魔法博士
江戸川乱歩



動く映画館


 ある夕がた、渋谷しぶや区のやしき町を、ふたりの少年が歩いていました。もとボクサーのおとうさんをもつ井上一郎いのうえいちろう君と、すこしおくびょうだけれども、あいきょうものの野呂一平のろいっぺい君です。ふたりとも、小林芳雄こばやしよしお少年を団長とする少年探偵団の団員なのです。

 ふたりは小学校の六年生ですが、井上君はクラスでも、いちばんからだが大きく力も強いうえに、ときどき、おとうさんにボクシングをならっているので、だれにも負けません。野呂君は井上君にくらべると、ぐっとからだが小さく、なかなかチャメスケです。ノロちゃんというあだなでとおっています。そういうふうに、からだのかっこうも、性質もちがっていますけれども、ふたりは大のなかよしでした。

「おやっ、あれ、なんだろう。へんな紙しばいだねえ。」

 ノロちゃんが、町のむこうの方に、おおぜいの子どもが集まっているのを、ゆびさしていいました。

「うん、へんだね。紙しばいじゃないよ。自転車でなくて、自動車がとまっているもの。いってみよう。」

 ふたりが、その方へ近づいていきますと、だんだんようすがわかってきました。

 それはオート三輪を、小型自動車のように作りかえたもので、その自動車のうしろの上のところに、板で四角にかこったものが出っぱっていて、そのおくに、二十インチのテレビぐらいの大きさの白いスクリーンに、何かモヤモヤと動いているのです。

「あっ、わかった。映画だよ。自動車の中から映画をうつしているんだよ。」

「そうだ。西部劇だ。カウボーイが、馬にのって走っているよ。」

 ふたりは、いそいで、見物の子どもたちの中へはいっていきました。

「いまや、トニーは、ぜったいぜつめい。ピストルをうちつくし、もうたまが一発もなくなったのであります。」

 赤と白のだんだらぞめのとんがりぼうしに、おなじ道化どうけ服をきて、顔をまっ白にぬり、ほおに赤いまるをかいた男が、しわがれ声で映画の説明をしています。この道化師が、オート三輪の小型自動車を運転して、紙しばいのように、町から町をまわっているのでしょう。

 それじゃ、子どもたちにお菓子を売っているはずだとおもって、あたりをながめますと、子どもたちは手に手に、ロケット砲弾ほうだんの形をした長さ二十センチぐらいのチョコレート色のお菓子を、もっています。なかには、それをしゃぶっている子もあるのです。

「それ、なんてお菓子?」

と聞いてみますと、

「オネスト=ジョンだよ。」

と答えました。中は、あまいせんべいのようなもので、その外がわに、チョコレートがぬってあるのです。

 小型自動車の横がわを見ますと、上のほうに、映画のスチールが、がくぶちに入れて、いっぱいならべてあります。その下に、大きな字で「移動映画館」と書いてあるのです。

「そのお菓子、いくら?」

 また、聞いてみました。

「一個、十円だよ。」

と答えます。

 十円でこんなに映画が見られるなら、やすいものだと思いました。

「移動映画館て、うまいことを考えたねえ。ぼく、こんなの、はじめて見たよ。」

「うん、ぼくも。それに、あの道化師のおじさん、説明がうまいじゃないか。」

 カウボーイの映画がおわると、道化師は、チョンチョンと拍子木ひょうしぎをたたいて、

「きょうは、これでおしまい。また、あした、今ごろくるからね。おこづかいをもらっておくんだよ。じゃあ、ハイチャ!」

 道化師は、みょうな身ぶりで、ひとつおじぎをすると、そのまま、運転席にはいり、小型自動車は、ノロノロと出発しました。

 井上、野呂の二少年は、なぜか、そのまま帰る気になれないので、ノロノロ自動車のうしろから、小ばしりについていきました。じゅうぶん、ついていけるほどの、のろさなのです。

 とちゅうで、道化師の顔が、運転席の窓からヒョイととびだして、うしろをながめました。そして、二少年がついてくるのを見ると、ニヤリと笑いました。おかしいような恐ろしいような、なんともいえぬ、きみょうな笑いかたでした。

 ふたりの少年は、

「なんだか、へんだなあ。この道化師は、あやしいやつかもしれないぞ。」

と思いました。

 それからしばらく行きますと、ひとつの町かどで自動車がとまりました。道化師は、なかなか出てきませんでしたが、やがてドアがひらいて、自動車の中からとびだしてきたのは、まるで違った、へんてこなやつでした。

 まっ黒なモーニングのような洋服をきて、頭に黒いきれをかぶり、その上に二本の黒いツノが、ニューッとのびているのです。顔には、目だけかくす覆面ふくめんをして、高い鼻の下に、ピンとはねたひげが、はえています。西洋の悪魔のような顔です。

 それが、拍子木を、チョンチョンとたたいて、

「さあ、みんな、集まっといで、おもしろい映画がはじまるよ。活劇映画のはじまり、はじまり!」

と、大きな声でさけぶのです。

 でも、もう夕がたですから、あまり子どもが集まってきません。やっと、四─五人の子どもが近よってきたばかりです。それでも、西洋悪魔にばけた男は、まず、オネスト=ジョンの菓子を売ってから、映画をうつして、おもしろそうに説明をはじめました。

「へんだね。さっきの道化師は、どうしたんだろう?」

 井上君が、ささやきますと、ノロちゃんが、しさいらしく答えました。

「そうじゃないよ。道化師があんなへんなやつにばけたんだよ。自動車のなかには、ひとりしか人間がいないんだもの。あいつ、きっと変装の名人だよ。ねえ、なんだか、あやしいやつだね。もっと、あとをつけてみようか。」

「うん、そうしよう。」

 ふたりは、少年探偵団員ですから、あやしいやつを見たら、あとをつけないではいられないのです。

 映画がすむと、西洋悪魔はまた運転席にはいって、車が動きだしました。こんども、ノロノロ走っています。そして、ときどき、悪魔の顔が窓からうしろをのぞいて、二少年がついてくるかどうかを、たしかめているらしいのです。

 ああ、なんだか心配です。このふしぎな男は、わざと車をノロノロ走らせて、ふたりの少年を、どこかへ、ひっぱっていくつもりではないのでしょうか。

 まだ夜とはいえませんが、あたりは、だんだん暗くなってきました。遠くのほうは、かすんで見えないくらいです。

 自動車は十分ほど走って、また、とまりました。そして、とまったまま、しばらく、てまどっているのです。あいつは、こんども、なにかに変装して出てくるのかもしれません。

 ふたりの少年は、すこし、きみが悪くなってきましたので、あまり近よらないで、十メートルもはなれたうしろのほうから、じっと、ようすを見ていました。

 そこは、さびしいやしき町で、見わたすかぎり、へいばかりがつづいています。こんなところで、子どもを集めようとしても、ひとりも、出てこないだろうと思われるほどです。

 しばらくすると、自動車の運転席から、なんだか黄色い大きなものが、ヌーッと姿をあらわしました。あっと驚くような、まったく、えたいのしれないものでした。

 全身、黄色のなかに、太いまっ黒なしまがあります。しかも、そいつは立って歩かないで、四つんばいになって、ノソノソと、こちらへやってくるのです。

「ワーッ、トラだあ、トラがきたあ……。」

 ノロちゃんが、とんきょうな声をたてて逃げだしました。

 井上君も、いっしょに逃げながら振りかえってみますと、そいつは、一ぴきの大きなトラにちがいないのですが、ふしぎなことに、そのトラが、ヒョイと後足で立ちあがったではありませんか。

 おやっ、とおもって見ていますと、そのトラは、二本の前足で、首にかけていた拍子木をはずして、チョンチョンと、たたきました。まるで人間のようにうまく拍子木をうつのです。

「おい、ノロちゃん、あれ、人間だよ。人間が中にはいっているんだよ。逃げなくてもいいよ。」

 井上君は、さすがにおちついているので、それが、こしらえもののトラの皮で、中に人間がはいっていることを見やぶったのです。

「ほんとかい?」

 ノロちゃんは一生けんめいに走ったので、ハアハア息をきらせながら、ききかえしました。

「ごらん、ほんとうのトラが、あんなに、拍子木なんかうてるもんか。人間だよ。見ててごらん。いまに、映画の説明をはじめるから。」

 ふたりは、だんだん、トラのそばへ近よっていきました。

 そのとき、拍子木の音を聞いて、どこからか、二─三人の子どもが走ってきました。その子どもたちも、トラの姿を見て、ギョッとして立ちどまりましたが、そのとき、トラが人間の声でしゃべりはじめたので、「なあんだ。」というように、こちらへ近よってきました。

 トラは、後足で立ちあがったまま、二本の前足で、おかしげな身ぶりをしながら、なにかしゃべりはじめました。

「ああ、いい子だ、いい子だ。ほんとうのトラだとおもって逃げだしたけれど、また帰ってきたね。きみたち、勇気があるよ。感心だねえ。ほら、これは、ごほうびだ。お金はいらないよ。」

 トラはそういって、自動車の中から、オネスト=ジョンの菓子をもちだし、みんなに、一つずつわたしてくれました。少年たちは、きみが悪いので逃げだしそうにしましたが、トラが、やさしい声をだすので、やっと安心して、お菓子をうけとりました。井上君も、ノロちゃんも、それをもらったのです。

 ノロちゃんは、あいてが人間とわかると、すっかり気をゆるして、トラのそばにより、背中の毛をなでながら話しかけました。

「おじさん、どうしてそんなに、いろんなものにばけるの? 自動車がとまるたんびにばけるの、たいへんでしょう?」

 すると、トラが、まっかな口をひらいて笑いました。

「エヘヘヘヘ……、それはね、わしが変装の名人だということを、みんなに見せたいからさ。そうすれば、子どもたちが、めずらしがって集まってくるし、お菓子もよく売れるわけだからね。だが、きみと、そこにいるもうひとりの子は、さっきから、ずっとついてきたんだね。わしが、あっというまに、どんなものにでもばけられることがわかっただろう。どうだね、もうすこし、ついてくるかね。そうすれば、きみたちがびっくりするような、おもしろいものを見せてあげるよ。」

 井上君とノロちゃんは、顔を見あわせました。もう、あたりが暗くなっているのに、こんなきみの悪いやつに、ついていっていいのかしらと、思ったからです。

 しかし、じぶんたちが、名探偵明智先生の弟子の少年探偵団員であることを思いだすと、きみが悪ければ悪いほど、なお、尾行をつづけなければならないようにも感じられるのです。

 勇気のある井上君は、やっぱり、この男の正体をつきとめるまで、尾行する決心をしました。

「うん、ぼくたち、あとからついていくよ。でも、おじさんは、どこまでいくの?」

「ついそこだよ。もう十分もかかりゃしないよ。」

 トラは、前足で向こうの方をさししめしながら、やさしいネコなで声でいいました。

 そこで井上君は、しりごみするノロちゃんの手をひっぱって、自動車のあとをつけることにしました。

 いよいよ、心配になってきました。これから、いったい、どんなことがおこるのでしょうか。


悪魔の国


 移動映画館の小型自動車は、ふたりの少年をしたがえて、ノロノロと走っていきます。あたりは、だんだん日がくれて、さびしくなり、まっ暗になっていました。

「ノロちゃん、きみ、バッジもってるかい?」

 井上君が、ノロちゃんの耳に口をつけるようにして、ささやきました。

「うん、ポケットにあるよ。少年探偵団の規則だもん。いつでも、バッジを三十個ずつ、ポケットへいれておけって。」

「そうだよ。ぼくも、三十個もってるよ。」

 それをささやきあうと、ふたりは、いくらか安心したような顔つきになりました。

 バッジというのは、少年探偵団員が、胸につけているB・Dバッジのことです。このバッジは、団員の目じるしのほかに、いろいろな、つかいみちがあるのでした。

 それは直径一センチ半ほどの、銀色をしたバッジですが、悪人を尾行して、ぎゃくに悪人のためにとらえられたときなど、このバッジを、つぎつぎと道に落としておけば、それを目じるしにして、悪人のすみかがわかるという便利なものです。

 また、悪人とたたかうとき、遠くからバッジをなげつけて、相手を、こまらせることもできますし、どこかの家にとじこめられたとき、窓からこのバッジをへいの外へなげれば、じぶんのいるところを、団員にしらせることもできます。もし、紙と鉛筆を持っていたら、手紙を書いて、その紙にバッジをつつんで、へいの外へなげるという、つかいみちもあります。

 それから、団員が、どこかにかんきんされているとき、その部屋の窓をめがけて、バッジをなげこめば、なかまが助けにきたことを、しらせるてだてにもなるのです。

 井上君とノロちゃんは、そのB・Dバッジを三十個ずつ、ポケットにいれていました。手でさわってみると、ジャラジャラと音がするのです。

「あいつ、なんだか、あやしいやつだから、もしものときの用意に、このへんから、バッジを落としておくことにしよう。二十歩に一つずつだよ。いまから、二十歩あるいたら、ぼくが一つ落とす。そのつぎの二十歩めに、きみが一つ落とす。そういうふうにして、かわりばんこに、道へ落としていくことにしよう。」

 井上君が、ささやきますと、ノロちゃんもうなずいて、

「うん、それがいい。二十歩に一つずつなら、ずいぶん長くつづくからね。」

 このバッジを二十歩ごとに落としておくというのも、少年探偵団の規則でした。だれかが、ゆくえ不明になったときは、まずバッジをさがし、それがみつかったら、そこからどちらの方角へも、二十歩ずつ歩いてみて、つぎのバッジをさがし、それをくりかえして、ゆくえをつきとめるという申しあわせなのです。

 さて、怪人物のノロノロ自動車は、さびしい方へ、さびしい方へと進んで、しばらくすると、大きな神社の森の中へはいっていきました。

 もう、あたりはまっ暗です。森の中には、街灯がごくわずかしかないので、足もとも見わけられないほどです。

「よそうよ。もう帰ろうよ。ぼく、こわいよ。」

 ノロちゃんが、井上君の手をひっぱって、だだっ子のように立ちどまってしまいました。

「だめじゃないか。せっかく、ここまできたのに。ここは山の奥じゃないよ。この森の向こうには、にぎやかな東京の町がつづいているんだよ。それに、バッジがぼくらを、まもってくれるから、だいじょうぶだよ。」

 井上君は、ノロちゃんの耳に口をつけて、しかるようにささやきました。そのときです。森のやみの中に、やみよりも黒いものが、モヤモヤと動きだすのが見えました。

 さすがの井上君も、それを見ると、はっとして、ノロちゃんといっしょに、逃げだそうとしましたが、もうおそかったのです。まっ黒な人かげが、ふたりのうしろにまわって、とおせんぼうをしていました。

 うしろだけでなく、前からも、横からも、おなじようなまっ黒な怪物が、せまってくるではありませんか。

 立って歩いているから、人間にちがいありません。ばけものでも、動物でもないのです。

「だれだっ。きみたちは、だれだっ?」

 井上君が、ノロちゃんをかばうようにして、どなりました。

「だれでもない。おれたちは、魔法博士の弟子だ。きみたちふたりを、これから悪魔の国へつれていくのだ。」

 黒いやつのひとりが、ぶきみな声でこたえました。

 遠くの街灯の光で、三人の黒んぼうの姿が、かすかに見えます。三人とも、ぴったり身についた、まっ黒なシャツとズボン下をはき、頭から三角の黒覆面をかぶっています。その目と口のところだけが、くりぬいてあって、そこから、にぶく光る目がのぞいています。

「たすけてくれえ……、映画のおじさん! 自動車のおじさん! はやく、はやく、たすけてえ……。」

 ノロちゃんが、死にものぐるいの声をだしました。

 すると、向こうの自動車の中から、まっ黒なやつがあらわれてきました。こちらの三人と同じ姿です。

「ウフフフ、わしが映画のおじさんだよ。だが、きみたちのみかたじゃない。わしこそ、悪魔の国のあるじの魔法博士というものじゃ。」

 ああ、映画のおじさんと思っていた男が、じつは、悪魔の国の首領だったのです。二少年の運命は、これからいったい、どうなるのでしょうか。


人造人間


 井上君とノロちゃんは、三人の黒覆面に、とうとう、つかまえられてしまいました。そして、たちまち手足をしばられ、さるぐつわをはめられ、黒いきれで目かくしまでされて、森の外に待っていた大きな自動車の中へはこばれました。

 目かくしされているので、なにもわかりませんが、もう自動車は走りだしていました。二少年がこしかけているとなりには、さっきの悪者のひとりが、がんばっているようすです。

 おくびょうもののノロちゃんは、これからどうなることかと、恐ろしさに、ただもうブルブルふるえていました。となりにいる井上君には、それがよくわかるので、元気づけようとするのですが、さるぐつわで、ものがいえません。しかたがないので肩をグングンおしつけて、

「ぼくも、ここにいるんだから、だいじょうぶだよ。」

という、あいずをするのでした。

 自動車は、ひじょうなはやさで走っていましたが、三十分もたったころ、ピタリととまり、ふたりはまた、あらくれ男にだきあげられて、どこかの家の中へつれこまれ、階段をあがったり、廊下のようなところを、グルグルまがったりして、ひとつの部屋の中へいれられました。

 そのとき、男たちは、手ばやく二少年の縄をとき、目かくしとさるぐつわをはずして、つきとばすように、その部屋の中へいれると、ピシャンと、ドアをしめて、そとからかぎをかけてしまいました。部屋の中は、なぜかまっ暗です。

「ああ、井上君!」

 ノロちゃんは、口がきけるようになったので、井上君の名をよんで、手さぐりで、そのからだに、しがみついていきました。

「ノロちゃん。しっかりするんだ。ぼくたちは、少年探偵団員なんだからね。きっと、小林さんや、明智先生が、助けに来てくれるよ。」

「だって、せっかく、道にすてたB・Dバッジが、なんにもならなかったじゃないか。こんな遠くへ自動車でつれてこられたんだから。ぼくたちのいくさきは、だれにもわからないよ。」

「ぼくは、黒覆面につかまったとき、バッジののこりを、みんな、あの森の中へすててしまった。あそこには、バッジが、たくさん落ちているはずだ。それを、少年探偵団員のだれかが見つけてくれたら、あそこで、何かあったということがわかるよ。そして、バッジのうらには、ぼくたちの名まえが、ほりつけてあるんだから、井上と野呂のふたりが、森の中で、ひどいめにあったということが、わかるはずだ。それだけでも、あのバッジを落としたことは、むだじゃないよ。」

 井上君のいうとおり、B・Dバッジのうらには、団員がじぶんの名を、クギのさきでほりつけておく規則でした。ですから、バッジのうらを見れば、だれが落としていったかということが、すぐに、わかるのです。

 そのとき部屋が、とつぜん、パッとあかるくなりました。だれかが、外のスイッチをおして、電灯をつけたのです。

 その光で、部屋の中を一目ひとめみると、ノロちゃんは、また「あっ!」とさけんで、井上君にしがみつきました。そこは、じつになんともいえない、異様な部屋だったからです。

 たたみなら二十畳もしけるほどの広さで、窓というものが一つもない、てんじょうの高い洋室です。その四方の壁に、ぶきみな人造人間が、ウジャウジャといるのです。じっさいにいるわけではなく、よく見ると、壁画へきがなのですが、それらが、四方からこちらへ歩いてくるように見えるのです。

 人間の三倍ほどの巨大な人造人間、全身が黒い鉄でできていて、まっ四角な顔には、まんまるな、まっかな目玉が光っています。かくばった口は耳までさけて、のこぎりのような歯が、ならんでいます。その巨人が、まっすぐに、こちらへ歩いてくるように感じられるのです。

 人間の二倍ぐらいの大きさのやつもいます。人間と同じくらいのやつもいます。それが、四方の壁をあわせると、百人以上も、ビッシリならんで、みんな、こちらをむいて歩いてくるところが、油絵でかいてあるのです。

 その人造人間の形もいろいろで、鉄でできた四角ばったやつばかりではありません。青銅の魔人みたいなのもいれば、黄金仮面みたいなやつもいます。また、火星人みたいな、グニャグニャしたタコのおばけみたいなのも、まじっているのです。

「ノロちゃん、こわがることはないよ。あれはみんな絵だよ。油絵だよ。でも、なんて、ふしぎな部屋だろう。壁じゅう人造人間で、うずめてしまうなんて。」

 勇気のある井上少年も、四方からおしよせてくる人造人間の絵を見ると、なんだか、へんな気持になるのでした。その部屋のまんなかには、一度も見たことのない、奇妙な形のテーブルと、いすが、おいてありました。

 テーブルは三角で、三本のあしが、みんな形がちがっていて、へんなふうに、まがっているのです。いすも、ちょっと口ではいえないような異様な形で、どこか、遠い星の世界のいすとでもいった感じです。また、ふしぎな形の長いすも、おいてあります。まるで、巨大なカマキリが、うずくまっているような、へんてこな長いすです。

 井上君とノロちゃんは、おそるおそる、その長いすに並んでこしかけました。そして、キョロキョロと、四方の壁を見まわしています。あまりのことに、ものをいうことも忘れてしまったらしいのです。

 すると、いつのまにか、ドアが音もなくひらいて、そこから、ひとりの人間がはいってきました。

 たしかに、三十歳ぐらいの人間の顔です。しかし、なんという、きみの悪い顔でしょう。青ざめて、すきとおったロウ細工のような顔です。そして、その顔は、お能の面のように、すこしも動かないのです。目は正面を見つめたまま、まばたきもしません。

 その男は、荒いこうしじまの背広をきていましたが、その肩などは、まるでカカシみたいにまっすぐで、機械に服をきせたようです。それに歩きかたが、じつにへんてこでした。これも機械じかけらしく足を動かすたびに、ギリギリと、歯車の音が聞こえるように思われました。

 二少年は、からだをくっつけあって、おそろしそうに、このふしぎな人間を見つめています。

 すると、その男は、機械のような歩きかたで、こちらに近づき、二少年の前に立ちどまると、ロウのような顔の口だけを、パクパク動かして、なにか、しゃべりはじめました。その声が、また、歯車のきしるような、じつに、いやあな声なのです。

「魔法博士が、きみたちを呼んでいる。ぼくが、案内するから、いっしょに来なさい。」

 それをきくと井上少年は、思いきってたずねてみました。

「魔法博士って、何者です? どうしてぼくたちを、こんなうちへつれてきたんです。」

 すると、男はまた、口だけを動かして答えました。口のほかは、すこしも動かず、目は、まっすぐ前を見つめたまま、一度も、少年たちの方を見ないのです。

「それは、魔法博士にききなさい。魔法博士にあえば、すっかりわかるのだ。」

 少年探偵団は、いつか、魔法博士というふしぎな人物と、黄金のトラを盗みだす知恵くらべをしたことがあります。あの魔法博士なら、悪人ではありません。このうちにいる魔法博士は、あの人と同じなのでしょうか。いや、どうも、そうではなさそうです。名まえは同じでも、まったくべつの魔法博士にちがいありません。

 ノロちゃんは、ただふるえているばかりですが、井上君はしっかりした少年ですから、その魔法博士にあってみようと思いました。いやだといっても、どうせまた、さっきの男たちがとびだしてきて、むりに、つれていくのでしょう。それよりは、こちらからすすんで、魔法博士にあいにいったほうがよいと考えたのです。

