赤いカブトムシ
江戸川乱歩
|
あるにちよう日のごご、丹下サト子ちゃんと、木村ミドリちゃんと、野崎サユリちゃんの三人が、友だちのところへあそびに行ったかえりに、世田谷区のさびしい町を、手をつないで歩いていました。三人とも、小学校三年生のなかよしです。
「あらっ。」
サト子ちゃんが、なにを見たのか、ぎょっとしたようにたちどまりました。
ミドリちゃんもサユリちゃんもびっくりして、サト子ちゃんの見つめている方をながめました。
すると、道のまん中に、みょうなことがおこっていたのです。むこうのマンホールのてつのふたが、じりり、じりりと、もち上がっているのです。だれか、マンホールの中にいるのでしょうか。
マンホールのふたは、すっかりひらいていました。そして、その下から、黒いマントをきた男の人が、ぬうっとあらわれたのです。その人は、つばのひろい、まっ黒なぼうしをかぶり、大きなめがねをかけ、口ひげがぴんと、両方にはね上がっていて、黒い三かくのあごひげをはやしていました。
せいようあくまみたいな、きみのわるい人です。その人は、マンホールからはい出して、じめんにすっくとたち上がると、三人の方を見て、にやりとわらいました。そして、黒いマントを、こうもりのようにひらひらさせながら、むこうの方へ歩いていくのです。
「あやしい人だわ。ねえ、みんなで、あの人のあとをつけてみましょうよ。」
ミドリちゃんが、小さい声でいいました。ミドリちゃんのにいさんの敏夫くんは、しょうねんたんていだんいんなので、ミドリちゃんもそういうたんていみたいなことがすきなのです。サト子ちゃんもサユリちゃんも、ミドリちゃんのいうことは、なんでもきくくせなので、そのまま三人で、黒マントの男のあとをつけていきました。
黒マントは、ひろいはらっぱをとおって、むこうの森の中へはいっていきます。世田谷区のはずれには、はたけもあれば、森もあるのです。ひるまですから、もりへはいるのも、おそろしくはありません。三人は、こわいもの見たさで、どこまでもあとをつけました。
森の中に、一けんのふるいせいようかんがたっていました。
「あらっ、あれはおばけやしきよ。」
「まあ、こわい。どうしましょう。」
そのせいようかんは、むかし、せいよう人がすんでいたのですが、いまはあきやになっていて、そのへんではおばけやしきとよばれています。
三人は、近くにすんでいるので、それをよく知っていました。
夜、せいようかんの二かいのまどから、赤い人だまが、すうっと出ていったのを見た人があるということでした。また、だれもいないせいようかんの中から、きみのわるい女のなき声がきこえてくるといううわさもありました。
三人のしょうじょがにげ出そうとしていますと、あっとおどろくようなことがおこりました。
黒マントの男が、せいようかんの外がわを、するするとのぼっていくではありませんか。はしごもないのに、まるでへびのようにのぼっていくと、二かいのまどの中にすがたをけしてしまいました。
三人はぞっとして、いきなりかけ出そうとしましたが、そのとき、せいようかんの方から、けたたましいさけび声がきこえてきました。
それをきくと、三人とも、思わず、うしろをふりむきました。二かいのまどから、白いかおがのぞいていました。そのかおが、きゃあっとさけんでいるのです。とおいので、はっきり、わかりませんが、三人とおなじくらいの年ごろの、おかっぱの女の子です。その子が、いまにもころされそうにさけんでいるのです。
「きっと、あの黒マントの男がいじめているんだわ。」
三人とも、おなじことを考えました。
まどの女の子は、なにものかの手からのがれようとして、もがいていましたが、とうとう、ずるずるとうしろへひっぱられて、まどからきえてしまいました。そのとき、なき声がぱったりとまったのは、男に口をおさえられたからかもしれません。
三人は、むがむちゅうでかけ出しました。そして、近くのめいめいのうちへかえったのですが、ミドリちゃんは、すぐにこのことをおとうさんと、にいさんの敏夫くんに知らせました。
「おしいことをしたなあ。ぼくがそこにいれば、きっと手がかりをつかんだのに。」
しょうねんたんていだんいんの敏夫くんが、ざんねんそうにいいました。
ミドリちゃんのおとうさんが、けいさつにでんわをかけたので、けいかんたちが森の中のせいようかんにかけつけて、中をしらべましたが、まったくのあきやで、人のかげさえ見えないのでした。せいようあくまのような黒マントの男は、いったいなにものでしょうか。そして、あのかわいそうな女の子は、どうなったのでしょうか。
森の中の、ふるいせいようかんのまどから、小さい女の子が、たすけをもとめてなきさけんでいた、そのあくる日のこと。
ミドリちゃんのにいさんの木村敏夫くんは、さっそく、このことをしょうねんたんていだんちょうの小林くんに知らせましたので、小林だんちょうが、木村くんのうちへやってきました。
そして、ふたりで森の中のせいようかんをたんけんすることになりました。まっぴるまですから、こわいことはありません。でも、ふたりとも、たんてい七つどうぐのかいちゅうでんとうや、きぬ糸のなわばしごや、よぶこのふえなどは、ちゃんとよういしていました。
小林だんちょうと木村くんは、うすぐらい森の中をとおって、おばけやしきのせいようかんのまえに来ました。入口のドアをおしてみますと、なんなくひらきました。かぎもかかっていないのです。ふたりは中へはいり、ひろいろうかを、足音をたてないようにしてしのびこんでいきました。
かいちゅうでんとうをてらし、長いあいだかかって、一かいと二かいのぜんぶのへやをしらべましたが、だれもいないことがわかりました。まったくのあきやです。
「どうも、このへやがあやしいよ。なぜだかわからないが、そんな気がするんだ。」
一かいのひろいへやにもどったとき、小林くんが、ひとりごとのようにいいました。すると、ちょうどそのとき……。
どこからともなく、かすかに、かすかに、
「おじさん、かんにんして。あっ、こわいっ……たすけてえ……。」
というひめいがきこえてきました。小さい女の子の声のようです。
ふたりはぞっとして、たちすくんだまま、かおを見あわせました。
「ゆか下からきこえてきたようだね。」
小林くんが、くびをかしげながらいいました。するとまた、
「あれっ、いけないっ。早くたすけて。」と、かすかな声が……。
「どこかに、かくし戸があるにちがいない。どこだろう。」
小林くんは、かいちゅうでんとうをてらして、へやじゅうをさがしまわりました。
そのへやには、大きなだんろがついていて、そのだんろの下がわに、まるいぼっちが、ずっとならんでいます。かざりのちょうこくです。小林くんは、そのぼっちを一つ一つ、ゆびでおしてみました。すると、右から七ばんめのぼっちが、ちょうどベルのおしボタンのように、うごくことがわかったのです。小林くんは、それをぐっとおしてみました。すると……。
