我が一九二二年
佐藤春夫
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私達の友人は既に、彼の本性にかなはない総ての物を脱ぎ棄て、すべての物を斥けた。そして彼自らの手で紡ぎ、織り、裁ち、縫ひ上げたところの、彼の肉体以上にさへ彼らしい軽羅をのみ纏ふて今、彼一人の爽かな径を行つてゐる。
他の何人に対してよりも、自分自身に対して最善の批評家であるところの彼は、つねにただ、彼の子供として恥しくない子供だけを生み、より恥しくない子供だけを育て上げてゐる。彼のと異つた芸術を要求することは固より許されよう。彼のにまさつて完全なる(或は完全に近い)芸術といふものは、たやすく現代の世界に見出されないであらう。
彼の芸術は、詩に於て最も彼らしきところを、最も完全なるところを示してゐる。
今の詩壇に対する彼の詩は、余りにも渾然たるが故に古典的時代錯誤であり、余りにも溌溂たるが故に未来派的時代錯誤であることを免れない。
嗚呼、この心憎き、羨望すべき時代錯誤よ。時代錯誤の麟鳳よ。永久に詩人的なるものよ。
『永久に詩人的なるもの』私達の友人よ、ねがはくは彼によりて、彼を取りまける総ての者が、詩の天上にまで引きあげられて行くことを。
月をわび身を佗びつたなきをわびてわぶとこたへんとすれど問ふ人もなし。
あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ
──男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
思ひにふける と。
さんま、さんま
そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。
あはれ
秋風よ
汝こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。
あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝へてよ
──男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。
さんま、さんま、
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。
去年立秋ののち旬余の或る日、机に凭りて「情史」を繙き偶々巻二十四を開きしになかに洞庭劉氏といふ一項あり、
「洞庭劉氏 其夫葉正甫 久客都門 因寄衣而侑以詩曰、情同牛女隔天河 又喜秋来得一過 歳歳寄郎身上服 糸糸是妾手中梭 剪声自覚如腸断 線脚那能抵涙多 長短只依先去様 不知肥痩近如何。」
これに比ぶれば謝恵連が擣衣の篇のごとき徒らに美辞を弄ぶものといふべし。われは三誦して秋夜の寡居に感はことのほか深かり。
織姫と身をなして
おもふ人いと遠し、
歎きつつ織るものは
なつかしき人に着られよ。
幾とせぞ 天の川
逢ふことぞ待たるるよ、
秋ごとに君に行き
君にそふ衣ねたまし。
絹裂けば音にぞ聞く
わが胸の千々の切なさ、
縫ひゆけばなみだ落ち
縫ひきしむ針ぞ憂たてき。
桁丈は昨のままぞも
わが心咋のままぞも、
憂れたくも痩せ給へりや
憂れたくも肥え給へりや。
もとより即興の戯れにして原詩の哀切に対して恥づ。
洞庭劉氏の詩を三誦してよりのちまた月余、或るゆふべ身に秋冷をおぼえて自ら秋衣をさぐるに事によりてわが思ひ凄然たるものあり。その夜筆をとりて「秋衣の歌」をつづれども意はありて詩は遂に成らず。これを筐底に投じ去りぬ。今年また秋衣の候となる。われは仮そめながら病に伏して他家に身を寄せたり。秋宵只一人の為めに長く孤愁は時に甚だ堪ふべからず。つれづれのあまり旧稿を思ひ出でて再び見んことを願へども協はず。蓋し転々たるわが流寓のうちに失はれたるなり。乃ちこゝろにこれをたづねつつ漫吟し得て些か意を遣りぬ。詞の稚拙は既に恥ぢざるなり。
灯かげとどかぬ小暗さに
さすらひ人の行李より
ひとり索ればわびしさよ
秋風に著る秋ごろも、
劉氏を妻に持たぬ身の
わがとり出づる古ごろも
ころもをとればそぞろにも
おもかげぞ立つ 憂き人は。
わりなきことを言ひいでて
恨むよしなき佳き人よ
汝がいとし子の秋ごろも
裁つ手をしばしやめよかし、
絹を二つに裂かんとき
こほろぎの音をしばし聴け
そのかそけさを胸に知れ
つれなき人とならじかし。
人目を怖ぢて 汝はそも
あわただしくも運ぶ手に
そのほころびをつくろひし
ころもは曾て無かりしか、
今日をかぎりの別れの日
吐息とともに汝が置きて
くつがへりたる味噌汁に
しとどなる膝なかりしか。
劉氏は人の妻なれば
ひとりとり出しわがころも
濯ぐべき人もとめねば
糸目もふるし古ごろも、
秋の灯かげにすわるとき
新らしく着る古ごろも
膝なる汚点はわりなくも
いみじき汝を怨めとぞ。
