かいじん二十めんそう
江戸川乱歩
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ある日、しょうねんたんていだんのぽけっと小ぞうは、ひとりで、さびしいのはらをあるいていました。
ぽけっと小ぞうは、小がっこう四ねんせいですが、ようちえんのせいとみたいにからだが小さくて、ぽけっとにでもはいりそうだというので、こんなあだながついているのです。
のはらには、はやしがあって、そのむこうに、りっぱなようかんがたっていました。
大きな三がいだてのいえです。
ぽけっと小ぞうは、そのようかんが、あまりへんなかっこうをしているので、そばまでいってみました。このへんにはいえがなく、このようかんだけが、ぽつんとたっているのです。
その、れんがのへいのそとをあるいていると、どこからか、「きゃあ」というさけびごえがきこえてきました。
びっくりして、あたりをみまわすと、ようかんの三がいのまどが、一つだけあいています。
十ぐらいの女の子が、そこからからだをのりだすようにして、たすけをもとめていました。ぽけっと小ぞうは、すぐ、ぽけっとから小がたのぼうえんきょうをとりだして、目にあてました。
この小さいぼうえんきょうは、しょうねんたんていだんの七つどうぐの一つで、いつでももちあるいているのです。ぼうえんきょうの中に、女の子のかおが、大きくうつりました。そのかおが、とてもこわそうに、目をいっぱいにひらいて、たすけをもとめているのです。
そのとき、ぼうえんきょうの中の女の子のうしろに、大きな、きみのわるいものが、ぼんやりとうつりました。
あっ、らいおんです。たてがみのある、大きならいおんが、いまにも、女の子にとびつきそうにしているのです。
「きゃあ」
また、ひめいがきこえました。
ぽけっと小ぞうは、いきなりかけだしました。そして、ちかくのこうばんをさがして、そのことをしらせたのです。
おまわりさんは、びっくりして、ふたりづれで、そのようかんにかけつけました。
げんかんのべるをおすと、中から、白いあごひげのあるおじいさんがでてきました。
「わしは、このいえのしゅじんだが、うちには、そんな女の子はいない。まして、らいおんなど、いるはずがない。その子どもは、ゆめでもみたんだろう。はははは」
とわらいとばすのでした。
おまわりさんは、しかたがないので、そのままひきあげてしまいました。
けれど、ぽけっと小ぞうは、どうしてもあきらめることができません。よるになるまで、ようかんのまわりをあちこちあるきながら、もう一ど女の子のかおがみえないかと、まちかまえていました。でも、あのまどは、もうしまっていて、しいんとしています。
よるになると、ぽけっと小ぞうは、もんの中へしのびこみました。
ぽけっと小ぞうは、こっそりと、ようかんのよこへまわっていきました。
すると、一かいの一つのまどに、あかりがついています。のぞいてみると、そこに、さっきの女の子がいるではありませんか。
女の子は、くろいきれで目かくしをされ、さるぐつわをはめられています。そのそばに、くろめがねのわかいおとこが、こわいかおをして、たっていました。
そのとき、もんのそとに、じどうしゃのとまるおとがしました。ぽけっと小ぞうは、
「あっ、きっとそうだ」
とうなずきました。
足おとのしないようにかけだして、もんのそとへでてみると、大がたのじどうしゃがとまっていました。
じどうしゃのうしろの、にもつをいれるとらんくのふたがうまくひらきました。ぽけっと小ぞうは、いきなり、その中へもぐりこんで、もとのとおりにふたをしめました。
まもなく、くろめがねのおとこが、女の子をつれて、じどうしゃにのると、そのまま、どこかへはしりだしました。
あの女の子は、いったいだれなのでしょう。ひるまみたのは、ほんとうのらいおんだったのでしょうか。そして、とらんくにかくれたぽけっと小ぞうは、これからなにをするのでしょうか。
あるばんのことです。くろいめがねをかけたおとこが、かわいらしい女の子をじどうしゃにのせて、どこかへつれていくのです。しょうねんたんていだんのぽけっと小ぞうは、じどうしゃのうしろのとらんくの中にかくれました。
じどうしゃは、さびしいはらっぱでとまりました。
くろめがねは、女の子の手をひいて、くるまからおりました。あたりはまっくらです。大きな木の下に、ひとりのおとこがはこをもってたっていました。
