片田舎にあった話
小川未明
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さびしい片田舎に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日、都にいるせがれのところから、小包がとどいたのです。
「まあ、まあ、なにを送ってくれたか。」といって、二人は、開けてみました。
中から、肉のかん詰めと果物と、もう一つなにかのかん詰めがはいっていました。
「これは、おいしそうなものばかりだ。」といって、二人は喜びました。
夕飯のときに、おじいさんは、
「どれ、せがれが送ってよこした、かん詰めを開けようじゃないか。」と、おばあさんにいいました。
おばあさんは、三つのかん詰めを膳のところへ持ってきて、
「どれにしましょうか。」と、おじいさんにたずねました。
「そちらの小形の赤いかんは、なんだろうな。」と、おじいさんは、いいました。
おばあさんにも、よく、それがわかりませんでした。
「なにか、外国の文字が書いてありますが……。」といって、おじいさんに手渡しました。
おじいさんも、手に取ってみたが、やはりわかりませんでした。
「どんなものか、これをひとつ開けてみよう……」といいました。
たとえ、年を取っても、やはり、珍しいものにはいちばん興味を覚えるものです。
おじいさんは、そのかんのふたを開けました。すると香ばしいかおりがしたのです。
「粉じゃ、なんの粉だろう……。」と、頭をかしげました。
こんどは、おばあさんが、その赤いかんを取って、香いを嗅いだのであります。
「おじいさん、これは、やはり麦を挽いた粉ですよ。うちのせがれは、子供の時分から、不思議な子で、こうせんが大好きだったから、こんなものを送ってよこしたのですよ。」と、おばあさんはいいました。
「飯にでもかけて食べるのかな。」
「きっと、そうするのでございますよ。」
おじいさんと、おばあさんは、その赤黒い粉を飯にかけて食べました。しかし、その香いほど、あまり、うまくはありません。
「砂糖をまぜなければならぬだろう。」と、おじいさんがいいました。
「これは、子供の食べるものですね。」と、おばあさんはいいながら、立って、砂糖を持ってきました。そして、二人は、飯にかけて食べました。
夜になって、二人は、いつものごとく床につきました。けれど、どうしたことか、目がさえて眠れませんでした。
「ああ、こうせんを食べたので、胸がやけたとみえて眠れない。」と、おじいさんがいいますと、
「外国のものは、体に合わないから、食べるものでありませんね」と、おばあさんは、答えました。
二人は、やっと眠りつきましたが、いろいろの夢を見ました。
おじいさんは、まだ元気で、河へ釣りにいった夢を見たり、おばあさんは、まだ若くて、みんなと花見にいったことなどを夢に見ました。
翌日、二人は、あの赤いかんの中の粉を捨ててしまおうかと話をしていました。そこへ、小包よりおくれて、せがれから、手紙がとどきました。
その手紙によると、赤いかんにはいっているのは、ココアというものであることがわかりました。田舎に住んでいるおじいさんや、おばあさんには、まだそうした飲み物のあることすら知らなかったのです。
「こんなものを、なんで私たちが知ろうか。」といって、おじいさんと、おばあさんは、顔を見合わせて笑いました。
底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社
1977(昭和52)年3月10日第1刷
※表題は底本では、「片田舎にあった話」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:江村秀之
2014年1月18日作成
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