三州仕立て小蕪汁
北大路魯山人



 味噌汁は簡単にできるものでありながら、その実が、日常どこの家庭でも美味くつくられてはいないようなので、一言申し上げようと思う。味噌汁は、中身の如何にかかわらず、時間をかけて煮てはいけない。まずだしをとり、次に中身がよく煮えてから、最後に味噌を落とし、沸騰したら直ちに椀に盛るという加減のところがよろしい。

 ところが、家庭によっては、朝食が家人の都合でまちまちになっている。七時の者、八時の者というふうに、不揃いで食事すると、それがひとつの味噌汁なら、最初に食べる者は一番塩梅のよいものを食べるが、二番目、三番目となると、冷めぬようにいつまでも火にかけたり、また冷ましたり、温め直したりしているうちに、しまいにわけのわからぬ泥水みたいなものになってしまう。味噌汁には味噌汁のコツがある。それを会得しなければ、いつまでたっても上品な美味を持つ味噌汁はできない。

 要は、味噌を生かしているか、殺してしまっているかということなのである。殺してしまっては、意義を失うのであって、いい出来栄えは得られない。反対に、いい出来栄えのものは、味噌を生かしている場合なのである。生きているという場合は、つくる人が生きているということなのである。

 生かしているか殺しているかということは、つくる人が生きがよいか悪いかということである。つくる人が生きが悪くては、生きのいい味噌汁はできない。料理する者は、常にものを生かすことを心掛けなければ、よい料理はできない。料理法がよくなければ、自然、味もみな殺されてしまう。私に言わせれば、料理屋の料理は殺されてしまっている場合が多いのである。

 さて、味噌をなべに落としてから、ぐらぐらと沸騰したところが一番よいのである。三州味噌は澱粉が多いので、澱粉まで全部使っては、ドロドロになって美味いというわけにはいかない。酒を飲むという膳にはそのドロドロした汁では適しない。汁のほかに刺身があり、なお五品、七品と料理が出るのだとしたら、濃い三州仕立ての味噌汁は胸にもたれていけない。三州味噌は全体を使わないで、ある部分、すなわち、澱粉の大部分を捨てる。その割合は、五割とか三割とかが適当だろう。そうすると、酒に適する汁をつくることができる。

 それにはまず、三州味噌を小口からサクサクと切る。それを細か目のざるに入れて、だしの中で洗うのである。すると、ざるの中には著しく澱粉が残る。だしに解けた分量は、味噌の味がする程度でよいのである。しかし、そこは各自の口に合うようにするがいい。よく洗えば自然と汁は濃くなるし、あっさり洗えば、勢いぜいたくな味噌汁になる。これを洗い味噌という。

 味噌汁ひとつつくるにしても、いろいろ手法があろう。その手際如何で、同じ材料の味噌汁にも幾段の等級ができる。

 結局は、いい加減にやるか、気を配ってやるか、その人その人の精神によって決定される。ふつうの朝の味噌汁だと、大根とか蕪とか、中身と味噌汁とが最もよく調和するという塩梅に計らってやるのがよい策で、料理屋というものは体裁ばかりを考え、見掛けをきれいにすることばかりに専念しているから、味の方はたちまち第二段になる。料理屋もぞんざいなのになると、汁に入れる大根を別に煮たり、あるいは中身が冷たくて汁だけが熱かったり、変なことをやるが、心ある者のすべきことではない。

 大根とか蕪などの野菜の場合は、持ち味を絶対に捨てぬことである。魚の場合だったら、味噌汁は味噌汁の味のままにしておいて、魚は魚で別につくって、汁を出すとき入れるようにする。青い魚、さばとか、あじとかは、ことにそうしなければ、汁の味がくどく、下品になっていけない。魚と言っても、きすとか、わたぬきの鮎とかいうようなあっさりしたものは、一概にそういうふうにやらなくてもよい。三州仕立ての味噌汁は、ほかに江戸前のこいなど入れて煮込むやり方もあるし、白魚、赤貝などの軽いもので拍子を取る場合もある。また、豆腐でつくる場合もある。それは濃淡よろしきを得て工夫されればよろしい。

 しかし、三州味噌は濃すぎて、私はあまり好きではない。ある時、三州味噌をたくさん送ってもらったことがあった。どうしようかと処分に困り、納屋に放ったままにしておいた。五、六年たって、フトそれを思い出し、食べてみたら味が非常に軽くなっており、濃すぎるのが取れていた。私にしては大発見であった。

 大量の味噌がまたたく間に平らげられてしまったのは、もちろんのことである。これから推して、味噌は年月が経てば軽くなるものと言えよう。味噌のできたてはナマナマしく濃いので、私には田舎味噌のほうがよく、それのみを用いている。信州、北陸地方では、味噌が往々自家でつくられているが、あまりたくみなものは感心できない。

(昭和九年)

底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社

   1980(昭和55)年410日初版発行

   1995(平成7)年618日改版発行

   2008(平成20)年515日改版14刷発行

入力:門田裕志

校正:仙酔ゑびす

2012年820日作成

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