書簡 大杉栄宛
(一九一六年四月三〇日 一信)
伊藤野枝



宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬ふくしま
発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館



 ゆふべ、つくと直ぐに手紙を書き出しましたけれど、腰が痛んで気持が悪いので止めました。つきますと直ぐに雨が降り出して、風がひどいので外には出られません。真暗な風の強いさびしい晩でした。停車場から此処まで歩いてくるうちに、泣きたくなつて仕舞ひました。停車場の直ぐ前ときいてゐましたけれども、少し離れてゐます。海の近くです。かなり広い家です。家のまはりはあんまり感じがよくありませんが、そんなに悪くもありません。

 私の今ゐるへやは一番奥の中二階みたいな室です。かけ離れてゐて、宿屋にゐるやうないやな気はしませんが、そして大変仕事をするにはいい室ですが、押入れがないので他に移りたいと思つてゐます。四畳半ですから本当にいいのですけれども。今朝は私の気持がすつかりおちついてゐます。汽車の中も随分さびしうございました。千葉からは二人きりになりました。

 かうやつて手紙を書いてゐますと、本当に遠くに離れてゐるのだと云ふ気がします。あなたは昨日別れるときに、ふり返りもしないで行つてお仕舞ひになつたのですね。ひどいのね。私はひとりきりになつてすつかり悄気しょげてゐます。早くゐらつしやれませんか。それだと私はどうしたらいいのでせう。こんなに遠くに離れてゐる事が、そんなに長く出来るでせうか。お仕事の邪魔はしませんから、早くゐらして下さいね。

 こんな事を書いてゐますと、また頭が変になつて来ますから、もう止します。四時間汽車でがまんをすれば来られるのですもの、本当に来て下さいね。五日も六日も私にこんな気持を続けさせる方は──本当にひどいわ。私はひとりぽつちですからね。この手紙だつて今日のうちには着かないと思ひますと、いやになつて仕舞ひます。

[『大杉栄全集』第四巻、大杉栄全集刊行会、一九二六年九月]

底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1──『青鞜』の時代」學藝書林

   2000(平成12)年531日初版発行

底本の親本:「大杉栄全集 第四巻」大杉栄全集刊行会

   1926(大正15)年98

※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。

入力:酒井裕二

校正:雪森

2016年14日作成

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