饗宴
宮沢賢治



ひとびと酸き胡瓜を噛み

やゝに濁れる黄の酒の

陶の小盃に往復せり

そは今日賦役に出でざりし家々より

権左エ門が集め来しなれ

まこと権左エ門の眼双に赤きは

尚褐玻璃の老眼鏡をかけたるごとく

立つて宰領するこの家のあるじ

熊氏の面はひげに充てり

榾のけむりは稲いちめんにひろがり

雨は漟々青き穂並にうち注げり

われはさながらわれにもあらず

稲の品種をもの云へば

或いはペルシャにあるこゝちなり

この感じ多く耐へざる

背椎の労作の後に来り

しばしば数日の病を約す


げにかしこにはいくたび

赤き砂利をになひける

面むくみしつ弱き子の

人人の背後なる板の間に座りて

素麺をこそ食めるなる

その赤砂利を盛れる土橋は

楢また檜の暗き林を負ひて

ひとしく雨に打たれたれど

ほだのけむりははやもそこに這へるなり

底本:「新修宮沢賢治全集 第六巻」筑摩書房

   1980(昭和55)年215日初版第1刷発行

入力:junk

校正:土屋隆

2011年514日作成

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