岩魚
──哀しきわがエレナにささぐ──
萩原朔太郎



瀬川ながれを早み、

しんしんと魚らくだる、

ああ岩魚いはなぞはしる、

谷あひふかに、秋の風光り、

紫苑はなしぼみ、

木末こずゑにうれひをかく、

えれなよ、

信仰は空に影さす、

かならずみよ、おんみが靜けき額にあり、

よしやここは遠くとも、

わが巡禮は鈴ならしつつ君にいたらむ、

いまうれひは瀧をとどめず、

かなしみ山路をくだり、

せちにせちにおんみをしたひ、

ひさしく手を岩魚いはなのうへにおく。

──一九一四、八、八──

底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房

   1977(昭和52)年530日初版第1刷発行

   1986(昭和62)年1210日補訂版第1刷発行

入力:kompass

校正:小林繁雄

2011年625日作成

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