禁断の死針
野村胡堂
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「旦那様、これは又大した古疵で御座いますが、──さぞ、お若い時分の、勇ましい思い出でも御座いましょう」
「いや、そう言われると恥かしい、後ろ傷をと言うわけでは無いが、相手の刃物が伸びて、腰車を妙に背後へかけて斬られて居るから、人様の前でうっかり肌を脱ぐと、飛んだ変な目で見られることがある──」
本所割下水に住んで居る、浪人者の原口作左衛門、フト呼び入れた年若い按摩に、腰骨へ斜に残った古疵を見付けられて、思わず赤面いたしました。年配五十左右、浪人とは言い乍ら裕福な暮しで、ツイ傍には、若い美しい妾のお元が、手廻しよく寝酒の世話をして居ようという、まことに気のきいた寸法です。
「いずれ果し合いとか、山賊退治とか、これに就ては面白いお話が御座いましょう、お差支が無かったら、お聞かせ下さいませ」
「ついぞ人に話した事も無いが、今ではもう言ってしまっても差支はあるまい、実は斯うしたわけ──」
原口作左衛門、気楽な心持で、ツイすらすらと口を滑らしてしまいました。
「今からザット二十年前、奥州仙台に武芸の道場を構えて居る頃、同じ町内に住んで居る、これも道場の持主、佐分利流の槍をよくした某と言うものと仲違いをした。
元はと言えば門弟共の啀み合いからであったが、互に若気の至り、引くに引かれぬ意地ずくになって、出逢い頭に果し合いをしてしまったものだ。その時受けたのが此疵──、尤もこれだけ斬られると一緒に、拙者の刀は相手の肩口から乳の下へかけて、袈裟掛けに斬り下げたから、この勝負は拙者の勝ちで、疵を受け乍らも、見事に相手を討ち果して退散したものだ、いやはや、若い時の事は、思い出しても冷汗が流れる──」
と言うのを聴いて、若い按摩はサッと顔色をかえました。が、後ろ向になって、腰の辺を揉ませて居りますから、原口作左衛門は少しも気が付きません。
「相手の槍術の先生というのは、何んと言う方で御座いましょう」
「忘れもしない、磯見要と言ったよ」
「すると、旦那は、若しや黒沢岩太郎様と仰しゃいませんか」
「エッ」
「いえ、驚きになるには及びません。実を申せば私も仙台の生れ、幼少の折、旦那様と磯見様との果し合いの話は承って居ります」
「そうか、──お前も仙台の生れか──」
「ヘエ、旦那様が道場を構えなすった、片町の河岸っぷちで生まれましたが、流れ流れて江戸へ参り、人様の足腰を揉まして頂いて、斯う細々と暮して居ります」
「そうかい、いや、世の中は広いようで狭い、うっかりした事は出来ないな」
「ヘッヘヘヘ」
黒沢岩太郎の原口作左衛門は、改めて按麿の顔を見詰めましたが、両眼全く潰れた、見る蔭もない若い按摩で、別に害意があろうとも思われません。うっかり口を滑らして、あわてた自分の態度が疎ましいような気がして、ツイ按摩の顔から眼を外らして、フッと口を緘んでしまいました。
「旦那様エ」
暫らくして按摩は声をかけます。
「何んだ」
「大層お肩が凝って居ります、鍼を一本打って置きましょうか」
「お前は鍼もやるのか」
「ヘッヘヘ、自慢では御座いませんが、鍼は漆検校の門弟で、佐の市とお聴き下されば、御存じの方も御座いましょう」
「漆検校の門弟佐の市、それは大した者だ、噂は聞いて居る、肩の凝の取れるようなのを一本やって貰おうか」
「ヘエ」
懐から取出した畳紙、それを開くと針枕が入って居て、中には、金の毫鍼が十本、短いのは一寸五分ほどのから、長いのは五寸ほどのまで入って居ります。
佐の市は手探り乍ら、馴れた様子で、その十番目の鍼を取り上げました、巻軸になった竜頭は六分、これは定法です、毛の様に伸びた穂は、四寸あまり、それを右手に摘み上げると、穂先を左の指の腹で軽く撫でて見ます。
「宜しゅう御座いますか旦那様」
五音の調子に少し顫えを帯びて居りますが、横になって妾お元の美女に眺め入って居た原口作左衛門、そこまでは気が付きません。
「あ、やって貰おう」
何心なく斯う申します。
左の示指と拇指で、作左衛門の首筋をピタリと押えた佐の市、これは圧手と言って、その道ではなかなかやかましいもの。伝書には「手に虎の児を握るが如く、薄氷を踏むが如く、深淵に臨むが如し」などと教えて居ります。
やがて佐の市の右手に、十番の大金鍼、毒虫の触覚のように動くと、圧手の間から作左衛門の項へ深々と打ち込まれます。
「アッ」
と苦悶の声、
