われから
樋口一葉



⦅一⦆


霜夜しもよふけたるまくらもとにくとかぜつまひまよりりて障子しようじかみかさこそおとするもあはれにさびしき旦那樣だんなさま御留守おんるす寢間ねま時計とけいの十二をつまで奧方おくがたはいかにするともねふことくていくたびがへりすこしはかん氣味きみにもなれば、らぬ浮世うきよのさま〴〵より、旦那樣だんなさま去歳こぞ今頃いまごろ紅葉舘こうえうくわんにひたとかよひつめて、御自分ごじぶんはかくしたまへども、他所行着よそゆきぎのおたもよりぬひとりべりの手巾はんけちつけしたるときくさ、散々さん〴〵といぢめていぢめて、いぢいて、れからはけつしてかぬ、同藩どうばん澤木さわぎ言葉ことばたがへぬるとも、此約束このやくそくけつしてたがへぬ、堪忍かんにんせよと謝罪あやまつておあそばしたるとき氣味きみのよさとては、月頃つきごろつかへがりて、むねのすくほとうれしうおもひしに、またかや此頃このごろをりふしのお宿とまり、水曜會すゐようくわいのお人達ひとたちや、倶樂部ぐらぶのお仲間なかまにいたづらな御方おかたおほければれにかれておのづと身持みもちわるたまふ、しゆまじはればといふことはなのお師匠ししようくせにしてせどもほんにあれはうそならぬことむかしはのやうに口先くちさきかたならで、今日けふ何處开處どこそこ藝者げいしやをあげて、此樣このやう不思議ふしぎおどりたのと、おなかのよれるやうな可笑をかしきことをば眞面目まじめりておつしやりしものなれども、今日此頃けふこのごろのおひとるさ、くいほどお利口りこうことばかりおあそばして、わたしのやうな世間見せけんみずをばひらんでまるめて、れはれはおさどころいおかた、まあ今宵こよひ何處どこへおとまりにて、昨日あすはどのやうなうそいふておかへあそばすか、ゆふかた倶部樂くらぶ電話でんわをかけしに三ごろにおかへりとのことまた芳原よしはら式部しきぶがもとへではきか、れも縁切ゑんきりとおつしやつてからう五ねん旦那樣だんなさまばかりわるいのではうて、暑寒しよかんのおつかいものなど、くらしい處置しよちをしてせるに、おこゝろがつひかれて、おのづとあしをもたまふ、ほん商賣人しようばいにんとてくらしいもの次第しだいにおもふことおほくなれば、いよ〳〵かねて奧方おくがた縮緬ちりめん抱卷かいまきうちはふりて郡内ぐんない蒲團ふとんうへ起上おきあがたまひぬ。

でう座敷ざしきに六まい屏風びやうぶたてゝ、おまくらもとには桐胴きりどう火鉢ひばちにお煎茶せんちや道具だうぐ烟草盆たばこぼん紫檀したんにて朱羅宇しゆらう烟管きせるそのさま可笑をかしく、まくらぶとんの派手摸樣はでもやうよりまくらふさくれなひもつねこのみの大方おほかたあらはれて、蘭奢らんじやにむせぶやのうち燈籠臺あんどうだいひかりかすかなり。

奧方おくがた火鉢ひばち引寄ひきよせて、のありやとこゝろみるに、よひ小間使こまづかひがまいらせたる、櫻炭さくらなかばはひりて、よくもおこさでけつるはくろきまゝにてえしもあり、烟管きせる取上とりあげて一二ふくけふりをいてみゝつればをりから此室こゝのきばにうつりて妻戀つまごひありくねここゑ、あれはたまではるまいか、まあ此霜夜このしもよ屋根傳やねづたひ、何日いつかのやうなかぜひきにりてるしさうなのどをするのでらう、あれもぱりいたづらもの烟管きせるいてたちあがる、女猫めねこよびにと雪灯ぼんぼりうつ平常着ふだんぎの八ぢよう書生羽織しよせいばをりしどけなくひきかけて、腰引こしひきゆへる縮緬ちりめんの、淺黄あさぎはことにうつくしくえぬ。

むにめたきいた引裾ひきすそながくゑんがはにでゝ、用心口ようじんぐちよりかほさしいだし、たまよ、たまよ、と二タこゑばかりんで、こひくるひてあくがるゝ主人しゆじんこゑ聞分きくわけぬ。にしむやうななまめかしいこゑ大屋根おほやねかたへといてく。ゑゝことかぬわがまゝものめ、うともおてぜりふひてこゝろともなくにはるに、ぬばだまやみたちおほふて、もの黒白あやめかぬに、山茶花さゞんくわ垣根かきねをもれて、書生部屋しよせいべやひまよりわづかにひかりのほのめくは、おゝまだ千葉ちばぬさうな。

用心口ようじんぐちしてお寢間ねまもどたまひしが再度ふたゝびつてお菓子戸棚くわしとだなのびすけつとのびんとりいだし、お鼻紙はながみうへけておしひねり、雪灯ぼんぼり片手かたてゑんいづれば天井てんぜうねづみがた〳〵とれて、いたちにてもりしかきゝといふこゑものすごし。しるべの燈火ともしびかげゆれて、廊下らうかやみおそろしきをれし我家わがやなにともおもはず、侍女こしもと下婢はしたゆめ最中たゞなかおくさま書生しよせい部屋へやへとおはしぬ。

まへはまだないのかえ、と障子しようじそとからこゑをかけて、おくさまずつとたまへば、室内うちなるをとこ讀書どくしよつむりおどろかされて、おもひがけぬやうなあきがほをかしう、おくさまわらふてたまへり。


⦅二⦆


つくえりふれの白木作しらきづくりに白天竺しろてんぢくをかけて、勸工塲くわんこうばものゝ筆立ふでたてに晋唐小楷しんとうしようかいの、栗鼠毛りつそもうの、ペンも洋刀ないふも一ツにれて、くびけたかめ水入みづいれに、赤墨汁あかいんきびんがおしならび、みかきのはこれもとりて、割據かつきよつくえうへりかゝつて、いままで洋書ようしよひもとゐたは年頃としごろ二十歳はたちあまり三とはるまじ、丸頭まるあたまの五がりにてかほながからずかくならず、眉毛まゆげくて黒目くろめがちに、一たい容顏きりようほうなれども、いかにもいかにもの田舍風いなかふう午房縞ごぼうじま綿入わたいれにろんなく白木綿しろもめんおびあを毛布けつとひざしたに、まへこゞみにりて兩手りようてかしらをしかとおさへし。

おくさまは無言むごんにびすけつとをつくえうへせて、おまへふかしをするならるやうにしてさむさのしのぎをしていたらからうに、わかしはみづつて、おつたらほたる火のやうな、よくれでさむいのう、お節介せつかいなれどわたしがおこしてりませう、炭取すみとり此處こゝへとおつしやるに、書生しよせいはおそれりて、何時いつ無精ぶせういたしまする、申譯まうしわけことでと有難ありがたいを迷惑めいわくらしう、炭取すみとりをさしいだしてれは中皿ちうざらもゝつた姿すがた、これはわたし蕩樂だうらくさとおくさますみつぎにかゝられぬ。

自慢じまんじる親切しんせつ螢火ほたるび大事だいじさうにはさげて、てしすみうへにのせ、四邊あたり新聞しんぶんみつ四つにりて、すみほうよりそよ〳〵とあほぐに、いつしかれよりれにうつりて、ぱちぱちとおといさましく、あほひら〳〵とへて火鉢ひばちふちのやゝあつうなれば、おくさまはのやうなはたらきをでもあそばしたかのやうに、千葉ちばもおあたりとすこおしやりて、今宵こよひけてさむものをと、指輪ゆびわのかゝやくしろ指先ゆびさきを、籐編とあみの火鉢ひばちふちにぞけたる。

書生しよせい千葉ちばいとゞしうおそりて、これはうも、これはとかしらげるばかり、故郷こきやうりしときあねなるひとはゝかはりて可愛かわゆがりてれたりし、其折そのをり其頃そのころありさまをおもおこして、もとより奧樣おくさま派手はでつくりに田舍いなかものゝ姉者人あねじやひとがいさゝかたるよしはけれど、中學校ちうがくかう試驗しけんまへ夜明よあかしをつゞけしころこのやうなことふて、このやうな處作しよさをして、其上そのうへには蕎麥掻そばがきの御馳走ごちそう、あたゝまるやうにとふてれしときありし、なつかしきは其昔そのむかし、有難ありがたきはいま奧樣おくさまなさけと、平常へいぜい世話せわりぬることさへ取添とりそへて、いかかたもすぼまるばかりかしこまりてるさまを、おくさまさむさうなと御覽ごらんじて、おまへ羽織はをりはまだ出來できぬかえ、なかたのんで大急おほいそぎに仕立したてゝもらふやうにお此寒このさむ綿入わたいれ一つで辛棒しんぼうのなるはづい、かぜでもいたらうおだ、本當ほんとう身體からだいとはねばいけませぬぞえ、此前このまへ原田はらだといふ勉強べんきようものがぱりまへとほけてもれても紙魚しみのやうで、あそびにもかなければ、寄席よせ一つかうでもなしに、それはそれは感心かんしんはふかおそろしいほどで、特別認可とくべつにんか卒業そつげう間際まぎはまできずなしにつてのけたを、しいことにおまへ腦病のうびやうつたではからうか、國元くにもとからはゝさんをんで此處こゝいゑで二つき介抱かいほうをさせたのだけれど、ひにはなになにやら無我無中むがむちうになつて、おもしてもなさけない、はゞ狂死きようしをしたのだね、わたしれをゆゑ勉強家べんきようかける、懶怠なまけられてはこまるけれど、わづらはぬやうにこゝろがけておれ、けておまへは一つぶものおやなし、兄弟きようだいなしとふではいか、千葉家ちばけふて大黒柱だいこくばしら異状いじやうつては立直たてなほしが出來できぬ、さうではいかと奧樣おくさまくらべてへば、はッ、はッ、とこたへてことばかりき。