ガタンという音といっしょに、「あっ。」というさけび声。びっくりしてふりむくと、いままでそこにいた木村くんのすがたが、きえうせていました。
小林くんはびっくりして、そこへかけつけました。すると、ゆかいたに、四かくいあながぽっかりとあいていることがわかりました。ちかしつへのおとしあなです。小林くんが、だんろのぼっちをおしたので、それがひらいたのです。
「木村くん、だいじょうぶか。」
あなの中へ、かいちゅうでんとうをむけてよんでみました。
「う、う、う……だ、だいじょうぶだっ。」
木村くんがくるしそうにこたえました。見ると、あなの下に、すべりだいのようないたが、ずっとつづいています。小林くんは、思いきってそこへとびおりました。
すうっ……とすべりました。そして、どしんと、ちかしつのかたいゆかに、しりもちをつきました。
やっとのことでおき上がって、かいちゅうでんとうをてらしてみますと、そこは十じょうほどの、ひろいちかしつでした。しかし、ひめいをあげた女の子のすがたは、どこにも見えません。むこうのかべに、まっくらなほらあながあいています。そのむこうに、べつなちかしつがあるのでしょうか。
「あっ、きみ。あれ、なんだろう。」
木村くんが、おびえた声で、そのほらあなをゆびさしました。
ふたりのかいちゅうでんとうが、ぱっと、そこをてらしました。
まっくらなほらあなのおくで、ぎらぎら光った、二つのまるいものが、ちゅうにういているのです。そしてそれが、だんだんこちらへ近づいてくるではありませんか。
かいぶつの目です。なにかしらおそろしいものが、こちらへやってくるのです。まるでヤドカリが、かいがらの中からかおを出すように、それが、にゅっとくびを出しました。
「あっ。」
ふたりは、思わず声をたてて、おたがいのからだをだきあいました。
そのからだは、まっかでした。まっかな長い、大きなつの。そのねもとに、ぶきみなとんがった口。二つのぎらぎら光る目。おれまがった六本の長い足……。それは、にんげんほどの大きさの、まっかなカブトムシだったのです。
ああ、ふたりはどうなるのでしょう。
さっき、ひめいをあげたかわいそうな女の子は、いったいどうしたのでしょうか。
小林くんと、だんいんの木村くんが、おばけやしきのせいようかんのちかしつで、にんげんほどもある、大きなまっかなカブトムシに出あいました。
ふたりは、ちかしつのすみで、そのおそろしいかいぶつを見つめていました。かいぶつをてらしている二つのかいちゅうでんとうのわが、ぶるぶるふるえています。
キーッ、キーッと、なんともいえないするどい音がしました。大きなカブトムシのなき声です。そのたびに、あのとんがった口が、ぱくぱくひらくのです。
大きなカブトムシは、長い六本の足を、きみわるく、がくん、がくんとうごかしながら、ちかしつの中をぐるぐると歩きまわりました。
しばらく歩きまわったあとで、いよいよこちらに近づいてきました。カブトムシのせなかは、まっかにてらてらと光っています。ときどき、大きなはねをひらいて、ぶるんとはばたきのようなことをします。そのたびにおそろしい風がおこるのです。もう、二メートルほどに近づいてきました。とび出した大きな目が、ぎょろりと、ふたりをにらんでいます。
いまにもとびかかってくるかと、ふたりは思わずみがまえました。カブトムシは、あと足をまげ、中の足とおしりでちょうしをとって、ぐうっとたち上がり、まえ足をもがもがやっています。きみわるいおなかが、すぐ目のまえに見えました。あのまえ足でつかみかかってくるにちがいないと、いよいよみをかたくしていますと……。
ああ、そのとき、じつにおどろくべきことがおこりました。カブトムシのおなかの中に、ぽかんと、四かくいあながあいたのです。四かくいふたのようなものが、下の方へひらいて、そのふたが、すべりだいのように、ゆかにとどいたのです。すると、おなかの中から、なにかもごもごと、うごめき出してきたではありませんか。
おなかの四かくいあなからはい出してきたのは、長さ五十センチぐらいの、まっかなカブトムシでした。大カブトムシのはらから、中カブトムシが出てきたのです。まさか、子どもを生んだわけではないでしょう。大カブトムシは、プラスチックかなにかでできている作りものかもしれません。そのはらから出てきた中カブトムシも、五十センチもあるのですから、きっと作りものなのでしょう。
中カブトムシは、ゆかにたれたふたのすべりだいをはいおりて、そのへんをぐるぐると歩きまわりました。
大カブトムシのほうは、そのまま、ごろんとあおむけにひっくりかえって、まるでしがいのようにじっとしています。
大きなセミのぬけがらみたいです。
中カブトムシは、ちかしつをぐるぐるまわったあとで、ふたりのまえへ来ると、ぐうっとたち上がりました。大カブトムシとおなじことをするのです。また、おなかに、ぽかんとあながあきました。そして、そこから、こんどは十五センチぐらいの、かわいいカブトムシがはい出してきました。
かわいいといっても、十五センチですから、ほんとうのカブトムシのなんばいもある、からだじゅうまっかなおばけカブトムシです。中カブトムシのほうは、また、セミのぬけがらのように、ごろんところがっています。
十五センチの小カブトムシは、ちょこちょことそのへんをはいまわっていましたが、やがて、ふたりのまえに来ると、またしてもあと足でひょいとたち上がりました。
そして、おなじことをくりかえしたのです。十五センチのカブトムシのおなかに、四センチほどの四かくいあながあいて、そこから、こんどは、ほんものとおなじくらいの大きさのまっかなカブトムシが、ゆかの上にすべり出しました。
ところが、この小さいカブトムシは、十五センチのカブトムシがぬけがらになってころがってしまっても、すこしもうごかないのです。
ゆかにおちたまま、じっとしています。これは、しんでいるのでしょうか。
それにしても、なんてかわいらしく、うつくしいカブトムシなのでしょう。いままでの大カブトムシとちがって、これは、まっかな色がルビーのようで、からだの中まですきとおっています。かわいらしい二つの目は、まるでダイヤのようにかがやいています。
「あっ。」
木村くんが、びっくりするような声をたてました。そのとき、むこうのほらあなの中から、なにか黒いものがはい出してきたからです。
それは、あなから出ると、すっくとたち上がりました。にんげんです。黒いマントをきた、せいようあくまのような、おそろしい人です。
「わははは……。小林くん、ひさしぶりだなあ。わしをわすれたかね。ほら、いつか『おうごんのとら』のとりっこで、ちえくらべをしたまほうはかせだよ。」
小林くんは、思わずまえにすすみ出ました。
「あっ、それじゃ、あのときの……。」
「わははは……。こんどもきみたちは、まんまとわしのけいりゃくにかかったね。」
おばけやしきのちかしつにしのびこんだ小林・木村くんのまえに、黒いマントをきた、せいようあくまのようなおそろしい人があらわれました。
