。おじさんは、あとからはいるからね」
もうここまで来ては、にげようとしても、にげられるものではありません。
いわれるままにあなの中へおりていくほかはないのです。たけしくんときみ子ちゃんは、ほそいてつのはしごに足をかけて、あかるいあなの中へおりていきました。
ひどくせまいへやです。へんなきかいのようなものが、ごちゃごちゃとならんでいて、どちらへもいけないのです。いったいここはどこなのでしょう。
あたまの上で、パタンとおとがしました。林さんが、てつばしごをおりながら、まるいあなのふたをしめたのです。しめたばかりではありません。あなのまわりについている、大きなてつのねじをぐいぐいしめつけて、かたくふたをしてからおりてきました。
「はははは……。びっくりしているね。いまにわかるよ」
林さんは、そういって、ごちゃごちゃしたきかいの中へはいっていって、そこにある、小さないすにこしかけました。すると、へやがゆらゆらとうごいて、なんだか、エレベーターにでものっているようなきもちになりました。
「いいかい。いま、中のでんきをけして、そとのでんきをつけるからね。そうすると、おもしろいものがみえるよ」
しばらくゆらゆらとゆれていたあとで、へやのでんきがぱっときえて、すぐ目のまえの四かくなガラスまどのそとが、ぼうっとあかるくなりました。
ああ、ごらんなさい。そのひかりの中をなん十ぴきという小さなさかなが、ぎんいろのうろこをぴかぴかさせて、およいでいるではありませんか。これは、どうしたというのでしょうか。ここはすいぞくかんなのでしょうか。それとも……。
いやそれはすいぞくかんではありません。もっともっと、びっくりするようなものだったのです。
そのとき、くろシャツにベレーぼうの林さんは、たけしくんたちに、こんなことをいいました。
「おじさんは、ちょっと上へ行ってくるからね。ここにじっとしているんだよ。ちっともこわいことはないからね」
そして、また、へやがゆらゆらゆれて、やがてぴたりととまりました。
すると、まどの外の光がきえて、へやの中のでんとうがつきました。
林さんは、あたまの上のまるいあなのしまりをはずして、そこから上へでていきました。あとには、たけしくんたちふたりだけがのこったのです。
ああ、これからどんなことがおこるのでしょうか。
林さんのせいようかんには、おおぜいのおまわりさんがふみこんで、へやからへやをさがしまわっていました。
めいたんていあけちこごろうと、じょしゅの小林しょうねんは、林さんのへやにはいって、あたりを見まわしました。すると、かべのそばにある、大きなようふくだんすの中で、コツコツと、みょうな音がしているではありませんか。
あけちたんていは、つかつかと、ようふくだんすにちかづいて、そのとびらをぱっとひらきました。
すると、その中に、ひとりの男がたっていたのです。ぴったりとからだについた、くろいシャツとズボン下に、ベレーぼうをかぶった男。
林さんです。林さんは、いつのまにか、ようふくだんすの中にかくれていたのです。
「ははははは……。あけちくん、ひさしぶりだね。やっと、おれのかくれががわかった、というわけか」
林さんが、みょうなことをいいました。
「そうだ。ぼくは、とうとうかいじん二十めんそうのすみかをつきとめたのだ。それとも、かいじん四十めんそうとよんだほうがおきにいるかね」
あけちたんていは、林さんのかおをまっこうからゆびさしながら、はげしくいいました。
ああ、なんということでしょう。たけしくんのおとうさんが、いい人だとあんしんしていた林さんが、きくもおそろしいかいじん四十めんそうだったとは。
このかいじんは、へんそうのだいめいじんで、四十もちがったかおをもっているというので、四十めんそうとあだ名されていたのです。まほうつかいのような大どろぼうです。
「木村たけしくんときみ子ちゃんは、どこにいるのだ。きみは、ふたりの子どもを人じちにして、木村さんのもっている、たくさんのほうせきをとろうとしているのだ。木村さんが、きみをしんようしているのをいいことにして、ふたりの子どもをさらってしまったのだ」
あけちたんていがいいますと、四十めんそうの林さんはせせらわらって……。
「そのとおりだ。さすがにあけちくんは目がたかいよ。ははは……」
そのわらい声がだんだんかすかになって、四十めんそうのすがたは、すうっときえていきました。
あけちたんていは、いきなりようふくだんすの中へふみこみました。
しかし、四十めんそうは、もうどこにもおりません。ゆうれいのようにきえてしまったのです。
あけちたんていは、たくさんさがっているようふくをかきわけて、うしろのいたをさぐっていましたが、「あっ、ここにかくし戸がある」とさけびました。
そして、力まかせに、そのいたをおしますと、かくし戸がぱっとひらきました。
そのむこうはまっくらなあなです。これも、ちかしつへおりるひみつのぬけ道なのでしょう。
「ピリピリピリピリ……」
小林しょうねんが、よび子のふえをふきならしました。それをきいて、おまわりさんがかけつけてきました。
「四十めんそうは、このぬけあなからにげたんだ。みんな、ぼくのあとについてきたまえ」
あけちたんていは、そうさけんで、くらいあなの中へとびこんでいきました。小林しょうねんやおまわりさんも、あとにつづきます。
あなの中には下へおりるコンクリートのかいだんがついていました。
それをおりきると、トンネルのようなよこ道があって、むこうが、ぼうっとあかるくなっています。
その光の中を、まっくろな人かげがさっとよこ切りました。
「あっ、あそこにいる。あいつが四十めんそうだ」
あけちたんていと小林しょうねんと、四人のおまわりさんが、おそろしいいきおいでおっかけました。
トンネルをでたところに、ちょっとひろいばしょがあります。四十めんそうは、そこにまちかまえていました。
「ふたりの子どもは、たしかにあずかっている。だが、きみたちには、ぜったいにとりもどせないのだ」
四十めんそうは、そうさけんだかと思うと……。
足もとにひらいていたまるいあなの中にさっととびこんで、下から、てつのふたをぴったりとしめてしまいました。
あけちたんていは、「あっ」といって、あなのふちへかけつけました。
すると、てつのふたは、すうっと下へしずんでいって、あとには、くろい水が、ひたひたとさざなみをたてているばかりです。
「あっ、せんこうていだっ」
林さんのひろいやしきは、すみだ川ととうきょうこうのさかい目の川ぎしにあったのです。ですから、ちかしつの下のほうには、川の水がながれこむようになっていて、そこに、小がたのせんこうていがつないであったのです。
四十めんそうは、たけしくんときみ子ちゃんをつれて、そのせんこうていで、ひろい海へにげだしてしまったのです。
あけちたんていは、へやの中へはいって、すいじょうけいさつへでんわをかけました。
すると、とくべつなモーターボートをかしてくれるというへんじでした。
川ぎしでまっていると、小さいモーターボートが、なみをけたててちかづいてきました。
きしにつくと、中から、すいじょうけいさつのおまわりさんがでてきました。
「これは、ちかごろできたばかりの、とくべつなボートです。ボートのそこから、水の中がのぞけるようになっているのです」
おまわりさんはじまんそうにいうのでした。
あけちたんていと小林しょうねんが、そのモーターボートにのりこみました。そして、すぐにとうきょうこうのほうへしゅっぱつしました。
「いま、でんとうをつけますから、ここをのぞいてごらんなさい」
おまわりさんは、そういって、ボートのそこの四かくいふたをとりました。すると、そこには、四かくいはこのようなものが、下の水の中へつきだしていて、そのさきにガラスいたがはめてあるのです。のぞいていると、そのガラスの下が、ぱっとあかるくなりました。
ボートの下に、サーチライトみたいな、つよいでんとうがついていて、水のそこをてらすようになっているのです。
すいじょうけいさつでは、川におちた人をさがさなければならないことがあるのでこういうモーターボートをつくったのです。
「わあ、きれいだ。さかながたくさんおよいでいる」
小林しょうねんがさけびました。
「四十めんそうのせんこうていは、きっと、ペリスコープを水の上にだして、すすんでいるにちがいない。
そのペリスコープのさきを見つければいいのだ」
あけちたんていがいいますと、すいじょうけいさつのおまわりさんは、すぐにボートのへさきの、サーチライトのスイッチをいれました。
さあっと、つよい光が水の上をてらしました。
そこは、もう、とうきょうこうのひろい海です。
ボートは、サーチライトを右に左にふりてらしながら、ゆっくりすすんでいきます。
「あっ、先生。あそこにペリスコープのさきが……」
小林しょうねんが、むこうをゆびさしてさけびました。
ボートは、ぜんそくりょくで、そのほうへすすみました。
すると、すいめんにでていたペリスコープのさきが、すうっと、水の中へかくれてしまったではありませんか。
「あっ、四十めんそうのやつ、きづいたな。よしっ、それじゃ、こんどはすいちゅうめがねだ」
あけちたんていの声にこたえて、ボートのそこのサーチライトが、ぱっとすいちゅうをてらしました。
ボートは、さっき、ペリスコープのかくれたあたりへちかづいていきます。
やがて、ボートのそこのすいちゅうめがねに、まっくろなせんこうていのすがたがあらわれました。
「よしっ、この下にいる。どこまでも、こいつのあとをおっていくのだ」