奧樣おくさま立上たちあがつて、わたし大層たいそう邪魔じやまをしました、それならばるべくはややすむやうにおわたしつてるばかりの身體からだやへあいだことさむいとても仔細しさいはなきに、かまひませぬかられをておいで遠慮ゑんりよをされるとくゝるほどに何事なにごとだまつて年上としうへこともの奧樣おくさますつとお羽織はをりをぬぎて、千葉ちば背後うしろより打着うちきたまふに、人肌ひとはだのぬくみ氣味きみわるく、麝香じやこうのかをり滿身まんしんおそひて、おれいなにといひかぬるを、よう似合にあふのうとわらひながら、雪灯ぼんぼりにして立出たちいでたまへば、蝋燭ろうそくいつか三ぶんの一ほどにりて、軒端のきばたかがらしのかぜ


⦅三⦆


落葉おちばたくなるけふりすゑか、れかあらぬかふゆがれの庭木立にはこだちをかすめて、裏通うらどほりの町屋まちやかた朝毎あさごとなびくを、金村かなむら奧樣おくさまがお目覺めざめだとひとわるくちの一つにかぞへれども、習慣ならはしおそろしきは朝飯前あさはんまへの一風呂ふろ、これのまでははしられず、一日おこたことのあれば終日ひねもす氣持きもちたゞならず、物足ものたらぬやうにるといふも、ひとみゝには洒落者しやれもの蕩樂だうらくられぬべきこと其身そのみりてはまことせんなきくせをつけて、今更いまさら難義なんぎおもときもあれど、召使めしつかひの人々ひと〴〵こゝろ御命令おいひつけなきに眞柴ましばをりくべ、お加减かげんよろしう御座ござりますと朝床あさどこのもとへげてれば、しませうと幾度いくたびおもひつゝ、なほあひかはらぬ贅澤ぜいたくの一つ、さなごれたる糠袋ぬかぶくろにみがきあげいづればさら化粧げしようしらぎく、れも今更いまさらやめられぬやうなになりぬ。

としはゞ二十六、おくざきはなこづゑにしぼむころなれど、扮裝おつくりのよきと天然てんねんうつくしきと二つあはせて五つほどはわかられぬるとくせう、お子樣こさまなきゆゑ髮結かみゆひとめひしが、あらばいさゝか沈着おちつくべし、いまだにむすめこゝろせで、金齒きんばれたる口元くちもとい、い、子細しさいらしく數多あまた奴婢ひとをも使つかへども、旦那だんなさますゝめて十けんだな人形にんぎやうひにくなど、一つまのやうにはく、お高僧頭巾こそづきん肩掛かたかけひきまとひ、良人つまきみもろとも川崎かはさき大師だいし參詣さんけいみちすがら停車塲ていしやば群集くんじゆに、あれは新橋しんばしか、何處どこのでらうとさゝやかれて、奧樣おくさまともはれぬるながられをあさからずうれしうて、いつしかこのみも其樣そのやうに、一つは容貌きりようのさせしわざなり。

目鼻めはなだちよりかみのかゝり、ならびのところまでたとはおろ毋樣はゝさまそのまゝのうまれつき、奧樣おくさま父御てゝごといひしは赤鬼あかおにらうとて、十ねん以前まへまではものすごいひからせておはしたるものなれど、ひと生血いきちをしぼりたるむくひか、五十にもらで急病きうびやう腦充血のうじうけつ、一あさ此世このよぜいをさめて、よしや葬儀さうぎ造花つくりばな派手はで美事みごとおくりはするとも、つぢつてひとつまはぢきをされて後生ごせういかゞとおもはるゝやうなりし。

此人このひとはじめは大藏省おほくらしやう月俸げつぽうゑん頂戴ちようだいして、はげちよろけの洋服ようふく毛繻子けじゆす洋傘かうもりさしかざし、大雨たいうをりにもくるまぜいはやられぬ身成みなりしを、一ねん發起ほつきして帽子ぼうしくつつてて、今川橋いまがはばしきは夜明よあかしの蕎麥掻そばがきをそめころいきほひは千きんおもきをひつさげて大海たいかいをもおどえつべく、かぎりのひとしたいておどろくもあれば、猪武者いのしゝむしやむかず、やがてもとつてなさけなき樣子やうすおもはるゝと後言しりうごつありけらし、須彌しゆみいでたつあしもとの、其當時そのはじめことすこしいはゞや、いばらにつらぬくつゆたまこのらうにもこひありけり、幼馴染おさなゝじみつま美尾みをといふがらにあはせて高品かうひんうつくしきそのとし十七ばかりなりしをてんにもにも二つなきものさゝちて、役處やくしよがへりのたけかはひとにはしたゝれるほどしめつぽき姿すがた後指うしろゆびさゝれながら、つままつらん夕烏ゆふがらすこゑ二人ふたりとりぜんさいものふてるやら、あさがけに水瓶みづがめそこ掃除さうぢして、一日手桶てをけたせぬほどの汲込くみこみ、貴郎あなたひるだきで御座ございますとへば、おいとこたへてこめかしをけはかすほどのろさ、くておはらば千歳ちとせうつくしきゆめなかすぎぬべうぞえし。

さるほどに相添あひそひてより五ねんはるうめころのそゞろあるき、土曜日どえうび午後ごゝより同僚どうりよう二三にんうちつれちて、葛飾かつしかわたりの梅屋敷うめやしきまわかへりは廣小路ひろこうぢあたりの小料理こりようりやに、さけふかくはのまたちなれば、淡泊あつさり仕舞しまふて殊更ことさら土産みやげをり調とゝのへさせ、ともには冷評ひようばん言葉ことばきながら、一人ひとりわかれてとぼ〳〵と本郷ほんごう附木店つけぎだな我家わがやもどるに、格子戸こうしどにはしまりもなくして、うへへあがるに燈火ともしびはもとよりのこと火鉢ひばちくろりてはいそと轉々ころ〳〵すさまじく、まだ如月きさらぎ小夜嵐さよあらしひきまどの明放あけばなしよりりてことえがたし、いかなるゆゑともおもはれぬに洋燈らんぷ取出とりいだしてつく〴〵と思案しあんるれば、物音ものおときゝつけて璧隣かべどなり小學教員せうがくけふいんつま、いそがはしくおもてよりまわて、おかへりになりましたか、御新造ごしんぞ先刻さきほど、三ぎでも御座ござりましたろか、お實家さとからのおむかひとて奇麗きれいくるまえましたに、留守るす何分なにぶんたのむとおつしやつてそのまゝおかけになりました、おくばりにおいでなされ、おいてまするからと忠實まめ〳〵しう世話せわかるゝにも、不審ふしんくもむねうちにふさがりて、ういふ樣子やうすのやうなことをいふてきましたかともひたけれど悋氣男りんきをとこ忖度つもらるゝも口惜くちをしく、れは種々いろ〳〵御厄介ごやつかい御座ござりました、わたしもどりましたからは御心配ごしんぱいなくお就蓐やすみくだされと洒然さつぱりといひてとなりつまかへしやり、一人ひとりさびしく洋燈らんぷあかりに烟草たばこひて、忌々いま〳〵しき土産みやげをりねづみべよとこぐなはのまゝ勝手元かつてもと投出なげいだし、其夜そのよとこりしかども、さりとは肝癪かんしやくのやるなく、よしや如何いかなる用事ようじありとても、れなき留守るす無斷むだん外出ぐわいしつ殊更ことさら家内かないあけはなしにして、れがひとつま仕業しわざかとおもふにあまりのことむねくやうにりぬ。くれは日曜にちえう終日ひねもすてもとがむるひとし、まくら相手あひて芋虫いもむし眞似まねびて、おもて格子こうしにはでうをおろしたまゝ、人訪ひとゝへともおともせず、いたづらに午後ごゝといふころなりぬれば、くるまかどまりてやさしき駒下駄こまげたおときこゆるを、ろんなくれとはれどもらぬかほ虚寢そらねつくれば、美尾みを格子こうしおして、これは如何いかことでうがおりてあるとひとごとをいつて、隣家となりまつ垣根かきねひて、水口みづぐちかたへと間道かんだうりぬ。

昨日きのふ午後ごゝより谷中やなかかゝさんが急病きうびやう癪氣しやくけ御座ござんすさうな、つよく胸先むなさきへさしみまして、一はとても此世このよものではるまいとふたれど、お醫者いしやさまの皮下注射ひかちうしややらなにやらにて、何事なにごとおさまりのつき、今日けふ一人ひとりでおちようずにもかれるやうになりました、みぎ譯故わけゆゑ手間てまどり、昨日きのふうちまするときも、がわく〳〵して何事なにごとおもはれず、あとにておもへばしまりもけず、庭口にはぐちぱなして、さぞかし貴郎あなたのおおこあそばしたことではかつたなれど、病人びやうにん見捨みすてゝかへこともならず、今日けふこのやうにおそくまでりまして、何處どこまでもわたしわろ御座ござんするほどに、此通このとほ謝罪あやまりますほどに、うぞゆるあそばして、いつものやう打解うちとけたかほせてくだされ、御嫌機ごきげんなほしてくだされとぶるに、さては左樣さうかとすこれて、れならば其樣そのやうに、何故なぜはがきでもよこしはせぬ、馬鹿ばかやつがとしかりつけて、母親はゝおや無病むびやう壯健そうけんひととばかりおもふてたが、しやくといふははじめてかとむつましうかたひて、らう何事なにごと秘密ひみつありともらざりき。


