錢形平次捕物控
富士見の塔
野村胡堂




「親分、金持になつて見たくはありませんか」

 八五郎はまた途方もない話を持ち込んで來たのです。やがて春の彼岸ひがんに近い、ある麗らかな日の晝過ぎ。

「又變な話を持つて來やがる、俺は今うんと忙しいところだ。金儲けなんかに取合つちや居られねえよ」

「何が忙しいんです、──はたで見ると隨分呑氣さうですね。日向に寢そべつて本なんか讀んでゐて」

「それが忙しいんだよ。曾我そがの五郎が助かるか、殺されるかといふところだ──」

「そいつは、何處の親類で?」

「曾我物語といふ本に書いてある話だよ。俺の親類の五郎さんぢやねえやな」

 平次は自若として、まだ物の本に讀みふけつて居ります。

「呆れたものだ。そんな心掛けだから、親分は何時までも貧乏してゐるんですぜ」

「あれ、變なことを言ふぢやないか。お前は今日、俺に意見をするつもりで來たのか」

「そんなつもりぢやありませんがね。こいつは、鼻の先にブラ下がつてゐる金儲けですぜ。ちよいと親分が知識を働かしてくれさへすれば──」

「お斷りだよ、八。俺はそれどころぢやないんだ」

「五郎さんが死ぬか生きるか──といふ話でせう。それはそれとして、兎に角、この話を聽いて下さいよ。親分が乘り出す出さないは別として、あつしの仕事だと思つて、ちよいと相談に乘つて、女の子を二三人助けてやつて下さいよ」

「あれ、今度は泣き落しと來たのか。金儲けがゑさぢや俺は不精になるばかりだが、八に泣かれちや、そつぽを向いて居るわけにも行くまい、──一體どこの國にでつかい金山があるんだ」

 平次はようやく本を閉ぢて、八五郎の方に向き直りました。日向ひなたの梅は丁度咲ききつて、屋根に燃える陽炎かげろふが、うつら〳〵と眠りを誘ひます。

 何處かで鳴る初午はつうまの太鼓。

「有難いね、親分が乘り出してくれさへすれば、こんな話は朝飯前に片付きますよ。うまく行けば、褒美の金が百兩──怒つちやいけませんよ。あつしだつてそんな目腐れ金なんか當てにして居るものですか、三人の女の子の喜ぶ顏を見て──」

「百兩が目腐れ金か、八五郎も氣が大きくなつたぜ。でも、そんなものより、三人の女の子の喜ぶ顏が見たいといふのは嬉しいな」

「尤も、三人のうちの一人は取つて五十三になる」

「恐ろしくふけた女の子ぢやないか、兎も角、その女の子は何處に居るんだ」

「親分も知つて居なさるでせう、十二そうえのき長者──新宿から角筈へかけて、一番大地主で、家には鎌倉の執權しつけんとかの、お墨附を持つて居る」

「知つてゐるとも、當主は太左衞門とか言つた筈だ」

「その太左衞門は一年前にくなつたが、何百年も溜めた寳が、どう積つても萬とある筈だといふので、家中の者から遠い近い親類まで寄つて、天井裏から床下、屋敷の居廻り何萬坪といふ大地の皮まで引つ剥がして見たが、小判のかけらも出て來ない」

「よくある奴だよ」

 平次は一向氣の乘らない顏で聽いて居ります。銀行も有價證劵もなかつた時代は、打ち續く戰亂と、盜難から免れる爲には、金持長者といはれるともがらはその財産の保護と隱匿に畢生ひつせいの知識を絞つたものです。

「金は何處かにあるには違ひありません。出來星の商人なら、有るやうな顏をしても寳はなかつたといふ話もありますが、えのき長者は何代前から傳はつた大地主で、現に一年前に死んだ主人の太左衞門が、先々代から家督を讓られた時は、小判で何千兩の外に、砂金から海鼠なまこまで、床の拔けるほどの金を積んで、親類立會ひの上に引渡されたと、話の種にまでなつて居ります。その金が太左衞門一代のうちに、煙のやうに消える筈はありません。太左衞門は名題の堅造で、遊びや道樂は言ふまでもなく、酒も煙草も大嫌ひといふ男で、危ない橋を渡る筈もなく、六十年の一生かゝつても、榎長者の身上しんしやうを大して殖やしもしなかつた代り、百文とも少なくした筈はないと、これは誰でも言ふことですよ」

「そこで何うしようと言ふんだ」

「主人太左衞門が不意に死んで一年、何百人の手をかけて搜したが、小判の片らも見付からないでは、第一後家のお照さんが承知しない。せめて錢形の親分にでもお願ひして、その寳を搜し出してくれと、散々あつしが拜まれましたよ。後家のお照さんは取つて五十三だ。拜まれたつて嬉しくも何んともないが、娘のお豐は二十三で、妹娘のお光は十八。こいつがまた、滅法可愛らしい」

