〔編輯雑記〕
牧野信一


銀座通りで夜更迄話した、「雑誌をやらう」と、それでも足りないで家へ帰つて夜明しなどした。五年も前の話である、鈴木と二人で、春の夜だつた。感傷的な事を云ふやうだが、今度「金と銀」が四月に出る、沈丁花の香りを窓にしながら私はこれを書く、つまらない因念だが、それも自分の悦びの一つだ。

あの頃なら自分は全部を投げて、雑誌の仕事に従事する事が出来た、今は、この他になさなければならない沢山な仕事を持つてゐる、この愉快な仕事に全部を挙げる事の出来ない身を嘆く、浜野や鈴木を寧ろ羨む。然し自分はそれだけに「金と銀」を思つてゐるのだ。自分は「永遠の自由の国」を発見したやうに喜むでゐる。社友の方にも屹度自分と仝じやうな考へを持つて下さると信ずる。新しく集つたものと云へ私達は皆な仝じ人なのだ。心と心の国が開けたのだ。縦令その国の装飾が貧弱であつても、私達は自分の世界を発見したのだから、その喜びは極みない、日を追ふて草木も植えやう、池も作らう、花園に花も咲かせやう、皆で一処になつて──さうして自分達で作つた自分達の楽園で永遠の悦びに浸らう、そこでは、いくら歌つても誰一人とがめない、互に真の理解を持ち合つてゆかう。

底本:「牧野信一全集第一巻」筑摩書房

   2002(平成14)年820日初版第1

底本の親本:「金と銀 第一号」金と銀社

   1920(大正9)年45

初出:「金と銀 第一号」金と銀社

   1920(大正9)年45

※題名の〔〕は、底本編集時に与えられたものです。

※「編輯雑記」と題した雑誌のコーナーへの、無題の原稿です。

入力:宮元淳一

校正:門田裕志

2011年526日作成

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