あけちたんていが、モーターボートのきかんしゅによびかけました。
こちらは、せんこうていの中です。
ぴったりみについたくろシャツとベレーぼうのかいじん四十めんそうは、ペリスコープのつつに目をあてて、水の上のようすをながめていましたが、ぱっと、サーチライトの光が見え、それがこちらをおっているように思われたので、いそいで、ペリスコープをひきさげてしまいました。
サーチライトの光がつよいので、モーターボートにだれがのっているのか、よく見えませんが、ひょっとしたら、あけちたんていがおっかけてきたのかもしれない、と思いました。
「わははは……。おもしろくなってきたぞ。おい、たけしもきみ子も、いまにびっくりするようなことがおこるから、まっているがいい。わはははは……」
たけしくんもきみ子ちゃんも、とつぜん、四十めんそうがわらいだしたので、きみがわるくなってきました。ふたりは、だきあうようにして、せんこうていのきかいの中にうずくまっていました。
せんこうていは、しばらくのあいだ、ぜんそくりょくで走っていましたが、やがて、だんだんおそくなり、ぴったりとまってしまいました。
「ぼうやたち、さあ、ついたよ。ここは小さなしまの一つだよ。きしの下をつきぬいて、せんこうていがすっぽりはいれるようにしてあるのだ。そこから、わけなくじょうりくできるようにもなっている。だが、そこへはいるまえに、ちょっとうしろをのぞいてみよう。てきがおっかけてきているんだからな」
四十めんそうはそういって……。
ペリスコープのつつをすうっと上にあげて、のぞきあなに目をあてました。
「おや、なんにもいないぞ。あけちのやつ、あきらめてひきあげてしまったのかな。いや、まてまて、ゆだんはできないぞ……」
四十めんそうは、ながいあいだペリスコープをのぞいていましたが、いつまでたってもモーターボートがあらわれないので、やっとあんしんしました。
せんこうていを、きしの下のほらあなにいれ、てつのとびらをひらいて、三人ともじょうりくしました。土のあなからはいだすと、そこは、草ぼうぼうのしまでした。
「ほら、あれをごらん。水のそこから、こんどは空へのぼるんだよ」
四十めんそうのゆびさすほうを見ると、むこうのやみの中に、一だいのヘリコプターがとまっているのが、かすかに見えました。
あたりはまっくらです。やみに目がなれると、むこうのほうに、ヘリコプターがとまっているのが見えました。
「あれにのるんだよ。そして、いいところへ行くんだ」
四十めんそうは、そういって、ふたりの手をひいて、ヘリコプターにちかづいていきました。
ヘリコプターのそうじゅうせきには、四十めんそうのぶかの男がのっていて、いつでもとべるようになっていました。
三人は、ヘリコプターにのりこみました。すると、ブルンブルンブルンと、プロペラがまわりだし、ヘリコプターは、しずかにじめんをはなれて、空にうきあがりました。
ヘリコプターは、しまの上をはなれて、やみの中を、どこともしれずとんでいきます。ちかくのはねだひこうじょうのあかるいでんとうが、だんだんうしろへとおざかっていきます。
しばらくすると、四十めんそうが、びっくりしたようにさけびました。
「おやっ、どうしたんだ。なぜ、もとへもどるんだ」
見ると、いちどとおざかったはねだひこうじょうのでんとうが、また、ちかづいてきたのです。ヘリコプターは、もとへもどってきたのです。「よういができたからですよ」
ヘリコプターをそうじゅうしているぶかの男が、みょうなことをいいました。
「えっ、なんだって。なんのよういができたというんだ」
「きみをつかまえるよういができたんだよ。ほら、この下を見たまえ」
いつのまにか、ヘリコプターは、もとのしまにもどっていました。そして、そこには、モーターボートから、もちだしたたんしょうとうが、あかるい光をなげ、その中に、おおぜいのおまわりさんがたっているのが見えました。
四十めんそうは、「あっ」とおどろいて、そうじゅうしている男のせなかを見つめました。
「き、きみは、なにものだ」
「ははははは……。ぼくはあけちだよ。きみよりさきに、このしまにじょうりくして、きみのぶかにばけてまっていたのさ」
ほんとうのぶかは、手足をしばり、さるぐつわをはめて、草むらの中へころがしておいたのです。
そして、その男の上ぎをき、とりうちぼうしをかぶって、四十めんそうのぶかにばけていたのです。
「き、きさま、どうするか見ろっ……」
四十めんそうは、りょう手をひろげて、あけちたんていのうしろからおそいかかろうとしました。
そのときです。ヘリコプターのすみにおいてあった大きなにもつが、むくむくとうごきだしたではありませんか。
そのにもつの中から、ひとりのしょうねんがあらわれました。
「おいっ、四十めんそう、手をあげるんだ。そうでないと……」
しょうねんは、ピストルを四十めんそうのせなかにあてて、ぐいぐいとおしつけるのでした。
四十めんそうは、思わずりょう手を上にあげてふりむきました。
「あっ、きさま、小林だなっ」
それは、あけちたんていのじょしゅの小林しょうねんだったのです。
さすがの四十めんそうも、ピストルをつきつけられてはどうすることもできません。そのまま、ヘリコプターは、しまにちゃくりくしました。
まちかまえていたおまわりさんたちが、四十めんそうをつかまえて、パチンと手じょうをはめてしまいました。
四十めんそうは、おまわりさんたちにとりかこまれて、モーターボートにのせられました。
あけちたんていと小林しょうねんは、ヘリコプターの中でふるえているたけしくんときみ子ちゃんをたすけて、おなじモーターボートにのりこみました。
ふたりの子どもを人じちにして、木村さんのほうせきを手にいれようとした四十めんそうは、とうとうつかまってしまったのです。
モーターボートは、しまをはなれて、とうきょうこうから、すみだ川のほうへすすんでいきました。
四十めんそうは、手じょうをはめられて、ボートのかんぱんにうずくまっていました。そのまわりをおまわりさんがとりかこんでいます。
「おい、きみたち、おれが海の中へとびこんだら、どうするつもりだ」
四十めんそうが、みょうなことをいいました。
「そりゃ、だめだよ。手じょうをはめられていては、およげやしない。海のそこへしずんでしまうばかりだよ」
おまわりさんがそういうと、四十めんそうは、いきなりわらいだしました。
「あはははは……。この手じょうかい。こんなものはずすの、わけないよ。おれが、手じょうやぶりのめいじんだということをしらないのか」
パチンと音がして四十めんそうのりょう手から、手じょうがはずれてしまいました。そして、あっというまに、四十めんそうのすがたは、かんぱんからきえていました。
まっくらな海の中へとびこんでしまったのです。
かいじん四十めんそうは、夜の東京港で、水上けいさつのモーターボートの上から、海の中にとびこんで、そのままゆくえ知れずになってしまいました。
かいじん四十めんそうのもとの名は、かいじん二十めんそうです。あるとき、自分は、二十どころではなく、四十ものちがった顔をもっている、四十人のまったくちがった人に化けることができるというので、四十めんそうと名まえをかえたのですが、世間には、二十めんそうのほうが、よく知られていますので、このお話では、二十めんそうの名でよぶことにしましょう。
さて、この二十めんそうは、いったいどこへかくれてしまったのでしょう。二十めんそうほどのやつですから、海でおぼれ死んだはずはありません。どこかへおよぎ着いて、身をかくしたにちがいないのです。
しかし、二十めんそうにつれ出された、木村たけしくんときみ子ちゃんが、ぶじに帰ってきましたので、木村さんのおうちでは、おとうさんもおかあさんも、大よろこびです。
「たけしも、きみ子も、ずいぶんおそろしいめに会ったね。だが、もうだいじょうぶだよ。二十めんそうは、どこかへかくれてしまって、二度とこの家にはやって来ないだろうからね」
たけしくんときみ子ちゃんのおとうさんの木村さんは、ふたりの頭をなでながら、にこにこしていうのでした。
「こわかったよ。でも、おもしろかったね、きみちゃん。ヘリコプターに乗ったし、モーターボートに乗ったし……。モーターボートは、はやかったねえ。さあっと水を切って走るんだよ。あんまりはやいので、ぼく、もうすこしで、気が遠くなりそうだった」
「でも、わたし、おそろしかったわ。もうむちゅうで、なにがなんだか、わからなかったわ」
きみ子ちゃんは、おびえた顔でいうのでした。
「そうだろう、そうだろう。ほんとうにひどいめに会ったね」
木村さんは、かわいいきみ子ちゃんをだきしめて、なぐさめてくださるのでした。
☆ ☆
それから一月ほどたったあるばんのこと、名たんてい明智小五郎から、木村さんに、電話がかかってきました。
「しきゅう、お話ししたいことがありますので、わたしのじむ所まで、おいでねがえませんか。こちらからうかがうといいのですが、ちょっと、わけがあって、じむ所をはなれることができないのです」
木村さんは、それを聞くと、すぐに自動車の用意をめいじました。明智たんていは、たけしくんときみ子ちゃんを助けてくれた大おんじんですから、来てくれといわれれば、いやとはいえないのです。
自動車は、自家用車です。うんてん手は、まだおよめさんのないひとり者で、木村さんの家に住みこんでいたのですが、つい四、五日前、国の親が病気だといってひまを取って帰ってしまいましたので、新しいうんてん手をやとったばかりでした。