「わしは、いつか、きみたちしょうねんたんていだんと、ちえくらべをしたまほうはかせだよ。じつは、もう一ど、きみたちのちえをためすために、ここへおびきよせたのだ。
このまえは『おうごんのとら』だったが、こんどは、この赤いカブトムシだ。これはルビーでできている。二つの目は、ダイヤモンドだ。わしのだいじなたからものだよ。これをきみたちにわたすから、このまえのようにちえをしぼって、うまくかくしてごらん。わしは、五日のあいだにそれをさがしだして、ぬすんでみせるよ。ぬすまれたら、このちえくらべは、きみたちのまけなのだ。」
それをきくと、「ああ、あのときのまほうはかせだったのか。」
と、やっとあんしんしましたが、でも、まだわからないことがあります。
「きのう、このせいようかんの外がわを、はしごもないのに、するするとのぼっていったのはおじさんだったの。それから、まどからのぞいていた女の子は、どうしたのです。おじさんがいじめていたのでしょう。」
「うふふふ……。あれは、きみたちを、ここへおびきよせる手なのだよ。木村くんのいもうとのミドリちゃんたちが見ているのを知っていて、ふしぎなことをやってみせたのだ。あのときは、このうちのやねから、ほそい、じょうぶな糸のなわばしごがさげてあって、それをつたってのぼったのさ。夕がただから、とおくからは、その糸が見えなかったのだよ。
あのときの女の子は、にんぎょうだよ。ほら、これをごらん。」
まほうはかせは、マントの下にかくしていた、大きなにんぎょうを出してみせました。
「でも、きのうの女の子は、かなしそうなさけび声をたてていたというじゃありませんか。」
小林くんがききかえすと、はかせはにやにやわらって、よこをむきました。
「きゃあ。たすけてえ。」
女の子のおそろしいさけび声がきこえました。ふたりはびっくりして、にんぎょうのかおを見ましたが、べつに、口がうごいているわけでもありません。「ははは……。ふくわじゅつだよ。わしが、口をうごかさないで、女の子の声をまねたのだ。きのうのさけび声は、これだったのだよ。」
このたねあかしをきいて、ふたりは、すっかりあんしんしました。そして、まほうはかせからルビーのカブトムシをうけとると、おばけやしきを出て、小林くんのうちにかえり、おとうさんやおかあさんやミドリちゃんに、そのことを話しました。それから、ふたりで、明智たんていじむしょへいそぎました。そして、明智先生にも、まほうはかせのことをほうこくするのでした。
それからしばらくすると、小林くんがでんわでよびよせた、十人のしょうねんたんていだんいんが、明智たんていじむしょへあつまってきましたが、その中にひとりだけ、女の子がまじっていました。中学一年の宮田ユウ子ちゃんという、ついこのごろなかま入りをした、たったひとりのしょうじょだんいんです。年のわりにからだが大きく、いかにもかわいい女の子でした。
「あたし、いいこと思いついたわ。そのカブトムシ、あたしのうちへかくすといいわ。」
みんなでそうだんをしているうちに、ユウ子ちゃんが、そんなことをいいだしました。そして、小林だんちょうの耳に口をよせて、なにか、ひそひそとささやくのでした。
つぎつぎとささやきかわして、ユウ子ちゃんの考えがわかると、みんなは手をたたいて、「それがいい、それがいい。」とさんせいしました。
ユウ子ちゃんは、ルビーのカブトムシをポケットに入れ、その上を手でしっかりおさえて、しょうねんたちにおくられてうちへかえりました。ユウ子ちゃんのうちは、せっこうのおきものを作るのがしょうばいで、うらに、小さなこうばがあるのです。
ユウ子ちゃんは、そのこうばの中へはいっていきました。こうばには、しょうねんのくびや、ビーナス(めがみ)や、花かごをさげた女の子などのせっこうのおきものが、たくさんならんでいます。
すっかりできあがったものもあり、まだできあがらないで、これからつぎあわせるのもあります。ユウ子ちゃんは、このせっこうの中へ、カブトムシをかくそうというのでしょうか。
そんなことで、うまくまほうはかせの目をくらますことができるのでしょうか。なにか、もっとふかい考えがあるのかもしれません。
ユウ子ちゃんが、せっこうのおきもののまん中にしゃがんでいますと、ガラスまどの外に、おそろしいかおがあらわれました。かおじゅうひげにうずまったきたない男が、そっと、中をのぞいているのです。
このひげの男は、いったいなにものなのでしょう。そして、しょうねんたちが手をたたいてよろこんだユウ子ちゃんのちえというのは、どんなことだったのでしょう。
やがて、じつにきみょうなことがおこるのです。この、かおじゅうひげにうずまった、えたいの知れない男が、とほうもないことをやりはじめるのです。
しょうねんたんていだんのたったひとりのしょうじょだんいん、宮田ユウ子ちゃんは、ルビーでできた赤いカブトムシをもって、じぶんのうちのせっこうざいくのこうばにはいって、なにかやっていました。すると、そのとき、まどの外から、かおじゅうひげでうずまった、きたない男が、そっとのぞいていたのです。
そのあくる日の夕がた、ユウ子ちゃんのおうちのある渋谷区で、つぎつぎとふしぎなことがおこりました。ある町のがくぶちやさんへもじゃもじゃあたまの、きたない男がはいってきて、ショーウインドーにかざってあった、五、六さいのかわいいしょうねんの、くびだけのせっこうぞうをかっていきました。
男は、みせを出ると、さびしいよこちょうに、はいり、あたりを見まわしてから、紙づつみをといて、せっこうのしょうねんのくびを、いきなりじめんにたたきつけ、こなごなにわってしまいました。
せっかくかったせっこうぞうを、なぜわったのでしょう。この男は、気でもちがってしまったのでしょうか。
それから、三十分もすると、その男は、べつの町のびじゅつしょうのみせにあらわれました。そして、そこでも、さっきとおなじしょうねんのくびのせっこうぞうをかい、また、さびしいよこちょうへ来ると、こなみじんにわってしまいました。また、三十分ほどたったころ、こんどは、おなじ渋谷区のあるおやしきへ、あの男がしのびこんでいきました。
その家のおうせつまにも、おなじせっこうのしょうねんのくびがありました。男は、まどからはいりこんでそのくびをぬすみとると、近くのじんじゃの森で、またこなごなにこわしてしまいました。
「だめだ、はいっていない。あのとき、まだつぎあわされていないせっこうは、この三つだけだったのに……。」
男は、とほうにくれたように、たちつくしていました。そのとき、ふいにうしろから、女の子のわらい声がきこえてきました。
男が、びっくりしてふりむくと、大きな木のうしろから出てきたのは、ユウ子ちゃんです。
「おじさん、いっぱいくったわね。このちえくらべは、しょうねんたんていだんのかちよ。
おじさんは、あたしが、せっこうぞうの中へ、赤いカブトムシをかくすのをまどから見ていたのでしょう。ところが、あれは、かくすように見せかけただけなのよ。ほんとうは、もっとべつのところにかくしてあるのよ。」
