ある男と無花果
小川未明



 あるおとこが、縁日えんにちにいって、植木うえきをひやかしているうちに、とうとうなにかわなければならなくなりました。そして、無花果いちじく鉢植はちうえをいました。

「いつになったら、がなるだろう。」

来年らいねんはなります。」と、植木屋うえきやこたえました。しかしそのは、ちいさくありました。

 おとこは、それをってかえ途中とちゅう夕立ゆうだちにあいました。

 もう、そのときは、そんなどころではありません。などは、どうでもよかったのです。ともだちのうちたよって、あめのやむまでって、かえりには、その無花果いちじくはちあずけてゆきました。

 幾月いくつきも、幾年いくとしもたちましたけれど、おとこは、わすれたものか、ともだちのいえへあずけたりにゆきませんでした。

 しかし、このおとこは、なかなか欲深よくふかでありました。五、六ねんもたって、ふと、いつか自分じぶん無花果いちじくともだちのもとにあずけておいたことをおもしました。さっそくりにゆきました。

「あなたが、きっとりにおいでなさるとおもって、大事だいじそだてておきました。」と、そのいえひとはいって、裏庭うらにわ案内あんないしました。

 おおきな無花果いちじくに、がいっぱいなっていたのです。おとこは、おどろきました。かつ当惑とうわくしました。しかたがなく、って、くるませてかえりました。

 しかし、それは、うつ時期じきでなかったので、もしなびてしまえば、れてしまいました。

 けっきょく、おとこは、ほねおりぞんわったわけです。

底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社

   1977(昭和52)年210日第1刷発行

   1977(昭和52)年C第2刷発行

※表題は底本では、「あるおとこ無花果いちじく」となっています。

入力:特定非営利活動法人はるかぜ

校正:富田倫生

2012年121日作成

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