詩と現代
中原中也



 由来芸術と時代との関係は、屡々取扱はれる所ではあるけれどもその問題本来の性質のせゐか、ハツキリとした結論に到達してゐる場合は、極めて稀である。そこで私は今此の問題を全体的に扱はうとする気持をなるたけ自分から排除したいやうに思ふ。その方がかへつて容易に真実に近づくことが出来るやうに思へるからだ。

 扨、現代が芸術にとつて、好都合な時代でないといふことは、漠然と乍ら、既に誰人の胸にも抱懐されてゐる所である。そして、恐らくそれは当つてもゐよう。勿論時代といふものは極めて包括的に観る場合にのみその姿を現すがやうなものであるから、現代が芸術のためには明かに不幸な時代であるとしてからが、それは必ずしも芸術家個人々々にまで直ちに不幸な時代といふことを意味しはしまい。然るに、とまれ、芸術が世界を通じて昨今衰微してゐることは争はれない所であらう。

 私はその衰微の原因の第一として、先づ論理的性格の欠乏といふことを指摘したい。──芸術といふものが、卑近な意味では、屡々女性的なものだとせられ、甚だしくは論理を無視する処から発生するとさへ考へられるにも拘らず、実は、芸術くらゐ論理的な謂はゞ男性的な性格と環境とを必要とするものはないやうに思はれる。之を倫理的にいひ直してみれば、信義ある時代にこそ芸術は容易に発展するものなのである。

 そんなわけで、信義に乏しい現今は、芸術家達が、恐らく甚だしい孤独に逐ひ込められてゐる筈である。信義に乏しい世間の前に、個人の信義は如何にも無力なものだし、もはや信義に篤からんがためには、人は自室に引籠るよりほかはないといふも過言ではない程だ。斯かる時純粋芸術が在りとするや、芸術が幸福な時代におけるよりも却てそれは謂はば純粋に過ぎる、純粋もいいが線が細過ぎる、といふやうなことが、いへるといふやうなことはなからうか?


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 話頭わとうてん、信義なき対人圏にあつて、芸術家が何を得るとしても何れは僅かなものである。出鱈目を相手に、精神的な何が得られよう? 斯かる時芸術家が、否応なしにひやられるのは風物の方へであり、世間がセチ辛くなればなる程、詩の方は却て浮世離れがして来るなぞといふことも、ありさうでないことではない。登山やハイキングなぞの流行といふこともそんな風なことかも知れぬ。

 扨、信義のない所にでも発達するものは、何であらうか? 信義がないからといつて、人間同志が会はなくてすむやうになるわけはない。かくてそこには心理的な発達が、精神の発展を踏み越えて進み出すのである。而してこゝで謂ふ心理的発展とは、所詮修辞的発達の意である。

 私の観る限りにおいて、現今社会は恐ろしく修辞的であり、謂はば人々は如才なさ、抜目のなさを獲得しようとする時にばかり、全的に活気を呈するといつた有様である。

 而も猶一方、その「修辞的」だけにも安住しきれないものがあつて、かくて観念的要求といふかそれとも宗教的要求といふかともあれさうした要求と、修辞的要求とは互ひに反動的関係に立つて、個人の内部で鬩ぐのである。いつてみれば斯の如きが近代智識人の姿であらう。

 然るに茲に、観念的な、或ひは宗教的な要求の達成といふことよりも、修辞的、心理的要求の達成といふことの方が、遥かに多くの人の歯に合ふといふことがある。それといふのが修辞的熟達とか心理的洗練といふことは、即ち二枚目的なことであつて、えてして俗への道である。心理的洗練そのものが俗だとはいへまいが、心理的洗練の他に精神的渇望だの信念だのと呼ばれるものがない限り、人は俗物たらざるを得まい。ところで現今精神的渇望だの信念だのの方は微々たるものであるので、所詮現今の社会たるや、卑俗なものといはねばならぬ。


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 斯の如き時代にあつて、芸術が容易に圧倒されることは、さもありさうなことであらう。一口にいへば、現代は、如何にも信義に乏しい、非論理的な、修辞的発達のみは容易にされた──さうした時代である。明らかに芸術にとつてそれから恐らく人間性にとつても不幸な世の中なのであらう。

 扨、我々は、斯かる時にも猶環境の詮議を遂に女々しいことであるとした古人の考へに従ふべきであらうか?──恐らくそれはさうであらう。そして茲で何がなし附加へてみたいのは、孤独を恐れぬこと、といふことである。

 言ひ得てゐない所もあるかと思ふが、何分締切間際の事故、何分の御察しを願ふ。

 終りに、何かの御参考にまで、イェーツの言葉を記して置かう。

「自己以外のものと争ふことは修辞を作り、自己と争ふことは詩を作る」

(三六・一〇・五)

底本:「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」角川書店

   2003(平成15)年1125日初版発行

底本の親本:「早稲田大学新聞 第五一号」

   1936(昭和11)年1014日発行

初出:「早稲田大学新聞 第五一号」

   1936(昭和11)年1014日発行

※()内の編者によるルビは省略しました。

※底本巻末の編者による語注は省略しました。

入力:村松洋一

校正:noriko saito

2015年316日作成

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