「やくそくのほうせきは、もってきたか」
くろめがねがきくと、おとこがうなずきました。くろめがねは、つれていた女の子と、おとこのもっていたはことをとりかえっこしました。ぽけっと小ぞうは、とらんくのふたをすこしひらいて、みていました。
「ははあ、わかったぞ。ほうせきばこと、女の子をとりかえたんだな。よしっ、ぼくは、きっと、ほうせきばこをとりかえしてやるぞっ」
くろめがねは、ほうせきばこをもって、じどうしゃにのりました。
そして、もとのあやしいようかんにかえりました。
とらんくの中にかくれていたぽけっと小ぞうも、そこからでて、ようかんの中へしのびこみました。
うすぐらいろうかを、足おとをしのばせてあるいていきました。
つきあたりのどあがひらいていたので、そのへやへはいっていきました。
へやの中は、まっくらです。かいだんのようなものが、あったので、二だんのぼりました。そのとき、うしろで、がちゃんというおとがしました。
おどろいてうしろに手をのばしてみると、そこには、てつのこうしがしまっていたではありませんか。
ぱっと、へやのでんとうがつきました。
「あっ、たいへんだっ」
ぽけっと小ぞうはさけびました。それは、大きなもうじゅうのおりで、ぽけっと小ぞうは、その中へとじこめられていたのです。さっき、がちゃんといったのは、おりのとがしまったおとでした。
むこうのすみに、一ぴきのらいおんがねそべっていました。
らいおんは、ぽけっと小ぞうがはいってきたのをみると、ぐうっとくびを上げて、こわい目でにらみつけました。
ああ、ぽけっと小ぞうは、らいおんにくわれてしまうのでしょうか。
ぽけっとこぞうは、わるもののために、どうぶつえんのおりのようなへやにいれられてしまいました。そのへやには、一ぴきのらいおんがいて、ぽけっとこぞうのほうへ、のっしのっしとちかづいてきました。こわいめ、とがったきば。
「ぐあっ」らいおんは、ぽけっとこぞうを、あたまのうえから一のみにしようとしました。
「ううん」ぽけっとこぞうは、ぱったりたおれてしまいました。すると、へんなことがおこったのです。
らいおんがまえあしで、じぶんのあたまをぐっともちあげたではありませんか。
らいおんのくびがぬけてしまったのです。そのしたから、にんげんのかおがでてきました。にんげんが、らいおんのかわをきて、ばけていたのです。
それは、くろいしゃつとずぼんをつけたわかいおとこでした。
「こいつ、きをうしなってしまった。おい、ぽけっとこぞう、しっかりしろ。もう、らいおんはいないぞ」
からだをゆすぶられて、ぽけっとこぞうは、めをひらき、きょろきょろと、あたりをみまわしました。
「あっ、おじさんが、らいおんのかわをきていたんだな」
「そうだよ。おれは、どんなにんげんにでも、どんなどうぶつにでもばけることのできるせかい一のめいじんだよ」
「それじゃ、おじさんは、かいじん二十めんそうだな」
「うふふふ……、そのとおりだ。ぽけっとこぞう、よくきがついたな」
「で、ぼくをどうしようというの」
「きみのほかに、こばやしくんも、ここへとじこめるのだ。さっき、きみのぽけっとから、しょうねんたんていだんのばっじをだして、みちにまいておいたから、いまに、こばやしくんが、きみをたすけにやってくるからな」
「おまえは、ここにはいっていろ」
二十めんそうは、ぽけっとこぞうを二かいのへやにおしこめてしまいました。
でも、ぽけっとこぞうはへいきです。へやのすみにあったべっどにもぐりこみました。
しばらくすると、ぽけっとこぞうは、むっくりおきあがりました。まどからでて、となりのまどのしたへいき、なかへはいっていきました。
「いまに、あのほうせきをとりかえしてやるぞ」
二十めんそうは、ほうせきのおいてあるへやで、おとがしたので、そっととをあけてみました。
「あっ、ほうせきがない。おかしいぞ。ぽけっとこぞうは、へやをでられぬはずだが……」
二十めんそうは、いそいでいってみました。ぽけっとこぞうは、ちゃんとべっどにねていました。
「おい、こぞう」
二十めんそうは、ぽけっとこぞうをゆりおこしました。
すると、もうふのなかのぽけっとこぞうのからだが、ぺこんとへこんでしまったのです。
そして、ぽけっとこぞうのくびだけが、ふわふわとうきあがりました。
「あっ、このくびはふうせんだ」
ぽけっとこぞうは、ごむふうせんをふくらまして、じぶんのかわりにしておいたのです。
