島守
中勘助



 これは芙蓉ふようの花の形をしてるという湖のそのひとつの花びらのなかにある住む人もない小島である。この山国の湖には夏がすぎてからはほとんど日として嵐の吹かぬことがない。そうしてすこしのさえぎるものもない島はそのうえに鬱蒼うっそうと生い繁った大木、それらの根につちかうべく湖のなかにわだかまったこの島さえがよくも根こぎにされないと思うほど無惨に風にもまれる。ただ思うさま吹きつくした南風が北にかわるさかいめに崖を駈けおりて水を汲んでくるほどのあいだそれまでのさわがしさにひきかえて落葉松からまつのしんを噛むきくいむしの音もきこえるばかりしずかな無風の状態がつづく。

 この島守の無事であることを湖の彼方かなたの人びとにつげるものはおりおり食物を運んでくれる「本陣」のほかには毎夜ともす燈明の光と風の誘ってゆく歌の声ばかりである。この人は昔村が街道筋にあたって繁昌した頃の御本陣のあととりだが、時勢の変遷やたびかさなる村の災厄のため落魄して今はここでも小さいほうの数に入る一軒の家のあるじにすぎないけれど通り名だけはもとのまま「本陣」と呼ばれている。本陣は村じゅうでいちばん人がいいといわれるとおりおそらく国じゅうでも最も善良な人のひとりであろう。その善良朴直ぼくちょくのゆえに私は心からこの人を愛する。性来、特に現在はなはだ人間嫌いになった私にとってもこの人が島へくることは一尾のますおよいできたような喜びを与える。──追記。その後いちど逢ってしみじみ昔話でもしたいと思いつつおりを得ずに幾十年かたつうちに本陣は亡くなった。残念なことをした。家も新築されてあとが栄えてると人づてにきいて喜んでたのだったが。

 たまさかに参詣の旅人をのせてくる村の人は芝蝦しばえび烏貝からすがいといっしょにこの寒村のつまらぬ名物のひとつとして私の話をするのであろう。彼らは影法師のうつるのも忘れてそっと障子のあなからのぞいたり、または森のなかを歩いてるところを見つけて変化へんげものの正体でも見あらわすようにじろじろと見まわしたりする。多くの者は私の不興げな顔を見て目くばせをしささやきあってそこそこに帰ってゆくが、なかには好奇心にかられ煙草たばこの火をかり宮の名をたずねなどするのにかこつけておずおず話しかけるのもある。彼らの問いはねずみの道のようにきまっている。こんな島のなかにいてなにをするのか、寂しくはないか、恐しくはないか……これらの問いに対して私はなんと答えたらよいであろうか。住むべき家もないゆえかものように迷ってきてこの島に宿をもとめたのである。寂しいといえば都会の喧噪のうちにすこしの理解もない人びとの群にまじってるよりも寂しいことがあろうか。ここは湖の離れ島である。さりながら日月は追いあう水島のごとくにして朝夕に島を照して忘れることはない。私はこれらの木や、鳥や、虫や、魚やと友となり、兄弟となって美しい姉妹の神を送り迎えている。私は今ひとりになって世のさかしらな人びとに愚かなおのれの姿を見る苦しみからのがれ、またいかに人間はつまらぬ交渉をつづけんがために無益にわずらわされてるかを知った。世のあさましいことは見つくしまたしつくした。今はただしばしなりとも清浄な安息を得たいと思う。旅人よ、私はおんみらがかしましいだみ声をもってこの寂寞せきばくを破ることをおそれるばかりである。

 島にひとりいれば心ゆくばかり静かである。読書と冥想のひまにはわが穴を嗅ぎまわる獣のように島のうちをさまよいあるく。その芙蓉の花の花びらに虻のとまったほどのこの島にも雨につけ風につけなにかの新しいことがないでもない。栗の枝が吹き折られたこと、鳥がしじみからを落していったこと……それらは島の歴史に残るべき大きな出来事である。またおりふし夢野の神はしのびやかにきてひややかな私の眠りをいろいろの絵筆に彩ってゆく。それらのことを私は日にちこまごまと日記につけておく。これはこの島に隠れて島守しまもりの織る曼陀羅まんだらである。


 明治四十四年九月二十三日

 簑笠みのがさをつけた本陣に船頭をたのんでひどい吹きぶりのなかを島へわたった。これから私の住居となる家は年に一度の祭礼に遠方からくる神官の泊るために建てたもので、羽目板はめいたはところどころずり落ち雨戸もまだついていないゆえほんの雨つゆのしのぎになるばかり、夏が過ぎればすぐ冬になるならいの山国の湖のなかにただひとつ浮いて出たようなこの島をめがけて周囲の山やまからおしよせてくる寒さをこの都人に防いでくれるほどの用にも立たない。積んである畳を幾枚か家のなかほどにしいて座敷とし、かたかたの床には白木造りの神輿みこし、かたかたには炊事の道具をならべ、畳のかびをふき、あたりのちりを払ってみれば思ったより住みごこちのいい住居になった。はりのうえには笠鉾かさぼこ、万燈。枝と縄と藁で面白い粗野な織物になってる屋根裏からは太鼓、提灯ちょうちんなどがぶらさがっている。本陣はそとから板屑を拾ってきて焚きつけをこしらえ、米はこのくらいに、水はこれくらいに、火はこうして とねんごろに教えながら昼飯の支度をして、やがて飯ができたのでちょこなんとかしこまって給仕をしてくれる。それから南の浜へおりて器を洗うなどひととおり用事をすませたのち

「ごはんが残ったらおじやにしておあがりなさい」

といって帰っていった。あとに残って私は これでいよいよ独りになった と思った。


 二十四日

 安養寺あんようじさんへ御挨拶にゆくために島を出る。──註。島へ移るまで私は湖畔の安養寺さんの離れに御厄介になっていた。──池田さんの炉ばたで話してるところへ福岡の妹が危篤きとくという電報がきた。池田さんの人たちが気にかけてきいたけれど私は笑って なんでもありません と平気でいた。