この新しいうんてん手も、二十八さいのひとり者で、やっぱり、木村さんの家に住みこんでいるのです。名まえは、栗田というのでした。
木村さんは、その栗田のうんてんする車に乗って、急いで、明智たんていじむ所へ出かけていきましたが、二時間ほどすると、もどってきました。そのときは、もう、夜の十一時でした。
たけしくんや、きみ子ちゃんは、とっくにねてしまいましたが、おかあさんが、書生といっしょに出むかえて、心配そうに、木村さんにたずねました。
「あなた、どんな用でしたの。もしや、二十めんそうが……」
「うん、そうだよ。二十めんそうが、またなにかたくらんでいるらしいのだ。それについて、明智さんから、うちのほうせきを用心するようにと、いろいろ、細かい注意をされてきたのだ。いやなことだな。なんという、しゅうねん深いやつだろう」
おかあさんの顔が、さっと青くなりました。ああ、また、あのおそろしいやつがやって来るのかと思うと、からだがふるえだしてくるのでした。
そのあくる日から、木村さんの家には、げんじゅうな見はりが立ちました。木村さんのところのふたりの書生と、うんてん手の栗田のほかに、明智たんていのぶかだというふたりの男がやって来て、五人で、かわるがわる、昼も夜も、木村さんの家のうち外を見回って歩くのでした。
たけしくんときみ子ちゃんは、それを聞いて、ふるえ上がってしまいました。また、あんなめに会うかもしれないと思うと、おそろしくてたまりません。
たけしくんときみ子ちゃんの学校へ行くときは、書生がついていくことになりました。それに、昼間のにぎやかな町を通るのですから、学校の行き帰りは、まず、だいじょうぶでした。
おとうさんの木村さんは、一間にとじこもったきりで、なにか考えごとをしていて、ごはんも自分のへやに運ばせ、茶の間には、すがたを見せないのです。
ですから、たけしくんやきみ子ちゃんは、おとうさんの顔を見ていません。
ところが、おとうさんが、明智たんていじむ所へ行ってからふつかめのことです。
たけしくんは、夜おそく、お手あらいへ行った帰りに、ろうかで、ひょっこり、おとうさんに出会いました。
おとうさんは、わふくすがたで、うす暗いろうかを、こちらへ歩いてきたのですが、たけしくんのすがたを見ると、はっとしたように立ち止まって、じっとたけしくんの方を見つめているのです。
たけしくんも、それにつられて立ち止まってしまいました。そして、こちらも、じっとおとうさんの顔を見つめました。
木村さんの目は、おそろしくぎらぎら光っていました。ぞっとするような、こわい目です。
それは、おとうさんにちがいないのですが、なんだか、えたいの知れないかいぶつにでも出会ったようで、すこしも親しみがなく、ただ、おそろしいばかりでした。
たけしくんは、しばらくにらみあっていたあとで、そのままものもいわないで、にげるように自分のへやへかけこんでしまいました。
「へんだなあ。おとうさんが、あんなおそろしい顔をしているのは、はじめてだ。おとうさんは、病気なのかしら。それとも……」
たけしくんは、ベッドにはいって、そのことばかり考えていました。あのおとうさんのこわい目が、どうしてもわすれられなかったのです。考えているうちに、だんだんおそろしくなって、からだが、がたがたふるえてくるのでした。
そのあくる日、たけしくんは、学校へ行っても、おとうさんのこわい目のことばかり考えていました。
学校から帰っても、やっぱりおとうさんのことが気にかかるので、そっと、おかあさんにたずねてみますと、おかあさんも、へんな顔をして、
「パパは、しょさいにいますよ。どうなすったのかしら。だれも来てはいけないって、へやをしめ切って、とじこもっていらっしゃるのよ」
といわれるのでした。
たけしくんは、しょさいへ行ってみました。そして、ドアの外から、「パパ」とよんでみました。しかし、返事がありません。ドアをあけようとしましたが、中からかぎがかけてあるらしく、すこしも動きません。
「パパ……、パパ……」
二度も三度もよびましたが、なんの答えもありませんので、たけしくんは、ドアのかぎあなに目を当てて、中をのぞいて見ました。
すると、しょさいにおいてある金庫の前にうずくまっているおとうさんの後ろすがたが見えました。
金庫のとびらが、開いています。そのとき、おとうさんが、すこしよこ向きになったので、手に持っているものが見えました。それは、金色のほうせきばこでした。そのはこが開いて、美しいほうせきが、きらきらとかがやいているのが、こちらからも見えました。
なんだか、へんです。おとうさんが、まるでどろぼうみたいに、人目をしのんで金庫を開き、ほうせきばこを取り出してながめている様子が、どうもへんです。
たけしくんは、それを見て、はっとしたひょうしに、思わず、カタッと音をたててしまいました。
すると、その物音を聞きつけたおとうさんが、ひょいとこちらを向いたのです。
ああ、その目……。
へびのような、きみの悪い目が、ドアのかぎあなを見つめているのです。その外から、たけしくんがのぞいていることを、ちゃんと知っているのかもしれません。
たけしくんは、ぞうっとしました。おとうさんが、あんなきみの悪い目をしているはずがないと思いました。ひょっとしたら、あれは、ほんとうのパパではなくて、なにかおそろしいまものが、パパに化けているのではあるまいかと思いました。
たけしくんは、そのまま、かぎあなの前をはなれて、自分のへやににげ帰りましたが、むねがどきどきしました。けれど、このことは、だれにも話せません。おとうさんが、まものだなんて、きみ子ちゃんにも、おかあさんにも、いえないのです。たけしくんは、どうしたらよいのか、わけがわからなくなりました。
たけしくんのおとうさんは、いったい、どうしたのでしょう。まものにみいられたとでもいうのでしょうか。それとも……。
そこには、じつにおそろしいひみつがかくされていたのです。
そのひみつが、少年たんていだんの力でわかってくるのです。そして、いよいよ、名たんてい明智小五郎や小林少年の大かつやくが始まるのです。
かいじん二十めんそうが、たけしくんときみ子ちゃんのおとうさんのほうせきをねらっているというので、たけしくんの家では、いつも、げんじゅうな見はりがついていました。
木村さんの書生がふたり、うんてん手の栗田、それから、明智たんていのぶかの男がふたり、ぜんぶで五人が、こうたいで、家の外と中を見回っているのでした。
木村さんは、一間にとじこもったきり、なにか考え事をしています。おとうさんの、そんな様子を、たけしくんは、ふしぎに思いました。
いつものおとうさんと、まるでちがっているのです。
ゆうべ、夜おそく、手あらいに行ったとき、ろうかで、おとうさんに出会いましたが、おとうさんは、ものもいわないで、おそろしい目で、たけしくんをにらみつけました。
おとうさんのそんなおそろしい目を見たのははじめてなので、たけしくんは、すっかりおびえてしまいました。
そのほかにも、まだ、いろいろあやしいことがあったのです。
たけしくんは、そのあくる日の夕方、ひとりで、門の外に立っていました。おとうさんの様子を考えると、じっとしていられないような気持になったからです。
門の前に立って、だんだん暗くなっていく夕ぐれの町を、ぼんやりとながめていると、向こうの町かどに、ひょいと人のすがたがあらわれました。中学の二年か三年ぐらいの少年です。
その少年が、こちらを見て、手まねきしているのです。
「ぼくですか……」
たけしくんは、思わず、大きな声で聞き返しました。
すると、少年は、しっ、というように、口の前に指を立てて、そっと、こちらへ近よってきます。にこにこした、上品な少年です。たけしくんも、思わず、その方へ歩いていきました。
「あっ、小林さん……」
たけしくんは、なつかしそうに、少年のそばにかけよりました。
それは、名たんてい明智小五郎の助手の小林くんだったのです。ヘリコプターの中にかくれていて、たけしくんたちを助けてくれた、あの小林くんだったのです。
「きみが、どうしているかと思って、様子を見に来たんだよ。べつに、かわったことはないかい」
そこで、たけしくんは、おとうさんが明智たんていじむ所へ出かけていったこと、帰ってきてから、まるで人がかわったように、ものをいわなくなったこと、一間にとじこもって、こわい顔をしていることなどを、小林くんに話しました。
小林くんは、これを聞くと、じっと考えていましたが、やがて、
「これには、なにか、わけがあるらしいね。よしっ、ぼくは、すぐにじむ所へ帰って、明智先生にそうだんする。そして、きみたちをまもってあげる。ちっとも心配することはないよ」
といって、たけしくんのかたをたたくと、そのまま、夕やみの中へかけだしていってしまいました。
それから、一時間ほどたったころです。あたりは、もう、すっかり暗くなっていましたが、木村さんの家のへいの外を、黒いものが、ちょろちょろと動いていました。
暗くてよくわかりませんが、なんだか、六つか七つぐらいの小さな子どものようでした。その子どものすがたが、まだ開いたままの木村さんの門の中へ、すうっと、すべりこむようにはいっていきました。
その子どもは、いったい、なに者だったのでしょう。むろん、小林くんではありません。もっと、ずっと小さい子どもです。
あっ、そうです。少年たんていだんの、ちんぴらたいのポケット小ぞうにちがいありません。
ポケット小ぞうというのは、ポケットにはいるほど小さいというので、こんなあだ名をつけられたのですが、からだは小さいけれども、じつにすばしっこい、りこうな少年です。