「お前が一生懸命になるところを見ると、いづれそんな事だらうよ」

「で、親分、少し道は遠いが、行つてくれますか」

「嫌だよ。褒美付の寶搜しなんか」

 平次はまことに劍もほろゝです。



 それから三日經ちました。

 平次は仕事にまぎれて、十二そうの榎長者の一件を、忘れるともなく忘れて居りましたが、又思はぬ人の出現で、その印象を新にしたのです。

「御免下さい。私は角筈の與八郎といふ百姓でございますが、親分さんにお目にかゝつて、是非お願ひ申上げ度いことが御座いますが──」

 入口にねばつて、女房のお靜を手古摺てこずらせてゐる中年男があつたのです。その調子は慇懃いんぎん朴訥ぼくとつでさへありましたが、押しが強くてわけがわからなくて、てこでも動かない執拗しつあうなところがあつたのです。

「此方へお通し申すが宜い。俺が逢つてやるから」

 平次はお靜に助け舟を出しました。

 お靜はホツとした樣子で、この強情なお客樣を案内して、お勝手へ逃げ込んでしまひました。

「これは錢形の親分さん、飛んだ無理を申しました。私は角筈の百姓で、與八郎と申しますが、これはほんの御挨拶の名札代り、私のこゝろざしでございます」

 手拭を小さく疊んで、その上に並べたのが、何んとピカピカする山吹色の小判が五枚。これだけの音物いんもつを持つて來たんだ、安く扱つて貰ひ度くねえ──と言つた傲慢さが、獅子つ鼻の先にブラ下がつて居ります。

「これは何んだえ。與八郎さん──とか言ひなすつたね」

 平次はきつとなりました。

「へエ、さう改まると困ります。まことに輕少でございますが、煎餅せんべい代りのお土産で」

「冗談言つちやいけねえ。煎餅なら煎餅で宜い、有難く頂戴もしようが、小判は天下の通用金だぜ」

「へエ」

「それも、五兩と揃つては大金だ。こちとらはお上の御用を勤めて、命を的に働いて、年にいくらの御手當を頂くと思ふ?」

「へエ──」

「こんなのを持つて來るのは、いづれ良くねえ相談だらう」

「飛んでもない、親分」

「とつとと歸つて貰はう。五兩が五百兩、五萬兩と積んだつて、お前さんの頼みはもう聽かないときめたよ。サア、早く腰をきらねえと、俺は明神樣の氏子で氣がはええ、大木戸の先へケシ飛ばされてから氣が付いちや、遲いぜとつさん」

 平次は本當に怒つた樣子です。が、相手はそんな事に驚く柄ではありません。

 若い時分は草角力くらゐは取つたらしい、四十二三の見事な恰幅で、澁紙色の皮膚、眼が少し血走つて居りますが、ニヤリニヤリと不斷の笑みをふくんだ顏は、田舍のボスによくある型です。身扮みなりは少し光り過ぎて、持物もなか〳〵洒落しやれて居るにしては、着物の折目も崩れ、頭も取亂したまゝ、何んとなく不調和な感じを持たせるのは何んとしたことでせう。

「これは、飛んだ粗相をいたしました。少しばかりの手土産が、反つて親分のお氣に觸つては、精一杯のつもりで用意した、私の考へ違ひでございます。ご勘辨を願ひます」

「──」

「早速これは引つ込めますが、親分さん、私は決して、良くない事をたくらんで、親分さんのお力を拜借に參つたのではございません。私ののを私の手で取出すについて、力も思慮も及ばないことがあり、それを親分さんにお願ひして、よい智慧を拜借しようと思つて參つたのでございます」

「?」

「親分も御存じかと思ひますが、十二そうの榎長者太左衞門」

「えツ?」

「昨年の春亡くなりましたが、あれが私の義理の兄でございます」

 平次もツイ膝を進めたのです。この間八五郎が持つて來たばかりの寶搜しの話を、今度は人を替へて、先代の主人太左衞門の義弟が持込んで來たのでせう。

「それならよく知つてゐるよ。榎の長者太左衞門ののこした、何萬兩とも知れぬ寶、それが何處に隱してあるかわからないから搜してくれといふのだらう」

「へエ、よく御存じで」

「それは、御免蒙るよ。寶搜しは俺の柄ぢやないから」

 平次は先を潜りました。この物慾の旺盛らしい男に、何時までもねばられては叶ひません。

「でも、それだけぢやございません。私は毎晩、得體の知れないものにおびやかされて、痩せる思ひをして居ります」

「お前が痩せる、──そいつは願つたり叶つたりぢやないか」

 平次もツイからかつて見度くなりました。このたくましい中年過ぎの男は、肉も脂も人並以上について居り、幽靈やお化けに脅かされたくらゐのことでは、簡單に痩せさうもなかつたのです。