「ノロちゃん、もう、こうなったら逃げることはできないんだから、いってみよう。そして、魔法博士に、わけをきいてみよう。」

 井上君は、そういって、ふるえているノロちゃんの手をひっぱって立ちあがらせ、ロウの顔をもった男のあとについて部屋を出ました。


黄金怪人


 青くすきとおったロウのような顔のやつは、けっして人間ではありません。機械でできている人造人間です。顔は、ロウ人形の顔なのです。声も、こいつの声ではなく、からだのなかに拡声器かくせいきがとりつけてあって、どこか遠くのほうで、だれかが、マイクロフォンの前でしゃべっている声が、こいつのからだの拡声器から出てくるのでしょう。

 ロウ人形は、あの機械のような歩きかたで、コツコツと、廊下を進んでいきます。ひどくうす暗い廊下です。そこを、右にまがったり、左にまがったりして、奥のほうへはいっていくのです。

 そのうちに、廊下がまっ暗になってしまいました。電灯が、ひとつもついていないのです。角をまがったので、うしろのほうの電灯の光も、ここまではとどきません。

 そのやみの中で、ロウ人形は、ひとつのドアをひらきました。しかし、その部屋の中もまっ暗です。黒ビロードのように、まっ暗です。

 井上君とノロちゃんは、ドアのところで、立ちどまりました。あまり暗くて、ロウ人形の姿も、見えなくなってしまったからです。

 どうしようかと、考えながら立ちすくんでいますと、暗やみのむこうのほうに、ボーッと、金色に光るものが見えてきました。

 見ていると、その金色のものが、だんだんはっきりしてくるのです。どこからか、そこだけに、光をあてているのでしょう。

 黒ビロードのやみの中に、ごこうがさすほど、ピカピカ光る黄金の人の姿があらわれたのです。

 京都の三十三間堂には、金色こんじきまばゆい仏像が、何百となく並んでいます。あの仏像のひとつがぬけだしてきて、いま、この暗やみの中に、姿をあらわしたのかと思われるばかりです。

 しかし、それは、ほとけさまではなくて、人間の姿をしていました。からだは、西洋のよろいのように、肩や手足のまがるところが、ちょうつがいになっていました。

 顔は黄金仮面です。ほそい目、三日月がたに、くちびるの両方のすみが、キューッと上にあがった、黒い口。つまり、笑っているのです。どんなに、おこったときでも、口だけは三日月がたに、笑っているのです。

 髪の毛も金色でした。それが大仏の頭のように、たくさんの玉になって、ちぢれているのです。

 その黄金怪人は、やっぱり機械のような歩きかたで、ジリジリと、こちらへ近づいてきました。まっ暗な中に黄金の姿だけが、キラキラとかがやいているのです。そして、三日月がたの口の中から、やっぱり、歯車のきしるような、あのぶきみな声が聞こえてきました。

「井上と野呂だね。よくきた。わしは魔法博士だ。やみの国の王さまだ。」

 三日月の口が、うすきみ悪く笑っていました。

 井上君とノロちゃんは、あまりの恐ろしさに、口をきく力もありません。ふたりはだきあって、立ちすくんだまま、石にでもなったように、身うごきもできないのです。魔法博士の黄金怪人は、さらに、ぐっとふたりの前に近づいてきました。そのぶきみな黄金の顔が、目の前いっぱいの大うつしになって、ほそいまぶたのおくから、恐ろしい目がのぞいているのです。

「わしは大どろぼうじゃ。魔法つかいの大どろぼうじゃ。だが、お金や宝石を盗むのではない。そんなありふれたどろぼうではない。わしは人間を盗むのじゃ。ウフフフ……、それもただの人間ではない。日本じゅうのどろぼうが、ひじょうに恐れている、えらい人間を盗むのじゃ。わかるかね。名探偵明智小五郎を、盗みだすのじゃ。」

 黄金怪人は、そこで、ことばをきって、ヘラヘラと笑いました。やっぱり歯車のきしむような、いやらしい笑い声です。

 ふたりの少年は、それをきくと、心のそこからびっくりしてしまいました。明智先生を盗みだすなんて、じつに、とほうもない話ではありませんか。

「明智探偵ばかりじゃない。まず、手はじめに、少年助手の小林というやつを、盗んでやる。小林は、きみたち少年探偵団の団長だね。だから、最初にきみたちをここへつれてきたのだ。べつに、人じちというわけじゃない。わしの魔法の種につかうためだ。どんな魔法だか、それはいえない。わしのだいじな秘密だからな。まあ、このうちで遊んでいるがいい。このうちには、きみたちがびっくりするようなものが、山ほどある。人造人間の部屋なんて、ほんの、そのひとつにすぎない。もっともっと恐ろしい部屋が、いくつとなくできているんだ。わしは魔法の国の王さまだからな。」

 そういったかとおもうと、黄金怪人は、スーッとあとずさりをして、向こうのほうへ遠ざかり、だんだん小さくなって、やがて、かき消すように見えなくなってしまいました。あとは、まっ暗なビロードのやみです。二少年は、おたがいの顔も見ることのできない、真のやみの中にとりのこされました。


井戸の中から


 井上君とノロちゃんは、それから、どうなったのでしょう。魔法博士の黄金怪人が「だいじな秘密」といったのは、いったい、何をいみするのでしょう。それは、もっとあとになってわかるのです。いまは、場面をかえて、山下清一やましたせいいちという東方とうほう製鋼会社の社長の大きなやしきにおこった、奇怪なできごとをしるさねばなりません。

 山下さんのひろいやしきは、世田谷せたがや区の経堂きょうどうにありました。庭が三千平方メートルもあるのです。ざしきの前の築山つきやまのあるりっぱな庭のほかに、うらてに、雑木林ぞうきばやしにかこまれた空地があります。

 ある夕方のこと、山下さんの子どもで、小学校六年生の不二夫ふじお君という少年が、その空地で、ひとりで遊んでいましたが、あたりが、だんだん暗くなってきたので、もう部屋に帰ろうとおもって、林の中を歩いているときでした。

 不二夫君は、ふと、うしろのほうで、なにか動いているような感じがして、ヒョイと、そのほうをふりむきました。

 空地のむこうのすみに、水のかれた古井戸があります。それには、子どもの胸ぐらいの高さのしっくいでぬりかためた、丸い井戸側がついているので、人が落ちこむような心配はありません。それで山下さんのうちでも、うずめもしないで、そのままにしてあったのです。

 その青ゴケのはえた、古い井戸側の中から、なにかチラッと、のぞいたものがあるのです。ちょっとしか見えないので、何者だかわかりません。動物ではないようです。なにかしら、ピカピカ光る金色のものでした。その金色のものが、すこしずつ、あらわれてくるのです。

 不二夫君は、ゾーッとして、その場から動けなくなってしまいました。ちょうどそのとき、大きな木のみきのかげにいましたので、そのみきにかくれて、古井戸の方を見つめました。

 井戸の中からは、奇怪な金色のものが、だんだん大きく、姿をあらわしていました。

 あっ! 顔だ。金色の顔です。話にきいている、黄金仮面みたいな金色の顔です。ほそい目、三日月がたの口、あの口から、もし、タラタラと血がながれたら! とおもうと、不二夫君は、からだがツーンとしびれて、背中をつめたいものが、はいあがってくるような気がしました。

 金色の両手が、井戸側にかかっています。胸があらわれてきました。腹が、それから足が、みんな金色です。そして、その怪物は、とうとう井戸の外へのりだして、こちらへやってきます。

 不二夫君は、息もできません。助けをよぼうとしても、声が出ないのです。

 夕やみの中に、黄金の仏像のように、キラキラと光ったからです。そいつが、機械じかけのような歩きかたで、ジリジリと、こちらへ近づいてくるのです。

「不二夫君!」

 歯車のきしむような声が聞こえました。怪物の三日月がたの口が、ものをいったのです。怪物は、不二夫君が木のみきにかくれていることをちゃんと知っていました。

 こちらは、返事をするどころではありません。気がとおくなるような感じで、身をちぢめているばかりです。

「不二夫君、きみのおとうさんが、だいじにしているグーテンベルクの聖書を、もらいにきた。いまから三日のあいだに、きっと、ちょうだいする。おとうさんに、そういっておくのだよ。」

 金色の怪物が、妙なことをいいました。「グーテンベルクの聖書」とは、いったい、なんでしょう。

 怪人はそういったかとおもうと、そのまま、向こうのほうへ、とおざかっていきました。

 不二夫君は、あまりの恐ろしさに、木のみきにしがみついたまま、身うごきもできません。しかし、目だけは、怪人のうしろ姿をみつめていました。

 すると、そのとき、じつにふしぎなことがおこったのです。

 夕ぐれのうす暗い林の中を、向こうへ立ちさる怪人の姿が、みるみる小さくなっていくのです。おとなのからだが、中学生ぐらいになり、小学生ぐらいになり、幼稚園の生徒ぐらいになり、だんだん小さくなって、古井戸のそばへ行ったときには、二十センチぐらいのこびとになってしまいました。

 古井戸のところまでは、十メートルぐらいですから、そんなに小さく見えるはずがありません。たしかに、怪人のからだが小さくなったのです。ほんとうに二十センチほどになってしまったのです。

 不二夫君は、夢でも見ているのではないかと思いました。まえに「ガリバー旅行」のお話を読んだことがあります。あのお話には小人国しょうじんこくというこびとばかりの国がでてきます。不二夫君は、じぶんがその小人国へきたような、ふしぎな気持がしました。すぐ十メートルほどむこうに、小人国の黄金怪人が歩いているのです。不二夫君のてのひらぐらいの、かわいらしい怪人です。つかまえようとおもえば、ぞうさなくつかまえられるかもしれません。

 しかし、不二夫君には、その勇気がありませんでした。あの恐ろしい怪人が、みるみる小さくなっていったという、とほうもないできごとが、なんだかきみが悪くて、近づく気になれないのです。

 すると、二十センチの黄金怪人は、じぶんのせいの何倍もある古井戸の井戸側を、よじのぼりはじめました。垂直の井戸側ですが、古くなって、ところどころに、小さな穴ができているので、そこへ手と足をかけて登っているらしいのです。そして、たちまち、井戸側の上に登りつき、スーッと古井戸の中へ、姿を消してしまいました。

 不二夫君は、古井戸までいって、中をのぞいてみたいと思いましたが、とてもその勇気がありません。小さくなった怪人が、井戸の中で、またもとの姿にもどって、まちかまえているのではないかと思うと、ゾーッと恐ろしくなるのです。

 不二夫君は、そのまま、あとをも見ずに、おうちの方へかけだしました。そして、息をきらして、おとうさんの部屋へとびこんでいきました。

「どうしたんだ、不二夫。まっさおな顔をして。」

「おとうさん、たいへんです。黄金仮面が、あらわれたのです。顔ばかりじゃなくて、からだじゅう金色のやつです。」

 不二夫君は、いま、庭で見たことを、くわしく話しました。そして、その黄金怪人がグーテンベルクの聖書を、三日のうちにもらいにくるといったことも、話しました。

「なに、グーテンベルクの聖書を盗みにくるというのか。ハハハ……、そんなことができるものか。あれは、鉄筋コンクリートの蔵の中の大金庫にしまってある。その金庫のひらきかたは、おとうさんのほかには、だれも知らないのだ。どんな魔法つかいだって、あれが盗みだせるものじゃないよ。」

 おとうさんは、そういって気にもとめないようすです。

 不二夫君は、グーテンベルクの聖書というものが、蔵の中にしまってあることは聞いていましたが、それが、どうして、そんなにだいじなものだか、よく知りませんので、おとうさんに、たずねてみました。するとおとうさんは、こんなふうにお話しになるのでした。

「おまえは、まだ学校でおそわらないだろうが、グーテンベルクというのは、今から五百年もまえのドイツ人で、活版印刷を発明した人だよ。その人が、じぶんで印刷したキリスト教の聖書が、世界じゅうに、ごくわずか残っていて、ひじょうにとうといものになっている。何十年に一度、その聖書の一ページだけでも、古本屋やこっとう屋にあらわれると、世界じゅうから買いてが集まってきて、おそろしく高いねだんがつくのだよ。

 おとうさんは、今から十何年まえに、会社のロンドン支店長をやっていたが、ちょうどそのころ、ロンドンのこっとう屋に、グーテンベルクの聖書のバラバラになったページが、十四枚そろったのが出た。そのときも、世界じゅうから買いてがやってきて、大さわぎになったが、おとうさんは、昔から、古い本をあつめるのがすきだったから、会社からお金をかりて、思いきったねだんをつけて、とうとう、その十四枚を手にいれたんだよ。そのころの三十万円だった。いまの日本のお金にすれば、一億円いじょうだよ。」

「へえ、たった十四枚の本の切れっぱしが、一億円なの?」

 不二夫君は、びっくりしてしまいました。

「グーテンベルクの聖書は、世界でいちばん高い本だよ。もし、ちゃんと、そろった一冊の本が出れば、十億円もするかもしれない。そういう、そろった本は、どこの国の博物館にあるとか、持ち主がわかっていて、なかなか売りものには出ないのだがね。おとうさんの十四枚の聖書も、日本では、知っている人がすくないけれども、世界じゅうの学者や、本のすきな人たちには、よく知られているのだよ。」

 不二夫君は、そんな宝物が、うちの蔵の中にあるのかとおもうと、なんだか、胸がドキドキしてきました。

「金色の怪人は、それを知っていたのです。だから、盗みだしにくるのですよ。おとうさんどうしましょう。はやく、ふせがなければ……。」

 不二夫君は、もう気が気ではありません。しかし、おとうさんは、おちつきはらっています。

「そんな金色の人間なんて、いるはずがない。おまえはまぼろしでも見たんじゃないか。ちょっと来てごらん。熱があるんじゃないのかね。」

 そういって、不二夫君をひきよせ、ひたいに手をあててみるのでした。

「べつに熱があるわけでもないね。しかし、おとうさんには、信じられないね。もし、その金色のやつが、どろぼうだとすれば、グーテンベルクの聖書なんか盗んだって、なんにもならないのだよ。いくら高くても、売ることができないからだ。日本ではおとうさんのほかに、だれも持っていないのだから、売ろうとすれば、うちから盗みだしたということが、すぐにわかってしまう。売れないようなものを盗んだって、しかたがないじゃないか。」

「でも、おとうさん。あいつは、売らないで、じぶんで持っているつもりかもしれませんよ。宝物をあつめて喜んでいるどろぼうだってありますからね。」

 不二夫君は、やっぱり少年探偵団員のひとりでした。ですから、世のなかにはフランスのルパンみたいな、美術品ばかりあつめているどろぼうもいることを、ちゃんと知っていたのです。

「うん、そういうどろぼうもあるかもしれない。しかし、いくら宝物をあつめても、ひとに見せて自慢できないのでは、しかたがないじゃないか。日本に、そんなどろぼうがいるはずはないよ。やっぱり、おまえは、まぼろしを見たんだ。なにか、こわい本でも読んだのじゃないのかね。」

 おとうさんは、どうしても、本気にしてくれないのです。

 不二夫君は、こまってしまいました。ずっとまえに、黄金仮面というふしぎなどろぼうが、この東京へあらわれたではありませんか。からだじゅう金色のやつだって、どうして、あらわれないときめることができるでしょう。

 不二夫君は、まぼろしを見たのではありません。たしかに黄金の怪人を見たのです。そのぶきみな声を聞いたのです。あいつは、だんだん、からだを小さくする、ふしぎな術をこころえています。ですから、小さくなって蔵の中へしのびこむのも、わけはないかもしれません。

 ああ、どうしたらいいのでしょう。なんとかして、おとうさんを本気にさせることはできないでしょうか。


奇々怪々


 ところが、それから二日めの朝になると、さすがのおとうさんも、とうとう、不二夫君の話を信じないではいられぬような、できごとがおこりました。

 怪人から電話がかかってきたのです。おとうさんを、電話口に呼びだして、あの歯車のきしむようなぶきみな声で、不二夫君にいったのと同じことばを、くりかえしたのです。

「きみはいったい、だれだ? あんなものを盗んで、どうしようというのだ、売ろうとすれば、すぐにつかまってしまうぞ。」

「ウフフフ、おれは、金がほしいのじゃない。グーテンベルクの聖書そのものが、ほしいのだ。かならず、もらいにいくよ。」

 やっぱり、不二夫君が想像したとおりでした。

「あれは、金庫の中にしまってある。わしのほかには、だれにも、あけられない金庫だ。魔法でもつかわなければ、盗みだせるものじゃない。」

「ところが、おれは、その魔法をつかうのだよ。ウフフフ……、まあ、せいぜい、用心するがいい。」

 そして、電話は、プッツリきれてしまいました。

 これで、不二夫君が見たのは、まぼろしでないことがわかりました。おとうさんも、すこし、きみが悪くなってきたものですから、すぐ警察にとどけることにしました。すると、三人の警官がやってきて、蔵の内と外を、見はってくれることになりました。

 不二夫君は不二夫君で、このことを電話で、少年探偵団の小林団長にしらせますと、その日の午後には、小林少年が四人の団員をつれて、かけつけてくれましたが、なんと、その四人のなかに、井上少年と野呂少年もまじっていたではありませんか。これはどうしたことでしょう。井上、野呂の二少年は、あやしい西洋館にとじこめられているはずでした。では、もう、あの西洋館から逃げだしてきたのでしょうか。しかし、それなら、あのできごとを小林団長に話すはずです。ところが、二少年はなにもいわないのです。まるで、なにごともなかったような顔をしています。なんだか、おかしいではありませんか。いったい、これはどうしたわけなのでしょう。

 怪人は三日のうちに、もらいにいくというのですから、今日にもやってくるかもしれません。それには、やっぱり夜があぶないのです。そこで、みんなは、夕がたから持ち場をさだめて、金庫の番をすることにしました。

 小林団長と四人の少年と、不二夫君とは、みんな蔵の中にはいって、すみずみに身をかくし、金庫をまもることになりました。不二夫君のおとうさんの山下さんも蔵の中にはいって、扉をピッタリしめ、その入口にいすをおいて、がんばっているのです。三人の警官は、蔵のまわりの庭を警戒することにしました。

 庭はもう、夕やみにつつまれています。そのうす暗い木立ちの中を、三人の警官は、四方に目をくばりながら、グルグル歩きまわっていました。

「おやっ、あれはなんだろう。ネズミぐらいの大きさだが、あんな金色のネズミはないよ、ほら、あの蔵の窓の下だ。」

 ひとりの警官が、目ばやく、それを見つけて、ほかのふたりにしらせました。

 三人の警官は、おもわず立ちどまって、そのほうを見つめました。うす暗い中にも、蔵の白っぽい壁は、まだよく見えます。その壁を、金色の小さなものが、スルスルと、よじ登っているでは、ありませんか。

 よく見ると、けものでも、鳥でも、虫でもありません。人間の形をしているのです。二十センチぐらいの、金色の西洋のよろいを着たこびとです。顔も頭も金色です。

「あいつだ。ここのうちの子どものいったのは、ほんとうだった。あんな小さなこびとにばけてしのびこもうとしているんだ。」

「よし、ひっつかまえろ!」

 三人は、蔵の壁にむかってかけだしました。しかし、小怪人のほうが、すばやかったのです。警官たちが五メートルも走らぬうちに、金色のこびとは、スルスルと窓によじ登って、鉄ごうしの間から、蔵の中へ消えてしまいました。鉄ごうしの内がわには、ガラス戸がしまっているはずなのに、それをとおりぬけて、中へはいってしまったのです。

 一階の窓でも、地面からは高いところにあるので、台がなければ、とても、中をのぞくことはできません。警官たちはしかたがないので、その窓の下から声をそろえてどなりました。

「金色のこびとが、窓からはいりました。用心してください!」

 蔵の中へ、その声が、かすかに聞こえましたので、山下さんと六人の少年は、はっと身がまえをして、キョロキョロと、あたりを見まわしました。

 蔵の中は、もうまっ暗ですから、電灯がつけてあります。その明るい光で、すみずみまで、よく見えるのです。

 すると、そのとき、窓の下の本棚と本棚の切れめになっている、くぼんだところから、金色のものが、パッととびだして、まんなかの大金庫のうしろへかくれました。黄金怪人です。こびとになって、窓からしのびこんだ怪人は、中へはいると、子どもぐらいの大きさになって、本棚のくぼみから、とびだしてきたのです。

 蔵のすみずみにかくれていた少年団員たちは、小林団長をまっ先に、それぞれ、かくれ場所から、大金庫の方へかけよろうとしましたが、そのとき、金庫のうしろから、ふたたび、姿をあらわした怪人を見ると、あっと立ちすくんでしまいました。それはもう子どもではなくて、見るも恐ろしい、あのおとなの黄金怪人だったからです。

 全身、金色にかがやく怪物が、大金庫の正面に、こちらを向いて立ちはだかり、両手をふりうごかして、歯車のきしるような声で笑っているのです。まっ黒な三日月がたの口がキューッとまがって、おばけのような黄金仮面が、笑っているのです。

「きさま、金庫に手をかけたら、これをぶっぱなすぞっ!」

 入口の近くにいた山下さんが、いつのまに用意したのか、ピストルをかまえて、怪人にねらいをさだめていました。

 しかし、なんのききめもありません。怪人はそれを見ると、いっそう、歯車の音を高くして笑いつづけるのです。

 そのとき、どうしたわけか、パッと電灯が消えて蔵の中は、まっ暗になってしまいました。停電でしょうか。いや、そうではありません。何者かが、一方の壁についているスイッチをおしたのです。

「だれだっ? 電灯を消したのは、はやくだれか、そこのスイッチをいれるんだ。」

 山下さんが叫びましたが、不二夫君は、遠くにいましたし、ほかの少年たちは、スイッチの場所をしりませんので、やみの中をウロウロするばかりです。

 そのときやみの中から、きみの悪い歯車のような声がひびいてきました。

「グーテンベルクの聖書は、たしかにちょうだいした。諸君、あばよ!」

 それをきくと、山下さんは、ものをもいわず、スイッチのところへ走っていって、それをおしました。

 蔵の中が、パッと、もとの明るさになりました。大金庫の扉はしまったままで、べつに異常はありません。そして、怪人の姿は、もうどこにも見えませんでした。かき消すように、いなくなってしまったのです。

 山下さんは少年たちといっしょに、蔵の中を、グルグルまわって怪人をさがしましたが、金庫のうしろにも、本棚のくぼみにも、怪人の姿は見えません。煙のように消えてしまったのです。

 なんという奇々怪々のできごとでしょう。黄金怪人はだんだん小さくなったり、だんだん大きくなったり、自由じざいに、からだの大きさをかえることができるのです。小さくなったときには、ネズミぐらいの大きさですから、ほんのわずかのすきまから、逃げだすことができます。いま、消えうせたのも、急にからだを小さくして、窓の鉄ごうしのすきまから、逃げだしたのかもしれません。

 もし、からだをそんなに大きくしたり、小さくしたりするやつがあるとすれば、それは、ばけものです。しかし、このお話は怪談ではありません。おばけや幽霊のお話をしているのではありません。この奇々怪々のできごとには、なにかわけがあるのです。手品のようなしかけがあるのに、ちがいありません。では、それはどんな手品なのでしょうか。


笑う怪人


 山下さんはいそいで、金庫の前にいってしらべてみましたが、金庫の扉はちゃんとしまっていて、かぎもかかったままでした。しかし、怪人は、たしかに盗みだしたといいました。では、あいつは魔法の力で、扉もひらかないで、中のものを取りだすことができたのでしょうか。