そのポケット小ぞうが、木村さんの家へしのびこんだのです。
かれは、いったい、なにをするつもりなのでしょうか。
さて、その夜の八時ごろのことでした。しょさいにとじこもっている木村さんのところへ、どこからか電話がかかってきました。
木村さんは、その電話を聞くと、顔色をかえて、ガチャンと受話きをかけ、あわてて、よびりんをおすのでした。
けたたましいベルの音に、ふたりの書生がかけつけました。
「はい、なにかご用ですか」
「すぐに、明智たんていじむ所の人をよんでくれ。二十めんそうだ」
「えっ、二十めんそうが……」
「二十めんそうが、電話をかけてきたのだ。早くよんでくれ」
書生が、急いで、明智たんていのぶかの、ふたりの男をつれてきました。
「木村さん、二十めんそうから電話がかかったそうですが」
ぶかのひとりが、いきせき切って、たずねました。
「そうです。あいつからかかってきたのです」
「どんなことをいってきたのですか」
「今夜、わたしのほうせきを取りに来るというのです」
「えっ、今夜、ほうせきを」
「そうです。わたしのほうせきは、ぜんぶ、ほうせきばこにおさめて、そこの金庫に入れてあります。それを、今夜の十時きっかりに、ぬすみ出してみせるというのです」
「そんなばかな。そんなことができるはずはありません。わたしたちがふたり、書生さんがふたり、うんてん手の栗田くん、それに、木村さんをくわえて六人です。六人が、このへやでがんばって見はっていれば、いくら、かいじん二十めんそうでも、ぬすみ出せるわけがありません」
「わたしも、電話で、そういってやったのです。すると、二十めんそうはせせらわらいました。そして、見はりが多ければ多いほど、おもしろい。いくら見はっていても、かならずぬすみ出してみせるといって、電話を切ってしまいました。まほう使いのようなやつですから、ゆだんできません」
木村さんは、青ざめた顔で、心配そうにいうのでした。
それから、六人の見はりが始まりました。だれも、へやを出るものはありません。六人とも、いすにかけて、じっと金庫を見つめています。
まどは、ぜんぶしめて、かけ金をかけ、二つのドアも、げんじゅうにしめて、中からかぎをかけてしまいました。
「しかし、木村さん。ほうせきは、たしかに金庫の中にはいっているのですか。もう、とっくに、ぬすまれているのではありませんか」
明智たんていのぶかが、うたがわしげにいいました。
「ねんのために、しらべてみましょう」
木村さんは、そういって、かぎで金庫を開き、金色のほうせきばこを取り出して、テーブルの上におきました。
「はこはあっても、中のものがなくなっているかもしれません。開いてみます」
木村さんが、ほうせきばこを開くと、その中の黒いビロードのぬのの上に、首かざり・うでわ・指わ・耳かざりなどにちりばめた、ダイヤモンド・ルビー・サファイア・エメラルド、そのほか、あらゆるほうせきが、きらきらとかがやいているのでした。
「一つもなくなってはいません。では、元のように、金庫の中におさめます」
木村さんは、ほうせきばこのふたをしめ、それを金庫の中にしまって、かぎをかけました。
そして、また、六人は、じっと金庫を見つめていましたが、やがて九時になり、九時半になり、九時五十分となり、とうとう十時になりました。
「いま、ちょうど十時です。二十めんそうは、やって来ませんでしたね。もう、だいじょうぶです」
明智たんていのぶかがいいますと、
「いや、まだ安心はできません。あい手は、まほう使いですからね。ひとつ、金庫を開いて、あらためてみましょう」
木村さんは、そういうと、金庫の前へ行って、かぎで、とびらを開き、金色のほうせきばこをテーブルの上に持ってきて、そのふたを開きました。
「あっ」
みんなの口から、おどろきのさけび声が、ほとばしりました。
ごらんなさい。──ほうせきばこの中は、すっかりからっぽになっているではありませんか。ああ、これは、いったい、どうしたというのでしょう。
たけしくんと、きみ子ちゃんのおとうさんの木村さんは、金庫の中から、ほうせきばこを取り出して開いてみますと、中は、からっぽになっていました。
二十めんそうが、いつの間にか、ぬすみ出してしまったのです。
木村さんのほかに、明智たんていのぶかや、書生や、うんてん手など、五人の人が、そのへやの中で、目をさらのようにして見はっていたのです。その目の前で、ほうせきが、ほうせきばこの中からきえうせてしまったのです。いったい、二十めんそうは、どんなまほうを使ったのでしょうか。
木村さんをはじめ、みんなは、あまりのふしぎさにぼんやりしてしまって、金庫の前につっ立っていました。
すると、そのときです。大きな金庫の後ろから、ぴょんと、まっ黒なものがとび出してきました。小さなお化けです。まっ黒なシャツとズボンをつけ、頭は、黒ふくめんでつつんで、目と口のところだけ、あながあいています。頭のてっぺんから足のつま先まで、まっ黒な子どもみたいなやつです。
その小さなお化けが、ぴょん、ぴょんと、木村さんにとびかかってきました。そして、すばやく、木村さんのうちポケットに手を入れたかと思うと、中から、ぴかぴか光るものをつかみ出して、ぱっと、向こうへとびのいてしまいました。
「ほうせきは取りもどしたから、安心しな。さあ、こいつをつかまえるんだよ。こいつは、ほんとうの木村さんじゃない。二十めんそうが化けているんだよ。早く、こいつを……」
黒いお化けが、子どもの声でさけびました。
しかし、みんなは、そんなお化けのいうことはしんようできないので、ためらっていますと、木村さんが、いきなり、かけだして、へやの外へ出ていってしまいました。
「あっ、にげた。早く追っかけるんだ」
小さなお化けが、またさけびました。
みんなは、木村さんがにげだしたのを見ると、お化けのいうことがほんとうだ、と思いました。それに、木村さんのうちポケットから、ほうせきが出てきたのが、なによりのしょうこです。みんなは、二十めんそうが、どんなものにでも化けられる、へんそうの名人だったことを思い出したのです。
みんなは、へやの外へかけ出しました。そして、表門やうら門の外までしらべましたが、木村さんにへんそうした二十めんそうのすがたは、どこにも見えません。
「へんだなあ。そんなに早くにげられるはずがない。どこか、家の中にかくれているんじゃないかな」
明智たんていのぶかが、小首をかしげて、いいました。
「そうだ、家の中にかくれているんだ。門の外の町はずっと見通しなのに、どこにもいないんだから、外へにげたとは考えられない。きっと家の中だよ」
「それにしても、あの黒いお化けは、いったいなにものだろう」
「うん、そうだ。あいつのほうせきを取り返さなけりゃあ」
そこで、黒いお化けをつかまえて、しらべてみますと、
「おれ、ちんぴらたいのポケット小ぞうだよ。小林さんのめいれいで、こんな黒いシャツを着て、金庫の後ろにかくれていたんだ。おいらみたいな、小ちゃい子どもでなけりゃ、はいれはしないよ。だから、二十めんそうもゆだんしていたんだよ。さあ、これ、返すよ」
といって、さっき、二十めんそうから取りもどしたほうせきを、明智たんていのぶかに手わたすのでした。
「それにしても、あいつ、いつの間にほうせきを取り出したのかなあ。ぼくたちは、ちゃんと見はっていたんだが……」
「あいつは、手品使いだよ。ほら、一度、金庫をあけて、ほうせきばこの中にほうせきのはいっているのを、たしかめただろう。あのときだよ。金庫の前にしゃがんで、ほうせきばこをもどすときに、すばやくほうせきだけをぬき取って、うちポケットに入れてしまったのさ」
黒いお化けのポケット小ぞうがせつめいしました。
それから、家じゅうのそうさくが始まりました。
明智たんていのぶかがふたり、書生がふたり、自動車のうんてん手、それに、黒ふくめんのままのポケット小ぞうもくわわって、六人が二組に分かれて、ろうかからろうかへ、へやからへやへと、さがし回るのでした。
しかし、木村さんに化けた二十めんそうは、どこにもいません。もう、さがすところがないのです。
「あっ、このおし入れ、まだあけてみなかったね」
ポケット小ぞうが、ろうかのおし入れの前に立ち止まって、そっとささやきました。
「うん、まだだ。あけてみよう」
明智たんていのぶかが、おし入れの戸に手をかけて、そっと開きましたが、開いたかと思うと、
「わあっ……」
とさけんで、あとじさりをしました。
おお、ごらんなさい。一頭の大きなとらが、ぬうっと、あらわれてきたではありませんか。
黄色いからだに、太い、まっ黒なしまがついています。その黄色いところが、金色に光っているのです。らんらんとかがやく二つの目が、じっと、こちらをにらんでいます。
家の中に、とらがいるなんて、なんという、ふしぎなことでしょう。まるで、考えてもみなかったことです。
みんなは、あまりのおそろしさに、立ちすくんだまま、どうすることもできないのでした。
金色のとらは、ゆうゆうと、おし入れの中から出てきて、のそりのそりと歩きだしました。
そして、みんなのそばを通りすぎると、にわかに足を早め、いきなりかけだして、ろうかの向こうへまがっていってしまいました。
ここは、たけしくんと、きみ子ちゃんのしんしつ(ねるへや)です。
さっき、書生さんが来て、二十めんそうが、家の中にかくれているといったので、ふたりは、こわくてしかたがありません。ベッドから出て、パジャマを着たまま、へやのすみっこで、たがいのからだをだきしめて、ぶるぶるふるえながら、立っていました。
