「わすれなぐさ」はしがき
北原白秋



 少年老い易し、麗人はときを千金の春夜に惜む。われらがわかき日の小詩はまさに涙を流して歌ふべし。瑠璃いろ空のかはたれにわすれなぐさの花咲かばまた、過ぎし夜のはかなき恋も忍ぶべし。ここに選び出でたるはわが幼きより今にいたるあらゆる詩集の中より、ことに歌ひ易く調しらべやさしき断章小曲のかずかず、すべてみな見果てぬ夢の現なかりしささやきばかり、とりあつむればあはれなることかぎりなし。かの西の国の詩人うたびと

ながれのきしのひともとは

みそらのいろのみづあさぎ

なみことごとくくちづけし

はたことごとくわすれゆく。

と歌ひけむ。なにごともながれゆく水のながれのひとふれのみ。忘れえぬ人びとよ、われらが若さは過ぎなむとす。嘆かば嘆け。羊の皮の手ざはりに金の箔押すわがこころ、思ひあがればある時は、紅玉ルビサフアイヤ、緑玉エメラルド金剛石ダイヤモンドをもちりばめむとする、何んといふかなしさぞや、るりいろ空に花咲かば忘れなぐさと思ふべし。

大正四年四月
白秋識

底本:「白秋全集 3」岩波書店

   1985(昭和60)年57日発行

底本の親本:「わすれなぐさ」阿蘭陀書房

   1915(大正4)年53日刊行

※底本における表題「はしがき」に、底本の親本名を補い、作品名を「「わすれなぐさ」はしがき」としました。

入力:岡村和彦

校正:フクポー

2017年311日作成

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