「おからかひで、へエ、──私は斯う丈夫さうには見えますが、根が弱氣で損ばかりして居ります。現に榎長者の身上だつて、強つて申立てさへすれば、弟の私のものになる筈でしたが、兄嫁やめひ達が可哀想なばかりに、私はうるさい事も言はずに引つ込み、少しばかりの土地と、兄が建てた富士見の塔を一つ貰つただけで我慢をして居るやうなわけでございます」

 與八郎はわけのわからぬ事を、辯解らしくクドクド言ふのです。

「そいつは變ぢやないか。主人の太左衞門が死ねば、後家のお照さんとかいふのと、その娘達が跡を取るのが當り前のことぢやないか」

「それは世間並のことで、えのき長者は代々、男でなければ、家督を取らないことになつて居ります」

「隨分勝手な話ぢやないか」

「そんなことで、私は兄の建てた富士見の塔に入り、ざつと半年暮しましたが、近頃になつて、時々不思議なことが起ります。取立てて申す程もございませんが、この儘ではどんなことをされるかわかりません」

「──」

「それにつけても、一日も早く手に入れ度いのは、兄が隱した寳で、──私はそれを兄が建てた富士見の塔に隱したに違ひないと思ひます。半年の間私は隨分搜して見ましたが、この上は親分さんのやうなかたに見て頂いて、ないものならないやうに、諦めてしまひ度いと思ひます」

 與八郎の話は妙に哀れつぽくなりましたが、平次はまだこの寳搜しに乘り出さうといふ氣にはならなかつたのです。



 それから又三日目、半狂亂の女が、明神下の平次の家へ飛び込んで來ました。

「親分、大變な者が──」

 居合はせた八五郎が、取次に出てきもをつぶしたのも無理もないことでした。

 これでも女には相違ない三十五六の、それも滅法色つぽいのが、恥も外聞も構はぬ取亂した姿で、疲勞と息ぎれにヘトヘトになりながら、

「お助け、親分さん。私は、私は──」

 と、格子にすがり付いたまゝ、ヘタヘタと入口に坐り込んでしまつたのです。

「お神さん、何處から來たんだ。用事は、用事は?」

 八五郎が援け起すと、その腕にもた〳〵と縋りつきながら、

「私の夫が殺されました。──いえ、殺されたに間違ひありません。私が叔母さんのところに泊つて一と晩居なかつたばかりに」

 女は上がりかまちに這ひ上がりながら、ドツとせきをきつたやうに泣き出すのです。

「お前の配偶つれあひといふのは誰なんだ、──お神さんは餘程遠くから來たやうだが」

 あまりのことに、平次も立上がつて來ました。

「私の夫は、與八郎。角筈の榎長者の弟、私は、その配偶のお半」

「何? あの達者さうな與八郎が殺されたといふのか」

「殺されたに違ひありません。あんな目ざとくて身體の丈夫な人が、富士見の塔で燒け死ぬなんて、そんな馬鹿なことがあるものでせうか」

 お半は敷居に噛りつくやうに、泣きわめくのです。

「よし、十二そうまで遠いが、日のあるうちには着くだらう。行つて見ようか、八」

 平次は到頭乘り出す氣になりました。寶搜しは嫌ひだと言ひ續けながら、この寶搜しには一と役買つて出ることになつたのです。

 十二社のあたりは、新宿からは田圃たんぼ續きでろくな百姓家もない頃でした。その森を背負しよつた一角、申分なく田園的なところに、えのきの長者の、豪勢な屋敷はあつたのです。

 漆喰しつくひの土塀をめぐらして、作りは一應百姓家には相違ありませんが、數代傳はる暮しの贅澤さに、何處となく金にも人手にも飽かした構へで、大戸を開けて百姓家らしい土間へ入つた平次も、何んとなく見當の違つた心持です。

「神田の平次」

 と名乘ると、平次を知つてゐる者が幾人かあり、後ろから跟いて來た八五郎は顏馴染で、忽ち二人は、彌次馬の中に包圍されてしまひます。

「火事があつたさうぢやないか」

 平次はそれらしくも見えぬ、家の四方あたりを見廻しました。

「屋敷の後ろの、富士見の塔が燒けましたよ」

「お前は?」

「親類の者で、多見治と申します」

 それは丈夫さうな若い百姓でした。

「少し調べ度いことがある。案内してくれ」

「へエ」

 平次と八五郎は、この野趣やしゆ滿々たる若者──丈夫さうで正直さうな男に案内されて、大きな百姓家を一と廻り、裏の木立を拔けて、見晴しの良い西側へ出ました。此處からは成程富士が目の前に大きく見えさうです。

 が、その富士を見るために出來た富士見の塔は、無殘にも燒け落ちて、燒け殘つた材木は、まだブスブスといぶつて居ります。

 殘つて居る彌次馬は二三人。燒跡から引出した與八郎の死骸には、形ばかりのむしろをかけて、誰とむらふ人もない有樣です。

 平次はその燒跡に近づくと、燃え殘りの材木を、念入りに調べ始めました。

「この塔の高さは?」

 平次は多見治をかへりみました。

「三階建の見事なものでした。──でも二階は形ばかりで、梯子はしごは三階から通した長いもの、上には四疊半ほどの部屋があつて主人の太左衞門が死んでからは、與八郎さん夫婦が住んで居りました」