 島へ帰る。昼飯の支度をするのもものうい。ぼんやり寐ころんでいる。ふと ああよく体を大事にしてといった と思い出して力なく焜炉こんろに火をおこしはじめた。飯をかける。焜炉のまえに坐って煮える音をきくともなくきいてるうちにはらはらと涙がこぼれかかった。よくひとりで世話をしてくれた。──註。妹が嫁にゆくまえは小石川の家で母と私と妹の三人ぐらしだった。──裁縫がすきでいつも針をもっていた。日に何遍もココアをいれさせるとなさけなさそうな顔をしてやってくれた。瀕死の床に寐てる姿が眼にうかぶ。飯がふきこぼれるのでおろして菜の鍋をかける。木蓋のうえでねぎをきって一つ一つ石を投げるように投げ込む。涙がはらはらとこぼれかかる。こんなに涙が出るのはもう死んだのではないかと思う。死ぬときどんなにか皆にあいたかったろうと思う。焚きつけがなくなった。晩飯のために拾わねばならぬ。

 後ろの森の杉の枯葉をひろう。ひとつずつ拾って左手にためる。涙がでる。かけすぐらいの鳥がゲーゲーと争っている。

 なにをするともなく夕がたになった。きょうは夜になるのが寂しい。その夜の闇のなかにひとつぶの昼の光をとめておくような気もちで島のを燈明をともしにゆく。落葉の音や木立ちにひびく自分の足音をききながら石段をおり燈明をともしてなにということもなく眺めている。燈明の影が水にうつる。その水底に幾年となく落ちかさなった枝、そのうえを小さな魚の子のゆくのが透いてみえる。彼らはまことに天から生みおとされたかのようにところを得がおである。きょうは曇。飯綱いいづなにも黒姫くろひめにも炭焼の煙がたつ。煙が裾曳すそびくのは山颪やまおろしであろう。


 二十五日

 朝目をさますと同時に妹を思った。きょうの悲しい最初の思いである。□□子はまだ生きてるような気がする。そして私のように今目がさめたのだろうと思う。

 雨まじりの風が烈しく吹いて島は終日波の音と木の葉の音に鳴りつづけていた。島には木の葉が雨のようにふる。彼らは朝から日のくれるまで、日のくれから夜の明けるまで、ながいあいだ住みなれたこずえに別れをつげてわるびれもせず土に帰ってゆく。そうして地に落ちてからもしばらくは若わかしい心を失わずにあちこちと追いあいさざめきあっている。□□子はまだこのあいだ 来春は子供を抱いて上京する といってよこした。私は 楽しみに待つ といってやった。□□子は生きて約束どおり来春出てこなければならない。兄弟のなかでただひとりの可愛い妹だったものを。

 雨のなかを提灯をさげて燈明をあげにゆく。燈明が高いので水ぎわの石にのってもまだいっぱいに手をのばさねばならぬ。風のまをみてともしてもともしても扉をささぬうちに消えてしまう。あきらめて帰ったがなにか気がすまないのでまた性懲りもなくともしにゆく。

 燈明の下に立つ。風がますます荒れて波がおりおり裾を洗う。いらだってぐまも待たずともしはじめたが今度は三度めについた。石からおりて裾をしぼりはかない喜びにみちてちらめく影を見あげながら 湖の彼方にこの光を望む村の人たちは島守がきょうの一日の無事であったことを知らせるための燈火とばかり眺めるであろう と思う。


 二十六日

 朝。晴。きのう拾った杉の葉で火をおこしてるところへ本陣がなたのこぎりに豆板、頼んでおいた鰹節かつおぶしと池田さんからことづかった香煎こうせんをもってきて 餅は焼いてばかりたべずに雑煮にするがいい といって大きなひね茄子なすを二つたもとから出した。両手にあまるほど肥えて石みたいに堅い。また こうじが少いからまずかろうけれど と小さな瓶から味噌をくれた。そしてまないたがわりに拾ってきた板のうえへ鉈で鰹節をかいてくれたが私は雑煮は今度のことにして餅を焼いてたべる。かようにしてこのび住居には不相応な珍味のかずかずがそなわった。無性者の料理人は手軽をのみ心がけてなるべく材料を使わない。米も持ってきたなり袋に一杯、砂糖もそのまま、山田から送ってくれた浪華漬なにわづけもまだあけない。玉子もざるに十ほど、葱が一本、はぜもろこしも残っている。今やこのソロモンの富を得た島守はこれらのものをどういう順序に腹のなかへしまい込もうかについてすくなからず苦労をする。本陣は焚きつけをつくりおえて煙草をすいながら味噌汁のかげんやなにか教えていった。

 いつからかこの神輿みこしのなかに夫婦者の鼠が住んでいる。彼らは私ごとき人間に平和な生活を邪魔されるのを腹立つかのように毎晩言語道断に荒れまわるのでゆうべから一きれの餅をいくつかに割って床のうえにほうっておくことにした。お供物のおかげで一晩静かだったが見れば餅はきれいに運び去られている。


 二十七日

 □□子の具合がいいという知らせがきてきのうは幸福な日だった。けさ南の浜へおりてたらいつのまにかきた本陣が

「先生 先生」

とよんだ。私が二足三足坂をあがりかけたら

「はがきがまいりました。たいそういいってんです」

といった。本陣はこのごろ私が気分がすぐれないのを気にかけてくるたんびに親切にたずねてくれる。また私が□□子のために心を痛めてるのにも深く同情してるのだ。

 夕。桟橋に立ってるとき北の岡のはざまから霧が吹き出してきたので今に島を包むかと思って眺めてたがゆるやかに湖をわたり東の山にそうていってしまった。秋になって霧が急にすくなくなった。燈明をつけてもどってみればもう鼠の音がしている。ゆうべは餅のかわりに一つかみの米を供えておいたら床につくまもなくぱちぱちと内証らしくたべる音がした。今夜ははぜもろこしをささげよう。

 にわかに雨の音。


 二十八日

 夜半。恐しい風の音に呼びさまされた。いま人びとはみな眠って私ひとり覚めてるのであろう。私はこの島の嵐のなかにただひとりなることを思いさいわいにみちて眠りに入った。


 二十九日

 朝。散りしいた木の葉にまじってはねのはえたいたやの種子が落ちていた。山やまがありったけの風を吹きつくしたかのようにけさは静かである。樫鳥かしどりや、木つつきや、島じゅうを木づたい鳴きかわす鳥のなかでひよどりの声がことによくこだまにひびく。なに鳥か大杉の梢で玉のを投げるように鳴く。湖水にうつる雲の影はしずかにうごき、雑魚ざこの群は吹きかわった新鮮の気を吸うようになめらかな水面に泡をたてる。

