ふるさと
小川未明
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北の故郷を出るときに、二羽の小鳥は、どこへいっても、けっして、ふたりは、はなればなれにならず、たがいに助け合おうと誓いました。すみなれた林や、山や、河や、野原を見捨て、知らぬ他国へ出ることは、これらの小鳥にとっても、冒険にちがいなかったからです。そして、ふたりは、春まだ早い、風の寒い日に高い山を越えました。
いつも、ほんのりとうす紅く、なつかしく見えた、山のかなたの国にきてみると、もはや、そこには、花が咲いていました。吹く風もあたたかく、いろいろの草は、すでに丘に、野原に、緑色に萌えていました。
「こんなに、いい国のあることを、なんで、いままで知らなかったのだろう。」と、ふたりは花の咲きにおっている木にとまったときに、顔を見合って語ったのです。
「なぜ、昔から、あの山を越すといけないといったのだろう。」と、一羽の小鳥が、ふるさとにいる時分に、年とった鳥たちの注意したことに、不思議を抱きました。
「それは、こういうわけなんだ、……もし、いいといったら、私たちはまだ遠い旅がされないのに、早く出かけるから、あの山のかなたは、怖ろしいところだ。あちらへいくと、もう、二度とここへは、帰られないといったにちがいない……。」と、ほかの一羽の小鳥は、いいました。
「ほんとうに、そうなのだ。いつも、みんなが、この国へきて、すめばいいのにな。」
ふたりは、年とった鳥たちが、あのさびしい野原や、風の寒い林の中を、いちばんいいと思っているのを笑いました。
それから、あちらの木かげ、こちらの林と、二羽の小鳥は、思い、思いに、飛びまわって、唄をうたっていました。こうするうちに、彼らはだんだんこの土地に慣れたのであります。
「もっと、あちらへいこうよ。」と、一羽が、いいました。
「あまり、人間のたくさんいるところへいくと、あぶなくないか?」
「人間の姿を見たら、すぐに逃げればいいのだ。」
ふたりは、こういましめあって、里の方へ出かけてゆきました。田畑は、どこを見てもきれいに耕されていました。そして、うす紅や、黄色の花や、紅い花などが咲いて、また、北の自分たちが生まれた地方では見なかったような、美しいちょうが、ひらひらと誇らしげに花の上を飛んでいたのであります。
「あんな、美しいちょうでさえ、平気に飛んでいるじゃないか。」と、一羽の鳥は、一本、野中に立っている木にとまったときに、友だちをかえりみて、いいました。
「きれいなばかりが、あぶないのでないだろう……。ちょうは、唄をうたわない。けれど、私たちはさえずることもできるから、あぶないと思うのだ。」と、一羽の小鳥は、考え顔をして、答えたのでした。
「そんなら、ふたりは、だまっていることだ。」
「そうだ。だまっていよう。」
二羽の小鳥は、鳴かないことに、相談しました。そして、町の近くまで飛んできました。北のふるさとでは、見られないものを見たばかりでなく、そこでは、まだ、聞いたことのない、いろいろのいい音を聞きました。
「私たちは、風の音と、波の音と、他の鳥たちの鳴く声しか聞かなかったが、ここでは、なんという、いい音色が聞こえてくることだろう……。」と、一羽の小鳥は、くびをかしげながら、いいました。
「やはり、人間は、偉いな。」
「私たちばかりが、いい声を出すのでない。この世の中に、私たちほどの、いいうたい手はないと、年よりは、よく私たちに聞かしたが、あんなに、いい音が、あちらから聞こえてくるでないか?」と、一羽の小鳥は、感心しました。
「あ、それでわかった。年よりたちが、山を越えて、遠くへいってはならないといったのはそのためだ。だれでも、自分たちが、いちばん偉いと思っていれば、たとえ不自由をしても、のんきでいられるからだ。」
こんなことを話しているうちに、いつしか、黙っているという誓いを忘れて、ふたりは、人間がやっている音楽の音に、自分たちも負けない気でうたいはじめたのでした。
すると、ふたりのほかに、どこからか、自分たちと同じような声で、うたったものがあります。
「だれだろう?」
旅の空で、仲間のうた声を聞くと、二羽の小鳥は、じっとしていられなくなりました。そして、その声のする方へ飛んでゆきました。声は、ある家の軒下からもれてきたのです。ふたりは、庭さきの木立にとまって、その声のする方をのぞくと、哀れな仲間は、狭いかごの中にいれられて、しきりと、外を見上げていました。
「人間に、捕らえられたのだな。」
「かわいそうにな。」
ふたりは、小さな声で話をしていたが、ついに、かごの中の鳥に向かって、話しかけたのです。
「どうして、人間などに捕らえられたんですか?」
「みんなそう思うでしょう。あなたがただって、もうすこしここにいてごらんなさい、いつか私のようになってしまいます。私はもう、このかごの中に、二年もいます。しばらく仲間の声を聞かなかったのに、今日めずらしくあなたがたの声を聞いて、自分も、つい大きな声を出して、お呼びもうしたのです。」と、かごの鳥は、答えました。
「しかし、人間は、あなたを大事にしているようじゃありませんか。」
「それは、餌や、水には、気をつけてくれます。ときどきは、青い菜などをいれてくれます。しかし、自分で、ほしいものを気ままに、探すという喜びもなければ、また、自由というものもありません。あのように、空を飛んだ、私の翼は、もう飛ぶ用がなくなってしまいました。」
「気ままに飛んでいる私たちには、自由のありがたみが、ほんとうにわかりませんが、こちらは、いろいろの花があり、それに、暖かで、いいところではありませんか。」
「いいえ、あの風の寒い、空の青い、北のふるさとが、いちばんいいところです。人間は、器械を持っています。それを使って、飛んでいる鳥をうつこともできれば、また、巧みな方法で生擒にすることもできます。あなたがたも、はやく、見つからないうちに、お帰りなさい。」と、かごの鳥は、いいました。
「どうかして、そのかごの中から、逃げ出すことはできませんか……。」と、ふたりは、哀れな鳥にささやいたのであります。
かごの鳥は、うらめしそうに、こちらを見ていたが、
「逃げ出しても、私には、もはや、あの山を越すだけの力がありません。それより、あなたたちは、はやく、ふるさとへお帰りなさい。夏になると、この国は、とても暑いのです。」と、いいました。
二羽の小鳥は、なるほどと考えました。そして、急に、ふるさとがなつかしまれたのであります。それから、まもなく、ふるさとを指して帰りました。ふたりは、きたときのように、途中幾たびも木にとまって休みました。
「あの国にすんだにしても、みんな生擒にされたり、殺されたりするものばかりでもないだろう。」と、ひとりがいいますと、
「美しい花の咲くところや、にぎやかなところにばかり、私たちの幸福があると思ったのが、まちがっていたのだ。やはり、平和で、自由に暮らせるところが、いちばんいいのだ。」と、ひとりが答えました。
ふるさとに帰ると、すっかり春になっていて、清らかな、香りの高い、花が、南の国ほど、種類はたくさんなかったけれど、山や、林に、咲いて、谷川の水が、朗らかにささやいていました。年とった鳥たちは、ふたりの帰ったのを喜びました。そして、ふたりは、昔の生活に返ったが、ときどき南の方の空をながめて、あの空の下にいる不幸な仲間の身の上を考えたのでした。
底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社
1977(昭和52)年4月10日第1刷
底本の親本:「未明童話集 4」丸善
1930(昭和5)年7月
初出:「ふるさと 47巻2号」小学校
1929(昭和4)年5月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:栗田美恵子
2019年10月28日作成
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