 山下さんは、じぶんだけが知っている、暗号のダイヤルをまわして、扉をひらき、中をしらべてみました。

「なあんだ。聖書はちゃんと、ここにあるじゃないか。」

 金庫の中の棚に、聖書をいれた、うすべったいきりの箱がおいてあります。山下さんはその桐の箱をとりだして、中を見ますと、聖書は一枚もなくなっていないことが、わかりました。

「あいつ、盗めなかったもんだから、まけおしみをいって、逃げだしたんだな。」

 山下さんは、そばにいる少年探偵団員たちの顔を見て笑ってみせました。少年たちも、ざまをみろといわぬばかりに、声をそろえて笑いました。

 すると、その笑い声が、まだ消えないうちに、またしても、とつぜん、蔵の中が、まっ暗になってしまいました。だれかが、スイッチをきったのです。

 黄金怪人は、あんなことをいって、ゆだんさせておいて、まだ、蔵の中にかくれていたのかもしれません。それをおもうと、みんなゾーッとして、シーンとしずまりかえってしまいました。スイッチのところへいくのも、恐ろしいのです。みんなが、ためらっているあいだに、だれかスイッチをおしたのか、カチッと音がして、ふたたび電灯がつきました。見ると金庫の向こうがわに、あの金色のものすごいやつが、ヌーッと立ちはだかっているではありませんか。

 怪人はそこに立ちはだかったまま、恐ろしい顔で、だまってこちらをにらんでいます。そして山下さんや少年たちと怪人との、息づまるようなにらみあいが、一分ほどもつづきました。そのあいだ、だれも身うごきさえしなかったのです。

「ウヘヘヘヘ……。」

 怪人が、三日月がたの口を大きくひらいて、機械のような声で笑いました。そして、本棚のガラス戸の並んだまえを、ツーッと、スイッチのある壁の方へ走ったかとおもうと、パチッと、また電灯が消えました。

 それと同時でした。

「あっ、やられたっ! 聖書をとられた。はやく、スイッチを!」

 山下さんの、とんきょうな叫び声が、暗やみの中にとどろいたのです。

「ウヘヘヘヘ……、どうだ。おどろいたか。さっき盗んだといったのは、きみに金庫をひらかせる手だったのさ。これがおれの魔法だよ。いくらおれでも、扉をひらかないで、金庫の中のものは取りだせないからね。ウヘヘヘヘ……。」

 きみの悪い笑い声が、聞こえているあいだは、だれもスイッチに近よる勇気がありません。ただ、じっと、からだをかたくして立ちすくんでいるばかりでした。

 怪人はそれっきり、声をたてませんでした。まっ暗で、どこにいるかわかりません。もう逃げだしてしまったのかもしれません。それから一分ほどして、やっと山下さんは、スイッチのところへかけよりました。そしてパッと電灯がついたのです。

 みんなが、おずおずと蔵の中を歩きまわって、すみからすみまでしらべました。しかし怪人の姿は、どこにも見えません。またしても煙のように、消えうせてしまったのです。やっぱり、こびとになって、窓から出ていったのでしょうか。

 山下さんは、その窓を全部ひらいて、大きな声で、庭にいる警官を呼びました。

「怪物が聖書を盗んで、逃げました。いまです。まだ、庭の中にいるところです。気がつかなかったですか。」

 すると、窓の外へ、ふたりの警官がかけよってきました。

「えっ、盗まれた? しかしぼくたちは、さっきから、ずっとこのへんにいたのです。もうひとりは向こうがわの窓の外にいます。なにも見ませんでしたよ。窓から、あの小さな金色のやつが出てくるのじゃないかと、注意して見ていました。しかし、なにも出てきませんでした。」

 蔵には、二つ窓があるのです。山下さんは、そのもう一つの窓のそばへかけよって、外にいる警官に、大きな声でたずねました。すると、その警官も、なにも見なかったと答えるのでした。

 ねんのために、みんなが蔵をでて、広い庭をさがしましたが、なにも発見できませんでした。黄金怪人は、こんどこそ、ほんとうに消えてしまったのです。

 山下さんは、歯ぎしりをして、くやしがりました。小林少年も、こんなにたくさん少年探偵団員がいて、怪人をふせぐことができなかったのを、はずかしくおもいました。でも、いまさらどうすることもできません。あのとうといグーテンベルクの聖書は、どこともしれず、持ちさられてしまったのです。

「それにしても、ふしぎなことがある。わたしが聖書のはいった桐の箱を持っているのを、電灯が消えたかとおもうと、すぐに、あいつが、ひったくっていった。そのときあいつはスイッチの前にいたんだから、そんなにはやく、わたしのそばへ来られるはずがない。あいつの金色の手がぐっと五メートルものびて、箱を取っていたのだろうか。あいつのからだには、そんな、とほうもないしかけがあるんだろうか。」

 山下さんは、あとになって、ふしぎそうに、そのことをくりかえすのでした。


怪老人


 山下邸の怪事件があってから、三日めの夕がたのことです。井上少年とノロちゃんのふたりが、麹町こうじまちの明智探偵事務所へ、小林少年をさそいだしにきました。小林君が玄関へ出ますと、井上少年が、

「小林さん、ぼくたち、いま、ふしぎなものをみつけたんだよ。へんなじいさんがね、この近くのさびしい町で、黄金怪人の人形を売っているんだよ。あいつ、どうも、あやしいやつだ。それで、小林さんに、一度見てもらおうとおもって、さそいにきたんだよ。」

 小林君は、井上少年から、なおくわしく話をきき、やっぱり、あやしいやつだと思いましたので、そのまま、ふたりといっしょに、そこへ行ってみることにしました。

 そこは事務所から五百メートルほどもある、さびしい町でした。両側は大きなやしきのコンクリートべいで、そのコンクリートべいの前に、ひとりのみょうなじいさんが、地面に金色のオモチャをならべて、そのうちの一つを、歩かせてみせているのでした。

 そのまわりを、七─八人の近所の子どもたちが、とりかこんで、歩くオモチャを、いっしんにみつめています。小林君たち三人も、そのそばによって、じいさんの顔と、地面のオモチャとを、見くらべました。

 それはたしかに、黄金怪人とそっくりのオモチャでした。じいさんのよこに、白くぬった木の箱がおいてあって、その中からとりだしたらしく、怪人のオモチャが、十いくつも地面にたてならべてあり、そのうちの一つを、歩かせてみせているのです。二十センチぐらいの黄金怪人が、ジージーと音をたてながら、地面を歩いているのです。

「どうだね、うまく歩くだろう。これは新発明の魔法人形っていうんだ。ゼンマイじかけじゃないよ。無線そうじゅうでもない。もっとふしぎな秘密のしかけがあるんだ。どうだ、一つ買わないかね。やすいよ。一個たった百円だ。」

 じいさんは、そんなことをいって、ジロジロと、少年たちの顔を見まわすのです。

 小さなしまのハンチングを、チョンとかぶり、太い黒ぶちのめがねをかけ、鼻の下には、白いひげが、口をかくして、長くたれています。あごひげはありません。二十年もまえにはやったような、黒の背広をきて、小さな台の上にこしかけているのです。

 金色の歩く人形が百円なら、やすいものですから、四人の子どもが、それを買いました。

「うん、それっきりか。もうあとの子は、おこづかいを持っていないのだね。よしよし、またあした、やってくるからね。それまでに、おかあさんにおこづかいをもらっておくんだよ。」

 じいさんは、地面においてあった残りの人形を白い箱にいれ、こしかけていた台を、小さくおりたたんで、これも箱の中にいれ、箱についている太いひもを首にかけて、箱を胸のまえにさげると、よっこらさと、立ちあがりましたが、まだそこの地面に、さっきの人形が一つだけ、ジージーと、歩きまわっています。

「よしよし、おまえが、わしの道あんないをするんだね。さあ、向こうへいくんだ。」

 じいさんが、まえかがみになって、人形に命令しますと、人形は、いわれたとおりに、ジージーと、向こうの方へ歩きだしました。

 ゼンマイじかけで、こんなにつづくわけがありません。

 といって、無線そうじゅうでもなさそうですから、じつにふしぎです。このじいさんは、ほんとうに魔法つかいかもしれません。

 二十センチの黄金怪人は、じいさんの先にたって、ジージーといつまでも歩いていきます。じいさんは、そのあとから、人形がころびはしないかと、気が気でないようなかっこうで、両手を人形の上にのばして、まがった腰で、ヨチヨチと歩いていくのです。

 いったい、こんなに長く歩きつづける人形が、百円だなんて、ウソみたいなねだんです。きっと、インチキにちがいありません。あれを買った子どもたちは、うちへ帰ってやってみると、人形はちっとも動かない、というようなことではないでしょうか。

 それはともかく、小林君たち三少年は、あいてに気づかれないように、このふしぎなじいさんのあとを尾行しました。

 百メートルいっても、二百メートルいっても、黄金怪人の人形は、まだ歩きつづけています。じいさんが、ねこぜになって、両手で、それを追っかけていくのも同じです。

「ねえ、あんなに、歩きつづける機械じかけなんて、ありっこないよ。あのこびとは、ほんものの黄金怪人かもしれないぜ。」

 ノロちゃんが、顔を青くして、ささやきました。

 考えてみますと、黄金怪人は、いくらでも、じぶんのからだを小さくできるのですから、じいさんの先にたって歩いている金色の人形は、じつは怪人そのひとなのかもしれません。ノロちゃんがうたがうのも、もっともです。

「うん、ひょっとしたら、そうかもしれない。そうだったら、いっそう、あいつのあとをつけるんだ。見うしなわないように。きみたち、いいかい。」

 小林君が、ふたりを元気づけるように、ささやきました。


黒い穴


 じいさんは、さびしい町から、さびしい町へと、どこまでも歩いていきます。もう、一キロ以上も歩きました。いくらさびしい町でも、たまには人が通ります。じいさんは、向こうからくる人の姿を見ると、金色の人形に、おおいかぶさるようにして、それをかくしてしまうのです。三少年は、じぶんたちも、気づかれやしないかと、ビクビクしながら、ずうっとうしろの方から尾行していましたが、じいさんは、ときどき、うしろをふりむくのに、なぜか少年たちに、すこしも気がつかないようです。あとになって、じいさんは、知っていて知らぬふりをしていたことがわかりましたが、そのときは、さすがの小林君も、そこまではさっしがつきませんでした。

 もう一キロ半も歩いたころです。じいさんが、一つの町かどをヒョイとまがって、見えなくなりました。そういうことは、いままでにも、たびたびあったのですが、こんどは、なんだか、ようすがへんでした。三少年は、驚いてかけだしました。そして、そのまがり角から、そっとのぞいてみますと、すぐ目の前に、赤いポストが立っていて、その向こうを、あのじいさんが歩いていくのが見えました。しかし、じいさんだけではありません。もうひとりのやつが、じいさんに手をひかれて歩いているのです。少年たちは、それを見ると、ゾーッと、せなかに水をかけられたような気がしました。

 そのもうひとりのやつは、小学校一年生ぐらいの大きさの黄金怪人だったのです。

 あの二十センチのこびとが、角をまがったとたんに、たちまち、からだがのびて、子どもの大きさになってしまったのです。

 いよいよ、この老人はくせものです。老人に手をひかれているやつは、ほんものの黄金怪人にちがいないのです。

 町かどをまがってすこしいくと、草のぼうぼうとはえた原っぱにでました。そのころは、まったく日がくれて、もうあたりはまっ暗です。老人と子どもの黄金怪人とは、その暗い原っぱの草の中へぐんぐんはいっていきます。草が高くのびているので、それにかくれて、ふたりの姿が見えなくなるほどです。

 少年たちは、なんだか、こわくなってきました。ぼうぼうと草のはえた中へ、姿をかくしていく子どもの黄金怪人、それはおばけのこわさでした。ノロちゃんは、もうガタガタふるえています。

「ねえ、もう帰ろうよ。ぼく、きみが悪くなってきた。」

 しかし、ここで見のがしてしまっては、せっかく苦心して尾行してきたのが、なんにもならなくなります。小林君は、こわい顔をして、ノロちゃんをにらみつけました。

「また、きみのおくびょうが、はじまった。そんなことをいえば、よけいきみは帰さないよ。さあ、いくんだ。どこまでも尾行をつづけるんだ。」

 小林君はそういって、音をたてないように注意しながら、くさむらの中へはいっていきました。井上君も勇気のある少年ですから、こわくても、逃げる気にはなりません。ノロちゃんの手をひっぱって、小林君のあとにつづきました。

「音をさせちゃいけないよ。」

 小林君がうしろをむいて、ささやきました。三人は、草の中にかがみこんで、はうようにして、ソロソロと進んでいきます。

 二十メートルも歩いたでしょうか。ふと向こうをみると、ちょっと草のなくなった地面があって、そこに防空壕の入口のようなまっ暗な穴が、ひらいていました。広い東京には二十年まえの防空壕が、そのまま残っているところもないではありません。

「あのふたりは、この穴の中へ、はいっていったのだろうか。」

 井上君が、ささやきました。あたりをみまわしても、じいさんと黄金怪人の姿は、どこにもありません。防空壕にはいったとしか考えられないのです。

 すると、そのとき、まっ暗な穴の中に、チラッと白い光が見えました。だれかが、マッチをすったのでしょうか、それとも、懐中電灯をてらしているのでしょうか。しかし、その光はチラッと見えたばかりで、すぐ消えてしまいました。

 これで、穴の中に、何者かがいることがたしかになりました。小林君はそこへはっていって、そっと中をのぞいてみましたが、まっ暗でなにもわかりません。穴の中の遠くの方から、なにか人のうごめくような、かすかな音が聞こえてくるばかりです。

「はいってみよう。ぼくは七つ道具を、ちゃんと持っているから、懐中電灯もあるよ。」

 小林君が、もとの場所にはってきて、ふたりにささやきました。すると、井上君が、ささやきかえすのです。

「ぼくたちも、七つ道具は持っているよ。ノロちゃんも、ぼくも。」

「よし、それじゃ、いこう。」

 そして、三人は、まっ暗な穴の中へはいっていきました。足でさぐってみると中には、土でだんだんができています。十だん以上もある深い穴です。三人はころばないように用心しながら、その底まで、たどりつきました。なんの音もなく、なんの光もありません。すみをながしたような、真のやみです。

 ああ、心配になってきました。少年たちは、怪人が待ちかまえているわなの中へ、おちこんでいくのではないでしょうか。


巨人の口


 階段をおりて、懐中電灯でてらしてみますと、コンクリートの壁に、人間の通れるぐらいの穴が、あいていることがわかりました。

「あのじいさんは、きっと、この中へもぐっていったんだよ。はいってみようか。」

 小林君が、ささやきますと、井上少年は、「うん、はいってみよう。」と答えましたが、おくびょうもののノロちゃんは、なにもいいません。懐中電灯でてらしてみると、青い顔をしてふるえているのです。

「きみ、こわいの? じゃあ、ひとりで帰るかい?」

 井上君が、しかるようにいいますと、ノロちゃんは、泣きだしそうな顔になって、

「だって、ひとりで帰るの、いやだよ。きみたちが、いくなら、ぼくもついていくよ。」

と、しぶしぶ答えました。あとでおくびょうものと笑われるのが、いやだからでしょう。

 そこで、三人は、その壁の穴へもぐりこんでいきましたが、せまい穴の中を、はうようにして進んでいきますと、じきに、広い部屋のようなところへでました。

 そこはもう防空壕ではありません。何者かが、防空壕の壁をやぶって、そのおくに、広い地底の部屋をつくったのです。なんだか、ひどく広い部屋のようです。

 三人は、てんでに懐中電灯をてらしてみましたが、その光はまっすぐに進むばかりで、向こうの壁にいきあたりません。よほど広い部屋のようです。

 すると、そのとき、小林少年が、「あっ。」と驚きの声をたてました。やみの中から、まっ黒な手のようなものが、ヌーッとでて、小林君の懐中電灯を、うばいとってしまったからです。

 それから、その黒い手は、じつに、すばやくはたらいて、井上君とノロちゃんの懐中電灯も、うばいとってしまいました。

 三つの電灯が、つぎつぎと消えさって、あたりは、真のやみとなったのです。

「だれだ! そこにいるのは、だれだっ!」

 小林君が、叫びました。しかし、なんのてごたえもありません。やみの中に、やみよりも黒いやつが、息をころして、かくれているのです。

 ノロちゃんは、井上君のからだに、しがみついていました。そして、ガタガタふるえているのです。

「ね、逃げだそうよ。はやく、はやく逃げようよ。」

 しかし、おとうさんからボクシングをならって、腕におぼえのある井上君は、びくともしません。こわがるノロちゃんの肩をしっかりだいてやって、じっと、やみの中に立ちはだかっていました。

 すると、またしても、ふしぎなことがおこったのです。十メートルも向こうの空中に、ぼんやりと、まるい光があらわれました。懐中電灯のような白い光ではありません。なにか色のついた、ふしぎな形のゾーッとするような光です。

 三人は、おもわず、それを見つめました。

 やがて、その光は、映写機のピントをあわせるように、だんだん、はっきりしてきました。

 さしわたし一メートルもあるような、恐ろしく大きな魚の形です。ぜんたいが白っぽくて、そのまんなかに、丸い茶色のものがあり、その中心に、小さな丸い穴があって、そこから、強い光が、チカッ、チカッと、こちらへとびだしてくるのです。

 ああ、わかった。魚ではありません。巨大な人間の目です。一メートルもある人間の目です。そのまわりには、太いまっ黒な毛が、シャクシャクとはえています。まつげです。そして、その巨大な目が、ときどきパチッパチッと、まばたきをするのです。あの光のとびだしてくる小さな丸い穴は、ひとみです。そのまわりに、茶色のかさのようにひろがっているのは、黒目の部分です。その外が白目。その白目のすみに、まっかな血管が、きみ悪くうねっています。

 まっ暗な中に、その巨大な一つの目だけがあらわれて、こちらを、にらみつけているのです。一つ目小僧のおばけには顔がありますが、こいつには、顔がないのです。ただ目ばかりが、空中にただよっているのです。

 三人の少年は、それを見ると、あまりの恐ろしさに、おもわず、あとじさりをして、入口の方へ、逃げようとしました。ところが、いつのまにか、入口の穴がなくなっていたのです。いくら手さぐりをしても、コンクリートの壁ばかりで、どこにも穴がないのです。

 三人は、やみの中で、ひとかたまりになって、その巨人の目を、見つめていました。見まいとしても、磁石でひきつけられるように、しぜんと目がそのほうをむくのです。

 すると、またしても、恐ろしいことがおこりました。

 やみの中に、パッと、もう一つ巨大な目が、あらわれたのです。巨人の目が二つならんだのです。そして、むちのような太い、まっ黒なまつげにおおわれた、その二つの目が、パチッ、パチッと、まばたいているのです。

 逃げ場をうしなった少年たちは、やみの中で、ただ、おたがいのからだをだきあって、じっとしているほかはありませんでした。

 やがて、こんどは、二つの目の、ずっと下の方に、ふとんを二枚かさねたような、まっかなものが、ぼーっとあらわれてきました。巨大なくちびるです。その横はばは、二メートルもあります。あつぼったい、まっかなくちびるです。

 それから、向こうの壁ぜんたいが、ぼんやり白くなってきました。どこからか、光があたっているのです。そして、そこに、びっくりするような巨大な顔が、浮きあがってきたのです。六畳じきの部屋ほどの人間の顔です。

 太いまっ黒なまゆ、それも二メートルにちかい長さです。その下に、さっきから、あらわれていた二つの目が光っています。小鼻こばなのひらいた大きな鼻、そしてあの、ふとんをかさねたような巨大なまっかなくちびるです。

 その顔のあごは地面についています。すると、巨人のからだは、いったい、どこにあるのでしょう。地面の中に、うずまっているのでしょうか。いや、そうではありません。あとでわかったのですが、この奈良の大仏さまのような巨人は、はらばいに寝そべっていたのです。そして、あごを地面につけて、顔をこちらにむけていたのです。

 そのとき、畳一畳ほどの巨大なくちびるが、ガッとひらいて、白いきばのような歯が、むきだしになりました。その歯の一つ一つが、ランドセルほどの大きさです。歯のおくには、黒っぽい巨大な舌が、うねうねと、うごめいています。

 すると、やみの中に、にわかに強い風が吹きおこりました。巨人が三人の少年を、口の中へ吸いこもうとしているのです。その息が、風のように強いのです。

 三人は、その風に吸いつけられまいとして、ひっしに、がんばりました。しかし、いくらがんばっても三人のからだは、ジリジリと、巨人の口のほうへ近づいていくのです。風ばかりではありません。なにか、目に見えぬ、黒い手のようなものが、うしろから、少年たちのからだを、おしています。それが、グングンおしてくるので、もう、どうすることもできません。三人は、みるみる、巨大な口の前に近づき、小林君がさいしょに、そのまっかなくちびると白い歯の中へ、のめりこんでしまいました。そして、井上君も、ノロちゃんも、そのあとから、つぎつぎと巨人の口にのまれていきました。


胎内たいないくぐり


 むかしは、山の岩あなの中を通るのを、「胎内くぐり」といいました。また、大仏のからだの中にはいって、そこにまつってある小さな仏さまをおがむのも、「胎内くぐり」でした。小林君たち三人の少年は、これから、巨人の胎内くぐりをはじめるのです。

 巨人の口に吸いこまれた三少年は、あの恐ろしい歯で、ガリガリとかみくだかれるのではないかと、生きたここちもなかったのですが、なぜか、巨人は、少年たちをかみもしないで、そのまま飲みこんでしまいました。

 ふとんをいく枚もあわせたような巨大な舌が、うねうねと動いて、三人をのどのほうへ、はこんだのです。ゴックリと、飲みこまれたとおもうと、そこはもう巨人の食道でした。やっと、はって通れるほどのくだになったトンネルです。

 ふしぎなことに、その食道の壁は、ビニールのように、すきとおったものでできていました。ですから三人は、そのトンネルを、おくのほうへ、はい進みながら、外のようすが、よく見えるのです。

 読者諸君は、学校で、人体模型を見たことがあるでしょう。あの模型の外がわをとりはずすと、たべものの通る食道や、息のかよう気管や、肺臓や、心臓や、胃や、腸が、ほんものとそっくりの色をぬって、ちゃんとこしらえてあります。あれです。巨人のからだの中は、あれを千倍も大きくしたようなものでした。

 三人の少年は、巨人の食道を通りながら、その壁が、ビニールのように、すきとおっているので、巨人の心臓や肺臓を、ながめることができたのです。肺臓は、ブツブツあわだったような、ネズミ色のものでした。それが、頭の上いっぱいに、雲のようにひろがって、巨人が息をするたびに、ひろがったり、ちぢんだりしているのです。それにつれて三人が通っている食道のトンネルが、うねうねと動きます。まるで船にのって、大きな波にゆられているような気持です。

 それよりも恐ろしいのは心臓でした。雲のようにひろがった肺臓も、やっぱり、すきとおっているので、心臓の形が、ぜんぶ見えるのですが、それは、浅草の観音かんのんさまのお堂にさがっている大ちょうちんを、いくつも集めたような、ギョッとするほど、でっかい、まっかなものでした。