「黒沢岩太郎覚えたか、按摩の佐の市とは世過ぎの仮の名、本名は磯見要の一子佐太郎、二十年目で敵の仇にめぐり逢うとは、日頃信心する観音様のお引合せ──、
盲の悲しさ、刀を持つ術は知らないが、鍼を持っては人に後れを取ろうとも覚えない、今打ったのは、十四経にも禁断の鍼として、固く戒めている頂門の死針、どうもがいても助かりようは無い、親の讐、覚えたか」
首筋に打った金鍼を、揉み込み揉み込み、佐の市は、見えない眼を剥いて名乗りかけます。
「己れッ」
原口作左衛門、漸く立ち直りましたが、もう身体がききません、僅に探り寄せた一刀、それでも武士のたしなみ、引抜き様、横にサツと払いました。
「あれッ」
斬られたのは、佐の市ではなくて、刃の下へ飛込んで来た妾のお元、
「お兄様、面目ない、──私はお前の妹のお元、悪人の手に誘拐かされて、心にも無い妾奉公、親の讐とも知らずに此奴に身を任せました、兄上様許して──」
「何? 妹、お元? お前は此処に居たのか、どれどれ、側へ寄って触らせて見せろ、お元ッ」
「お兄様、私ア斬られました、──お前の身代りに──本望、お詫びはあの世で──」
「何? 斬られた? 妹ッ」
盲と断末魔の女と、探り寄り探り寄り、血潮の中に犇々と掻い抱きます。
「漆検校、それに相違はあるまいな」
「ハッ、恐れ乍ら申上げます。佐の市の打ったる針は、十四経和語抄に掲げました、六百五十七穴の内の一つ、禁断の鍼とは思いもよらぬこと、決して間違いは御座いません」
証人とは申乍ら、検校の位を持って居る程の人物、まさか砂利の上へ坐らせるような事はありません、縁側の上へ座を与えて、町奉行の言葉からして至って丁寧です。
浪人原口作左衛門を、禁断の鍼で殺したという家人の訴で、按摩佐の市は、時の南町奉行、遠山左衛門尉直々の取調を受けて居ります。
「按摩佐の市、其方の師、漆検校の申すことに相違はないか、浪人原口作左衛門は禁断の死鍼を打たれて死んだのではなくて、日頃酒毒に身体を痛めて居るため、正道の鍼にも頓死したものであろう、何うじゃ」
情けの言葉、これに黙って平伏さえすれば、佐の市に何んのおとがめもあるわけはありませんが、それでは佐の市の心持がすみません。
「恐れ乍ら御奉行様、按摩佐の市が鍼を過って人を殺したとあっては、私ばかりの名折れでは御座いません。引いては師匠漆検校の恥にも相なります。私は決して左様な間違いを致した覚えは御座いません、原口作左衛門が死んだのは、項に禁断の死鍼を打った為、仔細あって、全く私が殺したに相違御座いません」
「何と申す、──」
「御奉行様お聞き下さいませ、原口作左衛門は本名を黒沢岩太郎と申して、二十年前私の父、磯見要を討ち果して奥州の仙台を立ち退いた極悪人、盲の私が二十年付け狙った親の讐で御座います。
呼び込まれて肩を揉んで居る内、計らずも洩らした問わず語りから、年頃尋ねた親の讐とはわかりましたが、刀を持つ術も知らない盲の私に、どうして討つことが叶いましょう。そうかと申して、親の讐は倶に天を戴かずと申します、これを見のがして、私の孝道が立ちましょうか。
幸い思い付いた鍼、卑怯には似て居りますが、按摩渡世の者に取りましては、武士の刃も同じこと、原口作左衛門の急所に一本打ち込んで、確かに殺したに相違御座いません、これを過ちや間違いにされましては、私の名は兎も角、師匠漆検校様のお名前に拘わります、仔細あって、禁断の項に打った鍼には、寸毫の間違いも御座いません、御奉行様」
佐の市は見えぬ眼をしばたたき乍ら、白洲の砂利を掴んで斯う申します。
「これこれ佐の市、何を申す、師匠漆検校の言葉を嘘にしてすむと思うか、其方の打ったのは、禁断の針では無い、あれは肩の凝を散らす鍼じゃ」
「御奉行様」
「黙って聞け佐の市、鍼は禁断の死針ではないが、盲の其方が、妹と心を合せて、親の讐を討ったのは殊勝な心掛け、褒めつかわすぞ」
「ハッ」
佐の市は思わず、白洲の砂利に額を埋めて嬉し涙に咽び入りました。昔の裁判はズボラなようで誠に味のあったもの、時は嘉永二年秋、桜の文身をして居たという名奉行、遠山左衛門尉景元の逸話、按摩の仇討という話はこれです。
底本:「野村胡堂伝奇幻想小説集成」作品社
2009(平成21)年6月30日第1刷発行
底本の親本:「講談倶楽部」
1929(昭和4)年9月
初出:「講談倶楽部」
1929(昭和4)年9月
入力:門田裕志
校正:阿部哲也
2015年5月25日作成
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