春の夕暮
中原中也



塗板がセンベイ食べて

春の日の夕暮は静かです


アンダースロウされた灰が蒼ざめて

春の日の夕暮は穏かです


あゝ、案山子はなきか──あるまい

馬嘶くか──嘶きもしまい

たゞたゞ青色の月の光のノメランとするまゝに

従順なのは春の日の夕暮か


ポトホトと臘涙に野の中の伽藍は赤く

荷馬車の車、油を失ひ

私が歴史的現在に物を言へば

嘲る嘲る空と山とが


瓦が一枚はぐれました

春の日の夕暮はこれから無言ながら

前進します

自らの静脈管の中へです

底本:「新編中原中也全集 第二巻 詩」角川書店

   2001(平成13)年430日初版発行

※底本のテキストは、著者自筆稿によります。

※()内の編者によるルビは省略しました。

入力:村松洋一

校正:hitsuji

2020年328日作成

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