 それが、ドドン、ドドンと、ふくれたりちぢまったりすると、太い血管が、波うつように動いて、まっかな血がドクドクと流れていくのが、ずっと向こうのほうまで見えるのです。

 太い血管から、中ぐらいの血管が、枝のようにわかれ、それがまた、かぞえきれないほどの、細い血管にわかれて、そのへんいったいを、はいまわっています。それらの血管も、プラスチックのようにすきとおっているので、まっかな川のように、血の流れていくのが、よく見えるのです。

 小林君は、いつか、足尾銅山あしおどうざんを見学したことがあります。小さな部屋ほどもある、いれものの中に、まっかにとけたドロドロの銅が、いっぱいはいっていて、それが、機械の力でかたむけられると、まっかな銅が、黄色い煙をたてて、滝のように流れるのを見て、びっくりしたことがあります。巨人の心臓が血をおくりだすありさまは、ちょうど、あのはげしく恐ろしい光景と、そっくりでした。

 三人は、あまりのことに、こわさもわすれてしまって、夢でも見ているような気持でいましたが、そのとき、またもや、ギョッとするようなことが、おこりました。

 三人のうしろから、ダーッと水が流れてきたのです。川のように、おびただしい水が、恐ろしいいきおいで流れてきたのです。巨人が水を飲んだのかもしれません。そして、その水が食道へ流れこんできたのかもしれません。

 三人の少年は、はげしい水の流れに、足をとられて、ころがってしまいました。ころがったまま、グングン、奥のほうへ流されていくのです。

 食道の奥には、巨人の胃ぶくろがあるにきまっています。三人は、その胃ぶくろのほうへ、おし流されているのです。

 たべたものが、胃ぶくろにはいれば、胃液のために、とかされてしまうのです。少年たちは、学校でおそわって、そのことをよく知っていました。じぶんたちも、いまに巨人の胃ぶくろにはいって、にがい胃液につかって、からだがとけてしまうのかとおもうと、もう、気が気ではありません。

 なんとかして、水の流れにさからって、のどのほうへ出ようともがきましたが、なんのかいもありません。ただ、奥へ奥へと流されていくばかりです。

 そして、あっとおもうまに、いままで明るかったあたりが、とつぜん、まっ暗になり、水の流れといっしょに、深い穴の中へおちこんでしまいました。

 そこが巨人の胃ぶくろなのでしょう。胃ぶくろは、すきとおっていないので、中はまっ暗です。流れおちて、もがきながら、立ちあがってみますと、水はひざまでもなく、もうおし流される心配もないようです。三人は、たがいにさぐりよって、ひとかたまりになり、やみのなかで、ひしと、だきあっていました。

 でも、いまにも、にがい胃液が、どっと流れだしてきて、とかされてしまうのではないかとおもうと、生きたここちもないのです。

 そのとき、やみの中に、パチャ、パチャと水の音がしました。だれかが、水の中を歩いているようすです。ではここには、三人の少年のほかに、まだ何者かがいるのでしょうか。

 巨人の胃ぶくろには、えたいのしれない虫のようなものが、住んでいるのではないでしょうか。虫といっても、巨人の胎内のことですから、けだもののように大きな虫かもしれません。それが、水音をたてて、だんだんこちらへ近づいてきます。まっ暗でなにも見えませんが、けっして小さなやつではないようです。

「ウフフフフ……。」

 そのものが、みょうな声で笑いました。

「どうだね、胎内くぐりは、おもしろかったかね。」

 それは人間のことばでした。すると、ここには、虫ではなくて、人間が住んでいるのでしょうか。

「ウフフフ……、すっかりおびえているね。むりはない。魔法の国の王さまが、あんまり、とほうもないことを考えだすのでね。ここは胃ぶくろだが、きみたちを、とかすわけじゃない。また、胃ぶくろのあとに、長い腸がつづいているわけでもない。ここが胎内くぐりの終点だよ。

 わかったかね。みんなつくりものさ。これは、とほうもなく大きな人形にすぎないのだよ。巨人の目や口や心臓や肺臓が動くのは、機械じかけなのだ。息を吸うようにみえるのは、大きな扇風機の風だよ。」

 少年たちも、うすうす、それに気づいていたのですから、そう説明されると、すっかり、わけがわかりましたが、しかし、まっ暗やみで、あいての姿が、すこしも見えないので、まだまだ、ゆだんはできません。

「きみは、いったいだれです。ぼくたちをこれから、どうしようというのです。」

 小林少年が、目に見えぬあいてを、にらみつけました。

「おれかね、おれはこの魔法の国の人民だよ。きみたちを、これから、この国の王さまのところへ案内しようというのさ。」

「王さまだって? いったい、それは、どこにいるんです?」

「ご殿てんにいるよ。魔法博士という、えらい人さ。」

「それは、黄金怪人のことじゃありませんか?」

「うん、よく知っているね。王さまは黄金のよろいをきているよ。そして、魔法つかいだからね、黄金怪人にちがいない。」

 目に見えないやつは、そんなことをいいながら、だんだん、向こうのほうへ歩いていきましたが、やがて、カタンと音がして、胃ぶくろの向こうの壁に、四角な穴があきました。そこにドアがあるらしく、男がそれをひらいたのです。

 外から、うすい光が、さしこんできたので、やっと、あいての姿を見ることができました。そいつは頭から、足のさきまで、まっ黒なやつでした。つまり、黒いシャツに、黒いズボン、頭には黒い袋のようなものをかぶって、その目と口のところだけが、くりぬいてあるのです。

 ひょっとしたら、さっき、巨人の口へ三少年をおしこんだのも、こいつだったかもしれません。この男の黒い手ぶくろをはめた手が、懐中電灯をうばいとったり、三人をうしろから、おしたりしたのかもしれません。

「さあ、ここからでるんだ。王さまのお部屋は、すぐそこだからね。」

 黒覆面の男は、さきにたって、胃ぶくろのドアをでました。

 そのドアは、床よりも、すこし高いところにひらいているので、そこから水が流れだすようなことはありません。少年たちは、男のあとについて、ドアをでました。ドアのすぐ外に、三段ほどの階段があり、それをおりて、うす暗いトンネルのようなところを、すこしいきますと、そこにまたドアがあって、覆面の男が、それをひらきました。

 すると、そこから、いきなり、パッと、目もくらむような明るい光が、さしてきました。

 そこが、この地底の国の王さま、魔法博士の部屋だったのです。

「さあ、こちらへ、はいりなさい。」

 三人は、男にしたがって、部屋にはいりました。

 その広い部屋は、むかしの仏壇の中のように、キラキラと金色に光りかがやいていました。目がいたくなるほどです。

 てんじょうも、壁も、すっかり金色なのです。そこに金色のまるテーブルと、金色のせなかの高い、りっぱないすがあって、そのいすに、見おぼえのある黄金怪人が、ゆったりと、こしかけていたではありませんか。


魔術の種


 そのとき、黄金怪人が、三日月がたの黒い口を、キューッとまげて、きみの悪い声で笑いました。

「ウヘヘヘヘ……、小林団長、とうとう、つかまったね。わしは、きみのくるのを、いまかいまかと、待ちかまえていたんだよ。」

 小林君たち三少年は、黒覆面の男におしやられて、黄金怪人のこしかけている前の、黄金のテーブルのそばに立たされていました。三人は、ただ、恐ろしい怪人の顔を、見つめているばかりです。まだ、ものをいう力もありません。

「フフフフ……、驚いたか。わしは、かならず、約束をまもる。いつか、わしは名探偵明智小五郎を盗みだして、わしのすみかに閉じこめてみせると、約束した。また、そのてはじめに、明智探偵のだいじな助手の小林少年を、とりこにしてみせると約束した。その約束のはんぶんを、いま実行したのだ。小林君、きみはもう、わしのとりこになったのだよ。そして、このつぎは明智先生のばんだ。ウヘヘヘヘ……。」

 小林君は、まだ、なにもいいません。ただ、じっと、怪人のぶきみな顔を、にらみつけているばかりです。

「ところで、小林君、きみのポケットにB・Dバッジが、たくさんはいっているはずだね。それを、ここへだしてくれたまえ……。おい、この子のポケットを、さがすんだ。」と、うしろに立っていた黒覆面の部下に、命令しました。

 小林君は、じぶんで、ポケットから、三十個のB・Dバッジをつかみだして、黄金のテーブルの上に、ザラッと、なげだしました。いやだといっても、黒覆面に、とられるにきまっているからです。

「うん、よしよし、これがきみたち少年探偵団の目じるしだね。だれかにつれさられるとき、これを、ひとつひとつ、道に落としておいて、あとから、さがしにくる人の目じるしにしようというわけだね。フフフ……、どうだ、よく知っているだろう。じつは、わしも、B・Dバッジを、すこしばかり持っているのだよ。これを見たまえ。」

 黄金怪人は、そういって、どこからか、ひとにぎりのB・Dバッジをとりだし、それをテーブルの上に、バラバラと、こぼしました。たしかに、少年探偵団のバッジです。これは、いったい、どうしたというのでしょう。怪人がB・Dバッジを、こんなにたくさん持っているなんて、おもいもよらないことです。

「ウフフフフ……、ふしぎそうな顔をしているね。ほら、みたまえ、にせものじゃないよ。ちゃんと、裏に団員の名まえが、ほりつけてある。読んでみるよ。イ、ノ、ウ、エ、うん、井上だな。それから、こちらは、ノ、ロ、野呂だよ。ウフフフ……、どうして、このふたりのバッジが、わしの手に、はいったとおもうね。」

 怪人は、三日月がたの口を、へんなふうにゆがめて、さもたのしそうに笑いました。

「おい、あのふたりを、ここへ、ひっぱってくるんだ。」

 怪人は、黒覆面の部下に命じました。部下は、うなずいて、部屋の外へ出ていきましたが、まもなく、ふたりの少年をつれて、はいってきました。

 それを見ると、小林少年は、おもわず、「あっ。」と声をたてました。じつにふしぎなことが、おこったからです。

 はいってきた、ふたりの少年も、びっくりして立ちすくんでいます。みんな、じぶんの目をうたがっているのです。こんな、ふしぎなことが、あるものでしょうか。夢を見ているのではないでしょうか。

 はいってきた、ふたりの少年というのは、井上君とノロちゃんだったのです。そして、こちらに小林君とならんでいるのも、井上君とノロちゃんです。井上君が、ふたりになったのです。ノロちゃんも、ふたりになったのです。

 いま、はいってきたほうの井上君が、おずおずと、もうひとりのじぶんに近づいてきました。そのあとから、ノロちゃんも、井上君のうしろにかくれるようにして、こちらへ、やってきます。

 井上君と井上君が、一メートルの近さで、おたがいに向きあって立ちました。じっと、顔を見あわせています。

 井上君は、いま、じぶんは、大きな鏡の前に、立っているのではないかと思いました。じぶんの前に立っているやつは、顔も服も、なにからなにまで、じぶんとそっくりなのです。鏡の前に立ったのと、まったくおなじです。

 ノロちゃんも、もうひとりのノロちゃんの前に、立っていました。

「きみ、いったい、だれなの? ぼく、ふたごの兄弟なんて、ないんだがなあ。きみとぼくと、まるで、ふたごみたいだねえ。」

 はいってきたほうのノロちゃんが、たまげたような顔をして、そんなことを、つぶやきました。すると、怪人は、また、笑いだして、

「ウフフフ……、びっくりしたかい? こんなに、よくにた子どもを、ふたりも、さがしだすのは、よういなことじゃなかったよ。どちらかが、にせものなんだ。え、小林君、きみは、いったい、どちらがほんもので、どちらが、にせものだとおもうね。」

と、いたずらっぽく、たずねるのでした。

「わかった! いままで、ぼくと、いっしょにいた、このふたりは、にせものです。それが、きみの魔法の種だったのだ。」

 小林君が、ほおをまっかにして叫びました。魔法博士のトリックが、わかってきたように、思ったのです。

「ウフフフ……、さすがは、明智探偵の弟子だ。きみは、頭のはたらきが、すばやいね。わしは、数十人の部下に、東京じゅうを歩きまわらせて、このふたりをさがしだした。だが、いくら、にているといっても、ソックリとはいかない。それで、わしは、このふたりに、とくいの化粧をしてやった。つまり変装術だね。ちょっと見たのでは、わからないが、このふたりの顔には、わしの変装術が、ほどこしてある。そのおかげで、きみたちを、だますことができたんだよ。」

「じゃあ、ほんとうの井上君とノロちゃんは、ここに閉じこめられていたのですね。だから、イノウエとノロとほったB・Dバッジを、きみが持っていたんだ。そうでしょう?」

 小林少年が、息をはずませて、いいました。

「そのとおり。だが、きみはまだ、ほんとうのことを知らない。井上とノロは、わしが移動映画というもので、神社の森の中へおびきよせた。すると、その森の中に、黒覆面のわしの部下がふたり待ちかまえていて、井上とノロをしばりあげ、自動車にのせて、ここへはこんだのだ。このわしのすみかは、ひじょうに広くて、入口も、ほうぼうにある。さっきの地下道ばかりが、入口ではない。

 その森の中で、かくとうしているときに、井上がポケットから、銀貨のようなものをつかみだして、地面にばらまいた。わしはそれを見のがさなかった。拾ってしらべてみると、話にきいていたB・Dバッジだった。それならきっと、森へくるまでの地面にも落としてあるだろうとおもったので、あとで部下のものにしらべさせた。すると、わしのおもったとおりに落ちていた。それを、みんな拾わせて、ここへ、集めておいたのだ。」

「だから、井上君とノロちゃんが、ゆくえ不明になったことが、わからなかったのですね。もしバッジが、もとの地面に落ちていたら、少年探偵団員のだれかが、みつけたはずですからね。……しかし、きみは、いったい、ぼくのバッジまで取りあげて、それをどうするつもりです。バッジを種に、なにか、もくろむのじゃありませんか。」

 小林君が、怪人の顔を、にらみつけてたずねました。

「ウフフフ……、えらい! さすがは、小林君だ。きみはもう、そこまで気がついたのか。うん、むろん、もくろんでいるよ。これを種にして、明智探偵を、おびきよせるのだ。三人の名をほりつけた、このバッジを、道に落としておけば、少年探偵団の子どもが、いつかは、みつける。そうすれば明智探偵の耳に、それがはいる。小林君はじめ、井上、ノロの三人が、どこかに、とらわれていることがわかる。だいじな小林君のことだ。明智自身が、でかけてくるよ。そこで、こっちは、うまいトリックを考えておいて、明智をつかまえてしまうんだ。ウフフフ……、なんと、うまい考えじゃないか。そうして、日本一の名探偵と、名助手を、とりこにしてしまうんだ。わしはどろぼうだが、人間を盗むのは、これがはじめてだ。ウヘヘヘヘ……、わしは、こんなたのしいおもいをしたことは、いままでに、一度もないくらいだよ。ウヘヘヘ……。」

 黄金怪人は、まるで、気でもくるったように、ぶきみな口を、パクパクさせて、笑いつづけるのでした。


小林少年の知恵


 黄金怪人は、やっと、笑いやむと、しばらくだまっていましたが、じぶんの顔をにらみつけている小林君を、見かえして、しずかにたずねました。

「きみには、わしの魔法の種が、すっかりわかったかね?」

「うん、わかっている。ぼくには、もう、なにもかも、わかっているよ。」

 小林少年は、自信ありげに答えました。かわいい目が、キラキラ光っています。

「ほう、えらいもんだ。それじゃ聞くがね。わしは、なぜ井上とノロを、つかまえたんだろうね。」

「それは、ふたりのかえだまを、つくるためさ。」

「なぜ、かえだまを、つくったんだね。」

「山下さんの蔵の中から、グーテンベルクの聖書を、盗むためさ。」

「かんしん、かんしん、きみは、そこまで気がついたのか。で、どうして、あの聖書を盗んだんだね。」

「あのとき、ぼくと、山下君のおとうさんと、山下君のほかに、四人の少年探偵団員が、がんばっていた。その四人の中に、にせものの井上君と、ノロちゃんが、まじっていたのだ。そして、たぶん、にせの井上君が、黄金怪人にばけたんだ。あの金色の衣装は、おりたためば、小さくなるにちがいない。にせの井上君は、それを、きたり、ぬいだりして、みんなをごまかしたんだ。」

「うん、そのとおりだ。あのときに、つかった金の仮面や、よろいは、ビニールに金のこなをぬったもので、蔵の中のうす暗い電灯だから、ごまかせたんだよ。にせの井上は、その金の衣装を、二くみ持っていた。子どもの大きさのと、おとなの大きさのとね。おとなの衣装には、足にタケウマのような棒がついていて、せいが高くなるんだ。それを、電灯の消えているまにきかえて、うす暗い蔵のすみに立って、みんなを、おどかしたんだよ。ぬいだときには小さくたたんで、本棚の大きな本のうしろにかくしておいたのだ。あのとき、だれも本のうしろなど、さがさなかったからね。黄金怪人は、煙のように消えうせてしまったとしか、考えられなかったのだよ。」

「蔵の電灯を、消したり、つけたりしたのは、にせのノロちゃんのほうだね。それから、電灯が消えているすきに、山下君のおとうさんの手から、聖書の桐の箱をうばいとったのも、にせのノロちゃんだったにちがいない。」

「そのとおり。だが、待ちたまえ。あのときの黄金怪人は、おとなになったり、子どもになったり、ネズミぐらいの小さな姿になったりしたね。あのときばかりじゃない。そのまえに、庭で山下少年の前にあらわれたときも、見ている前で、だんだん小さくなった。そして、ネズミぐらいになって、井戸側をのぼって、古井戸の中へ、かくれてしまった。あれは、どういうわけだね。」

 おそろしい魔法博士の黄金怪人が、まるで、先生が生徒に質問するように、やさしいことばをつかっています。小林君の知恵に、感心してしまったかたちです。それに、いくら、かしこくても、この地下室からは逃げだせるものじゃないと、安心していたからです。この子どもはどのくらい知恵があるか、ためしてみようと、しているのです。

 小林君のほうは、そんな、のんきなたちばではありません。このにくい怪物の魔法の種をあばいて、あいてを、へこませてやろうという気持で、いっぱいでした。

「あの、山下君の庭に、あらわれたときは、もう、うす暗くなった、夕がただった。だから、やっぱり、うまく動かせたのだ。大きな木が、たくさん立ちならんでいた。あのときの怪物、あれは、むろん、きみだよ。きみばかりじゃない。子どもの助手がいた。それも、にせの井上とノロちゃんだったかもしれない。ふたりは、金色の衣装をつけて、大きな木のみきのかげにかくれていた。まず、おとなのきみが、山下君のそばをはなれて、一本の木のかげにかくれる。すると、にせの井上が、きみにかわって、山下君に見えるように歩きだし、はんたいがわの木のみきにかくれる。そこに、にせのノロちゃんが待っていて、いれかわって、姿をあらわす。ノロちゃんは、井上君にくらべると、ずっと、せいがひくいのだから、そこで、また黄金怪人が小さくなったように見えたのだ。」

「うん、よく、考えたね。そのとおりだ。しかし、ネズミのように、小さくなったのは、どうしたわけだろう。まさか、あんな小さな人間が、いるはずはないからね。」

「あれは、オモチャだ!」

 小林君が、叫ぶように、いいました。

「えっ、オモチャだって、オモチャが、どうして、井戸側をよじ登れるね。」

「目に見えないぐらい細い糸だ! たぶん、じょうぶな黒い絹糸だ。それを、古井戸の中に、きみの部下がかくれていて、ひっぱったのだ。それから、地面を歩いたのは、ゼンマイじかけだ。ゼンマイじかけのオモチャは、ひとりで歩けるからね。蔵の窓によじ登ったときも、中から、たぶん、にせの井上が、細い糸を、ひっぱっていたのだ。」

「うまいっ! きみは、じつに名探偵だよ。よく、そこまで、考えられたねえ。そのとおりだよ。きみのような、かしこい子どもは、このわしの部下にしたいくらいだ。いや、部下にするつもりだ。きみばかりじゃない。明智名探偵も、そのうち、わしの部下にするつもりだよ。」

「それはだめだ。ぼくは、けっして、きみの部下にならない。まして、明智先生が、きみの部下になんかなって、たまるもんか。いまに、ひどいめにあわされるから、見ているがいい。」

 小林君も、負けてはいません。リンゴのようなほおを、いっそう赤くして、くってかかるのでした。

「ウヘヘヘ……、わしのとりこになった身のうえで、なにを大きなことをいっている。そっちこそ、いまに見ているがいい。明智先生が、この部屋に、とらえられてきたときに、べそをかくんじゃないぞ。」

「とらえられるもんか。ぼくが、じゃまをしてやる。けっして、先生は、きみなんかに、だまされやしないよ。」

 それを聞くと、いままでだまっていた、ほんものの井上君も肩をいからして、どなりだすのでした。

「うん、そうだ。小林さんと、ぼくと、ノロちゃんの三人で、きみのじゃまをしてやるんだ……。負けるもんかっ。」

「ウヘヘヘ……、チンピラたち、なかなか、いせいがいいな。そんなにどなったって、わしは、ちっとも、おどろかない。かえって、きみたちが、かわいくなるくらいだよ。よし、よし、そう、さわぐんじゃない。いまに、おいしいものを、たべさせてやるからな。ウフフフ……。ところで、小林君、きみはまだ、いいわすれたことがあるはずだね。ほら、今日の夕がたのことさ、小さな黄金人形が、どこまでも歩きだしたじゃないか。そしてとちゅうで、たちまち、子どもぐらいの大きさになったじゃないか。あれは、どうしたわけだろうね。」

「うん、それも、わかっている。あのオモチャを売ってたじいさんは、きみだよ。きみがばけていたんだよ。」

「ウフフフ……、そうかもしれないね。」

「そして、オモチャの人形が、いつまでも歩いたのは、やっぱり、きみが、細い糸であやつっていたんだ。きみは、両手を前につきだして、人形を追いかけていた。それで、きみの手は、いつも、人形の真上にあった、あの手で、細い糸をあやつって、人形が歩くように、見せかけていたんだよ。うす暗い夕がただから、その糸が見えなかったんだ。

 それから、とつぜん、子どもぐらいの大きさになったのは、ポストのあるまがり角だった。黄金の衣装をきた子どもが、あのポストのかげに、かくれていたんだよ。」

「いや、それでは、まだ、考えがたりない。いいかね。あのときは、うす暗いといっても、まだ夕がただった。それに人どおりがないとはいえない。いくらポストのかげにかくれていても、金ピカの衣装をきているんだから、すぐ見つかってしまう。そうすれば、大さわぎになる。このわしが、そんな、あぶないことを、やるとおもうかね?」

「あっ、そうか。それじゃあ、あのポストは……。」

 小林君は、びっくりしたような目で、怪人を見つめました。

「うん、そうだよ。きみは、じつにすばやく、頭がはたらくねえ。……あのポストはにせものだったのさ。うすい鉄板に赤ペンキをぬった、にせものだったのさ。にせの井上が、金色の衣装をきて、あのポストの中にかくれていたんだよ。これなら、いくら人どおりがあっても、だいじょうぶだからね。そして、わしが、あの角をまがったとき、軽いにせのポストを、すばやく持ちあげて、井上をだしてやったというわけさ。ウフフフ……。」

 黄金怪人は、さも、おかしそうに、笑いだすのでした。それにしても、なんというふしぎな怪物でしょう。なるほど、魔法つかいです。ふつうの人間には、おもいもよらない奇術を、つぎからつぎへと、つかって見せるのです。さて、これから、どんなことがおこるのでしょうか。


