まほうやしき
江戸川乱歩




 しょうねんたんていだんのなかで、いちばんからだが大きくて力の強い井上一郎くんに、小学校三年生のルミちゃんという、かわいい妹がありました。そのルミちゃんが、ある夕がた、ちんどん屋のあとについて、町はずれのさびしい森の近くまで行ってしまったのです。

 井上くんは、おかあさんにたのまれて、ちょうどそのとき、遊びに来ていた同じだんいんのノロちゃん(野呂一平くんのあだ名)とふたりで、方々さがしまわって、やっとルミちゃんを見つけましたが、ルミちゃんは、ちんどん屋のおじさんがおもしろいものを見せてやるというから、いっしょに行くのだといって、どうしても帰りません。

「きみたちにも見せてあげるから、いっしょにおいで。それはふしぎなおもしろいものだよ」

 とんがりぼうしをかぶり、だぶだぶのどうけふくを着て、かおにはまっ白なおしろいをぬったちんどん屋が、やさしくいいました。

 そして、三人は、町はずれの森の中の古い赤れんがのせいようかんへつれこまれたのです。みんなが、入口をはいってドアをしめると、中はまっ暗でした。

「あら、ちんどん屋さん、どこへ行ったの」

 ルミちゃんがさけびました。しかし、なんの答もありません。

 井上くんは、手さぐりでルミちゃんをさがし、その手をとりました。おくびょうもののノロちゃんは、井上くんのからだにしがみついています。すると、そのとき、むこうの方がぼうっと明るくなって、ちんどん屋のすがたがあらわれました。大きなまっかな口で、にやにやわらっています。

「さあ、これから、おもしろいものを見せてやるよ、えへへ」

 そういったかと思うと、ちんどん屋のすがたが、水のゆれるようにぼうっとかすんで、まるで、えいがの二じゅう写しのように、べつのものにかわってきました。そして、そこにあらわれたのは、黒いシャツを着た、せいようあくまのおそろしいすがたでした。

「きゃあっ」と、ひめいを上げて、さいしょににげ出したのは、ノロちゃんでした。井上くんもルミちゃんの手を引いて、入口へひきかえしました。しかし、入口のドアは、おしても引いても、あかないのです。いつのまにか、かぎがかかってしまったのです。

 ふりかえると、せいようあくまのからだに、またしてもふしぎなことが起っていました。あくまのからだが、足の方からとけるようにすうっときえていくではありませんか。そして、くびだけがのこって、ふらふらとくうちゅうにただよっているのです。しかも、そのくびが、口をあけて、けらけらとわらいだしたではありませんか。

 三人は、おそろしさに声も出ず、み動きもできなくなってたちすくんでいますと、このときとつぜん、ぱっとでんとうがついて、あたりが、ひるのように明るくなりました。あくまのくびは、もう、どこにも見えないのです。そこには、一まいのガラスの大きなドアがしまっていて、そのむこうは、一目で見えるろうかです。

 じつにふしぎです。どうけものとあくまが、けむりのようにきえてしまったのです。しばらくしても、なに事も起りません。三人は、入口をふさがれてしまったのですから、どこかに出口をさがさなければなりません。そこで井上くんは、思い切って、しょうめんの一まいガラスのドアをおしてみました。すると、音もなくすうっとあくのです。

 三人は、そのドアの外のろうかに出ました。見ると、むこうに小さな木のドアがあいたままになっています。

 井上くんたちは、そこに近づいて、おずおず中をのぞいてみました。ドアの中に、もう一つのドアがあって、それもあいています。そして、そのむこうに、でんとうのついた小さなへやがあるのです。

 井上くんは、ルミちゃんとノロちゃんの手を引いて、その小べやにはいってみました。

 三人がはいると、二じゅうのドアがぴったりとしまってしまいました。「あっ」といって、ドアにとびつきましたが、もうおそかったのです。にわかにへやが、大じしんのようにゆれ始めました。

 そして、じつにおそろしいことが起ったのです。あっというまに、この世がさかさまになって、ゆかがすうっとてんじょうに上がり、てんじょうが下になってしまったのです。三人ははらばいになって、死にものぐるいに、ゆかいたにしがみつきました。

 ああ、おそろしいゆめでも見ているのではないでしょうか。



 しょうねんたんていだんの井上くんと、ノロちゃんと、井上くんの妹で、小学校三年のルミちゃんの三人が入れられたへやが、まっさかさまになったのです。いままでたっていたところがてんじょうになってしまったので、三人は、「わっ」といって、つくえの足にしがみつきました。

 ところが、ふしぎなことに、さかさまになっても、つくえもいすも、子どもたちも、てんじょうにくっついたまま、すこしもおちないのです。へんだなと思っていると、へやはまた、ぐるぐるまわり始めました。もう目がくらんで、いまにも死にそうです。