ユウ子ちゃんは、そういって、さもおもしろそうにわらうのでした。
「そうか、うまくやりやがったな。おれは、あれをぬすもうと思ったが、いつもこうばに人がいたので、ぬすみ出すことができなかった。
しかたがないから、あの三つの子どものくびがはいたつされるのをまって、そのさきを一けんずつまわってこわしてみたが、なんにも出てこなかった。まんまといっぱいくわされたな。わっは、は、は……。」
男は、べつにおこるようすもなく、大わらいをして、それから、ふっとまじめなかおになりました。
「ところがね、おじょうさん。まほうはかせは、もっと上手なんだぜ。おれは、はかせのでしで、きみを、ほうぼうひっぱりまわすやくだったのさ。きみが、おれのあとをつけているまに、まほうはかせが、きみのかくした赤いカブトムシを、ちゃんとぬすみ出してしまったのだよ。は、は、は、は……。」
それをきくと、ユウ子ちゃんは、はっとして、まっさおになってしまいました。
そして、ものもいわず、いきなりどこかへかけだしていくのでした。男は、あとを見おくって、にやりとわらいました。
ユウ子ちゃんは、バスにのっておうちへかえると、小さなシャベルをもって、うら口の外のはらっぱへいそぎました。
ひざまでかくれる草をかきわけて、はらっぱのまん中まで行くと、目じるしの石をとりのけて、その下をシャベルでほりかえし、かくしておいたブリキカンをとり出しました。
「まあ、よかった。あの人、うそをついたのだわ。」
かんの中には、赤いカブトムシが、ちゃんとはいっていたではありませんか。
「うふ、ふ、ふ、ふ。こんどは、きみのほうでいっぱいくったね。」
とつぜんうしろから声がして、さっきの男がたっていました。
「まほうはかせが、ぬすみ出したというのはうそさ。まほうはかせは、このわしだよ。あんなことをいって、きみを、ほんとのかくしばしょに来させたのさ。さあ、そのカブトムシを出しなさい。」
男は、にゅっと手をつき出しました。
ユウ子ちゃんは、まほうはかせにうまくだまされて、赤いカブトムシのかくしばしょを見つけられてしまいました。
そこは、さびしい原っぱですし、あい手はおとなのまほうはかせ。こちらは、小さい子どもですから、どうすることもできません。とうとう、ルビーのカブトムシを、とりあげられてしまいました。
「さあ、こんどは、きみたちがさがす番だよ。わしが、このカブトムシを、ふしぎなばしょへかくすからね。うまく見つけ出してごらん。
は、は、は、は……。かわいそうに、なきべそをかいているね。よしよし、それじゃ、かくしばしょのひみつを、きっと、きみにおしえてあげるよ。まっているがいい。」
まほうはかせは、そういって、どこかへたちさってしまいました。
それから三日めの、おひるすぎのことです。ユウ子ちゃんが、うちのにわであそんでいますと、赤いゴムふうせんが、空からふわふわとおちてきました。
どこかの子どもが、ふうせんの糸をはなして、空へとび上がったのが、力が弱くなっておちてきたのでしょう。
ユウ子ちゃんがそう思って、赤いふうせんをじっと見ていますと、やがてそれは、すぐ目の前のじめんにおちました。
ふうせんには糸がついていて、その糸のはしに、白いものがくくりつけてあります。ユウ子ちゃんは、なんだろうと思って、それをひろってしらべてみました。
それは、紙をこまかくおりたたんだものでした。ていねいにのばしてみると、その紙には、こんなへんなことが書いてあります。
五月二十五日午後三時二十分、一本スギのてっぺんからはいれ。おそろしい番人に注意せよ。
「あらっ、まほうはかせからの手紙だわ。」
ユウ子ちゃんは、むねがどきどきしてきました。
まほうはかせは、このあいだのやくそくをまもって、ユウ子ちゃんに、カブトムシのかくしばしょをおしえてくれたのかもしれません。
ユウ子ちゃんは、すぐにその紙をもって、電車に乗って麹町の明智たんていじむしょをたずね、小林しょうねんにそうだんしました。
「五月二十五日といえば、あさってだね。あさって、一本スギのところへ行けばいいんだね。一本スギって、なんだか聞いたことがあるよ。あっ、そうだ。木村敏夫くんの家のそばの、まほうはかせのばけものやしきのむこうに、たしか、一本スギっていうのがあった。木村くんに、でんわで聞いてみよう。」
でんわをかけますと、やっぱりそこに、一本スギという、高いスギの木があることがわかりました。
そして、五月二十五日午後三時に、小林くんたち五人のだんいんが、一本スギのある原っぱへやって来ました。
五人というのは、小林だんちょうとユウ子ちゃんと、木村敏夫くんと、それから、だんいんの中でいちばん力の強い井上一郎くんと、野呂一平くんでした。一平くんは、ノロちゃんというあだ名で、おくびょうものだけれども、すばしこくて、よく気のつく子でした。
「一本スギのてっぺんからはいれって、どういういみだろう。」
小林くんがくびをかしげていますと、ノロちゃんが、とんきょうな声で、
「きっと、てっぺんにあながあいているんだよ。そこからはいるんだよ。ぼく、のぼってみようか。」
といって、こしにまきつけていた長いなわをほどき始めました。
ノロちゃんは、木のぼりのめいじんで、きょうは、スギの木にのぼらなければならないだろうと思って、そのよういをしてきたのです。
ノロちゃんは、なげなわもじょうずでした。その長いなわを、くるくるとまわして、ぱっとスギの木の高いえだになげかけました。そして、一方のはしを、自分のからだにしばりつけ、一方のはしを、みんなにひっぱってもらうのです。
つなひきみたいに、みんながなわをひっぱると、ノロちゃんはそれを力にして、ふといスギのみきを、するするとのぼっていきました。
そして、下のえだまでのぼりつけば、あとは、えだからえだへとつたっていけばいいのです。
ノロちゃんは、とうとう、スギの木のてっぺんまでたどりつきました。
そして、しばらくそのへんをさがしていましたが、
「なんにもないよう。あななんて、どこにもあいていないよう。」
とさけぶ声が、はるかにきこえました。これは、どうしたわけでしょう。
「てっぺんからはいれ。」といったって、あながなければ、はいれないではありませんか。
ノロちゃんは、五分ほども木のてっぺんで、じっとしていましたが、やがて、なにを思ったのか、とんきょうな声で、
「わかったよう。あれだよう、あれをごらん。」
とさけんで、原っぱの一方をゆびさしてみせるのでした。そこには、たいようの光をうけて、一本スギのかげが、長々とよこたわっていました。
みなさん、ノロちゃんは、いったいなにに気づいたのでしょうか。
こんどは、少年たんていだんが、ルビーのカブトムシをさがす番でした。
五月二十五日午後三時二十分、一本スギのてっぺんからはいれ。おそろしい番人に注意せよ。
という手紙のとおりに、小林だんちょうとユウ子ちゃんと、木村くんと井上くんと、ノロちゃんの五人が、世田谷区の一本スギの原っぱへやって来ました。