洞窟どうくつの怪黒人


 さて、種あかしがおわりますと、黄金怪人は、三日月がたのぶきみな口で、ケラケラと笑いました。そして、またもや、ふしぎなことを、いいだすのでした。

「いまもいうとおり、わしは明智探偵を、きっと、ここへつれこんで、わしの部下にしてみせるがね。それまでには、まだしばらくあいだがある。そのひまに、きみたち三人に、この地底の国の、びっくりするような魔法を見せてやることにしよう。ふつうの世界では、とても見られないような、ふしぎなものばかりだよ。さあ、それじゃ、三人を向こうのインド魔術の洞窟へ、案内してやりたまえ。」

 怪人が、黒覆面の男に命じますと、黒覆面は、小林君と、ほんもののほうの井上、野呂の二少年を黄金の部屋からつれだしました。少年たちは、いやだといっても、とりこの身のうえですから、どうすることもできません。しかし、べつに、ひどいめにあわされるわけではなく、なにか、ふしぎな魔法を見せてくれるというのですから、いくらか、見たいような気もします。ともかく、黒覆面についていくことにしました。

 トンネルのようなせまい洞穴ほらあなを、すこしいきますと、パッと、あたりが広くなって、恐ろしくでっかい洞窟の中へ出ました。電灯は、いくつかついていますが、洞窟が広いので、向こうのほうは、まっ暗ですし、てんじょうも、ひじょうに高くて、見とおしがききません。

 三人がそこへはいって、キョロキョロと、あたりを見まわしているうちに、黒覆面の男は、暗やみの中へ吸いこまれるように、姿が見えなくなってしまいました。

「へんだね、あの人、どっかへ消えてしまったよ。これから、なにがおこるんだろう? ぼく、きみが悪いよ。ねえ、小林さん、あとへもどろうよ。」

 ノロちゃんが、れいによって、よわねをはきました。

 すると、そのとき、洞窟の右手のほうから、ヒラヒラと、白いものが、とびだしてきたのです。おばけかしらと、ギョッとしましたが、おばけではありません。ひとりのまっ黒な顔をした、黒人の老人です。頭はまっ白で、白い口ひげと、あごひげをはやした、しわくちゃの老人です。やせたからだに、だぶだぶの白い大きなきれを、肩からはすにまきつけています。写真で見たインドの坊さまみたいな身なりです。なにに使うのか、太い縄をまるくまいて、小わきにかかえています。

 その老人は、からだにまいた白いきれを、ヒラヒラさせながら、洞窟のまん中までくると、そこに立ちどまって、へんなしわがれた声で、少年たちに話しかけました。

「おまえたちに、これからおもしろいものを見せてやるよ。世界のなぞといわれているインドの大魔術じゃ。ほら、この縄をごらん。これを空に向かって、投げあげるのじゃ。そうすると、この長い縄が、ぴんと、まっすぐに立ったまま、落ちてこないのじゃ。さて、それから、じつにふしぎなことが、はじまる。おまえたち、そこから、よく見ているがいい。」

といったかとおもうと、老人は、小わきにかかえていた縄のはしをつかんで、まるで、投げ縄でもするようなかっこうになって、恐ろしいいきおいで、それをぱっとてんじょうに投げあげました。

 縄は、スルスルと、洞窟のてんじょうに向かってのびていき、そのままシャンと、まっすぐに立ちました。すこしも落ちてこないのです。縄の柱ができたわけです。長く長くのびて、てんじょうのほうは、暗やみにかくれて見えなくなっています。

「さて、これから、どんなことが、おこるじゃろう。よく見ていなさい。」

 老人は、そういいのこして、スーッと、右手のやみの中に消えていきました。すると、それといれかわりに、十歳ぐらいの小さな子どもが、チョコチョコと、かけだしてきました。その子どもは、からだじゅうが、赤と白のだんだらぞめになっているのです。つまり、赤と白の太いしまのシャツとズボンをきて、おなじ赤白の運動帽をかぶっているのです。顔はまっ黒で、大きな白い目がクリクリしています。やっぱり、黒人の子です。

 その子どもは、まっすぐに立っている縄のそばまでくると、こちらを向いてニッコリ笑いました。すると、まっ黒な顔の中に、白い歯がむきだしになり、目と歯だけが、白くとびだしているように見えるのでした。

 それから、赤白だんだらぞめの子どもは、縄を登りはじめました。まるで、サルのように、まっすぐの縄を、上の方へ登っていくのです。

 そのとき、またもや、右手のやみの中から、ぱっと、みょうなものが、とびだしてきました。


バラバラ少年


 それはやっぱり、白い大きなきれでからだをつつんだ、まっ黒な男でした。さっきの老人ではありません。三十ぐらいの力の強そうな男です。手にはピカピカ光る恐ろしく幅のひろい刀を持っています。

 むかし中国に、青竜刀せいりゅうとうという恐ろしい刀がありましたが、あれとそっくりです。刀のことを、ダンビラといいますが、これは牛でも殺すような大ダンビラです。

 その男は、まっ黒な中に、目ばかり白くギョロギョロさせた、恐ろしい顔をしていました。ひとことも、口をききません。三人の少年のほうを、ふりむきもしません。うらみにもえる白い目で、縄を登っていく子どもを、ぐっと、にらみあげているのです。

 男の手が、縄にかかりました。大ダンビラを口にくわえ、両手で縄にすがると、そのまま、子どものあとを追って、登りはじめました。

「キャーッ。」

 上の方から、悲鳴がきこえました。もう五メートルも、縄を登った子どもが、大ダンビラの男を見て、あまりの恐ろしさに、死にものぐるいの声で、叫んだのです。そして、にわかに手足をはやめて、逃げるように、縄を登るのでした。

 しかし縄は、洞窟のてんじょうで、いきどまりになっています。そこへ、追いつめられたら、もう、どうすることもできないではありませんか。

 大ダンビラを口にくわえた男は、子どものあとから、ゆうゆうと登っていきます。いくら逃げたって、だめなことを、ちゃんと知っているのでしょう。

 三少年は、それを見て、胸がドキドキしてきました。あの恐ろしい男は、赤白だんだらの小さい子どもを、殺してしまうのではないかとおもうと、気が気ではありません。井上君などは、とびだしていって、下から男の足をひっぱってやろうかと思いましたが、もう、まにあいません。男も縄のぼりが上手で、たちまち、四─五メートル登ってしまったからです。

 子どものほうは、もう十メートルも、登ったでしょうか。洞窟のてんじょうは暗いので、下からは見えなくなってしまいました。

 手に汗をにぎって、見あげていますと、ダンビラの男も、てんじょうのやみのなかへ、姿が消えていきました。

 ああ、縄の上に追いつめられた子どもは、どうしているのでしょう? いまごろは、男につかまって、恐ろしいめにあっているのではないでしょうか。

「キャーッ!」

 身ぶるいするような悲しい悲鳴が、てんじょうのやみの中から、聞こえてきました。それが、洞窟にこだまして、あちらからも、こちらからも、キャーッ、キャーッという声が、かさなりあって聞こえるのです。五人も六人も子どもがいて、つぎつぎと叫んでいるような気がします。

 そのこだまの声が、だんだん小さくなって、スーッと消えていったころに、ぎょっとするような恐ろしいことが、おこりました。

 サーッと、てんじょうから、なにかほそ長いものが落ちてきたのです。赤白だんだらの棒のようなものでした。それが地上に落ちて、コロコロと、ころがりました。

 なんだか、えたいのしれないものです。びっくりして、息をのんでいますと、……またもや、てんじょうから、同じような赤白だんだらの長いものが、サーッと、落ちてきました。それから、そのあとを追うようにして、こんどは、まえよりはすこし小さい赤白だんだらのものが、つづいて二つ、落ちてきて、床にころがりました。

 よく見ると、あとから落ちた二つには、かわいらしい五本の指が、はえているのです。手です。あの黒人の子どもの黒い手です。

 それでは、さきに落ちた二つは、足かもしれません。ああ、そうです。よく見ると、黒いズックのゴムぐつをはいているではありませんか。おくびょう者のノロちゃんは、それがわかると、いきなり、小林少年のからだに、しがみつきました。そして、ガタガタふるえているのです。

 ああ、あのかわいらしい子どもは、縄の上で、恐ろしい男のダンビラで、バラバラに、きられてしまったのでしょうか。いくら地底の魔法国でも、こんな人ごろしが、ゆるされていいものでしょうか。

 それから、つづいて、二つのものが、てんじょうから落ちてきました。子どもの首と胴です。赤白の運動帽をかぶった、かわいらしい首が、地上に落ちて、コロコロと、ころがりました。

 それを見ると、井上君が、「うーん。」とうなって、小林君の腕をつかみました。

「もうだまっていられないよ。ぼくたちで、あいつを、つかまえよう。そして、警察へつれていくんだ。ね、小林さん、いくら、魔法の国でも、こんなざんこくなことは、ゆるしておけないよ。ぼくらは明智先生の弟子じゃないか。名誉ある少年探偵団じゃないか。ね、あいつをつかまえて、ひどいめにあわせてやろうよ。」

 井上君は、顔をまっかにしておこるのでした。

 しかし、小林君は、なにか、べつの考えがあるらしく、すこしもさわぎません。こわがって、ふるえているノロちゃんと、目をむいて、おこっている井上君を、力づけたり、なだめたりするように、ニコニコ笑っていいました。

「まあ見ていたまえ、いまにわかるよ。あの子どもが、ほんとうに殺されたのかどうか、いまにわかるよ。」

 そのとき、まっすぐに立っている縄を、スーッと、すべりおりてきたものがあります。あの恐ろしい黒人です。かた手で大ダンビラをにぎり、かた手だけで、すべってきたのです。ギラギラ光る大ダンビラには、まっかに血がついています。

「小林さん、あの血をごらん。やっぱり、ほんとうに殺されたんだよ。ね、あいつを、とっつかまえよう!」

 小林君は、かけだしそうにする井上君の手を、ぐっとつかんで、ひきとめました。

「いまにわかるよ。じっとしていたまえ。」

 すると、そのとき、とっぴょうしもない笑い声が、聞こえてきました。

「ワハハハハハ……。」

 地上におりた大ダンビラの男が、三少年のほうを向いて、さもおかしそうに笑っているのです。


大魔術


 黒人は、やっと笑いやむと、大ダンビラを地上に投げすてて、なにかしゃべりはじめました。

「おれは、とうとう、あのにくい子どもを、バラバラにしてやった。どうだ、すごい腕まえだろう。え、びっくりしたかね。なんだ、そっちの子どもは、ガタガタふるえているじゃないか。いくじのないやつだ。なにもきみを、バラバラにするわけじゃないよ。」

 黒人は、そのままだまって、地上にころがっている子どもの首や手足をながめていましたが、そうしているうちに、だんだん、悲しそうな顔になってきました。

「だが、こうしてバラバラになってころがっているのを見ると、なんだか、かわいそうだな。クスン、ああ、おれはとんだことをしてしまった。なんて、むごたらしいことをしたもんだ。クスン、おれは悲しくなってきた。うう、悲しい……。きみたちも、悲しそうな顔をしているね。もっともだ。うう、悲しい……。」

 そして、黒人の大きな白い目から、ポロポロと、涙がこぼれてきました。はては、声をだして、ワアワア泣きだしたではありませんか。

 さっきまで、こわい顔をしていたやつが、子どものように泣きだしたのですから、なんだか、こっけいです。少年たちは、それを見て、きみがいいと思いました。

「ああ、おれは後悔した。どうしても、この子どもを、もとのとおりに、生きかえらせなければならない。首や手足をつぎ合わせて、もとの姿にするんだ。いいか、おれは、かならず生きかえらせてみせるぞ。」

 しかし、バラバラにした手足を、いくらつぎ合わせてみたところで、子どもが生きかえるはずはないのです。だいいち、人間の手や足が、ノリやセメダインで、つなげるものではありません。

「おや、きみたちは、へんな顔をしているね。このバラバラの手足を、つぎ合わせるなんて、できっこないと思っているのだろう。ところがね。魔法の国では、どんなことでも、できないことはないんだよ。え、わからないかね。人間の手足が、ちゃんとつなげるんだ。そして、生きかえらせることができるんだ。うそだと思うなら、ほら、見ているがいい。」

 黒人は、そういったかとおもうと、いきなり、そこに落ちていた一本の足をつかんで、ヤッとばかりに、洞窟の向こうのほうへ投げつけました。

 赤白だんだらのズボンをはいた足が、スーッと、宙をとんで、洞窟の正面の暗いところへとどきました。すると、ああ、ふしぎ! ふしぎ! その足が、ちょんと、そこへ立ったではありませんか。くつを下にして、まるで人間が立っているように、一本の足だけが、まっすぐに立ったのです。

「ほうら、どうだ。こんどは右の足だぞ。」

 黒人は、そう叫んで、もう一本の足を投げつけました。すると、その足も、まえの足とならんで、ちゃんと立ったのです。

「ウフフフ、うまいもんだろう。おつぎは、胴体だ!」

 ヤッと投げると、これはどうでしょう。子どもの胴体が二本の足の上に、ちょんとのっかったではありませんか。

 それから、同じようにして、両手を投げると、それが胴体の両側の肩のところに、ピッタリくっつきました。

「おしまいは首だよ。さあ、よく見ててごらん。首がくっつけば、もとのからだだ。生きかえるかどうか、そこが問題だよ。」

 赤白の運動帽をかぶった少年黒人の首が、大きなまりのように、スーッと、宙をとんで、ああ、うまいっ! 胴体の上に、チョコンと、こちらを向いて、のっかったではありませんか。

「あっ、笑った! 首が笑ったよ。」

 ノロちゃんが、とんきょうな声をたてました。

 ほんとうです。胴体の上にのっかった子どもの首が、パッチリ目をひらいて、白い歯をだして、ニコニコと笑ったのです。

 みんなが、びっくりして、見つめていますと、ふしぎにつながった子どものからだが、ゆらゆらと、動きだしました。あっ、あぶない! そんなに動いたら、またバラバラになるじゃないかと、手に汗をにぎりましたが、子どもはへいきです。ニコニコしながら、いきなり両手をふって、歩きだしたのです。そして、だんだん、こちらへ近づいてくるではありませんか。

「ばんざーい!」

 悪者の黒人が、さもうれしそうに、こおどりして叫びました。

「どうだ、おれのいったことは、うそじゃないだろう。あの子は生きかえった。ニコニコして歩いてくる。かわいらしいな。おれは二度と、あんなむごたらしいまねはしないよ。そして、あの子どもと仲よしになるんだ。」

 黒人は、こちらもニコニコしながら、両手をひろげて、子どものほうへ、かけよりました。そして、いきなり、小黒人をだきあげると、さも、かわいいというように、ほおずりをするのでした。

「こんなめでたいことはないよ。さあ、お祝いに、みんなで、おどろう。そこにいる三人も、こっちへ来たまえ。みんなでおどるんだ。おどるんだ!」

 黒人は、生きかえった子どもの手を取っておどりながら、三少年のほうへやってきました。そして、ひとりずつ、手を取っては洞窟のまん中へ、ひっぱりだすのでした。

 そのとき、洞窟の中が、にわかに明るくなりました。電灯の光が強くなったのです。それといっしょに、どこからか、音楽の音が聞こえてきました。うきうきするような楽しい音楽です。

「さあ、おどった、おどった!」

 黒人が、さきにたって、手ぶりおもしろく、おどりながら歩きだしました。三人の少年たちも、子どもが生きかえったうれしさに、つい、おどりの仲間にくわわりました。洞窟の中の、ふしぎなフォークダンスです。盆おどりです。ゆかいな音楽に、調子をあわせて、ひらりひらりと、おどったり、はねたり。そうなると、いちばん、はしゃぎまわるのは、ノロちゃんです。ノロちゃんは、目をむいたり、口をまげたりして、おどけたかっこうで、おどりだしました。それにつられて、三人とも、とらわれの身をわすれて、夢中になっておどりつづけるのでした。

「さあ、みんな、つかれただろう。ひとやすみだ。」

 黒人が、おどりをやめたので、みんなも、立ちどまりました。

「ところで、きみたち、いまの魔術の種が、わかるかね。え、どうだ、わかるまい。」

 黒人は、そういって、みんなの顔を見まわしました。

「ぼく、いってみましょうか。」

 小林少年が、つかつかと前にでました。

「さすがは、少年探偵団長だね。わかったかい。それじゃ、いってごらん。」

 怪黒人が、こわい顔ににあわない、やさしい声でいいました。

「あれは、インド奇術といって、有名な奇術ですね。世界じゅうで、あの奇術の秘密を知っている人は、だれもないんだって、明智先生に聞いたことがあります。でも、ここでやった、いまの奇術は、やさしいとおもいます。」

「やさしいって? それは、なぜだね。」

「ここは洞窟で、てんじょうがあるんですもの。ほんとうのインド奇術は、原っぱでやるんですよ。原っぱには、てんじょうがないから、なんのしかけもできません。」

「うん、それで?」

「この洞窟のてんじょうは、暗くなっていて、下からはよく見えません。ですから、あの暗いてんじょうに、しかけがあるんです。てんじょうから、板かなんかつりさげて、そこに人がのっていて、投げた縄のはしをつかんで、岩にうちつけてある太いくぎに、くくりつけたのでしょう。それで、縄が落ちないで、まっすぐに立ったのです。

 その縄を、子どもが登っていきました。それから、おじさんがダンビラを持って登っていきました。そして、子どもをバラバラに、きったように見せかけたのです。

 さっき、落ちてきたのは、人形の首や、胴や、手や、足だったのです。てんじょうにいる人が、それを用意しておいて、つぎつぎと投げおろしたのです。

 それから、その手や足を、向こうの暗い壁の方へ投げつけると、もとのとおりに、くっついたのは、ブラック=マジックです。ね、そうでしょう?」

「うん、かんしん、かんしん。さすがに、よく見ぬいたね。だが、ブラック=マジックというのはなんだね?」

「洞窟の、向こうの壁が、まっ黒にぬってあるか、黒いきれが、はりつけてあるのです。そして、電灯は、みな、ぼくたちのほうを向いていて、あの黒い壁には、すこしも、光があたらないようにしてあります。

 ひとりの子どもが、まっ黒なきれで、全身をつつんで、そこに立っていますが、こちらからは、すこしも見えません。黒い壁の前に、まっ黒なものが立っていて、そこへ、光があたらないのですからね。

 おじさんが、足を投げつけると、その子どもが、足にはいていた黒い袋のようなきれを、ぱっとぬぐのです。そして、もうひとり、からだじゅう、まっ黒な助手がいて、投げられた人形の足に、黒いきれをかぶせて、かくしてしまうのです。

 こうして、両方の足、両方の手、胴体、首と、投げるたびに、それを、黒いきれでかくして、その瞬間に、立っている子どものほうは、手や、胴体や、首にかぶせてあった黒いきれを、ひとつひとつ、とっていくのです。そうすると、投げられた手や、胴体や、首が、つぎつぎと、くっついていくように見えるのです。そして、その子どもは、ニコニコして、ぼくたちのほうへ歩いてきましたが、むろんさいしょ、縄を登っていった子どもではありません。

 さいしょの子どもは、まだ、てんじょうからさがっている板の上に、かくれているでしょう。つまり、よくにた子どもがふたりいて、ひとりは、縄を登り、ひとりは、向こうの黒い壁の前に、黒いきれで、からだをつつんで、立っていたというわけですよ。

 ブラック=マジックなんて、だれでもしっている手品です。でも、ここが、ものすごい洞窟の中ですから、手品とは思えません。ほんとうに、そういうふしぎが、おこったように見えたのです。」

 小林少年は、すらすらと、大魔術の秘密を、ときあかしてしまいました。

「えらいっ! やっぱり、きみは、少年名探偵だよ。よし、それじゃ、もうひとつ、この魔法の国の大魔術を、きみたちに見せてやろう。こんどは、もうすこし恐ろしい魔術だ。びっくりして、泣きださないように用心するがいいぜ。」

 怪黒人は、三人を手まねきしながら、洞窟の出入り口の、まっ暗なトンネルの中へ、はいっていくのでした。


巨大なもの


 三少年は、とらわれの身ですから、いやだと思っても逃げるわけにいきません。怪黒人のいうとおり、そのあとに、ついていくほかはないのです。

 暗いトンネルには、いくつも枝道があります。そのひとつをまがって、しばらくいきますと、コンクリートの階段があって、それをのぼり、やがて広い場所に出ました。

 それは洞窟ではなくて、てんじょうの高い、広い廊下のようなところでした。ここはもう地上なのかもしれませんが、うす暗くて、ガランとしているので、まるで地下鉄のプラットホームみたいなかんじです。てんじょうも壁も床も、コンクリートでできていて、いっぽうの壁にそって、ずっと部屋が並んでいるらしく、いくつもドアが見えています。

 高いところに、小さな電灯がついているだけで、うす暗く、向こうの方は、よく見えないほどです。

 さきに立っていた怪黒人は、その広い廊下のまんなかに立ちどまって、三人の少年をふりむき、きみ悪くニヤリと笑いました。

「さあ、ここで、待っているんだ。いまに、ふしぎなものが、あらわれるからね。」

 そういって、かれは、うす暗い廊下のつきあたりの方を、じっと見つめています。三少年も、つい、その方を、ながめないではいられませんでした。

 外は、ひえびえとつめたくて、シーンと、しずまりかえっています。なにか恐ろしいことが、おこりそうです。あのうす暗い向こうの方から、とほうもないばけものが、あらわれてくるのではないでしょうか。

 三人が、目をこらして、その方を見ていますと、やがて、ずっと向こうの廊下のつきあたりに、なにか、もやもやと、動いているものがあります。暗くて、よくわかりませんが、ネズミ色の、ぼやっとした、ひどく大きなものです。

 そのとき、三人は、ぎょくんと、心臓がのどのところまで、とびあがるような気がしました。なんともいえない、恐ろしい音がしたからです。

 ふつうのラッパの百倍もあるような大きなラッパが、ガーッと、なったような音でした。しかも、ラッパのような、ほがらかな音ではありません。いんきな、しわがれた音で、しかも、つんぼになるような、とほうもなく大きな音なのです。

 三人の少年は、おたがいによりそって、いつでも逃げだせるように、身がまえしていました。しかし目は、向こうの暗やみに、釘づけになっているのです。

 暗やみの中の、もやもやしたものが、だんだん、はっきりしてきました。そのものが、こちらへ近づいてきたからです。それは人間の何十倍もあるような、大きなものでした。そいつは、生きているのです。巨大なからだを、ゆすぶりながら、こちらへ歩いてくるのです。

 耳が見えました。犬の耳の百倍もある、おそろしく大きな耳です。その耳が、うちわのように、ハタハタと動いています。

 からだにくらべて、ひどく小さな目がふたつ、やみの中に光っています。白い大きな二本のきばが見えます。そして、その牙と牙とのあいだに、なんだか、太いネズミ色の棒のようなものが、ダランとさがっています。それが、グーッと、こちらの方へ、のびてくるように見えるのです。