 そのうちに、へやのゆれるのがだんだんしずまって、やがて、ぴたりととまりました。三人は、きゅうに起き上がる力もありません。そのとき、へやの一方のドアがすうっとあいて、人の声がきこえてきました。

「うふふふ……。おどろいたかね。早く、こっちへ来なさい。でないと、またへやがまわりだすよ」

 三人はそれを聞くと、びっくりして起き上がりましたが、足がふらふらして歩けません。なん度もころびながら、ようやくドアの外へ出ました。

 そこはまっ暗でした。そのやみの中に、ぽっと、二つの青い玉のようなものが光っています。

 三センチほどのまるいものが二つならんで、ぎらぎらかがやいているのです。

「ふふふ……。見えるかね。これは、わしの目玉だよ」

 そんな声がきこえたかと思うと、あたりがすうっと明るくなってきました。そのうす明りで見えたものは……。

 ああ、そこにいたのは、一ぴきのおそろしいライオンでした。茶色の毛が、大きなかおの上にさかだって、二つの青い目がぎらぎらと光っています。

 三人は、「わっ」といって、さっきのドアにとびつきましたが、いつのまにかぴったりしまって開きません。しかたがないので、へやのすみに、うずくまってしまいました。

「ウォーッ」ライオンが、おそろしい声でうなりました。そして、のっしのっしと、こちらへ近づいてきます。

「ウォーッ」また一声うなって、ライオンが、ぐゎっとまっかな口を開きました。三人は、あたまからくわれてしまうのではないでしょうか。

「わはははは……」

 ふしぎ、ふしぎ。そのときライオンが、にんげんの声でわらいだしたのです。

「おまえたち、ここはまほうやしきだよ。だから、どんなふしぎなことでも起るのだ。さあ、見るがいい」

 ライオンがぴょんととび上がってくるっとひっくりかえりました。

 すると、ライオンのはらがまっ二つにわれて、そこから、さっきのせいようあくまの黒いすがたが、あらわれたではありませんか。にんげんが、ライオンの皮をかぶっていたのです。

「わははは……。どうだね。まだまだきみたちのびっくりするようなことが起るのだよ」

 それから、せいようあくまは三人を二かいの一室にとじこめてしまいました。大きなベッドが一つおいてあって、三人にそこでねむれというのです。

 そのへやには、鉄ぼうのはまった小さなまどが一つあるきりで、そこから月の光がさしこんでいました。

 ノロちゃんは、井上くんのかたに乗って、まどから外をのぞいてみました。

 まどのすぐ外に高いへいがあって、そのむこうは原っぱです。

「あっ、いいことがある。バッジを使えばいいよ」

 ノロちゃんはとびおりて、井上くんにささやきました。すると、井上くんもにっこりわらって、ポケットからしょうねんたんていだんのきしょうのB・Dバッジを一つとり出しました。

 それから、上着のポケットから手ちょうを出して、紙を一まいちぎり、えんぴつでなにか書いて、B・Dバッジをその中につつんでまるめました。ノロちゃんは、それを受けとると、また井上くんのかたにのぼって、まるめた紙玉を、力まかせに、まどの外へほうるのでした。

 バッジは、ほうるときの重しになったのです。

 あくる朝のことです。ノロちゃんが、ふと目をさまして、ベッドの上を見ますと、そこには井上くんもルミちゃんもいなくなって、二ひきのライオンの子どもが、ながながとねそべっていました。ノロちゃんは、「ぎゃっ」とさけんで、ベッドからとびおりましたが、そのとき、自分のからだを見て、きぜつしそうになりました。自分のからだにも、茶色の毛がいっぱいはえていたからです。



 井上くんと、ノロちゃんと、井上くんの妹のルミちゃんの三人が、まほうやしきにとじこめられ、ベッドでねむって目をさますと、三人とも、子どものライオンにかわっていました。まほうの力で、ライオンにされたのかとびっくりしましたが、じつは、ねている間に、ライオンの毛皮をかぶせられていたのです。

 朝になると、あのせいようあくまがはいってきて、毛皮をぬがせてくれましたが、それから三人は、つぎつぎときみのわるい、ふしぎなものを見せられました。

 へやを歩いていると、ゆかのおとしあながぱっと開いて、その下に、すべり台のようなものがあり、三人は、するするとちか室のそこへすべっていきました。

 そのうす暗いちか室には、いろいろな形のロボットがたっていて、ぎりぎりと車の音をさせながら、三人をとりかこむのでした。

 そのつぎは、四方のかべも、てんじょうも、ゆかも、ぜんぶかがみをはりつめたへやへ入れられました。

 三人のすがたが、かがみからかがみへとはんしゃしあって、なん百、なん千とかさなって見えるのです。

 井上くんも、ノロちゃんも、ルミちゃんも、あんなへんな気持になったことはありません。なん百、なん千という自分が、上・下・四方からうじゃうじゃとかたまって、自分をにらみつけているのです。