「景色は良かつたことだらうな」

「それはもう、箱根はこねの山の上に富士が見えて、それは見事な眺めでした。亡くなつた主人の太左衞門はこの景色が好きで、一日に一度づつは、この塔に登つて四方あたりの景色、見渡す限りの自分の土地を見渡して喜んで居りました」

「火は何處から出たのだ」

「それはわかりません。多勢の者が驅けつけた時は、塔の中は火の海で、二つの戸口は中から嚴重に締つて居り、いくら呼んでも、與八郎さんの返事はなかつたと申します」

「塔のゆかは、少し高くなつて居たことだらうな」

「お寺の縁のやうに少し高くなつて居りました。三階へ登る梯子と同じやうな恰好で、短かい──三段ほどの階子段が前と後ろにありましたが、燒けた後で見ると、不思議なことに、後ろの段があるだけで、前の段々はなくなつて居ります」

「さう言へば、下から三階へかけてあつたといふ梯子もないぢやないか」

「そんな筈はありません。水は近いし、龍吐水りうどすゐが五六本あつたし、思ひの外早くしめした筈ですが──」

 燒け殘つた柱や床の中にあるのは、三階へ掛けてあつた長い梯子とは思ひも寄らぬ、短かい梯子の燒け殘りが、それと思ふ邊りにあるだけ、──たつたこれだけの事ですが、平次はこの火事からもう、に落ちない矛盾むじゆんを發見して居たのです。

 燒跡を見た後、むしろを剥いで與八郎の死骸を改めました。が、これは唯の燒死人で、大した變りもなく、唯この恰幅で燒け死んだといふことに、一脈の不思議さを感ずるだけ、取立てて不審を打つ點もありません。

「家中の者に逢つて、急いで歸るとしようか」

 平次は沈みかける夕陽を眺めて居ります。明後日は彼岸ひがんの中日、いよ〳〵寒さともお別れと思ふせゐか、田圃の眺めもなか〳〵の風情です。



「親分、──この與八郎の死骸が、少し變ぢやありませんか」

 八五郎が變なことを言ひ出しました。

「何が變なんだ、八」

「親分に教はつたことがありましたが、燒け死んだ人の口や鼻の中は、灰が一パイに詰つて居るといふことでせう」

「その通りだよ」

「ところが、この與八郎の口や鼻には、灰も炭もありませんよ」

「な、何んだと」

 平次はまさに背負つた子に淺瀬を教はつたやうなものでした。そんな事は町方の役人は誰でも知つて居ることで、平次は素より忘れようのない常識だつたのですが、春の陽が富士の左肩に沈みかけて、暮色が蒼然と四方あたりをこめると、神田まで歸る途の遠さを考へて、ツイ、そんな簡單な注意までも忘れてゐたのです。

 八五郎は後になつて、一と晩留守をさせるお靜姐さんのことを案じたからだと言ひます。

「八、俺は、此處へ泊るよ」

 斯う平次が言ひ出したのも無理はありません。事件の裏から、容易ならぬものが覗いて居るのです。

あつしも泊つて宜いでせう、親分」

 八五郎はそれに便乘しました。死人の口の中の灰よりは、この榎長者の娘、お豐、お光の、江戸にも珍らしいきりやうが注意をひいたのでせう。

 多見治たみぢは二人を案内して、もう一度母屋おもやへ引返しました。足の下に近くの田圃を眺めて、遠く富士を望む塔から來ると、母家は木立の中に隱れて、なんの眺めもありませんが、百姓家ながらその物々しさといふものはありません。

 平次と八五郎の姿を見ると、僅かばかりの近親を殘して、村人達は大抵歸つてしまひました。

「神田からお出で下すつたさうで、御苦勞樣でございます。私はこの家の後家で、照と申します。今晩はゆつくりお泊り下すつて、私や娘達に、良い知識をお授け下さいますやうに──」

 五十二三の、しつかり者らしい女でした。身だしなみも立派、身扮みなりは地味ですが、折屈みや言葉づかひは、何んとなく江戸の匂ひがするのです。

 續いて平次は、二人の娘にも引合されました。姉のお豐は二十三四、家柄だけの婿選みがうるさく、そのため反つてき遲れた感じですが、色の淺黒い、背の高い、何處かに品位があつて、隨分婿選みくらゐは言ひさうです。

 妹のお光は十八、これは初々しく可愛らしい娘でした。八五郎が好感を持つたのは、この妹のお光の方で、提灯と釣鐘も承知で、後々までこの娘の噂をして居りました。

 忙しい中にも、かなり念入りに支度したらしい夕食を濟ませると、一切の人を遠ざけて、後家のお照と二人の娘だけ、奧の一と間に平次と八五郎を招き、さて──と言ふことになりました。