 足が見えました。ひとかかえもある大木のような、太い足です。それが、ズシン、ズシンと、地ひびきをたてて、近づいてくるのです。

「あっ、ゾウだっ!」

 小林君が、おもわず叫びました。それはゾウでした。巨大なゾウが、コンクリートの廊下を歩いてくるのでした。さっきの恐ろしい音は、ゾウのうなり声だったのです。それにしても、こんなところにゾウがいるなんて、おもいもよらないことでした。これがほんとうのゾウでしょうか。やっぱり、魔法博士の幻術げんじゅつではないのでしょうか。

「わかったかい。ゾウだよ。魔法の国には、どんな動物だっているのさ。」

 怪黒人が、笑いながら、いうのでした。

 しかし、巨ゾウには、ゾウ使いが、ついているのではありません。ひとりで、歩いてくるのです。足にくさりがついているわけでもありません。

 三少年は、ゾウがおこって、鼻で巻きあげたり、足でふんだりするのではないかと、恐ろしくなってきました。

「だいじょうぶだよ。逃げたりしたら、かえってあぶないよ。」

 ノロちゃんが、逃げだしそうになったので、小林君が、その手をとって、ひきとめました。

 そのうちに、ゾウはズシン、ズシンと、もう三メートルほどに、近づいてきました。恐ろしく大きなやつです。長い鼻が、グーッと、こちらへのびてきました。

 そして、あっとおもうまに、その鼻が、怪黒人にクルクルと巻きついたかとおもうと、黒人は、ゾウの頭の上に持ちあげられていました。

 たいへんです。もし、そのまま、地面に投げつけられたら、黒人は死んでしまうかもしれません。

 三少年が、それを見て、手に汗をにぎっていますと、ゾウの鼻は、黒人を大きな頭の上まで持ちあげると、そこでそっとはなしました。すると、黒人は、なれたもので、ひょいと、ゾウの頭と背中のあいだに、うまのりになりました。そして、ニコニコしながら、ゾウの耳のうしろのへんを、ひら手で、ペタペタたたいています。

 そのとき、ゾウは、長い鼻を、上の方に高くのばして、ゴーッと、うなりました。あのラッパを百倍にしたような恐ろしい声です。

 それから、高くあげていた鼻をおろして、そのまま、グーッと、こちらに向けてきました。その鼻は、三少年のうちのだれかを、ねらっているのです。

 少年たちは、ぎょっとして逃げだしました。三人のうちで、いちばんすばやいのは、ノロちゃんでした。しかし、巨ゾウの足は、もっと、はやかったのです。長い鼻が、ヌーッとノロちゃんの方へ、のびてきました。

 ノロちゃんが、逃げながら振りむきますと、うす黒い、ぐにゃぐにゃしたゾウの鼻が、すぐ目の前にせまっていました。

「キャーッ、たすけてくれ……。」

 ノロちゃんは、まっさおになって、恐ろしい叫び声をたて、もう、逃げる力もなくなって、その場に立ちすくんでしまいました。

 ゾウの鼻は、大きなヘビのように、ノロちゃんのからだに、巻きついてきました。そして、ぎゅっとしめつけられたかとおもうと、ノロちゃんは、もう宙に浮きあがっていました。

「ワ、ワ、ワ、ワ……。」

 ノロちゃんは、気でもちがったように、わけのわからぬ声をたてながら、もがきました。しかし、いくらあばれても、ゾウの鼻は、はなれません。

 そのありさまを見ると、小林、井上の二少年も、ノロちゃんの足をつかんで、ひきもどそうとしましたが、とてもかないません。たちまちノロちゃんは、ゾウの頭の上まで、持ちあげられてしまいました。


煙のように


 ノロちゃんのからだが、ゾウの頭の上にくると、背中にのっていた怪黒人が、両手をだして、ノロちゃんをだきとめ、ゾウの鼻からはなして、じぶんの前にうまのりにさせました。こうしてノロちゃんは、ゾウの背中にのせられてしまったのです。

 ふたりをのせたゾウは、ズシン、ズシンと、歩きはじめました。いったい、ノロちゃんを、どこへつれていこうというのでしょう。小林君も、井上君も、心配でたまりませんから、ゾウのうしろからついていきました。

「た、たすけてくれえ……、小林さん、井上君、はやく、たすけてえ……。」

 ゾウの背中の上では、ノロちゃんが、身をもがきながら、叫びつづけています。しかし、怪黒人が、うしろから、しっかり、だきしめているので、どうすることもできません。

 広いコンクリートの廊下のいっぽうの壁に、いくつもドアが並んでいる中に、ひじょうにでっかい、かんのん開きのドアがありました。ゾウは、そのドアの前に立ちどまると、鼻のさきで、ドアのとってをつかんで、二枚のドアを、両方にひらきました。そして、その中へ、ノッシ、ノッシと、はいっていくのです。

 それは、ゾウの大きなからだが、通りぬけられるほど広い入口でした。

 ふたりの少年が、ひらいたドアの中をのぞいてみますと、そこは、ゾウがはいるといっぱいになってしまうような、あまり広くない洋室でした。なんのかざりつけもなく、テーブルもいすもおいてない、がらんとした部屋です。

 ゾウが黒人とノロちゃんをのせたまま、その部屋にはいると、両方にひらいていたドアが、ひとりでに、スーッと、しまってしまいました。

 すると、ゾウの背中でわめいていたノロちゃんの声が、にわかに、ひくくなって、遠いところからのように聞こえてきました。

 しばらくのあいだ、そのかすかな叫び声が、つづいていましたが、やがて、それもパッタリ、聞こえなくなってしまいました。

 ノロちゃんは、あの怪黒人のために、どうかされたのではないでしょうか。黒人は、ダンビラは、まえの洞窟の中に、おいてきたままでしたが、ほかに短刀を持っているかもしれません。ノロちゃんは、さっきのダンダラぞめの服をきた子どものように、バラバラに、きり殺されてしまうのではないでしょうか。小林、井上の二少年は、もう、心配でしかたがありません。ドアをおしたり、たたいたりしてみましたが、しぜんにじょうがかかったとみえて、びくともしないのです。

「ウフフフ……、きみたちふたりは、あとに残されてしまったね。」

 とつぜん、うしろから、きみの悪い声がきこえました。びっくりして振りむきますと、そこに、さっきの老黒人が、立っていました。洞窟の中で、てんじょうに縄を投げた、あの白ひげのじいさんです。

「あっ、さっきのおじいさんですね。ここをあけてください。ノロちゃんが、ゾウにのって、この中に、とじこめられてしまったのです。」

 小林君が、たのむようにいいました。

「ウフフフ……、心配かね? だが、あの子は、べつにひどいめにあうわけではない。ただね、遠い、遠いところへ、いくばかりなのだ。」

「えっ、遠いところですって? いったい、それは、どういうわけです。ノロちゃんは、たしかに、この部屋の中に、いるんですよ。」

「いや、いまごろは、もう、遠いところへ、いってしまったかもしれない。ドアをあけて、見せてやろうか。あの子が、どうなったか、わかるだろうからね。」

 老黒人は、なぞのようなことをいいながら、ドアの前に近よると、どこかのボタンをおしたらしく、カチッという音がして、かんのん開きのドアは、両方へ、スーッとひらきました。

「あっ、なんにもいない! さっきのゾウは、どこへいったんだろう? そして、ノロちゃんは……。」

 小林君が叫びました。いかにも、その部屋は、からっぽなのです。ゾウも、怪黒人も、ノロちゃんも、かき消すように、いなくなってしまったのです。

 その部屋には、入口のドアのほかには、ひとつも出入り口はありません。窓もありません。それでいて、あの巨大なゾウが、煙のように消えてしまったのです。ああ、かわいそうなノロちゃんは、いったい、どうなったのでしょうか。


悪魔のなぞ


「ウフフフ……、どうだね。この魔法の種がわかるかね。さすがの小林君にも、これだけはわかるまいて。ウフフフ……。」

 老黒人は、人をばかにしたように、うすきみ悪く笑うのでした。

 小林、井上の二少年は、親友のノロちゃんが消えてしまっては、たいへんですから、部屋の中をグルグルまわって、どこかに秘密の出入り口はないかと、夢中になってさがしました。

 しかし、四方の壁も、てんじょうも、床も、かたいコンクリートで、どこにも、あやしいところはないのです。ああ、これはなんという、恐ろしい魔法でしょう。あの巨大なゾウが、厚いコンクリートの壁を、幽霊のように通りぬけて、どこかへいってしまったのです。

 さすがの小林少年も、この、とほうもないなぞは、どうしても、とくことができませんでした。人間の知恵では、考えられない悪魔のなぞです。

「ウフフフ……、こまっているね。きみは、さっき、インド奇術のなぞを、すらすらと、といたくせに、このなぞは、とけないのかね。ウフフフ……、それも、むりはないね。これは、魔法の、とっておきの大魔術だからね。きみの先生の明智小五郎にだって、わかりっこないよ。さあ、もうあきらめて、そとに出たらどうだ。いつまで、この部屋にいたって、ノロちゃんは、帰ってきやしないよ。」

 この老黒人は、魔法博士が変装しているにちがいありません。かれは、じぶんの魔術を、得意そうに自慢しているのです。

「ノロちゃんをどこへかくしたのです。かえしてください。ノロちゃんを、かえしてください。」

 井上少年が、老黒人のだぶだぶの着物をつかんで、一生けんめいに、たのみました。

「ウフフフ……、そんなに、心配になるのかね。よし、それじゃノロ君を、天国から取りもどしてやろう。だが、それには、一度この部屋を出なくてはいけない。そして、あの扉を、ぴったりと、しめきっておかないと、ノロ君は、もどってこないのだよ。」

 魔法博士の老黒人は、そういって、じぶんが先に立って、外の廊下へ出ていきます。二少年も、しかたがないので、そのあとからついて出ました。

 老黒人は、みんなが出てしまうと、あの大きなかんのん開きの扉を、ぴったりしめてしまいました。

「さあ、しばらく待っているのだ。わしが心の中でじゅもんをとなえると、あのゾウが、この部屋へ帰ってくる。天国から、おりてくるのだ。」

 そういって、老黒人は、目をつむり、両手を前にあわせて、なにか術を使うような、かっこうをしました。そうして、長いあいだ、じっとしていました。五分間ほども、目をつむったまま、身うごきもしなかったのです。

 すると、部屋の厚い扉の中から、ゴーッと、あの巨大なラッパのような、うなり声が、聞こえてきました。ゾウです。ゾウが、いま帰りましたと、あいずをしているのです。

 それを聞くと、老黒人は、目をぱっちりひらいて、ニヤニヤと笑いました。じゅもんのききめがあらわれたのを、よろこんでいるのでしょう。そして、つかつかと、扉の前にすすんで、両手でそれをひらきました。

 すると、ああ、どうでしょう。部屋の中には、あの巨ゾウが、のっそりと立っていたではありませんか。背中の怪黒人とノロちゃんも、もとのままです。

 小林、井上の二少年は、「あっ。」と叫んで、いきなり、そのそばへかけよりました。

 そのとき、背中にのっていた怪黒人は、ゾウの耳のうしろを、ペタペタとたたきながら、

「さあ、わしたちを、おろすのだよ。」

と、命令しました。

 ゾウは人間のことばがわかるらしく、いきなり長い鼻を、スーッと、じぶんの頭の上にあげて、ノロちゃんのからだに、巻きつけたかとおもうと、しずかに下へおろしました。つぎには、怪黒人も、同じようにして、おろしたのです。

 ノロちゃんは、下におろされると、いきなり小林少年にだきつきました。こわくてしかたがないのを、いままで、じっとがまんしていたからです。もう、あえないかと思っていた小林君たちの顔を見たので、すっかりうれしくなったからです。

「きみ、いったい、どこへいってたの? ゾウはこの部屋から、どうして、ぬけだしたの?」

 小林君は、まず、それをたずねました。するとノロちゃんは、へんな顔をして、

「えっ? ぬけだしたって? ぼくたち、ずっと、この部屋にいたよ。ゾウはすこしも、動かなかったよ。」

と答えました。

「なにをいってるんだ。この部屋は、いままで、からっぽだったじゃないか。きみはゾウといっしょに、どこかへ、消えてしまっていたんだよ。」

「へえ? おかしいな。そういえば、なんだか、スーッと、からだが、浮くような気持がしたけれども、この部屋からは、一度も、出なかったよ。」

 まさか、ノロちゃんが、うそをいうはずはありません。これはいったい、どうしたことでしょう。ノロちゃんは、部屋を出なかったといいます。しかし、部屋がからっぽになっていたことも、たしかなのです。

「ウフフ、小林君、そこじゃよ。魔法の種は、そこにあるのじゃよ。わかるまい。いくら名探偵でも、この秘密だけは、わかるはずがないのだ。」

 魔法博士の老黒人は、あざけるようにいうのです。小林君は、一生けんめいに考えました。しかし、いくら考えても、わかりません。いったい、そんなふしぎなことが、どうしてできるのか、まるで、けんとうもつかないのです。小さいノロちゃんひとりなら、どうにでもなるでしょうが、あの巨大なゾウが消えたのです。消えたかとおもうと、またあらわれたのです。そんなことが、できるはずがないではありませんか。

 読者諸君、この秘密が、わかりますか? やっぱり一つの奇術なのです。種があるのです。びっくりするような種があるのです。しかし、このなぞは、さすがの小林少年にも、とけなかったので、そのまま、秘密として残りました。やがて、その秘密のとけるときがくるのです。そのときには、おもいもよらぬ大騒動がおこります。そして、その騒動といっしょに、ゾウの消えうせたふしぎななぞが、とけるのです。


B・Dバッジ


 さて、お話かわって、小林君たちが、魔法博士のとりこになってから、五日ほどたった、ある日のことです。

 少年探偵団員の川瀬かわせ山村やまむらの二少年が、世田谷区のある町を歩いていました。ふたりとも小学校の六年生ですが、今日は日曜日なので、世田谷のお友だちをたずねた帰り道なのです。もう午後四時ごろでした。

 両側には、大きなやしきがつづいていて、あまり人の通らない、さびしいところです。ふたりが話しながら歩いていますと、道のまんなかに、ピカピカ光る、まるいものが落ちているのに、気づきました。

「なんだろう。お金かしら。」

 山村少年が、そこへ近よって、拾いあげてみました。

「あらっ、きみ、たいへんだよ。これ、お金じゃなくて、B・Dバッジだよ。」

「えっ、B・Dバッジだって?」

 二少年は、びっくりして、それをしらべました。ふたりは、小林、井上、野呂の三人が、五日もまえから、ゆくえ不明になっていることを、よく知っていたからです。もしや、あの三人が、じぶんたちの行くさきを知らせるために、落としておいたのじゃないかとおもうと、もう、胸がどきどきしてくるのです。

「裏をごらん。裏に名まえがほってあるだろう?」

「うん、ほってある。コ、バ、ヤ、シ、あっ、小林団長のバッジだよ。」

「じゃ、小林さんがゆくさきを、知らせるために、すてていったんだね。きっと、井上君やノロちゃんも、いっしょだよ。」

「うん、そうだ。さがしてみよう。少年探偵団の規則にしたがって、二十歩にひとつずつ、落としてあるはずだ。きみ、あっちをさがしな。ぼくは、こっちを見るから。」

 そこで、二少年は、地面を見ながら、はんたいの方へ、一歩、二歩、三歩と、足かずをかぞえて歩いていきました。

「あっ、あった。ここにあったよ。」

 うしろのほうへ歩いていた山村君が、第二のバッジをみつけました。

「よしっ、それじゃ、そっちの方角だね。ぼくもいっしょに、さがそう。」

 川瀬君は、そこへ走ってきて、それからは、ふたりでバッジをさがしながら進みました。十字路にくると、三つの方角をさがさなければならないので、てまどりましたが、でも、バッジを見うしなうこともなく、どこまでも、あとをたどることができました。

 読者諸君は、とっくにご承知のように、このバッジは、小林君たちが落としたのではなくて、魔法博士が、小林、井上、野呂の三人のバッジを集めて、部下の者に落とさせておいたのです。そして、明智探偵をおびきよせる計略なのです。

 川瀬、山村の二少年は、そんなことは、すこしもしりません。ほんとうに小林団長が落としていったものと、おもいこんで、一生けんめいに、そのゆくさきを、つきとめようとしているのです。

 だいいち、五日もまえに落としたバッジだったら、そのへんの子どもたちに拾われてしまって、なくなっていたはずです。それが、二十歩ごとに、ちゃんと落ちていたのは、まだ落としてから、まもない証拠です。でも、二少年は、そこまでは気がつかないのでした。

 バッジをさがしながら、いくつも町かどをまがっていきますと、赤レンガのきみょうな建物の前に出ました。五─六十年もまえにたてたような、古めかしい西洋館です。レンガべいがつづいて、門には、すかしもようの鉄の扉が、しまっています。

「おやっ、ごらん、ここに、こんなに落ちているよ。」

 その門の前に、バッジが十いくつ、バラバラと、落ちているではありませんか。

「あっ、これの裏には、イ、ノ、ウ、エ、と、ほってある。」

「こっちのは、ノロとほってあるよ。」

 小林君のバッジだけでは、たりなくなったので、三人のバッジを、よせあつめたのでしょう。

「それじゃあ、このうちが、あやしいんだね。」

「うん、そうだよ。こんなに、かたまって落としてあるのは、このうちへ、はいったというしるしだよ。」

「どうしよう。この門をよじ登って、しのびこんでみようか。」

「だめだよ。小林さんでさえ、とりこになったんだから、ぼくたちでは、どうすることもできやしないよ。はやく明智先生にしらせたほうがいい。そうすれば、先生がきっと三人を助けだしてくださるよ。」

「うん、そうだね。じゃあ、いまからすぐに、明智探偵事務所へ、かけつけよう。」


黒い怪物


 二少年が電車に乗って、千代田区の探偵事務所にかけつけますと、明智探偵は、おりよく事務所にいて、ふたりを書斎にとおして、話を聞きました。

「うん、そうか。よくみつけてくれた。それじゃあ、わたしが、助けだしにいくことにしよう。しかし、きみたちは、このバッジを、ほんとうに小林君たちが落としたのだと思っているのかね。」

 さすがに、名探偵は、はやくも、それをうたがっていました。

「ええ、みんな裏に名まえがほってあるんですもの。小林さんたちが、落としたにきまっています。」

 川瀬君が、ふふくらしく、答えました。

「ところが、わたしは、そうは思わないね。いいかね。小林君たちが、ゆくえ不明になったのは、五日まえだ。このピカピカ光るバッジが、五日のあいだ、だれも拾わないで、もとのままに落ちているというのは、へんだと思わないかね。」

「あっ、そうですね。それじゃあ……。」

「敵が、わたしを、おびきよせる計略だよ。そうとしか考えられない。だが、わたしは、その赤レンガの家へ、ひとりでいってみるつもりだ。そして、三人を救いだす。しかし、それには、すこし、準備がいる。いますぐというわけには、いかない。いくらいそいでも、四─五日はかかる。そのあいだ、きみたちは、このことをだれにも、いっちゃいけないよ。団員にも、秘密にしておくのだ。」

「でも、だいじょうぶでしょうか。四─五日も待っていたら、小林さんたちが、ひどいめにあうのじゃないでしょうか。」

 山村君が、心配そうにたずねました。すると明智探偵は、にっこり笑って、

「だいじょうぶだよ。わたしは、こんどの犯人の心もちを、ちゃんと見ぬいている。いままでは小林君にまかせて、なにもしなかったけれども、小林君から、くわしく報告をきいている。そしてわたしは、わたしで準備をしていたのだ。その準備が、もう四─五日で、できあがるのだよ。」

 ああ、明智探偵の準備とは、いったい、どんなことだったのでしょう。やがて、それがわかります。わかったとき、読者諸君は、きっと、「あっ。」と驚かれるにちがいありません。

「先生、準備って、どんなことですか。」

 川瀬君が、たずねました。

「それは、いまはいえない。わたしの秘密だよ。しかし、きっと三人を救いだしてみせるから、安心しているがいい。」

 明智探偵は、そういって、またにっこりと笑うのでした。

 お話はとんで、それから四日めの夜のことです。

 一台の自動車が、世田谷区のあの赤レンガの家の、百メートルほど手前でとまりました。

 その自動車の中から、まっ黒なものがあらわれました。頭からふわふわした、黒い大きなふろしきのようなものを、かぶっているのです。むろん人間にちがいないのですが、どんな顔の人間だか、どんな服をきているのか、足のさきまで、黒いきれにおおわれているので、すこしもわかりません。

 西洋の幽霊は、頭から白いきれをかぶって、ふわふわとあらわれますが、あの白いきれのかわりに、この人間は黒いきれをかぶっているのです。そのきれが、歩くたびにひらひらして、まるで黒いおばけのようです。

 黒い怪物は、レンガのへいにそって、宙をとぶように、門の前に近づき、そのまま、ふわりと、すかしもようの鉄の扉をのりこして、中へはいっていきました。そして、赤レンガの建物のよこをとおって、裏手の方へ、ふわふわとまわっていきます。なんだか、黒いかげが歩いているようです。

 まだ、夜の八時ごろですが、赤レンガの建物は、どの窓も、まっ暗で、寝しずまったようにしずかです。しかし、裏手の方に、一つだけ明るい窓がありました。

 黒い怪物は、その窓のそばへよって、窓のガラスをトントンとたたきました。

「だれだっ。」

 中から、男の声が聞こえ、だれかが、ガラッと、窓をあけました。三十ぐらいの人相のわるいやつです。この家が魔法博士のすみかとすれば、この男は博士の部下なのでしょう。

 男は窓をあけて、見まわしていましたが、外はまっ暗なので、よくわかりません。しかし、なんだか黒い大きなものが、ふわふわと動いているのに気がつきました。

「そこにいるのは、だれだっ!」

 もう一度、どなりましたが、黒いかげが、からかうように、ふわふわと動いているばかりで、逃げだすようすもありません。

「うぬっ、ひっとらえてくれるぞっ。」

 男はかんしゃくをおこして、いきなり、窓からとびだして来ました。

 それを見ると、黒い怪物は、さっと建物にそって逃げだしました。ひじょうなはやさです。男はふうふういいながら、そのあとを追っかけました。

 黒い怪物は、風のように走って、大きな建物を、グルッと、ひとまわりしました。そして、もとの裏手までもどると、ひらいていた窓から、さっと、家の中にとびこんでしまいました。

 男がそこへ、もどってきたときは、怪物の姿はどこにもありません。まさか、家の中へはいったとはしりませんので、しばらく、そのへんをさがしまわっていましたが、やがて、あきらめて、男も窓から、もとの部屋へはいっていきました。


ロウ人形


 部下は、このふしぎな事件を、すぐに首領の魔法博士のところへ、知らせにいきました。

 魔法博士は、奥まったところにある、りっぱな寝室で寝ていました。部下がはいっていきますと、絹のカーテンでかこまれた、大きな寝台の中から、「だれだ?」という声がして、カーテンの合わせめがひらき、そこから、金色にキラキラ光るきみの悪い顔が、ニュッとのぞきました。

 それが魔法博士なのです。魔法博士は黒ビロードのガウンをきて、黄金の仮面をつけて寝ているのです。それは、黄金怪人にばけるときにかぶる、あの仮面とはちがって、顔の前だけをかくす、ふつうのお面ですが、それが金色をした黄金仮面なのでした。

「ああ、きみか。いまごろ、なんの用事だ?」

 黄金仮面の三日月がたの口から、魔法博士の声が、とがめるようにもれてきました。

「なんだか、へんなやつが、わたしの窓の外をうろうろしていたのです。追っかけましたが、つかまりません。どっかへ消えてしまいました。まっ黒なばけもののようなやつでした。」