すると、入口のドアが音もなく、すうっと開いたのです。そして、そのすき間から、金色に光るものがあらわれてきたではありませんか。
とらです。びっくりするほど大きな、金色のとらです。
ふたりは、あまりのふしぎさに、ゆめでも見ているのではないかと思いました。しかし、ゆめではありません。生きたとらが、ほんとうに、しんしつの中へはいってきたのです。
大とらは、へやにはいると、あと足で立って、前足で、かぎあなにさしたままになっているかぎを、カチンとかけてしまいました。
ふたりは、もう、にげ出すこともできないのです。
金色のとらは、ふたりの方へ、のそりのそりと近づいてきました。
さて、みなさん、これから、いったい、どんなことが起こるのでしょう。たけしくんときみ子ちゃんは、この大とらに食われてしまうのではないでしょうか。
それにしても、家の中にとらがいたなんて、じつにふしぎです。これには、なにかわけがあるのにちがいありません。そのわけとは……。
ふたりは、それを見ると、きゃあっといって、だきあったまま、たおれるようにしゃがんでしまいました。
「うふふふ……」
そのとき、へんなわらい声が聞こえてきました。へやの中からです。へやの中には、とらのほかに、だれもいません。では、とらがわらったのでしょうか。
ああ、わらうとら。お化けのようにわらうとら。
たけしくんときみ子ちゃんは、ぞうっとして、気が遠くなるような思いでした。
「うふふふ……。たけしときみ子、しばらくだったなあ。おれがだれだか、わかるかね」
ふたりは、そのきみの悪い声に、聞きおぼえがありました。二十めんそうです。あいつの声です。
「おれは、へんそうの名人だ。人間ばかりでなく、どんなものにも化けられるんだ。もうじゅうにだって、化けられるんだよ」
まるで、人間のように、あと足で立ちあがったとらが、ふたりのかくれているかべの間をのぞきこみました。
「うふふふ……。こわがらなくてもよい。おまえたちにかみつくわけじゃない。
ざんねんながら、おれはしっぱいしたんだ。ポケット小ぞうに、ほうせきを取り返されてしまった。そして、追っかけられたのだ。そういうときの用意に、おれは、とらの皮を、おし入れの中にかくしておいたんだ。それを着て、みんなをびっくりさせて、そのまに、にげだしたのだ。おれは、けっしてつかまりはしないよ。
ところで、きみたちにいっておくが、おれは、きみたちのおとうさんに化けて、ほうせきをぬすんだ。だから、ここのうちには、きみたちの、ほんとうのおとうさんはいないのだ。
どこにいると思うね。うふふ……。ある場所にかくしてある。そして、おとうさんと引きかえに、ほうせきをもらうつもりだよ。
わかったかね。おとうさんを返してほしかったら、ほうせきをおれにわたすように、みんなにたのむのだ。ほうせきを、いつ、どこへ持ってくればいいかは、あとで知らせるよ。わかったね。じゃあ、あばよ」
とらは、それだけのことをいってしまうと、あと足で、まどのところへ歩いていき、ガラス戸を開いて、まっ暗なにわへ、ぴょいととび出していってしまいました。
木村さんのうちの近くに、こうしゅう電話が立っていました。そこは、やしき町と、しょうてんがい(店のたくさんある町)とのさかい目になっているのです。
もう、夜ふけでしたから、町は、ひっそりとして、人通りもないように見えましたが、その暗い町を、コツコツと、くつ音をたてて、ひとりの大学生が歩いてきました。
ふと、大学生は、びっくりしたように立ち止まりました。そして、いきなり、いま来た方向へかけだしました。おそろしいものを見たからです。
向こうの大きなやしきのコンクリートべいから、ぴょいと、地面へとびおりたものがあったからです。それが、思いもかけない、一ぴきの大きなとらだったからです。
とらは、地面にとびおりると、あたりを見回してから、こうしゅう電話の方へ、のそのそと歩いていきました。
そして、あと足で、ぬうっと立ちあがると、こうしゅう電話のドアを開いて、中へはいってしまいました。
大学生は、三十メートルほどにげ、町かどに身をかくして、それをのぞいていましたが、東京の町の中へとらがあらわれるなんて、まったくしんじられないことですから、自分の目がどうかしたのではないかと、うたがいました。
こうしゅう電話に近づいて、たしかめてみればいいのですが、そんなゆうきはありません。近くの交番にかけつけて、このことを知らせるほかはないと思いました。
すると、そのとき、木村さんの門の中から、四、五人の人が、あわただしくかけ出してきました。
明智たんていのぶかや、書生たちが、にわににげたとらをさがし回ったすえ、門の外へ出てきたのです。
大学生は、その人たちを見ると、「あっ、あぶないっ」
と思いました。とらにおそわれたらたいへんです。そこで、ゆうきを出して、みんなの方へ走っていき、息を切らせながら、とらのことを話しました。
「えっ、こうしゅう電話ですって」
「ええ、たしかに、あの中へはいりました」
「それじゃあ、外からドアをおさえてしまえばだいじょうぶだ。そして、こうしゅう電話をぐるぐるまきにすれば、おりにとじこめたようなものだ」
明智たんていのぶかたちは、そんなことをいいながら、だいたんに、こうしゅう電話の方へ近づいていくのでした。
けれども、みんなが、おずおずとこうしゅう電話のそばへ来たときです。こうしゅう電話のドアが、中から、ぱっと開きました。
みんなは、あっといって、にげだしそうになりましたが、ドアをあけて出てきたのは、とらではなくて、ひとりの、しわだらけのおじいさんでした。めがねをかけ、長い白ひげをはやし、古いかたのせびろを着た、弱々しいおじいさんでした。
大学生はびっくりしました。このおじいさんは、よく、とらに食われなかったものだと思いました。
明智たんていのぶかは、あっけにとられながらも、おじいさんの出たあとのこうしゅう電話の中を、そっとのぞいてみました。けれども、ふしぎなことに、その中はからっぽでした。大学生のいったようなとらのすがたなど、どこにも見えないのでした。
白ひげのおじいさんは、うろたえているみんなの顔を見回して、にやにやとわらいました。そして、ひょっこりひょっこりと、みょうな歩き方で、向こうへ立ち去ってしまいました。
二十めんそうは、大きなとらにへんそうして、木村さんの家のそばにある、こうしゅう電話の中ににげこみました。みんなが、そのまわりを取りまいていると、ドアが開いて、中から、ひとりのろうじんが出てきました。そして、さっきとびこんだとらは、かげも形も見えません。どこかへきえうせてしまったのです。
みんなは、あっけにとられて、そのろうじんを見送っていましたが、ポケット小ぞうは、明智たんていのぶかに、なにかささやくと、そのまま、ろうじんのあとをつけていきました。ポケット小ぞうは、ポケットの中にはいるほど小さいといわれている少年ですから、あとをつけるには、つごうがいいのです。
ろうじんは、大きな黒いふろしきづつみを小わきにかかえて、すたすたと歩いていきます。その歩き方が、とても早くて、すこしも年よりらしい様子がありません。
ポケット小ぞうは、気づかれないように、ちょこちょこと、すばやくあとをつけました。
「ははん、わかったぞ。あのふろしきの中に、とらの皮が、まるめてつつんであるんだな。こうしゅう電話のはこの中で、それをぬいで、ろうじんのすがたになってあらわれたんだ。あいつは、さっき、木村さんのおし入れの中にかくれたとき、そこに用意しておいたふくや白いつけひげで、ろうじんにへんそうしたんだ。それから、とらの皮をかぶったんだ。だから、とらの皮さえぬげば、すぐにろうじんに化けられたんだ。一分間もかかりゃしない。二十めんそうのやつ、うまいことを考えたもんだな」
ポケット小ぞうは、そんなことをぶつぶつつぶやきながら、なおもゆだんなく、ろうじんのあとをつけていきました。
ろうじんは、さびしい方へ歩いていきます。夜ふけのことですから、あたりは、まっ暗です。
すると、ろうじんが、立ち止まって、道にしゃがむのが、かすかに見えました。
「おやっ」
と思って、目をこらしていますと、ろうじんは、大きなまるいものを、地面からひき起こしているではありませんか。
「あっ、わかった。マンホールの鉄のふたをずらしているんだな」
そうです。ろうじんは、マンホールのふたを開いて、その中へおりていこうとしているのです。
「あの中へかくれるつもりなのかな。だが、おれがつけていることは気がつかないんだから、なにも、かくれることはない。すると、……あっ、そうかもしれないぞっ」
ポケット小ぞうは、そこに気がつきました。
二十めんそうは、とんでもないことを考え出すやつですから、マンホールとそっくりのあなをこしらえて、そこから自分の住みかへ出入りしているのかもしれません。
マンホールだと思えば、だれもあやしまないのですから、こんなによいひみつの出入口はありません。
ろうじんは、マンホールにはいると、中から、鉄のふたをしめてしまいました。
ポケット小ぞうは、急いでそこへ行って、鉄のふたに手をかけてみましたが、子どもの力で動かせるものではありません。
「よし、すぐ、みんなに、このことを知らせよう。そして、明智先生や小林さんと、電話でそうだんするんだ」
そういって、ポケット小ぞうは、大急ぎで、もと来た方へ、かけだすのでした。
ポケット小ぞうの考えたとおり、そのマンホールは、二十めんそうの住みかの、ひみつのマンホールでした。