そのふうせんは、にんげんのかおのかたちをしていて、にんげんのようないろがぬってあったのです。
しょうねんたんていだんのひとりが、みちにおちているばっじをみつけたので、ぽけっとこぞうが、二十めんそうにつかまっていることがわかりました。
こばやしだんちょうは、三にんのだんいんといっしょに、たすけにきました。
すると、もんのところで、ぽけっとこぞうにあいました。こぞうは、二十めんそうのぬすんだほうせきばこをとりかえしたのです。
こばやしくんは、すぐに、むせんでんわでけいしちょうへしらせました。
そのしらせで、三だいのぱとろーるかーがかけつけました。
おまわりさんたちは、いえのなかをさがして、三にんのおとこをつかまえました。
「ふしぎだ」
二十めんそうは、どこにもいないのです。いくらさがしてもみつかりません。
しょうねんたちがみはっていたのですから、そとへにげだすはずはありません。つかまえたおとこにきくと、
「かしらはまほうつかいだからな。どろんときえちまったんだよ」
とこたえました。
こばやしくんたちは、二十めんそうのへやをさがしました。
「あっ、わかった。二十めんそうは、あそこにいる」
こばやしくんが、だいのうえにすわっているぶつぞうをゆびさしました。
すると、そのぶつぞうは、むくむくとうごいて、いきなりにげだしました。そして、二かいへかけあがっていきます。
「にがすなっ」
みんながおいかけました。二十めんそうはつかまるでしょうか。
二十めんそうは、金いろのぶつぞうにばけて、二かいのへやへにげだしました。二かいのやねの上は、たいらになっていて、小さな小やがたっていました。
二十めんそうは、二かいからはしごをのばして、そのおくじょうの小やへにげこみました。
こばやしくんたちが、おいかけてのぼっていくと、「あっ」たいへんです。おくじょうに、一だいのヘリコプターがあるのです。
二十めんそうは、すばやくヘリコプターにのって、もう、プロペラをまわしています。ヘリコプターは、すうっとそらへのぼっていきます。
それをみると、こばやしくんは、むせんでんわで、けいしちょうのなかむらけいぶにしらせました。
なかむらけいぶは、すぐに、けいしちょうのヘリコプターを、げんばへとばしました。
こばやしくんとポケット小ぞうは、それにのせてもらい、二十めんそうをおいかけます。そらの大きょうそうです。こちらのヘリコプターはすごいはやさでおっています。
とおくのそらに、てきのヘリコプターが、ぽつんとみえてきました。
それが、だんだん大きくなり、二十ぷんほどのうちに、とうとうおいついてしまいました。
むこうのヘリコプターの中に、二十めんそうがみえています。
こちらのほうがはやいのですから、もう、にがすしんぱいはありません。どこまでも、うしろからついていけばよいのです。
やがて、ふじ山が、大きくみえてきました。二十めんそうは、ふじ山のうらのほうへまわっていきます。
それから、たくさんの山の上をとびました。
二十めんそうのヘリコプターは、あぶらがなくなって、だんだんおそくなり、とうとう、山の中へおりてしまいました。それをみて、こちらも、ちゃくりくしました。さあ、どうなるでしょう。
二十めんそうは、ヘリコプターでにげましたが、山の中でつかまって、とうきょうへつれもどされ、けいしちょうにいれられてしまいました。ほうせきは、ポケット小ぞうが、とりかえしておいたので、じけんはおわったかのようにみえました。
ところが、それからふつかめに、たんていじむしょのこばやしくんのところへ、へんなでんわがかかってきました。
「おれは二十めんそうだ。わっはは。きみたちのつかまえたのは、おれの手下さ。ヘリコプターにのるまえに、いれかわったのさ。
ぶつぞうのきものを手下にきせて、おれは、おしいれにかくれたのさ。だから、けいしちょうにいるのは、おれの手下だよ。わっはは。
これから、なにをやるか、みてるがいい」
こばやしくんは、びっくりしてしまいました。
そのあくる日のまよなか。ぎんざの大きなほうせきやのまどガラスが、ガチャンとわれました。みせの人が、おどろいていってみると、ふとい、まっくろな手が、にゅうっとはいってきて、たくさんのほうせきをつかんでいました。
にんげんの手ではなくて、くろいてつの手です。みせの人たちは、おもてへとびだしてみました。
「あっ」ロボットです。