 机にもたれたまま夕がたまでうとうとした。そのあいだにいろいろな鳥の声がきこえた。目をさましたら手がしびれてなにを持っても乳のみ子のように落してしまう。

 島守の一日の暮しぶりはこうである。朝目がさめるとながいあいだの習慣にしたがって睡後のけだるさが心臓から指の先まですっかりきえてしまうまではしずかに床のなかに仰臥している。ようやく五体が自分のものになれば起きて南の浜へ顔を洗いにゆく。雨の日やあまり寒い朝は前日に汲んでおく水で用をすます。次には土間の蓄えのうちから一掴みの杉の枯葉とやや生のとを拾い五、六本の木屑をそえて焜炉に火をおこす。生の葉は燃えるときに濃い白い煙をたてるのと、ぱちぱちはぜるのがよくてことさらにまぜるのである。また一本のマッチのほかに藁の帯をした束から一枚のつけ木をぬきだしてそのさっとひいた硫黄の色、泡だちながら燃える紫の焔、つんと鼻をつく強いかおりのためにその一枚を無駄につかう。燃えたつ火のなかへ三つ四つ手づかみに投げこむ炭のおこるころには杉の葉は灰に、木屑はほどよくおきになってそのうえに土瓶がのせられる。掃除をして餅のかびをけずり、玉子や茶道具をそばにならべ、小皿に醤油しょうゆをうつすじぶんにはちょうど湯がわく。そこで火箸ひばしを火のうえにわたして餅をのせ、その焼けあんばいによって焜炉の扉のかげんをするのをひとりで興がりながら端から醤油をつけてたべる。それから玉子をのみ、豆板をたべ、茶をすすって朝の食事をおえ、ひと休みののち食器をかたづけるまで火をたきつけてから約一時間半を費す。一晩のうちにからになった胃のなかへ甘い、しおからい、渋い食物を充分につめこんだ満足はたとえようもない。小憩ののち読書、もしくは日記。時間と手数のために昼飯をはぶき、もし暖かならば南の浜へおりて体をふく。膝ぶしぐらいまで水にはいり、摩擦によって充血した皮膚を日光にあてまた微風に冷しながら四方の山を眺める気もちはまことに爽快である。もしすすぐべき衣類食器などあればついでに洗う。帰って心臓の鼓動のしずまるのをまって読書、要すれば午睡。三時半夕食の用意にかかる。これは二食なのと、暮れるまでにゆっくり散歩の時間を得たいためである。大体の順序は朝におなじ。ただし夕食は雑煮なので餅の黴をおとしてからおなじ庖丁で鰹節をかき、茄子の皮をむいて銀杏いちょうにきり、つゆのかげんをして鍋をかけねばならぬ。しずかに休んでから手ばやく食器をかたづけ、火をけして鳥居へゆく。そうしてそこからお宮までのあいだの長い路を落葉をひろったり、歌をうたったり、木の根をまたいだり、石段をあがったりおりたりして火ともしごろまで歩いている。

 夕。鳥居へおりていったら桟橋のうえに鶺鴒せきれいが一羽いた。そっとしゃがんで見てるうちじきにこちらを見つけ ぴぴ ぴぴ となきながら小島が崎の葦のなかへ、そこには二、三羽の友だちがいておなじように鳴きつれて斑尾まだらおの道のほうへ飛んでいった。

 みぎわにひとふさの木の実がおちていた。枝わかれした淡紅の茎のさきになんてんに似た暗緑の実をつけている。もって帰ろうとおもって舟板のうえにのせておく。青い岩床の凹みに波がよせてはいあがるようにはるか白根しらねの山の峡に灰色の雲が打ちつけている。暮れてきたので実をとりあげて燈明に火をともす。心づよくもひとりこの島にすみながら妙高みょうこう、黒姫、飯綱の山やまをつつむ恐しい雲のかなたに秋の日のうすれて落ちてゆくのをみればさすがにわりない里恋しさをおぼえる。


 三十日

 餅にもあきて飯をたく。うまくできたので浪華漬をだす。型のごとくがんじょうな桶の蓋には青肉で浪華漬とおした紙をはり、朱印のにじんでるのもいい。天王寺、六万体町、六万堂も気に入った。小刀で目ばりの紺紙を切ってすこし蓋をこじあける。と、ぷんとかすの匂いがする。そうっと粕をはいでみる。下のほうにすばらしいうりの奴がうまそうに色づいて隠れている。奥にはまだなにかいる様子だったが楽しみにしてわざと見ずに瓜をだす。蓋のうえですこし切って茶漬の菜にし、残りは大切に埋めておく。

 夕。鳥居から帰ったら褐色のてんとう虫が机のうえをはっていた。

 夜。雨。島のまわりを一本足のものが跳んであるく音がする。なに鳥か闇のなかをひゅうひゅう飛びまわる。雨の音はなにがなしものなつかしい、恋人の霊のすぎゆくきぬずれの音のように。


 十月一日

 明けがたまでふったとみえ土も落葉もしっとりぬれて、雲はそのままに残りながら雨はあがっていた。湖の島の朝凪あさなぎはたとしえなく静かである。森はしんしんとしずまりかえっておりおり杉の枯葉がこそりと落ちるばかり、幾億の木の葉のひとひらもそよぎはしない。

 南の浜へおりて顔を洗い、米をとぐ。白根の山なみに淡黄の雲がみえてきょうは晴かと思わせる。鍋をさげて坂をのぼる。家のうしろでなに鳥かきゅうきゅうと鳴く。火をおこしたところへ本陣が玉子をもってきてくれた。つばのひろいざるの底にまろびあういろいろな鶏の卵は私のために乏しい村の隅ずみから寄せ集めたものである。飯がふくじぶんまで話して本陣は帰った。

