月天讃歌(擬古調)
宮沢賢治
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兜の尾根のうしろより
月天ちらとのぞきたまへり
月天子ほのかにのぞみたまへども
野の雪いまだ暮れやらず
しばし山はにたゆたひおはす
決然として月天子
山をいでたち給ひつゝ
その横雲の黒雲の
さだめの席に入りませりけり
月天子まことはいまだ出でまさず
そはみひかりの異りて
赤きといとど歪みませると
月天子み丈のなかば黒雲に
うづもれまして笑み給ひけり
なめげにも人々高くもの云ひつゝ
ことなく仰ぎまつりし故
月天子また山に入ります
兜の尾根のうしろより
さも月天子
ふたゝびのぞみ出でたまふなり
月天子こたびはそらをうちすぐる
氷雲のひらに座しまして
無生を観じたまふさまなり
月天子氷雲を深く入りませど
空華は青く降りしきりけり
月天子すでに氷雲を出でまして
雲あたふたとはせ去れば
いまは怨親平等の
ひかりを野にぞながしたまへり
底本:「新修宮沢賢治全集 第六巻」筑摩書房
1980(昭和55)年2月15日初版第1刷発行
入力:junk
校正:土屋隆
2011年5月14日作成
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