木のぼりのめいじんのノロちゃんが、高いスギの木のてっぺんへのぼりましたが、はいるあななんて、どこにもありません。ノロちゃんは、しばらく、あたりを見まわしていましたが、なにを思ったのか、原っぱに長くよこたわっているスギの木のかげをゆびさしながら、さけびました。
「あそこだよ。あそこに、入口があるんだよ。」
それを聞くと、小林だんちょうも、はっとそこへ気がつきました。
「ああ、そうだ。てっぺんというのは、スギの木のてっぺんのかげのところなんだ。」
ノロちゃんが木からおりるのをまって、みんなで、スギの木のかげのさきっぽまで行ってみました。
そのへんには、たけの高い草がしげっています。小林くんは、この草の中へふみこんでいってさがしていましたが、やがて、
「あっ、ここにほらあながある。ここが、入口にちがいないよ。」
と、みんなをよびあつめました。それは、さしわたし六十センチぐらいのせまいあなでした。
中はまっくらですから、井上くんと木村くんが、よういのかいちゅうでんとうをつけ、井上くんがさきになって、あなの中へはいこんでいきました。
せまいところは三メートルほどで終り、にわかにあながひろくなって、下の方へ、石だんがついています。もうたって歩けるのです。
石だんをおりると、しょうめんに、大きな鉄のとびらがしまっています。まほうはかせの手紙には、「おそろしい番人に注意せよ。」と書いてありました。きっと、そのおそろしいやつが、とびらのむこうにまちかまえているのだろうと思うと、みんな、むねがどきどきしてきました。
でも、ここまで来て、ひきかえすわけにはいきません。
井上くんは、とびらのとってをつかんでおしてみました。
すると、かぎもかけてないらしく、鉄のとびらは、キイッとぶきみな音をたてて、むこうへひらきました。
かいちゅうでんとうで、その中をてらしてみましたが、なんにもありません。ただ、まっくらなほらあなが、ずっとおくの方へつづいているばかりです。
五人は、井上くんをさきにたてて、おずおずとそのくらやみの中へはいっていきました。
おくびょうもののノロちゃんは、ぶるぶるふるえながら、小林だんちょうについていきました。それに、ユウ子ちゃんは、女の子ですから、まもってやらなければなりません。小林くんは、両手で、ノロちゃんとユウ子ちゃんの手をひいて、すすんでいきます。すこし行くと、ほらあなのまがりかどへ来ました。
そこをひょいとまがると、みんなは「あっ。」といったまま、たちすくんでしまいました。すぐ目の前に、とほうもなく大きなばけものがうずくまっていたからです。そのかおはきいろで、まっ黒なふといしまがついていました。せんめんきほどの大きな目が、やみの中で光っていました。
ステッキをたばにしたような、ふといひげのはえた大きな口、その口から二本の白いきばが、にゅっとつき出ています。トラを百ばいも大きくしたようなばけものです。そのおそろしいかおが、ほらあないっぱいになって、あごが、じめんについているのです。
どこからか、なまぐさい、強い風がふきつけてきました。
「うへへへへ……。かわいい子どもたちが来たな。おいしそうなごちそうだ。いま、たべてやるからな。うへへへへ……。」
おばけのトラが、そんなことをいって、ぶきみにわらいました。その声が、ほらあなにこだまして、なんともいえないおそろしさです。
そして、おばけは、二メートルもあるような大きな口をがっとひらきました。
五人は、にげようとしても、じしゃくでひきつけられたように、どうしてもにげることができません。そして、いつのまにか、おばけのトラの口の前まですいよせられ、つぎつぎと、口の中へのまれてしまいました。
口の中には、まっかな大きなしたがうごめいていました。
五人は、そのしたの上にころがったまま、気をうしなったようになっていました。
それにしても、地のそこに、どうしてこんな大きなばけものがすんでいるのでしょう。ばけものにたべられた子どもたちは、これから、いったいどうなるのでしょうか。
小林くんと木村くんと、ユウ子ちゃんと井上くんと、ノロちゃんの五人は、ルビーのカブトムシをとりかえすために、世田谷区のさびしい原っぱの、ふしぎなほらあなへはいっていきました。
そのほらあなの中には、ふつうのトラの百ばいもある、おばけのトラがねそべっていて、大きな口へ、五人をのみこんでしまいました。
しばらくして気がついてみると、まだ、トラのしたの上にころがったままで、いぶくろの方へのみこまれていくようすもありません。井上くんは、しっかりにぎりしめていたかいちゅうでんとうで、おばけののどのおくをてらしてみました。
すると、このトラののどのおくには、しょくどうも、いぶくろも、なにもないことがわかりました。
くびだけのトラだったのです。もちろん、いきたトラではなくて、きかいじかけの作り物です。すいよせられたと思ったのは、どこかうしろの方から、大きなせんぷうきのようなもので、ふきつけられたのでしょう。
井上くんは、トラの口から外へ出ようとしましたが、もう口はとじられていて、どうしてもあけることができません。
しかたがないので、小林くんとそうだんして、おくの方へ行ってみることにしました。トラののどのおくは、いままでとおなじコンクリートのほらあなです。かいちゅうでんとうでてらしながら、そこをすすんでいきますと、ばったり行きどまりになってしまいました。
「あっ、ここにドアがあるよ。」
ひとりが、やっととおれるほどの小さいドアです。井上くんが、そのドアのとっ手をつかんでひっぱると、なんなくあきました。まるで、きんこのとびらのように、ひどくぶあつい、がんじょうな鉄のドアです。
五人は、その中へはいりました。すると、ふしぎなことに、そのおもいドアが、すうっと、ひとりでにしまってしまったではありませんか。
井上くんはおどろいて、もう一どあけようとしましたが、こんどは、いくらおしてもびくともしません。それにドアのうちがわには、とっ手もなにもなく、すべすべした鉄のいたです。
「おやっ。ここは、どこにも出口のないまるいへやだよ。」
それは、たたみ二じょうくらいの、いどのそこのようなまるいへやでした。
五人は、コンクリートのつつの中にとじこめられてしまったのです。かいちゅうでんとうでてんじょうをてらしてみると、まるいつつは、ずっと上の方へつづいています。まったくいどのそことおなじです。
「おや、あの音はなんだろう。」ノロちゃんが、おびえた声を出しました。
ほんとうに、へんな音がしています。とおくで、モーターがまわっているような音です。
そのとき、かいちゅうでんとうでてんじょうをてらしていた井上くんが、
「あっ、たいへんだっ。」
とさけんだので、みんなびっくりして、その方を見上げました。
じつにおそろしいことが、おこっていたのです。ごらんなさい。てんじょうから、鉄のふたのようなものが、じりじりとおりてくるではありませんか。
まるいつつのうちがわへ、ぴったりはまったあつい鉄のふたです。それが、しずかにおりてくるのです。