マンホールの中は、コンクリートのかべにかこまれていましたが、そのかべに、ちょっと見たのではわからない、ひみつのドアがあって、それを開くと、ずっと、よこあながつづいていて、あるせいようかんのえんの下へ出られるようになっていました。そこのゆか板が、上げぶたになっていて、それをあけて上に出ると、りっぱなへやがあるのです。
ろうじんにへんそうした二十めんそうは、そのへやへ上がっていきました。
「うふふふふ。あぶないところだった。だが、おれは、まほう使いだからな。とらに化け、ろうじんに化け、それから、だれも知らないマンホールの入口だ。あいつら、おれがどこかへきえてしまったかと、おどろいているだろうて。うふふふふ……」
二十めんそうは、そんなひとり言をいいながら、広いへやの中を、ぐるっと見回しました。
それは、へんなへやでした。広いせいよう風のへやのかべには、いろいろな形の刀やてっぽうなどがならべてあり、その下には、むかしのせいようのよろいや、日本のよろい、中国のよろいなどが、まるで、人が立っているように、ずらっとかざってありました。びじゅつ品の好きな二十めんそうは、古い刀やよろいなどを、このへやにかざって、よろこんでいるのでしょう。
かれは、ドアをあけて、つぎのへやにはいりました。そこは、しんしつらしく、大きなベッドがおいてありました。
そこで、ろうじんのふくをぬぎ、顔のつけひげやかつらを取り、せんめん台で顔をあらい、ようふくだんすからパジャマを出して着かえてから、よびりんをおすのでした。
すると、ドアにノックの音がして、ひとりのぶかがはいってきました。
「かしら、うまくいきましたか」
「いや、しっぱいした。ちんぴらにじゃまをされた。そして、みんなに追っかけられたので、いろんなへんそうをして、うまくにげてきたのだ。だが、あのほうせきは、きっと手に入れてみせるよ。……ああ、くたびれた。今夜は、もう、ねることにしよう」
二十めんそうは、そういって、ぶかを下がらせてから、そこのつくえの上においてあったウイスキーをグラスについで、ぐっとのみほすと、そのままベッドにもぐりこんでしまいました。
さて、そのよく朝のことです。八時ごろ、二十めんそうは、目をさましてベッドから出ると、ドアを開いて、よろいのかざってあるへやにはいりました。毎朝、そのへやを見るのが楽しみなのです。
「どうだ、りっぱなものじゃないか。これだけ、世界じゅうのよろいや刀を集めているやつは、ほかにあるまい。ここまで集めるのには、おれも、ずいぶんくろうしたもんだからな」
二十めんそうは、さもうれしそうに、ひとつひとつ、よろいをながめながら歩き回るのでした。
「おやっ」
二十めんそうは、びっくりして立ち止まりました。すぐそばに立っている銀色のせいようのよろいが、かすかに動いたように思われたからです。
ふしんに思った二十めんそうが、その銀色のよろいを見ていると、ああ、これは、どうしたことでしょう。そのよろいが、だんだん大きく動き出して、こちらに歩いてくるではありませんか。よろいのお化けです。
二十めんそうは、ぽかんと口をあけ、あっけにとられたように立ちすくんでしまいました。
そのよろいは、銀色にみがいた鉄でできています。銀色のかぶとをかぶり、その下に、銀色のかめんのようなものが見えます。
その大きなよろいが、二十めんそうの方へ、しずかに歩いてくるのです。
「お、おまえは、なに者だっ。よろいの中に、はいっているのは、だれだっ」
二十めんそうは、思わず、かべぎわにあとずさりしながら、どなりつけました。よろいが歩きだすからには、中に、人間がはいっているとしか考えられないからです。
「はははは……。だれだと思うね。この声に聞きおぼえはないかね」
よろいの中から、人間の声が聞こえてきました。
「あっ、それじゃあ、おまえは……」
二十めんそうは、その声に、聞きおぼえがあったのです。かれは、はっとしたように、顔色をかえました。
「はははは、わかったかね。そのとおり、きみのてきの明智小五郎だよ」
「どうして、ここがわかったのだ」
二十めんそうは、ふしぎそうに、聞き返しました。
「きみは気づかなかったが、ポケット小ぞうが、きみのあとをつけて、マンホールの入口を発見したんだよ。ぼくは、そのマンホールから、はいってきたのさ。その道には、いくつも、かぎのかかったドアや上げぶたがあったけれども、ぼくは、ばんのうかぎを持っているので、どんなドアでも開くことができるのさ。
そして、このよろいの中へかくれていたというわけだよ」
「うむっ」
二十めんそうは、さもくやしそうにうなったかと思うと、いきなり、かべにかけてあった長いけんを取って、明智たんていに向かってきました。
しかたがないので、明智たんていのほうも、よろいのこしにつるしていた、長いけんをぬきはなって、二十めんそうのけんをふせぎました。
はげしいきり合いが始まりました。日本のけんどうではなくて、せいようのフェンシングのたたかいです。
名たんていも、二十めんそうも、フェンシングのやり方を、よく知っていました。二十めんそうのけんが、明智たんていのむねを目がけて、はげしくつき出されてくるのを、明智たんていのけんが、はっしと受け止めて、空中にきりむすぶのです。二本のけんが、目にもとまらぬはやさでとびちがうので、まるで、銀色のにじがきらめいているように見えます。
ほんとうのけんですから、さわればきれるのです。しかし、両方とも、あい手をきずつけたり、ころしたりする気はありません。ただ、フェンシングのうでまえを、見せあっているのです。
二十めんそうも、なかなか強いけれど、明智たんていは、それよりいっそう強いのでした。
チャリン、チャリンと、銀色のけんがぶつかりあい、そのするどいけん先が、ひょいひょいと、のどやむねにせまってくるのを、明智たんていは、みごとにはね返しています。二十めんそうのこきゅうが、だんだんはげしくなってきました。
そのとき、さっと、つき出した二十めんそうのけんを、明智たんていは、自分のけんで、くるくるとまき返すようにして、ぱっとはねると、二十めんそうのけんは、手からはなれて、てんじょう高く、まい上がってしまいました。
二十めんそうが負けたのです。負けたとわかると、かれは、いきなり、まどのところへとんでいって、にげ出そうとしました。
「はははは。二十めんそうくん、だめだよ。この家のまわりは、おおぜいのけいかんが取りまいているのだ。とても、にげ出せやしないよ」
明智たんていは、けんを前につきながら、へやのまん中に立って、さもゆかいそうにわらうのでした。
二十めんそうは、まどから、にわをながめました。向こうの木の間に、けいかんが、ふたり、三人、四人と、見はっているのが見えます。
「ちくしょう、すっかり手が回ったな。明智くん、さすがにきみは、ぬかりがないねえ。だが、おれは、いつでも、さいごのおくの手が用意してあるんだ。おれは、にげ出してみせるぞ」
二十めんそうは、さけぶようにいったかと思うと、ぱっとまどにとびつくと、いきなり、空中に向かってとび上がりました。
すると、ふしぎふしぎ、二十めんそうのからだは、すうっと、空中に上がったまま、落ちてこないではありませんか。二本の足が、まどの上の方に、ぶらんぶらんと、ゆれているのです。
明智たんていは、まどにかけよって、外をのぞきました。にわの木の間にかくれていたけいかんたちも、まどの下へかけよってきました。
「あっ、屋根だっ。屋根へのぼっていくぞっ」
ひとりのけいかんが、びっくりしたようにさけびました。
ごらんなさい。高い屋根の上から、なわばしごが、まどのへんまでぶらさがっています。二十めんそうは、それにとびついたのです。そして、屋根へのぼっていくのです。
これが、かれのおくの手でした。万一のときのために、なわばしごを用意しておいたのです。
しかし、屋根にのぼって、どうしようというのでしょう。となりの家の屋根と、くっついているわけではありませんから、屋根づたいに、にげることはできません。
この家を取りまいていたけいかんたちが、おおぜい、まどの下へ集まってきました。しかし、なわばしごは、ずっと上の方にあるので、地面からとびつくことはできません。さっき、二十めんそうがしたように、まどわくに上がって、そこからとびつくほかはないのです。
明智たんていは、大急ぎで、せいようのよろいをぬぎすてると、身がるなすがたで、まどわくに上がり、空中にたれているなわばしごに、さっととびつきました。
そのときには、二十めんそうは、もう、とっくに、屋根に上がってしまって、下からは、すがたが見えません。
明智たんていは、なわばしごをのぼりきると、屋根に手をかけました。そして、ひょいと身をおどらせると、もう、屋根の上に立っていました。
急な屋根です。とても、立ったままでは歩けません。たんていは、はうようにして、てっぺんの方へのぼっていきます。
そのときです。ブルルルン、ブルルルン、ブルルルン……という、ぶきみな音が、屋根のてっぺんの方から聞こえてきました。
おお、おどろくではありませんか。かれのおくの手は、これだったのです。
かれは、空中にまい上がっていくのです。まるで、スーパーマンのように、からだをのばして、およぐように、空高くとびさっていくではありませんか。二十めんそうは、いったい、どうして、空をとぶことができるのでしょうか。二十めんそうは、ほんとうの、まほう使いなのでしょうか。
明智たんていと、おおぜいのおまわりさんに取りかこまれたかいじん二十めんそうは、屋根に上がって、そこから、まるでスーパーマンのように、空へとんでいってしまいました。