⦅四⦆


浮世うきよかゞみといふもののなくば、かほよきもみにくきもらで、ぶんやすんじたるおもひ、九しやくけん楊貴妃ようきひ小町こまちくして、美色びしよくまへだれがけ奧床おくゆかしうてぎぬべし、よろづに淡々あわ〳〵しき女子おなごこゝろするやうひとことばに、おもはずくわつ上氣じやうきして、昨日きのふまではうちすてしかみつやらしうむすびあげ、端折はしおりつゞみ取上とりあげてれば、いかう眉毛まゆげえつゞきぬ、となりより剃刀かみそりをかりてかほをこしらゆるこゝろ、そも〳〵れの浮氣うわきりて、襦袢じゆばんそでしう、半天はんてんゑり觀光くわんくわういとばかりになりしをさびしがるおもひ、らうつま美尾みをとても一つは世間せけん持上もちあげしなり、身分みぶんたかからずともまことある良人おつと情心なさけごゝろうれしく、六でう、四でういへを、金殿きんでんとも玉樓ぎよくろうとも心得こゝろえて、いつぞや四てう藥師樣やくしさまにてふてもらひし洋銀ようぎん指輪ゆびわ大事だいじらしう白魚しらをのやうな、ゆびにはめ、馬爪ばづのさしぐしにあるひと本甲ほんかうほどにはうれしがりしものなれども、人毎ひとごとめそやして、これほどの容貌きりよううもとはあたら惜しいもの、ひとあらうならおそらく島原しまばらつての美人びじんくらものはあるまいとてくちぜいねばわがおもしろにひと女房にようぼひようしたてる白痴こけもあり、豆腐おかべかふとて岡持おかもちさげておもていづれば、とほりすがりのわかひとふりかへられて、しいをんな服粧みなりるいなど哄然どつわるはれる、おもへば綿銘仙めんめいせんいとりしにいろめたるむらさきめりんすのはゞせまおび、八ゑんどりの等外とうぐわいつまとしてはれより以上いじやうよそほはるべきならねども、わかこゝろにはなさけなく𫁹たがのゆるびし岡持をかもち豆腐おかべつゆのしたゝるよりも不覺そゞろそでをやしぼりけん、兎角とかくこゝろのゆら〳〵とゑり袖口そでぐちのみらるゝをかてゝくわへて此前このまへとし春雨はるさめはれてののち一日、今日けふならではの花盛はなざかりに、上野うへのをはじめ墨田川すみだがはへかけて夫婦ふうふづれをたのしみ、隨分ずいぶんともかぎりの体裁ていさいをつくりて、つてきの一てう良人おつと黒紬くろつむぎもんつき羽織ばをり女房にようぼうたゞすぢ博多はかたおびしめて、昨日きのふあまへてふてもらひしくろぬりの駒下駄こまげた、よしやたゝみまが南部なんぶにもせよ、くらぶるものなきときうれしくて立出たちいでぬ、さても東叡山とうえいざんはるぐわつくも見紛みまがはな今日けふ明日あすばかりの十七日りければ、廣小路ひろこうぢよりながむるに、石段いしだんのぼひとのさま、さながらありとうつるがごとく、はな衣類きもの綺羅きらをきそひて、こゝろなくには保養ほやうこのうへ景色けしきなりき、二人ふたりさくらをかのぼりていま櫻雲臺をううんだい傍近そばちかときむかふより五六りようくるまかけこゑいさましくしてるを、諸人しよにん立止たちどまりてあれ〳〵とふ、れば何處いづこ華族樣くわぞくさまなるべき、わかひたるぜに、派手はでなるはあけぼの振袖ふりそで緋無垢ひむくかさねて、かたなるははなまついろ、いつてもかぬは黒出くろでたちに鼈甲べつかうのさしもの今樣いまやうならばゑりあひだきんぐさりのちらつくべきなりし、くるま八百膳やをぜんまりてひと奧深おくふかるを、くさげなひよういふて見送みおくるもあり、たゞ大方おほかたにお立派りつぱなといひてゆきぐるもありしが、美尾みをはいかにかんじてか、茫然ぼんやりちてながりし風情ふぜい、うすらさびしきやうものおもはしげにて、いづ華族くわぞくであらうお化粧つくり濃厚こつてりだとよしらうふりかへりてふをみゝにもれぬらしきさまにて、れとうちながめたゞ悄然しよんぼりとしてあるにらうこゝろならず、うかしたかと氣遣きづかひてへば、にはか氣分きぶんすぐれませぬ、わたし向島むかふじまくのはめて、此處こゝからぐにかへりたいとおもひます、貴郎あなたはゆるりと御覽ごらんなりませ、おさきくるまかへりますとちからなさゝうにしほれてへは、れはとよしらうあんはじめて、一人ひとりではなに面白おもしろくはい、又來またくるとして今日けふめにせうと美尾みをがいふまゝやさしう同意どういしてれるうれしさも、此折このおりなにともおもはれず、めてかへりはとりでもべてと機嫌きげんられるほどものがなしく、すやうにして一さん家路いゑぢいそげば、けふこと〳〵くきてらうたゞ美尾みを病氣いたつきむねをいためぬ。

はかなきゆめこゝろくるひてより、お美尾みをありれにもあらず、人目ひとめければなみだそでをおしひたし、れをふるとけれども大空おほそらものおもはれて、勿体もつたいなきこととはりながららうへの待遇もてなしきのふにはず、うるさきとき生返事なまへんじして、をとこいかればれもはらたゝしく、おらぬものなら離縁りゑんしてくだされ、無理むりにもいてはとたのみませぬ、わたしにもうまれたいゑ御座ござんするとて威丈高いたけたかになるにをとここらえずはふき振廻ふりまわして、さあけととき拍子ひやうしあやふくなれば、流石さすが女氣おんなぎかなしきことむねせまりて、貴郎あなたわたしをいぢめさうとさるので御座ござんすか、わたしはそも〳〵から貴郎あなたげたものなれば、くゝばつてくだされ、ころしてくだされ、此處こゝわたしなれば、ころされても此處こゝ退きませぬ、さあなんとなりしてくだされといて、そでとりすがりてもだゆるに、もとよりくゝはらぬつまこと離別りべつなどゝはとき威嚇おどしのみなれば、すがりてくを時機しほに、わがまゝ者奴ものめひじらけ、心安こゝろやすきまゝの駄々だゞゆるして可愛かわいさはなほ日頃ひごろまさるべし。


⦅五⦆


らうかたかはこゝろなければ、一日も百ねんおなおくれども其頃そのころより美尾みを樣子やうすかくあやしく、ぼんやりとそらながめてものにつかぬ不審いぶかしさ。らうこゝろをつけて物事ものごとるに、さながらこひこゝろをうばゝれて空虚うつろなりひとごとく、お美尾みを美尾みをべばなにえとこたゆることばちからなさ、うでもひゞ々を義務つとめばかりにおくりて此處こゝこゝろ何處いづこそら倘佯さまよふらん、一〻にかゝることども、女房にようぼうひとられてらぬは良人おつとはなしたゆびさゝれんも口惜くちおしく、いよ〳〵まこと其事そのことあらばとおそろしき思案しあんをさへさだめて美尾みを影身かげみとつきごとまもりぬ。

されどもれぞのあともなく、たゞうか〳〵とものおもふらしく或時あるときはしみ〴〵といて、お前樣まへさまいつまでれだけの月給げつきうつてお出遊いであそばすおこゝろぞ、おむかやしき旦那だんなさまは、其昔そのむか大部屋おほべやあるきのおひとなりしを一ねんばかりにて御出世ごしゆつせ馬車ばしやつてのお姿すがたのやうの髭武者ひげむしやだとて立派りつぱらしうえるでは御座ござんせぬか、お前樣まへさまをとこなりや、すこしもはや此樣このやう古洋服ふるやうふくにお辨當べんたうさげることをやめて、みちくにひとふりかへるほど立派りつぱのおひとつてくだされ、わたしたけかはづゝみつてくださる眞實しんじつらば、お役處やくしよがへりに夜學やがくなりなんなりして、うぞ世間せけんひとけぬやうに、一ッぱしのゑらかたつてくだされ、後生ごせう御座ござんす、わたし其爲そのためになら内職ないしよくなりともして御菜おさいもののお手傳てつだひはしましよ、うぞ勉強べんきやうしてくだされ、おがみますとこゝろからいて、このある甲斐かひなき活計くらしかぞへれば、らうのゝしられしことはらたゝしく、おためごかしの夜學沙汰やがくさたは、れを留守るすにしてたのしみをおもゆゑぞと一にくやしく、うでれは此樣このやう活地いくぢなし、馬車ばしやおもひもらぬこと此後このご辻車つぢぐるまひくやられたものければ、いまのうちおさまりをかんがへて、利口りこうもの出來できる、學者がくしや好男子いろをとこで、としわかいにのりかへるがずゐ一であらう、むかふの主人しゆじんもおまへ姿すがためてるさうにいたぞと、ろくでもなきすりごと懶怠者なまけもの懶怠者なまけものだ、れは懶怠者なまけもの活地いくぢなしだとだいそべつて、夜學やがくはもとよりのこと明日あしたつとめにるさへがりて、一すんもお美尾みをそばはなれじとするに、あゝお前樣まへさま何故なぜそのやう聞分きゝわけてはくださらぬぞとあさましく、たがひのおもそはそはりて、物言ものいへばやがあらそひの糸口いとくち引出ひきいだし、いてうらんでれ〳〵のなかに、さりともくからぬ夫婦めをとおりふしのこなしわすれがたく、貴郎あなたうなされ、あなされとへば、お美尾みを美尾みをなかへもれたきおもひ、近處きんじよ合壁がつぺきつゝきひて物爭ものあらそひにくちものかりし。

