嘆きの谷で拾つた懐疑の花びら
牧野信一
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日記といふものを、逆に時日を遡つて誌さうとしたら、映画のヒルムを逆に回転するやうな混乱に陥るだらうか──今朝、こんなことを考へながら、墓地に隣る生垣の傍らで書きかけの原稿を焼いてゐた。霧が深かつた。ちよつとは思ひ出せない程幾晩も徹夜を続けた後の混乱の頭が司る覇気だ。断じて披瀝を怕れる自尊心ではない。悪の面をかむつた悲惨な姿が、虚空をつかんで後ろへ向つて駆けて行く。「喜劇は普通の人よりもより悪しき人々を模倣せるものなり、されどそれは凡ての悪に関してより更に極悪であるには非ずして単に一個の特殊な悪に関する謂なり、即ち単に笑ひに関するのみの謂にして笑ひは事実醜きものゝ一分派なり、笑ふべきものとは他人に何等の痛痒も害毒をも与へぬ底の過失或ひは醜さであるならん、例へば吾等の笑ひを誘ふ一個の仮面を想ひても見給へ、斯る仮面の形相は概ね醜く歪みたるものなれども、吾等にいさゝかの苦痛をも誘はぬは事実ならん。」私は有り難い古人のお経をそらんじて、立ち昇る煙りの中で忍術家のやうに瞑目をしてゐると不図、
「親愛なる友よ、御存じかね?」
と直ぐの眼の前で九官鳥のやうな声が響いたので驚いて、見ると、こんな早朝に、もう綺麗な身終ひをしたRさんが、私の脚元から拾ひあげた手帳を朗読したのだ。Rさんはクレテ島の沐浴婦に擬すべき美人で、かね〴〵私は尊敬の念を抱いてゐたが、惜しみてもあまりあることには、その音声が九官に酷似して、私を悲しませた。
「形而上学者達が、真理へ通ずる実際的の道は二つより他にはないといふ奇天烈な思想から人々を開放しようと試みて始めて意見の一致をみて以来、僅かにそれは八九百年の星霜を閲したに過ぎない。ところが君よ、昔も昔、大昔、星霜の帷の闇の底深く、処は土耳古の片田舎、名をアリスと称ばれ、字名をトオトルと差されし一哲学者があつた。(多分これはアリストオトルの謂であらうが、あの偉大なる哲学者の名前か、二三千年の時を経たゞけで、何とまあ滑稽に取り違へられたものぢやありませんかね!)彼の名声は、そもそも嚏といふものは、自然の賢明なる配心であつて、実にも深刻なる多くの思想家はこれに依つて彼等の思想上の阿堵物を鼻腔から追放することが可能であるといふことを証明した権威の故に基くのである。而して彼は、所謂、演繹法、或は先験哲学の創始者として……」(これはE・P、ユレカの一節也)
九官の声は続いて「アリスは向ふところ敵なくホツグの出現まで栄えた。彼は字名をイトリツクの羊飼ひと称ばれて、帰納法或は経験哲学に反するシステムを説き、論を進めるに事物の解剖と観察の分類を事と選んだ。奴の説が発表されるや天下は挙げて賛同し、終にアリスは敗北の憂目に陥つた。然しアリスもさるもの、やをら奮起一番、剣を払つて新来の敵と鉾を交へれば、こゝに忽ち哲学王国は黒雲をはらんで、竜虎の爪に二分されようとする震天動地の活劇は開始されんとした。」
私も負けずにお経をつゞけてゐた。「性格に関して四条の定理あり。第一に、性格は善でなければならぬ。仮りに人物の言葉乃至行動が何らかの意味に於て一つの意図を明示するならば既にその作物には一個の性格が現れたるならん。一つの善き意図が表示されたるならば一つの善き性格の現れとやならん。而して斯る善は凡ゆる類ひの人物の上にも可能なるものなり。おそらく女性は男性よりも劣等であり奴隷は全然奴隷であらうとも、彼等も、亦斯る意味にては善であり得るなり。」
「斯様なる臆面もない愚劣な制限が如何ばかり真の科学の進歩を妨害せしか、貴下よ、お解りか。斯る古風な思想の為に学究の徒は止むなく地を這はざるを得なかつた。移動の形態が数ある中でこの這ふといふ進行の一方法が、それ自体尊敬すべき行動であるとは、さしもの貴下であらうとも余の忠告を俟つまでもあるまい。亀が確実な脚を持つといふ理由から、鷲の双翼を断つとは、これものゝ道理であらうか。」
九官も私も煙りに咽んで中止した。そして私はRさんの腕をとつて朝の街を散歩した。日記を、もう一日遡つて見ると、もはや私は、今朝と同じくRさんと朝の散歩を試みた印象と、夜更のランプの下で苦悶の表情を保つてゐる己れの姿より他に、言葉一つ思ひ出せない。もう一日遡つて見ると、Rさんの息が煙りになつて見えたことゝ、その靴の音が微かに聞えるのみ。「ひたすら実際的な這行の方法で人間が計り難い時を費すとも、真理の頂点に到達する事は許されぬ。想像力の抑制といふ事は蝸牛の歩みの絶対安全をもつてしても償ひ得ぬ悪徳である。而もこの安全行動は絶対物からは遥かに遠いもので、言はゞ科学世界の極微動物乃至は単なる顕微鏡学者とも云ふべきであつて、これから原始的事実、唯一正当な事実の発展、つまりは法則と称ふべきものに到達するのは困難なことに気づかない。」
私はこの一文のために、こよなき朝の散歩の美しい同伴者を失ふであらう。クレテの佳人は、死よりも字名を嫌つた、事実が九官を髣髴しても、そんな言葉を公にした私の罪は、彼女の国では永遠の追放に値するのだ。
古人の言葉「悲劇の要素は葛藤と解決である。多くの人々は優れたる葛藤をつくりながら解決に於いて失敗する。」「実は可能だが決して信じられない出来事よりも、寧ろその反対を選ぶべきである。物語は非蓋然的な出来事を排さなければならない。」
これは、あしたになれば忘れてしまふであらう今日の私の日記である。明日を期して新しく出発だ。先づ、ひとりの朝の散歩から。而し私は今朝風を引いたことは事実だ。
底本:「牧野信一全集第五巻」筑摩書房
2002(平成14)年7月20日初版第1刷
底本の親本:「新潮 第二十九巻第十二号(十二月号)」新潮社
1932(昭和7)年12月1日発行
初出:「新潮 第二十九巻第十二号(十二月号)」新潮社
1932(昭和7)年12月1日発行
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2011年8月15日作成
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