それから、一週間ほどたった、あるばんのことです。二十めんそうにねらわれた木村さんの家へ、小林くんがたずねてきていました。
木村さんの子どもの、たけしくんときみ子ちゃんは、小林くんとなかよしになっていたので、自分たちの勉強べやへ、小林くんをつれていって、話をしていました。
そのへやの外には、広いにわがあって、まどに、黄色いカーテンがおりていました。
もう、夜の八時ごろのことでした。三人が話をしていると、とつぜん、ぱっとでんとうがきえて、へやの中がまっ暗になってしまいました。ていでんのようです。
すると、まどにおろしてあるカーテンが、ぼうっと、明るく見えてきました。そして、そのカーテンに、なにか、もやもやと、黒いものが動いているではありませんか。
たけしくんは、ろうそくを取りに行こうとしましたが、その、もやもやした黒いものを見ると、もう、からだが動かなくなってしまいました。
三人は、まほうの力で引きつけられたように、カーテンから、目をはなすことができません。
やがて、そのもやもやしたものは、大きな人間の顔であることがわかってきました。まどの外に、なにものかが立っていて、その顔が、にわのでんとうの光で、カーテンにうつっているのです。それにしても、なんというきみの悪い、大きな顔でしょう。一メートルもあるよこ顔が、黒々とうつり、大きな口をあけて、へんなふうにわらっているのです。
「えへへへ……」
なんともいえない、いやなわらい声が聞こえてきました。
「だれだっ。そこにいるのは、だれだっ」
小林くんが、どなりつけました。
「おれだよ、わからないかね」
かげの声が、うすきみ悪く答えました。
「だれだっ。名まえをいいたまえ」
「うふふふ……、まだわからないかね。おれは、二十めんそうだよ」
「えっ、二十めんそうだって」
たけしくんときみ子ちゃんは、まっさおになりました。
「そこには、小林くんもいるんだろう。いいか、おれのいうことをよく聞いておくがいい」
かげが、大きな口をぱくぱくやって、しゃべりだしました。へんな声です。まるで、ほらあなの中ででもしゃべっているように、ビーン、ビーンとひびく声です。
「いいか、おれは、まだ、この家のほうせきをあきらめていないのだ。あんなひどいめにあわされたのだから、そのかたきうちをするのだ。そして、明智のやつや、小林や、ポケット小ぞうを、あっと、おどろかせてやるのだ。うふふふ……、いまに見るがいい。ほうせきは、きっと、ぬすみ出してみせるからな」
そこまで聞くと、もう、小林くんはがまんできませんでした。いきなり、まどにかけよると、カーテンをはねのけ、ガラッと、ガラスまどをあけました。てっきり、二十めんそうが、まどの外に立っていると思ったからです。
ところが、ああ、なんというふしぎ。広いにわには、見わたすかぎり、だれもいないではありませんか。
まどぎわに、しゃがんでいるのかもしれないと、下をのぞいてみましたが、そこにも、人のすがたは見えません。
そのとき、たけしくんが、つくえの引出しから、かいちゅうでんとうを出して、小林くんにわたしたので、それで、そのへんをずっとてらしてみましたが、やっぱり、だれもいないのです。
あんなかげをうつしておいて、そんなに早くにげられるものでしょうか。そんなことは、とても考えられません。
三人は、ぞうっと、うすきみ悪くなってきました。二十めんそうは、またしても、まほうを使ったのです。
三人は、おくへかけこんでいきましたが、家じゅうのでんとうがきえていてまっ暗なので、かいちゅうでんとうで、台所のスイッチをしらべてみると、スイッチの切れていることがわかりました。すぐに、スイッチを入れましたので、家じゅうが明るくなりました。
三人は、木村さんのへやにはいって、今のできごとを知らせました。
それから、小林くんは、木村さんの耳に口をつけるようにして、ぼそぼそと、なにかささやきました。すると、木村さんは、感心したようにうなずいて、
「うん、それはいい考えだ。きみのいうとおりにしよう」
と答えました。
小林くんは、いったい、なにを話したのでしょう。それは、二十めんそうを、あっといわせるようなけいりゃくでした。どんなけいりゃくだったか、やがて、みなさんに、わかるときが来るでしょう。
そのばんは、そのまま、なにごとも起こりませんでした。十時近くになると、小林くんは、木村さんと、ひそひそとなにかうちあわせてから、たんていじむ所へ帰っていきました。
さて、そのあくる日の夜のことです。木村さんの家の中で、またしても、おそろしいことが起こりました。
木村さんの家は、広いせいようかんですが、たけしくんときみ子ちゃんのベッドは、二かいのしんしつにあります。
もう、夜の九時もすぎたので、たけしくんときみ子ちゃんは、おとうさんとおかあさんに、「おやすみなさい」をいうと、パジャマに着かえ、ふたりそろって、手すりのついた広いかいだんを上がって、とちゅうのおどり場へ来たときです。後ろからついてきたきみ子ちゃんが、急に、「あっ」とさけびました。
そのおどり場は、はば二メートル、長さ四メートルぐらいの板の間で、後ろは、二かいのてんじょうまでつづいた、白いかべになっています。その、えいがのスクリーンのような白いかべに、あやしいかげがうつったのです。
「あっ、おにいちゃま、たいへんよ。あっ、早くにげなければ……」
きみ子ちゃんの声に、たけしくんは、びっくりして、白いかべを見ました。
おお、これは、どうでしょう。
かべいっぱいの大きな手が、つめの長くのびた指を、おそろしい形にきゅうっとまげて、たけしくんの頭の上から、つかみかかってくるではありませんか。
きょじんの手です。まっ黒な手のかげです。
それが、かべにうつったたけしくんの小さいかげの上から、ぐうっとおりてくるのです。
たけしくんは、あまりのおそろしさに、「わあっ」といって、その場にうずくまってしまいました。
きみ子ちゃんが、このことを、おかあさんに知らせたので、大さわぎになり、木村さんや書生などがかけつけてきましたが、そのときには、もう、かべのかげはきえていました。そして、いくらしらべても、どうして、あんなかげがうつったのか、わけがわからないのでした。
ああ、まほう使いの二十めんそうは、これから、どんなおそろしいことを、始めるのでしょうか。
そして、小林くんのけいりゃくとは、どんなことでしょうか。
さて、そのあくる日のことです。たけしくんときみ子ちゃんが、学校から帰ってきて、門のそばで遊んでいると、門の外から、ひとりの子どもがはいってきました。
赤い頭の毛を、おとなのようにきれいに分けて、あらいしまのせびろを着た、十二、三さいのせいよう人のような、へんな子どもです。顔は、りんごのように赤く、目は、大きく、まんまるで、頭でっかちな子どもです。
その、へんな子どもが、つかつかとはいってきたので、たけしくんときみ子ちゃんが、びっくりして見ていると、子どもは、たけしくんの前で、ぴたりと止まりました。
「ぼく、お使いだよ。さあ、これ手紙」
といって、白いふうとうを、たけしくんにさし出しました。
たけしくんが、それを受け取ると、へんな子どもは、くるっと後ろを向いて、つかつかと、門の外へ出ていきました。
それから、じつにみょうなことが起こったのです。
へんな子どもは、門を出ると、向こうがわに立っている、まるいゆうびんポストのそばへ歩いていきました。
すると、ふしぎなことに、そのポストがぱっと二つにわれて、大きな口を開いたではありませんか。
あたりは、まったく人通りがないので、だれも見ているものはありません。
へんな子どもは、その二つにわれたポストの中へはいっていきました。すると、ポストは、もとのとおりに合わさって、ふつうのポストになってしまいました。
こうして、へんな子どもは、ポストの中へかくれてしまったのです。
そのとき、門の中のたけしくんは、わたされた手紙のふうを開いて、中の手紙を読んでいました。それには、こんなきみの悪いことが書いてあったのです。
今夜、ほうせきをもらいに行く。いくら用心しても、だめだよ。二十めんそう
さては、今の子どもは、二十めんそうの手下だったのかと、たけしくんは、門の外をにらみつけました。
「おにいちゃま。あの子、人間じゃないわ。きっと、お人形よ」
きみ子ちゃんが、へんなことをいいました。
それを聞くと、たけしくんも、はっと気がつきました。
「そうだっ。あいつ、きかいみたいな、へんな歩き方をしてたね。声も、キーキー声で、レコードみたいだった。それに、顔がちっとも動かなかった。あいつ、子どものロボットかもしれない」
たけしくんは、そういって、いきなり門の外へかけ出し、通りの右左を見ましたが、子どものすがたは、どこにも見えませんでした。
「おやっ、あんなところにポストが立っている。いつできたのかなあ」
たけしくんは、通りの向こうがわに、見なれないポストを見つけましたが、まさか、あんなしかけのあるポストとは知りませんから、ここへ、新しくできたのだろうと考えました。
たけしくんときみ子ちゃんが、今の手紙をおとうさんに見せるために、家の中へはいってから、しばらくすると、一台の小がたトラックが、あのあやしいポストのそばへやって来ました。
ふたりの男が、トラックからおりると、そのポストを持ち上げてトラックにつみ、上から大きなおおいをかけて、そのまま、どこかへ走り去ってしまいました。
ふつうのポストなら、とてもふたりの力では持てませんから、このポストは、本物より、ずっとかるくできているのにちがいありません。
あのへんな子どもも、ポストの中にはいったまま、運ばれていったのです。