 食後。島の脊をあるく。茱萸ぐみの枝が落ちていた。けさ遊びにきた村の子がすてたのであろう。大きな鳥の羽根をひろう。鳥の落してゆく羽根は天からふった宝ものみたいに子供心に嬉しかった。柔い羽根をひろうと家ではそれを羽箒はぼうきにしてひき茶をはきよせるのを私は自分が拾ったのだといって御褒美に数をきめて臼を廻させてもらう。私はわざと臼を躍らせてぱっと茶の粉をたたせるのがすきだった。すがすがしい薫りがする。しめやかな茶臼の音は今も耳にのこって遠いとおい昔をしのばせる。これはかすかに紺色の光沢をおびてのように透いてみえる幅のひろい羽根だ。しおりにしようと思う。

 南の浜には雑草のなかに小菊がさきみだれている。そして汀に立つただ一株の大木のほかにはいつも水をくんだり米をといだりするところに一本のみず木と柳が枝をまじえてるばかりでこれといった木もない。柳は水のうえへのりだして風の日にはなびき、雲のない日には影をうつす。その根もとには蘚苔せんたいの糸根かなにかいっぱいに紅く波に洗われ、渚には砂まじりの小石が綺麗にすいてみえる。そこで器を洗うと雑魚の群がよってきて指をせせる。時にはまたかにはさみをあげていよるのをさじですくって水のなかへ投げてやるとそのまま深みへはい込んでしまう。ここは崖と森に北風をせかれて島のなかでいちばん暖い処である。春の野に似てなごやかな南の岡は湖のかなたに波うち、そこにほとほとと模様をおいた灌木、はんの木の小村へかよう小路、草を負うた馬や人のとおるのもみえる。秋になると皆が草刈りにゆくときいたが、見ればところどころ綺麗に刈られて幾団にも刈草が積まれている。

 夕。鳥居へおりる石段のなかほどまでいって立っていた。北風がひゅうひゅうと雨をうちつける。右ての小暗い葦のなかにうえがひとつうちよせられてるのでほかにもありはしないかと見まわしてたらさぎが一羽あわただしくたって北浦のほうへ飛んでいった。

 夜。後ろの木立にきょうきょうと鷺の声がする。


 二日

 朝。鳥は山をこえる朝の光をみて さめよ さめよ さめよ と呼ぶ。呼ばれてさめるものはこの島に私ひとりである。そうしてさめて四周の清浄なことを思って心から満足をおぼえる。濶葉樹かつようじゅの葉ごしに緑の光がさして切るような朝の気が音もなく流れてくる。崖をおりて浜へ出る。村の人たちはまだ起きたばかりであろう、湖にも岡にも影がみえない。

 食後。桟橋へでる。斑尾の道を豆ほどの荷馬がゆき、杉窪を菅笠すげがさがのぼってゆくのは蕎麦そばを刈るのであろう。そのわきには焦茶こげちゃ色のあわ畑とみずみずしいきび畑がみえ、湖辺の稲田は煙るように光り、北の岡の雑木の緑に朱を織りまぜたうるしまでが手にとるようにみえる。妙高、黒姫も峰のほうはいつしか黄葉しはじめた。曳かれてゆく家畜のように列をなして黒姫から飯綱へかけ断続した朝の雲がゆく。水の底が遠くまで透けて日光につくられた金いろの網がぶわぶわとゆらぎ、根こぎにされた水草の芽が浮きもせず沈みもせずにゆらゆらと漂いあるく。

 南の岡へゆこうとおもって島をでる。──註。島には船がなかった。たまたまきた船にでものったのだろう。──池田さんへ寄ったらほかほか湯気のたつのそばでおばあさんが麦を蒸していた。ねせておいて醤油をつくるのだそうだ。秣山まぐさやまへゆく道は灌木の岡にそうて蔭になり日向ひなたになりうねうねとうねってゆく。人どおりのないのと岡がせまってるのとで斑尾の道よりいっそう淋しい。たまにゆきあうお百姓たちも村の人ではあろうが見知らぬ顔ばかりである。とある山蔭で粗朶そだを背負ってくる娘さんに逢った。十六、七の痩せぎすで、まみえと目のあいだにほんのり上気して、色白の頬に汗がひとすじ流れていた。彼女は小鳥かなぞのようにおじけてちらりと見た眼を胸のへんにつけながらおずおずとすぎていった。田のあぜや湖ぎわに枸杞くこもまじって赤い実が沢山なってるのをよくみればひとつひとつ木がちがう。

 秣山──南の岡──は美しい岡である。まどろむようによこたわった草山のあちらこちらに落葉したのや黄葉しかけた灌木が小松の緑にまじってるのがちょうどいろいろの貴い毛皮をもった獣が自然に睦みあって草をくってるようにみえる。羊歯しだは枯れたが女郎花おみなえしはまだ咲きのこっている。うす紫の小鈴をつらねた花の名はなにか。松虫草のなかをゆくと虻の群が一斉に羽音をたてて飛びあがる。風がないので日は春のように暖い。はぎ、うるしがもみじしてかしわの葉がてらてらと日を照りかえす。あらまし葉を落した山つつじの灰色の幹の群立ちも美しい。滑かな窪地をとおして帯のように雑木が繁ってるのは清水の流があるのだ。草のうえに横になってうっとり眺めてると山やまの嶺に雲が自らに湧いてまた自らにきえてゆく。


 三日

 夜なかから嵐になった。目をさましたら障子がはずれてるので起きて縄でからげた。枝の音、島の根を打つ波の音、吹き落された鳥のあわただしい鳴声がする。

 白根颪しらねおろしが強く吹く日には南の浜は水が濁るので北浦の水をくむ。

 夕。一日吹きまくった風がばったりやんだ。わずかに日がさして山も水もしずまりかえっている。と思うまに北風がごうごうと雨をさそってきた。湖水に風脚がみえて日が恐しく暮れてゆく。


 四日

 朝からしとしとと雨がふる。

 午後。うたた寐の夢を板戸をたたく啄木鳥きつつきに呼びさまされた。目ざましに香煎をのむ。焚きつけがなくなったので裏へいって杉の葉をひろう。じっとり土についてるのを拾って土間に投げ込むうちに山のようになった。こうして独りくらしてることが身にしみて嬉しい。