「いつか、八五郎親分におすがりして、錢形の親分さんのお耳にも容れ、出來ることなら御智慧を拜借し度いと申上げて置きましたが、この家の祖先から傳はつたお寳──」

 内儀のお照は話し始めるのです。んな折を逸しては、榎の長者に傳はる巨萬の富が、掘り出す當てもなく、永久に土中に眠つてしまひさうに思つたのです。

「それは聽きましたよ、あつしは寳搜しは得手ぢやないから──と一度は斷つた筈だが、人一人死んでは放つても置けまい。──それにお内儀さん、あの與八郎といふ人は、煙に卷かれて死んだのではなくて、あれは人に殺されて死んだのですよ」

「ま、そんな事が」

 お照は仰天しました。二人の美しい娘も、唯顏を見合せて固唾かたづを呑むばかりです。

「證據がまだ揃つたわけぢやないから、どうして殺されたか、誰が殺したか、其處まではわからないが、──兎も角、昔からの事、──殊に與八郎があの塔に住むやうになつてからのことを、出來るだけくはしく話して下さい」

「申しませう。錢形の親分さんがお聽き下すつたら、何んか又、いろ〳〵のことがわかるかも知れません」



 えのき長者の女主人、お照の話は長くて詳しいものでしたが、その要領といふのは、

 何百年の昔から、榎の長者に傳はる寳といふのは、積り積つて萬といふ數字にもなつたことでせう。先代──お照の夫の太左衞門の代になつてから、幕府の誅求ちうきうがひどくなり、町人百姓の金を持つて居る者は、賦役ふえき冥加みやうが金、御用金などの名儀で、返して貰ふ當てのない金を公儀に納めさせられるので、太左衞門は一生の智慧を絞つて、全部の有金を隱匿してしまつたのです。

 それは誰にも想像のつかぬ、不思議な場所があつたらしく、その作業が一段落になつた時、『やれ〳〵これで私もゆつくり眠れる』と言つたほどでした。

 太左衞門に手傳つて、その金の隱匿作業をやつたのは、太左衞門と一番親しかつた親類の老人で、それは三年も前に亡くなり、その伜の多見治は、元氣で働いて居りますが、父親の口が堅かつたので、これは何んにも聽いて居りません。

 太左衞門も丈夫なうちは跡取りにだけは言つて置くつもりでゐたのですが、子供といふと娘二人だけで、まだ定まる婿もなく、打ち開ける前に、急病で死んで何んの遺言もなかつたのは、お照に取つては、返す〴〵も諦めきれない手落ちでした。

 太左衞門が死ぬと、──待つてましたと言はぬばかりに、評判のよくない、義弟の與八郎が乘り込んで來ました。義弟と言つても全くの他人ですが、相續は男の子に限るといふ古い言ひ傅へをたてに、榎長者の一切の物を引渡せと威張りましたが、親類達にこばまれて、それでは義兄太左衞門の建てた富士見の塔を渡せと、女房のお半と一緒に其處に住込み、あらゆるを盡して、寳搜しに取りかゝつたのです。

 實は、太左衞門が好みで建てた、富士見の塔に隱されてるに違ひないと思ふのは、後家のお照も、與八郎も同じ結論でした。富士見の塔を占領されたお照親娘は、どんなに口惜しかつたことかわかりませんが、與八郎は四十を越しても素晴らしい體力の持主で、まともに爭つては、村で誰もかなふ者がなく、ましてお照や娘達では、どうすることも出來ません。その惱みの中に、與八郎が死んでしまつたのです。

「お願ひと申すのは、此處でございます。夫太左衞門が隱した寳、今のうちに取出さないと、次第に見付けるのがむづかしくなりさうです。せめて私でも生きてゐるうちなら、何彼と夫から聽いた言葉もあり──」

 お照は四方あたりを見廻すのです。八五郎の外には二人の娘だけ、誰も聽いてゐるわけではありません。

「その言葉といふのは?」

 平次はうながしました。春の夜の生温かいのに、火鉢まで用意して、平次と八五郎の爲に一本つけてくれましたが、話が緊張すると、もう酒どころの沙汰ではありません。

 その時、八五郎はそつと立上がりました。こんな立入つた話を、誰か立聽きして居ないものでもありません。

 忍び足に、廊下の唐紙をサツと開くと、

「あ、お前は──」

 そこには與八郎の女房のお半が眼を光らせて立つて居るのでした。

「え、あの、何んか御用がないかと思ひましてね」

 などと照れ隱しに言譯をして、遠ざかり行くお半の後ろ姿を見て、平次はもう一度、お照をうながしました。

「申し上げませう。私一人の胸に疊んで置いても、何んの役にも立ちません。夫は豫々かね〴〵、『書いたものは人に見られることがあるから、遺して置き度くない。お前はこれだけのことを覺え込んで置くが宜い。わけがわかつても、わからなくても構はない』と申しまして、斯う教へてくれました、『春分、日午ひはご探頂いたゞきさぐりて獲寳たからをう』といふ文句ですが、何んのことやら、私には少しもわかりません」