ありし梅見うめみ留守るすのほど、實家じつかむかひとて金紋きんもんくるまころよりのこと、お美尾みを兎角とかくものおもひしづまりて、ふかくは良人おつといさめもせず、うつ〳〵とおくつて實家じつかへのあしいとゞしうちかく、かへればゑりあごうづめてしのびやかに吐息といきをつく、良人おつと不審ふしんつれば、うもこゝろわる御座ござんすからとてしよくもようはべられず、晝寢ひるねがちに氣不精きぶせうりて、次第しだいかほいろあほきを、一きに病氣びやうきとばかりおもひぬれば、よしらうかぎりもなくいたましくて、醫者いしやにかゝれの、くすりめのと悋氣りんきわすれて此事このことこゝろつくしぬ。

されどもお美尾みを病氣びやうきはお目出度めでたきかたなりき、三四がつころよりれとはさだかにりて、いつしかうめおつ五月雨さみだれころにもれば、隣近處となりきんじよ人々ひと〳〵よりおめで御座ござりますとあきらかにはれて、をりからすこあつくるしくとも半天はんてんのぬがれぬはづかしさ、らうめづらしくうれしきを、ゆめかとばかり辿たどられて、このがつあたつきとあるを、ひとにははれねどもゆびをるおもひ、をとこにてもあれかしと敢果はかなきことうらなひて、表面うわべ無情つれなくつくれども、子安こやすのおまもなにくれと、ひとよりきてことそのまゝ、不案内ふあんないをとこなれば間違まちがひだらけ取添とりそへて、美尾みをはゝ萬端ばんたんたのめば、おまへさんよりわたしほうすこ功者かうしやさ、とまいられて、るほどるほどとくちつぐみぬ。


⦅六⦆


月給げつきうの八ゑんはまだ昇給しようきう沙汰さたし、此上このうへ小兒ちいさいうまれて物入ものいりがかさんで、人手ひとでるやうにつたら、おまへがたがなんとする、美尾みを虚弱きよじやく身體からだなり、良人おつとたすけて手内職てないしよくといふも六ツかしかるべく、三にん居縮ゐすくんで乞食こじきのやうな活計くらしをするも、あまめたことではし、なんなりとくちつけて、いまうちからこゝろがけすこしおかねになる職業しよくげうとりかへずば、行々ゆく〳〵まへがたのふりかたはく、だいそだつることもなるまじ、美尾みをわたし一人娘ひとりむすめ、やるからにはわたしおはりももらひたく、贅澤ぜいたくふのではけれど、お寺參てらまいりの小遣こづかぐらゐしてももらはう、げませうの約束やくそくでよこしたのなれども、元來もとよりくれられぬは横着わうちやくならで、うでもことのならぬ活地いくぢゆゑれはおもつてわたしわたしくちらすだけに、此年このとしをして人樣ひとさま口入くちいれやら手傳てつだひやら、老耻おひはぢながらもせんまする、れどもしに苦勞くらう出來できぬもの、つく〴〵おまへ夫婦ふうふはたらきをるに、わたし手足てあしはたらかぬときりて何分なにぶんのお世話せはをおたのまをさねばらぬあかつき月給げつきうゑんらう、れをおもふといまのうち覺悟かくごめて、すこしはたがひにらきことなりとも當分たうぶん夫婦ふうふわかれして、美尾みをぐるめわたしあづかり、おまへさんは獨身ひとりみりて、官員くわんゐんさまのみにはかぎらず、草鞋わらじいてなりとも一かどはたらきをして、人並ひとなみごされるやうこゝろかけたがからうではいか、美尾みをわたしむすめなればわたしおもふやうにらぬことるまじ、なにもおまへさんの思案しあん一つと母親はゝおや美尾みを産前さんまへよりかけて、よろづの世話せわにと此家このやみつゝ、もすればらうめるに、ぎしりするほど腹立はらたゝしく、此老婆このばゞはりたほすにことけれど、たゞならぬ美尾みを心痛しんつういてはにまでおよぼすべき大事だいじむねをさすりて、わたしとても男子おとこはし御座ござりますれば、女房にようぼぐらゐぐされぬこと御座ござりますまいし、一せうなが御座ござります。はか這入はいるまで八ゑん月給げつきうではるまいとおもひますに、其邊そのへん格別かくべつ御心配ごしんぱいなくと見事みごとへば、母親はゝおやはまだらにのこくろして、るほど〳〵立派りつぱきこえました、左樣さういふてれねばうれしうい、流石さすがをとこぴき、そのくらゐかんがへつてれるであらう、るほどるほどと面白おもしろくも默頭うなづきやうをくさ、美尾みをかゝさんそのやうなことふてくださりますな、うちひと機嫌きげんそこなうてもこまりますと迂路うろ〳〵するに、らうこゝろおごりて、馬鹿婆ばかばゝめが、のやうに引割ひきさかうとすればとて、美尾みをものおや指圖さしづなればとてわかれるやう薄情はくぜうにてるべきや、殊更ことさらいまより可愛かわゆものさへ出來いでこんに二人ふたりなか萬々歳ばん〳〵ざいあまはらふみとゞろかし鳴神なるがみかと高々たか〴〵とゞまれば、はゝ眼下がんか視下みおろして、はなれぬもの一人ひとりさだめぬ。

がつなかの五らう退出たいしゆつ間近まぢかやすらかにをんなうまれぬ、おとこねがひしれにはちがへども、可愛かはゆさは何處いづこかはりのあるべき、やれおかへりかと母親はゝおやむかふて、流石さすが初孫ういまごうれしきは、ほうのあたりのしはにもしるく、これくだされ、なんではいか、このまああかことさしつけられて、今更いまさらながらまご〳〵とうれしく、をさしいだすもいさゝかはづかしければ、毋親はゝおやいだかせたるまゝさしのぞいてるに、れにたるかれにしか、其差別そのけじめおもわかねども、なにとはらずあやしう可愛かわゆくて、そのこゑ昨日きのふまでとなりいへきたるのとおなものにはおもはれず、さしもあやふくおもひしことりとはことなしにおはりしかと重荷おもにりたるやうにもおぼゆれば、産婦さんぷ樣子やうすいかにやとのぞいてるに、高枕たかまくらにかゝりて鉢卷はちまきにみだれがみ姿すがたいたましきまでやつれたれど其美そのうつくしさは神々かみ〳〵しきやうりぬ。

の、枕直まくらなほしの、宮參みやまいりの、たゞあわたゞしうてぎぬ、かみきつけて産土神うぶすなまへ神鬮みくじやうにしてけば、常盤ときはのまつ、たけ、蓬莱ほうらいの、つる、かめ、ぐりもてずして、らうかりふでずさびに、此樣このやうよびよいものいてれたるまちといふをば引出ひきいだしぬ、をんな容貌きりようきにこそ諸人しよにんあいけて果報くわほうこのうへものなれ、小野をのれならねどおまちうつくしい家内かないいさみて、まちや、まちや、とからわたりぬ。


⦅七⦆


まち高笑たかわらひするやうにりて、とき新玉あらたまはるりぬ、お美尾みを日々ひゞやすからぬおももち、をりにはなみだにくるゝこともあるを、みちせい自身みづからいへば、らうのみにものうたがはず、たゞこの成長おほきうならんことをのみかたりて、れい洋服ようふくすがた美事みごとならぬつとめに、手辨當てべんたうさげて昨日きのふ今日けふいでぬ。

美尾みをはゝ東京とうけう住居すまいものうく、はした朝夕てうせきおくるにきたれば、一つはお前樣まへさまがたの世話せわをもはぶくべきため、つね〴〵御懇命ごこんめいうけましたるじゆ軍人樣ぐんじんさまの、西にしけう御榮轉ごゑいてんことありて、おやしき彼方かなた建築たてられしをさいはひ、开處そこ女中頭ぢよちうがしらとしてつとめは生涯しようがいのつもり、おひらくをもやしなふてたまはるべき約束やくそくさだまりたれば、此地このちにはませぬ、またことがあらば一ぱくはさせてくだされ、そのほか御厄介ごやつかいにはりませぬとふに、らうりとも一人ひとり母親はゝおやなれば、美尾みを心細こゝろほそさもおもひやりて、おまへ御老年ごらうねんのこと、いかにつとめよきとても、他人塲たにんば奉公ほうこうといふことさせましては、たる我々われ〳〵申譯まをしわけ言葉ことばなし、是非ぜひまりたまへとへども、いや〳〵其樣そのやうことはお前樣まへさま出世しゆつせあかつきにいふてくだされ、いまきゝませぬとて孤身みひとつ風呂敷ふろしきづゝみ、谷中やなかいへ貸家かしやふだはられて、舟路ふなぢゆたかにへとむかひぬ。