みせの人たちは、「どろぼう、どろぼう」とさけびながらおいかけました。パトロールのおまわりさんも、いっしょにおいかけました。
人どおりのないぎんざどおりを、ロボットは、すごいはやさでにげていきます。「あっ」四つんばいになりました。
どうぶつのように、手と足とでかけていくのです。よこちょうにまがったかとおもうと、ぱっとみえなくなってしまいました。
いくらさがしてもみつかりません。みんながかえってしまうと、よこちょうのマンホールのふたがもち上がり、中からあのロボットがかおをだして、にやっとわらいました。さあ、どうなるでしょう。
それから一月のあいだに、とうきょうのほうぼうで、たくさんのほうせきがぬすまれました。みんな、あのロボットがぬすんだのです。ある日のひるまのことです。
ロボットは、とうきょうタワーのちかくのいえにしのびこんで、ほうせきをぬすもうとしたところをみつかってしまいました。そして、おまわりさんにおいかけられたのです。ロボットは、とうきょうタワーににげて、けんぶつ人にまじってしまいました。
ちょうどそこへ、こばやしだんちょうとポケット小ぞうが、あそびにきていました。
ふときがつくと、けんぶつ人の中を、へんなやつがあるいているのです。
「こばやしさん、あいつ、へんだね。ロボットみたいだよ」
「あっ、そうだ。二十めんそうのロボットだ」
ふたりが、ロボットをおいかけだしたので、けんぶつの人たちも、ぞろぞろとついてきました。
そこへ、おおぜいのおまわりさんたちが上がってきたので、こばやしくんは、ロボットのことをしらせました。
それから、てんぼうだいは大さわぎです。けんぶつ人でいっぱいで、なかなかみつかりません。そのうちに、ロボットのすがたが、どこかへきえてしまいました。
そのとき、てんぼうだいのまん中のドアがひらいて、かかりの人がとびだしてきました。
「たいへんだあ。あやしいやつが、エレベーターで上に上がっていった」
けんぶつ人は、びっくりしてしまいました。てんぼうだいより、ばいもたかいところにある、さぎょうだいへにげていったのです。
タワーの下のひろばは、二十めんそうがにげこんだというので、くろ山の人だかりです。そのひとたちのあいだから、「わあっ」というこえがわきあがりました。おお、ごらんなさい。ロボットは、さぎょうだいをでて、タワーのてっぺんへとのぼっていくのです。そこから上には、エレベーターはありません。
せまいてつばしごをよじのぼって、とうとう、タワーのてっぺんまでのぼってしまいました。そして、かた手でてつぼうにつかまり、かた手をひらひらうごかして、下のけんぶつ人をばかにしています。
二十めんそうのロボットは、あんなところにのぼって、どうしようというのでしょう。
おまわりさんからしらせをうけて、けいしちょうのヘリコプターがとんできました。そして、とうきょうタワーの上をぐるぐるまわっています。
そのとき、すごいことがおこりました。タワーのてっぺんにいた二十めんそうが、手をはなして、そらへとびたったのです。
二十めんそうは、フランス人がはつめいした、そらのとべるきかいをもっています。はこのようなものをせなかにつけると、それについているプロペラがまわるのです。それをどこかにかくしておいて、いま、からだにつけてとびたったのです。
まるで、にんげんのかたちをしたとりのようです。そんなにはやくはありませんが、ふわふわと、とうきょうこうのほうへとんでいきます。
ヘリコプターは、すぐおいつきましたが、そらの上ですから、つかまえることができません。ただついていくだけです。
もう、うみにでました。二十めんそうは、だんだん下へおりていきます。その下には、一そうのモーターボートがまちかまえていました。
二十めんそうの手下がうんてんしているのです。二十めんそうは、モーターボートにのってしまいました。
ヘリコプターからのむでんで、水上けいさつのランチが、ぜんそくりょくでやってきました。おまわりさんが、六人のりこんでいます。さあ、大きょうそうです。白なみをけたててにげるモーターボート。おいかけるランチ。ランチのほうがはやいので、すぐおいつきました。
モーターボートは、もう、にげるのをあきらめたのか、きかいをとめてしまいました。ランチは、それによこづけになって、三人のおまわりさんがのりこんでいきました。
そして、二十めんそうと手下のおとこをつかまえましたが、そのとき、びっくりするようなことがおこりました。