我は悲しめりとには非ず、我は泣くこと協はず
わが思ひ出のすべては、はた、眠につきつつ。
見守りつ、ゆく水の白く異しくなりまさりゆくさま、
日ねもす夕暮まで我は見守りつ、川面の変りゆくさま。
日ねもす夕ぐれまで我は見守りつ、雨の
窓がらすのうへ打ちたたくそのうれたさ。
我は悲しめりとにはあらず、ただ我は
かつてわが願ひなりしもの皆に倦んじ果てぬ。
かのひとの唇や、かのひとの眼や、ひねもす
わが身には影の影なるものとはなりつ。
君がこころに焦がるるわが渇きは、ひねもす
忘れられしものとはなりつ、夕の来るまでは。
かくて我は悲のさなかに遺されつ、泣かんとす
夕は目覚めそむるわが思ひ出はかずかず。
隣室の客は男ふたりだ。
酒をのんで、いつまでも
何だかくだらない議論をしやがつた。
やつと寝たと思つたら
ひとりは直ぐと怖ろしいいびきだ
ひとりは又すばらしい歯ぎしりだ
これではまるでさつきの議論のつづきぢやないか。
そのいびきをかうして聞いてゐると
自然、豚のことが思ひ出されるし
歯ぎしりの方はまるで柱時計のぜんまいを巻いてゐるやうだ。
おれは豚小屋の番人になつて
番小屋の柱時計に油の足りないねぢをかけてゐるのか知ら………
ゆうべの寝汗のしみ込んだこの掛ぶとん
何だかほし草のにほひがして来た……
浴泉は毎日、私のおできの
岩苔のやうにこびりついた奴を洗ひ落すが、
谷川の水は毎晩、私の心に流れこんで
それが心の古疵に何としみるかよ。
ひとりぼつちの部屋へ月がさすから
電燈を消したら
おれの目から温泉が出たつけ。
秋になつたら
小さな家を持たう、
小榻一椽書百巻
さうして
煙草とお茶とのいいのが飲みたい、
そこには花畑がいる、
妻はもういらない
童子を置いて住まう、
童女でも悪くはない、
さうだ、それよりさきに
一度、上海へ行つて
支那の童女を買つて来よう、
十四ぐらゐのがいい、
木芙蓉の莟のやうな奴はいくらぐらゐするだらう?
あなたの夢は昨夜で二度しか見ないのに
あなたの亭主の夢はもう六ぺんも見た
あなたとは夢でもゆつくり話が出来ないのに
あの男とは夢で散歩して冗談口を利き合ふ
夢の世界までも私には意地が悪い だから
私には来世も疑はれてならないのだ
あなたの夢はひと目で直ぐさめて
二度とも私はながいこと眠れなかつた
あなたの亭主の夢はながく見つづけて
その次の日には頭痛がする ………
白状するが私は 一度あなたの亭主を
殺してしまつたあとの夢を見たいものだ
私がどれだけ後悔してゐるだらうかどうかを
霜ぐもる十二月の空は
干ものやくにほひにむせび
豆腐やのちゃるめら 聞けば
火を吹いておこすこの男の目に ふと
どこかの 見たこともない田舎町の場末の
古道具屋の四十女房がその孕みすがたで
釣ランプをともすのだ
かかるゆふべの積み累ねに
聖ならぬわが厭離のこころはきざした。
風花日将老
佳期猶渺渺
不結同心人
空結同心草
しづこころなく散る花に
長息ぞながきわがたもと
なさけをつくす君をなみ
摘むやうれひのつくづくし。
人と別るる一瞬の
思ひつめたる風景は
松の梢のてつぺんに
海一寸に青みたり。
消なば消ぬべき一抹の
海の雲より洩るやらむ、
焦点とほきわが耳は
人の嗚咽を空に聞く。
山路きて 君が指すままに
わが摘みしむらさきの花、
君が問ふままに その名を
わがをしへたるりんだうの花、
そのかの秋山のよき花を 今は
ただしばしば思ひ出でよとぞ
わが頼むことは わりなき。
我が一九二二年 畢
底本:「現代日本文學大系 42 佐藤春夫集」筑摩書房
1969(昭和44)年6月25日初版第1刷発行
2000(平成12)年1月30日初版第14刷発行
初出:秋刀魚の歌「人間 第三巻第一一月号」
1921(大正10)年11月1日発行
秋衣の歌「中央公論 第三七年第一一号」
1922(大正11)年10月1日発行
憂たてさ「新潮 第三七巻第二号」
1922(大正11)年8月1日発行
浴泉消息「明星 第二巻第四号」
1922(大正11)年9月1日発行
或る人に「東京朝日新聞」
1923(大正12)年1月3日発行
つみ草「蜘蛛 第三第五号」
1921(大正10)年8月10日発行
別離「明星 第二巻第六号」
1922(大正11)年11月1日発行
龍膽花「明星 第二巻第六号」
1922(大正11)年11月1日発行
※「憂たてさ」はアーネスト・ダウスンの「Spleen」の訳出です。
※「或る人に」の初出時の表題は「ある人に」です。
※「つみ草」の初出時の表題は「支那の詩より」です。
※「龍膽花」の初出時の表題は「龍膽の花」です。
入力:阿部哲也
校正:noriko saito
2016年3月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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