 夕。雨はやんだが晴れもしない。燈明をともしにゆく。葦の葉のひと葉もそよがず入江も淵ももの凄いほど淀んでいる。山には灰色の雲がきれぎれにまつわって小揺ぎもしない。後ろの木の梢に啄木鳥が二羽もきて競って叩くのをきくともなくききながら水の底を眺めてると葦の芽が水面へはなかなかとどきそうもないのに穂さきを天にむけ力をこめて突き出ようとしてるのを そんなに日向ひなたがいいものかしら と思う。湖が光って小波が立ってきた。汀がちょろめき、葦がゆれ、やがて木の葉が蝉のはねのようにふるえて鳴りはじめる。まつわってた山の雲はいつとはなしにほどけて山をはなれて漂ってゆく。北浦には波がよせながら南の浦は魚の息さえみえるほど澄んでいる。鴨の群はまだか、鴛鴦おしはと思って眺めてもそれらしい影もみえない。いつもの漁をする人が洲のさきから葦のなかを舟を曳いてきたのできいたら水のなかに立ったままふりかえって山を見ながら

「いつも今ごろはもう妙高に雪がくるのですけれど そうすればきますが おととい貝をとりにいったら琵琶びわさきの入江に真鴨まがもが十羽ほどと鴛鴦もいました」

という。それは南の岡の隣に琵琶の形に曲りでた岬にそうて蜥蜴とかげの尾のように細く入りこんだ入江である。あのしずかな草山につつまれた入江に海のはてからわたってきておのずからなる舟の形にむつみあう浮寝うきね鴛鴦おしよ、いにしえ猶太ユダヤの神は万物創造の終りにあたってすべての色よい鳥の羽の残りをつづって羽衣はごろもとし、蜜のような愛のいぶきにその胸をふくらませて汝らめおとづれの游牧者をこしらえたのであろう。

 燈明をあげ、白根の山の雲を残りおしく眺めてかえる。

 夜になると鷺が島のまわりを鳴きまわる。雨にも風にもならず、月もみえずにしんしんと不安の闇がふけてゆく。


 五日

 終日氷のような西風がふく。山へ雪がきたかとおもって出てみたが雪も見えない。西風がふけば雲が吹きはらわれると本陣がいったけれどところどころ青空もすき日に照された雲もみえながらおおかたは根づよくへばりついてなかなかげそうにもない。ふと南の浦のほうを見たら一羽の鴨が白っぽい胸をみせて低く舞っていた。それをよく見ようとしてぼさのなかを汀づたいにゆこうとしたら足もとから小鴨が飛びたった。ならの実を四つひろう。三つは栗色に、一つは青くつやつやしている。とげのある猪口ちょくにはいったのと、二つの猪口なしと、まだ若い細いのと。どん栗を拾ったことがなにか嬉しい。

 夕。燈明へゆく。寒い風が灰色の雲を吹いて日が傷ましく暮れてゆく。風が強かったのでいたやの葉が生の枝のまま落ちている。花のさいた杉の葉を石段でひろう。本陣が胡瓜きゅうりの塩おしと菜のゆでたのをもってきてくれたので鴨の話をしたら それは一つはよく舞う奴で 一つは水をくぐるのが得手なのだ といった。

 夜。どん栗と杉の葉をならべて日記をつけてるとき南の浦にばさばさと水を打つ音がして鳥の群がおりたらしかった。月は遠じろく湖水を照しながらこの島へは森に遮られてわずかにきれぎれの光を投げるばかりである。大木の幹がすくすくと立って月の夜は闇よりもすさまじい。

 夢。ひとりの爺さんが右手に細いはけをもって左手におとなしくとまってる鳩の頸や肩のへんを鳩羽や紺色に染めてゆく。そうしておくとその色の羽根がはえてくるという。そばに桃色鸚哥いんこが木の枝にくちばしをひっかけてぶらさがっていた。……


 六日

 南の浜の木のところへいって日にあたる。空が晴れて豊かな日光は浜をあたため、西風は崖と樹木にせかれて高く頭上をこえてゆく。この木は高さ四、五丈? まばらな枝にならの葉に似た濶葉をつけて根もとになにかの古い根っこ二株と無惨に裂けた枯木の幹が横倒しに水につかっている。南の岡のうえをもかりもかりと浮いてゆく銀いろの雲に見とれてるとき一羽の魚狗かわせみが背なかを光らせながら ぴっ ぴっ と飛んでいった。もし人が思うままに生れかわれるものならばあの岩壁の隠れがに美しい衣をきて心にくくも独りすむかわせみになりたいものである。秋はまわりの山の木が落葉するためか鳥はみなこの島をめがけてねぐらをもとめにくる。

 幾日ぶりかの天気なのでありたけの器を運びおろして洗い、ためておいた洗濯をし、水をあびてかえる。そして自らきょうの勤勉をほめながら御褒美にすこし早く夕食の用意にかかって味噌汁をつくり、浪華漬をあける。こっとりつつんだかすの底からぱくりと西瓜すいかの丸漬がでてきた。さもうまそうに太いしわがよってずっくりと酒の気がしみてるのを蓋のうえでほどよく切って皿につける。汁も煮えた。いそいそとして飯をたべる。

 桟橋。きょうは岡の木も島の木もいっぱいに枝葉をひろげて日光をすい、鳥居も燈明もめずらしく新しい影を落している。湖畔の岡の東側にようやく蔭がひろがって晴れた日の太陽はひとしお名残なごりおしげにたゆたいつつ沈んでゆく。黒姫山は日輪のつかか、きえがてにする微光をみれば晴れの夕べもまたあわれである。柴舟しばぶねも畑の農夫もみな帰ったのに秣山に草をくう美しい獣の群はよい草の香に酔いしれて穴に帰ろうともしない。

 鳥のしわざか島の脊に小さなしじみの殻がこぼれていた。四つながらみな仰むけに白い裏をみせてるのをなにとはなしにひとつひとつ裏がえしてみる。水色と泥色に染めわけられた波模様を手のひらにのせてみながら戻って机のうえにならべておく。どん栗と貝殻と杉の花とでにぎやかになった机に頬杖をついてぼんやりと魚狗かわせみのことを考えはじめた。