おまわりさんたちは、二十めんそうと手下をたかくもち上げて、くるくるとふりまわしているのです。
それは、ようふくとにんぎょうのかおとぼうしだけで、中みのにんげんは、どこかへきえてしまっていたのです。
二十めんそうは、いったい、どこにかくれたのでしょうか。
二十めんそうと手下は、うみの中へとびこんだかもしれないというので、たくさんのランチをだしてさがしました。でも、どうしてもみつかりません。
こちらは、こばやしくんとポケット小ぞうです。
「ねえ、こばやしさん。二十めんそうは、ふねに、アクアラングをよういしておいて、それをつけて、とびこんだのかもしれませんね」
「うん、きっとそうだ。アクアラングなら、いつまでもうみの中にかくれていられるからね。よしっ、だんいんをあつめて、ぼくたちもうみにもぐって、二十めんそうをさがすのだ」
こばやしくんは、しょうねんたんていだんいんのうち、およぎのうまい三人にでんわをかけてよびあつめました。みずのくん・いのうえくん・木下くんです。
みずのくんのにいさんが、とくべつじかけのアクアラングを二くみもっているので、それをかりてくるようにたのみました。
しばらくすると、こばやしくんとポケット小ぞうと三人のだんいんは、モーターボートをかりて、とうきょうこうへのりだしていきました。
やがて、二十めんそうのボートのつかまったあたりへきました。
すぐそばに、おだいばがみえています。
このおだいばがあやしいのです。
五人は、ボートをおだいばへつけました。こばやしくんとみずのくんが、アクアラングをつけて、うみの中にとびこみました。そうして、すこしやすんではまた、とびこんでいきます。
こうして、おだいばのきしを、ぐるっとまわっていくのでした。このへんのうみのそこは、ごみがいっぱいでどろぶかいのです。どろの中から、いろいろなかいそうがはえていて、ゆらゆらとうごいています。
こばやしくんとみずのくんは、うみのそこをおよぎまわりながら、ときどき、そばへよって手をにぎりあいます。
すると、アクアラングにしかけたでんわのせんが、手のひらでつうじあって、はなしができます。
「みずのくん、あそこにあやしいほらあながあるよ。いってみよう」
「うん、いってみよう」
ふたりは、おだいばのきしにちかづき、ほらあなにはいろうとしました。
ふたりは、なにをみたのか、ぎょっとしたように、いわかげにかくれました。まっくらなほらあなのおくに、おそろしく大きなものがうごいていたのです。ふたりが、じっとみつめていると、その大きなものは、ぬうっとでてきました。ながさが六メートルもある、まっくろな、くじらの子どもみたいなものです。
大きい二つの目が、じどうしゃのライトのようにひかっています。
「あっ、わかった。せんこうていだっ。
二十めんそうは、小さいせんこうていをもっているんだ。
あいつ、この中にかくれていたんだな」
こばやしくんは、こころのなかでさけびました。
そして、いそいで、みずのくんの手をにぎりました。さあ、どうなるでしょう。
こばやしくんは、せんこうていにおよぎついて、そのせなかに上りました。そして、せなかにもり上がっているまるいガラスの中をのぞきました。
すると、中に、にんげんのあたまがみえました。二十めんそうです。ふたりはガラスをへだてて、五十センチぐらいのところで、おそろしいかおでにらみあいました。
たしかに二十めんそうだとわかると、こばやしくんとみずのくんは、うき上がってボートに上りつき、みんなで、おだいばに、じょうりくしました。
せんこうていのかくれていたほらあなは、きっと、おだいばの上にいり口があるとおもったからです。
さがしてみると、それらしいあながみつかりました。
ぼうぼうとはえたくさの中に、石をつんでつくったいどのようなあながあったのです。
「ポケットくん、はいってみたまえ」
こばやしくんにいわれて、ポケット小ぞうは、まっくらなあなへはいっていきました。すこしたつと、はいだしてきて、「たしかに、下のほらあなにつうじているよ」といいました。
それから、みんなはモーターボートにのって、水上けいさつへいそぎました。そして、いまのことをしらせると、おまわりさんたちは、ランチに大きなコンクリートのかたまりをたくさんつんで、おだいばへむかいました。
みんなのモーターボートも、そのあとについていきます。