えて一トつき雲黒くもくらつきくらきゆふべ、らう居殘いのこりの調しらものありて、いゑかへりしはくれの八いつもうすくらき洋燈らんぷのもとに風車かざぐるま犬張子いぬはりことりちらして、まだ母親はゝおや似合にあは美尾みをふところおしくつろげ、小兒ちごうつくしきさまるべきを、格子かうしそとよりうかゞふに燈火ともしびぼんやりとして障子しようじうるるかげもし、お美尾みを美尾みをよびながらるに、こたへはとなりかたきこえて、いままいりますとたれど言葉ことばらぬひとなりき。

となりつま入來いりくるをるに、ふところにはまちいだきたり、らうむなさわぎのして、美尾みを何處どこまいりました、此日暮このひくれに燈火あかりをつけぱなしで、買物かひものにでもきましたかとへば、となりつままゆせて、さあ其事そのこと御座ござんすとて、ねふめたる懷中ふところまちがくすりくすりと嘩泣むづかるを、おゝと、ゆすぶつて言葉ことばえぬ。

燈火あかりわたし唯今たゞいまけたので御座ござんす、まこといままでお留守居るすいをしてましだのなれど、うちのやんちやが六ツかしやをふに小言こごといふとてけました、御親造ごしんぞ今日けふ晝前ひるまへとほりまで買物かひものつてまする、かへりまで此子このこ世話せわをおたのみとおつしやつて、たゞしばらくのことおもひしに、二になれども三はうてども、おとくていままでかげえられぬは、何處どこまで物買ものかひにおいでなされしやら、留守るすたのまれましてれしほどこゝろづかひなものし、まあうなされたので御座ござんしよな、とひかけられて、それはれよりたづねたきおもひ、平常着ふだんぎのまゝで御座ござりましたかとへば、はあ羽織はをりだけえてかれたやうで御座ござんす、なにつてゆきましたか、いゑそのやうにはおぼえませぬとるに、はてなとうでまれて、此遲このおそくまで何處どこにと覺束おぼつかなし。

無器用ぶきようなお前樣まへさま此子このこいぢくるわけにもくまじ、おかへりにるまでわたしちゝげませうと、ありさまをかねて、となりつまいてくに、何分なにぶんたのまをしますとひながら、美尾みを行衞ゆくゑこゝろられておまちことはうはのそらなりぬ。

よもや、よもや、とおもへども、れぬ不審ふしんうたがひのくもりて、たゞ一トさほ箪笥たんす引出ひきだしより、柳行李やなぎこりそこはかと調しらべて、もし其跡そのあとゆるかとぐるに、ちり一はしの置塲おきばかわらず、つね〴〵たからのやうに大事だいじがりて、につくものずいりし手綱染たづなぞめおびあげもそのまゝにありけり、いつも小遣こづがひの塲處ばしよなる鏡臺きようだい引出ひきだしをけてるに、これはなんとせしことれるやうな新紙幣あたらしきをばかり、其數そのかずおよそ二十もかさねてうへに一つうらうるより仰天ぎやうてんおもひにりて、むね大波おほなみごとく、さてこそ子細わけありけれとくるふて、其文そのふみびらけばたゞ一トこと美尾みをにたるもの御座候ござさふらふ行衞ゆくゑをおもとくださるまじく、此金これまちちゝをとのねがひに御座候ござさふらふ

らうたちまかほいろあをあかく、くちびるふるはせて惡婆あくば、とさけびしが、怒氣どき心頭しんとうおこつて、よりは黒烟くろけふりのごとく、紙幣しへいふみ寸斷ずた〳〵にいててゝ、直然すつくたちしさまひとなば如何いかなりけん。


⦅八⦆


浮世うきよよくかねあつめて、十五ねんがほどの足掻あがきかたとては、ひとには赤鬼あかをに仇名あだなおほせられて、五十にらぬ生涯しようがいのほどを死灰しくわいのやうにおはりたる、それが餘波なごり幾万金いくまんきんいま玉村恭助たまむらけうすけぬしは、そのらうむこなりけり。ひとあれほどにてひとせいをば名告なのらずともとそしりしもありけれど、心安こゝろやすこゝろざすみちはしつて、うちかへりみるやましさのきは、これみな養父やうふ賜物たまものぞかし、されば奧方おくがた町子まちこおのづから寵愛てうあいひらつて、あなが良人おつとあなどるとなけれども、しうとしうとめおはしましてよろ窮屈きうくつかたくるしきよめ御寮ごりようことなり、たしとおもはゞかはごと芝居しばゐきもれかは苦情くぜうまをすべき、花見はなみ月見つきみ旦那だんなさまもよほてゝ、ともらぬるそでたのしみ、おかへりのおそとき何處どこまでも電話でんわをかけて、よるくるとも寐給ねたまはず、あまりにこひしうなつかしきをりみづかすこしははづかしきおもひ、如何いかなるゆゑともしるにかたけれど、且那だんなさまおはしまさぬとき心細こゝろほそへがたう、あにともおやとも頼母たのもしきかたおもはれぬ。

りながらをりふし地方遊説ちはうゆうぜいなどゝて三つき半年はんとしのお留守るすもあり、湯治塲たうぢばあるきのれとことなれば、此時このときにはあまゆることもならで、たゞいたづらの御文通ごぶんつうたがひのふうのうちひとにはせられぬことおほかるべし。

此御中このおんなかなにとておき、相添あひそひて十ねんあまり、ゆめにも左樣さやう氣色けしきはなくて、清水堂きよみづだうのお木偶でくさま幾度いくたびむなしきねがひになりけん、旦那だんなさまさびしきあまりにもらせばやとおつしやるなれども、おくさまのこのみ六づかしけれど、れも御縁ごゑんくてぎゆく、落葉おちばしもあさな〳〵ふかくて、かぜいとゞさむく、時雨しぐれよひ女子をなごども炬燵こたつあつめて、浮世物うきよものがたりに小説しようせつのうわさ、ざれたる婢女をんな輕口かるくちおとしばなしして、おとき御褒賞ごほうびなにや、ひとものたまこと幼少ちいさいよりの蕩樂だうらくにて、これを父親てゝおや二もなくがりし、一トくちはゞ機嫌きげんかちのたちなりや、一トことこゝろまることのあれば跡先あとさき其者そのもの可愛かわゆう、車夫しやふ茂助もすけ一人子ひとりこ與太郎よたらうに、此新年このはる旦那だんなさまめしおろしの斜子なゝこ羽織はをりつかはされしもふかくの理由わけことなり、假初かりそめ愚痴ぐち新年着はるぎ御座ござりませぬよし大方おほかたまをせしを、やがあわれみてのたまはもの茂助もすけ天地てんちはいして、ひとたか定紋でうもんいたづらにをつけぬ、何事なにごとくて奧樣おくさま書生しよせい千葉ちばさむかるべきをおぼしやり、物縫ものぬひのなかといふに命令いひつけて、おほせければそむくによしく、すこしはなげやりの氣味きみにてりし、飛白かすり綿入わたい羽織はをりときの仕立したてさせ、あくたまふに、千葉ちば御恩ごをんのあたゝかく、くち數々かず〳〵のおれいはねども、よわをとこなればなみださへさしぐまれて、仲働なかはたらきのふくたのみておれいしかるべくとひたるに、わたもの口車くちぐるまよくまはりて、斯樣かやう〳〵しか〴〵で、千葉ちば貴孃あなたいてりますと言上ごんじようすれば、おゝ可愛かわいをとこ奧樣おくさま御贔負ごひゐきまさりて、おこゝろづけのほどいままでよりはいとゞしうりぬ。

十一ぐわつの二十八にち旦那だんなさまお誕生日たんぜうびなりければ、年毎としごと友達ともだち方々かた〴〵まねまいらせて、周旋しうせんはそんじよしやうつくしきをりぬき、珍味ちんみ佳肴かこううちとけの大愉快おほゆくわいつくさせたまへば、ひげむしやの鳥居とりゐさまがくちから、ふた初手しよてから可愛かわいさがとおそるやうな御詞おことばをうかゞふのも、れい澤木さわぎさまが落人おちうど梅川うめがはあそばして、おまへとゝさんまごいもんさむとお國元くにもとあらはしたまふもみなこのをりかくげいなり、されば派手者はでしやおくさま此日このひれにして、新調しんちようの三まい今歳ことし流行りうかうらしめたまふ、ふゆなれど陽春ようしゆんぐわつのおもかげ、ぎたる紅葉もみぢにはさびしけれど、かき山茶花さゞんかをりしりかほにほひて、まつみどりのこまやかに、ひすゝまぬひとなきなりける。

今歳ことしきてお客樣きやくさま數多かずおほく、午後ごゞよりとの招待状せうたいじよう一つもむなしうりしはくて、ぐるほどのにぎはひは坐敷ざしきあふれて茶室ちやしつすみのがるゝもあり、二かい手摺てすりに洋服ようふくのお輕女郎かるじよろう目鏡めがめちうだとわらはるゝもありき、町子まちこはいとゞ方々かた〳〵もてはやし五月蠅うるさく、おくさんおくさんと御盃おさかづきあめるに、御免遊ごめんあそばせ、わたしいたゞきませぬほどにと盃洗はいせんみづながして、さりとも一のがれがたければ、いつしかあつうりて、むね動悸どうきのくるしうるに、づしてはまねどもひとしらぬうちにとにはでゝいけ石橋いしばしわたつて築山つきやま背後うしろの、お稻荷いなりさまが社前しやぜんなるお賽錢箱さいせんばこ假初かりそめこしをかけぬ。