 そのほか、まだいくつもふしぎなおそろしいものを見せられましたが、そのあとで、せいようあくまにつれられて二かいのろうかを歩いていますと、とつぜん、どこからか、みょうなわらい声がきこえてきました。せいようあくまは、びっくりしたようにたちどまって、しばらく考えていましたが……。

 あるへやへそっと近づいて、そのドアをぱっと開きました。するとそこに、思いもよらぬひとりのしょうねんがたっていたのです。

「あっ、きさま。しょうねんたんていだんちょうの小林だなっ」

 せいようあくまが、ぎょっとしたようにさけびました。

「そのとおり、ぼくは小林だよ。

 井上くんとノロちゃんが、てちょうの紙に手紙を書いて、B・Dバッジを重しにしてまどから投げたのを、きんじょの子どもがひろって、ぼくにとどけてくれたんだ。それでぼくは、さっきから、このまほうやしきにしのびこんでいたんだよ。さすがのまほうはかせも、ゆだんをしたものだね」

「えっ、まほうはかせだって」

「そうさ。きみは、そんなせいようあくまにばけているけれども、ちゃんとわかっている。『おうごんのとら』のじけんで、ぼくたちしょうねんたんていだんに負けた、あのまほうはかせだ。こんどは、あのときのしかえしをしようとしたんだろう。だが、ぼくが来たら、もうだめだよ。ちょっと、そのまどから下をのぞいてごらん」

 そういわれて、せいようあくまのまほうはかせは、思わずまどの外をのぞいたかと思うと、あっといってたちすくんでしまいました。二十人近くのしょうねんたんていだんいんたちが、まほうやしきのへいの外をぐるっととりまいていたからです。

「きみが、井上くんたちをかえさなければ、あの中のひとりが、すぐ明智あけち先生とけいさつへ知らせるのだよ」

「負けた。わしの負けだよ。きみのいうとおり、ちょっとしかえしをしてやろうと思ったのだが、きみにかかってはかなわない。B・Dバッジのつうしんとは、気がつかなかった。こんどもかぶとをぬいだよ」

 まほうはかせは、ざんねんそうににがわらいをするのでした。

 そのあとで井上くんやノロちゃんの話を聞いて、小林しょうねんは、まほうやしきのひみつをみごとにときあかしました。

「この家の入口をはいったとき、ちんどん屋のすがたがぼうっときえていって、せいようあくまがあらわれ、それがくびばかりになったのは、一まいガラスのドアをかがみに使ったきじゅつだよ。

 ちんどん屋は、きみのぶかだったね。まず、ちんどん屋が、ガラスドアのむこうにたってすがたを見せておいて、そこのでんとうをけすと、まっ暗になって、ちんどん屋は見えなくなる。そのとき、てんじょうにしかけたはこの中に、せいようあくまのきみがたっていて、そのはこのでんとうをつけると、ガラスドアの、ちょうど、ちんどん屋のいたあたりへ、すがたがうつるのだよ。

 それから、くびばかりになったのは、でんとうを動かして、かおだけにあてるようにすれば、むねから下は暗くなって、ガラスにうつらなくなるのさ。

 もう一つの、へやがぐるぐるまわったのは、ゆうえんちなどにあるびっくりかんのしかけで、三人のたっているゆかは、ゆらゆら動くだけで、ひっくりかえりはしないのだ。

 まわりのかべや、てんじょうが、はこのようにできていて、それがくるくるまわるので、自分たちが、てんじょうに上がったようにかんじるのさ」

「うん、えらい。やっぱり小林だんちょうのちえは、たいしたもんだ。では、わしが負けたしるしに、あの三まいの子どもライオンの毛皮は、きみたちのおもちゃにあげることにしようね」

 こうしてしょうねんたんていだんは、またしても、おとなのまほうはかせをうち負かしてしまったのでした。

底本:「文庫の雑誌/ぼくらの推理冒険物語 少年探偵王 本格推理マガジン」光文社文庫、光文社

   2002(平成14)年420日初版1刷発行

初出:「たのしい三年生」講談社

   1957(昭和32)年1月号~3月号

※誤植を疑った箇所を、「江戸川乱歩の「少年探偵団」大研究 下巻」ポプラ社、2014年3月第1刷の表記にそって、あらためました。

入力:sogo

校正:みきた

2016年129日作成

青空文庫作成ファイル:

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