こばやしくんたちだけが、おだいばに上って、せんこうていのかえってくるのをまっていました。
「かえってきたよ。いま、この下にいるよ」
ポケット小ぞうのしらせに、こばやしくんは、手のしんごうで、そのことを、うみにいるけいさつのランチにしらせました。
すると、ランチは、うみのそこのほらあなのそばへすすんで、おまわりさんたちは、コンクリートのかたまりをうみの中へおとしはじめました。
そして、ぜんぶおとしてしまうと、コンクリートがつみかさなって、ほらあなをふさぎ、せんこうていは、でられなくなってしまいました。
さあ、ふくろのねずみです。
おまわりさんたちも、おだいばにじょうりくして、くさの中にすがたをかくし、二十めんそうがあなからでてくるのをまっていました。
すこしすると、あなの中から、ぬうっと人のかおがあらわれました。
二十めんそうです。それにつづいて、手下たちもでてきました。
おまわりさんとこばやしくんたちが、ぱっとたち上がってとびかかりました。
二十めんそうは、すばやくみをかわしてにげまわり、なかなかつかまりません。
そのとき、むこうのくさの中から、むくむくと、ふくれ上がってくるものがありました。さあ、いったい、なんでしょう。
こばやしくんやポケット小ぞうやおまわりさんたちは、おだいばのくさむらで二十めんそうをおいかけましたが、うまくにげまわるので、つかまりません。
二十めんそうは、がけっぷちにたって、わらいだしました。
「あははは。おれはつかまらないぞ。いつも、おれには、おくの手があるからな。
おい、あれをみろ。あそこに、かいぶつのうごいているのがみえるか」
二十めんそうにいわれて、そのほうをみると、人よりもたかくのびたくさむらの中に、大きな、はいいろのたこにゅうどうのようなものが、むくむくとふくれあがっていました。
あれは、いったいなんだろうと、みんなおどろきました。
そのはいいろのものは、みるみる大きくなって、すうっと、くうちゅうにうき上がりました。それは、五メートルぐらいの大きなたまです。
たまの下に、なわばしごのようなものが、ぶらりとさがっています。
二十めんそうは、ぱっとかけだして、そのなわばしごにとびつきました。
それは、大きなふうせんだったのです。
二十めんそうは、こんなときのよういに、くさむらの中に、ふうせんと、すいそガスのポンプをかくしておいたのです。さっきから、手下が、ふうせんにガスをいれていたのです。大ふうせんは、ふわふわと、そらたかくのぼっていきます。
「どうだ、おくの手がわかったか」
二十めんそうは、みんなをみおろして、からからとわらいました。
ふうせんは、かぜにふかれてりくのほうへとんでいくので、みんなは、ランチでりくにもどり、れんらくしておいたけいさつのじどうしゃにのって、おいかけました。
ふうせんは、にしへにしへとながされて、よこはまのまちをとおりこしました。
よこはまからすこしいった山の上に、コンクリートの大きなかんのんさまが、にゅうと、くびをだしていました。
ふうせんは、だんだんしぼんで、そのかんのんさまの上におちていきます。
みんなは、じどうしゃをおりて、その山にのぼりました。
「あっ、あそこにいる」
二十めんそうは、大かんのんのかたの上によこたわっていました。
きでもうしなったのか、みうごきもしません。
「よし、こんどこそ、にがさんぞ」
おまわりさんのひとりは、ながいはしごをかりるために、山をかけおりていきました。さあ、二十めんそうはつかまるでしょうか。それとも……。
おまわりさんが、まちへおりていって、でんわをかけました。
しばらくすると、ウーウーというサイレンのおとがして、しょうぼうじどうしゃが、山へのぼってきました。
ぐんぐんのびたはしごが、大きなかんのんさまのかたにとどきました。ひとりのしょうぼうしが、それをかけのぼっていきました。
二十めんそうは、かんのんさまのかたに、ぐったりとよこたわっています。
しょうぼうしは、二十めんそうをつかまえました。
あっ、どうでしょう。つかまえた二十めんそうを、いきなり、下へなげだしたではありませんか。みんなは、そこへかけよりました。
「あっ、またにんぎょうだ」
二十めんそうは、いつのまにか、にんぎょうといれかわって、じぶんはどこかへにげてしまったのです。
いくらさがしてもみつからないので、おまわりさんもしょうねんたちも、ひきあげました。