 南風の強くふく日私は手桶をさげて北浦の水を汲みにいった。いつものようにじっと足もとをみつめて思いに沈みながらしずかに小暗い坂道をおりてゆく。大木の枝はいくえにも頭上を蔽うて空とぶ鳥もこの姿を見ないであろう。幾年となく散りつもった木の葉はそのまま土になってやわらかに爪先をうずめ、かかとは餌をねらう獣のそれのようにすこしの音もたてない。崖の樹木は水をすう化鳥の形に押し合って青暗い淵のうえに頸をのばしている。ふと見れば汀からのりだしたほおの木の枝にひとりの女が腰をかけて一心につりをしている。みどりの髪を肩になびけ、瑠璃るりの翼を背にたたみ、泛子うきをみつめる瞳はつぶらかに玉のごとく、ゆさりと垂れた左右の脛は珊瑚さんごを刻んだかとうたがう。みずはか、山姫か、奇しくたえなる姿は底なしの淵の底までも照している。私はおぼえずよろめいて手にした桶をとり落した。彼女は驚いて口笛のような叫び声をあげ浦づたいに島をまわって竜宮の岬のほうへ飛んでいった。そのあとに私はぬくもった朴の枝に頬をおしつけ恍惚として影もない水を眺めていた。夕べをもまたず冷えてゆく朴の枝が教えるであろう、無慈悲なかぎに捕えられたのは淵にすむますの子ではなくて私みずからであったことを。

 夜。鴨の声がしたかとおもって空の光をたよりに浜へおりた。満月が無名樹のまばらな梢にかかって湖畔の岡の裾に霧が幔幕まんまくのようにひいている。ただひとりこの月に照されて湖のはなれ島のわずかな浜べに波をへだてて草ばかりのかなたの岡を眺めてる心は涙といえば涙である。月界の神女は昔ラトモスの山の窟にまだうら若い恋人をいだいてさめることのない甘い眠りに入らせたという。私は今ひとりここに立ってこのように憧れてるのに彼女はなぜはやくきて私を抱いてくれないのであろう。古い憧憬しょうけい蓮華れんげは清らかな光にあってふたたび花びらをひらいた。月天子よ、私は汝のやさしい面を仰いで夜をも明すであろう、姿は苦行の婆羅門ばらもんのごとく、心は渇仰の信徒のごとく。

 夢。まっ暗な寒い杉の森のなかで北浦のほうを眺めて鴛鴦おしや鴨のくるのをまっている。やがて一羽の鴨が西のほうからさっとおろしてきて水につき入った。つづいて五羽も七羽もきてふくらんだ胸のへんにささ波をたてて矢のように進む。頸すじの真紅なのや、ひわ色なのや、見たこともない綺麗な鴨のなかに白鳥もまじっていた。


 七日

 夕。一の鳥居へ石段をおりるときふと柴栗しばぐりの落ちてるのをみて 栗がなったな と思って上を見た。高い枝にしずくのたれそうな三つ栗がめっきりとえみわれている。胸を躍らせ枯枝を拾って投げつけるうち手心をおぼえてうまくうちあてた。大きないががぽかりともげてばらばらとこぼれるのをとんでいって草のなかを捜してるとき落ちてきた枯れいがにいやというほど頭を打たれ なるほど と昔の智慧を思いだして羽織を頭からすっぽりかぶる。かた手に一杯ほどの栗をたもとに入れてきて机の上にあけてみたら虫の粉が美しくちらばった。

 焼山には雪がきたという。


 八日

 本陣が蛇のきもと蕎麦粉の饅頭をもってきてくれた。栗の話をしたら 島の西に大きな栗の木がある というので宮の後ろの崖をあとについておりてゆく。透きまもなく繁りあった雑木のなかにひびだらけの獰猛な腕をひろげた栗の木の姿はあっぱれ武者ぶりではあるがかんじんの栗は一つもない。

「去年はあぶなくて通れないほどなってたが」といいながら心あたりの木から木へと捜しあるいても毬も落ちていないもので本陣は手もちぶさたな顔をして 南のほうに梨があるから と崖の腹をまわってゆく。私は栗のかわりにみちみち楢の実をひろう。本陣は 木曾のほうでは楢の実を豆にまぜて味噌をつくる とか 山奥へゆけばかや、はしばみ、ぶなの実もたべる などと話しながら先にたってゆく。南の崖に一株のけんぼ梨がある。これも「去年は降るほどなった」そうだが高いところに七つ八つあるばかり。下草をかきわけてやっと三つ四つさがしだした。堅くて小さいがかおりは高い。ぐみ、水引みずひきの花。


 九日

 朝なぎの浜におりる。山やまは雲のとばりをかかげ、湖辺の灌木はさながら乙女となって朝の姿をうつし、梢にはなに鳥かきてまろらかな鄙歌ひなうたをうたう。

 夕。栗を落す。


 十日

 北風がひゅうひゅうと雪雲をはこんで今夜のうちに湖水が氷りはせぬかと思われる。かんかん火をおこし栗をむいて栗飯をたく。肩をすぼめて森に吠える雪風の声をきいている。

 夜半。思いがけぬ月の光がこうこうとさしこんだ。怪鴟よたかの声、波の音。


 十一日

 朝。小雨のなかを本陣が菜と雉笛きじぶえ大笊おおざるに一杯のしめじをもってきてくれた。本陣はくるたんびになにかしら山里らしい話を積んでくる。しめじはこのへんでいちばんいいきのこだということ、なに茸とかいって傘の径が一尺もある気味の悪いのもたべるということなど。

 ゆうべのうちに山へ雪がきた。妙高に三度ふれば里にもくるといういいつたえで村は今草刈りのおわり、とり入れのはじまりで大騒ぎだ という。十二日の秋祭──祭とは名ばかりでこれということもない。──までに草を刈りおえ、新そばをたべ、収穫をはじめて霜月のなかばまでにすべての農事をしまい、それから人びとは身も心ものびのびとして思いおもいの温泉へゆく。