⦅九⦆


此家こゝ町子まちこが十二のとしちゝらう低當ていたうながれにりて、れより修膳しゆぜんくわへたれども、みづながれ、やまのたゝずまい、まつがらし小高こたかこゑたゞそのむかしのまゝなりけり、町子まちこよいごゝちゆめのごとくあたまをかへして背後うしろるに、雲間くもまつきのほのあかるく、社前しやぜんすゞのふりたるさま、紅白こうはくつなながくれて古鏡こきようひかかみさびたるもみゆ、あらしさつと喜連格子きつれがうしおとづるれば、ひとなきにすゞからんとして、幣束へいそくかみゆらぐもさびし。

町子まちこにはかにもののおそろしく、たちあがつて二あしあし母屋おもやかたかへらんとたりしが、引止ひきとめられるやうに立止たちどまつて、此度このたび狛犬こまいぬ臺石だいいしよりかゝり、もれ坐敷ざしきわさぎをはるかにいて、あゝあのこゑ旦那樣だんなさま、三せん小梅こうめさうな、いつののやうな意氣いき洒落しやれものにたまひし、由斷ゆだんのならぬとおもふとともに、心細こゝろほそことえがたうりて、しめつけられるやうなるしさは、むねなか何處どこともいでぬ。

良久やゝひさしうありておくさま大方おほかたゑいめぬれば、よろづにおのがみだるゝあやしきこゝろれとしかりて、かへれば盃盤狼藉はいばんらうぜきありさま、人々ひと〴〵むかひのくるま門前もんぜん綺羅星きらほしとならびて、何某樣たれさまちのこゑにぎはしく、散會ひけてのち時雨しぐれりぬ。

恭助あるじいたつかれて禮服れいふくぬぎもへずよこるを、あれ貴郎あなた召物めしものだけはおあそばせ、れではいけませぬと羽織はをりをぬがせて、おびをもおくさまづからきて、糸織いとをりのなへたるにふらんねるをかさねし寐間着ねまき小袖こそでめさせかへ、いざ御就蓐おやすみをとりてたすければ、なに其樣そのやうふてはないとおつしやつて、滄浪よろめきながら寐間ねまへと入給いりたまふ。おくさまのもとの用心ようじんをとわたし、れもれもよとおつしやつて、おなじう寐間ねまへは入給いりたまへど、何故なにゆゑとなうやすからぬおもひのありて、はねども面持おもゝちたゞならぬを、且那だんなさま半睡はんすい御覽ごらんじて、何故なぜぬか、なにかんがへてるぞとたづたまふに、おくさまなにとお返事へんじかせまゐらすることもあらねど、唯々たゞ〳〵不思議ふしぎ心地こゝちいたしまする、いたしたので御座ござりませう、わたくしにもわかりませぬとへば、旦那だんなさまわらつて、あまこゝろつかぎた結果けつくわであらう、さへおちつければなほはづおつしやるに、いなそれでもわたしふにはれぬさびしい心地こゝちがするので御座ござります、あま先刻さきほどみなさまのおあそばすが五月蠅うるささに、一人ひとりにはへとげまして、お稻荷いなりさまのおやしろところひをましてりましたに、わたしへんへんな、をかしいことおもひよりまして、わらつてくださりますな、うもなんともはれぬ氣持きもちなりました、貴郎あなたにはわらはれて、かられるやうこと御座ござりましよとしたいておはするに、ればなみだつゆたまひざにこぼれてあやしうおもはれぬ。

おくさまはれい似合にあはしづみにしづんで、わたし貴君あなたてられはぬかとぞんじまして、れで此樣このやうさびしうおもひまするといづれば、またかと且那だんなさま無造作むぞうさわらつて、れがなにふたか、一人ひとりかんがへたか、其樣そのやうなつまらぬことはづい、おまへおもふてれるほど世間せけんしをおもふてれぬから、まあ安心あんしんしてるがいと子細わけことつれば、れでもわたしそのやうな悋氣沙汰りんきさたまうすのでは御座ござりませぬ、今日けふ會席くわいせきにぎやかに、種々いろ〳〵方々かた〴〵御出おいでなかれとて世間せけんきこえぬもく、このやうのお人達ひとたちみな貴郎あなたさまの御友達おともだちかとおもひますれば、うれしさむねなかにおさへがたく、かげながらおがんでてもいほどのかたじけさなれど、つく〴〵うへおもひまするに、貴郎あなたはこれよりいやます〳〵の御出世ごしゆつせあそばして、なかひろうなれば次第しだい御器量ごきりようましたまふ、今宵こよひ小梅こうめが三あはせて勸進帳くわんじんちやうの一くさり、悋氣りんきではけれどれほどの御修業ごしゆげうつみしもらで、何時いつむかしの貴郎あなたとおもひ、あさこゝろそこはかとられまするうち御厭おいとはしさのたねまじるべし、かぎりもれずひろちてはみゝさへさへたま道理だうり有限あるかぎりだけのいへうち朝夕あさゆふものおもひのらで、たゞぼんやりとすごしまするの、ひにはかれまするやうにりて、かなしかるべきこといまおもふてもらし、わたくし貴郎あなたのほかに頼母たのもしき親兄弟おやきようだいし、りてからちゝらう在世ざいせのさまはたまごとく、わたくしをば母親はゝおやおもざしるにかんたねとてせつけもいたされず、朝夕あさゆふさびしうてくらしましたるを、うれしきことにていまわたくしわがまゝをもゆるたまひ、おもことなき今日此頃けふこのごろ、それは勿體もつたいないほどの有難ありがたさも、萬一もしにそぐなはぬことならばとあんじられまして、此事このことをおもふに今宵こよひさびしきことてもちてもあられぬほどのなさけなさより、ふてはならぬとぞんじましたれど、此樣このやう申上まうしあげ仕舞しまひました、れはいづれも取止とりとめのとりこし苦勞くろう御座ござりませうけれど、うでも此樣このやうのするをなにとしたら御座ござりますか、唯々たゞ〳〵こゝろぼそう御座ござりますとてうちなくに、旦那だんなさま愚痴ぐち僻見ひがみ跡先あとさきなきことなるを思召おぼしめし悋氣りんきよりぞと可笑をかしくも有ける。


⦅十⦆


れとなやみておくさま不覺そゞろうちまどひぬ、此明このあけくれのそらいろは、れたるときくもれるごとく、いろにしみてあやしきおもひあり、時雨しぐれふるかぜおとひととぼそをたゝくにて、さびしきまゝにこと取出とりいだひとこのみのきよくかなでるに、れと調てうあはれにりて、いかにするともくにえず、なみだふりこぼしておしやりぬ。あるとき婦女おんなどもにかたをたゝかせて、こゝろうかれるやうこゑのはなしなどさせてくに、ひとあごのはづるゝ可笑をかしさとてわらけるやうらちのなきさへ、には一々あはれにて、れもおもひのゆるにたり、一仲働なかばたらきのふくこゑをあらためて、はねばひとらぬこと、いふてわたしとくにもらぬを、無言むごんにいられませぬは饒舌おしやべりくせ、おきにつてもらぬかほくださりませ、此處こゝにをかしき一でうものがたりとすこ乘地のりぢこゑをはづますれば。れはなにぞや。おきゝなされませ書生しよせい千葉ちば初戀はつこひあはれ、くにもとにりましたときそと見初みそめたが御座ござりましたさうな、田舍物いなかものことなればかまこしへさして藁草履わらぞうりで、手拭てぬぐひに草束くさたばねをつゝんでと思召おぼしめしませうが、中々なか〳〵左樣さうでは御座ござりませぬうつくしいにて、村長そんちやういもとといふやうなひとださうで御座ござります、小學校せうがくかうかよふうちにあさからずおもひましてとへば、れは何方どちらからと小間使こまづかひのよねくちすに、だまつておきゝ無論むろん千葉ちばさんのはうからさとあるに、おやあの無骨ぶこつさんがとてわらすに、奧樣おくさま苦笑にがわらひして可憐かわいさうに失敗しくじりむかばなしをさぐしたのかとおつしやれば、いゑ中々なか〳〵そのやうに遠方ゑんはうことばかりでは御座ござりませぬ、追々おひ〳〵にと衣紋ゑもんいて咳拂せきばらひすれば、小間使こまづかすこかほあかくして似合頃にあひごろうへ惡口わるくちふくなにすやらと尻目しりめにらめば、れにかまはずくちびるめて、まあお聞遊きゝあそばせ、千葉ちば其子そのこ見初みそめましてからのことあさ學校がくかうゆきまするときかなら其家そこ窓下まどしたぎて、こゑがするか、つたか、たい、きゝたい、はなしたい、種々いろ〳〵ことおもふたとおぼせ、學校がくかうにてはものひましたろ、かほましたろ、れだけでは面白おもしろうてこゝろいられのするに、日曜にちようとき其家そのやまへかはかならずつりをしにきましたさうな、ふなやたなごは迷惑めいわくな、るほどにるほどに、夕日ゆふひ西にしちてもかへるがしく、其子そのこのこくおさかなつて、よろこかほたいとでもおもふたので御座ござりましよ、あゝはえますれどれで中々なか〳〵苦勞人くらうにんといふに、れはまあ幾歳いくつのとし其戀そのこひ出來できてかと奧樣おくさまおつしやれば、てゝ御覽ごらんあそばせ先方むかう村長そんちやういもと此方こちら水計みづばかりめしあがるお百姓ひやくしやうくもにかけはしかすみ千鳥ちどりなどゝ奇麗事きれいごとではひませぬほどに、手短てみぢかにまうさうなら提燈てうちん釣鐘つりがね大分だいぶ其處そこへだてが御座ござりまするけれど、こひ上下じやうげものなれば、まあ出來できたとおぼしめしますか、およねどんなんとゝだいされて、なにはせてわらふつもりと惡推わるずいをすれば、わたしらぬとよこく、奧樣おくさますこ打笑うちわらひ、たねばこそ今日けふであろ、其樣そのやうなが萬一もしもあるなら、あのうちかぶりのみだがみ洒落氣しやれげなしではられぬはづ勉強家べんきようかにしたは其自狂そのやけからかとおつしやるに、中々なか〳〵もちまして彼男あれ貴孃あなた自狂やけなどおこすやうなおとこ御座ござりましよか、無常むじやうさとつたので御座ござりますとふに、そんなら其子そのこくなつてか、可憐かわいさうなとおくさまあはれがりたまふ、ふく得意とくいに、此戀このこひいふもはぬも御座ござりませぬ、子供こどもことなればこゝろにばかりおもふて、表向おもてむきにはなんとも月日つきひ大凡おほよそどのくらいおくつたもの御座ござんすか、いま千葉ちば樣子やうす御覽ごらんじても、れの子供こどもときならばと大底たいていにお合點がてんゆきましよ、病氣びやうきしてわづらつて、おてらものなりましたを、其後そのごなんおもへばとてこたへるものまつかぜで、うも仕方しかたからうでは御座ござんせぬか、さてそれからが本文ほんもん御座ござんすとてわらふに、ふく加減かげんなこしらへごとつこらしいうそふとおくさまつまはじきあそばせば、あれなにしにうそまをしませう、りながらこれをおみゝれたといふとすこわたしこまりのすぢ、これは當人たうにんくちからいたので御座ござりますとへば、うそをおひ、彼男あれうして其樣そのやうことはふ、よしつてからが、にがかほでおしだまつてるべきはづ、いよ〳〵のうそおつしやれば、さてもなさけないことそのやうわたしこと信仰しんかうしてくたさりませぬは、昨日きのふあさ千葉ちばわたしびまして、奧樣おくさまこの四五にちすぐれやう見上みあげられる、うぞあそばしてかと如何いかにも心配しんぱいらしくまをしますので、奧樣おくさまはおせいをりふしふさしようにもおあそばすし眞實しんじつわるときくらところいてらつしやるがお持前もちまへふたらば、んなにか貴孃あなた吃驚びつくりいたしまして、んでもこと、それは大層たいそう神經質しんけいしつで、るくするととりかへしのかぬことになるとまをしまして、れで其時そのときまをしました、わたし郷里きやうりおさ友達ともだちれ〳〵つて、かんもちの、はつきりとして、此邸こゝ奧樣おくさまうもひとつた、繼母まゝはゝつたので平常つね我慢がまん大底たいていではなく、つもつて病死びやうしした可憐かわいさういづをとここと御座ござりますから、眞面目まじめかほであり〳〵をひましたを、わたしがはぎあはせてかんがへるといままうしやうことるので御座ござります、其子そのこ奧樣おくさまていらつしやるとまをしたのはれはうそでは御座ござりませぬけれど、露顯ろけんしますと彼男あれわたししかられます、御存ごぞんじないおつもりでとしたまはして、たゝきたて太皷たいこおとさりとはにぎはしうきこわたりぬ。