鉄のふたは、モーターの力で、すこしのくるいもなくおりてきます。ああ、もう手をのばせばとどくところまでおりてきました。
「みんな、手をのばして、力をあわせて、あれをささえるんだ。でないと、ぼくたち、おしつぶされてしまうよ。」
小林くんはそういって、まず、自分が両手を上げました。
みんなも、そのまねをして、両手を上げて、鉄のふたをおしもどそうとしました。しかし、それは、ひじょうにおもい鉄のかたまりらしく、五人の力では、とてもささえきれません。じりじり、じりじりと、おりてくるのです。それにつれて、ささえている手が、だんだんさがり、とうとう鉄のふたは、みんなのあたまにくっつくほどになりました。
もう、しゃがむほかはありません。そのつぎには、すわってしまいました。それでもまだ、鉄のふたはおりてくるのです。もう、すわっていることもできないようになり、みんなはあおむけにねころんで、両手と両足でささえようとしましたが、やっぱりだめです。なん百キロというおもさの鉄が、ねているかおのすぐそばまでおりてきました。
ユウ子ちゃんは、なきだしました。ノロちゃんもなきだしました。
「たすけてくれえ……。」
井上くんと木村くんが、かなしい声でさけびました。小林くんさえ、なきだしたくなるほどでした。
ああ、五人は、いったいどうなるのでしょう。
少年たんていだんの小林だんちょうと、だんいんの木村くんと、ユウ子ちゃんと、井上くんと、ノロちゃんの五人が、まほうはかせのあんごうをといて、世田谷区のはずれのさびしい原っぱにあるほらあなへはいっていくと、コンクリートのまるいへやにとじこめられ、上からおもい鉄のふたが、じりじりとさがってきました。鉄のふたにはすきまがないから、そのままさがってきたらたいへんです。
みんな、おしつぶされてしんでしまうにきまっているのです。おくびょうもののノロちゃんや、女の子のユウ子ちゃんは、わあわあとなきだしてしまいました。
しかし、だんちょうの小林くんは、しっかりしていました。いそがしくあたまをはたらかせて、どうしたらみんながたすかるかということを、いっしょうけんめいに考えました。
「まほうはかせは、人ごろしなんかするはずがない。こんなおそろしい目にあわせて、ぼくたちのゆうきとちえをためしているんだ。」
それなら、ちえをはたらかせたら、どこかににげ道があるのかもしれません。
そこで小林くんは、かいちゅうでんとうをもったまま、まるいへやのまわりを、ぐるっとはいまわり、コンクリートのかべをしらべてみました。
すると、コンクリートのかべに、六十センチ四方ほどの、四かくな切れ目がついているのを見つけました。
「これが、ひみつのかくし戸かもしれないぞっ。」
力いっぱいおしてみましたが、びくともしません。
「どこかに、これをひらくしかけがあるにちがいない。」
小林くんはすばやく、そのへんを見まわしました。
四かくな切れ目から、すこしはなれたかべの上の方に、コンクリートが小さくふくらんだところがあります。よくしらべてみると、そのぼっちは、コンクリート色にぬった金物であることがわかりました。
「ああ、そうだ。鉄のふたが下までおりたら、ぼくたちがしんでしまうから、下までおりないうちに、にげ出せるしかけになっているのだ。」
「鉄のふたが、このぼっちのところをとおると、ぼっちがおされる。そうすると、ひみつの戸が外へひらくようになっているのだ。」
小林くんは、とっさに、そこへ気がつきました。
「それなら、手でおしたって、ひらくかもしれないぞ。」
そこで、ぼっちにおやゆびをあて、その上に、もう一方の手をかさねて、力いっぱいおしてみました。
ぼっちは、なかなか動きません。たいへんな力がいるのです。小林くんは、からだじゅう、あせびっしょりになりました。でも、がまんをして、うんうんおしつづけていますと、カタンという音がして、四かくな切れ目が、すうっとむこうへひらきました。小林くんのちえとゆうきが、せいこうしたのです。
そこは、にんげんひとりがやっとはってとおれるほどのまっくらなあなでした。小林くんは、みんなをよんで、そのあなへはいこみました。きみがわるいけれども、じっとしていたら、鉄のふたにおしつぶされてしまうだけですから、このあなへにげるほかはないのです。
そのまっくらできゅうくつなあなは、十メートルもつづいていました。
やがて、あたりがきゅうにひろくなりました。外へ出たのでしょうか。いや、そうではありません。まだまっくらです。やはり、地のそこの一室なのです。
たち上がって、かいちゅうでんとうでてらしてみますと、それは、二十じょうもあるような、コンクリートのへやでした。みんなが、そのへやにはいったとき、どこからか、ぎょっとするような声がひびいてきました。
「わははは……。かんしん、かんしん。とうとう、あぶないところをぬけ出したね。だが、まだこれでおしまいじゃないよ。わしの手紙には、『おそろしい番人に注意せよ。』と書いてあった。だい一は大トラ、だい二は鉄のふた、さて、だい三の番人はなんだろうね。おしまいほどおそろしいやつがひかえているからね。ようじんするがいいよ。」
まほうはかせの声です。どこから聞えてくるのかわかりません。きっとてんじょうのすみに、ラウド=スピーカーでもしかけてあるのでしょう。
五人は一かたまりになって、おたがいのからだをだきあってじっとしていました。ノロちゃんのからだが、がたがたふるえているのがよくわかります。
「あれっ、なんだろう。なにか動いているよ。」
木村くんが、むこうのゆかをゆびさしてさけびました。かいちゅうでんとうの光が、さっとその方をてらします。
するとそこに、なんだかきみのわるいことがおこっていました。
地のそこから、みょうなものがむくむくとあらわれてきたのです。
まるいあたまのようなものが出てきました。
それが、見る見る大きくなります。あなもなにもないコンクリートのゆかから、むくむくと上がってくるのです。子どもくらいの大きさになりました。おとなくらいになりました。おとなのばいになりました。おとなの三ばいになりました。大きなあたまの、まっさおなからだの、のっぺらぼうなかいぶつです。それが、きりもなく大きくなっていくのです。
小林くんと、木村くんと、ユウ子ちゃんと、井上くんと、ノロちゃんの五人は、ルビーのカブトムシをとりかえすために、まほうはかせのすみかのちか室へはいっていって、いろいろなおそろしいめにあいました。ちか室には広いへやがあって、五人がそこへはいると、へやのまん中に、むくむくとみょうなかいぶつがあらわれました。
たまごに目と口をつけたような、おかしなやつです。それが、見るまにだんだん大きくなり、おとなの三ばいもあるような大にゅうどうになってしまいました。そして、
「わははははは……。」
と、かみなりのようなわらい声が聞えました。