 桟橋へ出る。山やまは寒そうな雲に埋もれて雪の色さえみえない。風に吹きさかれた霧のきれが目のまえの水のうえをそそとせせってゆく。

 木立ちの路を帰れば凍えた島のなかにあとりが鳴き、めじろもなく。

 この住居のまえにあるわずかばかりの平地のむこうは五、六丈? の急な崖になってその下が南の浜である。崖には杉の大木にまじって象皮色のけやきの幹が枝をひろげ、こぶだらけのいたやはさいのように立ち、朽ちはてたえのみはおおかた枝葉を落しつくして葛蘿かずらにまかれている。暖い日には障子をあけてこれらの喬木のおのこどもの雄雄しい武者ぶりをみて心を楽します。我がちに日光を貪る木木の簇葉そうようは美しい模様を織りだして自然の天幕となり、ところどころのすきまからはきれぎれの空がみえ、その小さな空を横ぎって銀いろの雲がゆく。そのなかでのやや大きな天幕の裂けめはこの家に天の光をもたらす唯一の路である。それゆえ私には朝は遅く明けて日は時のまに暮れてゆく。夜になれば無数の巨幹はさながら魑魅ちみとなって人をおびやかし、星は簇葉をもれて冷たい木の実のようにみえる。

 午後。晴。浜におりて茸を洗う。

 夕。落栗をひろう。三つ四つ。妙高、黒姫、飯綱の嶺にさらさらと初雪がふってきのうまで恐しげにみえた山の姿がなつかしやかになった。なごりの雲が去りがてにたゆたっている。水の底にすいてみえるうえのなかへ小さな魚がしずかにくぐってゆく。彼はただ一夜だけれどもこの島の岸べにかかる安住の宿を見いだした。

 うちよせるささ波の音をききながら小島が崎の洲をあるく。ここは灌木にはさまれて狭間のようになっている。まわりの岡はかなり黄葉が深くなった。あんなにたくさん鳴いてた鶯はみんなどこへいったのかしら そんなことを思いながらふと弓なりの枯枝をひろいあげて涙をうかめた。きょうはいつになく遅くなった。山も湖も暗くなり、鳥はみな島に帰って木の頂にとまっている。


 十二日

 秋祭。朝本陣が迎いにきた。

 斑尾の道をあるく。黍畑はいつまでも若わかしい緑色をしている。粟畑は濃い海老えび色になってもまだ刈られない。きのう菅笠のみえたあたりは一段ほどの稲がふり干しにされている。足の疲れたところからひきかえして村へはいるときちょうど托鉢の尼さんが読経をおえてある家の軒下からこちらへくるところだった。私はすれちがいながらなにげなく深い笠のうちをみた。染めたようなゆたかな頬や、読経のために充血したくちびるや、岩間を清水の流れてゆく尼僧の境涯には涙なしには住めまいほどなまめいている。これからどこをまわるのか斑尾の道のほうへいった。

 かねて招かれてた本陣のところへいって鳥鍋で焼酎しょうちゅうをのむ。本陣は少しばかりの焼酎に酔い猩猩しょうじょうみたいになって

「先生 もう舟がこげません」

という。で、一時ばかりそこらを歩いてもどったらようよう色がさめたがまだ鼻をつまらせている。白根颪が無二無三にふく。本陣は一所懸命を押しながら この風で鱒がとれるからいいのがあったらもってゆこう という。幾年もまえに山からくる清水の落ち口に彼らの最初のひれをふった鱒の子はその父となり母となるときがくるといとけないころ乳房を含むことを知らぬその口にはじめて吸った清水の味を思いだしてわが子にもそれを吸わそうとおなじ葦べに寄ってくるのをさし網を沈めてとるのである。四方の山から岡から無数の烏が島をめがけて帰ってくる。これから山の鳥は雪に追われてみなこの島に集るので島はいちめん鳥の糞になるが、春になって雪のとけたあとをみると木の実草の実の種子が敷きつめたようになってるという。

 夜になるとお宮のわきの坊主の木へ怪鴟よたかが二羽もきてぐわっぐわっと喉を鳴らしながら闇のなかをあさりまわる。


 十三日

 午後。雨のなかを浜へおり水をくんで枝豆をゆでる。木つつきは始終島を見まわって人の影さえみればとがめでもするように鳴きたてる。この美しい深山の彫師は日にち小さなのみをふるってまえの夜の夢を木の幹に刻もうとするかにみえる。

 本陣が玉菜たまな里芋さといもとしめじをもってきた。うまそうな葉を十重二十重とえはたえにかさねた玉菜と、毛むくじゃらの里芋と、まだほけない面白い形の茸が笊のなかで転り合っている。本陣は

「また先生のお楽しみのものを拾ってきました」

といいながら恵比寿えびすさまみたいな顔をして袂から柴栗を二、三十だした。またおかみさんのさとの味噌漬が三年めとかでよく漬いてるからといって茄子と大根の唾のでそうな色に漬いたのをくれた。私が湯をわかし、飯をかけ、漬物をきるあいだに本陣は玉菜をきざみ、浜へおりて茸と里芋を洗う。それから駄菓子で茶をのみながら 越中越後にはほうぼうに尼寺があって大勢の尼が托鉢にでる。このへんでも仏の忌日にでもあたれば読経をたのしんだりまた宿をかす家もある など話すうちに飯がふいたので

「どうもおごちそうさまで」

といって帰っていった。あとにひとり王侯の富を得たきもちでほくほくしながら鰹節をかいてつゆをつくり、笊から玉菜と茸をとって投げこむ。茸がひょくひょく煮えくりかえる。蓋でおさえつける。なかでことこという音をききながら ここを離れるのがいやだ と思う。

 鼠が毎晩座頭虫ざとうむしの身だけをくって足をそこらへちらけておく。ほうきがなくて掃けないのでたくさんたまった。座頭虫はくわれてもくわれても別の奴が相変らず長い脚をもてあましてよいよいみたいに歩き廻る。

 夢。夜なかごろ私はちょうどこの島のように大木に蔽われた大山の頂に立っていた。月か星あかりかかすかに地べたが見える。おりる路はいくつかあるがそれが人里へでるというのでもない。私はそこに淋しいとも思わずに立っていた。そしてふと上を見たら枝から枝へ無数の熊蜂の巣がかかり数万の蜂が火のつきそうな翅を立てて盛んに蝋をぬっていた。


 十四日

 朝。飯をすましたところへ本陣がさも一大事らしく

「鱒がとれました 鱒がとれました」

と息せききって四百めあまりのあめ鱒をさげてきた。とれたてで眼など生きてるようだ。えらから荒縄をとおされ烏天狗からすてんぐみたいな口をくわっとあけて鉤なりの歯を見せている。頭は焼物のように黒くてらつき、体は赤黒く光沢をおびて、美しいというよりは野趣のある魚である。切身にして味噌につける。