 平次はその文句を二度、三度と口の中でくり返しました。意味がわかりさうで、なか〳〵わかりません。

「塔の中に、何にか大事なものが隱されてゐたのでせう。塔が燒けてしまつては、搜る工夫もないが──」

 と腕を組む外はなかつたのです。

「でも、隱してあるのは、何萬兩とかの黄金にきまつて居ります。塔のどこかに隱してあるものなら、黄金だけは燒けても殘る筈ぢやございませんか」

 お照の言葉も一理ありますが、與八郎が半歳以上も寢起きして、床下から天井まで搜し拔いた塔に、何萬兩の黄金が無事に隱されて居るといふことは、先づあり得ないことです。



 平次は一ヶ月も逗留するやうな、寛々とした態度でした。

 翌る日は燒跡の片付けや、與八郎のとむらひで、多勢の人が出入りし、親類の若者多見治が、女主人に代つて、何彼の指圖役に廻つて居ります。

 平次は念入りに燒跡から、屋敷の中、塀の外の田圃まで見廻りましたが、まだきめ手を掴んだ樣子はなく、八五郎と應酬おうしうする冗談も少なくなりましたが、多見治との交渉は次第に深くなつて、何彼とその意見を聽いたり、立入つたことを手傳はせたりして居ります。

「多見治といふ男は、つき合つて見ると、飛んだ良い男だね」

 何にかの折に八五郎に囁くと、

「あの姉娘のお豐といふのは、ツンとして淋しい娘だと思ひましたが、話して見ると、なか〳〵好い娘ですね。滅多に男に白い齒を見せない、たしなみ深いところに、滅法あだつぽいところがあつて、──吉原の名ある太夫などに、あんな肌合のがありますね」

「女の鑑定めきゝとなると、お前は大したものだな」

本阿彌ほんあみといふのはあつしのことで」

「止さないか馬鹿々々しい。褒めると圖に乘るから始末が惡い」

「尤も、あつしはもう一つ隱し藝がありますがね、──ちよいと晝のおかずを當てて見ませうか、鼻の方は眼よりも確かで、この匂ひは、ひじきに油揚、お寺の總菜──長者ともなると、暮しはみゝつちい

「何んといふ口だ──そんな下司げすな野郎とはつき合ひ度くないよ」

 二人の話は、この邊からようやく活氣づいて來ました。

「ところで、もう一つ鼻の良いところを」

 八五郎は聲を潜めました。

「何んだえ?」

「姉娘のお豐が、あれだけのきりやうで、榎長者の娘で、二十三まで白齒なのは、どういふわけか、親分見當がつきますか」

「つくよ。長し短かしで、良い縁談がなかつたんだらう」

「錢形の親分も、この道ばかりは、まるで見當がつかない。もう少し色の諸分しよわけを心得なきや──」

「意見をする氣か、お前は」

「そんなわけぢやありませんがね。あつしとぼけた顏をして、下男の釜七、下女のお寅まで當つて見ましたがね。お豐が嫁に行かないわけは、遠縁の多見治──あの親分が褒めてゐる──あの男へ義理を立ててゐるんですつて」

「はて、つまらねえ義理があつたものぢやないか。二人は丁度好き合つて居るやうだから、サツサと一緒になるが宜いぢやないか、母親だつて不承知は言はないだらう」

「ところが、さう言ふわけに行かないといふのは、可哀想にお豊は疵物きずものなんださうですよ」

「疵物?」

「多見治が何んと言はうと、お豊が義理を立ててウンと言はないのは、その爲だと聽くと、あの娘がつく〴〵可哀想になるぢやありませんか」

「相手は誰だ」

「力づくで、飛んでもねえことをされてしまつたんで、相手の野郎は與八郎ですよ。あの燒け死んだ」

「與八郎はお豊の叔父ぢやないか」

「名前ばかりの、ね、ありや叔父でも何んでもありやしません。先代太左衞門──つまりお豊の父親の弟分だと言つて、乘り込んで來た馬の骨ですよ」

「何んだ、そんな事なら、追つ拂つてしまへば宜いのに」

「田舍の人は義理堅いから、先代が兄弟分の約束をしたと言へば、野良犬のやうに追つ拂ふわけにも行かなかつたでせう。全くあの與八郎といふ男は、日本一の猫つ冠りで、先代太左衞門が生きてゐる頃はひげほこりまで拂ふ追從だつたさうですよ」