⦅十一⦆


今歳ことし今日けふ十二ぐわつの十五にち世間せけんおしつまりてひと往來ゆきかひ大路おほぢにいそがはしく、お出人でいり町人てうにん歳暮せいぼ持參ぢさんするものお勝手かつて賑々にぎ〳〵しく、いそぎたるいゑにはもちつきのおとさへきこゆるに、此邸こゝにては煤取すゝとりさゝ座敷ざしきにこぼれて、ひやめし草履ぞうりこゝかしこの廊下らうかちりみだれ、お雜巾ぞうきんかけまするもの、おたゝみたゝくもの家内かない調度てうどになひまはるもれば、お振舞ふるまひさゝふて、これが荷物にもつるもあり、御懇命ごこんめいうけまするお出入でいり人々ひと〴〵手傳てつだひ手傳てつだひとて五月蠅うるさきをなかばことはりてあつまりしひとだけにかめのぞきのぬぐひ、それ、とつてたまへば、一どう打冠うちかぶり、あねさま唐茄子とうなすほうかふり、吉原よしはらかふりをするもり、且那だんなさまあさよりお留守るすにて、お指圖さしづたまおくさまのふうれば、小褄こづまかた友仙ゆふぜん長襦袢ながじゆばんしたながく、あか鼻緒はなを麻裏あさうらめして、あれよ、これよとおほせらる、一しきりおはりての午後ひるすぎ、おちやぐわしやまかつめば大皿おほさら鐵砲てつぽうまき分捕次第ぶんどりしだい沙汰さたありて、奧樣おくさま暫時しばしのほど二かい小間こまづかれをやすたまふ、みちのつよきひとなればむなぐるしさえがたうて、まくら小抱卷こがいまき仮初かりそめにふしたまひしを、小間こまづかひのよねよりほか、えてものあらざりき。

おくさまとろ〳〵としてお目覺めさむれば、まくらもとのゑんがはに男女なんによはなこゑさのみはゞかる景色けしきく、此宿こゝ旦的だんつくの、奧洲おくしうのと、車宿くるまやどの二かいふやうなるは、おくさま此處こゝにとゆめにもひとおもはぬなるべし。

一方かた〳〵仲働なかはたらきふくのこゑ、叮嚀ていねい叮嚀ていねいにとおつしやるけれど、一にちわざうして左樣さう行渡ゆきわたらりよう、隅々すみ〴〵隈々くま〴〵やつてておたまりがらうかえ、ところをざつとはたらいて、あとはいづれもとなれさ、れで丁度てうど加减かげんつかれて仕舞しまう、そんなにおまへ正直しようぢきつとまものかと嘲笑あざわらふやうにへば、おほきにさといふ、相手あいて茂助もすけがもとのやすらうがこゑなり、正直しようぢきといえば此處こゝ旦的だんつきが一けんもの飯田町いひだまちのおなみことつてかとひかけるに、おふくは百ねんまへからとはぬばかりにして、れを御存ごぞんじのいは此處こゝ奧樣おくさまお一かたらぬは亭主ていしゆ反對あべこだね、まだわたしこといが、いろ淺黒あさぐろ面長おもながで、ひんいといふではいか、おまへ親方おやかたかわりにおともまをすこともある、おがんだことるかとへば、だん格子戸かうしどすゞおとがするとぼつちやんが先立さきだちしてる、つゞいてあらはれるが例物れいぶつさ、かみ自慢じまん櫛卷くしまきで、薄化粧うすげしようのあつさりもの半襟はんゑりつきのまへだれがけとくだけて、おや貴郎あなたふだらうではいか、すると此處こゝのがでれりと御座ござつて、ひさしう無沙汰ぶさたをした、るせ、かなんかで、入口いりぐち敷居しきゐこしをかける、れいのがりてくつをぬがせる、ともいほどむつましいとふはれのこと旦那だんなおくとほると小戻こもどりして、おともさん御苦勞ごくらう、これで烟草たばこでもつてとつて、鼻藥はなぐすり次第しだいさ、あれがおまへ素人しろうとだから感心かんしんだとめるに、素人しろうと素人しろうと生無垢きむくむすめあがりだとふではいか、旦那だんなとは十何年なんねんなかで、ぼつちやんがとしもことしは十歳とをか十一にはならう、都合つがうるいは此處こゝうちには一人ひとり子寳こだからうて、彼方あちら立派りつぱをとこといふものだから、行々ゆく〳〵かんがへるとおどくなは此處こゝおくさま、うもれもさづかものだからと一人ひとりふに、仕方しかたい、十ぶんせん大旦那おほだんながしぼりつた身上しんじようだから、ひとものるとつても理屈りくつるまい、だけれどおまい不正直ふしようぢき此處こゝ旦那だんならうとふに、をとこみんなあんなものおほいからとおふくわらすに、わるあてこすりなさる、みゝいたいではいか、れはえても不義理ふぎり土用干どようぼしこと人間にんげんだ、女房にようぼうをだまくらかしてめかけところやう不人情ふにんじやう仕度したくても出來できない、あれだけはらふとゑらいのではらうが、かんがへると此處こゝ旦那だんなおにせうさ、二だいつゞきて彌々いよ〳〵らうと、聞人きくひとなげに遠慮ゑんりよなき高聲たかごゑふく相槌あひづちれい調子てうしに、もう一トはたらきやつてけよう、やすさんは下廻したまはりをたのみます、わたしはも一此處こゝいて、今度こんどはおくらだとて、雜巾ぞうきんがけしつ〳〵とはじめれば、おくさまはたゞこのへだてをいのちにして、けずにねかし、かほみらるゝことらやとおぼしぬ。