みんなは、思わずもと来た方へにげだしましたが、せまい入口にはいこもうとして、ふと、うしろを見ますと、おやっ、あのかいぶつは、どこへ行ったのか、かげも形もなくなっていました。かいちゅうでんとうでよくしらべてみましたが、へやは、まったくからっぽで、なにもないのです。
四方のかべはかたいコンクリートで、どこにも出口はありません。
みんなは、いよいよきみがわるくなってきました。
「へんだなあ。あいつ、けむりのようにきえてしまったよ。」
ノロちゃんが、とんきょうな声でいいました。
「あっ、ごらん。なんだか、動いてる。」
またしても、じめんから、ぶきみなものがわき出してきました。まっさおなものです。それが、かおからかた・はら・こしとせり出して、おとなぐらいの大きさになりました。
「あっ、せいどうのまじんだ。」
小林くんがさけびました。ずっと前に、少年たんていだんがたたかった、あのおそろしい、せいどうのまじんと、そっくりなのです。
せいどうでできたような、青いやつです。耳までさけた口で、にやにやわらっています。それが見る見る大きくなって、やっぱりおとなの三ばいほどになりました。あたまがてんじょうにつかえています。
「ギリリリリ、ギリリリリ……。」
はぐるまの音がします。せいどうのまじんの中に、はぐるまがしかけてあるのでしょうか。
「わはははは……。ちんぴらども、よく来たな。きみたちのさがしていた赤いカブトムシは、このわしが持っている。ほら、ここにあるよ。」
まっさおなきょじんは、おそろしい声でそういうと、耳までさけた口をぱっくりあけました。
三日月がたの、まっ黒なほらあなのような口です。
その口から、ぺろぺろと赤いしたを出しました。そのしたの上に、まっかなカブトムシが乗っているではありませんか。
せいどうのまじんは、口の中に、ルビーのカブトムシをかくしていたのです。少年たちはそれを見ると、思わず、「あっ。」とさけびました。しかし、あい手はおそろしいかいぶつです。とりかえすことは、とてもできそうにありません。
「わははは……。これがほしくないのかね。おくびょうなちんぴらどもだな。くやしかったら、わしのかおまでのぼってきてみろ。そして、わしの口の中から、これをとり出せばいいのだ。わはははは……。そのゆうきが、きみたちにあるかね。」
せいどうのまじんは、少年たちをばかにしたように、大きなからだをゆすってわらうのでした。
「ちくしょう。みんな来たまえ。」
おとうさんから、けんどうをならっている、井上一郎くんはそうさけぶと、いきなり、かいぶつの右の足にしがみついていきました。
あいては、おとなの三ばいもあるきょじんです。まるでこれは、すもうとりの足に赤んぼうがしがみついているようです。
そのとき、ガラガラガラッという、おそろしい音がして、あたりが、ぽっと明るくなりました。やみになれたみんなの目には、まぶしくて、目をあけていられないほどの明るさです。
いったい、なにごとが起ったのでしょう。やっと目を開いてみますと、ふしぎふしぎ、ちか室のてんじょうがなくなっているではありませんか。
てんじょうがきかいじかけで、両方へ開くようになっていたのです。上には、青空が見えています。たいようの光が、さんさんとあたりにかがやいています。
「あっ、たいへんだ。井上くんが……。」
小林くんが、びっくりしてさけびました。ほんとうに、たいへんなことが起っていたのです。
ごらんなさい。せいどうのまじんのからだが、すうっとちゅうにういたかと思うと、そのまま、ふわふわ空へまい上がっています。足にしがみついた井上くんも、いっしょにつれたままです。
これも、まほうはかせのまほうでしょうか。
それにしても、これから、いったいどんなことが起るのでしょう。
ちか室のてんじょうが大きく開いて、おとなの三ばいもあるせいどうのまじんが、ふわふわとちゅうにうき、そのまま空の方へまい上がっていきました。
まじんの足にしがみついていた井上一郎くんも、いっしょに、空へまい上がっていくのです。
「おうい、井上君、手をはなせよ。そして、下へとびおりるんだっ。」
下から、小林くんが、大声でさけびました。
まじんの足は、ちか室のゆかから、もう三メートルもうき上がっていましたが、井上くんは思い切って手をはなし、ぱっととびおりました。
そして、コンクリートのゆかにしりもちをついて、かおをしかめています。
「あいつ、赤いカブトムシを口に入れたまま、とんでいってしまったよ。早く追っかけなけりゃあ。」
「よしっ。なわばしごだっ。」
小林くんはそうさけぶと、おなかのシャツの下にまきつけていた、じょうぶなきぬひものなわばしごをするするとほどいて、その一方のはしについている鉄のかぎを、開いたてんじょうへ投げ上げました。
なん度もしくじったあとで、やっとそのかぎが、てんじょうのあなのふちにひっかかったのです。
しょうねんたんていだんのなわばしごは、一本のきぬひもです。それに三十センチごとに大きなむすび玉がついていて、そこへ足のゆびをかけてのぼるのです。
「じゃあ、ぼくがさきにのぼるから、みんな、あとから来るんだよ。」
小林くんはそういって、きぬひものなわばしごをぐんぐんのぼっていくのでした。
そのあとから、みんなのぼりました。ユウ子ちゃんは女の子ですから、井上くんたちが上から手をのばして、引き上げてあげました。
あなの外へ出ると、そこは、草ぼうぼうの原っぱでした。さいしょにのぼった小林くんが、むこうへ走っていくすがたが小さく見えます。いったい、どこへ行こうとするのでしょう。
空を見上げると、せいどうのまじんは、ふうせんのように、高く高くとんでいきます。
「わあ、よくとぶねえ。もう、あんなに小さくなっちゃった。」
ノロちゃんがさけびました。
あとでわかったのですが、せいどうのまじんはあついビニールでできていて、中にかるいガスを入れたものでした。つまり、ふうせんだったのです。
ちか室のゆかに小さなあながあいていて、その下に、また、小べやがあったのです。そこにまほうはかせがかくれていて、あなからビニールのまじんをゆかの上におし出しながら、ポンプでガスをふきこんだのです。
ガスがはいるにしたがって、ビニールのまじんはふくれあがり、しまいには、おとなの三ばいもあるきょじんになってしまったのでした。
せいどうのまじんがものをいったのは、ゆかのあなの下から、まほうはかせが、声をかえてしゃべっていたのです。
まじんが口を開いたのは、あごに細い糸がついていて、それを下からひっぱると口があき、糸をはなすと、口がしまるようになっていたのです。赤いカブトムシは、したにくくりつけてあったのでしょう。
まじんが出る前にあらわれた、たまごのおばけみたいなものも、やっぱりビニールでできていて、一度ガスを入れてふくらまし、みんながにげ出している間に、きゅうにそのガスをぬいたので、ビニールはぺちゃんこになり、ゆかのあなの下へかくれてしまったのです。
ちか室が暗いので、小林くんたちは、その小さなあなのしかけがよく見えなかったのでした。