「成程そんな事だつたのか、──お蔭でいろ〳〵の事がわかつて來たよ。お前の鼻も滿更ぢやないね」

「で、せう」

 などと、宜い心持になる八五郎です。

「ところが、俺にも一つ手役てやくが付いてるんだ」

「何んです、それは?」

「燒け落ちた富士見の塔の、下から三階へ掛けた、長い梯子を見付けたのさ」

「へエ?」

「母家の床下に、はふり込んで土をかぶせてあつたが、下男の釜七に訊くと、富士見の塔の梯子に違ひないといふんだ」

「それを何うして、床下に」

「まだわからないか、八」

「?」

「あの晩、少し醉つて居た與八郎は、女房も居ないし、宵から塔の三階に登つて、早寢をしたらしいのだ」

「──」

「あの丈夫な身體で、酒が入つて居ちや、容易なことでは眼を覺まさないだろ。其處へそつと忍んで行つて、長い梯子をはづして母家の床下に突つ込み、塔の縁側に掛けてある、三尺くらゐの短かい梯子を持つて行つて、三階の降り口へブラ下げ、外から塔へ火をつけて、火事だ〳〵と怒鳴つたことだらう」

「──」

「與八郎はあわてて飛び起き、寢ぼけ眼で樣子を踏むと、三階へかけて居る梯子はたつた三尺だ。下まで何間かのところを、眞つ逆樣に落ちて、グウと參つたに違ひあるまい。死骸の口や鼻に、灰のなかつたのはその爲だ」

「──」

「そのうちに火が廻つて、塔が燒け落ち、氣を失つた與八郎は、そのまゝ燒け死んでしまつた。塔は燒けても、塔の中へ隱して居ると思はれてゐる黄金は無事だ。いや塔か燒けてしまつた方が、黄金を見付けるのに反つて都合か良い」

「誰がそんな事をしたんです」

「三階へかけた梯子はしごを、一人の力で外して母家の床下へ隱せる者だ」

「男ですね」

「いや、女でも、二人か三人でやると出來ないことではない」

「すると?」

「默つて居ろ、もう少し考へて見度い」

 平次は一體どこまで考へるつもりでせう。此處までわかつても、まだ發しようともしません。



 その晩、平次と八五郎は、女主人のお照、お豊お光の娘二人、それに多見治を加へて六人、宵のうちから母家の奧に陣取りました。平次から内々の話があるといふ申込みです。

 明日はいよ〳〵彼岸ひがんの中日、え返つて薄寒いのは、明日の晴天を豫約して、月までが欄間らんまから青白く射し込んで居ります。

「ところで皆の衆、──前々から八五郎が頼まれてゐたといふ、隱した寳のありかは漸くわかりましたよ」

 平次の言葉は、豫期しないことではなかつたにしても、一座にザワザワと衝動を起しました。

「何處にあるでせう、親分さん」

 乘り出したのは、母親のお照。

「待つて下さい。私のはまだ見當だけで、隱した場所はわかつても、其處に何萬兩の金があるか、それとも、よく世間の寳さがしにあるやうに、かめの錢藏だけで、一文の金もないかもわかりません」

「?」

「明日は兎も角も、その場所を搜して見ませう。ところで」

 平次は形を改めました。

「──」

 お照母娘と多見治は、思はず形を改めます。

あつしは町方の御用聞で、寳搜しは本職ぢやない、──あつしの役目は、與八郎を誰が殺したか、いや、隱してはいけない。與八郎は醉つ拂つて燒け死んだのではない、三階の梯子は引いてあつたし、口中には灰がなかつた。その引いた梯子は母家の床下に突つ込んである」

「──」

「與八郎は惡い人間だつたに違ひないが、梯子を引かれて燒き殺されては浮ばれまい。榎長者の祖先の寳は、この私が引受けて見付けてやるが、與八郎殺しの下手人も、擧げて行かなきやなるまいと思ふ、──んな事を前以て言ふのは變だが、逃げも隱れもする下手人ぢやあるまいから、心得のために話して置くのだが──」

 平次の話はそれで終りました。聽いて居る五人──八五郎も加へて、すつかり默り込んでしまつたのは無理もないことでした。この四人のうちに與八郎殺しの下手人は、間違ひもなく居るにきまつて居ります。

 翌る日は上々の天氣、彼岸の中日は、まさに申分のない寺詣り日和です。

 平次は多見治に頼んで置いた、富士見の塔の繪圖面を持つて來させました。それを見ると、屋根の勾配を反らせて、丸柱などを使つた、佛式の三重の塔で、塔の高さは、大地から五輪の頂上まで六間二尺、なか〳〵見事なものです。

「この塔の高さと、同じ竿さをを拵へて貰ひ度いが、三四本物干竿を繼いでも構はない。寸法だけは、六間二尺──間違つてはいけない」

 平次の言ひつけ通り、間もなく多見治の手で、六間二尺の竿は簡單に出來ました。

「これをどうするんです、親分」

「晝まで待つて貰ひ度いが」

 晝まで時の經つのは、相當待ち遠いことでしたが、やがて眞晝になると、平次は六間二尺の竿を持つて、富士見の塔の燒け跡に立ちました。

「良い鹽梅あんばいに、よく晴れたね。そればかり心配して居たよ。八は燒跡の眞ん中に立つて、この竿を眞つ直ぐに押つ立ててくれ、曲げちや何んにもならねえよ」

「へエ」

 八五郎は平次に言はれた通り、燒跡の眞ん中のいしずゑの上に、その竿を据ゑて、精一杯眞つ直ぐに押つ立てます。それを取り卷いて、お照、お豊、お光、それに奉公人達、固唾かたづを呑んで、平次のやりやうを眺めて居るのでした。