おそろしい手紙を読んだ木村さんは、すぐに、けいさつや、明智たんていに電話をかけて、二十めんそうがやって来たら、つかまえる手はずをととのえました。
昼間から、五人のけいじと、明智たんてい・小林くん・ポケット小ぞうたちが、こっそりやって来て、ほうせきを守るために、それぞれの持ち場につきました。
さて、その夜のことです。
たけしくんときみ子ちゃんは、書生にまもられて、しんしつにとじこもっていましたが、はとどけいが、「ポッ、ポッ、ポッ」と、九時をうったときです。
「コツ、コツ、コツ」
だれかが、ドアをたたくのです。「だれっ」と聞いても、なにも答えません。そして、また、コツ、コツ、コツと、たたくのです。
たけしくんは、そっとドアに近づくと、いきなり、ぱっとあけました。
すると、ドアの外に、へんなやつが立っていたのです。ロボット小ぞうです。昼間、手紙を持ってきた、あの、へんな子どもです。
「あっ、きみは、さっきの子どもだな。なにしに来たんだっ」
たけしくんが、ゆうきを出して、どなりつけました。すると、
「へへへへ……」
ロボット小ぞうは、へんな声でわらいました。そして、ろうかを、とことこと向こうへ歩いていくのです。
「待てっ」
たけしくんは、そのあとを追いかけました。書生たちも、いっしょになって追いかけました。
「みんな、来てください。へんなやつがいます。二十めんそうの使っている、子どものロボットがいるんです」
と、たけしくんがさけびました。
その声を聞くと、けいじたちが、かけつけてきました。
ロボット小ぞうは、そんなに早く走れないと見えて、からだをまっすぐにして、あいかわらず、とことこ歩いているものですから、たちまち、けいじたちにつかまってしまいました。──このへんな子どもは、はたして、人形だったのでしょうか。
さて、ちょうど、そのさわぎのさいちゅうに、まっ暗な木村さんのしょさいでは、おそろしいことが起こっていました。
からだにぴったりついた、黒いシャツとズボンを着けた黒ふくめんの男が、金庫の前にしゃがんで、なにかしているのです。
みんなの注意を、ロボット小ぞうのほうに集めておいて、その間に、ほうせきをぬすみ出そうというのでしょう。この、黒ふくめんの男は、むろん二十めんそうなのです。
二十めんそうは、金庫やぶりの名人ですから、どんなげんじゅうな金庫でも、わけなく開くことができるのです。
カチッという音がして、金庫のとびらが開きました。そのときです。二十めんそうの口から、「わあっ」という、おどろきのさけび声がとび出しました。そして、二十めんそうは、いきなり、にげ出そうとしました。
これは、いったい、どうしたわけでしょう。
金庫の中に、なにがはいっていたのでしょう。
二十めんそうがおどろいたのも、むりはありません。金庫の中のたなが、すっかり取りのけられて、そこに、少年たんていだんのポケット小ぞうが、かくれていたからです。
ポケット小ぞうは、ピストルをかまえて、金庫の中から出てきました。小さな子どもですが、ピストルにはかないません。二十めんそうは、両手をあげて、あとじさりをしました。にげ出そうとすれば、うたれるので、にげるわけにはいきません。
「はははは……。ほうせきばこを、べつのところにかくして、おいらがはいっていたのさ。そして、おじさんのあけるのを待っていたんだ」
ポケット小ぞうは、そういって、金庫のかべにとりつけたベルのボタンをおしました。
「これをおせば、方々でベルの鳴るしかけだ。いまに、みんながやって来るからね。おとなしく待っているんだよ」
それを聞くと、こんどは、二十めんそうのほうが、大声でわらいだしました。
「わはははは……、だめだよ。そのベルは、おれがさっき、線を切っておいた。いくらおしたって、鳴りはしないよ」
ポケット小ぞうは、はっとして顔色をかえました。そのすきを見て、二十めんそうが、いきなりとびかかってきたのです。そして、ポケット小ぞうのピストルを、たたき落としてしまいました。
ポケット小ぞうは、「あっ」といって、ピストルをひろおうとしました。二十めんそうは、それをつきとばして、自分がピストルをひろおうとします。ポケット小ぞうは、すぐにとびついていって、二十めんそうの手にかみつきました。
「あっ、いたいっ」
さすがの二十めんそうも、かみつかれてはかないません。
それから、おとなと子どもの大かくとうになりました。
ポケット小ぞうはすばしこいので、つかまえようとすると、するりとぬけ出してにげ回り、あい手が近づくと、またどこかに食いつくのです。
二十めんそうも、この小さなあい手にてこずっていましたが、そのうち、とうとうポケット小ぞうをつかまえて、大きなハンカチでさるぐつわをはめ、どこからかなわを取り出して、手足を、ぐるぐるとしばってしまいました。
「ちんぴらのくせに、ほねをおらせやがった。だが、もう、どうすることもできまい。ははは……。いつまでも、そこにころがっているがいい。それじゃあ、あばよ」
といって、にげ出そうとしたときです。
「二十めんそうくん、しばらくだったなあ」
という声が聞こえ、ドアのところに、明智たんていのにこにこ顔があらわれました。
二十めんそうは、「あっ」といって、はんたいがわのドアにかけつけると、そのドアが外から開いて、そこに、ピストルをかまえた小林くんが立っていました。
「はははは……。二十めんそうくん。さすがのきみも、もう、どうすることもできないね」
二十めんそうは、ぱっと身をかがめると、ゆかに落ちていたポケット小ぞうのピストルをひろい取って、明智たんていの足に、ねらいをさだめました。
「おれは、人ごろしはきらいなんだ。だから、きみをころしはしない。足をうつんだ。そして、にげ出すんだ」
そういったかと思うと、いきなり、ピストルの引き金を引きました。──カチッと、音がしました。しかし、たまはとび出しません。また、引き金を引きました。けれど、またカチッと音がするばかりです。
「あははは……。そのピストルには、たまがはいっていないんだよ。ポケットくんが、おどかしに使っただけだよ」
明智たんていが、さもおかしそうにわらいました。
「しまった」
とさけんで、二十めんそうは、ピストルをなげつけました。さっき、からのピストルに手をあげたのかと思うと、くやしくてたまらないのです。
かれは、いきなり、明智たんていにとびかかっていきました。
またしても、大かくとうが始まりました。二十めんそうも強いが、明智たんていも、じゅうどうの名人です。おそろしい組みうちがつづきました。
ちょうど、そこへ、五人のけいじがかけつけてきました。そして、二十めんそうは、とうとう手じょうをはめられてしまったのです。
二十めんそうがつかまったと聞いて、木村さんは、たけしくんときみ子ちゃんをつれて、そこへやって来ました。
小林くんは、しばられているポケット小ぞうのなわをとき、さるぐつわをはずしてやりました。口がきけるようになると、ポケット小ぞうはすぐに、二十めんそうをどなりつけました。
「ざまあ見ろ、とうとうつかまっちゃったじゃないか。明智先生は、えらいだろう。おまえなんか、かないっこないよ」
ポケット小ぞうは、もと、ちんぴらですから、ことばづかいが悪いのです。
そのとき、たけしくんが、明智たんていを見上げてたずねました。
「先生、ぼく、わからないことがあるんです。おとといのばんは、まどのカーテンに、大きな顔がうつったでしょう。ゆうべは、かいだんのかべに、おそろしい手がうつったでしょう。そして、どこをさがしても、だれもいなかったのです。どういうわけですか」
すると、明智たんていは、にこにこして答えました。
「あれは、げんとうだよ。きかいを、にわのしげみの中にかくして、あんなかげをうつしたのさ。そのげんとうきは、ずっと遠くからうつせるから、だれもいないように見えたのだよ。ね、そうだろう、二十めんそうくん」
二十めんそうは、苦い顔をして、うなずきました。
「それから、もう一つわからないことがあるんです。二十めんそうは、どうして空をとぶんですか」
「それは、二十めんそうがフランスの発明家から買った、せなかへとりつけることのできる、すごく小さなヘリコプターなんだよ。二十めんそうは、木の上なんかにそのきかいをかくしておいて、さいごには、いつも、それでにげ出していたのだ」
明智たんていは、なにもかも知っていたのでした。こうして、さすがのかいじん二十めんそうもつかまってしまったのです。木村さんは、ほうせきをぬすまれないですんだのでした。
「明智先生、ありがとう。小林くん、ポケット小ぞうくん、みんなありがとう」
木村さんは、にこにこして、みんなにお礼をいうのでした。
底本:「江戸川乱歩全集 第21巻 ふしぎな人」光文社文庫、光文社
2005(平成17)年3月20日初版1刷発行
底本の親本:「たのしい二年生」大日本雄弁会講談社
1958(昭和33)年8月~1959(昭和34)年3月
「たのしい三年生」講談社
1959(昭和34)年4月~12月
初出:「たのしい二年生」大日本雄弁会講談社
1958(昭和33)年8月~1959(昭和34)年3月
「たのしい三年生」講談社
1959(昭和34)年4月~12月
※「たのしい三年生」初出時の表題は「名たんていと二十めんそう」です。
※底本は、連載の回数を見出しとしています。
入力:sogo
校正:北川松生
2016年6月10日作成
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