空のせいどうのまじんは、だんだんすがたを小さくしながら、東の方へとんでいきます。東の方へ風がふいているのでしょう。まじんは、赤いカブトムシを口に入れたまま、その風に送られて、どことも知れずとびさっていきます。
「あっ、もう、見えなくなってしまった。」
木村くんがさけびました。
そのとき、原っぱのむこうから、小林くんがかけもどってくるのが見えました。
「小林さあん、どこへ行ってたの。あいつは、赤いカブトムシを口に入れたまま空へのぼって、もう、見えなくなってしまったよ。」
井上くんがよびかけますと、みんなのそばへかけよってきた小林くんが、いきをはずませて答えました。
「明智先生に、でんわをかけたんだよ。
明智先生に、せいどうのまじんのことを知らせたらね、先生は、すぐに新聞社へでんわしてから、自動車で、あるところへとんでいってくださったんだよ。そして、いまにむこうの空から、みかたがとんでくるんだよ。」
小林くんが、東京の町の方の空をゆびさしました。いったい、空からなにがやって来るのでしょうか。
三十分あまりも待ったでしょうか。もう夕ぐれ近いむこうの空に、ぽつんと、黒いてんのようなものがあらわれました。
「あっ、来た、来た。あれだよ。」
小林くんがうれしそうにいいました。
てんのようなものは、だんだん大きくなって、こちらへ近づいてきます。それは、一台のヘリコプターでした。みなさん、しょうねんたんていだんのみかたというのは、このヘリコプターだったのです。
しょうねんたんていだんのおうえんにやって来たヘリコプターは、強い風をまき起しながら、原っぱのまん中へちゃくりくしました。
「あっ、明智先生だっ。」
小林だんちょうがさけんで、その方へかけ出しました。
ヘリコプターの、すきとおったそうじゅう室のとびらが開いて、明智たんていがおりてきました。
めいたんていは、ひこうきでもヘリコプターでも、そうじゅうできるのです。
明智たんていは、小林くんのでんわをきくと、いそいで新聞社とうちあわせ、新聞社のヘリコプターを、自分でそうじゅうして、とんできたのです。
みんなは明智たんていのまわりをとりかこんで、ちか室でおそろしいめにあったことを、口々に話すのでした。
「よし、それじゃあ、このヘリコプターで、せいどうのまじんを追いかけるんだ。」
明智たんていは、みんなにさしずをしました。
「小林くんと井上くんとふたりだけ、ぼくといっしょに乗りたまえ。それいじょうは乗れない。のこった人は、みんなうちへ帰って、待っていたまえ。きっと、せいどうのまじんをとらえてみせるよ。そして、赤いカブトムシをとりかえしてあげるよ。」
明智たんていと、小林くん・井上くんのふたりがヘリコプターに乗りこみました。
ヘリコプターはまた、おそろしい風を起して、とび上がっていきます。原っぱにのこったノロちゃんと木村くんと、ユウ子ちゃんは、手をふって、それを見送りました。
小林くんと井上くんは、はじめてヘリコプターに乗ったのです。うちゅうりょこうにでも出かけるような気持でした。
ヘリコプターは、高い空を、せいどうのまじんがとびさった東の方へ進んでいきます。
ふりむくと西の空は、まっかな夕やけでした。やがて、日がくれるのです。そのときのよういに、そうじゅう室には、小がたのサーチライトがそなえつけてあります。
せいどうのまじんは、風にはこばれていったのですから、風のふく方へ追いかければよいのです。こちらには風のほかに、プロペラの力があります。きっと、追いつくことができるでしょう。
やがて、夕やけもきえ、見る見るあたりが暗くなってきました。空にはいちめんに、星がまたたき始めました。ちじょうには、いなかの町のでんとうが、これも星のように、ちらほら見えています。上にも星、下にも星、ほんとうにうちゅうりょこうです。
「あっ、先生。あそこに、なんだかとんでいますよ。」
小林くんのさけび声に、ぱっとサーチライトがてんじられました。その光のとどかないほどむこうの空に、なんだか黒っぽいものがふわふわとただよっています。ヘリコプターは、その方へしんろをむけました。
「あっ、やっぱりそうだ。にんげんの形をしている。せいどうのまじんですよ。」
やがてそれが、サーチライトの光の中へはいってきました。たしかに、せいどうのまじんのふうせんです。
「小林くん、これで、あいつのからだをうつんだ。いまに、あいつのすぐよこを通るからね。そのとき、ドアをすこしあけて、右手を出して、うつんだ。」
明智たんていはそういって、小林くんにピストルをわたしました。小林くんはたんていじょしゅですから、ピストルのうちかたは知っています。
明智たんていは、ヘリコプターをうまくそうじゅうして、せいどうのまじんのすぐよこに近づき、そくどをおとしてならんでとぶようにしました。小林くんはいわれたとおり、ドアのすきまから手を出して、まじんのからだにピストルをはっしゃしました。
すぐ目の前をふわふわとんでいたまじんが、ぐらっとゆれました。ピストルのたまがめいちゅうしたのです。つづいて、二はつ、三ぱつ……。
そのたびに、まじんのふうせんは、ぐらっぐらっとゆれるのです。そして、たまのあなから、シューッと、ガスがぬけていくのです。
「よしっ。それでいい。こんどはヘリコプターで、あいつをおさえつけるんだ。」
明智たんていは、ヘリコプターをまじんの前にもっていって、そのままぐっとこうどをさげました。
すると、それにおされて、まじんはよこたおしになり、ヘリコプターのそこにぴったりくっついてしまいました。
「よしっ。このままで、どこかの原っぱへちゃくりくしよう。もう、にがしっこないよ。」
サーチライトを下へむけると、手ごろなばしょを見つけて、たんていはぐんぐんヘリコプターをさげました。そして、まっ暗な畑の中へちゃくりくしたのです。
三人は、ヘリコプターからとび出しました。そして、かいちゅうでんとうをてらして、きたいの下をのぞきました。ビニールのまじんのふうせんは、ガスがぬけ、ぺっちゃんこになって、そこにひっかかっていました。
ひきずり出して口の中をしらべますと、したの上に、赤いルビーのカブトムシが、ちゃんとくっついていたではありませんか。とうとうとりもどすことができたのです。
あくる日、明智たんていじむしょの小林くんのところへ、でんわがかかってきました。まほうはかせからでした。
「きみたちの勝ちだよ。ルビーは、きみたちのものだ。いろいろ苦しめてすまなかったね。だが、あれは、きみたちのちえとゆうきをためすためだったのだよ……。しょうねんたんていだん、おめでとう。明智先生によろしく。」
小林くんはじゅわきをおくと、よこにたって聞いていた明智先生とかおを見あわせて、にっこりわらうのでした。
底本:「新宝島」江戸川乱歩推理文庫、講談社
1988(昭和63)年11月8日第1版発行
初出:「たのしい三年生」講談社
1958(昭和33)年4月~1959(昭和34)年3月
入力:sogo
校正:岡村和彦
2016年6月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。