小鳥と兄妹
小川未明



 まちからはなれて、しずかなむらに、なかのいい兄妹きょうだいんでいました。

 あに太郎たろうといい、いもうと雪子ゆきこといいました。二人ふたりは、毎月まいげつまちへくるあたらしい雑誌ざっしってきて、いっしょにむのをなによりのたのしみとしていました。

 あるのこと、二人ふたりは、雑誌ざっしひらいてていますと、そのつきのには、うつくしいはなとり写真しゃしんがたくさんにっていました。

「まあ、きれいだこと、にいさん、このとりは、よくとりじゃありませんか。」と、雪子ゆきこはいいました。

 そのとりは、すずめほどのおおきさで、くびのまわりがあかく、まことにうつくしかったのであります。

「ああ、このとりは、よくにわにやってくるうそというとりだ。こちらにはたくさんいてめずらしいとりでないけれど、東京とうきょうへゆくと、このとりすくないとみえて、たいせつにわれるのだね。」と、あにはいって、雑誌ざっしいてあることをいもうとんでかせたのです。

 このとき、うそが、ちょうどにわにきてとまっていました。あにいもうとが、雑誌ざっしひらいて、自分じぶん写真しゃしんゆびさしながら、はなしをしているのをじっとながめていました。とりというものはみみざといものでありますから、二人ふたりはなしはなんでもよくわかりました。そして、もよくききましたから、二人ふたりが、まどしたている雑誌ざっしもわかりました。

「いま、あの子供こどもさんたちがいっているのをくと、ほかのくにへゆけば、自分じぶん大事だいじにされるということであるが、いったいどこだろう……。ああして、にまで自分じぶん姿すがたをかいてしてあるのをれば、まんざらうそのことではない。」と、うそはおもいました。

 この小鳥ことりは、さむい、さむい、きたくにまれたのでした。もうなつもやがてくるので仲間なかまといっしょに、ふたたび故郷こきょうかえ約束やくそくをしたのであります。天気てんきのいいを、はからって、かれらは旅立たびだつことになっていました。

 うそは、ともだちとした約束やくそくわすれなかったけれど、

「どうか、自分じぶんをかわいがってくれる、そのらない土地とちへいってみたいものだ。」とおもいました。

 かれは、からびたつと、はるかあちらへんでゆきました。そして、街道かいどうにあった、一ぽん電信柱でんしんばしらにきてまったのです。いつであったか、電信柱でんしんばしらが、なんでも自分じぶんけば、このなかのことで、らないものはないといった、そのことをおもしたからでした。

 あおれた、そらしたで、電信柱でんしんばしら居眠いねむりをしていました。そのあたまうえまると、小鳥ことりは、くろいくちばしでコツ、コツとつついて、かれねむりをさました。

「ああ、ねむいことだ。いいかぜが、そよそよとくので、ぐっすりねむってしまったが、おれこしたのは、何者なにものだ?」と、電信柱でんしんばしらは、不平ふへいをいわずには、いられなかったのです。

わたしですよ。いつか、あなたから、おもしろいはなしかせていただいたことのある、たび小鳥ことりです。」

「ああ、そうでしたか。まだおまえさんたちは、きたくにかえらないのですか。あのくもをごらんなさい。これからは、だんだんあつくなります。そして、日中にっちゅうたび困難こんなんになりますよ。」と、電信柱でんしんばしらがいいました。

わたしだけは、故郷こきょうかえらないとおもうのです。それで、あなたにおきしたいとおもうのですが、どこかのくにで、自分じぶんたちを大事だいじにしてって、もてなしてくれるところがあるということですが、ほんとうでしょうか。」と、うそはたずねました。

 すると、電信柱でんしんばしらは、脊伸せのびをしながら、

「それは、ほんとうのことらしい。いつか、した街道かいどうとお旅人たびびとが、いろいろ小鳥ことりをいって、かねになるなどといっていたが、たしかそのなかにおまえさんのもあったとおもう。」とこたえました。うそは、からだじゅうがあつく、あかくなったようにかんじました。

電信柱でんしんばしらさん、そこへはどうしてゆけるか、おしえてください。」と、小鳥ことりたのんだ。

「さあ、なんというところか、場所ばしょさえわかれば、汽車きしゃってゆくとも、また、あちらのみなとからたつ汽船きせんってゆくとも、また方法ほうほうはいくらもあるが、そのまちは、わたしにもわかりません……。」と、電信柱でんしんばしらはいいました。

 あわれな小鳥ことりは、そこからつと、もう一、あのあにいもうと雑誌ざっしひらいてはなしをしていたまどまえにあったにきてまりました。そして、自分じぶんたちをかわいがってくれるまちりたいとおもいました。しかしきてみると、そのまどは、まって、なかのいいあにいもうと姿すがたえなかったのです。うそは、いいこえしてきました。けれど、ついにまど障子しょうじひらきませんでした。

 うそは、このとき、はかない希望きぼうて、みんなといっしょに故郷こきょう旅立たびだつことを決心けっしんしました。そして、あおそらを、あちらにけて、自分じぶんっているともだちのいるほうったのであります。

底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社

   1977(昭和52)年310日第1

※表題は底本では、「小鳥ことり兄妹きょうだい」となっています。

入力:特定非営利活動法人はるかぜ

校正:江村秀之

2014年214日作成

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