日光の紅葉
正岡子規



 春の花は見るが野暮なり、秋の紅葉は見ぬが野暮なりと独り諺をこしらへて其言ひわけに今年は日光の紅葉狩にと思ひ付きぬ。先づ鳴雪翁をおとづれてしか〴〵のよしをいへば翁病の床より飛び起きて我も行かんと勇み給ふ。さらば思ひ立つ日を吉日として上野より汽車を駆り宇都宮に一泊せし日は朝来の大雨盆を傾けていつ晴るべしとも知らぬに何が吉日ぞ。こゝはいくさの跡とてはたごやはまだ何となく騒がしきに強ひて一夜の憐を請ふて木枕のあとを頭にぞ残しける。


木枕に惟然泣く夜の長さかな


 翁は腹痛みて終夜眠り給はざりしとて暁に余を呼び醒まし


若人をゆり起したる夜長かな   鳴雪


など戯れ給ふ。一番の汽車にて日光に行く。空は一面に曇りたれども雨は降らず。東の方地平線上に一筋の薄明りこそ唯一の頼みなりけれ。車上にて


露吹くや小籔の中の芋畑   鳴雪


と詠み出でられたる雅淡にして幽趣あり。元禄以後の作とは見えず。日光町に着きたる頃は一天晴む底だに見えず。


千丈の滝の岩間やむら紅葉   非風


といふ友人の句のみ口に浮びて発句など思ひもよらず


雲間より滝の落ちくる紅葉かな   鳴雪

湖を滝におとすやむら紅葉   同


などものされたる翁の筆力また恐ろし。


紅葉見え滝見える茶屋の床几かな

紅葉出て落ちこむ滝や霧の中

秋の山滝を残して紅葉かな


など中々にいふだけが蛇足なり。中禅寺湖に至れば錦繍の屏風の中にぎ出だせる一面の鏡、竜田姫の化粧道具うつくし。


湖をとりまく山の紅葉かな


 中宮祠


神殿の御格子おろす紅葉かな

石壇や一つ〳〵に散紅葉


 引き返して日光に帰るにもとより同じ道筋なれど見上げたるけしきは見下したるながめに異なり苦しんで見るは楽しんで見ると異なり朝日のいさましきは夕日のあはれなるに異なりてひねもす倦むことも知らず。


絶壁に夕日うらてる紅葉かな

裏表きらり〳〵と散紅葉

山はくつ日のてりわける紅葉かな


 帰る人毎に紅葉一枝の夕日を荷ふて宵月の尾の上にかゝる頃日光町に着きたり。

 つぐの日東照廟大猷廟に詣づ。輪奐りんかんの美今更に言はず。


おくつきを守り申すやむら紅葉   鳴雪

神杉や三百年の蔦紅葉

からかねの鑄ぬきの門や薄紅葉


 華厳の滝のほとりにて手折れる一枝の紅葉を都への家土産いえずとにとて携へ日光停車場に至れば一群の紅粧来りて一枝の秋色を請ふ。折りて与へたれば之を分けて各𩬆辺びんぺんに挿む。此好題目のがすべからずと翁の戯れ給ふに


薄紅葉紅にそめよとあたへけり


 つき〴〵しからぬを人や笑はんとて大に笑ふ。車中にて逢ふ人日光の紅葉を問ふ。翁曰く天下の絶勝なり。かの人又いふ。京に三美あり、上野二州に塩原碓氷霧積の諸勝あり、其優劣は如何にやあらん。翁曰く天下の諸勝は固より知らねども或は規模小にして日光の大観なく或は此大観あるも此の如き渓流と瀑布と大湖と無かるべし。されば山水の勝を兼ねて此変幻と此壮観とを具し而して白雲紅葉の色彩を施す者恐らくは日光諸山の美に過ぎたるはなからんと。かの人諾す。日光紅葉を見るの記を作る。

底本:「花の名随筆11 十一月の花」作品社

   1999(平成11)年1010日初版第1刷発行

底本の親本:「子規全集 第一三巻 小説紀行」講談社

   1976(昭和51年)9月

入力:岡村和彦

校正:米田

2011年16日作成

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