 本陣は薪をとってゆくといって崖に倒れた朽木を浜へ落してとんとんなたで叩いている。

 午後。南がいで日がほこほことあたってきた。北風のこないまに浜へおりて米をとぐ。柳の根もとにある穴からかにが出てきて不思議そうに見てるのでそっと指をだしたら チカ とはさんでそこそこに穴へい込んだ。米をとぎおわる頃にはもう風が立ってきた。洗濯をし、水をあびて帰る。

 晩飯には鱒を煮てたべる。湖水の味がする。

 桟橋。湖畔の平地だけを残してすっかり霧が包んでしまった。昼は稲を刈り夜なべには稲こきをする と本陣がいったがもう暮れてきたのに田畑にはしきりに人の影がうごいてなにかうずたかく積まれた。烏の群が鳴きたて鳴きたて後を追って帰ってくるのを眺めてるとおりおり雲がきれて思いがけぬところに夕やけの空がみえたりする。はじめ四方の岡のうえに無数のほしがみえ、やがてそれが孑孑ぼうふりみたいに動きはじめ、次第に大きくなって鳥の形になり、黒い翼がみえ、声がきこえて、それはみな島をめがけて帰ってくる烏だということがわかる。烏こそはまことに鳥族の農夫である。彼らはその強いくちばしすきをもって終日耕してむことをしらない。それゆえ彼らの衣は美しい紺黒に光り、すこやかな唄の声は野に山にひびきわたる。

 一の鳥居をくぐったところに島でいちばん綺麗な杉の木がある。一抱えほどの幹と三抱えぐらいのとが根もとから二叉ふたまたになって幹にも枝にも更紗さらさ模様をおいたように銭苔ぜにごけがはえ、どす黒い葉のなかにいちめんに花がさいている。その高い枝の下にみごとにかかった大きな蜂の巣は毎日ここへくるときの一つの楽しみである。渦巻の浮彫をしたかめ形の王宮にはほうぼうに入口があり、暖い日にはおどしのよろいをきた幾百の騎士が勇みたって湖のかなたに笑顔をもって彼らを待つ恋人のかぐわしい脣をすいにゆく。


 十五日

 帰る日がちかづいてからは毎朝目がさめるといいしれぬ寂しさが湧いてくる。きょうはお爺さんがひとり参詣にきて越後の国中頸城なかくびき郡何村とかの者だと名のってから

「あんたここにこうしておいでになってなにかぎょうでもなさるのですか、行をなさるには私どもがこうしてお話するのもお邪魔になるということですが」

といいながらそろそろと腰をおろした。私が

「いいえ行はやりません」

といったらすこしおちついて合点ゆかぬらしくひとの様子を見ながら 自分は今申すとおり越後の者でこの村の身うちへきのうから子供をつれて遊びにきて一晩泊って今お詣りにきたのだがこれからまた子供をつれて帰ろうと思う なぞとひとりで話している。お爺さんはお宮へ燈明をあげてきたとみえ

「あぶないから消しておいで」

と子供にいいつけてまだ腑におちないらしく なにをなさる なにをなさる とくどく尋ねる。私は 都会に生れて都会に飽きたからこんなところにこもったのだ といいかげんな返事をした。お爺さんはぱくりと口をあいてまわりの森や屋根裏を見まわしてたが

「やはり夜になればお話においでのこともごわしょうな」

と変なことをいいだした。私がわかりかねた様子をしたもので

「いや昔からこういうところではてんご様や神様がきてお話しくださるということを承っておりますで」

という。私がまじめに

「もうこのせつではあまりそういうことはありません」

といったら感にたえぬらしく仰山ぎょうさんにうなずいて

「天子様がおとめになりますかな」

といった。そうしてあなのあくほどひとの顔を見たあげく

「どうも御失礼申しあげました」

と丁寧におじぎをして帰っていった。小さいとききいた伯母さんの話によると天狗様はおりおりこんなことをして人をなぶりにくるという。まずはお気にさわるようなこともいわないでよかったと思う。

 きょうもしぐれてきた。雲のように繁り合った大杉の梢にしらしらと雨脚がみえる。

 夕飯の菜に鱒をやき、里芋と玉菜を煮る。


 十六日

 朝あさ島を出てゆく鳥の声によびさまされる。眼をあいたらぱちぱちと葉をうつしずくの音がした。

 降りしきる時雨しぐれをききながら栗をむいて栗飯をたく。

 夕。きょうをかぎりに雨の小やみのひまを桟橋へゆく。岡にも里にもたちこめた霧のたえまから濃い紅葉もみじの色がみえて人たちは雨にもめげずこの遅くまで稲を刈っている。なごりおしくいつまでもいつまでも立ちつくす。

 鳥もみんな帰った。稲刈りの人も見えなくなって霧がそのまま闇になってゆく。きょうは両方の燈明をともし、また桟橋に立って水にうつる火影が「し」の字や「く」の字になるのを眺めている。


 十七日

 恐しい白根颪がふく。朝早く本陣が荷造りにきて一つ一つ舟へ運びおろす。きょうは風が強いから舟を小島が崎の入江につないできたという。鳥居のところへおり汀の杭につないだ舟にのって後の掃除をしてる本陣を待つ。島の木はえに咆え、日光にあふれた雲が奔馬のように飛んでゆく。

 舟をだす。むべきかな、島はもみじして鴛鴦おしのごとくにみえる。この島は国のはじめのころはたぶん一羽の鴛鴦だったのであろう。彼は禍津日まがつひかみねたみにふれてただひとりの恋人をうしない嘆きのあまりにかような島となってしまった。それゆえ幾千年の後の世の今になっても秋がきてその子の子らがあの入江にわたってくると恩愛のきずなにひかれて美しい昔の姿をあらわすのである。

 岬をまわるやいなや大きな浪がつづけざまにくるのを舟をかわしかわし湖畔についた。

底本:「犬 他一篇」岩波文庫、岩波書店

   1985(昭和60)年218日第1刷発行

   1990(平成2)年1116日第12刷発行

底本の親本:「中勘助全集 第二巻」角川書店

   1961(昭和36)年1

初出:「犬 附島守」岩波書店

   1924(大正13)年510

入力:kompass

校正:酒井裕二

2016年11日作成

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