だれもいなくなったあとに、こばやしくんとポケット小ぞうが、くさの中にかくれて、じっとまっていました。
すると、むこうの木のしげみがガサガサとうごいて、ひげだらけの、こじきのようなおとこがあらわれました。
「あいつ、きっと、二十めんそうがへんそうしているんだよ。さあ、あとをつけよう」
ふたりは、おとこのあとをつけました。
山をおりて、まちのほうへあるいていくと、はやしの中に、一けんのふるいせいようかんがたっていました。
これも、二十めんそうのかくれがかもしれません。
「ぼく、中のようすをさぐるから、きみは、けいさつにしらせてくれ」
いわれて、ポケット小ぞうは、いきなり、まちのほうへかけだしました。
こばやしくんが、へやからへやへとさがしていると、どこからか、へんなこえがきこえてきました。
「こばやしだな。まっていたぞ。おれは、どこにでもかくれがをもっている。ここもそうだ。だが、ようじんしないと……」
そのこえがきえると、ゆかが、ぱっと二つにわれて、四かくなあながひらきました。
こばやしくんは、ドスンとコンクリートのちかしつにおちこみました。ひどくこしをうって、おき上がれません。
そのとき、ドドドドドとものすごいおとがして、コンクリートのかべのまるいあなから、水がたきのようにおちてきました。
水ぜめです。ああ、こばやしくんは、どうなるでしょう。
かべのあなから、水が、おそろしいいきおいでながれこんできます。
はこのようなコンクリートのちかしつですから、水はたまるばかりです。
三十センチ、五十センチ、一メートル。もう、水が、こばやしくんのむねまできました。
かべには、なんの手がかりもないので、よじのぼることもできません。
いっぽう、ポケット小ぞうは、まちのけいさつしょにかけつけていました。
二十めんそうをおいかけてきたおまわりさんたちは、一やすみしていました。
ポケット小ぞうのはなしをきくと、
「それっ」
といって、みんなじどうしゃにのり、はやしの中のようかんへいそぎました。
ちかしつでは、水が、もう、こばやしくんのくびまできました。それから、あごまで、口まで、はなまで……。
いきができないので、およぐほかありません。
「ははははは。きみは、およぎがうまいね。まあ、ゆっくりおよいでいるがいい」
てんじょうで、ひげもじゃのかおがのぞいています。
おまわりさんをのせた二だいのじどうしゃは、ぜんそくりょくではしっていきました。
ポケット小ぞうは、うんてんだいにのって、みちあんないをしています。
はやしがみえてきました。
「あっ、あそこです。こばやしさんがしんぱいです。
いそいでください」
「うふふふふ。さっきから、ずいぶんおよいだね。いったい、きみは、どのくらいおよげるんだね。つかれないかね」
てんじょうのあなから、ひげもじゃの二十めんそうがからかっているのです。
こばやしくんは、すっかりつかれてしまいました。
もう十ぷんもすれば、ちからがなくなっておぼれしぬかもしれません。
「どうだ、こんどこそおもいしらせてやるのだ。ふふふ。くるしいか、かわいそうに、なきべそをかいてるな」
そのとき、へんなことがおこりました。
いままで、わらっていた二十めんそうが、
「わあっ」
と、ひめいをあげたのです。上では、バタン、バタンと、とっくみあいがはじまったようです。
二十めんそうは、いいきになっていたので、おまわりさんたちのきたのにきがつかなかったのです。そして、とうとうつかまってしまいました。
「こばやしさん、二十めんそうはつかまったよ。いまたすけるからね」
ポケット小ぞうは、げんきいっぱいさけびました。
底本:「江戸川乱歩全集 第21巻 ふしぎな人」光文社文庫、光文社
2005(平成17)年3月20日初版1刷発行
底本の親本:「たのしい一年生」講談社
1959(昭和34)年11月~1960(昭和35)年3月
「たのしい二年生」講談社
1960(昭和35)年4月~1960(昭和35)年12月
初出:「たのしい一年生」講談社
1959(昭和34)年11月~1960(昭和35)年3月
「たのしい二年生」講談社
1960(昭和35)年4月~1960(昭和35)年12月
※底本は、連載の回数を見出しとしています。
入力:sogo
校正:北川松生
2016年3月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。