「よしツ、丁度眞晝だらう」

 平次は尻をからげると、水のよく干いた田の中へ入つて行きました。それに續くのは多見治、その手にはてこくわが用意されて居ります。

「此處だよ、掘つて見てくれないか」

 塔の燒跡に突つ立てた竿の尖端さきが影を落したあたり、塔から幾らも離れてゐない水田の中の一點を、平次は自信に充ちて指すのでした。

「よし來た」

 多見治の鍬は、その泥田の中にザツクとおろされました。

 三尺、四尺と掘り下げても、何んの手答へもありませんが、平次の顏の自信が、貧乏ゆるぎもしないのに引立てられて、多見治の強健な腕で、穴は五尺あまりも掘り下げられると、鍬の先にガチリと當つたものは、巨大な花崗石みかげいしふたではありませんか。

 釜七も、お豊も田の中へ飛び降りました。すきくはと、あらゆる道具を動員して、穴は忽ち擴げられ、方六尺の石の蓋が起されると、その中は一パイの水で、水の中にはおびたゞしいかめが、重なり合つて沈めてあるのです。

「あ、金だ。砂金だ」

「これは慶長けいちやう大判」

 一つ〳〵の瓶が取り出され、塔の燒跡に積上げられました。その數は全部で十三。

「大變な寳ぢやありませんか、親分」

 八五郎の顏も、わが事のやうに笑み割れます

 全部の瓶を揃へたのはもう夕景、これで仕事が一段落といふ時でした。

「親分、私を縛つて下さい。もう未練はありません」

 塔の前の、え始めた若草の上に、多見治はどつかと坐つて、自分の腕を後ろ手に廻すのでした。

「多見治」

「へエ」

先刻さつきから、お内儀さんの姿の見えないことに、お前は氣が付かないのか」

「?」

「内儀さんも、お前と同じやうな事を言つて、何處かへ飛び出してしまつたよ」

「え?」

「釜七とお光さんが追つかけたから、もう連れ戻すことだらう」

「──」

「下手人が二人あつちや、お調べも困るだらう、よく相談してきめるが宜い。急ぐことはない。尤も與八郎は三階から樣子を踏み外して死んだし、火は何處から出たか、死人に口なしで容易にわかるまいよ」

「──」

「それぢや、俺は歸るぜ。神田へ着くのは暗くなるが、暖かいし月が出るし、夜道は樂だ──あれ見るが宜い、向うの田圃道を、娘に手を引かれて、内儀おかみのお照さんも戻つて來るぢやないか。死ぬのを思ひ止つたんだらう」

「──」

「誰にはゞかることがあるものか、お前はお豊さんと一緒になるが宜い。えのき長者の跡を取つたら、その代り、この金を生かして費へ、──ウ、フ、こいつはつまらねえ意見だ、貧乏人はこんな事を言ひ度がるものさ。サア、歸らう八」

「親分、新宿で一ぺえおごつて下さるでせうね。この儘歸つちや寢つかれさうもありませんぜ」

 平次の後について、八五郎はヒヨイと十手をかつぎました。美しい春の宵です。

        ×      ×      ×

「この寶搜しは、わからねえことは一つもないだらう。種も仕掛もねえ捕物だ」

 道々平次は斯う言ふのでした。

「でも、あの謎々見てえな文句はわかりませんよ」

「何んでもありやしないよ、『春分』は春の彼岸ひがんさ、『日午ひはご』は眞晝だ、『探頂いたゞきをさぐり』は、本當の富士見の塔のてつぺんだと思つたのが間違ひだつたのさ、本物の塔の頂邊なら、彼岸も眞晝も要りやしない、あれは塔のいたゞきの影のことと氣のついたのが山さ。其處を掘りさへすれば寳が出て來るとね」

「此處ほれワンワンと來た」

 八五郎は少し醉つて居りました。

「急がうぜ、八」

「明神下には、一日一と晩マジマジと待つて居る人があるとね」

「馬鹿野郎」

 二人の聲はカラカラとお壕の夜氣をふるはせます。

底本:「錢形平次捕物全集第二十九卷 浮世繪の女」同光社

   1954(昭和29)年715日発行

初出:「オール讀物」文藝春秋新社

   1951(昭和26)年2月号

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※題名「錢形平次捕物控」は、底本にはありませんが、一般に認識されている題名として、補いました。

※「豐」と「豊」の混在は、底本通りです。

入力:特定非営利活動法人はるかぜ

校正:門田裕志

2017年619日作成

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