五銭のあたま
小川未明
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ある田舎に、同じような床屋が二軒ありました。たがいに、お客を自分のほうへたくさん取ろうと思っていました。一軒が、店さきをきれいにすれば、一軒もそれに負けまいと思って、大工を呼んできてきれいにしました。
一軒で、お客に、お茶を出せば、また一軒でも、それを見習って、お客にお茶を出したのであります。そして、各々の床屋の主人は、すこしでもていねいに、客の頭を刈って、また、ていねいに顔を剃ったのでした。
「あすこの家は、しんせつで、それに仕事がていねいだから、あすこの家へゆくことにしよう。」と、客にいってもらえれば、このうえのないしあわせでありましたからです。
だから、お客は、どちらの家へいったら、いいものだろうと迷いました。なかには、あちらの家へ一度いったら、そのつぎには、こちらの家へゆくことに、心のうちできめたものもありました。
こうして、この村に、床屋が二軒でありましたうちは、まだ無事ですみましたけれど、ふいに、もう一軒、新しい、同じような床屋が増えたのであります。
「やあ、床屋が三軒になったぞ。」と、子供たちは目をまるくして、新しくできた床屋の前を通りました。
そうなると、三軒の競争ははげしくなりました。お茶を出したり、店さきをきれいにしたり、またいろいろな額などを掛けたくらいでは、自分のほうへお客を引く、たしにはなりませんでした。
いままで、その村の床屋では、子供の頭を刈るのに、拾銭でありました。三軒が、同じく拾銭であればこそ、こういうように競争が起こるのだけれど、その中の一軒が安くすれば、お客は、しぜん安いほうへくるにちがいないと、一軒の主人は考えたのです。そこで、その店は、子供の頭を八銭に値下げしました。すると、はたして、主人が考えたように、お客は、みんなその安い店へやってきました。
他の二軒は、これを見て、これではしかたがないと思いました。その二軒の主人は、この問題について、相談したのです。
「あなたは、どうなさいますか。」と、一軒の主人はいいました。
「私は考えますのに、三軒が、同じく八銭にすれば、やはり同じことです。私は、いままでどおり拾銭にして、仕事をていねいにして、油や香水の上等を使います。あなたは、別にいいお考えをなさったがいいと思います。」と答えました。
「なるほど、そんなら、私は、思いきって、安くしましょう。その代わり、仕事のほうは、すこしぞんざいになるかもしれないが……。」
こういって、二人は別れました。
安くするといった主人は、家へ帰るとさっそく紙札を店さきに張りました。それには、
「五銭の頭あり」と書いてありました。
こんど、子供たちは、みんな、この安いほうの店へやってきました。主人は、五銭に値下げをしたかわり、ろくろく石鹸もつけなければ、香水などは、まったくつけませんでした。
子供たちが、八銭の店へやってきて、
「五銭の頭ありますか?」といって、聞くことがあると、
「そんな安い頭はない!」と、主人は怒り声でいって、子供たちをにらみつけたのでした。
ある日、学校へゆく途中で、子供たちは、一人、一人、たがいに頭を嗅ぎ合っては、
「君の頭は五銭だね。ちっとも香いがしないから……。」
「ちっとするから、君のは八銭の頭だ。」
「僕の頭は、拾銭の頭だ。刈ってから、もう四、五日たったのだけれど、いちばんいい香いがするだろう……。」と、いって話したり、笑ったりしていました。このとき、これを、木の技で見ていたからすが、アホー、アホー、といって鳴いたのであります。
底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社
1977(昭和52)年3月10日第1刷
※表題は底本では、「五銭のあたま」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:江村秀之
2014年1月23日作成
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