「そうか。そういう怪物が、やってくるだろうと思っていた。きみ、そいつが、何者だか知っているかね。」

「わかりません。先生は、ごぞんじなんですか。」

 部下は魔法博士のことを、先生とよんでいます。

「明智探偵だよ。わしが少年探偵団のバッジで、おびきよせたのだ。やっこさん、とうとう、やってきたな。だが、消えてしまったというのは、いったい、どうしたわけだ。くわしく話してみたまえ。」

 そこで部下は、窓からとびだして、怪物を追っかけ、建物をひとまわりしたことを、くわしく報告しました。

「ばかめっ!」魔法博士は恐ろしい声で、どなりつけました。

「きみは、うまく、いっぱいくったのだ。明智は、きみがあけておいた窓から、先まわりをして、とびこんだにちがいない。あいつはすばしっこいやつだからな。すぐに、みんなを集めて、家の中をさがしなさい。あいつはきっと、どっかにかくれている。」

 魔法博士にしかりつけられた部下は驚いて、部屋をとびだしていきました。二十人ほどの部下が、建物のあちこちに寝室をもっています。それを全部おこして、深夜の捜索がはじまったのです。

 魔法博士のすみかは、地上の建物だけではなくて、広い地下室があります。岩でできた廊下が、迷路のようにつづいて、その中にインド魔術をやってみせたあの大きな洞窟や、ゾウが消えた大きな部屋や、小林君たちが通った巨大な人間の胎内くぐりや、いろいろな地底のしかけがあるのです。また、出入り口も、赤レンガの建物だけでなく、小林君たちのもぐりこんだ原っぱの穴があります。

 そういう広いふくざつな、場所をさがすのですから、たいへんです。二十人の部下が手わけをして、大きな手さげ電灯をてらしながら、あけがたまでかかって、すみからすみまでしらべましたが、黒い怪物は、どこにもいません。どうしても、みつけだすことができないのでした。

 とうとう、夜があけてしまったので、捜索はいちおう、うちきることにしましたが、魔法博士は、明智がしのびこんだと信じていましたので、すみかの中ばかりに気をとられ、外のことが、おるすになっていました。

 それが、明智の思うつぼでした、明智は魔法つかいのようなふしぎな方法で、身をかくしながら、そのつぎの晩には、またふたりの黒い怪物を、博士のやしきの中へひきいれたのです。こんどは邸内に明智がいるのですから、しのびこむのは、わけがありません。真夜中に、明智のひらいてくれた窓から、そっとはいりこんで、どこかへ、姿をかくしました。ふたりとも、頭から黒いきれをかぶった、おばけのような人間でしたが、ひとりは、明智と同じくらいの大きさ、ひとりは、子どものように小さい姿でした。

 さてさいしょ、黒い怪物がしのびこんでから、二日目の真夜中のことでした。魔法博士は、黄金仮面をつけ、黒ビロードのガウンをきて、絹のカーテンにかこまれた寝台に寝ていましたが、ふと、物のうごめくけはいを感じて、目をひらきました。すると目の前にさがっている絹のカーテンの合わせめがひらいて、そこから、美しい西洋人の女の顔が、のぞきこんでいました。

 魔法博士は、それを見ると、おもわず、ぞっとしました。

 その顔は、美しいけれども、死人の顔のように動かなかったからです。それはロウでできた人形の顔だったからです。

 魔法博士の人造人間の部屋には、たくさんのロボットや、ロウ人形がおいてありました。それらの人形どもは、みんな機械じかけで動くようになっていました。このお話のはじめのほうで、井上少年とノロちゃんがいれられた部屋は、壁にいっぱい人造人間の絵がかいてありました。そして、男のロウ人形がでてきて、ふたりを黄金怪人のところへ案内しました。いま魔法博士の寝室にあらわれたのも、そういう人形のひとつだったのです。

 しかし、その自動人形が、どうして、いまごろ、ここへやってきたのでしょう。人形がじぶんの力で、かってに歩いてきたのでしょうか。

 あいては人形ですから、しかりつけるわけにもいきません。魔法博士は、だまって、人形の顔を見つめているばかりです。

 すると、美しい女の口から、しわがれた男の声が、かすかにもれてきました。

「魔法博士! きみの運命も、もうおしまいだよ。いまに恐ろしい破滅がくるぞ。」

 ロウ人形がものをいったのです。目も口も、すこしも動かないで、声だけがもれてくるのです。

 自動人形のことですから、ものをいうしかけがありましたが、それはきまったことばだけで、こんなかってなことが、いえるはずはありません。

 人形にたましいがこもって、生きた人間にかわってしまったのでしょうか。

 魔法博士は、ぎょっとして、身がまえをしました。

「きさま、何者だっ!」

 おもわず、どなりつけますと、人形は美しいロウの顔をすこしも動かさないで、奇妙な笑い声をたてました。

「エヘヘヘ……、わたしは、人形だよ。きみの作ったロウ人形だよ。」

「うそをいえ! わしは、そんな、かってな口をきく人形を作ったおぼえはない。さては、きさまは……。」

 魔法博士は、いきなり、人形にとびかかろうとしました。すると、人形の手が、カーテンの合わせめから、ヌーッと、出てきたかとおもうと、恐ろしい力で、博士の胸を、ぐんと、つきとばしたのです。

 ふいをつかれて、博士はベッドの上にたおれました。するとぱっと、カーテンがとじて、人の走る足音が、向こうの方へ遠ざかっていきました。そして、パタンと、ドアのしまる音。

 魔法博士は、やっとおきあがって、カーテンの外へ、とびだしましたが、もう、部屋の中には、だれもいません。人形は、いちはやく、逃げさってしまったのです。


まっかな滝


 魔法博士は、いそいでベルをおしました。ベッドのよこに、たくさんならんでいる、おしボタンの中の二つを、つぎつぎとおしたのです。

 すると、まもなく、ふたりの部下が部屋にはいってきました。ふたりとも、まっ黒な姿です。ピッタリと身についた、黒ビロードのシャツとズボン下、頭には黒い覆面をかぶって、目と口のところだけが、くりぬいてあります。

「いま、女のロウ人形が、ここへきて、わしをおどかしていった。あいつを、つかまえるんだ。」

 魔法博士が、妙なことをいいますので、黒覆面は、びっくりしたように、顔を見あわせています。

「はやくしないか。人造人間の部屋をさがすのだ。女のロウ人形は一つしかない。あいつが、くせものだ。とっつかまえて、ここへひっぱってこい。」

「なぜですか。なぜ、ロウ人形が、くせものですか。」

「ただのロウ人形じゃない。中に、人間がかくれているんだ。」

「えっ、人間が?」

「うん、いきた人間が、あのロウ人形の中に、もぐりこんでいるんだ。」

「いったい、それは何者です?」

「明智だっ! 明智のやつは、ロウ人形の中にかくれていたんだ。そして、いま、わしをおどかしに来たんだ。はやく、はやくつかまえないと、またどっかへかくれてしまうぞ。」

 それを聞くと、ふたりの黒覆面は、風のように部屋をとびだしていきました。そして、岩の廊下を、いくつもまがって、あの人造人間の部屋へたどりつきました。

 スイッチをおすと、ぱっと、部屋が明るくなりました。きみの悪い部屋です。四方の壁には、ありとあらゆる形の人造人間が、ウジャウジャと、むらがっています。それは壁にかいた油絵ですが、絵ばかりではなくて、ほんものの人造人間もいるのです。かくばった鉄の箱のようなロボット、まるい鉄のロボット、男のロウ人形、女のロウ人形、それらが、いくつとなく、部屋のなかに、つっ立っているのです。

 ちょっと見たのでは、どれがほんものか、どれが油絵か、見わけがつきません。みんなほんもののようです。そして、そのかぞえきれないほどの、おおぜいのロボットが、ワーッと、こちらへ、おしよせてくるように、見えるのです。

 女のロウ人形は、たった一つしかありません。それが、向こうのすみに、ほかの人造人間にまじって、じっと立っています。

 ふたりの黒覆面は、しばらく、そのほうを見つめていましたが、ロウ人形は、すこしも動きません。まったく、ロウでできた人形のように見えます。

 それは、十九世紀のヨーロッパの女の服をきていました。りっぱな夜会服です。腰のまわりがふわっと大きくふくれて、ひだのおおいスカートが、床にひきずっています。

 服からあらわれているのは、顔と手だけですから、その中へ、人間がかくれようとおもえば、かくれられないこともありません。手は、ほんとうの手に、青白いお化粧をすればよいのです。顔は、ロウ人形の顔の前のほうだけをきりとって、お面のように、自分の顔にあて、うしろは、人形の髪の毛を、じぶんの頭へ、くくりつけておけばよいのです。

 人形のからだの中には、いっぱい機械がはいっているのですが、それは取りだして、どこかへかくしてしまったのでしょう。

 ふたりの黒覆面は、そんなことを考えながら、おずおずと、女のロウ人形に近づいていきました。すると、ロウ人形が、かすかに動いたのです。こちらはびっくりして、立ちどまりました。そして、じっと、ロウでできた美しい顔を見つめました。

 ク、ク、ク、ク……という妙な音が、どこからか、聞こえてきます。どこでしょう。なんだか、ロウ人形の顔の中からのようです。

 ク、ク、ク、ク……という音は、ますます、はげしくなってきました。やっぱりそうです。人形が笑っているのです。声をたてぬようにがまんしながら、おかしくてしようがないというように、笑っているのです。

「き、きさま、明智だなっ。」

 黒覆面のひとりが、叫びながら、とびかかっていきました。

 しかし人形は、それを待ちかまえていたように、するりとたいをかわすと、いきなり、ドアのほうへ走りだしました。機械人形の歩きかたではありません。人間のように走るのです。

 もう、なんのうたがいもありません。ロウ人形の中には、たしかに、人間がはいっているのです。ふたりの黒覆面は、それを追っかけました。

 人形はおそろしいはやさで走ります。ドアをでて、岩の廊下を、いちもくさんに逃げていきます。両手で長いスカートをつかみ、それをヒラヒラさせながら、風のように走っていきます。

 ふたりの黒覆面も、ランニングには自信があるのですが、人形のはやさには、かないません。

 岩の廊下は、右に左に、まがっています。ときどき、石の階段をくだって、だんだん、地のそこ深く、はいっていくのです。

 やがて、広い洞窟の中に出ました。まっ暗です。

「スイッチをおすんだ。こう暗くってはしかたがない。」

 その声に、ひとりの覆面が、岩壁をさぐって、電灯のスイッチをおしました。すると、向こうのほうが、ぼーっと明るくなったではありませんか。なにか、もやもやした中に、巨大なちょうちんのような、まっかなものが、ドキンドキンと動いています。あの、とほうもない巨人の心臓です。ここは、れいの胎内くぐりの巨人の胃袋の近くだったのです。スイッチをおしたので、その心臓が動きだしたのです。

 ロウ人形は、巨大な胃袋へははいらないで、外がわを、心臓のほうへ、もぐりこんでいきます。黒覆面も、そのあとを追います。

 ネズミ色の雲のような肺臓や、胃袋や、食道や、気管が、いっぱいにひろがっているので、きゅうくつなせまい道です。人形は、からだをよこにして、そのあいだを、心臓のほうへ、もぐっていきます。とうとう、大きな部屋ほどもある巨大な心臓のそばまできました。もう、目の前が、まっかです。心臓から出ている太い血管が、うねうねともつれて、その中を赤い液体が流れています。そして、そこがいきどまりでした。

 ロウ人形は道をまちがえたのです。胃袋の中へはいれば、食道を通って、あの巨人の口から、外へ出られたのですが、胃袋の外がわへ、もぐりこんだので、心臓から向こうへは、いけなくなってしまったのです。

 ふたりの黒覆面は、とうとう人形をつかまえました。しかし、身うごきもできないせまい場所です。三人はただ、とっ組みあって、もがくばかりでした。

 すると、そのとき、恐ろしいことがおこりました。巨人の心臓から出ている大きな動脈が、パンと音をたてて、われたのです。血管がやぶれたのです。そして、まっかな液体が、どっと滝のように、流れだしてきました。

 三人とも、巨人の心臓の血にそまって、ぐっしょりぬれながら、なおも格闘をつづけていましたが、ついに人形は、ふたりの黒覆面のためにおさえつけられ、ロウ仮面を、はぎとられてしまいました。そして、その下からあらわれた顔は、ああ、やっぱり、明智探偵でした。魔法博士の部下は、明智探偵の顔を、よく知っていたのですから、まちがいはありません。

「きさま、明智だな。さすがに、先生は目がたかい。ロウ人形の中に、明智がはいっていることを、ちゃんと見ぬいたんだからな。」

 ふたりの黒覆面は、両方から明智探偵の手をとって、長い岩の廊下を、魔法博士の寝室にもどりました。明智はなぜか、逃げだそうともせず、おとなしく、ふたりにつれられてきました。

 三人が寝室にはいってくるのを見ると、魔法博士は、うれしそうに、からからと笑いました。

「とうとう、つかまえたぞ。明智先生、わしはきみを、ここへおびきよせて、とりこにするのが、さいごののぞみだった。そののぞみが、いま、かなったのだ。どうだ、魔法博士にかかっては、さすがの名探偵も、いくじがないじゃないか。ワハハハハ……。」


地底の牢獄


 魔法博士の黄金怪人は、なおも、ことばをつづけて、

「ウヘヘヘヘ……、明智先生、よくおいでくださった。お待ちしておりましたよ。ロウ人形にばけて、かくれているとは、いかにも明智先生らしい。だが、くもなく見つかってしまったじゃありませんか。え、明智先生、さすがの先生も、わしの計略にひっかかりましたね。え、わかりませんか? ほら、あのB・Dバッジですよ。あれは、少年たちが落としたのでなくて、わしの部下が、先生をおびきよせるために、落としておいたのですよ。ウヘヘヘ……、明智先生ともあろうものが、そんな手にひっかかるなんて、先生も、ちと、もうろくしましたね。ウヘヘヘ……。」

 黒覆面のふたりの部下に、両手をつかまれた、シャツ一枚の明智探偵は、魔法博士の黄金色の顔を見つめたまま、なにをいわれても、だまっていました。

「ところで、明智先生、わしは、あんたを、こうしてとりこにした。これからきみを訓練して、わしの部下にするのだ。それが、わしのさいごの目的だったのだからね。」

 明智はまだ、だまっています。

「おい、明智君、なぜだまっているんだ。わしの弟子になるのが、いやだとでもいうのかね。」

 すると、はじめて、明智が口をひらきました。

「部下になってあげたいが、どうも、それはむずかしそうだね。」

「えっ? むずかしいって? それはどういういみだ?」

「ぼくは、けっして、きみのとりこになんかならないからさ。」

 魔法博士の黄金怪人は、それを聞くと、あっけにとられたように、しばらく、だまっていましたが、やがて、大きな歯車の音をたてて笑いだしました。

「ウヘヘヘヘ……、とりこにならないって? ウヘヘヘ……、きみは、そうして、ちゃんと、つかまえられているじゃないか。もうどうしても、逃げだすことが、できないじゃないか。」

「ところが、ぼくは、つかまえられていないんだよ。まったく自由なんだよ。」

「えっ? まったく自由だって? ウヘヘヘ……、やせがまんも、いいかげんにしろ。それとも、わしの部下の手をふりはなして、逃げだすとでもいうのか。」

「逃げだすなんて、ひきょうなまねはしないよ。逃げださなくても、自由なんだ。きみのとりこには、なっていないのだ。」

 明智探偵は、なんだか、わけのわからないことを、いうのでした。

「えっ、逃げださなくても、自由の身だというのか。ウヘヘヘ……、からだは不自由だが、心だけは自由だというのだろう。」

「からだも自由だよ。ハハハ……、魔法つかいは、きみばかりじゃない。ぼくだって、こうみえても、魔法の名人だよ。」

 黄金怪人は、また、だまってしまいました。なんだかきみが悪いのです。明智のいうことが、よくわからないのです。明智のほうが、一枚うわてで、ばかにされているような気がします。しかし、弱みを見せてはならないと、いっそう大きな声で、笑ってみせました。

「ウヘヘヘ……、なんとでも、いうがいい。いまに、泣きべそをかかせてやるからな。おい、きみたち、明智を牢屋へたたきこむんだ。……いや、まて、ふたりぐらいでは安心できない。もうふたり、人数をましてやる。」

 黄金怪人は、そういって、ベッドのよこの二つのベルをおしました。すると、まもなく、ふたりの黒覆面の部下が、そこへ、かけこんできました。

「おまえたち四人で、明智を、牢屋へひっぱっていけ。けっして逃がすんじゃないぞ。それから、明智を牢屋へぶちこんで、かぎをかけたら、こんどは、小林と井上と野呂の三人の子どもを、となりの牢屋へぶちこむんだ。明智がつかまったと知ったら、あの子どもたちは、なにをやりだすかわからないからな。さあ、はやくつれていけ。」

 そこで、四人の黒覆面は、明智探偵の四方をとりかこんで、廊下へ出ていきました。そして、地底の階段をおり、岩の廊下を、いくつもまがっていきますと、そこに、恐ろしい牢屋が口をひらいていました。

 岩かべの一方をくりぬいて、二畳ほどの部屋のようなくぼみをこしらえ、その前に、太い鉄ごうしがはまっているのです。みると、おなじような岩の牢屋が、五つも六つも、ならんでいます。

 魔法博士ほどの悪者になると、いつでも、敵をとりこにしてとじこめておく、こんな牢屋を、ちゃんと用意しておくのでしょう。しかし、いまは、どの牢屋も空っぽで、だれもはいっておりません。

 黒覆面のひとりが、ポケットから、大きなかぎをとりだして、鉄ごうしについている、小さなひらき戸を、ガチャンと、ひらきました。

「さあ、先生、この中へはいって、おとなしくしているんだ。食事だけは、はこんでやるからな。」

 そして、四人がかりで、シャツ一枚の明智を岩の牢屋の中におしこめ、戸をしめて、カチンと、かぎをかけてしまいました。

「さて、こんどは、三人のチンピラどもだ。なにも知らないで、じぶんたちの部屋で寝ているだろう。あいつたちを、ここへ、しょっぴいてきて、となりの牢屋へ、ぶちこんでやるんだ。」

 かぎをもっている黒覆面が、そんなことをどなって、さきにたつと、あとの三人も、そのうしろから、ついていきました。

 しばらくすると、小林少年と井上少年とノロちゃんが、四人の黒覆面にかこまれて、牢屋の前まで、つれてこられました。少年たちは、寝まきではなく、ひるまの洋服をきせられているのでした。小林、井上の二少年は、へいきな顔をしていますが、おくびょうもののノロちゃんは、まっさおになって、いまにも、泣きだしそうな顔をしています。

「さあ、おまえたちは、明智のとなりの牢屋に、はいるんだ。厚い岩壁だから、明智と話なんかできやしないよ。」

 黒覆面のひとりは、また、かぎをとりだして、鉄ごうしの戸をひらき、三人の少年たちを牢屋の中へいれて、戸をしめ、かぎをかけました。

「これで、もうだいじょうぶだ。厳重な牢屋だから、こいつらが、いくらジタバタしたって、逃げだせるものじゃない。それじゃあ、先生のところへ、みんな、おしこめてしまったことを、報告にいこう。」

 そういって、四人の黒覆面が、歩きだしたときに、向こうのほうから、ピカピカ光るものが、近づいてきました。黄金怪人です。

「あっ、先生がおいでになった。……先生、ごらんください。明智のやろうも、三人のチンピラも、ちゃんと、牢屋に、とじこめました。」

 すると、黄金怪人は、あの歯車のような声で、

「うん、よくやった。これでもう、安心というものだ。これからは、わしが明智を、きたえてやる。つまり訓練をほどこすのだ。そして、わしの部下にしてしまうのだ。」

と、なんだか、きみの悪いことをいいました。そして、

「きみたちは、あっちへいってもよろしい。わしは、ちょっと、明智に話がある。そのかぎを、こちらへ、よこしなさい。」

 黒覆面が、かぎを黄金怪人にわたしました。

「よろしい。みんな、じぶんの部屋へ、帰りなさい。」

 四人の黒覆面は、命じられたとおり、牢屋の前から立ちさっていきました。あとには、黄金怪人が、ひとりだけ残ったのです。

 怪人は、いま、「明智をきたえてやる。」といいましたが、いったい、どんなことをするのでしょうか。なにか、拷問ごうもんのような恐ろしいことを、はじめるのではないでしょうか。


きちがい怪人


 それから、四─五時間たって、夜の明けるころでした。魔法博士の二十人の部下は、あるものは地上の部屋に、あるものは地底の部屋に、ひと部屋にふたり、または三人ずつ、ベッドをならべて眠っていました。

 しかし、みんな眠っているわけではありません。こうたいで、ひと部屋からひとりずつ、広い地底の岩の廊下を、すみからすみまでまわり歩いて、警戒しているのです。明智探偵や三少年の、とじこめられている部屋の前も、ときどき、その黒い覆面が通りかかります。そして、鉄ごうしのそとからジロジロと、のぞいていくのです。

 牢屋には小さい電灯がついているので、中はうすぼんやりと見えます。べつに異状はありません。さっき黄金怪人が、ひとりになって、明智探偵をきたえたらしいのですが、牢屋のすみに、うずくまっている明智は、べつにけがをしているようすもありません。となりの牢屋の三少年も、おとなしくしています。

 もう朝なので、早起きの部下は、じぶんの寝室のベッドからおきあがって、顔を洗いにいくものもあります。

 地底のある部屋で、ひとりの部下のものが目をさまして、ベッドの上で、もぞもぞやっていました。寝ているときは、黒覆面をとって、ふつうの寝まきをきています。ですから、顔がよく見えるのですが、ふさふさした黒い髪の毛、太いまゆ、ぎょろっとした目、ひらべったい鼻、大きな厚いくちびる。いかにも、悪者らしい人相のやつです。としは三十ぐらいでしょうか。その男が、ベッドの上に、半身をおこして、両手をぐっとのばして、大きなあくびをしたときです。ドアにコツコツと、ノックの音が聞こえました。

「だれだっ、たたいたりしないで、はいったらいいじゃないか。かぎはかかっていないよ。」

 男がどなりますと、ドアのとってが、グルッとまわって、スーッとひらきました。そして、そこからあらわれたのは、いがいにも、魔法博士の黄金怪人でした。

 それを見ると、男はびっくりして、ベッドからとびおり、床の上に直立して、

「おはようございます。」

と、ていねいに、あいさつしました。魔法博士は、用事があれば、ベルでよびつけるばかりで、部下の部屋へ、はいってくることは、めったにないのです。それが、朝っぱらから、ドアをノックして、はいってきたのですから、部下が驚いたのも、むりはありません。寝まき姿で、直立したまま、おどおどして、黄金怪人の顔を、見つめています。

「むこうをむけ!」

 怪人の歯車のような声が、命令しました。部下は、いわれるままに、うしろ向きになりました。

「両手を、うしろに出せ。」

 部下は、両方の手を、そっとうしろへまわしました。

 すると、黄金怪人が、どこからか、ほそびきのようなものを取りだして、パッと部下にとびかかり、うしろにまわした両手を、しばりあげてしまいました。

「あっ、なにをなさるんです?」

 それを、半分もいわせないで、黄金怪人は、白い布をまるめたものを、部下の鼻と口にあてて、ぐっとおさえつけました。しばらくそうして、じっとしていますと、男は気をうしなって、くなくなとたおれてしまいました。白い布には、麻酔剤がしみこませてあったのです。