⦅十二⦆


十六にちあさぼらけ昨日きのふ掃除そうぢのあときよき、納戸なんどめきたる六でうに、置炬燵おきごたつして旦那だんなさまおくさま差向さしむかひ、今朝けさ新聞しんぶんおしひらきつゝ、政界せいくわいこと文界ぶんくわいことかたるにこたへもつきなからず、他處目よそめうらやましうえて、面白おもしろなりしが、旦那だんなさまころはからひの御積おつもりなるべく、年來としごろらぬことなきいへきをばかり口惜くちをしく、其方そなたらば重疊ちようでうよろこびなれど萬一もしいよ〳〵出來できものならば、いまよりもらうてこゝろまかせし教育きやういくをしたらばとれをあけくれこゝろがくれども、いまだにきも見當みあたらず、としたてばれも初老はつおひの四十のさか、じみなることふやうなれどもいゑつぎのまらざるはなにかにつけて心細こゝろぼそく、このほどちう其方そなたのやうに、さびしいさびしいのひづめもではられぬやうなことあるべし、さいは海軍かいぐん鳥居とりゐ知人ちじん素性すぜうるからで利發りはつうまれつきたるをとこあるよし、其方そなた異存いぞんなければれをもらふて丹精たんせいしたらばとおもはるゝ、悉皆しつかい引受ひきうけは鳥居とりゐがして、さとかたにもいゑにてるよし、としは十一、容貌きりようはよいさうなとふに、おくさまかほをあげて旦那だんな面樣おもやういかにとうかゞひしが、成程なるほどそれはおぼめしより、わたしにかれこれは御座ござりませぬ、いとおぼしめさばお取極とりきくださりませ、此家こゝ貴郎あなたのおうち御座ござりまするものなんとなりおぼしめしのまゝにとやすらかにはひながら、萬一もしそのにてりたらばと無情つれなきおもひ、おのづから顏色かほいろあらはるれば、何取なにとりいそぐことでもい、よく思案しあんしてかなふたらば其時そのときこと、あまり欝々うつ〳〵として病氣びようきでもしてはらんから、すこしはなぐさめにもとおもふたのなれど、れもあま輕卒けいそつこと人形にんげうひなではし、ひと一人ひとり翫弄物もてあそびにするわけにはくまじ、出來できそこねたとて塵塚ちりづかすみてられぬ、いゑいしづゑもらふのなれば、いまをう聞定きゝさだめもし、取調とりしらべてもうへことたゞこのころやうふさいでたら身體からだためるまいとおもはれる、これはいそがぬこととして、ちと寄席よせきゝにでもつたらうか、播摩はりまちかところへかゝつてる、今夜こんやうであらうかんかなと機嫌きげんたまふに、貴郎あなた何故なぜそんなやさしらしいことおつしやります、わたしけつしてそのやうなことうかゞひたいとおもひませぬ、ふさときふさがせていてくだされ、わらときわらひますから、心任こゝろまかせにしていてくだされと、ひて流石さすがうちつけにはうらみもへず、こゝろめてうれはしけのていにてあるを、良人おつとあさからずにかけて、何故なぜそのやうてばるはふぞ、此間このあひだからなにかと奧齒おくばものはさまりて一々こゝろにかゝることおほし、ひとには取違とりちがへもあるものなにをか下心したこゝろふくんでかくしだてゞはいか、此間このあひだ小梅こうめこと、あれではいかな、れならば大間違おほまちがひのうへなし、なんことだに心配しんはい無用むよう小梅こうめ八木田やぎた年來としごろ持物もちもので、ひとにはゆびをもさゝしはせぬ、ことにはせがれ、はなくにつて紫蘇葉しそはにつゝまれようとものだに、れほどの物好ものずきなれば手出てだしを仕樣しやうぞ、邪推じやすゐ大底たいていにしていてれ、あのことならば清淨しようじよう無垢むく潔白けつぱくものだと微笑びようふくんで口髭くちひげひねらせたまふ。飯田町いひだまち格子戸かうしどおとにもらじと思召おぼしめしれがそなへはてもせず、防禦ぼうぎよさくらざりき。


⦅十三⦆


さま〴〵ものをおもひたまへば、奧樣おくさま時々とき〳〵しやくおこくせつきて、はげしきとき仰向あほのけたほれて、いまにもるばかりのるしみ、はじめ皮下注射ひかちうしやなど醫者いしやをもちけれど、日毎夜毎ひごとよごとたびかさなれば、ちからあるにつよくおさへて、一兎角とかくまぎらはすことなり、をとこならでは甲斐かひのなきに、其事そのことあればといはず夜中よなかはず、やがて千葉ちばをば呼立よびたてゝ、そりかへるおさへさするに、無骨ぶこつぺん律義りつぎをとこわすれての介抱かいほうひとにあやしく、しのびやかのさゝややが無沙汰ぶさたるぞかし、かくれのかたの六でうをばひと奧樣おくさましやく部屋べや名付なづけて、亂行らんげうあさましきやうにとりなせば、がらかや此間このあひだこといぶかしう、さら霜夜しもよ御憐おあはれみ、羽織はをりことさへとりへて、仰々ぎやう〳〵しくもなりぬるかな、あとなきかぜさわしのぶがはらむしこゑつゆほどのことあらはれて、奧樣おくさまいとゞりぬ。

中働なかはたらきのふくかねてあら〳〵心組こゝろぐみの、奧樣おくさま着下きおろしの本結城ほんゆふき、あれこそはものたのむなしう、いろ〳〵千葉ちば厄介やくかいなりたればとて、これを新年着はるぎ仕立したてゝつかはされし、そのうら骨髓こつずいとほりてそれよりの目横めよこにかさかにか、女髮結をんなかみゆひとめらへて珍事ちんじ唯今たゞいま出來しゆつたいかほつきに、れい口車くちぐるまくる〳〵とやれば、この電信でんしん何處いづくまでかゝりて、一てうごと風説うはさふとりけん、いつしか恭助けうすけぬしがみゝれば、やすからぬことむねさわがれぬ、いゑつきならずはほどこすべきみちもあれども、浮世うきよきこえ、これを別居べつきよ引離ひきはなつこと、如何いかにもしのびぬおもひあり、さりとてこのまゝさしかんに、内政ないせいのみだれ攻撃こうげきたねりて、あさからぬ難義なんぎ現在げんざいうへにかゝれば、いかさまにばやとてなやみぬ、わがまゝもそのまゝ、氣隨きずいそのまゝ、なにかはことごとしてとがめだてなどなさんやは、金村かなむらつまちて、はづかしきことなからずはとおぼせども、さしおきがたき沙汰さたとにかくにかしましく、したしきともなどうちつれての勸告くわんこくに、今日けふ今日けふはとおもちながら、なほ其事そのことおよばずして過行すぎゆく、年立としたちかへるあしたより、まつうちぎなばとおもひ、まつとりつれば十五にちばかりのほどにはとおもふ、二十日はつかぎて一げつむなしく、二ぐわつうめにもこゝろいそがれず、つき小學校しようがくかう定期試驗ていきしけんとて飯田町いひだまちのかたに、みかたまけていそへるを、れどもこゝろたのしからず、いゑのさま、町子まちこうへ、いかさまにせん、とはかりおもふ、谷中やなか知人ちじんいゑひて、調度萬端てうどばんたんおさめさせ、此處こゝへとおもふに町子まちこ生涯せうがいあはれなることいふはかりなく、暗涙あんるいにくれては不徳ふとくおぼしゝるすぢなきにあらねど、いまはとおもちて四ぐわつのはじめつかた浮世うきよはなはるあめふる別居べつきよむねをいひわたしぬ。

かねてぞ千葉ちばはなたれぬ。汨羅べきら屈原くつげんならざれば、うらみはなにとかこつべき、大川おほかはみづきよからぬひて、永代えいだいよりの汽船きせん乘込のりこみの歸國きこく姿すがた、まさしうたりとものありし。

          *    *    *    *     *    *

             *    *    *    *     *

かりしはそののさまなり、くるま用意よういなにくれと調とゝのへさせてのち、いふべきことあり此方こなたへと良人をつとのいふに、いまさらおそろしうて書齋しよさいにいたれば、今宵こよひより其方そなた谷中やなかうつるべきぞ、此家このいゑをばいゑとおもふべからず、立歸たちかへらるゝものおもふな、つみはおのづからりたるべし、はやて、とあるに、れはあまりのお言葉ことばわれわることあらばなにとて小言こごとたまはぬ、しぬけのおほせはませぬとてくを、恭助けうすけ振向ふりむいてんともせず、理由わけあればこそ、人並ひとなみならぬことともなせ、一々の罪状ざいじやういひたてんはかるべし、くるま用意よういもなしてあり、たゞのりうつるばかりとひて、つとちてやの出給いでたまふを、ひすがりてそでをとれば、はなさぬか不埒者ふらちもの振切ふりきるを、お前樣まへさまどうでも左樣さやうなさるので御座ござんするか、わたし浮世うきよものになさりまするおか、わたくし一人ひとりもの、にはたすくるひとし、此小このちいさきすてたまふに仔細わけはあるまじ、美事みごとすてゝ此家このいゑきみものにしたまふおか、りて見給みたまへ、れをばてゝ御覽ごらんぜよ、一ねん御座ござりまするとて、はたと白睨にらむを、つきのけてあとをもず、まち、もうはぬぞ。

⦅完⦆

底本:「文藝倶樂部 第二卷第六編」博文館

   1896(明治29)年510

初出:「文藝倶樂部 第二卷第六編」博文館

   1896(明治29)年510

※初出時の署名は、「樋口一葉女」です。

※変体仮名は、通常の仮名で入力しました。

※「母」と「毋」、「加減」と「加减」、「欝」と「鬱」、「手傳てつだひ」と「手傳てつだひ」の混在は、底本通りです。

※「與四郎」の「與」に対するルビの「よ」と「よし」、「男」に対するルビの「をとこ」と「おとこ」、「女房」に対するルビの「にようぼ」と「にようぼう」、「可愛さ」に対するルビの「かわい」と「かはゆ」の混在は、底本通りです。

入力:万波通彦

校正:Juki

2019年111日作成

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