編輯だより(一九一五年九月号)
伊藤野枝



□種々なうはさに幾分不安をお感じになつた方が読者の間にも多少あつたことゝ思ひます。けれども、どんなことがあつても永久に廃刊するなどいふことはしたくないと私自身は思つてゐます。少々位の困難はもとより覚悟の前ですから何でもないことです。

□今月号から日月社の安藤枯山こざん氏の御厚意で私の留守中け雑務をとつて下さることになりました。多事ながら面倒なことをお引きうけ下すつた御厚意を深く感謝いたします。

□今月号から大分いろ〳〵なことを始める計画をたてゝ居りましたけれども私が七月の末までは東京にいろいろな用をもつて忙がしいおもひをして歩きまはつてゐまして月末になつてこちらへまゐりまして、十日頃までと云ふものきまつた座り場所ももてないやうな有様でしたし、その間にもなを、東京に残して来た種々な面倒な用についても始終考へたり、原稿も目を通さねばならずと云つた風にどれと云つて一つことに向つてゐることが出来ずに始終片附かない、半ぱな考へで頭の中は混乱してゐますし、体はおちつき先きを見出さずひきつゞく疲労の為めに変ですし、実に困りました。それ故何にも考へてゐることは実行が出来ずに日が迫つて来まして諸氏に対しても実に申訳けのない次第とはおもひますが今度こそは屹度きっと、せめて考へてゐる半分丈けでも実現させるつもりです。本当に何時もながら自分の意久地いくじなしが情けなくなつてまゐります。

□此度帰京しましたら少しは人なみに働くことが出来るやうにしたいといまから考へて居ります。久しぶりに故郷にかへつて見ますといろ〳〵おもしろいことを見たり感じたりします。今月六号でこれを書くつもりにして居りましたけれどもつい書けさうもありませんから来月号には沢山一緒にかくことに致して御許を願ひます。

□堕胎と避妊についていゝ原稿が可なり集まりましたから出さうと思ひましたけれどこの間の今月号ですからどうかとあやぶまれもしますし少し注意をうけたこともありますのでしばらく見合はせて玉稿はお預かりいたして置きます、そのうちに折を見て掲げることにいたしますから何卒あしからずおゆるし下さいまし。

□日記は何時でもどんなに少くてもかまひませんからお送り下さいましお願ひいたします。それから原稿は──私は多分十一月までは此処にゐなければなりません──十二三日頃までなら私の処にその以後は東京本郷区元町二ノ廿五、日月社あてにお願ひいたします。

□滞在中九州地方に近い処の方は何卒おあそびにお出下さいまし、なるべくこんな機会にお目に懸れる方には懸つておきたいと思ひます。博多駅から三里西の方です。福岡市内は電車の便があります。それからは軽便鉄道で六つ目の停留場で降りればいゝのです。

□かうして東京から遠くはなれてゐますといろ〳〵東京の便利ないゝことばかりが考へ出されます。そうして東京にゐますと此度は田舎のいゝ処ばかりが思ひ出されるのです。人間は何処まで虫のいゝことばかり考へるやうに出来てゐるものかと云ふことにおどろかされます。

[『青鞜』第五巻第八号、一九一五年九月号]

底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1──『青鞜』の時代」學藝書林

   2000(平成12)年531日初版発行

底本の親本:「青鞜 第五巻第八号」

   1915(大正4)年9月号

初出:「青鞜 第五巻第八号」

   1915(大正4)年9月号

※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。

入力:酒井裕二

校正:雪森

2017年311日作成

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