 怪人は、「ウフフフ……。」と、ぶきみに笑いながら、たおれた男の足を、ほそびきでグルグル巻きにして、そのからだを、ベッドの下へ、おしこんでしまいました。

 この部下は、なにか悪いことをしたので、罰をくわえられたのでしょうか。どうも、そうではなさそうです。男は、べつに魔法博士をおこらせるようなことは、していなかったのです。それでいて、とつぜん、こんなひどいめにあわされたのです。魔法博士は、気でもくるったのでしょうか。

 それから、黄金怪人は、つぎつぎと、ひとりきりの部下の部屋にはいって、同じように命令し、同じように麻酔剤をかがせ、手足をしばり、ベッドの下におしこんでまわるのでした。

 これはもう、ただごとではありません。魔法博士の黄金怪人は、じぶんの部下を全部しばりあげて、身うごきできないようにしてしまうつもりらしいのです。いったい、これは、どうしたことでしょう。魔法博士は、ほんとうに、気ちがいになってしまったのでしょうか。

 ところが、そうして、六つの部屋をまわり、六人の部下をしばりあげ、七ばんめの部屋へはいったときです。ちょうど、その廊下を通りかかった黒覆面の部下が、ちらっと、黄金怪人の姿を見たのです。そして、「へんだな。」と思ったのです。

 その部下は、いま、魔法博士に呼ばれて、博士の寝室にいって帰ってきたばかりなのです。むろん、博士は黄金怪人の姿をしていました。その博士が、こんなところへ、あらわれるはずがないのです。博士の寝室から、ここまでは、一本道ですから、じぶんを追いこさなければ、あの部屋へはいることはできません。ところが、追いこされたおぼえはないのです。しかも、あの部屋へはいった黄金怪人は、反対のほうから、やってきたようです。

 黒覆面の部下は、あんまりへんなので、その部屋の前にしのびより、ドアのかぎ穴に、目をあてて、のぞいてみました。

 すると、その部屋の男が、黄金怪人に麻酔剤をかがされて、たおれようとしているところでした。部下は、びっくりしてしまいました。

「これはたいへんだ。博士が、あんなことをするはずはない。こいつは、ひょっとしたら、にせものかもしれないぞ。」

と思ったので、いそいで魔法博士の寝室へひきかえし、ドアをひらいて、とびこんでいきました。すると、そこには、ちゃんと、魔法博士の黄金怪人が、いすにかけているではありませんか。

「あっ、やっぱりそうだ、先生、たいへんです。もうひとり、黄金怪人が、あらわれたのです。」

 そして、くわしく、あの部屋のできごとを話しました。すると魔法博士も、はっとしたように立ちあがって、

「むろん、そいつは、にせものだ。だが、おかしいな。明智のほかには、だれも、ここへはいったやつはないはずだ。その明智は、ああして牢屋にとじこめてある。明智でないとすると、そいつは、いったい、何者だろう。よしっ、わしが、いってみる。きみも、ついてくるんだ。」

 魔法博士の黄金怪人は、黒覆面の部下といっしょに、いきなり部屋をとびだすと、さっきの部下の部屋へかけつけました。そして、その部屋のドアから十メートルほどのところまで、近づいたときです。

 ぱっと、そのドアがひらいて、中から黄金怪人が出てきました。もう、その部屋の部下を、ベッドの下におしこんでしまって、つぎの部屋へいくつもりなのでしょう。

「あっ、あれです。先生と、そっくりの姿をしています。」

 黒覆面の部下が、魔法博士にささやきました。こちらも黄金怪人、向こうも黄金怪人、ウリ二つの黄金怪人が、ふたりあらわれたのです。

「まてっ!」こちらの黄金怪人が、恐ろしい歯車の声で、どなりつけました。

 すると、向こうの怪人は、ぎょっとしたように、こちらを見て、立ちどまりました。十メートルをへだてて、そっくり同じ黄金怪人が、まっ正面から、にらみあったのです。

 じつになんともいえない、ふしぎな光景でした。

「ウヘヘヘ……。」

 向こうの黄金怪人が、歯車の音で、笑いました。おかしくてしかたがないというように、金ピカのからだをゆすって、大わらいをするのでした。そして、こちらのふたりが、あっけにとられているうちに、さっと、向きをかえると、まるで、金色の風のようなはやさで走りだし、岩の廊下の向こうの角を、まがってしまいました。

 こちらの黄金怪人と部下とは、すぐに、そのあとを追っかけましたが、角をまがっても、もうそのへんには、だれもいません。そのさきは、廊下が二つにわかれているので、どっちへ逃げたのか、わからないのです。

「おいっ、ほかのものを、みんなあつめろっ。そして、手わけをして、さがすのだ。はやくしろっ。」

 魔法博士の命令で、黒覆面の部下は、ほかの部下たちをあつめるために、そのほうへ、かけだしていきました。

 あとにのこった魔法博士の黄金怪人は、ふと気がついて、明智探偵を、とじこめてある牢屋をしらべてみようとおもいました。ひょっとしたら、明智が牢屋をぬけだして、黄金怪人にばけたのではないかと、考えたからです。

 魔法博士が、牢屋の前にいってみますと、鉄ごうしの中のむこうのすみに、シャツ一枚の明智探偵が足をなげだして、壁によりかかり、うとうとと、いねむりをしていました。

 すると、やっぱり、あの黄金怪人は明智ではなかったのでしょうか。なんだか、えたいのしれない、へんてこなできごとです。

「おい、明智先生、きみは、ずっと、ここにいたのだろうね。」

 魔法博士が、歯車の声で、どなりました。すると、明智は目をひらいて、大きなあくびをしながら、めんどうくさそうに、答えるのです。

「なにをいっているんだ。かぎがなければ、ここから出られるはずがないじゃないか。せっかく、いい気持でねむっているのに、じゃまをしないでくれ。」

 そして、またうとうとと、ねむりはじめるのです。

 魔法博士は、あきれたように、腕ぐみをして考えこんでしまいました。


びっくり箱


 そこで、またしても、広い地底世界の大捜索がはじまりました。二十人の部下のうち、七人は怪人のために麻酔剤をかがされたので、やくにたちませんが、残っている黒覆面の部下が、手わけをしてさがしまわったのです。

 魔法博士の黄金怪人も、三人の部下をつれて、地底の洞窟をさがしました。あのインド奇術をやってみせた広い洞窟です。しかし、そこにも、あやしいものは見あたりません。

 すると、そのとき、洞窟の入口の向こうから、「わーっ。」という声が聞こえてきました。そして、ひとりの部下が、あわただしく、かけこんできました。

「先生! いました。金いろのやつが、あらわれました。いま、みんなで追っかけているところです。すぐに、おいでください。」

 魔法博士は、それをきくと、「よしっ」と答えて、いきなり、かけだしました。

 うす暗い岩の廊下をまがっていきますと、向こうに、黒覆面の部下たちがむらがっていて、黄金怪人を、両方から、はさみうちにしていることが、わかりました。

 魔法博士の黄金怪人は、部下たちをおしのけて前に出ました。またしても、そっくり同じふたりの黄金怪人の対面です。

「ウハハハ……、とうとう、つかまえたぞ。みんな、こいつのよろいをぬがせて、正体をあばいてやれ! 中から、どんなやつがあらわれるか、わしは、それが、たのしみだよ。ウハハハハ……。」

 魔法博士が、ざまをみろというように、大きな声で笑いました。

「ウフフフフ……、そうはいくまいて。ここをどこだと思う。ほら、これを見ろ。おれは、ここまで、みんなを、おびきよせたのだ。そして、きさまの作ったびっくり箱を、こんどは、こっちが利用する番だよ。」

 いったかとおもうと、向こうの黄金怪人は、そこにある巨大なかんのん開きのドアに近づき、いきなり、それをひらいてとびこむと、中からドアをしめてしまいました。

 それは、いつか、ゾウが姿を消した、あのふしぎなコンクリートの部屋だったのです。何者ともしれぬ黄金怪人は、この魔法の部屋を、ぎゃくに利用して、じぶんの姿を消すつもりなのでしょう。

 それをみると、魔法博士の黄金怪人は、「あっ。」と、驚きの声をたてて、かんのん開きのドアの前にかけより、それをひらこうとしましたが、扉がこわれていて、外からは、ひらかなくなっていました。あの黄金怪人が、まえもって、扉をこわしておいたのに、ちがいありません。

 部下たちが、力をあわせて、ドアにぶっつかってみましたが、恐ろしくがんじょうなドアですから、そんなことで、びくともするものではありません。

「だれか工作箱を持ってこい。」

 魔法博士の命令で、工作の道具を入れた箱を持ってきて、いろいろやってみましたが、どうしても、ひらかないのです。そんなことをしているうちに、三分、四分と、時間がたち、やがて、ドアは、中から、さっと、ひらかれました。

 かんのん開きが、両方にひらかれた部屋の中を、一目みると、魔法博士も、部下たちも、「あっ!」と叫んで、たじたじとあとじさりをしました。じつに、とほうもないことが、おこったのです。

 巨大なびっくり箱の中には、十数名の制服の警官が、てんでにピストルをかまえて、整列していたのです。たったひとりの黄金怪人が、たちまち、十数名の警官隊に早がわりしてしまったのです。

 魔法博士と部下たちは、岩壁に背中をくっつけて、両手を上にあげていました。ふいに、十数ちょうのピストルを、向けられたのですから、どうすることもできません。

 ひとりが、十数人に早がわりする、この巨大なびっくり箱は、いったい、どんなしかけになっているのでしょうか。手品の種は、どこにあるのでしょうか。やがて、その手品の種が、みんなの目の前に、まざまざと、あらわれてきたのです。

 警官たちが、ピストルをかまえたまま、かんのん開きのドアの外へ出てしまいますと、部屋の中から、モーターのまわるような、ビューンという音が、かすかに聞こえてきました。そして、ふしぎなことが、はじまったのです。

 ひらいたままのドアの上のほうから、厚いコンクリートの棚のようなものが、しずかに、下へおりてきました。そして、その棚の上にピカピカ光る二本の足が、立っていたのです。黄金怪人の足です。コンクリートの棚が、下におりるにつれて、足から腰、腰から腹、腹から胸と、金ピカの怪人の全身が、あらわれてきました。

 これで、びっくり箱の秘密が、すっかりわかってしまいました。部屋が上と下と、ふたつつらなっていて、それがエレベーターのように、あがったり、さがったりするのです。コンクリートの棚のようなものは、上の部屋の床と、下の部屋のてんじょうをかねているわけです。このしかけで、ゾウが消えたり、あらわれたりしたのです。上の部屋の黄金怪人が消えて、下の部屋の警官隊があらわれたのです。

 上の部屋が、すっかりおりてしまうと、黄金怪人が岩の廊下へ、出てきました。

「ワハハハ……、魔法博士、おれのてなみがわかったか。きみの作ったびっくり箱を利用して、きみをつかまえてしまった。もうこうなれば、きみも運のつきと、あきらめるんだね。この警官たちは、裏の原っぱの洞穴ほらあなから、ひとりずつ、そっと、ひきいれて、このびっくり箱の中へ、かくしておいたのさ。見まわりをしているきみの部下に、二度見つかったが、そのふたりは、手足をしばり、さるぐつわをはめて、洞窟の外の草の中に、ころがしておいたよ。ワハハハ……。」


さいごの切札


 魔法博士と三人の部下は、さっきから、岸壁に背中をつけて、両手を上にあげたまま、じり、じりと、横のほうへ、いざっていきましたが、黄金怪人が、しゃべっているあいだに、ころあいを見はからって、さっと走りだし、すぐそばの、まがり角の向こうへ、姿を消してしまいました。

「あっ、逃げたぞっ。」

 警官たちは、すぐに、そのあとを追いました。黄金怪人も、いっしょに走りながら、

「ピストルは、おどかしにうつだけだよ。あいつを殺しちゃいけない。」

と、警官たちに、注意しました。

 角をまがると、向こうのほうを、魔法博士と三人の部下が、走っていくのが見えます。バーン、バーンと、ピストルの音が、岩の廊下にこだまして、ものすごく、とどろきました。むろんおどかしですから、相手にあたるはずはありません。

 それから、いくつも角をまがって、たどりついたのは、れいの地底の牢獄の前でした。

 魔法博士は、明智探偵のとじこめられている牢屋の戸を、手ばやくかぎでひらいて、中にとびこむと、どこからか、するどい西洋短剣をとり出して、明智探偵の胸をねらって、いまにも、さし殺す身がまえをしました。

 三人の黒覆面の部下は、小林、井上、野呂の三少年の牢屋にはいり、やっぱり、同じような西洋短剣をふりかざして、少年たちを、いまにも、さし殺そうとしています。

 それをみると、警官たちは、あっと驚いて、立ちすくんでしまいました。

「さあどうだ。ピストルが、うてるならうってみろ。ピストルよりも、この短剣のほうが、すばやいぞ!」

 魔法博士は、明智探偵を立ちあがらせ、その背中に、短剣の切っ先をあてがって、うしろから、おすようにして、牢屋のこうしの外に出てきました。

 しかし、警官たちは、どうすることもできません。近づこうとすれば、たちまち短剣が、明智の背中にささるのです。ピストルもだめです。魔法博士は、明智のからだを警官たちのほうに向けて、じぶんはそのうしろにかくれるようにしているからです。ピストルを発射すれば、博士ではなくて、明智探偵にあたってしまいます。

 魔法博士は、そうして、この場をきりぬけ、逃げだしてしまうのでしょうか? 警官隊は指をくわえて、それを見おくるほかはないのでしょうか?

「ワハハハハ……。」

 そのとき、とつぜん、大わらいの声がひびきわたりました。何者ともしれぬあの黄金怪人が、腹をかかえて笑いながら、警官隊の前へ出てきたのです。

「おい、それがきみのさいごの切札か。魔法博士、きみだけが魔法つかいだと思っていると、とんだまちがいだぞ。きみのほかにも、きみ以上の魔法つかいがいるんだ。その魔法の種を、あかすときがきたようだな。さあ、見るがいい。おれの顔を、よく見るがいい。」

 そういったかとおもうと、黄金怪人は、頭からかぶっていた黄金の仮面のネジをはずし、両手ですっぽりと、上にぬぎとりました。

 その下から、あらわれたのは? ……もじゃもじゃの髪の毛、広いひたい、濃いまゆ、一文字にむすんだくちびる。あっ! 明智探偵です。まぎれもない名探偵明智小五郎の顔です。

 じつに、とほうもないことが、おこりました。明智探偵がふたりになったのです。シャツ一枚で、魔法博士に短剣をつきつけられている明智と、黄金の仮面をぬいだ明智と、まったく同じ人間が、ふたりあらわれたのです。それが三メートルをへだてて、向かいあって立っているのです。

 魔法博士は、このふしぎな光景に、ぎょっとして、立ちすくんだまま、身うごきもできなくなってしまいました。

「おい、魔法博士。この明智小五郎には、だれが見てもわからないほど、そっくりのかえだまがあることを、知らなかったのか。そこにいるシャツ一枚の男は、ぼくのかえだまだよ。ほんものの明智は、きみなんかにつかまるほど、まだ、もうろくはしていないのだ。」

 金いろのよろいをきたままの明智探偵が、両手を腰にあてて、ゆうぜんとして、話しはじめるのでした。

「ぼくは、こんなこともあろうかと思って、黄金怪人の衣装を作らせておいた。ぼくは、それを持って、黒いマントに身をかくして、このやしきにしのびこんだ。そして、黄金怪人になりすまし、きみの部下の目をあざむいた。黄金怪人がふたりいるなんて、思いもよらぬことだから、きみの部下に出あっても、だれもあやしまなかった。きみが岩の廊下を歩いていると思ったのだ。

 ここへしのびこんだつぎの夜なかに、ぼくは、ある部屋の窓をひらいて、ふたりの人間を、そっと、中に入れた。そのひとりが、そこにいるぼくのかえだまなのだ。その男は、きみも知っているとおり、人造人間になりすましてかくれていた。もうひとりは子どもだった。それがどんな子どもだったかは、いまにわかるときがくるだろう。

 おい、魔法博士、きみは井上と野呂のふたりの少年をかどわかし、そのかえだまをつくって、グーテンベルクの聖書を盗みだした。しかし、それはきみのほんとうの目的ではなかったのだ。目的はぼくをとりこにして、きみの部下にすることだった。そこで、まず小林君をとらえ、ぼくが助けだしにくるようにしむけた。

 ぼくはきみの計略にかかったと見せかけて、じつは、その裏をかいたのだ。かえだまの明智のほうを、牢屋にいれさせ、安心させておいて、そのすきに、警官隊をひき入れた。警官隊はここにいるだけじゃない。裏の洞穴の外にも、建物のまわりにも、そのほか、あらゆる出入り口に、何十人の警官が見はりをしている。もうアリのはい出るすきもないのだ。


名探偵の勝利


 魔法博士は、思いもよらぬ明智探偵の出現に、すっかりどぎもをぬかれていましたが、さすがはくせもの、まだ、まいってしまったわけではありません。やがて、気をとりなおすと、恐ろしい歯車の音をたてて、笑いだしました。

「ウヘヘヘ……、明智先生、ところが、まだ安心するのは、早かろうぜ。見ろ! となりの牢屋には三人の子どもがいる。きみは、あの子どもたちが死んでもいいのかね。ウヘヘヘ……、おれが、ひとこと、さしずすれば、三人の部下の短剣が、ぐさっとささるのだ。それでもいいのかっ。」

 すると、こんどは、明智探偵のほうが、魔法博士におとらぬ、笑い声をたてました。

「ワハハハ……、きみは、なんという頭のにぶい男だ。まだ、さっしがつかないのか。それじゃあ、見せてやる。おい、きみたち、前へ出てきたまえ。」

 すると、むらがる警官隊が、さっと道をひらき、そのうしろにかくれていた三人の少年が、ニコニコして出てきました。小林、井上、野呂の三人です。

「どうだ、わかったか。きみの部下が短剣をつきつけている少年たちは、みんなかえだまだよ。井上、野呂のふたりは、きみが見つけだして、グーテンベルクの聖書を盗むときにつかった、あのかえだま少年だ。それを、べつの部屋にかくしておいたのを、ぼくが、牢屋にはいっているほんものの二少年と、すりかえたのだ。

 さっき、ぼくはにせの明智といっしょに、ひとりの少年を、このうちに、ひきいれたといった。それは小林君によくにた、かえだま少年だったのだ。いま牢屋の中にいるのは、そのかえだまのほうだよ。だから、ここにあらわれた三人のほうが、みんなほんものなのだ。じぶんでもかえだまを使うくせに、ぼくのほうのかえだまに気がつかないとは、きみもうかつな男だねえ。ワハハハ……。」

 魔法博士は、もう、グウのねも出ません。死にものぐるいになって、きょろきょろと、あたりを見まわしていましたが、「ちくしょうっ!」と叫ぶと、いきなり、向こうへかけだしました。

「待てっ! きみはさいごの手段として、火薬の樽に火をつけて、地底の国を爆破するつもりだろう。だが、そんなものを見のがすぼくではない。あの火薬は水びたしにして、使えないようにしてある。むだなあがきはしないがいい。」

「うぬっ!」

 魔法博士は、歯ぎしりをして、くやしがり、こんどは、別の道へかけだそうとしました。

「だめだっ、そっちもだめだよ。きみはゾウをはなって、ぼくらを、ふみ殺させようというのだろう。それもちゃんと手配がしてある。あのゾウは、警官と、警察からつれてきたゾウ使いに、番をさせてある。きみなんかを、近よらせるものじゃない。」

 それをきくと、かけだしていた魔法博士が、はっとして、立ちどまってしまいました。明智は、いっそう声をはげまして、さいごのとどめをさしました。

「魔法博士! きみが何者だか、ぼくが知らないとでも思っているのか。ぼくに、これほどのうらみをもっているやつは、ほかにはない。きみは、二十面相だっ! それとも四十面相と呼んだほうがいいのか。きみはなんどつかまえても、うまく刑務所をぬけ出して、しょうこりもなく、ぼくに復讐をくわだてる、執念ぶかい悪魔だっ! しかし、もう運のつきだっ! おとなしく、つかまるがいい。」

 正体をあばかれた魔法博士の二十面相は、ぎょっとして、立ちすくみましたが、そんなことで、かぶとをぬぐやつではありません。

 いきなり、こんどはまた、別のほうへかけだしました。警官たちは、「それっ」と、あとを追い、二十面相の黄金怪人にくみつきましたが、相手は死にものぐるいの悪魔です。恐ろしい力で、これを、ふりほどき、つきとばし、悪鬼あっきのようにあれまわって、岩の廊下を、奥へ、奥へと走っていきます。ピカピカ光る金色のかたまりが、岩かどにぶっつかり、ころがったかとおもうと、すぐ立ちあがって、めったむしょうに走るのです。

 バーン、バーンと、警官たちのピストルが鳴りひびきます。しかし、むろん、ねらいははずしているのです。そのたまが岩のてんじょうにあたってパッと火ばなを散らし、岩がくだけ落ちます。二十面相の黄金怪人は、そんなことに驚くものではありません。まるでピストルの音に、はげまされでもしたように、いっそう足をはやめて、走るのです。

 岩かどを、いくつもまがって、たどりついたのは、あの胎内くぐりの巨大な胃袋の前でした。二十面相は、いきなり、その胃袋の中へもぐっていきます。

 胃袋から食道、巨大なちょうちんのような心臓のわきを通ってのどに出ると、ぐにゃぐにゃした大きな舌の上をはって、巨人の口へ……。

 一つ一つの歯が、ランドセルほどもある、あの大きな口をはいだすために、下の前歯を乗りこそうとしたときです。二十面相の金いろの顔のなかから、「ギャーッ」という、なんともいえない恐ろしい悲鳴が、ほとばしりました。

 巨人の歯がぎゅっと、かみあわされたのです。そして、二十面相のからだが、そのあいだにはさまれて、おしつぶされそうになったのです。機械じかけでしめつけられるので、とても抜けだすことはできません。二十面相の黄金怪人は、ただ手足をばたばたやって、死にものぐるいに、もがくばかりです。

 明智探偵は、この巨人の胎内くぐりの機械じかけを、じゅうぶん研究しておいたのです。そして、二十面相がその中へ逃げこんだのを見ると、ちょうど歯のあいだから、はいだすときを見はからって、うしろのほうにあるスイッチをおし、がくっと歯をかみあわせるようにしたのです。

 それから、巨人の顔の前にまわった警官たちが、歯にはさまれて、もがいている黄金怪人を、なんのくもなく、しばりあげてしまいました。これが二十面相のさいごでした。こんどこそ、厳重な牢屋に入れられ、ふたたび日のめを見ることができなくなることでしょう。

 こうして、名探偵明智小五郎と小林少年の、かがやかしい手柄ばなしが、またひとつ加えられたのでした。

底本:「灰色の巨人/魔法博士」江戸川乱歩推理文庫、講談社

   1988(昭和63)年38日第1刷発行

初出:「少年」光文社

   1956(昭和31)年1月号~12月号

入力:sogo

校正:茅宮君子

2017年825日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。